『ジェッターマルス』(1977年)(テレビアニメ)

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『鉄腕アトム』のリメイク作品として知られる往年のTVアニメ『ジェッターマルス』がDVD-BOXで復活!全27話を収録。 時間 ‏ : ‎ 11 時間 5 分 ディスク枚数 ‏ : ‎ 5 77年に放映された、『鉄腕アトム』のリメイク作品として知られるロボットアニメのBOX。川上博士が人工島で完..
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【原作】:手塚治虫、手塚プロダクション
【アニメの放送期間】:1977年2月3日~1977年9月15日
【放送話数】:全27話
【放送局】:フジテレビ系列
【関連会社】:東映動画、マッドハウス

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■ 概要

作品の基本データと放送枠

1977年2月3日から同年9月15日まで、フジテレビ系で毎週木曜19時台に放送された『ジェッターマルス』は、全27話で構成されるロボットアニメです。制作は当時「東映動画」と呼ばれていた東映アニメーションとフジテレビ、そして原作・企画面で強い影響力を持つ手塚プロダクションが関わっており、まさに70年代アニメ界の第一線の布陣で生み出された作品と言えます。放送時間は木曜19:00~19:30。まだビデオデッキが家庭に普及し始めたばかりの時期で、「夕飯前に家族で見るロボットアニメ」として、お茶の間の時間帯を担っていました。全27話という比較的コンパクトな話数でありながら、その中に「ロボット少年の成長」「戦争と平和」「科学の倫理」といったテーマをぎゅっと詰め込んでいるのが本作の大きな特徴です。

『鉄腕アトム』から派生した新世代ロボット像

『ジェッターマルス』を語るうえで避けて通れないのが、手塚治虫の代表作『鉄腕アトム』との関係です。当初、本作はフルカラー版『鉄腕アトム』の続編企画として構想され、「マイティ・マルス」というタイトルでアトム二世が主人公になるプランが進んでいました。しかし権利や制作体制などさまざまな事情が重なり、最終的には「アトムの世界観や要素を受け継ぎつつも、完全に別作品」として制作されることになります。結果として生まれたのが、外見や能力の一部にアトムを思わせる少年ロボット・マルスを主人公に据えた『ジェッターマルス』です。髪型やシルエットはアトムに近く、背中から翼を展開して飛行する設定や、並外れたパワーなどもどこかアトムの「七つの威力」を連想させますが、性格はより人間臭く、口調もやや乱暴。善悪の判断が未熟で、失敗したり怒られたりしながら学んでいく姿が強調されており、「完成されたヒーロー」だったアトムに対して、「成長途中の少年」としてのロボット像が描かれている点が大きな違いです。

物語の舞台とテーマ ― 2015年の未来社会

物語の舞台は、作品制作時から約40年後にあたる「2015年」の近未来日本。『ジェッターマルス』が放送されていた70年代当時から見ると、2015年はまさに夢のような未来であり、空を飛ぶ乗り物や高度に発達したコンピュータ、街中で働くロボットたちが当たり前に存在する世界として描かれます。人間とロボットが同じ社会で暮らしているものの、その関係は必ずしも理想的ではありません。科学省長官・山之上博士は、国防の切り札としてマルスのようなロボット兵器を追い求める一方で、電子頭脳を開発した川下博士は、ロボットを人間と同じ人格を持つ存在として扱うべきだと考えています。両者の対立は単に「性格の違い」というレベルに留まらず、「科学は軍事のためにあるのか」「ロボットは道具か、それとも仲間か」という大きなテーマを、子ども向けの物語の中に落とし込んだものになっています。主人公マルスは、その中間に立たされる存在です。膨大な戦闘能力を持ちながらも心は子ども。壊そうと思えば何でも壊せる力を持つ一方で、涙や友情、後悔といった感情を少しずつ覚えていきます。「強さ」とは何か、「最強のロボット」とは単なる破壊力なのか、それとも人の心を理解し守る力なのか――そうした問いが、エピソードを通して何度も投げかけられます。

対象年齢を下げた、コミカルさとシリアスさの同居

制作を担当した東映側の意向もあり、本作は『鉄腕アトム』よりも少し低い年齢層の子どもをメインターゲットに設定していたと言われています。そのため、テンポの良いギャグやドタバタ、マスコット的なキャラクターの登場など、子どもが楽しみやすい要素が多く盛り込まれています。マルスの周囲には、ちょっとドジでおしゃべりなロボット・メルチ(メルチ/メルチバカ)や、クラスメイトたち、人情味のある大人たちが登場し、学校生活や日常の騒動を描くエピソードも少なくありません。その一方で、暴走する巨大ロボットとの戦い、兵器としてのマルスを巡る陰謀、ロボット差別を想起させるような描写など、なかなかシビアなテーマも顔を出します。明るい作風と重い題材が同居しているため、視聴者の中には「子どもの頃は楽しく見ていたが、大人になって見返すと考えさせられる」という感想を抱く人も多く、70年代ロボットアニメの中でも独特の雰囲気を持った作品として記憶されることになりました。

スタッフ体制とアニメーションの魅力

チーフディレクター(実質的な監督)を務めたのは、のちに『銀河鉄道999』などで知られるりん・たろう。シリーズ構成には後年マッドハウスの中心人物となる丸山正雄が参加しており、脚本には辻真先や雪室俊一といった当時の売れっ子ライター陣が名を連ねています。原作・企画面にはもちろん手塚治虫が深く関わっており、彼の作品群における「スター・システム」――ヒョウタンツギやヒゲオヤジなど、他作品のキャラクターが別の役柄で登場する――も、本作でふんだんに用いられています。アニメーション面では、70年代らしい手描きの線の揺らぎやセル画の発色が魅力です。アクションシーンではマルスが空を駆け抜け、レーザーやロケットパンチのような派手な攻撃を繰り出す一方で、日常シーンでは丸みを帯びたキャラクターデザインと柔らかな芝居で、どこか温もりのある雰囲気を醸し出しています。背景美術も未来都市の高層ビル群から、どこか懐かしい昭和テイストの商店街まで幅広く、近未来と当時の現実世界が混ざり合ったような世界観づくりに貢献しています。

「幻の作品」からDVD-BOXでの再評価へ

『ジェッターマルス』は放送当時こそ全国ネットで多くの子どもたちに親しまれましたが、その後しばらくのあいだはソフト化に恵まれませんでした。一時期、第1話のみがビデオとして単独発売されたものの、シリーズ全体を正規の映像ソフトで見ることは長らく難しく、マニアの間では「記憶の中にだけ残るロボットアニメ」として語られてきました。ところが2009年、エイベックスより全27話を収録したDVD-BOXが発売され、一気に全話を視聴できる環境が整います。これをきっかけに、かつてリアルタイムで見ていた世代が改めて作品を見直し、ネット上で感想や考察を共有する流れが生まれました。また、YouTube上には公式・公認ルートで一部エピソードが配信されるなど(海外向けを含む)、国境を越えて再評価される動きも見られます。

70年代ロボットアニメ史の中での位置づけ

放送当時のアニメ界は、『マジンガーZ』を皮切りとするスーパーロボットブームの真っただ中で、『コン・バトラーV』や『ガイキング』など、巨大ロボットが敵をなぎ倒す痛快なヒーローアニメが人気を博していました。その中にあって『ジェッターマルス』は、等身大に近い少年ロボットが主人公で、巨大ロボット同士の合体バトルとは雰囲気の異なる作品でした。派手な合体ギミックや玩具展開よりも、「ロボット少年の心の成長」「大人たちの思惑に振り回される子ども」というドラマ部分に比重を置いている点で、同時期のロボットアニメとは一線を画しています。商業的には「大ヒット」とまではいかなかったものの、その実験的な姿勢や、アトムからジェッターマルスへと続く系譜上のユニークな立ち位置から、後年に至るまで語られ続ける一本となりました。「もしアトムの続編がそのまま実現していたら」というIFを背後に抱えながらも、別の形で生まれた“新しいロボット少年”の物語――それが『ジェッターマルス』の概要を一言で表すなら、もっともふさわしい表現かもしれません。

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■ あらすじ・ストーリー

2015年の地球とマルス誕生までの流れ

物語の舞台となるのは、西暦2015年の地球。高度に発達したロボット工学とエネルギー技術によって、人間とロボットが共存する未来社会が広がっています。国の中枢機関である「科学省」では、治安維持や国防の柱となる新兵器の開発が極秘裏に進められており、その中心人物が科学省長官の山之上博士です。彼は「外敵から日本を守るためには、従来の兵器をはるかに超える力を持った守護者が必要だ」と考え、ついに一体の少年ロボットを完成させます。それが、のちに人々から「ジェッターマルス」と呼ばれることになる少年型ロボット・マルスです。マルスは、圧倒的な出力を誇るエネルギー炉と、宇宙空間での行動すら想定された強靭なボディ、そして背中に収納された翼による高速飛行能力を備えた、地球最強クラスの戦闘用ロボットとして設計されていました。しかし、その力を安全に制御するためには、状況判断と倫理観を兼ね備えた「最高の電子頭脳」が必要不可欠でした。山之上博士は、自身とは価値観が異なるライバル科学者・川下博士に、その電子頭脳の開発を依頼します。川下博士は当初、「兵器のための頭脳など作りたくない」と頑なに拒みますが、「ロボットにも心が必要だ」という信念から、マルス自身が苦しみながらも自分の道を選び取れるような頭脳を設計。その頭脳が組み込まれた瞬間、マルスは初めて「目覚め」、少年の姿で世界に誕生することになります。

科学省襲撃事件とマルスの初めての戦い

しかし、マルスの誕生は決して祝福ムード一色ではありませんでした。山之上博士は、川下博士に「国家の守護神としてのロボットを作りたい」とだけ説明し、マルスが実質的には兵器であることを明確に伝えていなかったのです。その事実を知った川下博士は、自分の作った電子頭脳が戦争の道具として利用されるかもしれないと知り、激しく怒りを露わにします。山之上と川下、二人の科学者の間に深い亀裂が生まれ、マルス自身も自分が何のために作られたのか理解できないまま、不安定な状態で目覚めてしまいます。そんな中、科学省を巨大な嵐が襲い、落雷によって施設の電源系統が次々に破壊される非常事態が発生。さらに追い打ちをかけるように、戦闘テスト用に開発されていた実験ロボット・タイタンの制御システムがショートを起こし、暴走を始めてしまいます。タイタンは巨体と高火力武装を備えた危険なロボットで、制御不能となった今、科学省の建物や周辺の街を次々に踏み潰し、爆撃する危機的状況に陥ります。まだ生まれたばかりで、善悪の判断どころか世界の常識すら知らないマルスは、突然降りかかった大混乱の中で戸惑い、泣きたくなるほどの恐怖と不安に包まれます。そんな彼の前に現れるのが、山之上博士の娘として育てられてきた美理(ミリ)です。実は彼女も高度な人工知能を持つロボットでありながら、普段は人間の少女と変わらない生活を送っています。美理は怯えるマルスに手を差し伸べ、「あなたは破壊するためだけのロボットじゃない。人を助ける力があるなら、その力を使って」と真っ直ぐな言葉を投げかけます。その言葉を受け止め、マルスは初めて「自分の意思」で戦う決意を固め、暴走するタイタンへと立ち向かうことになります。激しい戦いの末、マルスはその力を解放し、タイタンを停止させることに成功。科学省と周囲の街は辛うじて壊滅を免れ、人々は彼を「英雄」として迎え入れます。しかし同時に、「これほどの破壊力を持つ存在が、もし敵に回ったらどうなるのか」という不安もまた、人々の心の中に静かに芽生え始めていました。

山之上博士の失踪と、川下家での新たな生活

タイタン暴走事件後、マルスは徐々に社会に受け入れられ始めますが、その矢先にさらなる事件が起こります。マルスを設計した張本人である山之上博士が、実験中の事故に巻き込まれ、行方不明になってしまうのです。博士の死亡説も流れる中、政府はマルスの危険性を懸念し、「博士不在となった今、マルスを誰が管理するのか」という問題に直面します。そこで白羽の矢が立てられたのが、電子頭脳の生みの親である川下博士でした。かつてマルスの兵器利用に反対して山之上と対立した川下博士は、複雑な思いを抱えながらも、責任を取る形でマルスを自宅に引き取り、監督することを引き受けます。ただし、彼ははっきりとマルスにこう告げます。「お前を“最強のロボット”になどさせはしない」と。こうしてマルスは、川下家の一員として生活することになります。川下家には、美理をはじめ、ユニークな家族やロボットたちが暮らしており、マルスは学校に通うことになったり、近所の人々と触れ合ったりしながら、少しずつ「普通の男の子」としての日常を学んでいきます。しかし、クラスメイトの中にはロボットであるマルスを面白がる者もいれば、恐れや偏見から距離を置く者もいます。体育の授業で力加減がわからずボールを空の彼方に飛ばしてしまったり、些細ないたずらを本気でやり返してしまったりと、マルスはトラブルを頻発させながらも、喜びや友情、後悔や反省を少しずつ覚えていきます。日常の笑いとドタバタを通して、「ロボットであっても、心は育っていく」というテーマがじっくりと描かれるパートです。

「最強」とは何かを問う旅 ― マルスの葛藤と成長

川下博士は、山之上博士が口にしていた「最強のロボット」という言葉に深い違和感を抱いています。単純な火力や破壊力だけで測られる「強さ」は、やがて戦争や差別を生み出す危険な価値観につながるのではないか。だからこそ彼は、マルスには「力に酔わず、人間の痛みを理解できるロボット」になってほしいと願っています。ところが、社会の現実はそう単純ではありません。地球を狙う宇宙からの侵略者、不良ロボットの暴走、マルスの力を利用しようと暗躍する組織など、さまざまな危機が次々と襲いかかり、そのたびにマルスは「戦わなければ守れないものがある」という現実を突きつけられます。力を使えば敵を倒せるが、そこには必ず壊されるものや傷つく人がいる。力を抑えれば誰かを失うかもしれない。マルスは戦いのたびに悩み、答えの出ないジレンマの中で揺れ動きます。物語中盤では、山之上博士の研究成果を狙い、マルスのデータを奪取しようとする敵勢力が登場し、マルスの存在そのものが世界規模の争奪戦の火種となっていくエピソードも描かれます。その過程で、川下博士は「本当の強さとは自分の勝利ではなく、誰かを守り抜く覚悟ではないか」とマルスに問いかけ、マルス自身も「強いって、どういうことだろう」と自ら考え始めるようになります。大きな怪物型ロボットと戦う回だけでなく、いじめに苦しむクラスメイトを助けたり、ロボット差別に遭う仲間を守ったりといった、小さなスケールのドラマが積み重ねられていくことで、視聴者にも「強さ」の意味が少しずつ伝わるように構成されているのが印象的です。

山之上博士の影と、「最強のロボットが必要とされる時」とは

ストーリーが進むにつれ、行方不明となった山之上博士の存在は、目に見えない影としてマルスたちの前に立ちはだかります。博士は本当に事故で命を落としたのか、それともどこかで研究を続けているのか。彼が残したメッセージや研究データの断片が、各話の事件の背後で少しずつ姿を現し、「最強のロボットが真に必要とされる時」という謎のキーワードが語られるようになります。あるエピソードでは、地球を滅ぼすほどの規模を持つ隕石群が接近し、通常兵器では破壊できないことが判明します。人類が滅亡の危機に瀕する中で、「もしマルスが最大出力で戦えば、隕石を粉砕できるかもしれない」という可能性が浮上しますが、それは同時にマルスのコントロールを失う危険をもはらんでいました。ここで川下博士は、かつて山之上博士が語っていた言葉を思い出します。「本当に追い詰められたとき、人類は“最強のロボット”の存在を受け入れざるをえない。その時こそ、マルスの真価が問われるだろう」。このエピソードは、「最強のロボットが必要とされる時」とは、単に戦争に勝つためではなく、人類が絶滅の危機に瀕したときに全てを救う最後の切り札として呼び出される瞬間であることを示唆しています。同時に、それほどの力を持つ存在が、普段は一人の少年として笑ったり泣いたりしているというギャップが、作品全体に独特の緊張感を与えています。

クライマックスへの道筋と物語が残す余韻

終盤に向かうにつれて、マルスの前にはより巨大で複雑な敵が現れるようになります。物理的な敵だけでなく、「恐怖心からマルス排斥を訴える人々」「ロボットの権利をめぐる社会的な対立」など、目に見えない敵も増えていきます。マルスは戦いを通して多くの傷を負い、時には「自分なんて存在しない方がいいんじゃないか」と自己否定に陥りそうになることもあります。しかし、そんな彼を支えるのが、川下博士や美理、クラスメイトたちの言葉や行動です。「お前がいなかったら助からなかった命がある」「ロボットでも人間でも、泣いたり悩んだりしながら前に進めばいい」という周囲の励ましが、マルスを再び立ち上がらせます。クライマックスでは、山之上博士の失踪の真相と、「最強のロボット」という概念に込められた本当の意味が明らかになり、マルスは単なる兵器でも、お飾りのヒーローでもなく、「自分の意志で誰かを守る存在」として最後の決断を下します。その結末は、視聴者にとっても決して単純なハッピーエンドではなく、どこかほろ苦さや余韻を残すものになっていますが、その分だけ「ロボットと人間の関係」「力の使い方」「成長とは何か」といったテーマが心に深く刻まれる構成になっています。27話という短めの話数の中に、明るいギャグ回から胸を締めつけるようなシリアス回まで幅広いエピソードが詰め込まれており、見終えた後には「マルスと一緒に成長した」ような感覚を覚える視聴者も多い作品です。

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■ 登場キャラクターについて

マルス ― 幼い心を持つ「最強候補」の少年ロボット

本作の主人公であるジェッターマルス、通称マルスは、科学省で「日本最強の戦闘ロボット」として設計された少年型アンドロイドです。山之上博士が設計したコンパクトなボディの内部には莫大なエネルギー炉が内蔵されており、十万馬力クラスとも言われる圧倒的な出力と、空を自在に飛び回るための赤い逆V字型の翼など、多彩な機能が詰め込まれています。普段はマフラーのように首元に巻かれているその翼を一度展開すると、戦闘モードのマルスへと一気に変貌するギャップは、子ども視聴者にとってわかりやすい「変身」にも近い高揚感を生み出していました。一方で、その電子頭脳は世界的な権威である川下博士が設計しており、驚異的な処理能力と記憶容量を持つのと同時に、「感情」を学習する余地を残した、きわめて人間に近い構造を備えています。そのためマルスは、身体的には超人レベルの性能を持ちながらも、精神面はまだ幼い子どもそのもの。言葉遣いも少々乱暴で、大人に対して口答えしたり、実力を誇示してしまったりする場面が描かれますが、そこに「生まれたばかりの子どもが空気を読めない」ような危うさと愛嬌が同居しているのが印象的です。視聴者の多くは、マルスが失敗して怒られたり、誤解されて落ち込んだりしながら少しずつ「力の使い方」を学んでいく姿に、自分自身の成長期を重ね合わせて見ていたと言われます。力任せに敵を倒すだけでなく、弱い立場の人に寄り添ったり、敵対していた相手を理解しようとしたりするエピソードを通じて、マルスの中にある「戦う体」と「愛する心」のせめぎ合いが丁寧に描かれており、そこがまさにキャラクターとしての最大の魅力になっています。

メルチ ― ドタバタを引き起こす、おしゃぶり好きの弟ロボット

メルチは、マルスのために川下博士が開発した弟ロボットで、作品のムードメーカー的存在です。丸っこいボディにちょこまかと動く手足、そしてトレードマークである「おしゃぶり」が特徴的で、口を開けば「バカルチ!」という独特の口癖が飛び出します。この言葉は、覚えたての単語を連呼する幼児のような無邪気さと、兄に対しても遠慮なく突っ込む生意気さが混ざっており、当時の子ども視聴者にはすぐに真似したくなるフレーズとして親しまれました。メルチの身体は、山之上博士が残していった設計やパーツをベースに、川下博士が改修・調整して組み上げたものとされており、その意味では「山之上と川下、両方の技術が詰まった存在」とも言えます。おしゃぶりは実は重要な制御装置でもあり、これを外すと本来の出力を持て余してしまい、力加減がわからなくなってしまうという設定も、彼の危うさと可愛らしさを同時に象徴しています。メルチは、しばしばテレビに夢中になってマルスのピンチに気づくのが遅れたり、余計な一言でトラブルを大きくしたりと、騒動の火種になることも多いキャラですが、兄思いの一面も強く、マルスが落ち込んでいるときにはさりげなくフォローに回るなど、「うるさいけれど憎めない弟」として物語を賑やかに彩っています。

川下美理(ミリ) ― 姉であり母であり、ロボットであることを隠す少女

ミリこと川下美理は、普段は川下博士の娘として振る舞っている少女ですが、その正体は博士が開発した高性能ガイノイド(女性型ロボット)です。人間と見分けのつかない繊細な外見としなやかな身のこなしを持ち、非常時には驚異的な身体能力や、手に触れた物体を修復する能力など、数々の特殊機能を発揮することができます。しかし、彼女自身は父との約束により、自分がロボットであることを周囲に隠し、「普通の女の子」として暮らしています。この「秘密を抱えた日常」が、ミリというキャラクターに独特の陰影を与えており、視聴者の中にはマルス以上に彼女に感情移入したという人も少なくありません。ミリはマルスにとって、年上の姉であり、世話を焼いてくれる母のような存在でもあり、同時に同年代の友達でもあるという不思議な立ち位置にいます。学校や家庭での常識を教え、時には厳しく叱り、時には優しく抱きしめる彼女の行動は、「ロボットにも心がある」と信じている川下博士の思想を、具体的な形で体現しているとも言えるでしょう。感情豊かで涙もろく、ロボット差別の場面では真っ先に怒りをあらわにする一方、自分自身がロボットであることをカミングアウトできない葛藤も抱えており、そうした繊細な心の揺れが、マルスとの関係性の中で少しずつ描かれます。美理が涙ながらにマルスを抱きしめるシーンや、ロボットとしての能力を使うことを迷いながらも仲間を守る場面は、視聴者にとって強く印象に残る名シーンとして語り継がれています。

山之上博士 ― 「最強のロボット」にこだわった理想主義者

山之上博士は、科学省長官にしてマルスのボディを設計した張本人です。国家の安全保障を一身に背負っているという自負から、「日本を守るためには、どんな敵にも負けない絶対的な戦力が必要だ」という信念を持っており、その結晶としてマルスを開発しました。彼の口からたびたび発せられる「最強のロボット」という言葉は、軍事的抑止力と人類の生存戦略を同一視する、ある種の過激な理想主義を象徴しています。しかし山之上博士は、単なる冷酷な軍事マニアではありません。彼の根底には、戦争や災害で命を落とす人々を救いたいという真摯な願いがあり、その願いが暴走することで、結果的に「兵器としてのマルス」に執着してしまった人物として描かれています。マルスに「ジェッターマルス」という名前を与えたのも彼であり、その名にはローマ神話の軍神マルスのイメージと、「新たな時代を切り開く存在になってほしい」という期待が込められています。中盤以降は行方不明という形で表舞台から姿を消しますが、彼の残した研究や言葉は、マルスと川下博士の心に「問い」として残り続けます。最終回付近で明かされる彼の真意や現在地は、視聴者にとっても「強さとは何か」を改めて考えさせられる重要な要素として機能しており、単なる敵役でも聖人でもない、複雑な人物像が印象に残るキャラクターです。

川下博士 ― ロボットの心を信じる良心的科学者

川下博士は、マルスの電子頭脳を設計し、美理やメルチを生み出した世界的なロボット工学者です。山之上博士とは大学時代からのライバルでありながら、お互いの能力については誰よりも認め合っている関係で、かつては「共に未来のロボット社会を築く」理想を語り合った仲でもあります。しかし、戦闘用ロボットの開発に突き進む山之上博士に対して、川下博士は「ロボットも心を持つ存在であり、兵器ではなく共に生きるパートナーであるべきだ」というスタンスをとり、以降はしばしば激しく対立することになります。マルスの電子頭脳を開発する際にも、彼は「戦うための頭脳ではなく、悩み、迷い、選ぶことのできる頭脳」を目指しました。その結果、マルスは幼いながらも深く悩み、涙を流しながら成長していく存在となり、そこに川下博士の思想が色濃く反映されています。山之上博士の事故後、マルスを引き取り、保護者として共に暮らすようになると、彼は「最強のロボットになることは禁止だ」と言い渡しながらも、さまざまな事件を通して徐々に考えを変えていきます。視聴者にとって川下博士は、時に厳しく時に優しい「お父さん」的キャラクターでありながら、同時に人間とロボットの共存という大きなテーマを背負った哲学者のような存在としても映ります。マルスやミリ、メルチと食卓を囲みつつ、ふとした会話の中で「力を使う責任」や「生きる意味」について語るシーンは、子ども向けアニメとは思えないほどの深みを持っており、大人になってから見返すと、彼の言葉の重さにハッとさせられる視聴者も多いキャラクターです。

ヒゲオヤジ(伴俊作)とクラスメイトたち ― ロボットと人間が共に学ぶ教室

マルスが編入する富士見小学校4年3組の担任教師・伴俊作は、その風貌から「ヒゲオヤジ」と呼ばれ、生徒に慕われている快活な先生です。実は裏で私立探偵としての顔も持ち、ロボット関連の事件やマルスに絡む陰謀に首を突っ込むこともしばしばで、コメディとハードボイルドの両方を兼ね備えたキャラクターになっています。彼は「人間とロボットが同じ教室で学ぶこと」に賛成しており、マルスを特別扱いせず、一人の子どもとして見守る姿勢を貫きますが、その裏には「差別や偏見を笑い飛ばしていく強さ」があり、時に大人側の偏見を諫める役割も担っています。クラスメイトとして登場するケン一(優等生タイプ)、タマ夫(気弱でのんびりした少年)、四部垣(ガキ大将だが本当は小心者)などの子どもたちも、マルスの成長を描くうえで欠かせない存在です。最初は「ロボットなんて怖い」と距離を置いたり、からかったりする子もいますが、共に遊び、喧嘩し、ときには命を張って助け合う経験を通じて、「マルスはロボットだけど、友達だ」というごく当たり前の認識にたどり着いていきます。視聴者の側から見ると、彼らは「マルスを通じて変わっていく社会」を象徴する存在であり、ちょっと気弱なタマ夫がマルスをかばって立ちはだかるシーンや、四部垣が素直になれずに不器用な励ましをする場面などは、ロボットという設定を超えて「子ども同士の友情」を強く感じさせる印象深いシーンとなっています。

アディオスほか、物語に深みを与えるゲストキャラクターたち

終盤にかけて登場するアディオスは、テンガロンハットとマント姿が印象的な、さすらいのロボットガンマンです。彼はロボット専用の「殺し屋」として各地を渡り歩く存在で、その名はスペイン語の別れの言葉「adiós」に由来していると作中で語られます。マルスとは対照的に、己の力と役割を冷徹に受け入れているアディオスは、「力に心が追いつかなかった場合の未来像」としても描かれており、マルスにとっては鏡のような存在です。挿入歌「さすらいのロボット」を背に、孤独に荒野を歩む姿は、視聴者の記憶に強烈な印象を残しました。また、科学省の新長官である田鷲長官(タワシ長官)は、保身的で官僚的なキャラクターとして描かれ、山之上博士の理想と川下博士の良心との間で揺れる政府側のスタンスを象徴しています。ロボットに対して露骨な偏見を見せたり、責任を現場に押し付けたりする姿は、子ども視聴者にとっても「こんな大人にはなりたくない」と思わせる分かりやすい悪役像であり、一方で「現実社会にもいそうな困った大人」としてのリアリティも兼ね備えています。ほかにも、ギャングのボスとして登場するスカンク草井や、中村警部などの刑事キャラクター、各話ごとに登場する個性的なロボットたちが、作品世界に厚みを与えています。特に、手塚作品でおなじみの「ヒョウタンツギ」など、スター・システム的に他作品からゲスト参加するキャラクターたちは、手塚ファンにとって嬉しいサプライズであり、『鉄腕アトム』とのつながりをさりげなく感じさせる遊び心として機能しています。このように、『ジェッターマルス』に登場するキャラクターたちは、それぞれが単なる役割以上の意味を持っており、マルスの成長物語を多方向から照らす鏡のような存在として配置されています。誰を好きになるかによって、視聴者が受け取る物語のニュアンスも変わってくる、非常に奥行きのあるキャラクター群だと言えるでしょう。

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■ 主題歌・挿入歌・キャラソン・イメージソング

オープニング「マルス2015年」― 希望と孤独が同居する行進曲

『ジェッターマルス』の顔とも言えるオープニングテーマが、「マルス2015年」です。歌うのはスチーブン・トートとこおろぎ’73、作詞は伊藤アキラ、作曲は越部信義という布陣で、テレビアニメ主題歌の王道とも言える安定感のある組み合わせになっています。曲調は力強いマーチ風で、「ひかりまぶしい日本に ひとつのいのちがはばたいた その名はマルス!」という歌い出しから、マルスがこの世界に誕生した瞬間の高揚感をストレートに歌い上げます。しかし、ただ明るく勇ましいだけではなく、中盤にはどこかもの悲しいメロディラインが差し込まれており、視聴者の間では「マルスの心の寂しさや迷いがにじんでいるようだ」と語られることも多い一曲です。2015年という近未来の年号をそのまま歌詞に取り込んでいるのも特徴で、「時は2015年」というフレーズは、当時の子どもたちにとって“遠い未来への入り口”を感じさせるキャッチコピーのような役割を果たしていました。アニメ本編に入る前に、この曲がマルスの力強さと不安定さを同時に提示することで、視聴者は毎回「今日はどんな事件が起こるのか」「マルスはどう成長するのか」という期待と少しの緊張感を抱きながら本編へと引き込まれていきます。オープニング映像もまた、マルスが空を飛び、戦い、ふとした瞬間に寂しそうな表情を見せるカット構成で、歌の持つ二面性を視覚的に補強していました。のちに発売されたサウンドトラックCDや配信アルバムでも必ず1トラック目を飾る定番曲であり、作品を代表するテーマとして長く愛され続けています。

エンディング1「少年マルス」とエンディング2「おやすみマルス」― マルスを包み込む優しいまなざし

エンディングテーマは全27話の中で2曲が使い分けられており、第1~10話までは「少年マルス」、第11話以降は「おやすみマルス」が採用されています。「少年マルス」は、スチーブン・トートと大杉久美子がデュエットで歌う楽曲で、戦うために作られたロボットでありながら「少年」であるマルスの葛藤を、そのまま歌詞に写し取ったような内容になっています。力を持って生まれてしまったことへの戸惑い、人間になりたいという憧れ、誰かの役に立ちたいという願い――それらが切ないメロディに乗せて歌われ、視聴者の中には「本編の余韻に胸がキュッと締め付けられた」という人も少なくありません。一方、「おやすみマルス」は、大杉久美子のソロで歌われる優しいバラードで、美理の視点からマルスを見守るような歌詞が印象的です。激しい戦いや騒動のあと、「おやすみ マルス なみだをふいて」と語りかけるこの曲は、1日の最後に子どもを寝かしつける子守歌のような役割を果たしており、特に第11話以降のシリアスなエピソードのあとに流れることで、視聴者の心をそっとなだめてくれます。越部信義らしい、どこか懐かしく、和製童謡の延長線上にあるようなメロディは、作品本編のテーマである「ロボットと人間の心の距離」を、音楽面から優しく補完していると言えるでしょう。リアルタイム視聴世代のファンからは、「エンディングが流れると、その日あったことを振り返りながら自然と切ない気持ちになった」「録音したカセットテープを寝る前に何度も聞いた」といった思い出話も多く語られています。

挿入歌群 ― キャラクターと物語を立体化する多彩な楽曲

『ジェッターマルス』は、主題歌だけでなく挿入歌も非常に充実している作品です。サウンドトラックや「うたとおはなし」アルバムには、「マルスの夢」「メルチバカルチガンバルチ」「戦いのマルス」「キライ!スキ!」「さすらいのロボット」「マルスのマーチ」「宇宙のスキャット」といった多彩な楽曲が収録されており、いずれも越部信義の作曲による統一感のある世界観が貫かれています。「マルスの夢」はスチーブン・トートが歌う、どこか幻想的で柔らかいナンバーで、マルスが見ている“人間としての幸せな日常”や、“戦いのない世界”を暗示するような、穏やかな雰囲気を持っています。眠りにつく前のマルスの心象風景を思わせる温かいアレンジが特徴で、サントラの中でも特に人気の高い1曲です。対照的に「戦いのマルス」は、テンポの速いリズムとブラスが印象的なアクションチューンで、マルスが本気で戦うシーンやクライマックスに向けた盛り上がりで使われることが多く、「オープニング以上に燃える」と語るファンもいるほど。タイトルそのままに、戦士としてのマルスの姿を前面に押し出した一曲です。「メルチバカルチガンバルチ」は、メルチを演じる堀絢子とヤング・フレッシュが歌うコミカルな曲で、メルチの「バカルチ!」という口癖を全面にフィーチャーした、明るく騒がしいナンバー。歌詞・メロディともに一度聞くと頭から離れない中毒性があり、子どもたちが口ずさみながら遊んでいた様子が想像できます。「キライ!スキ!」は大杉久美子が歌うポップな楽曲で、ミリの揺れ動く感情や、マルスに対する複雑な想いを少女らしい言葉で表現した一曲。「嫌いと言いながら本当は好き」というツンデレ的なニュアンスもあり、男女問わず人気の高い挿入歌として知られています。

「さすらいのロボット」など、世界観を広げる楽曲たち

挿入歌の中でも特に異彩を放つのが、ささきいさおが歌う「さすらいのロボット」です。タイトルどおり、放浪するロボットの孤独と誇りをテーマにした一曲で、冒険西部劇のようなイントロから、越部信義らしいメロディがじわじわ広がっていく構成になっています。アディオスというキャラクターと深く結びついた楽曲であり、彼が夕日に向かって歩いていく姿とともに流れると、まるで別の作品が始まったかのような「外伝感」を醸し出します。いわゆる「ロボットアニメの挿入歌」と聞いて想像する勇ましい曲調とは少し違い、物悲しいムードを帯びた大人向けの歌になっているため、子ども時代にはピンとこなかったが、後年になって聴き返して好きになったというファンも多いようです。「マルスのマーチ」は杉並児童合唱団が歌う合唱曲で、子どもたちの高い声がマルスの無邪気さや未来への期待を象徴するような楽曲。「宇宙のスキャット」はスチーブン・トートと大杉久美子がスキャットを多用しながら歌う実験的な曲で、歌詞の意味よりも声そのものの響きやコーラスの重なりが、宇宙空間の広がりや静寂を感じさせます。これらの楽曲は本編中でさりげなく使われることもあれば、レコードやCDでじっくり聴いて初めてその良さに気づくタイプの曲でもあり、サウンドトラックを通して作品世界をもう一段深く味わうことができる要素になっています。

サウンドトラックと後年の再評価

『ジェッターマルス』の放送当時、主題歌と挿入歌は日本コロムビアから「ジェッターマルス うたとおはなし」などのアルバムとして発売されましたが、その後長らく再発売に恵まれず、レコードを入手できた人だけが楽しめる“知る人ぞ知る名曲群”という扱いになっていました。ところが2009年、テレビシリーズ全話を収録したDVD-BOXの発売と歩調を合わせるように、「手塚治虫作品集 ジェッターマルス ORIGINAL SOUNDTRACK」がCDでリリースされます。このアルバムにはオープニング・エンディングのフルサイズはもちろん、「マルスの夢」「メルチバカルチガンバルチ」「キライ!スキ!」「さすらいのロボット」などの挿入歌と、劇中BGMがまとめて収録されており、ファンにとって待望の“決定版”となりました。アニメ音楽ファンの間では、「越部信義の隠れた傑作サントラ」として評価が高く、特に主題歌・挿入歌のメロディの美しさとアレンジの豊かさがしばしば話題に上ります。アニソン評論記事などでも、「マルス2015年」のマーチ風オープニングと、「少年マルス」「おやすみマルス」という二つのエンディングが、物語のテーマを音楽的に三方向から描き出している点が評価されており、「本編を見ていなくても曲だけでドラマを感じる」という声も少なくありません。ストリーミング配信の普及により、一部楽曲はSpotifyなどでも聴取可能となり(地域による)、リアルタイム世代だけでなく、新たに作品を知った若いアニメファンにも徐々に広がりつつあります。このように、『ジェッターマルス』の音楽は単なる背景ではなく、マルスというキャラクターの心情や物語のテーマを、言葉と旋律で丁寧になぞっていく重要な要素として機能しています。主題歌と挿入歌を一通り聴き返すだけでも、作品全体をもう一度旅したような満足感が得られるほどで、「名曲に恵まれた70年代アニメ」の代表格のひとつに数えられる理由も、そこにあると言えるでしょう。

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■ 声優について

アトムからマルスへ ― 清水マリが演じる「ロボット少年」の継承

『ジェッターマルス』のキャストでまず語られるべきは、主人公マルスを演じた清水マリの存在です。彼女はかつて『鉄腕アトム』の初代アトム役として一世を風靡した声優であり、「ロボットの少年」というイメージそのものを声で形作ってきた人物でもあります。ジェッターマルスでは、その柔らかな少年声に少しだけ荒っぽさとやんちゃさが加えられており、アトムよりも感情の振れ幅が大きいキャラクターとしてマルスを立ち上げています。怒るときは本気で怒鳴り、落ち込むときは今にも泣き出しそうなかすれ声になり、嬉しいときには「やったー!」と子どもらしい高音で弾ける――そのメリハリ豊かな芝居は、単なる機械ではなく「心を持った少年」としてのマルス像に直結していました。特に印象的なのは、力を持て余して暴走しかけたあとで「ぼく、こんな力なんていらないよ……」とつぶやく場面の震える声や、美理や川下博士に叱られてうなだれるときの、消え入りそうなトーンです。視聴者はその声の揺らぎから、画面に描かれていないマルスの心の揺れまで感じ取ることができ、まさに“声優の芝居が作品世界を支えている”と実感させられます。また『鉄腕アトム』と同じ清水マリが主役を演じているという事実は、当時の子どもたちにとって、「アトムの面影をどこかに宿した新しいロボット少年」としてマルスを受け入れる入り口にもなっていました。同じ声でありながら、少し違う性格・違う時代のキャラクターとして演じ分けている点も、アニメ史的に見ると非常に興味深いポイントです。

川下博士=勝田久と山之上博士=納谷悟朗 ― 対照的な科学者像を形作る名優たち

マルスを挟んで対立する二人の科学者、川下博士と山之上博士を演じているのは、いずれもベテラン声優です。マルスの電子頭脳を開発した川下博士を演じる勝田久は、落ち着いた低音に温かみのある響きを持つ演者で、『鉄腕アトム』ではお茶の水博士役も務めていました。そのため「理想主義のロボット科学者」という印象がすでに視聴者の中に根付いており、『ジェッターマルス』でもそのイメージを自然に引き継ぐ形になっています。ただし、川下博士はお茶の水博士よりもずっと厳しい父親のようなキャラクターで、マルスの力の危険性を知っているがゆえに、時に冷たく突き放すような言葉を投げかけることもあります。その際の、勝田久の「優しさをわざと隠しているような硬い声」が、キャラクターの複雑さを見事に表現しており、視聴者は「本当は誰よりもマルスのことを思っているのに素直に言えない大人」として川下博士に特別な感情を抱くようになります。一方、マルスのボディを設計した山之上博士を演じるのは納谷悟朗。『宇宙戦艦ヤマト』の沖田艦長などで知られる重厚な声の持ち主で、ここでも「国家レベルの大計画を背負った科学者」としてのカリスマ性と危うさを同時に体現しています。強い信念を持ち、感情を抑えて冷静に命令を下す場面の厳格なトーンと、マルスや美理にだけ見せる柔らかな声色のギャップは、彼がただの冷血な軍事科学者ではないことを示し、物語に奥行きを与えています。二人の声優が醸し出す空気の違いは、そのまま作品全体の骨格にもなっていて、「ロボットを兵器と見るか、心を持つ存在と見るか」という価値観の対立が、台詞の一つひとつの重さから伝わってきます。

美理とメルチ ― 松尾佳子&白石冬美が支えるマルスの“家族”

川下美理を演じる松尾佳子は、透明感のある声質で知られる女優・声優で、清楚な少女から芯の強いヒロインまで幅広くこなす実力派です。『ジェッターマルス』では、普段は明るく優しいお姉さんでありながら、自分がロボットであることを秘密にしているという難しい役どころを担当しています。マルスに対しては、年上らしく引っ張っていくお姉さん口調と、時に甘える同年代の女の子らしさが混ざり合っており、そのバランス感覚が絶妙。とくに感情的になるシーンでは、少し声が裏返るようなリアルな泣き方や、怒鳴ったあとに息が震える感じまで丁寧に演じ分けられていて、「ロボットなのに誰よりも人間らしい」という矛盾した魅力を強く印象づけてくれます。メルチを演じる白石冬美は、ボーイッシュな少年役やギャグ色の強いキャラクターでおなじみの声優です。メルチの甲高い声と早口のセリフ、独特のリズムで繰り返される「バカルチ!」というフレーズは、彼女の演技力あってこそのもの。単にうるさいマスコットではなく、マルスを心から慕っている弟分としての可愛げがにじみ出ており、たとえ騒動の原因になっても、最後には許してしまいたくなる不思議な魅力があります。作品全体を通して見ると、マルス(清水マリ)の感情の揺れを、松尾佳子と白石冬美が両サイドから支え、「家族」としての温度感を作り出している構図になっており、この三人の掛け合いが本作の“日常パート”の心地よさの核になっていると言えるでしょう。

神谷明・富田耕生・八奈見乗児ら、70年代声優陣の豪華な布陣

『ジェッターマルス』のキャスト表を眺めてまず驚かされるのは、現在ではレジェンドと呼ばれるような声優たちが、準レギュラーやゲストとして多数参加している点です。さすらいのロボット・アディオスを演じる神谷明は、のちに『キン肉マン』『シティーハンター』などで主役級を務めることになる若き日の姿で、本作では低めのクールな声色をベースに、孤独なロボットの哀愁を漂わせています。ヒーロー然とした熱い叫びとは少し違う、抑制されたトーンでの芝居は、彼の演技の幅広さを感じさせるものです。ヒゲオヤジ役の富田耕生は、手塚作品の常連であり、どこか三枚目ながら人情味あふれるおじさんキャラを演じさせれば右に出る者はいません。『ジェッターマルス』でも、教室では豪快に笑い、事件の裏では鋭い洞察力を見せる“頼れる大人”として作品を支えています。少し鼻にかかった独特の声とテンポの良い台詞回しが、シリアスな物語をいい意味で軽やかにしてくれる存在です。また、タワシ長官こと田鷲長官を演じる八奈見乗児は、『ヤッターマン』のボヤッキーなどでおなじみのコミカルな声優ですが、本作でも持ち前のコミカルさと小物感を全開にしつつ、「権威を振りかざすけれどどこか抜けている官僚」を生き生きと演じています。シリアスに傾きがちな政府側の描写に、彼がいることで適度な緩衝材が生まれ、子どもでも理解しやすい「嫌な大人」の分かりやすい象徴として機能しています。中村警部を演じる田中崇(のちの銀河万丈)や、悪党スカンク草井を演じる大竹宏、その他クラスメイトやゲストキャラに声を当てる鈴木富子・川島千代子・加藤修らも、70年代アニメの常連として、的確かつ個性的な芝居で物語世界を盛り上げています。こうした豪華な布陣のおかげで、『ジェッターマルス』は放送当時から「声優陣がとにかく贅沢な作品」としてアニメファンに語られてきました。

視聴者が感じた“声”の印象と、後年の再評価

リアルタイムで本作に触れた視聴者の感想を振り返ると、「マルスの声がアトムと同じで安心した」「清水マリさんの声を聞くと、子どもの頃の夕方の時間を思い出す」といった、ノスタルジーに満ちたコメントが多く見られます。また、大人になってからDVD-BOXで見返したファンの中には、「子どもの頃は気づかなかったが、川下博士と山之上博士の掛け合いがとても深く聞こえるようになった」「納谷悟朗さんの台詞の一言一言に重みがある」と、声優陣の演技に改めて感動したという声も少なくありません。特に、清水マリが演じるマルスの“泣き”の演技や、松尾佳子の感情豊かな叫び、神谷明の低く抑えたトーンなどは、再視聴によって真価に気づかれることが多い要素です。現代のアニメと比べると、録音技術や演技スタイルはやや大味に感じられる部分もありますが、そのぶん「マイク前で役者が全身全霊でぶつかっている」熱量がダイレクトに伝わってきます。近年では、アニソンイベントやトークショーなどで、出演者自身が当時を振り返る機会も増え、「マルスはアトムとは似ているようで全然違う子として演じた」「収録現場にはいつも子どもたちのことを第一に考える空気があった」といった裏話が語られることもあり、作品そのものだけでなく“声優史”の一部としても『ジェッターマルス』が再評価されつつあります。こうして見ていくと、本作はストーリーやテーマだけでなく、そのすべてを支える「声」の力があってこそ成立している作品であり、キャラクターたちに命を吹き込んだ声優陣の存在は、『ジェッターマルス』の魅力を語るうえで欠かせない要素であることがわかります。

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■ 視聴者の感想

リアルタイム世代が語る「夕方のテレビ」としてのジェッターマルス

『ジェッターマルス』をリアルタイムで視聴していた世代に話を聞くと、まず印象的なのは「木曜の夕方になると必ずテレビの前に座っていた」という、生活のリズムとしてこの作品が組み込まれていた記憶です。当時はまだビデオデッキが家庭に普及しきっていない時代で、「見逃したらおしまい」という緊張感もあり、学校から急いで帰宅してランドセルを放り出し、そのまま食卓の横でジェッターマルスを見ていた――そんなエピソードが、多くの人の思い出として語られます。ロボットアニメといえば巨大ロボットが敵をなぎ倒すイメージが強かった時代に、マルスのような人間と同じ背丈の少年ロボットが主人公というスタイルは、当時の子どもたちにとって新鮮でありながらも、どこか「自分たちに近い存在」として受け止められていました。マルスが学校で失敗したり、先生に怒られたり、クラスメイトと喧嘩したりする姿は、そのまま視聴者自身の日常の延長線上にあり、「もし自分のクラスにロボットが転校してきたら」という空想を膨らませるきっかけにもなっていました。アクションシーンでマルスが翼を展開して空を飛ぶときは素直に「かっこいい!」と興奮し、日常回ではメルチのドタバタやヒゲオヤジのコミカルな振る舞いに声を出して笑う。そんな感情の揺れを、毎週30分の中でコンパクトに体験できた点が、「子ども時代の記憶に強く残る作品」として語られる理由のひとつになっています。

アトム世代の大人が感じた「似て非なるもの」という不思議な感覚

一方で、すでに『鉄腕アトム』をリアルタイムもしくは再放送で見ていた少し上の世代にとって、『ジェッターマルス』は「アトムに似ているけれど、どこか違う」という不思議な印象を与えた作品でもありました。主人公の外見や声優、未来都市の雰囲気など、アトムを連想させる要素は非常に多いにもかかわらず、物語のトーンはよりコミカルで幼児向けに感じられる部分もあり、「純然たる続編」とは違う距離感があったのです。そのため、当時の大人の中には、「アトムの再来」と期待して見始めたものの、ふたを開けてみると少し年齢層を下げた作りに戸惑いを覚えた人もいたようです。ただし、そうした“期待とのズレ”が必ずしもマイナスに働いたとは限りません。むしろ「アトムを知っている世代が、より低年齢の弟や妹と一緒に楽しめる作品」として機能したという面もあり、兄姉がアトムの思い出話をしながら、下の子がマルスを夢中で応援する――そんな家庭内の風景も生まれていました。また、放送から長い年月を経てからDVD-BOXで見直したファンの中には、「子どもの頃はアトムのコピーだと思っていたが、改めて見るとマルスはマルスとして独立した魅力を持っている」「あの軽さやコミカルさは、当時の子ども向け番組としてはむしろよく練られていた」という再評価の声も多く、アトムと比較されることが多かったからこそ、その違いが後年になってくっきりと見えるようになったとも言えます。

子ども心に刺さった「マルスの弱さ」と「泣き顔」

視聴者の感想を振り返ると、マルスというキャラクターに惹かれた理由として、「完璧ではないところが良かった」という意見が数多く見られます。マルスは最強の戦闘能力を持ちながら、精神的には年相応の幼さを抱えており、力加減ができなくて失敗したり、思わず乱暴な言葉を吐いてしまったりします。そのたびに周囲の大人やクラスメイトに責められ、本人も「どうしてうまくできないんだろう」と落ち込む。そうした“情けなさ”や“弱さ”が、子ども視聴者の心に強く残っているのです。とくに印象に残るのが、力を恐れて戦うことを拒否しようとしたり、自分がロボットであることに悩んだりするエピソードです。「ぼくは兵器なんかじゃない!」と叫んだあとに、誰もいない場所でひとり泣き出してしまうマルスの姿は、当時の子どもにとってはショッキングでありながらも、どこか自分の中の「弱い部分」を代弁してくれているようにも映りました。また、仲間や大切な人を守るためにボロボロになりながら戦い、最後に安堵して涙を浮かべるシーンは、「強いヒーローは泣かない」というお約束を軽く裏切るものであり、逆にその涙がヒーローとしての魅力を増幅させていたという声もあります。「強いのに涙もろい」「口は悪いのに根は優しい」という相反する要素が、マルスを単なる“ロボットのヒーロー”から、“感情移入できる少年”へと押し上げていたのは間違いありません。

日常とシリアスの落差に対する賛否の声

『ジェッターマルス』は、メルチのギャグやクラスメイトとの学園コメディが前面に出る回もあれば、ロボット差別や人類存亡に関わる危機など、かなり重いテーマを扱う回も存在する作品です。この「日常の軽さ」と「シリアスな問題提起」の落差については、視聴者の間でも賛否が分かれるポイントとなっています。肯定的な意見としては、「普段は明るく楽しいからこそ、シリアスな回の重さが際立つ」「子どもだった自分にも、なんとなく“これはいつもの回と違う”と感じられて、印象に残った」という声が多く、感情の振れ幅が大きいジェットコースターのような構成を楽しんでいた人も少なくありません。特に、日常回で見せるヒゲオヤジやクラスメイトたちとの温かいやり取りがあったからこそ、彼らが危険にさらされるシリアス回で視聴者の感情が強く揺さぶられ、「自分の友達が襲われるような感覚でハラハラしながら見ていた」という感想も見られます。一方で、「ギャグが多すぎて、せっかくの重いテーマが軽く見えてしまう」「真面目な話の直後にドタバタコメディが挟まると、気持ちの切り替えが大変だった」といった批判的な意見も存在します。特にアトムのようなストレートなSFドラマを期待していた視聴者にとっては、『ジェッターマルス』のコメディ比重の高さが「物足りなさ」として感じられた側面もあったようです。ただ、こうした賛否はそのまま『ジェッターマルス』の特徴でもあり、「軽さと重さがどちらも欠かせない作品」として記憶される結果につながっています。

大人になってから気づくテーマ性とメッセージ

子ども時代には単に「ロボットが戦って活躍するアニメ」として見ていた『ジェッターマルス』を、大人になってから見返した視聴者の多くが口にするのが、「こんなに社会的で哲学的なテーマが込められていたとは思わなかった」という驚きです。マルスをめぐる「兵器か、守護者か」という議論、ロボットと人間の間にある見えない壁、科学技術の発展と倫理観のバランス――そうした要素は子どもには漠然とした不安や違和感としてしか届いていなかったものの、年月を経た視聴者の目には、きわめて現代的な問題として映るようになりました。また、「最強のロボットが真に必要とされる時」というキーワードも、大人の視点から見直すと、“国家や軍事のための強さ”ではなく“誰かを守り抜くための覚悟”を問うフレーズとして浮かび上がります。視聴者の中には、「マルスの悩み方が、自分が社会人になってから抱える葛藤と似ているように感じた」「子どもの頃はうまく言語化できなかったモヤモヤが、今になってやっと理解できた」という感想を漏らす人もいて、作品が単なるノスタルジーにとどまらず、大人の再視聴に耐えうる深みを持っていることがうかがえます。

「知る人ぞ知る名作」としての立ち位置と、コアファンの愛情

『ジェッターマルス』は、放送期間が比較的短く、また長らく全話視聴が難しい時期が続いたこともあって、同時代のメジャー作品ほど一般的な知名度が高いわけではありません。そのため、「マイナーだけど強烈に印象に残っている」「周りの友達はあまり覚えていなかったけれど、自分にとっては特別な一本」という意味で、“知る人ぞ知る名作”として語られることが多い作品でもあります。DVD-BOXの発売やインターネット上での情報共有が進んだことで、かつての視聴者同士が「子どものころ、マルスの絵をノートに描いていた」「メルチの真似をして『バカルチ!』と言って親に怒られた」といった思い出を語り合えるようになり、そこから新たな世代へ作品を紹介する動きも生まれました。コアなファンの中には、自主制作のファンブックや考察記事を作ったり、主題歌や挿入歌をバンドアレンジして演奏したりする人もおり、作品の規模に対して非常に濃密な愛情が注がれていることがうかがえます。また、近年の「昭和ロボットアニメ」再評価の流れの中で、マルスをアトムや他作品と並べて語る試みも増えており、「巨大ロボットとは違う文脈のロボットアニメ」「子どもの成長物語として秀逸な一本」として、じわじわと注目を集めつつあります。派手な合体や超合金玩具のようなわかりやすいフックこそ少ないものの、その分、「キャラクターへの感情移入」や「テーマ性への共感」によって記憶に残る作品であり、視聴者の感想をたどっていくと、そこには作品への静かな、しかし非常に強い愛着が一貫して流れていることがわかります。こうした多様な受け止め方が積み重なって、『ジェッターマルス』は今もなお、「一部のファンにとってはかけがえのない宝物のようなアニメ」として語り継がれているのです。

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■ 好きな場面

科学省襲撃とタイタン暴走 ― マルスが「ヒーロー」になった瞬間

『ジェッターマルス』の好きなシーンを語るとき、真っ先に名前が挙がりやすいのが、第1話における科学省襲撃とタイタン暴走の一連の場面です。嵐が科学省を直撃し、稲妻が建物を貫いて制御室のパネルが次々にショートするカットから、すでに緊張感は最高潮。そこへ追い打ちをかけるように、テスト用戦闘ロボット・タイタンが目を赤く灯しながらゆっくりと立ち上がり、無言のまま壁や設備を粉砕していく描写は、子ども心にも「これは洒落にならない事態だ」と直感させる迫力があります。そんな中で、まだ生まれたばかりのマルスは状況を飲み込めず、廊下の隅で怯えるだけ。ここでのマルスは、視聴者が想像する“最強ロボット”とは程遠い、ただの戸惑う少年に過ぎません。しかし、美理が必死に手を伸ばして「助けて、マルス!」と訴える瞬間、彼の中で何かが切り替わり、震える足で一歩を踏み出す演出が入ります。この「一歩」をきっかけに、マルスは初めて本気で誰かを守るために戦う決意を固めるのです。コンソールの爆発で炎に包まれたフロアに飛び込み、背中の翼を展開してタイタンに向かって突進するカットは、まさに“ジェッターマルス誕生”を象徴する名場面。決して派手な合体や変形があるわけではないのに、たった一度の翼展開と、清水マリの叫び声、BGMの盛り上がりだけで、視聴者の胸を一気に熱くさせてくれます。多くのファンがこのシーンを好きだと語るのは、マルスが「最強だから戦う」のではなく、「誰かの“助けて”に応えたいから戦う」という動機で動いていることが明確に示されるからです。怖くて泣きそうになりながらも前に出るその姿は、ヒーローとして完成された強さではなく、未熟で不器用な“勇気の芽吹き”そのもの。だからこそ、視聴者自身も自分の小さな勇気を試されたような気持ちになり、この場面を忘れられない記憶として刻み込むのだと言えるでしょう。

学校生活のドタバタ回 ― 「ロボットがクラスメイトだったら」のワクワク感

派手なロボットバトルとは対照的に、マルスが富士見小学校に編入してからの、いわゆる“日常回”を一番好きなエピソードとして挙げる視聴者も少なくありません。特に印象的なのが、体育祭や運動会、遠足といった学校行事でマルスが大暴れしてしまう回です。徒競走でスタートの合図と同時に本気モードに入り、あっという間にゴールテープを突き破って校庭の外まで走り抜けてしまうシーンや、玉入れで力加減ができず、かごごと空高く吹っ飛ばしてしまうシーンは、子どもたちにとって爆笑ポイントであると同時に、「もし自分のクラスにマルスがいたら」という夢をくすぐる場面として強く記憶に残ります。そんなドタバタの後に、ヒゲオヤジが腕を組んで「マルス、力を抜けって言っただろう」と真顔で叱りつけるのですが、その叱られ方もどこか温かく、クラス全員が笑いながらマルスを囲む構図が、「ロボットと人間が同じ教室にいる日常」の心地よさを象徴しています。視聴者の感想としてよく語られるのは、「自分もあの輪の中に入りたかった」「マルスと同じクラスで騒ぎたかった」という、“もしもの自分”への憧れです。さらに、マルスが給食を食べるときに「ロボットなのに食べられるの?」とクラスメイトに突っ込まれ、メルチが隣でこっそり油を飲んでいる小ネタなども、子ども向けらしいユーモアとして人気があります。こうした何気ない日常シーンは、本筋のSFドラマと比べると一見地味ですが、視聴者がマルスを「テレビの中の友達」として身近に感じる大きな要因になっており、「戦いの回よりも、学校でドタバタしている回が一番好きだった」という声も少なくありません。

アディオス登場回 ― 「さすらいのロボット」とマルスの対話

物語後半に登場するアディオスとのエピソードは、多くのファンが「シリーズの中でも特に心に残る」と口を揃える回です。夕日の差し込む荒野に、テンガロンハットとマント姿のロボットがひとり佇み、遠くから聞こえてくる「さすらいのロボット」のメロディ。そこへ飛行してきたマルスが降り立ち、初めてアディオスと対峙するシーンは、少年向けアニメとは思えない静謐さと哀愁に包まれています。アディオスは「ロボット専門の殺し屋」というハードな肩書きを持ちながら、決して冷血な悪役ではありません。彼は自らの存在意義を「壊れる運命にあるロボットたちの最後を看取ること」と定義し、その役割を淡々と受け入れています。そんな彼がマルスに向かって、「お前は何のために強くなろうとする?」と静かに問いかける場面は、視聴者にとっても忘れがたい名シーンです。ここでマルスは即答できず、悔しそうに拳を握りしめながら「みんなを守るためだ」と叫びますが、その声の中には迷いと不安が混じっており、清水マリの芝居によってその揺らぎがじわりと伝わってきます。その後、決闘のような形で二人が戦うことになり、アディオスの冷静沈着なガンプレイと、感情に任せて突っ込むマルスの対比が描かれますが、クライマックスでアディオスがマルスに向かい、銃を下ろしながら「お前はまだ、誰かのために泣けるロボットだ」と呟く瞬間、多くの視聴者が胸を締め付けられたと語ります。この回が好きだという声の多くは、「敵として現れたはずのアディオスが、気づけばマルスの未来を映す鏡になっていた」「ロボット同士の対話が、どの人間の説教よりも重く響いた」という感想に集約されます。夕日の中をひとり去っていくアディオスの背中と、それを見送るマルスの表情は、作品全体の中でも屈指の余韻を残すラストカットとして、多くのファンの心に刻まれています。

山之上博士の残像 ― 「最強のロボット」の意味がにじむエピソード

山之上博士が直接登場するシーン、あるいは過去の映像として語られる回想シーンを、特にお気に入りとして挙げる視聴者もいます。なかでも印象的なのが、マルスが博士の残した研究室の映像記録を偶然再生してしまうエピソードです。そこでは、まだ製作途中のマルスのボディを前に、山之上博士が「いつか、人類が本当に追い詰められたとき、この子がきっと助けてくれる」と語る姿が映し出されます。映像の中の博士は、軍事的な野心を隠そうともしない強い眼差しをしていながら、その口調にはどこか父親のような優しさも混ざっており、視聴者は「彼は本当にマルスを兵器としてしか見ていなかったのか?」という疑問を抱かされます。このシーンの後、マルスは一人きりの研究室で「最強のロボットって、いったいなんなんだよ……」と呟き、自分の中の答えを探そうとします。ここでの絵作りは非常にシンプルで、派手な戦闘も涙を流す演出もありませんが、その分だけ、静かなモノローグが深く心に染み込んでくる構成になっています。このエピソードが好きだという視聴者の多くは、「悪役だと思っていた山之上博士が、ただの悪人ではなかったことに気づかされる」「マルスが博士の言葉をどう受け止めるかによって、物語全体の見え方が変わる」という点を挙げます。「最強のロボット」という言葉が、単なる軍事用語ではなく、「すべてを背負う覚悟を持つ存在」という意味へとじわじわ変化していく様子は、大人になってから改めて見ると特に味わい深い部分であり、しみじみとした余韻を残す名場面として多くのファンに愛されています。

最終局面 ― 泣きながら前に進むマルスの背中

シリーズ終盤のクライマックスにおいて、地球規模の危機が訪れ、マルスが自分の力を最大限に解放することを求められる場面も、多くの視聴者から「一番好きなシーン」として挙げられます。巨大な敵勢力や天災級の脅威を前に、人類側は通常兵器での対抗を諦め、「最後の望み」としてマルスに全てを託そうとします。しかし、川下博士はそれに強く反対し、「この子をただの道具にするのか」と激しく怒りをあらわにします。そんな大人たちの対立を目の前にして、マルスは混乱し、涙を流しながら「ぼく、どうしたらいいんだよ!」と叫びます。このシーンの好きなポイントとしてよく挙げられるのが、“ヒーローなのに迷う”ことを正面から描いている点です。多くのロボットアニメでは、最終決戦に向けて主人公が迷いを振り切り、力強く前に進む姿が描かれますが、『ジェッターマルス』では、マルスが最後まで「怖い」「でも、みんなを守りたい」と揺れ続けます。その葛藤の末に、彼は自分の意志で一歩を踏み出し、「ぼく、行くよ。だって、みんなが泣くのはイヤだから」と宣言する。この台詞は、視聴者の間で非常に人気が高い一言であり、「最強のロボット」という言葉に対する、マルスなりの答えが込められているとも解釈できます。戦いの中でボロボロになりながらも、最後の瞬間まで「帰りたい」「みんなのところに戻りたい」と口にし続けるマルスの姿は、涙なしには見られないというファンも多く、エンディングで流れる「おやすみマルス」とともに、視聴者の心に深い余韻を残します。このクライマックスが好きだという人たちは、「完璧なヒーローではなく、泣きながらそれでも前に進むマルスに、自分自身を重ねてしまう」「子どもの頃はただ悲しかったけれど、大人になってから見ると、あの一歩がどれほど尊いものか分かるようになった」と語ります。『ジェッターマルス』の好きな場面は人によってさまざまですが、どのシーンにも共通しているのは、「ロボットの物語でありながら、人間の心の動きを真正面から描いている」という点です。派手な必殺技や決めポーズだけでなく、迷い、泣き、悩みながら選択していく姿を見せてくれるからこそ、この作品は長い年月を経てもなお、多くのファンにとって特別な一本であり続けているのだと言えるでしょう。

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■ 好きなキャラクター

マルス ― 不完全だからこそ愛されるロボット少年

『ジェッターマルス』の中で一番人気のキャラクターを挙げると、多くの視聴者がまず主人公マルスの名前を口にします。最強兵器として設計されながらも、心はまだ幼い少年そのもので、喜怒哀楽がストレートに顔と声に出てしまうマルスは、「完璧なヒーロー」とは真逆の存在です。テスト用ロボットとの戦いで力加減が分からずに周囲を壊してしまったり、ちょっとしたからかいに本気で怒って喧嘩を買ってしまったりと、ヒーローらしからぬ失敗を繰り返しますが、そのたびに「今度はうまくやろう」「もう二度と同じことはしない」と決意し直す姿が、視聴者の心をつかんで離しません。好きなキャラクターとしてマルスを挙げる人は、「強いから」ではなく「弱さをちゃんと見せてくれるから好き」と語ることが多く、そこにこの作品ならではの魅力が凝縮されています。とくに印象的なのが、自分が兵器として扱われようとしていることを知り、「ぼくは人を傷つけるために生まれたんじゃない!」と悩むエピソードです。力を持っているからこそ、その使い道に苦しむマルスの姿は、視聴者の心に強く訴えかけ、「ただのロボット」ではなく「一人の少年」として彼を見守りたくなってしまう要因になっています。力自慢をしたくて空を飛び回る無邪気さと、人を傷つけたくないと涙をにじませる優しさ。その両方を同時に抱えているからこそ、マルスは世代を超えて愛され続ける主人公になっていると言えるでしょう。

川下美理(ミリ) ― ロボットであることを超えて共感されるヒロイン

好きなキャラクターの話題になると、マルスと並んで名前が挙がるのが、美理こと川下美理です。一見すると普通の女の子にしか見えない彼女が、実は高性能ロボットだという設定は、放送当時の子どもたちにとって衝撃的であり、「人間らしさとは何か」を考えさせる入口にもなっていました。ミリが好きだという視聴者は、「マルスを叱るときの厳しさ」と「抱きしめてあげるときの優しさ」の両方を評価することが多く、「あのバランス感覚がまさに理想のお姉さんだった」と振り返ります。彼女はマルスより少しだけ年上の立場から、学校生活のルールや人付き合いのコツを教えつつも、自分自身もロボットであることに悩みを抱えています。本当のことを打ち明けたい相手がいても、約束のために言えず、ひとり涙をこぼすシーンは、多くの視聴者の胸を打ちました。「ロボットなのに誰よりも人間らしい」「マルス以上に感情移入してしまった」という感想も多く、特に女の子の視聴者からは「子どもの頃、一番なりたかったキャラクター」として名前が出されることもあります。マルスに対しては、時にお姉さんとして、時に対等な友達として、時にちょっと恋心が混ざったような視線を向ける微妙な距離感も人気の理由です。好きなキャラにミリを選ぶ人は、「戦いよりも日常シーンが印象に残っている」「マルスとミリが並んで歩いているカットが一番好きだった」と語り、自分の子ども時代の淡い感情と重ね合わせて思い出を話すことが少なくありません。

メルチ ― うるさいのに憎めない、永遠の弟キャラ

コミカルなキャラクターが好きな視聴者から圧倒的支持を受けているのが、メルチです。おしゃぶりをくわえた丸い体、独特の「バカルチ!」という掛け声、好奇心の塊のような性格――どこを切り取っても印象に残る要素ばかりで、とくに子ども視聴者からは「真っ先に真似したキャラ」として挙げられることが多い存在です。メルチを好きな理由としてよく語られるのが、「マルスの本音を代弁してくれるところ」です。マルス自身が口にできない寂しさや不満を、メルチが茶化しながら言葉にしてしまうことが多く、そのおかげで場の空気が和らいだり、隠れていた本音が露わになったりします。表面的には騒がしくて空気の読めないお調子者ですが、マルスが本当に危険な目に遭ったときには、真っ先に駆けつけて泣きながらしがみつくような一途さも持ち合わせており、そのギャップがまた視聴者の心をくすぐります。「小さい弟や妹がいる人ほど、メルチの良さがわかる」と語るファンもいて、「面倒だけど放っておけない」「うるさいけれどいないと寂しい」という絶妙なポジションが、メルチを“永遠の弟キャラ”として印象づけています。グッズやイラストでもデフォルメしやすいデザインで、ファンが描く二次創作イラストや落書きでも、メルチだけ妙に数が多い、という現象が起こるほどの人気者です。

アディオス ― 大人になってから好きになる「さすらいのロボット」

子どもの頃はマルスやメルチばかりに目が行っていた視聴者も、大人になって見返してから「実は一番好きなのはアディオスだ」と気づくケースが少なくありません。テンガロンハットにマントという西部劇風のスタイル、クールで飄々とした態度、そして「さすらいのロボット」を背負って歩く孤独な背中――アディオスには、少年時代にはなかなか理解しづらい、“大人の哀愁”が濃く漂っています。彼が好きだというファンは、「マルスとは別の形の強さを見せてくれた」「自分の役目を受け入れながらも、心のどこかでマルスのような存在を羨ましく思っているように感じた」と語ることが多く、その受け止め方は非常に繊細です。マルスに向かって「お前はまだ、誰かのために泣ける」と告げる台詞や、決闘のあとに夕日を背に去っていくラストの姿は、「敵でも味方でもない、ただ自分の流儀を貫くロボット」というキャラクター像を鮮烈に印象づけました。子どもの頃はただ“かっこいいロボット”として憧れていただけだったのが、大人になってから見ると、「自分自身の諦めや、選んでしまった生き方の重さ」を重ねてしまい、より深く心に刺さる存在になってしまう――そんな“時間差で好きになるキャラ”として、アディオスの名前を挙げる人は少なくありません。

ヒゲオヤジと川下博士 ― 「こんな大人になりたい」と思わせる存在

子どもの視聴者にとって、教師や親のような大人キャラクターは、ときに「うるさい存在」としてしか映らないこともありますが、『ジェッターマルス』に登場するヒゲオヤジと川下博士は、多くのファンから「こんな大人になりたい」と憧れを向けられる存在でもあります。ヒゲオヤジは、一見すると三枚目で頼りない先生のように見えますが、生徒たちが理不尽な目にあっているときには全身で守ろうとし、ロボットであるマルスに対しても差別なく接する姿勢を最後まで崩しません。「問題児だから」「ロボットだから」といったラベルで判断せず、一人ひとりの生徒を見ようとする彼の姿は、視聴者にとって理想の教師像のひとつとして心に刻まれました。好きなキャラクターにヒゲオヤジを挙げる人は、「ああいう先生が本当にクラスにいてほしかった」「自分が教師になったとき、ヒゲオヤジを思い出した」というエピソードを語ることもあります。川下博士に対しても同様で、厳しい言葉を投げかけながらもマルスやミリ、メルチを心から大切にしている姿勢が、「ぶっきらぼうだけど温かいお父さん」として視聴者の記憶に残っています。彼が好きだというファンは、「自分が親になってから見ると、あの不器用な優しさがよくわかるようになった」とよく口にし、マルスへの接し方に、子どもを思うがゆえの葛藤や迷いを読み取ります。こうした“大人キャラ”を好きになる視聴者が多いこと自体、『ジェッターマルス』が単に子ども向けのロボットアニメにとどまらず、世代を重ねた後の再視聴にも耐えうる深みを持っている証拠だと言えるでしょう。

視聴者それぞれの「推しキャラ」が映し出す作品の多層性

『ジェッターマルス』における「好きなキャラクター」は、マルスやミリといったメインキャラに集中しているようでいて、実は視聴者の年齢や当時の環境によって大きく変化します。子どもの頃はメルチやマルスのような分かりやすいキャラクターに惹かれていた人が、大人になるとアディオスや川下博士、あるいは脇役の刑事やクラスメイトの何気ない一言に心を動かされるようになる――そうした“好みの変化”そのものが、この作品の多層性を物語っていると言えるでしょう。誰を好きになるかによって、見えてくる物語の焦点が変わり、印象に残るエピソードも変わってくる。ある人は「マルスの成長物語」として本作を記憶し、別の人は「ミリの秘めた葛藤の物語」として語り、また別の人は「アディオスや山之上博士を通して、“強さとは何か”を問いかける作品」と評価する。この幅広い受け止め方を可能にしているのは、それぞれのキャラクターが単なる記号ではなく、きちんとした背景と感情を与えられているからです。視聴者が「自分の好きなキャラ」を語り合うとき、『ジェッターマルス』という作品の奥行きも同時に浮かび上がってきます。誰を選んでも、その選択には必ず理由があり、その理由を言葉にしていくことで、「なぜこの作品が心に残っているのか」が改めて見えてくる――そんな楽しみ方ができるのも、この作品の大きな魅力のひとつだと言えるでしょう。

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■ 関連商品のまとめ

● 映像関連商品(VHS・LD・DVD-BOX・配信など)

『ジェッターマルス』は放送当時こそ再放送も少なく、「知る人ぞ知るロボットアニメ」という位置づけでしたが、映像ソフトの世界ではじわじわと存在感を増していった作品です。最初期にファンの前に現れたのは、1980年代初頭に東映芸能ビデオから出た「ミリオンセラー・シリーズ」の1本としてのVHS。これは第1話だけを収録した廉価版ビデオで、当時としてはまだ珍しい“TVアニメの公式ビデオ”という扱いでした。全27話のうちのほんの一部でありながら、マルス誕生のエピソードをいつでも見返せる貴重なソフトとしてコアなファンに愛用されます。しかしそれ以降、長らく本格的なソフト展開は行われず、録画していたファン以外が全話をきちんと見ることは難しい時代が続きました。そんな状況を大きく変えたのが、2009年にエイベックスから発売された5枚組DVD-BOXです。全27話を完全収録したコンプリート仕様で、当時としては高価ながら、長年のファンにとっては待望の決定版となりました。解説ブックレットやピクチャーレーベルなどの特典も付属し、パッケージそのものもコレクターズアイテムとして高い評価を受けています。 さらに、DVD発売を機にレンタル店に並ぶようになったことで、「タイトルだけは知っていたが実際に見るのは初めて」という新しい世代の視聴者にも門戸が開かれました。通販サイトや量販店のネットショップでも取り扱われ、のちに廃盤となった現在では、中古市場でややプレミア気味の価格が付くこともあります。 映像素材はTV放送用フィルムからのデジタル化で、当時としては十分にクリアなクオリティ。OP・EDをはじめとするアイキャッチの復刻も行われており、「放送当時の雰囲気のまま見られる」という点が往年の視聴者から好評です。セル画や設定資料の一部が映像特典として収録されている版もあり、ストーリーだけでなく資料的価値も備えたBOXとして認識されています。近年は公式配信やCS再放送などでスポット的に取り上げられることもあり、「映像ソフトで全話を手元に置き、配信で気軽に見返す」という楽しみ方もできるようになりました。こうした経緯から、『ジェッターマルス』は、映像商品を通じて「知る人ぞ知る作品」から「いつでもアクセスできる古典SFアニメ」へと立ち位置を変えていったと言えます。

● 書籍関連(コミカライズ・絵本・ムック類)

書籍分野では、まず池原しげとによるコミカライズ『ジェッターマルスけっさく選』が代表格です。これは当時、児童雑誌「テレビランド」に連載されていた漫画版を単行本にまとめたもので、2019年には復刊ドットコムから増補改訂版として復刻されています。 アニメのストーリーラインを追いつつも、漫画ならではのダイナミックな構図や心情描写が加えられ、マルスの葛藤や成長がより丁寧に描かれているのが特徴です。ロボットアクションよりも心理劇としての側面を強調した構成で、「アニメ本編を知っていると、同じシーンでも漫画ならではのニュアンスが楽しめる」という声も多い一冊です。また、講談社やひかりのくになどからは「テレビ絵本」や幼児向けストーリーブックも刊行されており、放送当時はアニメをまだ理解しきれない小さな子どもたちが、絵本でマルスの物語に親しんでいました。現在はヤフオクやフリマアプリで背表紙にダメージのあるものや書き込みのあるものが出品されている程度ですが、それでも「当時250円のテレビ絵本が今も残っている」という事実自体が、世代を超えた人気の証とも言えるでしょう。 さらに、近年の復刻ブームの波に乗って、手塚治虫関連の資料集やシナリオ集に『ジェッターマルス』の設定画やシノプシスが収録されるケースも出てきました。手塚自身が書いた第1〜7話分のストーリー案やキャラクタースケッチがまとめられた書籍では、マルスをはじめとするキャラクターの初期イメージや、アトムとの差別化をどう考えていたかといった裏側をうかがい知ることができます。 また、ノートや自由帳を網羅したキャラ文具系のムックでも『ジェッターマルス』はしばしば取り上げられ、当時の学童向け学習帳や下敷きに描かれていたマルスたちのビジュアルを、懐かしさとともに振り返ることができます。

● 音楽関連(サントラCD・シングル・ソングコレクション)

『ジェッターマルス』の音楽面を本格的に楽しめるようになったのは、2009年に日本コロムビアから発売されたCDアルバム「手塚治虫 作品集 ジェッターマルス オリジナル・サウンドトラック」の存在が大きいでしょう。 これは越部信義によるBGMと、OP「マルス2015年」やED「少年マルス」「おやすみマルス」、さらには「メルチバカルチガンバルチ」「キライ! スキ!」「マルスの夢」などの挿入歌まで幅広く収録した決定版的なサウンドトラックです。放送当時はEP盤やシングルレコードが子ども向けに少量生産されただけで、全曲を網羅して聴く機会はほとんどありませんでした。そのため、このCDは「奇跡の初商品化」とも呼ばれ、発売時には30年以上マルスの音楽を待ち続けていたファンが歓喜したと言われています。アルバムを聴き直すと、のびやかな少年コーラスが未来への希望を歌い上げるOP、優しいメロディで一日の終わりを締めくくるED、マルスの心の揺れを表現したバラード風の曲など、作品のテーマである“戦う体と愛する心のせめぎ合い”が音楽でも丁寧に表現されていることに気づかされます。近年は配信やサブスクでの扱いは限定的ですが、中古CDショップやネット通販では今なお入手可能で、ジャケットには当時のビジュアルを再構成したイラストが使われており、「ジャケ買い」したくなるデザインも魅力のひとつです。 また、主題歌のみを収録したアナログEP盤もコレクターズアイテムとして人気があり、帯付き・美品のものはオークションで高値が付く場合もあります。アニメロボットソングのコンピレーションLPやCDに「マルス2015年」が収録されるケースもあり、他作品のマーチ調 OPと並べて聴くことで、70年代ロボソングの中での『ジェッターマルス』の位置づけを再確認できる点も、音楽ファンにはたまらないポイントです。

● ホビー・おもちゃ(ソフビ・超合金・プライズなど)

玩具分野では、やはりポピー(現BANDAI系)を中心としたソフビ人形や超合金が『ジェッターマルス』グッズの主役です。マルス本体のソフビは10cm前後の手頃なサイズから、マント付きの大型タイプまで複数バリエーションが存在し、現在でもメルカリやオークションサイトで高額で取引されることがあります。 当時物の中には、ビニールマント付きソフビや電池で光るギミック入りの超合金「GA-83 ジェッターマルス」、ロケットパンチ発射ギミックを備えたポピニカ「マルスロケット」などがあり、いずれも昭和ロボット玩具らしい重量感とメカニカルな造形が魅力です。 これらのアイテムは箱・ブリスター・説明書が完備された“完品”かどうかで価格が大きく変わり、美品であれば数万円単位になることも珍しくありません。マルスだけでなく、美理(ミリ)のソフビや、敵ロボットやメカを立体化したフィギュアも確認されており、「少年ロボットと仲間たち」という関係性をそのまま棚に再現できるラインナップになっています。パズルやおけいこボードといった“遊びながら飾れる”系グッズもあり、セイカノート製のジグソーパズルやおけいこ盤には、マルスが空を飛ぶシーンや、仲間たちと日常を過ごすイラストがカラフルに描かれています。 また、アニメーション制作に使われたセル画や背景原画も、近年はコレクター市場で人気が高まっています。オークションでは、マルスや美理のアップカット、戦闘シーンのセル画が1枚単位で出品されており、その多くが数千円から数万円のレンジで落札されるなど、美術資料としても高い評価を受けています。

● ゲーム関連(ボードゲーム・パズル・カードなど)

家庭用テレビゲームとしての『ジェッターマルス』ソフトは登場していませんが、アナログゲームの世界ではいくつかの関連商品が存在します。代表的なのは、キャラクターが描かれたジグソーパズルやボードゲーム的なパズル商品で、箱絵にマルスの勇ましいポーズや、ユーモラスな「パラッパポーズ」を採用したものなど、バリエーションも豊富です。 難易度は子ども向けに抑えられているものの、パズルとして完成させたあとも部屋に飾って楽しめるデザインで、「おもちゃとインテリアの中間」のような位置づけで親しまれていました。また、カードゲームやミニカード類も存在し、他の東映・手塚作品と一緒にラインナップされたシリーズの中にマルスが混ざっていることも多く見られます。カードの裏面には点数が印刷されており、集めて遊ぶだけでなく、お菓子やキャンペーンの点数券としても機能するなど、昭和ならではの遊び方ができる仕組みでした。 そのほか、雑誌付録としてシンプルなすごろくやゲーム風ポスターが付いてきた例もあり、テレビランドコミックスや児童誌の付録を通じて、紙上でマルスの冒険を追体験できるようになっていました。

● 食玩・文房具・日用品

キャラクター文具・日用品の分野でも、『ジェッターマルス』は70年代後半らしい多彩な展開を見せています。学童用ノートや下敷き、鉛筆、消しゴム、筆箱といった定番アイテムには、マルスの決めポーズや、アトムに似たシルエットを活かしたコミカルなイラストが多数使われました。キャラ学習帳・キャラノートを網羅したムック本でも、他の人気アニメと並んで『ジェッターマルス』ノートが紹介されており、当時の子どもたちの机の上を彩った存在だったことがうかがえます。 消しゴムの世界では、セイカからマルスと別作品キャラの2種セットなどが発売されており、今では昭和キャラ消しコレクションの中でも人気の高いアイテムです。 さらに、箸入れやカトラリーセット、プラコップ、ランチボックスといった日用品にもマルス柄が採用され、給食やお弁当の時間にさりげなくヒーロー気分を味わえるような仕掛けが施されていました。 こうした日用品は、玩具ほどの大型アイテムではないものの、毎日の生活に溶け込む形で子どもたちのそばにあり、現在もデッドストック品や未使用品が発見されると「昭和レトログッズ」として注目を集めています。

● お菓子・食品関連

70年代アニメらしく、『ジェッターマルス』もお菓子メーカーとのタイアップ商品が存在しました。特に有名なのが、シスコ(現・日清シスコ)が展開していたコイン型チョコレートやガムなどで、パッケージやおまけカードにマルスたちが描かれていました。中には「シスコ ジェッターマルス コイン型チョコレート」として点数カード付きで販売されていた例もあり、一定の点数を集めて応募すると、プレゼントがもらえるキャンペーンが行われていたことも確認されています。 また、ヒカリ製菓のキャラクター入りお菓子容器など、容器自体がマルスの立体フィギュアになっている商品もあり、「中身を食べたあとも飾って楽しめるお菓子」として人気を集めました。 お菓子売り場には、シール付きガムやメンコカードが封入された駄菓子も並び、子どもたちは小遣いの範囲でマルスグッズを少しずつ集めていくことができました。こうした食品系アイテムは、当時は消費されて終わる“消え物”でしたが、近年は未開封パッケージや空き箱すら収集対象となり、レトロ食品パッケージのコレクションの中でもマルス関連は比較的流通量が少ないことから、マニアの間で静かな人気を誇っています。お菓子メーカー側としても、アトムゆかりの作品である『ジェッターマルス』を通じて「科学技術と未来への夢」を子どもたちにアピールできるため、キャンペーンやタイアップの題材として重宝されていたと考えられます。--このように、『ジェッターマルス』関連商品は映像・書籍・音楽といった王道メディアから、玩具、文具、お菓子に至るまで多岐にわたって展開されており、いずれも「2015年の未来を生きる少年ロボット」というコンセプトを、それぞれのジャンルの中で工夫して表現しているのが特徴です。現在では多くが絶版・生産終了となっていますが、中古市場で一点一点探し当てていく“宝探し感”も含めて、『ジェッターマルス』の世界を立体的に楽しませてくれる重要な要素となっています。

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■ オークション・フリマなどの中古市場

● 全体的な相場観と市場の雰囲気

『ジェッターマルス』関連グッズの中古市場は、いわゆる「メジャータイトル」ほど出品数が多いわけではありませんが、そのぶん一点一点に熱心なファンやコレクターがつきやすく、静かながらも常に一定の需要がある独特のマーケットになっています。ヤフオク!の落札履歴をまとめて見ると、「ジェッターマルス」で検索した全カテゴリの商品は、直近数ヶ月で平均1万円強という数字が出ており、最安100円台の紙モノから数十万円クラスの超希少アイテムまで、価格の振れ幅が非常に大きいのが特徴です。 メルカリやラクマなどのフリマアプリでは、即決価格での出品が主流で、コンディションが良いものほど高めに設定される傾向が強く、出品者と購入者の「思い入れの度合い」が価格に乗ってくる印象があります。いずれのサービスでも、検索結果をよく見ると、出品説明に「子どもの頃に大好きだった作品」「思い出の品なので手放すか迷いました」といった一文が添えられていることも多く、“単なる物品売買”というより、思い出のバトンを次の世代に渡していくような雰囲気が漂っています。市場全体で見ると、映像ソフトとソフビ・超合金などの玩具が価格を大きく引っ張っており、その周辺に書籍・CD・文房具・お菓子パッケージなどの細かいグッズが散らばっている、という構図になっています。

● 映像関連商品 ― DVD-BOXは完全にプレミア価格帯

中古市場でもっとも「分かりやすい高額商品」になっているのが、2009年発売のDVD-BOXです。新品定価は2万円台後半〜3万円前後でしたが、現在では新品・中古ともに店頭在庫がほぼ枯渇しており、中古専門店やネット通販サイトにごく少数並ぶ程度。その価格帯も4万円前後がひとつの目安になっており、店舗によっては3万円台後半〜4万円超で販売されている例も確認できます。 オークションでは箱・ブックレットの状態、初回特典の有無などによってさらに値動きが細かく変化し、外箱の擦れが少なくディスク面も綺麗な“ほぼ美品”クラスになると、スタート価格の時点で3万円近くから始まることも珍しくありません。ディスクは再生に問題がなくても、ボックスに目立つ傷がある場合や解説書欠品などのマイナス要素があると、2万円台前半〜中盤くらいに落ち着くケースも見られ、コレクター目線の「飾って楽しめるかどうか」がそのまま価格差に反映されている印象です。一方、1980年代に東映芸能ビデオから発売された第1話のみ収録のVHSは、数こそ多くありませんが、箱の日焼けやラベルの痛みを含めて“昭和感”を楽しむアイテムとして根強い人気があります。作品全話を楽しむというより、「あの時代のビデオ棚の雰囲気を再現したい」コレクターが手に取ることが多く、状態にもよりますが数千円前後での落札例が目立ちます。レーザーディスクに関しては、他の手塚作品とのカップリングやアニメ名場面集の中に一部の話数が収録されている程度で、単独のLD-BOXは存在せず、そのぶん見つかればレア感も高めです。総じて映像ソフトは「全話網羅のDVD-BOX」と「雰囲気重視のVHS・LD」という二極構造で、どちらも数は多くないながら安定した需要を集める中古市場の主役になっています。

● 書籍関連 ― 『傑作選 増補改訂版』と古い児童書の二本柱

書籍分野では、池原しげとによるコミカライズ『ジェッターマルス傑作選 増補改訂版』が現在進行形の“現役アイテム”として流通しています。復刊ドットコムから刊行された本書は新品で定価3,850円前後ですが、在庫が減ると中古市場でもほぼ定価付近での取引になりやすく、状態の良いものがメルカリなどで3,000円台後半〜4,000円近辺で出品される例も少なくありません。 一方で、1977年当時に出版された初期の単行本版や、児童向けの「テレビ絵本」「フィルムコミック」は絶対数が少なく、ヤフオク!に出てきても背表紙に日焼け・書き込みがあることが多いにもかかわらず、数千円クラスでの落札が目立ちます。とくにカバー付き・カビ臭さ少なめの良コンディションになると入札が競りやすく、出品文に「当時物」「初版」といったワードがあるだけでウォッチリストに複数入る、という状況も珍しくありません。また、近年刊行された手塚治虫関連ムックのうち、『ジェッターマルス』の設定資料や絵コンテが数ページだけ収録されているタイプの書籍は、単品でプレミア化するほどではないものの、手塚アニメ全体をまとめて集めたい層が狙うアイテムとして、定価前後〜やや高値で安定しています。 書籍は映像ソフトや玩具ほど価格が跳ね上がることは少ないものの、「状態の良い初版」のレア度と、「復刊版を綺麗なうちに確保しておきたい」という心理がそれぞれ働き、静かな人気ジャンルとなっています。

● 音楽関連 ― サントラCDとアナログ盤はじわじわ評価上昇

音楽関連では、前述のオリジナル・サウンドトラックCDが市場の中心です。中古CDショップやオンラインストアでは概ね2,000円前後で見かけることが多く、定価から少し下がった程度の価格帯に落ち着いていますが、在庫が減ったタイミングでは3,000円近くまで値上がりする例も見られます。 ヤフオク!の「音楽」カテゴリで「ジェッターマルス」を検索すると、EPレコードやコンピレーションLP、サントラCDなどがまとまって表示され、直近の平均落札価格は1,000円強程度。 ただし、この数字は状態やタイトルをすべて平均化したものなので、実際の体感としては「盤質良好・ジャケットも綺麗なものは2,000〜3,000円台」「ジャンク扱いや付属品欠けは数百円〜1,000円未満」で二極化している印象です。特に人気なのは、手塚作品の主題歌をまとめたLP『手塚治虫の世界/鉄腕アトム〜ジェッターマルス』のようなコンピ盤で、こちらは通販サイトでも2,000円台前後、中古レコード店でも棚の目立つ位置に置かれていることが多いタイトルです。 ジャケットに「マルス2015年」の表記があるだけで購入を決めてしまうファンも多く、盤面の状態以上に“ビジュアルとして飾れるかどうか”が重視されているのも音楽ジャンルならではと言えるでしょう。EP盤の主題歌シングルはそもそも流通量が少なく、オークションに出た場合でもすぐにウォッチが付きやすいため、帯付き・美品なら数千円クラス、ノイズ混じりの実用再生レベルなら1,000円前後という相場感に落ち着いています。

● ホビー・おもちゃ ― ソフビ・超合金が価格を牽引

中古市場で最も派手な値動きを見せるのが、ポピーなどから発売された当時物のソフビ・超合金です。ヤフオク!で「ジェッターマルス ソフビ」を絞り込み検索すると、過去数ヶ月の平均落札価格が3万円台半ばというデータが出ており、いかに高額帯で取引されているかがわかります。 10cm前後のスタンダードサイズのソフビでも、塗装ハゲが少なくマントなどの付属パーツが残っている個体なら1万円台〜2万円台、箱付きのデッドストック級コンディションともなれば3万円オーバーも十分狙えるレンジです。特に、背中のマントがきちんと残っているものや、足裏の刻印がはっきり読めるものは、説明文でも強くアピールされていることが多く、入札数が伸びやすい傾向があります。フィギュア全般で見た場合も、ビンテージカテゴリの平均が2万円台後半となっており、『ジェッターマルス』というタイトル自体が「昭和ロボットトイ・昭和キャラ玩具」の中で一定のブランド力を持っていることがうかがえます。 一方、セイカノート製のジグソーパズルやおけいこボードのような“紙系おもちゃ”は、さすがに超合金ほどの高騰は見せないものの、未使用・未開封品であれば数千円クラスの値段が付くこともあります。パズルに関しては「完成済み」であることがむしろマイナスに働くケースもあり、コレクターの間では「未開封」「内袋未開封」が大きなポイントになっています。 また、セル画や背景美術といった制作資料系のアイテムも静かな人気ジャンルで、マルスのアップやメインキャラが勢ぞろいしたカットともなると、1枚で数万円に達することもあります。シーンとして特別な回や印象的なポーズのセルは、世界に1枚しか存在しない一点物であることから、相場も出品者と入札者の“その時の熱”次第で大きく変動しますが、「手塚ロボットアニメの一コマを所有できる」という満足度は非常に高く、今後も高値安定が予想される分野です。

● ゲーム・パズル・紙モノ ― 手軽さゆえにじわじわ人気

テレビゲームのカートリッジソフトは存在しないため、『ジェッターマルス』のゲーム的な商品は、ボードゲーム風の紙玩具やジグソーパズル、トランプ・ミニカードといったアナログ系に限られます。これらは「おもちゃ」と「文房具」の中間のような立ち位置で出回っていることが多く、ヤフオク!やフリマアプリでは玩具カテゴリや雑貨カテゴリに紛れ込んでいることもしばしばです。価格帯としては、すごろく付きの雑誌付録や簡易ゲームボードが数百円〜1,000円前後、しっかりした紙箱入りのパズルやボードゲームが状態次第で2,000〜4,000円程度というレンジがひとつの目安になっています。 完品にこだわるコレクターにとっては、サイコロやコマが欠けていないこと、箱の角が潰れていないことが重要な要素で、「説明書欠品」「コマ不足あり」といった注意書きがある出品は、相場よりやや安値で落ち着く傾向があります。ただし、イラスト目当てで購入するファンにとっては、多少欠品があっても箱絵やボードの絵柄さえ綺麗なら問題にならないことも多く、実用性重視のボードゲームコレクターと、ビジュアル重視のアニメファンの需要がちょうど交差する分野と言えるかもしれません。

● 食玩・文房具・日用品 ― 「昭和レトロ雑貨」として再評価

最後に、食玩・文房具・日用品といった細かい雑貨類です。このあたりは一点ごとの価格こそ数百円〜数千円と控えめですが、そのぶん種類が非常に多く、「集め始めるとキリがない」と言われる世界でもあります。キャラクター消しゴムや鉛筆、下敷き、自由帳、筆箱といった文具は、他の70年代アニメとまとめて出品されることも多く、「昭和キャラ文具まとめ売り」の中にマルスが紛れ込んでいるケースも目立ちます。単品での相場は、下敷きやノートが1,000〜3,000円前後、キャラ消し・鉛筆セットなどが数百円〜1,000円程度といったラインですが、未使用で絵柄の発色が良いものはさらに高値が付きやすい傾向です。 食玩では、シール・カード・メンコなどのおまけ付きお菓子が中心で、当時の空き箱やラムネ容器と一緒に出品されると「昭和レトロ菓子パッケージ」として注目されます。メーカー名や販売年を明記できる資料性の高い個体は、1点でも数千円に達することがあり、特に状態の良い箱付きはレトロ雑貨ショップでも即売れになりがちです。 また、プラコップやランチボックス、箸箱といった日用品は、実際に使用されていたものが多く、細かなキズやプリントのハゲはある程度“味”として許容されることが多いジャンルです。それでも、「未使用」「デッドストック」と明記されたものは別格の扱いで、数千円〜1万円クラスの値が付くこともあります。 総じて、こうした雑貨類は一点ごとの値段は控えめでも、まとめて集めることで当時の生活風景そのものを再現できるアイテム群であり、「DVDやソフビだけでなく、日常の中にジェッターマルスがいた証拠を集めたい」というファンにとって、非常に魅力的な分野となっています。

● まとめ ― 数は少ないが“濃い”市場

『ジェッターマルス』の中古市場を俯瞰してみると、出品数やアイテムのバリエーションは、同時代の超メジャータイトルと比べれば決して多くはありません。しかしそのぶん、一点ごとの希少性が高く、出品された際にはコアなファンがすぐに反応する“濃い市場”が形成されています。DVD-BOXや当時物ソフビのような高額帯アイテムから、文房具・食玩・紙モノといった小さなグッズまで、それぞれに「このジャンルだけは集めたい」という熱心なコレクターが存在し、ヤフオク!やフリマアプリの検索欄に常に「ジェッターマルス」と打ち込んでチェックしている――そんな光景が想像できるマーケットです。作品自体が“知る人ぞ知る”ポジションであるがゆえに、価格は需要と供給のバランス次第で上下しますが、長い目で見ると「じわじわと再評価され、良コンディション品は高値安定」という流れが続いており、今後も昭和ロボットアニメ・手塚作品コレクションの中で重要な一角を占め続けることは間違いないでしょう。

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【中古】7” アニメ, ジェッターマルス おやすみマルス / マルスのマーチ SCS368 COLUMBIA /00080

【中古】7” アニメ, ジェッターマルス おやすみマルス / マルスのマーチ SCS368 COLUMBIA /00080
1,790 円 (税込)
・アーティスト アニメ, ジェッターマルス ・タイトル おやすみマルス / マルスのマーチ ・レーベル・型番 COLUMBIA SCS368 ・フォーマット 7インチレコード ・コンディション(盤) 非常に良い(EX) ・コンディション(ジャケット) 良い (VG+) ・コンディション(帯) オビなし ..

【中古】 ジェッターマルス ファンファニーシリーズ 【7""Single】

【中古】 ジェッターマルス ファンファニーシリーズ 【7""Single】
1,650 円 (税込)
状態可状態詳細ジャケット:EX、盤:EX-中古商品のご購入について※中古商品の状態、仕様、内容等に関するお問い合わせはお受けできません※中古商品にはサイト上に記載がある場合でも、封入/外付け特典は付属いたしません>>その他注意事項(必ずご確認ください)出荷目安の詳..

ウルトラマンファミリー ウルトラマン80 マグネロボ ジェッターマルス 色紙 セット まとめ【中古】【虹商店】

ウルトラマンファミリー ウルトラマン80 マグネロボ ジェッターマルス 色紙 セット まとめ【中古】【虹商店】
15,800 円 (税込)
状態 色紙に痛み、汚れがございます。   古い商品なのでノークレームノーリターンでおねがいします。管理番号 16958「※現品撮影ですのでこちらの商品をお届け致します。」

ジェッターマルス傑作選[本/雑誌] / 池原しげと/著 手塚治虫/原作

ジェッターマルス傑作選[本/雑誌] / 池原しげと/著 手塚治虫/原作
3,850 円 (税込)
ご注文前に必ずご確認ください<商品説明>ひとりのアンドロイドが「戦う体」と「愛する心」の狭間で悩み成長する物語。手塚治虫の原作を、池原しげとがコミカライズ!<アーティスト/キャスト>手塚治虫(演奏者) 池原しげと(演奏者)<商品詳細>商品番号:NEOBK-2444240Ik..
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