ファミコン エレベーターアクション(ソフトのみ) FC 【中古】




評価 5【発売】:タイトー
【開発】:マイクロニクス
【発売日】:1985年6月28日
【ジャンル】:アクションゲーム
■ 概要
潜入劇をゲームにした発想の鮮やかさ
1985年6月28日にタイトーからファミリーコンピュータ向けに発売された『エレベーターアクション』は、ただ敵を倒して進むだけのアクションゲームではなく、「極秘任務を帯びたスパイが高層ビルへ侵入し、重要書類を回収して脱出する」という映画的な状況設定を、そのまま遊びの芯に置いた作品である。プレイヤーは屋上からビルへ入り、各階に点在する赤いドアを調べながら機密文書を集め、最後は地下へ到達して脱出を目指す。目的だけを文章で読むと非常に単純に見えるが、実際に遊んでみると、この作品は移動、待機、先読み、危険回避、反撃のタイミングが密接に絡み合っており、数秒先の状況を予測しながら行動する緊張感が強い。そこが本作の大きな特色であり、後年まで語り継がれる理由でもある。 本作の土台になっているのは、1983年にアーケードで登場した同名作品のゲーム性である。業務用として高い人気を得た題材を家庭用へ移した作品であり、ファミコン版はその知名度の高さから、家庭用『エレベーターアクション』として最も広く知られる存在になった。プレイヤーが操作する主人公は、派手な勇者や超能力者ではなく、スーツ姿のスパイである。この時点で当時の家庭用アクションとしてはかなり異色で、剣や魔法ではなく、拳銃、ドア、照明、エレベーター、通路、落下といった「建物の中にある要素」が戦いと攻略の材料になる。日常にある設備を徹底的にゲーム化したことで、誰にでもルールが直感的に伝わりやすく、それでいて熟練者向けの駆け引きも成立する、非常に完成度の高い構造が生まれている。
ルールは単純でも、内容は驚くほど濃い
ゲームの基本は、赤いドアに入って書類を回収し、すべて集めたうえで下へ降りていくことにある。しかし実際のプレイでは、ただ最短で下るだけでは済まない。敵は通路やエレベーター付近から現れ、こちらを追い詰めてくる。エレベーターは安全地帯にもなれば袋小路にもなり、ドアは一時的な退避地点にもなるが、使うタイミングを誤れば敵に囲まれる原因にもなる。さらに、上から飛び降りる行為ひとつとっても、危険な賭けにもなれば、敵の弾道や接近を一気にかわす鮮やかな切り返しにもなる。本作は「移動して撃つ」という平面的な構成ではなく、「どの高さにいるか」「どのエレベーターが今どこにあるか」「この階に敵が湧くか」「この先で赤いドアに入る余裕があるか」といった立体的な判断が常に問われる。 そのため、見た目はシンプルでも、遊んだときの感触はかなり濃密である。序盤は比較的落ち着いて進めるように感じても、少し先へ進むだけで焦りが増し、エレベーターの待ち時間さえも命取りに思えてくる。敵を撃つ、逃げる、飛び降りる、ドアに入る、エレベーターを呼ぶという一つ一つの動作が、どれも独立した意味を持っているため、プレイ中は休まる場面が少ない。言い換えるなら、本作は少ない要素で多くの緊張を生み出す設計の見本のようなゲームであり、派手な演出よりもゲームの中身そのもので勝負している作品だといえる。
ファミコン版ならではの特徴と空気感
ファミコン版『エレベーターアクション』は、アーケード版の魅力を家庭向けに持ち込んだ移植作として知られているが、内容は単なる縮小版ではない。見た目や基本ルールは原作を踏襲しつつも、敵の出方や難しさの感触、攻略の組み立て方には家庭用ならではの癖がある。主人公はスーツ姿で描かれ、敵も黒いスーツに帽子を合わせた警備員風のデザインになっており、全体としては無機質なビル内部に潜むスパイ映画のような空気が強まっている。画面の情報量は限られているものの、その制約が逆に緊張感を高め、余計な装飾のないゲーム画面が任務の冷たさや孤独感を引き立てている。 また、ファミコン版では敵の攻勢が強まるまでの感覚がアーケード版とはやや異なり、同じ感覚で淡々と書類を回収していると、途中から急激に厳しさが増したように感じやすい。これにより、単純に原作の記憶だけでは押し切れず、家庭用ならではのテンポに合わせたルート取りや、危険な場所を素早く抜ける判断が重要になる。移植の出来については賛否が分かれることもあるが、それでもファミコン版は「家庭で遊べるエレベーターアクション」として独自の存在感を持っている。特に当時のプレイヤーにとっては、アーケードの緊張感をテレビの前で何度も反復できること自体が大きな魅力であり、難しさゆえに記憶へ強く残る一本になった。
なぜ今も語られるのか
本作が長く評価される理由は、単なる懐かしさだけではない。大きな理由は、ゲームの核となる発想が今でも古びていないからである。エレベーターという誰もが知る設備を主役級の仕掛けにし、ビルの上下移動そのものを戦略へ変え、さらにドアの出入りや落下まで含めて一つの作戦行動として成立させた手腕は、時代を超えて見ても非常に独創的だ。敵を倒すこと自体が最終目的ではなく、あくまで任務遂行の過程として戦う構造になっている点も渋い。無駄な戦闘を避ける判断、危険を承知で一気に降下する決断、敵の出現を見越して行動する冷静さなど、本作には派手さよりも仕事人のような美学がある。 そして、プレイを重ねるほど、ただのレトロゲームでは終わらないことにも気づく。最初は理不尽に思えた展開が、操作に慣れるにつれて「ここで待つべきだった」「このエレベーターに乗る前に敵を誘導すべきだった」と理解できるようになり、失敗がそのまま学習へ変わっていく。覚えゲーの要素はあるが、単に手順を暗記するだけではなく、危機に応じて瞬間的に判断を変える柔軟さも求められるため、攻略している実感が濃い。ファミコン時代の作品の中でも、本作はルールの明快さと戦略性の深さが高い次元で噛み合っており、アクションゲーム好きだけでなく、ゲームデザインの面白さに惹かれる人にも刺さる一本である。 総じて『エレベーターアクション』は、ビルへ潜入して文書を奪い、脱出するという単純明快な目的の中へ、緊張感、爽快感、判断力、反復の楽しさを見事に詰め込んだ作品である。ファミコン版はアーケード版とまったく同じ手触りではないものの、その違いも含めて独自の味わいがあり、当時の移植作品の中でも強い印象を残した。地味に見えて中身は濃く、静かに見えて実際はかなり忙しい。この見た目と内容の落差こそが、本作を特別な存在にしている最大の理由だろう。
■■■■ ゲームの魅力とは?
一見地味なのに、遊ぶと強く引き込まれる緊張感
『エレベーターアクション』の魅力を語るうえで、まず外せないのは見た目と中身の印象が大きく違う点である。画面写真だけを見ると、ビルの中を上下しながら敵を避けたり撃ったりする、比較的おとなしいアクションゲームに見えるかもしれない。ところが実際に遊ぶと、その印象はすぐに変わる。本作は最初の数秒から、どこへ進むか、敵がどこから現れるか、今エレベーターに乗るべきか、ドアに入ってやり過ごすべきかといった判断を次々に迫ってくる。しかも判断の遅れはそのまま危機につながりやすく、落ち着いて見える画面とは裏腹に、プレイヤーの頭の中では絶えず小さな作戦会議が行われることになる。 この「静かな画面なのに、内側はとても忙しい」という感覚こそが、本作特有の面白さである。派手な爆発や大きな演出で盛り上げるタイプではなく、わずかな位置取りの差や、数秒のタイミングの違いによって生死が分かれる。この張り詰めた緊張感が、プレイを重ねるほど癖になっていく。たとえば、敵の気配を読みながら一つ下の階へ飛び降り、そのまま赤いドアへ滑り込んで書類を回収し、追ってきた敵を避けつつさらに下へ逃げる一連の流れがうまく決まったとき、本作は派手なアクションゲーム以上の快感を与えてくれる。目立つ演出ではなく、自分の判断が正しかったことそのものがご褒美になるのである。
エレベーターという仕掛けを主役級にした独創性
この作品を他のアクションゲームと大きく分けているのが、タイトルにもなっているエレベーターの存在である。普通のゲームであれば、上下移動は単なる通路や足場に過ぎない。しかし本作では、エレベーターが単なる移動装置ではなく、戦術そのものを左右する中心要素になっている。乗るか、待つか、見送るか、途中で降りるか、あえて乗らずに階段代わりに飛び降りるか。この選択の連続がプレイの手触りを決定づける。 しかもエレベーターは安全な逃げ場に見えて、実際には非常に危うい場所でもある。密室のような空間の中で敵と鉢合わせになれば身動きが取りづらく、乗る判断を誤ると逃げ場を失う。逆に、タイミングよく使えば敵の出現位置をずらしたり、攻撃の間合いを外したりできる。この危険と利便性が同居しているところに、本作ならではの駆け引きがある。 ここが実に面白い。題材だけ見ると日常的で、ゲームとしては地味に思える装置を、ここまで深い駆け引きに変えているからだ。エレベーターという誰もが知っているものを、戦略、移動、逃走、奇襲のすべてに関わる舞台装置へ昇格させた発想は見事であり、本作が今なお個性的な作品として語られる最大級の理由になっている。
スパイ映画のような気分を味わえる世界観
『エレベーターアクション』には、ゲーム内容そのものだけでなく、題材の魅力も強くある。主人公はファンタジーの勇者でもなければ、怪物を倒す戦士でもない。任務のために敵地へ潜り込み、重要書類を奪って脱出するスパイである。この時点で、一般的なアクションゲームとはかなり雰囲気が異なる。プレイヤーはただ前へ進むのではなく、潜入者として振る舞う気分を味わえる。ドアの中へ一瞬身を隠し、敵をやり過ごし、隙を見て飛び出す動きなどは、まさに秘密任務の演出として機能している。 ファミコン版ではグラフィック表現こそ限られているが、そのぶん想像の余地が大きい。スーツ姿の主人公、黒服の警備員、無機質なビルの内部、赤いドアに隠された機密文書という要素だけで、かなり濃いスパイ映画的な空気が成立している。派手な物語説明がなくても、「今、自分は危険な任務の最中にいる」と自然に感じられるのは、この設定がゲーム内容とよく噛み合っているからだろう。敵を全滅させることより、必要なものを回収して生きて帰ることが重要という構造も、スパイものらしい渋さを生み出している。
成功の気持ちよさが非常に濃い
このゲームは難しい。だからこそ、うまくいった瞬間の喜びがとても大きい。敵を避ける、必要なドアだけに素早く入る、無駄な待ち時間を作らずに降下する、危なくなったら撃って道をこじ開ける。この一連の流れがきれいにつながると、自分が上達したことをはっきり実感できる。しかもその快感は、偶然の産物ではなく、判断の積み重ねによって生まれる。そこが本作の優れたところである。 単に敵を倒しまくる爽快感ではなく、状況を整理して切り抜けたときの達成感が濃いので、プレイヤーの記憶にも残りやすい。危険な位置にいる敵をギリギリでかわし、落下を活用して進路を開き、最後に地下へ到達できたときの安心感と高揚感は非常に強い。難しさがあるぶん、クリアまでの一歩一歩に意味がある。少し進めただけでも「前よりうまくなった」と感じやすく、それが再挑戦への意欲につながる。 また、プレイの失敗がそのまま学びになるところも魅力である。なぜやられたのかが比較的わかりやすく、次はどう動けばよかったのかを考えやすい。そのため、理不尽に終わるというより、「次はもっと良くできる」という感覚が残る。昔のアクションゲームらしい歯ごたえを持ちながら、挑戦そのものが無駄になりにくい設計になっている点は高く評価できる。
シンプルな構成だからこそ、何度でも遊びたくなる
『エレベーターアクション』は、要素の数だけ見れば決して多いゲームではない。だが、その少ない要素が非常に濃く働いているため、短時間のプレイでも強い満足感がある。ルールは理解しやすく、目的も明快で、操作も極端に複雑ではない。その一方で、実際のプレイはかなり奥深い。この「覚えやすいのに極めがいがある」という性質は、家庭用ゲームとして大きな魅力だった。少し遊ぶつもりで始めても、あと一回、もう一回と繰り返したくなる中毒性がある。 さらに本作は、見慣れたころに急に難しさの表情を変えてくるところも面白い。序盤は順調に進めても、敵の圧が増した瞬間に空気が変わり、ここから先は単純な反射神経だけでは押し切れないことを思い知らされる。するとプレイヤーは自然と、効率のいい進み方、危険な場所の抜け方、待つべきタイミングを考え始める。この流れが実に巧みで、単純なアクションでは終わらない深みを作っている。 総合すると、『エレベーターアクション』の魅力は、題材の独自性、緊張感の濃さ、操作と判断の気持ちよさ、そして繰り返し遊ぶほど味が出る構造にある。派手さだけで勝負するゲームではないが、遊んだ人の印象には強く残る。スパイ映画のような任務感、エレベーターを軸にした独創的な駆け引き、難しいからこそ生まれる達成感。この三つがしっかり噛み合っているからこそ、本作はファミコン時代の中でも異彩を放つ一本として支持され続けているのである。
■■■■ ゲームの攻略など
まず理解したいのは「敵を倒すゲーム」ではなく「任務を完遂するゲーム」ということ
『エレベーターアクション』を遊ぶうえで最初に意識したいのは、本作の目的が敵の全滅ではないという点である。見た目は拳銃を撃ちながら進むアクションゲームなので、つい目の前の敵を片端から倒して安全を確保したくなるが、この考え方に寄りすぎると途端に苦しくなる。本作で本当に大事なのは、赤いドアへ入り必要な書類を回収し、無事に下層までたどり着くことだ。つまり、戦うことはあくまで手段であって目的ではない。ここを理解するだけで、プレイの組み立て方はかなり変わってくる。 初心者のうちは、敵を見つけるたびに立ち止まって撃ち合いを始めてしまいがちである。しかし、このゲームでは立ち止まる時間そのものが危険を呼び込みやすい。もたもたしている間に別の位置から敵が出てきたり、エレベーターの流れが悪くなったりして、結果的に自分の行動範囲が狭まってしまうことが多い。だからこそ、倒すべき敵と無視してよい敵を見分けることが重要になる。目の前で進路を塞いでいる相手、これから乗るエレベーター周辺にいて危険な相手、着地先で接触しそうな相手は処理する価値が高い。一方で、少し離れた場所にいるだけの敵まで毎回相手にしていると、テンポが落ちて流れが悪くなる。 本作の攻略は、撃つ技術以上に「急ぐべき場所」と「粘ってはいけない場所」を見抜く感覚が大事になる。つまり、戦闘の強さより任務遂行の効率が問われるゲームなのである。この視点で遊ぶと、無理に敵を追わず、必要な仕事だけをこなして下へ抜けていく動きが見えてくる。スパイらしく、戦うよりも潜り抜ける発想を持つことが、上達への第一歩といえる。
赤いドアの回収順と降下ルートを意識すると安定しやすい
本作では赤いドアの中に書類があり、それをすべて集めないと先へ進んでもクリア扱いにはならない。したがって、どの赤いドアをどういう順番で回るかは非常に重要である。ただ漫然と下へ向かっていると、途中で取り逃したドアに気づき、危険な上り返しを強いられることになる。これが本作で特に避けたい展開の一つである。上り返しは敵との接触機会を増やしやすく、エレベーター待ちも長くなり、焦ってミスしやすい。 そこで攻略の基本として大事になるのが、「降りながら回収する」流れをなるべく崩さないことだ。今いる階の赤いドアを確認し、少し先の階でどちらの通路へ寄るべきかを先読みしながら進めると、取り逃しが減る。特に、勢いよく下へ飛び降りたあとで「あの階の赤いドアに入っていなかった」と気づくと立て直しが大変なので、危険の少ないうちに書類の位置を意識しておくのが重要である。 また、すべてのドアを同じ重みで見るのではなく、「今の流れで自然に入れるドア」と「無理に狙うと危険が増すドア」を区別することも必要になる。自然に寄れる位置のドアは確実に処理し、敵の出現位置やエレベーターの都合で危険が大きい場所は、周囲の状況を整えてから触る。慌てて飛び込むより、少し敵を誘導して安全を作ってから入ったほうが結果的に安定することが多い。 要するに、本作のルート取りは単なる最短距離ではない。最も安全に赤いドアを回収しながら下れる経路こそが実質的な最短ルートである。これを意識し始めると、単純なアクションゲームに見えた本作が、実はかなり計画性を要する作品であることがよくわかる。
エレベーターは便利な移動手段ではなく、読み合いの場でもある
タイトルにもなっているエレベーターの使い方は、本作の攻略で最重要のひとつである。エレベーターは上下移動を助けてくれる反面、乗るタイミングを間違えると一気に追い詰められる。特に気をつけたいのは、「とりあえず来たから乗る」という動きである。これをやると、移動先に敵がいる、途中階で危険な位置に降ろされる、あるいは待っている間に別方向から敵が迫るといった事故が起こりやすい。 上手なプレイヤーほど、エレベーターを単なる足ではなく、敵の動きと合わせて使っている。たとえば、敵が近いときにあえて少し待ち、相手の動きがずれたところで乗ることで安全な空白時間を作ることができる。また、エレベーターで移動中に次の降車位置を決め、降りた瞬間にドアへ入る、あるいはそのまま通路を走るといった連続動作ができるようになると、プレイ全体の流れがかなり良くなる。 さらに本作では、エレベーターを使うより、あえて飛び降りたほうがいい場面も多い。これは本作独特の感覚で、エレベーターを律儀に待つよりも、敵のいない下階へ一気に落ちて位置を変えたほうが安全ということがある。もちろん無計画な落下は危険だが、着地先の状況を読んで使えば非常に強力な手段になる。つまり、エレベーターを使うこと自体が正解ではなく、「今の状況で何が最も安全で速いか」を見て判断することが大事なのである。 このため、攻略の中盤以降は「エレベーターに乗る技術」よりも「乗るべきでない場面を知る技術」が効いてくる。便利そうに見えるものほど慎重に扱う。この作品はそこが面白い。
難しさに負けないためには、焦らず流れを作ることが大事
ファミコン版『エレベーターアクション』は、慣れないうちはかなり難しく感じられる。敵との距離感がつかみにくく、移動と攻撃の両立も簡単ではない。さらに、ある程度進むと敵の圧が強くなり、落ち着いて書類回収だけをしているつもりでも急に苦しくなる。だが、この難しさに真正面から力でぶつかるより、流れを整えることを優先したほうが攻略しやすい。 流れを整えるとは、危険な状況を作らない動き方を積み重ねることだ。たとえば、敵が近いままエレベーターを待たない、狭い場所で不要な撃ち合いをしない、降りる先の安全を見てから落下する、赤いドアに入る前に周囲の敵の位置を確認する。こうした基本を守るだけでも、事故はかなり減る。逆に、慌てて前へ進もうとすると、小さな判断ミスが連鎖して一気に崩れる。 本作では、プレイヤーが焦った瞬間に負けやすい。敵が増えてくると、つい早く抜けようとして雑な移動をしがちだが、そういうときほど一拍置いて位置関係を見たほうがいい。今の通路は危ないのか、エレベーターに乗ったほうがいいのか、いったんドアへ入って間を作るべきか。冷静に選び直すことで、難所も意外と突破できる。 つまり、本作の難易度は単純な反射神経勝負ではない。もちろん操作の慣れは必要だが、それ以上に状況判断の精度が問われる。だからこそ何度でも挑戦する価値があり、プレイするたびに少しずつ見えてくるものがある。難しいが、理屈のわかる難しさである点が、本作をただの高難度ゲームで終わらせていない。
裏技や小技よりも「危険を減らす知恵」がものをいう
本作を語るとき、派手な裏技や極端な抜け道を期待する人もいるかもしれないが、『エレベーターアクション』で本当に役立つのは、大技というより日々の細かな立ち回りである。たとえば、敵を倒すためだけに弾を撃つのではなく、進路を空けるために撃つ。ドアは書類回収だけでなく、一時的な間合い調整にも使う。飛び降りは無茶な移動ではなく、敵の配置を崩すための手段として使う。こうした小さな工夫の積み重ねが、そのまま生存率を大きく左右する。 また、毎回同じ動きをなぞるだけではなく、その場その場で少し調整する柔軟さも重要である。あるプレイでは安全だった場所が、次のプレイでは敵の出現位置の関係で危険になることもある。そのため、「この場面では絶対にこうする」と決め打ちしすぎるより、「この条件ならこう動く」という考え方を持ったほうが強い。これはある意味で、本作が単なる暗記ゲームではなく、応用力のあるアクションであることを示している。 最終的に上達する人は、派手な技を覚えた人ではなく、危険を減らす習慣を身につけた人である。目先の一人を倒して満足するのではなく、数秒先を考えて動く。無理を通すのではなく、通りやすい流れを作る。『エレベーターアクション』の攻略とは、そうした地味だが確実な知恵を積み上げることにほかならない。 総じて、本作の攻略はスピードだけでも、射撃のうまさだけでも成立しない。赤いドアの順番、降下ルート、エレベーターの扱い、敵と戦うか無視するかの見極め、焦らない心構え。これらが噛み合ったとき、はじめてこのゲームは安定して進めるようになる。だからこそ攻略の過程そのものが面白く、何度も挑戦したくなる。『エレベーターアクション』は、派手な裏技よりも、静かな観察力と判断力が報われる作品なのである。
■■■■ 感想や評判
当時の家庭用ユーザーに強い印象を残した「緊張感のある一本」
ファミリーコンピュータ版『エレベーターアクション』に対する感想や評判を振り返ると、まず目立つのは「見た目以上に緊張感が強いゲームだった」という声である。当時の家庭用アクションゲームには、明るく親しみやすい雰囲気の作品も多かったが、本作はスパイが高層ビルへ潜入し、書類を奪って脱出するという、やや硬派で渋い題材を採用していた。そのため、子どもが遊ぶファミコンソフトでありながら、どこか大人びた空気をまとっていたという印象を持つ人は少なくない。派手な必殺技や賑やかな演出で魅せるのではなく、危険な任務を一人でこなすような孤独感と緊張感で勝負していたため、初めて触れたときの記憶が強く残りやすかったのである。 実際に遊んだ人の感想としては、「地味そうに見えたのに、やってみるとかなり熱中した」「最初は単純に思えたが、何度もやるうちに面白さがわかってきた」といったタイプの評価がよく似合う作品である。特に本作は、一回目から派手な気持ちよさを与えるというより、プレイヤーが少しずつルールと癖を理解することで、じわじわと面白くなっていく性質が強い。最初は難しくて思うように進めなくても、エレベーターの使い方やドアへの入り方、敵との間合いを覚えるうちに、「このゲームはただの射撃アクションではない」と感じるようになり、その時点で印象が一段深くなる。そうした意味で、本作は第一印象の派手さより、繰り返し遊んだあとの納得感で評価されたタイトルだといえる。
高い完成度を認める声と、移植ならではの癖を気にする声
本作の評判を語る際には、元になった業務用版との比較も避けて通れない。アーケード版『エレベーターアクション』は独特なゲーム性と高い完成度で知られていたため、ファミコン版にも自然と大きな期待が集まりやすかった。その結果、家庭用として気軽に遊べる点を評価する人がいる一方で、「業務用と比べると感触が違う」「移植として見ると癖がある」と感じる人もいたと考えられる。つまり評判は一枚岩ではなく、純粋にファミコンソフトとして受け止めた人には面白い作品として映りやすく、原作アーケードとの再現度を強く意識した人には気になる点も見えやすかった。 ただし、ここで重要なのは、そうした違いが即座に作品の価値を下げるわけではないということだ。むしろファミコン版は、家庭用ならではの操作感や難しさを持った別の味として記憶されている側面がある。プレイヤーの中には、「完全移植ではないが、これはこれで手応えがあった」「家庭であの題材を遊べること自体がうれしかった」と受け止めた人も多かっただろう。移植の出来に厳しい見方をする層がいたとしても、それは元の作品が高く評価されていた裏返しでもある。家庭用版としての知名度が非常に高い以上、完全再現でないことを差し引いても、本作が印象深いタイトルだったことに変わりはない。
難しいからこそ記憶に残るという評価
『エレベーターアクション』の感想の中でかなり大きな位置を占めるのが、難易度に関する話題である。本作は決して気楽に突破できるタイプのゲームではなく、少し油断するとすぐに追い込まれる。敵を倒すだけでは先へ進めず、書類回収という目的を意識しながら立ち回らなければならないため、単純な反射神経だけでは乗り切れない。こうした難しさに対して、「厳しい」「すぐやられてしまう」と感じた人は当然いたはずだが、同時にその難しさが強い印象として残ったという見方もできる。 昔のゲームを振り返るとき、人は簡単に終わる作品よりも、苦戦した作品をよく覚えていることが多い。本作もまさにその一つで、どの階で苦しくなったか、どの場面で敵に追い詰められたか、どのタイミングでエレベーターに乗る判断を誤ったかといった記憶が、プレイ体験そのものとして残りやすい。つまり、難しかったという印象は単なる不満ではなく、本作を本作らしくしている要素でもあった。 さらに、難しい中にも理屈が通っている点が、評価を支えていた理由の一つといえる。理不尽にしか感じられないゲームであれば不満だけが残るが、『エレベーターアクション』は失敗したときに「今のは待つべきだった」「敵を倒す順番を間違えた」「ドアへの入り方が雑だった」と振り返りやすい。だからこそ、苦戦しても再挑戦したくなるし、少し上達すると面白さが一気に増す。この構造が、遊び手の感想に深みを与えている。
スパイらしさと空気感を高く買う声
本作には、アクションゲームとしての出来とは別に、題材や雰囲気そのものを好意的に受け止める声もよく似合う。剣と魔法や怪物退治ではなく、スパイが潜入して書類を奪うという設定は、当時のファミコンソフトの中でもかなり個性的だった。主人公がスーツ姿で、ビルの各階を降りながら赤いドアを調べていく流れは、まるで秘密任務の一場面のようであり、単なるステージクリア型アクションとは違う緊張感を生んでいた。 この「任務を遂行している感じ」を魅力として挙げる人は多かっただろう。敵を全部倒して英雄になるのではなく、必要なものを手に入れて生きて帰る。そこに本作ならではの渋さがある。しかも、ファミコンという限られた表現の中でも、その空気感は十分に伝わる。むしろ説明不足なくらいの簡潔さが、かえって想像力を刺激し、「自分が危険なビルに忍び込んでいる」という没入感を強めていた。こうした雰囲気重視の感想は、後年レトロゲームを語るときにも特に残りやすい部分である。
雑誌的な見方では「独創性」と「手応え」が評価点になりやすい作品
当時のゲーム雑誌やメディア的な視点を想像すると、本作は単に有名アーケード作の家庭用版というだけでなく、題材の珍しさやルールの完成度を評価されやすい作品だったと考えられる。エレベーターという身近な設備をアクションゲームの中心へ据え、上下移動そのものを戦略に変えた構造は、発想として非常にユニークである。見た目の派手さではなく、遊びの仕組みで魅せるタイプの作品なので、ゲーム性を重視する見方とは相性が良い。 一方で、家庭用移植としての粗さや癖、難易度の高さについては、当然ながら意見の分かれる要素になりうる。そのため、総合的な評判としては「誰にでも気軽に勧めやすい万人向けのソフト」というより、「渋いが、わかる人には非常に刺さるゲーム」という位置づけに近い。つまり、本作は軽快で爽やかな人気作というより、遊び込むほど評価が上がる玄人好みの一本として語られやすいのである。 そうした作品は、短期的な話題性だけで終わらず、長い目で見たときに根強い支持を持ちやすい。『エレベーターアクション』もまさにそのタイプで、万人から同じ熱量で受け入れられたというより、強く記憶に残った人が長く語り続けることで、独特の存在感を保ってきた作品といえる。
総合すると「手軽ではないが、忘れがたいゲーム」という評価に落ち着く
『エレベーターアクション』の感想や評判を総合すると、このゲームは簡単で親切な作品ではないし、誰もが最初から大絶賛するタイプでもない。しかし、その代わりに非常に忘れがたい個性を持っている。遊んだときの緊張感、スパイ映画のような空気、エレベーターを使った独自の駆け引き、思うように進めず苦戦した記憶、そして少しずつ上達していく実感。これらが混ざり合うことで、本作は単なる一発ネタのアクションではなく、じっくり味が出る作品として受け止められてきた。 つまり評判を一言でまとめるなら、「難しいが面白い」「癖はあるが独創的」「派手ではないが印象に残る」といった言葉がよく似合う。家庭用移植として完璧さだけを求めれば気になる点はあるかもしれないが、ゲームとしての芯の強さは十分に感じられる。だからこそ本作は、ファミコン時代の数多くのアクションゲームの中でも埋もれず、今なお語られる一本になっているのである。
■■■■ 良かったところ
発想そのものが抜群に個性的で、すぐに記憶へ残るところ
『エレベーターアクション』を高く評価する人がまず挙げやすい良さは、ゲームの題材と構造が非常に個性的なことである。ファミコン時代には、敵を倒しながら横へ進む作品や、迷路を抜ける作品、あるいはスポーツやレースを扱う作品が数多く存在したが、本作は「高層ビルへ潜入して機密書類を集め、地下へ脱出する」という設定を中核に据えていた。この時点でかなり印象的であり、単なるアクションゲーム以上の雰囲気を持っていたといえる。しかも、その設定が見かけ倒しではなく、実際の遊びにしっかり結びついている点が素晴らしい。 ビルの中を移動する、エレベーターを使う、ドアへ入る、敵の気配を見ながら下へ降りる。こうした行動の一つ一つが、ただの操作ではなく「潜入任務の途中にある動き」として感じられるため、ゲーム世界への入り込みやすさが強い。つまり本作は、背景設定と遊びの仕組みがしっかり噛み合っており、題材だけ借りて中身は別物ということがない。そのため、遊び終わったあとも「エレベーターを主役にしたスパイゲームだった」という印象が強く残る。これは簡単なようでいて実は難しいことで、当時の作品群の中でも本作の独自性を際立たせる大きな美点である。 また、日常にある設備をゲームの中心へ持ってきた発想も非常に面白い。エレベーターは誰もが知っている身近な存在だが、それを単なる背景ではなく、攻略と緊張感の核へ変えたのは見事である。この着眼点の面白さそのものに惹かれた人も多かったはずで、ゲーム好きから見れば「こんな題材でここまで面白くなるのか」という驚きがある。発想の時点で勝っている作品は強い。本作にはその強さがある。
ルールがわかりやすく、遊ぶ目的がはっきりしているところ
本作の良かったところとして、ルールの明快さも見逃せない。ゲームを始めたとき、プレイヤーがやるべきことは比較的すぐに理解できる。赤いドアに入り、必要な書類を集めて、下へ向かって脱出する。この目的が明瞭だからこそ、初めて遊ぶ人でも何を目指せばよいかがわかりやすい。複雑な数値管理や長い説明がなくても、画面を見て少し動かすだけでゲームの要点が伝わってくるのは大きな長所である。 しかし、本作の優れている点は「わかりやすい」だけで終わらないところにある。目的は単純なのに、その達成までの道筋は決して単調ではない。どの赤いドアから取るか、敵を倒すか避けるか、エレベーターを待つか飛び降りるか、今は急ぐべきか少し様子を見るべきか。進行の中で判断すべきことが次々に現れるため、遊びの密度が高い。つまり、本作は入口が広く、奥行きも深い。これはアクションゲームとして理想的な形の一つである。 また、プレイの中で自分の成長を感じやすい点もこの明快さと関係している。ルールがシンプルだからこそ、以前は苦戦していた場所をうまく抜けられたとき、自分がどこを改善できたのかがわかりやすい。無駄な動きを減らせた、敵との距離感がつかめた、危険な場所で焦らなくなった。そうした進歩がはっきり感じられるため、再挑戦が前向きなものになりやすい。これは遊び続けるうえで非常に重要な良さである。
緊張感と爽快感の両方を味わえるところ
『エレベーターアクション』の優れた点として、緊張感ばかりではなく、成功したときの爽快感もしっかり用意されていることが挙げられる。本作は確かに難しめのゲームであり、少しの判断ミスが危険につながる。そのため、プレイ中は終始気を抜けない。しかし、その緊張感があるからこそ、うまく状況を切り抜けられたときの気持ちよさが非常に大きい。 たとえば、敵が迫っている中で素早くドアへ入り、危険をかわしてから飛び出す動きや、エレベーターの流れを読んで一気に下の階へ抜ける流れがきれいに決まったとき、本作には独特の爽快感が生まれる。これは単に敵を大量に倒した快感ではなく、「自分の判断が状況を支配した」という満足感に近い。そのため喜びが深く、記憶に残りやすい。 さらに、緊張と爽快のバランスが絶妙である点も評価できる。もし緊張ばかりが強すぎれば疲れるだけのゲームになってしまうし、逆に爽快感だけなら駆け引きの面白さは薄れる。本作はその中間にあり、危ない橋を渡りながら、ぎりぎりで成功をもぎ取る楽しさを味わわせてくれる。この危うさがちょうどよく、プレイヤーは何度でも「今度はもっと上手くやりたい」と思わされる。
少ない要素で濃いゲーム性を生み出しているところ
本作の良かったところをさらに掘り下げると、使っている要素が多すぎないことも大きな魅力である。エレベーター、ドア、通路、敵、拳銃、落下。基本となる仕掛けは比較的限られている。それにもかかわらず、実際のプレイでは状況が毎回違って見え、単純作業になりにくい。これはゲーム全体の設計が優れている証拠である。 要素が多いゲームは、一見すると豪華に見えることがある。しかし、要素の多さだけでは面白さは保証されない。その点『エレベーターアクション』は、必要なものを絞り込み、その一つ一つに意味を持たせている。エレベーターは移動装置でありながら危険地帯でもあり、ドアは回収ポイントでありながら避難場所にもなり、落下は危険行動でありながら強力な回避手段にもなる。このように、一つの要素が複数の役割を持っているため、画面は簡潔でも内容は非常に濃い。 この設計のよさは、今あらためて見ても感心させられる。限られた表現の中で、ここまで多面的な駆け引きを作り上げたこと自体が見事であり、レトロゲームとしての価値を高めている。単純なルールだから古いのではなく、単純なルールなのに今でも面白さが伝わる。そこに本作の本当の強みがある。
スパイものらしい渋い世界観がしっかり立っているところ
本作の良かったところとして、世界観の渋さを愛する声も大きい。ファミコンのアクションゲームには、明るい色使いや可愛らしいキャラクター、あるいはわかりやすい勧善懲悪の構図を持つ作品が多かった。その中で『エレベーターアクション』は、無機質なビル内部、スーツ姿の主人公、警備員風の敵、機密文書という題材を通して、かなり大人っぽい空気を作り出していた。 この渋さは、単なる見た目の問題ではない。ゲームの進め方そのものが、世界観を支えている。敵を一掃することより、目的物を回収して生きて帰ることが大事であり、堂々と戦う英雄というより、危険を避けながら任務をこなす工作員のような立場になる。この構図が実に格好よく、本作をただの古いアクションゲームでは終わらせていない。 また、派手に語りすぎないところもよい。余計な説明が少ないからこそ、プレイヤーの想像が働く。どんな情報を盗みに来たのか、このビルはどんな組織の拠点なのか、なぜここまで厳重な警備なのか。そうした部分は明確に語られなくても、ゲームの空気だけで十分に任務感が伝わってくる。この抑えた表現が、かえって作品の個性を際立たせている。
難しさの中に「上達する楽しさ」があるところ
最後に挙げたい良さは、本作の難しさがただ厳しいだけではなく、上達の喜びにつながっていることである。最初は敵の多さやエレベーターの扱いに戸惑い、すぐにやられてしまうことも多い。だが、何度か遊ぶうちに少しずつ流れが見えてくる。ここは立ち止まらずに抜ける、ここではエレベーターを待たずに飛び降りる、この敵は倒すより避けたほうがいい。こうした判断が身についてくると、急に世界が変わったように感じられる。 この「理解が進むほど面白くなる」という構造は、本作の大きな長所である。簡単にクリアできるゲームでは味わいにくい、攻略していく手応えが濃い。失敗も無駄になりにくく、次の挑戦への材料になるため、繰り返し遊ぶ意味がある。だからこそ本作は、当時一度遊んで終わるソフトではなく、何度も電源を入れて挑みたくなる作品として受け止められたのだろう。 総合すると、『エレベーターアクション』の良かったところは、発想の独自性、ルールの明快さ、濃密な緊張感、渋い世界観、そして上達の実感がきちんと味わえるところにある。見た目は簡素でも、遊びの芯が非常に強い。そのため、派手さ以上に中身で評価される作品となり、今もなお「よくできたアクションゲーム」として語り継がれているのである。
■■■■ 悪かったところ
難易度の上がり方が急で、気軽に楽しみにくいところ
『エレベーターアクション』の悪かったところとしてまず挙げられやすいのは、やはり難しさの質である。本作は最初から極端に理不尽なゲームではないが、少し進んだだけで急に息苦しさが増し、落ち着いて行動する余裕を奪われやすい。特に慣れていない段階では、敵を処理しながら赤いドアを確認し、さらにエレベーターの位置まで見なければならないため、頭の中が忙しくなりやすい。ゲームの面白さが理解できる前に押し切られてしまい、「よくわからないまま何度もやられた」という印象を持つ人も出やすい構造になっている。 また、本作の難しさは単純な操作の難しさだけではなく、先読みの要求が強いところにもある。つまり、目の前の敵だけ見ていては対応しきれず、次にどこへ動くか、その先で何が起きるかを常に考えなければならない。これが本作の魅力でもある一方で、気軽に遊びたい人にとっては負担になりやすい。短時間で爽快感を味わうよりも、失敗しながら少しずつ理解を積み上げるタイプの作品なので、当時のプレイヤーの中にも「面白いとは思うが、肩がこる」「集中していないとすぐ崩れる」と感じた人はいたはずである。 難しいゲームそのものが悪いわけではないが、本作は難易度上昇の手触りがかなり厳しく、初見の取っつきやすさという面では不利だった。もう少し序盤の学習余地が広ければ、魅力に気づく前に離れてしまう人を減らせたかもしれない。
ファミコン版ならではの癖が強く、素直に入り込みにくいところ
本作はアーケード由来の作品として知られているだけに、家庭用へ移された際の違和感や癖を気にする声も出やすい。ファミコン版単体で遊べば十分に個性的で面白いのだが、全体のテンポや敵への対処感覚には独特の硬さがあり、誰でもすぐ馴染めるとは言い切れない部分がある。移植作品として見た場合、元になったゲームの印象を期待しすぎると、細かな部分の差異が気になってしまうこともあるだろう。 特に本作は、少しずつ流れを作って下へ降りていくことが大切なゲームなのに、その流れが崩れたときの立て直しが簡単ではない。敵の圧力が強まる感覚や、こちらが思い描いたテンポで進ませてくれない場面があり、ファミコン版特有の難しさとして記憶されやすい。結果として、「原作の魅力は感じるが、家庭用版はかなり癖がある」「遊べなくはないが、手放しで快適とは言えない」という受け止め方につながりやすい。 つまり悪かったところは、ゲームの核が悪いのではなく、その魅力を味わうまでに少し我慢が必要な点にある。本来は面白い仕組みを持っているのに、そこへたどり着く手前で引っかかりやすい。このもどかしさは、本作の長所と短所が表裏一体になっている部分でもある。
ステージの広がりや変化が、現代の感覚では物足りなく見えやすいところ
『エレベーターアクション』は、限られた舞台設定の中で駆け引きを深めるタイプの作品である。そのため、同じビルの中を上下しながら任務を遂行する構造そのものは非常によくできているが、一方で見た目の変化や場面の派手な切り替わりを期待する人には、やや単調に映ることもある。背景の印象は大きく変わりにくく、遊びの核心が「同じ仕組みをどう使いこなすか」にあるため、プレイを重ねるほど奥深さが出る一方、初期段階では変化の少なさとして感じられる可能性がある。 当時のゲームとして見れば十分に成立しているが、より多彩な演出やステージギミックに慣れた感覚から振り返ると、「場面展開が地味」「見た目のご褒美が少ない」と思われても不思議ではない。もちろん、このシンプルさが本作の持ち味でもある。しかし裏返せば、雰囲気の変化や派手な驚きを重視する遊び手には、少々渋すぎるともいえる。 また、攻略の面白さを理解する前だと、同じような通路、同じような移動、同じような危険の繰り返しに感じてしまい、「毎回似たことをしているように見える」という印象も出やすい。実際には細かな判断の差が大きいのだが、その面白さが視覚的に伝わりにくいことは短所の一つといえる。
爽快に無双するタイプではなく、窮屈さを感じやすいところ
本作の戦い方はかなり抑制的である。拳銃はあるが、何でも力で押し切れるわけではなく、敵を撃てばそれで安心という場面は少ない。むしろ、撃ち合いに夢中になるほど危険が増えやすく、立ち止まっていることそのものが不利につながる。このため、豪快に敵を倒しながら進みたい人には、やや窮屈なゲームとして映る可能性が高い。 主人公がスパイであることを考えれば、この設計は非常に筋が通っている。だが、ゲームとして見たときには「もう少し自由に暴れたかった」「敵を倒した爽快感が強ければもっと遊びやすかった」と感じる余地もある。特にファミコンのアクションゲームに、テンポの良い撃破感や明快な勝ち筋を求める人にとっては、本作の慎重さ重視の設計は少し合わないことがある。 さらに、危険な状況になったときの切り返しが簡単ではないため、押され始めると一気に苦しくなりやすい。この息苦しさは、緊張感として評価される半面、「自由度が低い」「余裕がなくて疲れる」といった不満にもつながる。つまり本作は、プレイヤーに格好よく暴れさせるのではなく、慎重に仕事をさせるゲームなのであり、その渋さがそのまま遊び手を選ぶ原因にもなっている。
慣れるまで面白さが伝わりにくいところ
本作のもっとも惜しい点を一つ挙げるなら、真価が伝わるまでに少し時間がかかることだろう。遊び始めてすぐに「これはすごく面白い」となる人もいるだろうが、多くの場合は、まず難しい、地味、忙しいと感じ、その先でようやく駆け引きの面白さに気づく流れになる。つまり、面白さの本体がかなり中身寄りで、見た目や最初の触感だけでは十分に伝わりにくいのである。 これは玄人好みのゲームにはよくある特徴だが、家庭用ソフトとして考えると不利にもなる。特に子どものころに遊んだ人の中には、攻略の理屈を理解する前に別のわかりやすいゲームへ移ってしまった人もいたかもしれない。本作は理解できると非常に味わい深いが、その入口が少し厳しい。そのため、「本当はよくできているのに、最初の印象で損をしている」という見方も成立する。 総合すると、『エレベーターアクション』の悪かったところは、難易度の上がり方が急であること、ファミコン版ならではの癖があること、見た目の変化が少なく地味に感じやすいこと、豪快さより慎重さが求められること、そして面白さが伝わるまでに時間がかかることに集約される。だが興味深いのは、それらの多くが同時に本作の個性にもつながっている点である。つまり欠点は確かにあるが、それは作品の芯が弱いからではなく、尖った面白さを持っているからこそ生まれている短所でもある。
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■ 好きなキャラクター
もっとも人気を集めやすいのは、やはり無駄のない主人公スパイ
『エレベーターアクション』に登場するキャラクターの中で、好きな存在として最初に名前が挙がりやすいのは、やはりプレイヤーが操作する主人公のスパイだろう。本作は物語を長々と語るタイプのゲームではなく、登場人物の細かな設定や会話劇を前面に出す作品でもない。それでも主人公は、実際に動かしているうちに非常に強い個性を感じさせる。不思議なのは、派手な表情も大げさな台詞もないのに、きちんと「この人物らしさ」が伝わってくることである。 その理由は明快で、この主人公は見た目と動きだけで役割を成立させているからだ。スーツ姿で高層ビルへ潜入し、敵の目をかいくぐって機密文書を回収し、危険を避けながら脱出を目指す。その一連の行動に一切の無駄がなく、ゲームが進むほど「この人は戦士ではなく任務のプロなのだ」と感じられるようになる。敵を全滅させるために暴れ回るのではなく、必要なものを奪って帰るために冷静に動く。この立ち位置がとても渋く、他のアクションゲームの主人公にはない魅力を生んでいる。 また、この主人公の良さは、プレイヤーの上達によって格好よさが増して見えることにもある。最初のうちは思うように動かせず、ただ追い詰められて逃げ回るだけになりやすい。ところが慣れてくると、危険な場所で一瞬だけ足を止めて敵をかわし、エレベーターを使って流れるように降下し、赤いドアへ迷いなく入り、またすぐ現場へ戻るといった動きができるようになる。その瞬間、主人公は単なる自機ではなく、任務に長けた工作員のように見えてくる。つまり、プレイヤーの技量が上がるほどキャラクターの魅力も増すのである。こうした構造は非常に面白く、好きなキャラクターとして主人公が強く支持される大きな理由になっている。
名前のない主人公だからこそ、想像の余地が広いところも魅力
この主人公の面白さは、細かな人物像が固定されすぎていない点にもある。近年のゲームでは、主人公に明確な名前、性格、過去、口調、感情表現が与えられることが多い。しかし『エレベーターアクション』の主人公は、そこまで具体的に語られない。だからこそ、遊ぶ人はそれぞれの頭の中でこの人物像を膨らませやすい。冷徹なプロフェッショナルとして見る人もいれば、危険な任務を一人で背負う孤高の工作員として受け止める人もいるだろう。 この余白の広さは、レトロゲーム特有の味でもある。説明が足りないのではなく、あえて語りすぎないことで、かえって印象が深くなる。ビルの屋上から無言で潜入を開始し、警備員に追われながらも着実に書類を集め、最後は地下へ抜ける。その姿だけで、プレイヤーの中には物語が生まれる。どんな組織に属しているのか、何を盗みに来たのか、失敗したらどうなるのか。そうした背景は明示されなくても、任務の重さだけは十分に伝わってくる。 好きなキャラクターとして語るとき、この「語られなさ」が逆に魅力になるのは大きい。すべてが説明される主人公は理解しやすいが、想像の余地は少ない。一方、本作の主人公は必要最低限の姿だけ見せて、あとはプレイヤーに委ねてくる。だからこそ、人によって理想のスパイ像を重ねやすく、長く印象に残る存在になっているのである。
敵の警備員たちも、実はかなり味のある存在として好まれやすい
好きなキャラクターという話になると、つい主人公ばかりに目が行きがちだが、本作では敵側の警備員たちにも独特の人気があると考えられる。黒いスーツや帽子を身にまとい、ビル内部を巡回しながら侵入者を追い詰めてくる彼らは、見た目こそシンプルだが、この作品の空気を形作る重要な存在である。もし敵が派手な怪人や軍隊風の兵士だったら、ここまで洗練された潜入劇の雰囲気は出なかったかもしれない。 警備員たちは個別に細かな性格づけがなされているわけではないが、その匿名性がむしろよい。名前のない主人公に対し、名前のない敵が立ちはだかる。この構図によって、ゲーム全体が非常に職業的で乾いた世界に見えてくる。敵は悪役として大げさに振る舞うわけではなく、ただ侵入者を排除するために現れる。その無機質さが、本作の緊張感を高めている。 さらに、敵は単なる障害物ではなく、プレイヤーの動きを考えさせるきっかけでもある。ここで待てばぶつかる、ここで撃てば通れる、ここは避けたほうがいい。そうした判断の相手役になるのが彼らであり、プレイを重ねるほど「嫌な相手だが、このゲームには欠かせない存在だ」と感じるようになる。好きなキャラクターには、単純に親しみやすい存在だけでなく、作品の面白さを支える名脇役も含まれる。本作の警備員はまさにそういうタイプであり、主人公の渋さを引き立てる重要な相棒でもある。
敵なのに妙に印象へ残るのは、役割がはっきりしているから
警備員たちが印象に残りやすいのは、彼らがただの背景ではなく、「主人公の任務にとって最も現実的な壁」として機能しているからである。怪物や巨大兵器のような非現実的な脅威ではなく、同じビルの中で働く人間が敵として出てくることで、この世界の危険はどこか現実味を帯びる。そこが本作の独特なところだ。主人公は超人的な力で敵をねじ伏せるのではなく、同じ人間相手に立ち回り、位置取りとタイミングで突破していく。この構図が、敵に対しても不思議な存在感を与えている。 また、警備員の存在によって、主人公の格好よさも引き立つ。相手が無能なら潜入劇としては成立しないが、本作の敵はそれなりにしつこく、油断するときちんと追い詰めてくる。そのため、敵をかわして進めたときの達成感が大きくなる。言い換えれば、敵が手強いからこそ主人公が映えるのであり、脇役として非常に優秀なのである。 好きなキャラクターとして敵を挙げる人は、必ずしも親しみや可愛さを重視しているわけではない。作品の空気を作り、遊びの質を高め、主人公を輝かせる存在として見ているのである。その意味で『エレベーターアクション』の警備員たちは、目立たないようでいて実はかなり成功したキャラクター造形だといえる。
キャラクターが少ないからこそ、一人一人の役割が際立つ
本作は物語重視の作品ではないため、登場する人物の数自体は多くない。しかし、その少なさがむしろ長所になっている。主人公、警備員、そして赤いドアの向こうにある任務の気配。極端にいえば、それだけでゲーム世界が成立している。余計な人物が大量に出てこないので、プレイヤーの意識は「誰が何をしているか」に迷わない。主人公は潜入する者、敵は阻む者。その役割分担が非常に明快であり、だからこそ一つ一つの存在が強く印象に残る。 近年の作品のように、会話イベントや背景設定を積み重ねてキャラクターを好きにさせるやり方とは違い、本作は役割そのものの魅力でキャラクターを立たせている。主人公が好きになるのは、語られるからではなく、動きが格好いいから。敵が印象に残るのは、設定が深いからではなく、存在の仕方が渋いから。この簡潔さは、ファミコン時代の作品らしい美しさでもある。 結局のところ、『エレベーターアクション』の好きなキャラクターを語るとき、もっとも愛されやすいのは無名の主人公スパイであり、その理由は派手さではなく、静かな格好よさにある。そして、それを支えているのが無機質で手強い警備員たちである。主人公と敵の双方が余計にしゃべらず、必要な役割だけをまっすぐ果たしているからこそ、本作のキャラクターたちは短い登場の中でも強い印象を残す。華やかではないが、忘れがたい。この渋い魅力こそが、本作におけるキャラクター人気の本質だろう。
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■ 当時の宣伝・現在の中古市場など
発売当時は「アーケードの人気作が家庭で遊べる」という強みが大きかった
1985年のファミコン市場で『エレベーターアクション』が持っていた強みは、完全な新作設定の家庭用ゲームというより、すでにアーケードで知られていた題材を家庭で繰り返し遊べることにあった。だからこそ当時の売り方としては、「難しいが個性的なスパイアクション」という独自性に加えて、「あの有名な業務用作品を家で遊べる」という価値が大きく働いていたと考えられる。家庭用ソフトの売り場では、すでに名前を知られている作品はそれだけで強く、特にゲームセンターに通っていた層や、雑誌で業務用ゲームの存在を知っていた層にとっては、題名そのものがかなり魅力的に映ったはずである。 さらに本作は、宣伝文句を作りやすい内容でもあった。スパイが高層ビルへ潜入し、赤いドアの中から機密書類を集め、地下へ脱出するという流れは、短い言葉でも十分に雰囲気が伝わる。画面写真を見せるだけでも、エレベーター、ドア、スーツ姿の主人公といった要素が他のアクションゲームとの差別化につながるため、当時の店頭チラシや雑誌紹介でも印象を残しやすかっただろう。つまり『エレベーターアクション』は、単なる移植作というだけでなく、紹介したときに「どういうゲームか」がすぐ伝わる、売り手にとっても扱いやすいソフトだったのである。
当時の宣伝方法は、雑誌・店頭・テレビ的な広がりの中で浸透したと考えられる
1985年当時のゲームの宣伝は、今のようにインターネット上で大量の動画や紹介記事が一気に拡散する時代ではなく、主な接点はゲーム雑誌、玩具店や家電量販店の店頭、パッケージの見た目、そして場合によってはテレビCMやカタログ的な案内だった。本作もそうした流れの中で認知を広げたタイトルと考えるのが自然である。特に『エレベーターアクション』は、タイトルの語感が強く、内容も一度聞けば忘れにくいので、誌面で見た情報がそのまま記憶に残りやすかったはずだ。 また、当時のファミコンソフトはパッケージ自体が重要な宣伝媒体でもあった。ゲーム内容を詳細に知らなくても、箱の絵柄やタイトル、裏面の画面写真から興味を持つことが多かったため、本作のように「潜入」「ビル」「スパイ」というイメージが強い作品はかなり有利だっただろう。店頭で並んでいるだけでも他のソフトとは違う空気があり、特に派手すぎないのに緊張感のある題材が好きな人には強く刺さったと考えられる。 つまり、本作の当時の宣伝は、いわゆる大々的なお祭り騒ぎのような売り方より、「アーケードの名作が家庭で遊べる」「独特な潜入アクション」という要点を、雑誌や店頭でじわじわ伝えていくタイプの広がり方だった可能性が高い。そしてそのやや渋い広がり方は、本作の持つゲームの空気と非常によく合っていた。
販売本数以上に、知名度の高さと記憶への残り方が価値になっている
『エレベーターアクション』の当時の販売本数については、時代の作品らしく、現在では明確な数字が広く共有されているとは限らない。しかし、この作品を語るうえで重要なのは、販売本数の数字だけでは測れない知名度の強さである。ファミコン版『エレベーターアクション』は、移植作品の中でも特に名前が挙がりやすく、タイトルを聞けばすぐ内容を思い出せる人が多い。これは単に売れた売れないだけではなく、ゲームとしての個性が強く、記憶に残る作品だった証拠でもある。 実際、レトロゲームを振り返る場面では、本作はしばしば「知名度の高いタイトー作品」「アーケード移植の代表例」「渋い名作アクション」の一角として思い出される。派手な一大ブームを起こした作品ではなくても、長いあいだ忘れられず、何度も名前が出ること自体が価値である。ゲームの歴史では、販売本数が多いだけの作品より、内容の個性ゆえに語られ続ける作品のほうが、後年の存在感が濃いこともある。『エレベーターアクション』はまさにそうしたタイプの一本である。
現在の中古市場では、ソフト単体なら比較的手に取りやすい位置にある
現在の中古市場でファミコン版『エレベーターアクション』を見ると、極端な超高額プレミアソフトというよりは、状態や付属品によって差が出る中堅どころのタイトルとして扱われていることが多い。ソフト単体であれば、比較的手を出しやすい価格帯で見つかることがあり、実機で遊びたい人にとっては、完全に手の届かない存在ではない。この点はレトロゲームとしてうれしいところで、知名度が高いわりに、遊ぶ目的だけならそこまで大きなハードルになりにくい。 ただし、箱や説明書がついた完品、状態の良い美品、初期版としての見栄えが整った個体になると話は別である。ファミコンソフト全般にいえることだが、パッケージの傷み具合、耳のつぶれ、説明書の折れや書き込みなどで価値は大きく変わる。『エレベーターアクション』も例外ではなく、「とりあえず遊べればよい」という層向けの価格と、「コレクションとして持ちたい」という層向けの価格では見え方がかなり違ってくる。つまり現在の中古市場では、プレイ用と収集用で相場感が二段階に分かれやすいタイトルだといえる。
コレクター視点では、パッケージや当時感そのものにも価値がある
レトロゲームの中古市場では、ソフトの中身だけでなく、「当時どんな形で売られていたか」を手元に残せること自体に価値が生まれる。『エレベーターアクション』もまさにその一つで、箱、説明書、カートリッジラベル、場合によっては店頭で見かけたころの印象まで含めて、懐かしさを所有する意味がある。特に本作はタイトル名の響きやスパイものの渋い雰囲気が強く、パッケージ込みで持っていることに満足感を覚える人が多いだろう。 また、説明書には当時のゲームらしい簡潔な説明や独特の言い回しがあり、現在のゲームでは味わえない空気がある。レトロゲームの魅力は、起動して遊ぶことだけではなく、箱を眺め、説明書を読み、発売当時の気分を想像することにもある。『エレベーターアクション』はそうした楽しみ方とも相性がよく、コレクターにとっては「内容も面白く、見た目も渋い」という二重の魅力を持っている。
総合すると、当時の売られ方も今の流通も、この作品らしい渋さが出ている
『エレベーターアクション』の当時の宣伝と現在の中古市場をあわせて見ると、この作品は発売時から現在に至るまで、一貫して「派手な大ヒット作」というより、「知る人には強く刺さる個性的な一本」として扱われてきたように思える。アーケードの知名度を背景に家庭用へ広がり、スパイ潜入アクションという独自性で印象を残し、今ではレトロゲームとして実際に遊ぶ人と収集する人の双方から一定の需要を持っている。この流れは、本作そのものの性格をよく表している。 つまり『エレベーターアクション』は、発売当時は「家庭で遊べる渋いアーケード移植」として魅力を放ち、現在は「比較的手が届くが、状態次第ではコレクション価値も高まる」タイトルとして生き続けているのである。数字だけでは語りきれないが、長く市場に残り、繰り返し見直されていること自体が、この作品の根強い生命力を示しているといってよいだろう。
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■ 総合的なまとめ
地味に見えて、実は非常に完成度の高い一本
1985年6月28日にタイトーから発売されたファミリーコンピュータ版『エレベーターアクション』は、見た目だけを追うと比較的落ち着いた印象のアクションゲームに見えるかもしれない。高層ビルの中を上下しながら敵を避け、赤いドアを回って書類を集め、最後は地下へ抜けるという流れも、一文で説明するとかなり簡潔である。だが、この作品の本当の価値は、その簡潔なルールの内側へ、緊張感、判断力、ルート構築、危機回避、反復の面白さといった要素が非常に濃く詰め込まれていることにある。派手な演出や複雑なシステムで驚かせるのではなく、限られた仕掛けを精密に組み合わせることで深い遊びを生み出している点こそ、本作の最大の魅力である。 エレベーターという日常的な設備をゲームの中心へ据え、それを単なる移動装置ではなく、戦術、危険、逃走、待ち伏せ、判断の場へ変えてしまった発想は今見ても見事である。しかもそれが単なる珍しさで終わらず、実際のプレイ感へきちんと結びついているため、本作は遊ぶほど独自性が際立っていく。最初は「地味な潜入ゲーム」という印象だったものが、少し慣れただけで「これはかなり考えさせられるアクションだ」と変わっていく。その感覚の変化もまた、本作の強さだろう。
ファミコン版ならではの難しさも含めて、記憶に残る作品だった
本作は誰にでも最初から優しいゲームではない。むしろ、慣れないうちはかなり厳しく感じられる部類に入る。敵を倒すだけでは先へ進めず、書類回収という目的を意識しながら、エレベーターの流れや通路の危険を読み続けなければならないからだ。しかもファミコン版には家庭用移植ならではの癖もあり、ただ原作の知識をなぞるだけでは安定しない部分もある。このため、人によっては難しさや窮屈さを先に感じてしまい、「面白さに気づく前に押し切られる」こともあったはずである。 しかし、その一方で、この難しさこそが本作を忘れがたい作品にしている面もある。簡単に突破できるだけのゲームであれば、遊んだ直後は楽しくても長く記憶へ残りにくい。『エレベーターアクション』はそうではなく、どこで追い詰められたか、どの判断が悪かったか、どう動けば助かったのかがはっきり残る。だから再挑戦したくなるし、少しうまくいっただけでも強い達成感がある。難しさがただの壁ではなく、上達の実感へつながっている点が本作の大きな価値である。
スパイものとしての空気感が、ゲーム全体を一段上のものにしている
『エレベーターアクション』が今も独特の存在感を放っている理由は、単なるアクションゲームとして出来がよいだけではない。主人公がスパイであり、敵地へ潜入して機密文書を奪い、最後は生還するという構図そのものが非常に魅力的だからである。敵を全滅させて英雄になるのではなく、必要な仕事を済ませて脱出することが目的になっているため、全体の空気がどこか大人びていて渋い。ファミコンのアクションゲームの中でも、この「任務を遂行している感じ」をここまで強く味わえる作品はそう多くない。 しかも本作は、説明しすぎずに世界観を伝えるのがうまい。スーツ姿の主人公、黒服の警備員、ビル内部、赤いドア、地下への脱出という要素だけで、危険な潜入作戦の輪郭がきちんと立ち上がる。余計な物語説明が少ないからこそ、遊ぶ側の想像力が働き、「自分はいま敵の拠点に入り込んでいる」という感覚が自然に育つ。この簡潔さと渋さの両立も、本作が長く支持される理由のひとつである。
長所と短所がはっきりしているからこそ、個性が強い
本作には、もちろん弱点もある。難易度が高めであること、慣れるまで面白さが伝わりにくいこと、見た目の変化が少なく地味に感じやすいこと、豪快に敵を倒して進むタイプの爽快感とはやや違うことなど、遊ぶ人を選ぶ部分は確かに存在する。だが、それらは作品の芯が弱いから生まれた欠点ではなく、本作が明確な個性を持っているからこそ出てきた短所でもある。 言い換えれば、『エレベーターアクション』は万人受けを最優先した作品ではない。だがその代わりに、好きな人には深く刺さる鋭い魅力を持っている。緊張感のあるアクションが好きな人、少ない要素で濃い駆け引きが成立するゲームに惹かれる人、派手さより完成度を重視する人には、とても強く印象に残る一本である。長所と短所の輪郭がはっきりしている作品は、総じて語りがいがある。本作もまさにそういうタイトルであり、だからこそ時代を越えて振り返られ続けているのだろう。
総合評価としては、ファミコン期を代表する渋い名作
総合的に見ると、ファミコン版『エレベーターアクション』は、アーケード由来の独創的なアイデアを家庭用へ持ち込み、日常的な設備をここまで濃いゲーム性へ変えたこと自体が高く評価できる作品である。移植としての癖や難しさはあるものの、それを差し引いても、ルールの明快さ、緊張感の強さ、題材の個性、上達する喜びといった核の部分が非常にしっかりしている。見た目はシンプルでも中身は濃く、静かに見えてプレイ中は忙しく、地味そうでいて実際にはかなり熱い。このギャップが本作のおもしろさの本質である。 もしこの作品を一言で表すなら、「派手ではないが、よくできている」「難しいが、だからこそ忘れがたい」「渋いが、非常に面白い」といった言葉がよく似合う。ファミコンの歴史には数多くの名作があるが、その中でも『エレベーターアクション』は、独特の雰囲気と完成度の高い駆け引きによって、他にはない立ち位置を築いた一本だった。単なる懐かしさだけではなく、ゲームの仕組みそのものが今見ても魅力的であるからこそ、本作はこれから先も「一度は触れておきたい渋い名作」として語られていくに違いない。
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