『三國志III』(パソコンゲーム)

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【発売】:光栄
【対応パソコン】:PC-9801、FM TOWNS、X68000、Windows
【発売日】:1992年2月5日
【ジャンル】:シミュレーションゲーム

[game-ue]

■ 概要

●シリーズ第3作としての立ち位置

1992年2月5日に光栄(現コーエーテクモ)がPC向けに発売した『三國志III』は、同社の歴史シミュレーション「三國志」シリーズを“遊びの手触り”ごと作り替えた転換点の一作として語られやすい作品だ。前2作が「国(勢力)」という大きな塊を動かしながら勢力図を塗り替えていく感覚だったのに対し、本作では勝利条件の発想がより具体的で、地図上に点在する“都市そのもの”をどう奪い、どう守り、どう回していくかが主役になる。言い換えれば、覇者としての大局観だけでなく、太守としての現場感覚――兵站、治水、耕作、商業、人材の配置まで含めた「都市経営」を積み重ねた先に統一が見えてくる作りだ。中国全土に配された都市を最終的に掌握していく過程は、単なる勢力拡大というより、拠点をつないで物流と軍路を押さえ、前線を整えて戦線を押し上げていく“戦略地図のパズル”に近い。シリーズに慣れたプレイヤーほど、最初は細かく見える仕組みの中に、実は統一への最短ルートや、勢力ごとの地政学的な個性がくっきり刻まれていることに気づくはずだ。

●対応機種と当時のPCゲームとしての顔つき

発売当初の主要対応はPC-9801を中心に、FM TOWNS、X68000、そしてのちのWindows展開へとつながっていく形で、当時の国産PC市場の“主戦場”にしっかり足場を置いた。機種ごとに解像度や表示、操作性の差が出やすい時代ではあるが、本作は「情報量が多いシミュレーションを、いかに迷わず扱わせるか」という課題に対して、画面構成と入力の設計で応えようとしている。特に、マウス操作への対応は、キーボード主体だったPCシミュレーションの空気を一段変え、都市や武将を“選んで命じる”という感覚を直観寄りに寄せた。もちろん、慣れた人ほどキー入力の速さを重視するが、初めて触れる人にとっては、画面上の選択が分かりやすいだけで心理的な敷居が下がる。結果として『三國志III』は、従来作のファンだけでなく、「三国志は好きだが難しそうで手が出なかった」層へ間口を広げる役割も担ったと言える。

●ゲームの目的が“都市の支配”に寄った意味

本作の分かりやすい特徴として、統一のゴールが「全土の主要都市を支配すること」に明確化された点が挙げられる。ここで重要なのは、単に勝利条件の文言が変わったという話ではないことだ。都市を基準に勝ち筋が組み立てられると、プレイ中の判断も自然に「次に落とすべき都市はどこか」「落とした都市を維持するには何が足りないか」「街道がつながらないならどのルートを先に確保するか」といった、地理と物流に引き寄せられる。さらに都市は、兵糧・資金・兵員・人材の器でもあるため、単に前線を押し上げるだけだと内部が空洞化しやすい。逆に言えば、内政を丁寧に回し、後方拠点を厚くしておくほど、前線での失敗を取り戻しやすくなる。勢力の強さが「将の強さ」だけで決まりにくく、拠点運用の上手さがそのまま勝ち負けに反映されるのが、本作が“シミュレーションらしい”と評価される大きな理由だ。

●武将データの細分化が生んだ「らしさ」

『三國志III』では、武将の能力が前作までより細かく分かれ、人物の個性を数字として表しやすくなった。大枠で賢さ・政治力・武勇といった印象を扱うだけでなく、「用兵の巧みさ」「水上戦の適性」といった局面別の強みが見えやすい。これにより、“知略が高いから内政も万能”になりがちな単純化が弱まり、たとえば計略に冴えるが政治は不得手、武勇は並だが大軍を動かす統率が高い、といった描き分けが成立する。プレイヤーは登用や配置の段階から「この人物は何をさせるべきか」を考えるようになり、武将カードを並べ替えるだけでも戦略になる。さらに、武将に「身分」の概念が導入され、軍師・将軍・武官・文官といった役割を与えられることで、同じ能力値でも運用の仕方で価値が変わる。手数の多い大勢力はもちろん、少数精鋭の勢力でも“誰に何を長期で任せるか”が勝敗を左右し、ゲーム全体が「人材マネジメント」に強く寄っていくのが本作の味だ。

●コマンド運用が“積み上げ型”になった手応え

本作の都市運営は、徴兵・募兵・訓練・戦争準備といった軍事、開発・耕作・治水(灌漑を含む)などの内政が、より細かい作業として整理されている。しかも、命令を出した瞬間に結果が確定するのではなく、設定した期間を終えた時点で成果が報告される形式が中心となるため、プレイヤーは「今月の最適解」だけでなく「数か月後の前線・収入・士気」を見越して仕込みをすることになる。ここが『三國志III』の中毒性の核で、目先の戦争に勝っても、耕作が回っていなければ兵糧が枯れるし、治水が疎かなら災害で一気に崩れる。逆に、後方に文官を厚く置き、長期命令で基盤を育てられると、前線の将軍が多少損をしても立て直しが効く。戦争と内政が別々のミニゲームではなく、同じ盤面の表裏として絡み合う構造が、シリーズの中でも本作を独特の位置に置いている。

●戦闘が「都市攻防+野戦」に広がったポイント

戦闘面では、基本が都市への侵攻から始まる市街戦である一方、迎撃によって野戦が発生するなど、戦場の状況が一枚岩ではない。都市同士の境界付近でぶつかる局面は、攻城の準備や兵站の厚みがそのまま有利不利として現れやすく、勢い任せの突撃が失敗しやすい。加えて、計略の幅が増え、戦いは「兵数のぶつけ合い」だけでは終わらなくなる。落とし穴のような罠、偽情報、同士討ちを誘う策など、戦術レベルでの揺さぶりが増えたことで、知略型の武将が“戦場でも仕事をする”ようになった。さらに一騎討ちが、開戦時の演出ではなく戦闘中の選択肢として扱えるようになり、場面ごとに狙いを変えられるのも面白い。勝ち筋を「正面突破」だけに固定しない作りが、三国志らしい駆け引きを生み、プレイヤーの性格が戦い方に反映されやすい。

●シナリオ構成と「後期の三国志」を扱う意義

本作は複数の年代シナリオを備え、群雄割拠の混沌から、三国鼎立、そして諸葛亮以後の時代まで射程に入れる。とりわけ“孔明亡き後”をまとまった形で遊べることは、蜀の苦戦、魏の安定、呉の内部事情など、三国の終盤が持つ独特の温度を体験させる。武将数が大きく増えたことで、前作以上に「この時代のこの人がいる」楽しさが増す一方、終盤は人材の供給が細くなりやすく、統一をのんびり進めると都市を埋めきれず苦しくなる。つまり本作は、後期シナリオほど“歴史の時間”がゲームの制約として効いてくる。ゆっくり内政して盤石にしてから攻めるか、武将が枯れる前に短期決戦で押し切るか――同じシステムでも時代が変わるだけで最適解が変わるのが、シナリオ制の醍醐味だ。

●マルチプレイと「君主選択の自由度」

最大8人のマルチプレイに対応している点も、本作を語る上で外せない。当時のPCゲームとしては、長期キャンペーン型の歴史シミュレーションを複数人で回す体験はそれ自体がイベント性を持ち、外交・停戦・援助といった要素が“人間相手”になることで緊張感を増す。さらに、君主選択の制限が緩和され、これまで選べなかった勢力にも手が届くようになったことは、遊びの幅を大きく広げた。強国で盤面を塗るだけではなく、弱小勢力でのし上がる、地理的に不利な勢力で補給線を工夫する、といった“縛り”が公式に用意されたとも言える。シリーズの面白さが、史実や演義の知識だけでなく、プレイヤーの戦略眼そのものに寄っていく。

●新君主・新武将の「事前登録」方式が生む遊び方

本作では新君主・新武将を作る楽しみも強化され、ゲーム開始前に登録し、登場させるかどうかを初期設定で選ぶ方式が整えられた。これにより、単なるお遊び要素ではなく、プレイスタイルの調整機能として働く。たとえば、史実寄りに遊びたいなら控えめに、架空の群雄を増やして混沌を楽しみたいなら多めに、といった具合に“世界の密度”を自分で変えられる。三国志という題材は、どうしても有名武将に視線が集まるが、オリジナル人材を混ぜることで、史実の結末をなぞるだけでないドラマが生まれる。シリーズの後年作品でスタンダードになっていく「自分の三国志を作る」遊びの原型が、ここでかなり明確に形になった印象だ。

●音楽・演出が支える没入感

プロデュースにシブサワ・コウの名があり、音楽もシリーズの空気を引き継ぎつつ、戦争・内政・イベントのムードを切り替える役割を担っている。派手な演出で押すのではなく、情報を読ませ、決断させるゲームだからこそ、BGMは“集中を妨げない格”と“場面を記憶に残すフック”の両方が求められる。本作はそのバランスが良く、内政で数字を積み上げる時間も、戦争で息を詰める時間も、同じ作品の中で気分を切り替えられる。とくに一騎討ちのような局面での演出強化は、硬派なシミュレーションに“物語の瞬間”を差し込み、武将が単なる数値ではないと感じさせる助けになっている。

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■ ゲームの魅力とは?

●「都市を奪う」ではなく「都市を回す」面白さ

『三國志III』の魅力をひと言でまとめるなら、戦争が派手になったというより「都市という拠点を、どう回して勝つか」がゲームの芯に据えられたことだ。都市を落とした瞬間に勝ちが近づくのではなく、そこからが本番になる。兵糧が足りない都市は兵が集められず、商業が育っていない都市は軍事投資が続かず、治水や耕作が甘い都市は不作や災害で一気に崩れる。つまり本作は、攻めの巧さだけでなく“守りながら育てる”技術が強さに直結する。大国であっても前線だけに意識を向けると後方が痩せ、気づけば補給が詰まり、戦線が伸びきって折れる。逆に小勢力でも、都市の役割分担(前線拠点・生産拠点・人材集積拠点など)を早い段階で決めて整えると、無理に大軍を抱えなくても勝ち筋を作れる。征服のゲームでありながら、経営ゲームとしての快感が濃いのが本作ならではだ。

●「能力の細分化」が生む、武将運用のドラマ

本作では武将の能力がより分かれ、知略・政治・武勇といった単純な序列では片づけられない“得意不得意”が見えやすい。これが何を生むかというと、人材の見立てがそのままプレイヤーの個性になるということだ。戦争で輝く武将を前線に置くのは当然として、内政を立て直す文官、訓練や戦争準備で士気と練度を底上げする担当、密偵・情報で敵の腹を探る担当など、都市に配置するだけで役割が自然に分かれていく。強い武将を集めるだけでは足りず、どの都市に誰を置けば最も効率が出るかを考える“配置のパズル”が始まる。しかもそれは、数字の最適化だけでは終わらない。たとえば、前線の英雄にあえて後方の整備を任せ、次の遠征のために軍備を整える――そんな判断ができると、戦場での勝利が「準備の成果」として返ってきて、物語の手触りが増す。

●身分制度がつくる「仕事の分担」と時間の価値

軍師・将軍・武官・文官といった身分の概念があることで、武将はただのコマンド実行者ではなく“働かせ方”が問われる存在になる。ここで面白いのは、単なる制限ではなく、時間の使い方が戦略になることだ。短期で回す命令と、長期で積み上げる命令を使い分け、都市ごとに「今は軍事準備の都市」「今は内政強化の都市」と役割を固定するほど、毎月の入力が“作業”ではなく“計画”になる。長期命令を上手く回せるようになると、内政を伸ばしながら戦争を続けることが可能になり、前線が止まらない。反対に、短期命令ばかりで回していると、手数は多く見えても成果が薄く、ジリ貧になりやすい。この「時間をどう投資するか」が、シミュレーションとしての手応えを強くしている。

●戦争が“準備と情報”で決まる緊張感

『三國志III』の戦争は、派手な必殺技が飛び交うタイプではないが、その分、準備と情報が重い。兵の数だけで押し切れない場面が多く、訓練度や士気、補給、進軍路(街道)といった地味な要素が、決戦の瞬間に一気に効いてくる。さらに、敵都市の状況を把握し、援軍の可能性や迎撃の意志を読む作業が必要になるため、「戦う前の読み合い」が実質的な戦争の半分を占める。ここが刺さる人にはたまらない。敵を知らずに攻めれば、思わぬ迎撃で野戦に引きずり込まれ、準備不足のまま崩れる。逆に、密偵や偵察で敵の弱点を見抜き、兵糧と士気を整え、古戦場や要衝を押さえてから動けば、戦争は“計画通りに勝つ”ものになる。その達成感は、単なる勝利とは別の快楽だ。

●計略と一騎討ちが「三国志らしい波」を作る

計略が増えたことで、戦争は必ずしも正面衝突の連続にならない。相手の隊列を乱す、士気を落とす、混乱を誘う――そうした揺さぶりが決まると、兵力差をひっくり返す余地が生まれる。ここに一騎討ちが絡むとさらに面白い。一騎討ちは単なる演出ではなく、相手の士気や流れを変える“賭け”として機能し、成功すれば局面の空気が変わる。もちろん失敗すれば痛手だが、その痛手も含めて「武将の性格」「勝負の読み」がプレイ感に乗ってくる。戦争が数字だけで完結せず、ドラマの波を持つのは、本作を長く記憶に残す要因になっている。

●外交や援助が生む、もう一つの勝ち筋

本作では外交が“戦わないための飾り”になりにくい。停戦交渉や援助要請、物資のやり取りが絡むことで、力で勝てない序盤でも道が開ける。ここに本作特有の面白さがあり、戦争準備を進めながら同盟国から援助を引き出し、資金や兵糧をつないで息を整え、最適のタイミングで一気に前線を押し上げる、といった「外交を兵站に変える」動きが可能になる。もちろん、やり過ぎれば関係が悪化し、背後を突かれる危険もある。だがその綱渡りこそが、三国志らしい。敵だけでなく味方とも駆け引きし、局面を自分で作っていく感覚が、このゲームを“統一作業”ではなく“政略のゲーム”にしている。

●シナリオごとに別ゲームになる懐の深さ

同じシステムでも、年代が変わるだけでまったく別の難しさが顔を出すのも魅力だ。群雄割拠の時代は、空白地や弱い都市をどう押さえて勢力を伸ばすかが勝負になる。一方で後期シナリオは、武将の供給や勢力の固定化が進んでいて、時間をかけすぎると人材不足で苦しくなる。つまり序盤は“伸びる楽しさ”、後半は“詰める怖さ”がある。プレイヤーは、シナリオに合わせて戦略テンポを変えなければならず、結果として同じ『三國志III』なのに遊び心地が変わる。1本で何通りも味があるのは、当時のシミュレーションとしてかなり贅沢な設計だ。

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■ ゲームの攻略など

●まず最初に決めるべき「勝ち筋の型」

『三國志III』を攻略するうえで最初に意識したいのは、「強い武将を集めて戦えば勝てる」という発想だけでは安定しない点だ。本作は都市を支配していくゲームであり、都市の維持には兵糧・資金・人材・治水といった基盤が必ず必要になる。そこで序盤の段階で、自分の勢力がどの型で伸びるかを決めてしまうとぶれにくい。大きく分けるなら、①生産を厚くして国力差で押し切る「内政主導型」、②隣接都市を素早く落として前線を広げる「短期決戦型」、③外交と援助を絡めて欠点を補いながら成長する「政略型」の三つだ。どれが正解というより、シナリオ・君主・初期都市の地形で向き不向きが変わる。たとえば都市数が少ない勢力は、内政を完璧に回す前に“取れる都市を先に取る”ほうが楽になる場合が多い。一方で、周囲を強国に挟まれているなら、停戦や同盟で背後を固める「政略型」を混ぜないと、戦争の回数が増えすぎて疲弊する。攻略の第一歩は、「今の自分はどの型で走るのが一番破綻しにくいか」を割り切ることだ。

●序盤の最重要課題は「兵糧」と「移動路」の確保

序盤で詰みやすい原因の多くは、兵糧不足か、移動路の読み違えに集約される。本作の戦争は、兵数だけでなく補給が重い。攻めると決めたら、戦争が終わるまでの兵糧だけでなく、終戦後に都市を回復させる分まで見ておかないと、勝ったのに崩れる展開が起きる。だから最初の内政は、治水・耕作・開発のうち「兵糧収入に直結する部分」を優先するのが安定だ。もう一つが街道と隣接関係の把握で、地図上で近く見えても道がつながっていないと攻められない。これは逆に防衛でも強みになり、侵攻路が限られる都市は守りやすい。攻略の鉄則として、最初の数か月は「どの都市がハブになっているか」「どの古戦場・要衝を押さえると前線が止まるか」を確認し、攻める都市を“距離”ではなく“路線”で選ぶと失敗が減る。

●人材運用のコツは「前線の将」と「後方の文官」を分けること

本作は武将の能力が細かく、さらに身分の運用で効率が変わるため、人材の置き方がそのまま難易度になる。ありがちな失敗は、優秀な武将を全員前線へ送り、後方が回らなくなることだ。前線は確かに勝てるが、治水や耕作が止まって収入が落ち、訓練も途切れて兵が弱り、数年後に息切れする。おすすめは、都市を「前線拠点」「生産拠点」「人材集積拠点」にざっくり分け、前線には戦闘向きの将軍・軍師を、後方には長期命令で成果を出しやすい文官・武官を厚めに置くこと。とくに小勢力ほど、“誰がどの仕事を継続するか”が大事で、毎月全都市を器用にいじるより、数都市を重点的に育てて伸ばすほうが勝ちやすい。後方の数都市が安定供給装置になると、前線が多少負けても立て直せるようになる。

●内政は「全部伸ばす」より「役割特化」が強い

内政項目が多いゲームほど「全部均等に上げたくなる」ものだが、『三國志III』では都市ごとの役割特化が強い。生産都市は治水と耕作を重点、商業都市は資金を稼いで軍備投資の財布にする、前線都市は訓練・戦争準備・徴兵を回して即応力を上げる、といった具合だ。ここで重要なのは、前線都市で無理に耕作まで完璧にしようとすると、指揮系統が散って攻め手が止まる点。前線は「戦争に勝つ」機能を優先し、兵糧は後方から融通する割り切りが有効な場面が多い。逆に後方都市は軍事命令を控え、長期命令で内政を積み上げる。こうして都市を部品として扱えるようになると、プレイは一気に安定し、毎月のコマンド入力が“整理された運用”になってくる。

●情報戦:密偵は「一点集中」で使うと効く

本作の情報は重い。敵都市の状況を掴むには密偵や情報コマンドが必要で、しかもすぐに古くなる。ここを怠ると、援軍や迎撃で計算が狂い、野戦で崩れる。攻略のコツは、密偵を全方位にばら撒くのではなく、「次に攻める都市」と「その隣接都市」に絞って一点集中で回すことだ。攻める都市が決まったら、数か月前から情報を取り続け、兵数・武将配置・士気の雰囲気を掴む。敵の主力がどこに集まりやすいかが見えるようになると、侵攻路を変えるだけで勝てる局面が増える。密偵役は、前線のエースにやらせるのではなく、後方に余裕がある文官・武官を専任にすると運用が崩れない。

●戦争攻略:勝つための手順を固定化する

戦争での安定勝ちを目指すなら、毎回の戦争手順をある程度ルーチン化するといい。基本は、①戦争前に訓練・戦争準備で士気と練度を整える、②侵攻目標都市の情報を確保する、③援軍が来るなら先に迎撃体制を作る、④市街戦になる前に野戦の可能性を読む、⑤勝ったらすぐに守備の最低ラインを作り、内政回復へ切り替える、という流れだ。特に⑤が重要で、落とした都市に兵と武将を残さないと、反撃で取り返されやすい。逆に残し過ぎると前線が薄くなり、押し込みが止まる。ここは「最低限の守備+次の侵攻に必要な攻撃軍」のバランスを、都市の位置で決めるのがコツだ。国境の要衝なら厚め、後方寄りなら薄め、という単純な基準だけでも失敗が減る。

●一騎討ちと計略の使いどころ

一騎討ちはロマン要素に見えるが、戦術的にも“流れを変える賭け”として使える。相手が応じる状況かどうか、こちらの武将の体力や士気が十分か、成功した場合にどこを押すかをセットで考えると強い。計略も同様で、敵の士気を落とす・隊列を崩す・混乱を誘うといった効果は、兵数差を埋めるためというより「勝ちを確実にするため」に使うほうが安定する。互角の戦いで計略が刺さると、実際の被害を減らして勝てるため、次の戦争までの回復が短くなる。結果として、統一までのテンポが上がる。戦争は勝てばいいのではなく、勝った後に走り続けられる形で勝つのが攻略のポイントだ。

●終盤の落とし穴:武将不足と都市の“穴”を作らない

後期シナリオや長期プレイでは、武将不足がじわじわ効いてくる。本作は都市を支配していく条件が明確な分、都市を増やすほど「最低限置く武将」の数も必要になる。無理な処刑や、消耗戦で武将を削り過ぎると、終盤に都市を埋められず苦しくなる。攻略のコツは、不要な斬首を控え、登用できる人材は可能な限り確保して“数”を持つこと。さらに、都市の管理が雑になると、委任や配置の関係で思わぬ穴ができることがあるので、終盤ほど「都市ごとの守備・内政担当」を固定し、空白を作らない運用が強い。統一直前は勢いで押し切りたくなるが、ここで崩れると巻き返しに時間がかかる。最後ほど丁寧に締めるのが、本作の攻略らしさだ。

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■ 感想や評判

●当時のプレイヤーがまず驚いた「変化の大きさ」

『三國志III』に対する感想をたどると、真っ先に出てきやすいのが「前作までと同じシリーズなのに、遊び方の感覚がかなり違う」という驚きだ。シリーズファンほど、最初は戸惑う。勝利条件が都市支配へと寄ったことで、勢力図を大ざっぱに塗っていく快感より、都市ひとつひとつの運営を積み重ねる手応えが前面に出たからだ。ここは好みが分かれる一方で、ハマった人はとことんハマる。「勝ったのに苦しい」「攻めたいのに準備が追いつかない」といった、歴史シミュレーション特有の“苦さ”を、あえて正面から楽しむ層に強く刺さった。逆に、前作のテンポ感を愛していた人の中には「情報量が増えて、作業が増えた」と受け取る人もいて、その温度差が評判の振れ幅になっている。

●“内政が重い”という評価の裏にある快感

本作の内政は項目が細かく、結果が即座に出ないものも多い。そのため初見では「やることが多い」「成果が見えにくい」と感じやすい。だが評価が高い側の声は、そこをむしろ長所として語る。「仕込んだ内政が数か月後に実を結び、前線が回り出す瞬間が気持ちいい」「都市を役割分担して動かせると、国家運営をしている感覚が強い」といった感想が典型だ。とくに、前線が膨らむほど補給や治水が効いてくるため、“勝つための内政”が単なる育成ではなく、戦争と直結する戦略になっている点が支持される。派手な演出より、計画が勝利へ変換される快感を求める人ほど、本作を名作寄りに捉えやすい。

●武将の個性が増えたことで「人材ドラマ」が立つ

能力値の細分化と身分概念の導入は、評判の中でも語られやすいポイントだ。これによって、単純に“万能の天才”だけが強いのではなく、局面ごとに必要な人物が変わる。戦争に強い将、内政を回す文官、情報を取る役、訓練や準備を積み上げる役――人材が揃うほど国が回るという感覚が強い。プレイヤーの感想としては「誰をどこに置くかで国の顔が変わる」「武将を使い捨てにしにくくなり、愛着が湧く」という方向に寄りやすい。逆に不満側は「能力が増えた分、把握が大変」「最適配置を考える負担が増える」と感じることもある。ただ、その負担を越えた先に“自分の国を作っている”感覚が立ち上がるのが、本作の評価が粘り強い理由でもある。

●戦争の評価は「渋いが、読み合いが増えた」

戦争面の評判は、派手さより手堅さに寄る。「準備と情報が勝敗を決める」「迎撃や野戦の発生で読み合いが増えた」という肯定がある一方、「戦争が長引くと疲れる」「操作が煩雑に感じる」という声も出やすい。特に、情報が取りづらいと感じる人は、戦争前の段取りにストレスを覚えることがある。しかし、そこを“緊張感”として楽しめる人にとっては、まさに三国志らしい。敵の援軍、隣接都市からの圧、こちらの補給線――勝った負けたの結果だけでなく、勝ち筋を作る工程に価値を見出す層が「戦争が面白い」と語りやすい。結果として戦争は、単体の戦術ゲームというより、都市運営と表裏一体の“国家戦略の出力”として評価されている印象が強い。

●マルチプレイが生む「人間外交」の熱

最大8人のマルチプレイ対応は、当時としては強い話題性があり、評判でもしばしば挙がる。CPU相手なら割り切れる援助や停戦交渉も、人間が相手だと一気に心理戦になる。どこまで本気で同盟を守るのか、援助を要求されたときに渡すべきか、裏切りのタイミングはいつか――そうした“政略の生々しさ”が楽しめる点は、マルチプレイ体験として高く評価されがちだ。逆に言うと、マルチで遊ぶほど本作の外交要素は輝きやすい。ソロでは「都合の良い外交」に見えた仕組みが、対人だと「読み合いの道具」に変わり、同じシステムでも印象が変わるのが面白いところだ。

●後期シナリオへの反応:新鮮さと厳しさの同居

諸葛亮以後の時代をしっかり扱う点は、「後期の三国志が遊べるのが嬉しい」という新鮮さとして好意的に受け取られやすい。一方で、後期は武将の供給が細く、長期戦をすると人材不足が目立ちやすい。感想としては「締め切りのある統一戦」という緊張感として好む人もいれば、「せっかく育てても人が足りないのは辛い」と感じる人もいる。ここも賛否が割れやすい。ただ、史実でも時代が進むほど英雄が減っていく感覚はあるので、その寂しさがゲームの難しさとして表現されている、と捉える人には“味”になりやすい。後期が厳しいからこそ、短期決戦でまとめ上げたときの達成感が大きい、という声につながる。

●“名作寄り”とされる理由は「骨太な標準形」

総合的な評判として、『三國志III』は「シリーズの中でも標準形の骨太さがある」と語られることが多い。奇抜な特殊能力や派手なシステムで驚かせるのではなく、都市運営・人材配置・情報戦・戦争準備という、歴史シミュレーションの基本を厚くした作品だからだ。その分、合う合わないは出るが、合う人にとっては長く遊べる。プレイのたびに“次はこう運ぶ”という学びが残り、経験がそのまま上達になる感覚がある。評判が時代を超えて残りやすいのは、そうした「勝ち方が増えるゲーム」になっているからだろう。

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■ 良かったところ

●都市ごとに役割を与えられる「運営の自由度」

『三國志III』の“良かったところ”として最初に挙がりやすいのは、都市を単なる占領マスではなく、国家を動かす機能単位として扱える点だ。前線の要塞都市、兵糧を産む生産都市、資金を稼ぐ商業都市、人材を集めて回転させる中枢都市――同じ都市でも、プレイヤーの方針次第で役割が変わり、そこに配置する武将や命令の積み重ねが国の形を決めていく。特定の都市に投資して“太らせる”と、補給の安定や軍備の継続が見えてきて、戦争の勝ち方が変わる。逆に、前線ばかりを見て後方を薄くすると、勝っているのに崩れる。こうした“運営の結果がそのまま戦争へ跳ね返る”仕組みは、歴史シミュレーションとしての手応えが濃く、プレイヤーの判断が作品全体を通して活きるのが評価されやすい。

●能力値の細分化が生む「人材の使い分け」の快感

武将能力が細かく分かれたことで、人物の個性がゲーム上でもはっきり見えるようになった点も、良いところとして語られやすい。単に“賢い・強い”ではなく、内政に向く者、計略に向く者、大軍を動かす者、局地戦に強い者、といった差が出るため、プレイヤーは「この武将はこの都市でこう働かせる」という運用を考えられる。結果として、名将だけを並べるゲームになりにくく、地味な能力の武将にも役割が生まれる。強国の豪華さではなく、小勢力でのやりくりが面白くなるのは、この設計の恩恵が大きい。とくに、前線の将軍が戦っている裏で、後方の文官が長期命令で収入を育て、情報役が密偵で敵の状況を固める――そうした分業が噛み合った瞬間、国全体が“生き物のように回る”感覚が生まれ、これが本作の快感のひとつになっている。

●身分制度が「国家らしさ」を増した

軍師・将軍・文官・武官という身分概念は、単なる縛りではなく、国家運営の説得力を強める装置として良かった点に数えられる。武将が何でもできるより、“本来はこの役割が向いている”という形があることで、命令を出すときの納得感が増す。さらに、長期命令の扱いが絡むことで「誰に何を任せるか」が戦略になる。忙しい前線を支えるために、後方を長期運用で固める発想が自然に出てきて、ゲームのテンポが“毎月の作業”ではなく“計画の実行”へ変わっていく。シミュレーションとしての格が上がる部分であり、プレイヤーの成長とともに味が出る仕組みだ。

●戦争が「準備・情報・局面」で決まる骨太さ

戦争面で評価される良さは、派手な演出よりも、戦う前の段取りが勝敗を左右する点にある。兵の数だけではなく、訓練・士気・兵站・進軍路、そして敵都市の状況把握が重要で、勝つためには準備が必要になる。これは面倒に見えるが、逆に言えば“考えれば勝てる”。準備不足の突撃が失敗し、整えた軍が勝つ――この因果がはっきりしているため、負けても理由が分かりやすく、次のプレイで改善できる。結果として、試行錯誤が上達に直結し、プレイヤーの経験値が作品に積み上がる感覚が強い。歴史シミュレーションの醍醐味である「読みと準備で勝つ」が、きちんと形になっているのは本作の長所だ。

●計略と一騎討ちが“数字のゲーム”にドラマを差し込む

計略の幅が増えたことで、戦争は兵数の押し合いだけでは終わらない。相手の士気を落とし、混乱を誘い、隊列を崩す――戦いの流れを変える手段があることで、武将の能力差や状況判断が生きる。また、一騎討ちが戦闘中の選択肢として扱えることで、「ここで勝負を賭ける」という瞬間が作りやすい。成功すれば局面が一気に動き、失敗すれば痛手になる。その緊張感が、シミュレーションに“物語の山場”を生む。武将がただの数値ではなく、名のある人物として記憶に残りやすいのは、この仕掛けが効いているからだ。

●外交・援助が「戦わない勝ち方」を成立させた

本作の外交要素は、単なる飾りになりにくい。停戦、援助要請、物資交換といった手段があることで、軍事だけで押し切れない序盤でも、国を立て直す余地が生まれる。特に小勢力や不利な立地では、外交で呼吸を整え、国力差を埋めてから戦争へ移る流れが強い。戦争に勝つための準備が、内政だけでなく政略にも広がっているため、「戦う前に勝負が決まる」感覚が出る。ここを上手く回せると、無理に大軍を抱えなくても勢力を伸ばせるので、攻略の幅が広がり、プレイごとに違う展開を作れる。

●マルチプレイの存在が、システムを“遊び”に変える

最大8人対応というマルチプレイは、単に人数が多いという以上に、ゲームの印象を変える力がある。CPU相手なら最適化しがちな外交も、人間相手だと心理戦になり、援助・停戦・裏切りの読み合いが一気に生々しくなる。ここで本作の政略要素が真価を発揮し、同じシステムでも“物語”が濃くなる。人間同士だからこそ起きる不信、土壇場の同盟、意外な裏切りが、三国志らしいドラマを自然に生み、記憶に残るプレイ体験につながる。ソロでも面白いが、マルチでこそ輝く要素が多い点は、良かったところとして強く評価されやすい。

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■ 悪かったところ

●情報収集が重く、「戦う前に疲れる」ことがある

『三國志III』の不満点としてよく挙がるのは、情報戦の負担が大きく感じられることだ。敵都市の兵数や配置、援軍の可能性を把握するには密偵などの手段が必要で、しかも結果がすぐに揃わず、時間をかけて整える必要がある。ここは“緊張感”として評価される一方で、テンポ面では確実に好みが分かれる。次に攻める都市を決めたら、そこに至るまで何か月か情報を取り続け、状況が変わればまた取り直す――この繰り返しが、プレイヤーによっては「やるべきことが多くて息が詰まる」「戦争に入るまでが長い」と感じやすい。特に序盤の小勢力は武将数が少なく、密偵役を出すだけで内政や軍事が手薄になることがあるため、必要性は理解していてもストレスに直結しやすい。

●内政が細かい分、「作業感」が出やすい

内政項目が増えて運営が深くなったのは長所だが、その裏返しとして、毎月の命令が増えて“管理の手間”が重く感じられることがある。都市が増えるほど入力回数も増え、慣れるまでは「何を優先すべきか」を決めきれず、あれもこれも触って成果が散る。結果として、プレイ時間の多くが調整に吸われ、戦争やドラマの部分に到達する前に疲れてしまう人もいる。コツを掴めば役割分担で整理できるのだが、そこに至るまでが長い、という印象は“悪かったところ”として挙げられやすい。シミュレーションの面白さが濃い作品ほど、こうした「濃さ=負担」の関係は避けにくく、本作も例外ではない。

●委任まわりの感触が合わない人がいる

都市運営の負担を軽くする手段として委任(AI運用)があるが、ここに癖があり、思った通りに動かないと感じるプレイヤーも出やすい。方針を指定しても、こちらが意図した“都市の役割”とズレた命令を繰り返したり、欲しいタイミングで欲しい投資をしなかったりして、結果としてプレイヤーが再調整に戻ることになる。委任が便利に機能する場面もあるものの、「委任するくらいなら自分で触ったほうが確実」という感想につながることがある。都市が増えるほど委任を使いたくなるのに、任せきれない――このジレンマは、長時間プレイ時の不満として語られやすい。

●終盤シナリオで“人材不足”が詰み要素になりやすい

後期シナリオは新鮮で面白い反面、武将の供給が細く、長期戦になるほど人材不足が表面化しやすい。都市を支配していくという勝利条件の関係で、都市が増えるほど最低限配置する武将が必要になるため、消耗戦や処刑を重ねてしまうと、統一条件に必要な“人数”が足りなくなる恐れがある。これは歴史の寂しさを表現しているとも言えるが、ゲームとしてはプレイヤーの行動次第で詰みやすい構造でもある。特に初見だと「勝っているのに、武将が足りずに回らなくなる」という状況に陥りやすく、納得しにくい負け方として記憶に残ることがある。後のシリーズでは、この手の詰み要素を緩和する方向へ寄っていくが、本作は“締め切りのある統一戦”になりやすいぶん、ここを欠点として挙げる人も多い。

●水戦や特定要素が「活躍の場が少ない」と感じられる

戦場の概念が広がった一方で、特定の要素――とくに水戦――については、活躍の機会が限定的で印象が薄いと感じる人もいる。水上戦が史実的に重要な地域でも、ゲーム上の戦場配置や侵攻路の選択によっては、結局陸路中心で統一まで進んでしまい、水軍の存在感が出にくい。もちろん、意識して水戦を発生させる遊び方もできるが、自然な攻略の流れでは“出番が少ない要素”として埋もれやすい。能力値に水上適性が存在するからこそ、そこが活きないと「数字だけある」感が出てしまい、もったいなさとして語られやすい。

●外交の強さが「抜け道」っぽく見えることがある

外交・援助が攻略の幅を広げる長所である一方、使い方によっては“強すぎる”と感じられ、バランス面の不満につながることがある。特に、同盟や援助を上手く回すと序盤の資源不足を簡単に補えてしまい、「戦わずに物資を引き出せるのは都合が良すぎる」と受け取る人もいる。政略のゲームとして見れば面白いが、純粋に内政と軍事だけで勝ちたい人からすると、外交が“正攻法を薄める”要素に見えることがある。マルチプレイでは心理戦として成立するが、ソロでは最適化が進むと単調になりやすい、という不満が出やすい点だ。

●戦争テンポが合わないと「長期戦の疲れ」が強い

本作の戦争は、準備と情報が重要であるぶん、一戦一戦が重くなる。攻める→落とす→立て直す→次を準備する、というサイクルを丁寧に回すほど勝率は上がるが、テンポを求める人には“間延び”に感じることがある。さらに都市が増えると、前線が複数になり、守備や補給の管理が複雑化していくため、勝っているのに疲れる状況が起きやすい。ここを「骨太でいい」と感じるか、「もう少し軽快に進めたい」と感じるかで評価は割れる。悪かったところとして語られる場合、多くは“難しい”というより、“重い”という感覚に集約される。

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■ 好きなキャラクター

●「好き」は強さだけで決まらない――本作ならではの推し方

『三國志III』で「好きなキャラクター(武将)」を語るとき、多くの人が面白いのは、単に最強格を並べる話になりにくいことだ。本作は能力が細分化され、さらに身分や都市運用の発想が強いため、武将の魅力が“勝ち負け”だけでなく“働かせ方”に宿る。戦場で一騎討ちを決める豪傑が印象に残るのはもちろんだが、地味に内政を回し続けて国を太らせる文官、情報戦で敵の腹を探り続ける密偵役、少数の兵で要衝を守り切る守備の名手――そうした役割で輝く武将に愛着が湧きやすい。ここでは「誰が好きか」を、プレイヤーの遊び方と結びつけて語れるよう、タイプ別に“推しどころ”を整理していく。

●諸葛亮:万能ではなく「国を回す頭脳」としての存在感

諸葛亮はどの三国志作品でも人気だが、本作では「内政と戦略を同時に動かせる頭脳」としての魅力が際立つ。能力が細かいぶん、ただ賢いだけではなく、国の仕組みを整え、戦争準備を計画し、必要な時に計略で局面を変える――そうした“司令塔”の仕事が見えやすい。蜀のように人材が潤沢でない勢力では、諸葛亮がいるだけで「国が回り始める」感覚が出ることがあり、プレイヤーの感想としては「この人がいる間に勝負を決めたい」と思わせる存在になりやすい。後期シナリオでは、彼の不在がそのまま難易度の重さとして感じられることもあり、逆説的に“孔明の重み”がプレイ体験に刻まれる。

●曹操:強国の君主なのに、手を抜くと崩れる面白さ

曹操は強い。だが本作での面白さは、強いからこそ「運用が雑だと意外と崩れる」点にある。都市運営を怠れば前線が息切れし、広い勢力を抱えるほど管理の難しさが増す。本作の曹操は、単に戦争で勝つだけではなく、広域の都市をどう役割分担して動かすかが問われる君主になりやすい。勝ち筋が多い分、プレイヤーのやり方がそのまま国の色になる。短期決戦で押し切る覇道もできるし、内政を太らせて“国家の暴力”で押しつぶす道もある。その自由度が「曹操を好きになる」理由として語られやすい。強者を使っているはずなのに、運用の差が出る――ここが本作の曹操の味だ。

●関羽:一騎討ちの象徴としてのロマン枠

一騎討ちが戦闘中の選択肢として強くなった本作では、関羽のような武勇の象徴が“体感として記憶に残りやすい”。もちろん、戦争は準備と兵站が重要で、武力だけで勝てるゲームではない。だが、膠着した局面で一騎討ちを仕掛け、流れを変える瞬間があると、関羽はただの数値ではなく“物語の主人公”として立ち上がる。関羽が好きだという感想は、強いからというより、「勝負どころで出したくなる」「勝った時の気持ちよさが大きい」といった“使う快感”に寄りやすい。武将に愛着が湧くのは、こうした瞬間があるからだ。

●趙雲:安定感と頼もしさで「困ったらこの人」になる

趙雲は、派手な策よりも“信頼できる働き”で好きになりやすいタイプだ。戦場で崩れにくく、いざというときに前線の穴を埋められる。兵站と運営が重い本作では、前線が複数になった瞬間から「どこに主力を置くか」が悩みになるが、趙雲のような安定枠がいると、部隊の再配置がしやすくなる。プレイヤーの感想としては「負け筋を潰してくれる」「想定外に強い敵が来ても耐えてくれる」という方向で語られやすい。派手な勝利より、崩壊を防ぐ功績が大きく、結果として“最も頼った武将”として好きになるケースが多い。

●周瑜:水戦の出番が少なくても「知略の華」がある

水上戦の活躍機会が限られると言われがちな本作でも、周瑜は“呉の戦略の象徴”として印象が残りやすい。彼が好きだという声は、水軍だけでなく、計略・戦争準備・迎撃といった局面での立ち回りに結びつくことが多い。呉は地理的に守りは固いが、内政と人材のやりくりが難しい局面もあり、周瑜のような核がいると前線の形が決まりやすい。攻めるにも守るにも、彼がいるだけで「呉らしい戦い方」ができると感じるプレイヤーは少なくない。水戦の出番を自分で作る遊びをする人ほど、周瑜の魅力を強く噛みしめる。

●司馬懿:勝ち筋を“遅く強く”する、嫌らしい魅力

司馬懿が好きだという人は、派手な戦いよりも“勝ちを固める運用”に美学を感じるタイプが多い。本作では、情報戦と計画が重く、後方を太らせるほど強くなる。司馬懿はその哲学と相性が良く、相手を急いで潰すより、国力差で包囲して詰めていくような勝ち方が似合う。密偵で敵の状況を固め、外交や停戦で時間を買い、弱ったところを確実に取る――そうした“嫌らしいほど堅い”運用が決まると、司馬懿はただの能力値ではなく、プレイヤーの戦略思想を具現化する存在になる。好き嫌いは分かれるが、ハマると抜けられないタイプの魅力だ。

●姜維:後期の孤軍奮闘が、そのままプレイ感になる

後期シナリオで好きになりやすいのが姜維だ。英雄が減っていく時代に、限られた人材で国を回し、戦線を維持し、隙を見て反撃する――その苦しさが、プレイの難しさと直結する。本作の後期は武将不足が表面化しやすく、うまく回せないと“詰む”怖さがある。だからこそ、姜維で勝てたときは達成感が大きい。「強いから好き」ではなく、「この条件で勝たせるのが面白いから好き」という、縛りプレイに近い魅力がある。蜀を愛する人ほど、姜維に物語を見やすい。

●好きな武将が“自分の国の歴史”になる

結局のところ、本作の「好きなキャラクター」は、史実や演義の人気投票だけで決まりにくい。どの都市で誰を育て、どの戦争で誰が踏ん張り、どの局面で誰が流れを変えたか――その積み重ねがプレイヤー固有の記憶になり、武将への愛着になる。地味な文官が数年かけて財政を立て直した、無名に近い武官が国境都市を守り抜いた、登用したばかりの武将が一騎討ちで英雄になった。そうした瞬間が一度でも起きると、その武将が“推し”になる。本作は、キャラクターの魅力をプレイヤーの運用が作り出すタイプのゲームであり、それこそが『三國志III』の一番の良さだと言える。

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●対応パソコンによる違いなど

●まず大前提:同じ『三國志III』でも“遊び心地”は機種で変わる

『三國志III』は同一タイトルとして提供されつつも、PC-9801/FM TOWNS/X68000/Windowsといった対応環境によって、画面の見え方、操作のしやすさ、処理のテンポ、音の印象がじわじわ変わるタイプの作品だ。歴史シミュレーションは、派手なアクションより「情報を読み、決断し、結果を待つ」時間が長い。つまり、UIの見やすさと操作のストレスの少なさが、そのまま没入感に直結する。だからこそ本作では、どの機種で触れたかによって「遊びやすかった」「手間がかかった」「音が印象に残った」といった感想の温度差が生まれやすい。ここでは“内容の差”というより、“体験の差”として整理していく。

●PC-9801版:基準となる操作感と、情報の読みやすさ

PC-9801は当時の国産PCゲームの中心であり、シリーズの中でも“基準”として語られやすい。『三國志III』の情報量の多さは、都市データ・武将データ・命令・戦況と、見るべき項目が多岐にわたるが、PC-98環境では画面構成が比較的まとまりやすく、キー入力中心の運用にも馴染む。マウス対応が加わったことで、初見でもコマンド選択は直感的になり、「どこを見ればいいか」が分かりやすくなったと感じる人も多い。一方で、当時のPC-98は構成や拡張に幅があり、環境次第で処理速度や音源の印象が変わりやすい面もある。とはいえ“PCシミュレーションらしい手触り”で本作を体験したいなら、PC-98版を基準に語られることが多いのは納得できる。

●FM TOWNS版:音と画面の“雰囲気”が強く記憶に残りやすい

FM TOWNS系での体験は、同じシミュレーションでも「音とビジュアルの印象が濃い」と感じやすいのが特徴になる。歴史シミュレーションは、戦闘の派手さより空気作りが大切で、BGMや効果音が“集中の背景”として働く。本作のように内政や情報戦の時間が長いゲームほど、音が良い環境では没入感が上がりやすい。FM TOWNSはマルチメディア志向の強い機種というイメージもあり、同じ曲でも“鳴り方”が違うだけで、作業に感じやすい部分が少し楽になる、という感想につながることがある。もちろん、攻略やシステムの本質が変わるわけではないが、長時間プレイするタイトルだからこそ、こうした体験の差が“好き嫌い”に影響しやすい。

●X68000版:操作のキレと画面の整いで“快適寄り”に感じることがある

X68000環境は、当時のPCゲーム界隈では“キビキビ動く”“画面がきれい”といった印象を持たれやすく、シミュレーションでもその恩恵が出やすい。『三國志III』は、都市を切り替え、武将を見て、命令を入れて、報告を読む――この繰り返しが基本のため、操作の反応が良いほどストレスが減り、テンポが良く感じられる。画面の情報が整理されて見えやすいと、内政の作業感が薄まり、判断に集中できる。結果として「同じ内容なのに、気持ちよく続けられる」という評価につながることがある。X68000で触れた人の中には、本作の“重さ”より“整い”が先に立ち、「難しいけど快適」という印象で語る人もいる。

●Windows版:環境の広がりと、遊び直しの入口になりやすい

Windows版の価値は、当時の専用機種の枠から外れ、より広い環境で触れられるようになった点にある。国産PCの覇権が移り変わっていく中で、Windows対応は“もう一度遊ぶ”入口になりやすかった。『三國志III』は一度ハマると繰り返し遊ぶタイプのゲームで、シナリオを変えるだけでも別ゲームのようになる。だからこそ、環境が変わっても手元で動かせることは、プレイヤーにとって大きい。また、Windows環境は周辺機器や入力の自由度が上がりやすく、プレイスタイルを自分に合わせやすい面もある。結果として「当時のPCでは遊べなかったが、後年にWindowsで触れて評価が変わった」という再評価ルートが生まれやすい。

●“ゲーム内容”よりも差が出るのは、UIとテンポと音

機種差を語るとき、プレイヤーが一番敏感になるのは、勝利条件や武将データそのものではなく、UI(見やすさ・選びやすさ)、処理テンポ(切り替えや報告の体感速度)、音(BGMの印象)だ。『三國志III』は情報を読み続けるゲームなので、UIが見づらいとそれだけで疲れやすくなるし、切り替えがもたつくと“重さ”が増幅される。逆に、画面が整っていてテンポが良いと、作業感が薄まり、戦略だけに集中できる。音が良い環境では、長時間の内政や情報戦が苦になりにくい。つまり、同じシステムでも“体験の味付け”が変わるのが本作の機種差だと言える。

●プレイ感の違いが、攻略スタイルの違いにもつながる

体験が変わると、攻略のやり方も微妙に変わってくる。テンポが良い環境では、密偵や内政の細かい仕込みを丁寧に回しやすくなり、堅実型のプレイが気持ちよくなる。逆に、操作が重いと感じる環境だと、都市を増やしすぎる前に短期決戦でまとめたくなり、攻勢寄りのスタイルになりやすい。つまり、機種差は“快適さ”だけでなく、プレイヤーの戦略思想にまで影響することがある。同じ『三國志III』でも、人によって語り口が違うのは、こうした体験差が背景にある。

●まとめ:どの機種でも本質は同じ、ただし“感じ方”は確実に変わる

PC-9801/FM TOWNS/X68000/Windowsのいずれであっても、『三國志III』の核――都市運営と人材運用、情報戦を重ねて統一を目指す骨太さ――は変わらない。ただ、情報を扱うゲームである以上、見やすさ・テンポ・音の違いが、そのまま「面白さの感じ方」に影響する。どの環境で触れても本作の良さは味わえるが、長く遊ぶほど“自分に合う体験”の価値が大きくなる。だからこそ、機種差はスペック比較ではなく、「このゲームの時間をどう過ごせるか」という視点で語られることが多いのだ。

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●同時期に発売されたゲームなど

●1992年前後のPCゲーム市場と『三國志III』の立ち位置

1992年前後の国産PCゲームは、アクションやRPGが派手に盛り上がる一方で、シミュレーションやアドベンチャーも“濃い遊び”を求める層に強く支持されていた時代だ。PC-9801を中心に、FM TOWNSやX68000といった機種ごとの個性が残り、同じ年でも作品の顔つきがバラけやすい。そんな中で『三國志III』は、歴史シミュレーションの王道として「長く遊べる一本」に位置づけられ、派手さよりも“やり込みの深さ”で勝負する存在だった。ここでは、同時期に遊ばれやすかった代表的なPCゲームを10本ピックアップし、当時の空気感が伝わるように、それぞれを独立した短い記事のように紹介する。

★信長の野望・武将風雲録

・販売会社:光栄 ・販売された年:1991年 ・販売価格:当時のPCゲーム相場に沿ったフルプライス帯 ・具体的なゲーム内容:戦国時代を舞台に、城と国人衆をまとめ上げて天下を目指す歴史シミュレーション。大名として領国を広げるだけでなく、家臣団の編成や外交、合戦の準備が重く、内政と軍事の両輪で伸びる設計が特徴。シリーズの中でも“武将の顔”が立ちやすく、登用・忠誠・配置がそのままドラマになる。『三國志III』と比べると、都市の概念より城・国の運用色が強いが、どちらも「準備が勝敗を決める」感覚が似ており、同じ層に刺さりやすい一本。

★大航海時代

・販売会社:光栄 ・販売された年:1990年(91〜92年にかけても広く遊ばれた) ・販売価格:フルプライス帯 ・具体的なゲーム内容:大航海時代の世界を舞台に、交易・探検・海戦・名声を重ねて成長していく歴史ロマン系シミュレーション。国家運営ではなく“一人の航海者”として動く自由度が魅力で、港から港へ世界が開いていく。『三國志III』が都市という拠点を積み上げるゲームなら、こちらは地図そのものが広がるゲームで、未知への好奇心を燃料に遊べる。長期プレイ向きで、同時期に「時間泥棒」として語られやすかったタイプ。

★プリンセスメーカー

・販売会社:ガイナックス(発売形態は当時のPC流通に準拠) ・販売された年:1991年 ・販売価格:フルプライス帯が中心 ・具体的なゲーム内容:娘を育てて将来を決める育成シミュレーション。戦争で領土を取るのではなく、スケジュール管理とイベントで人生が分岐する。数値を積み上げる点はシミュレーションとして共通だが、勝利条件が“統一”ではなく“成長の結果”に置かれているため、同じシミュレーションでも感情の乗り方が違う。『三國志III』のような国家運営の緊張感とは別の方向で、プレイヤーの記憶に残る一本。

★イースI・II(PC-9801などでの定番タイトルとして)

・販売会社:日本ファルコム ・販売された年:1980年代後半の基礎作品だが、1992年前後も“定番枠”として現役 ・販売価格:機種や版で差はあるが定番作品の価格帯 ・具体的なゲーム内容:高速テンポのアクションRPGで、シンプルな操作と耳に残る音楽が魅力。『三國志III』がじっくり考えて積み上げるゲームなのに対し、こちらは瞬間的な手触りで進む。だが当時のPCユーザーは、重いシミュレーションと軽快なRPGを行き来して遊ぶことが多く、気分転換の定番として語られやすい。時間の使い方が真逆だからこそ、並行して遊ばれたケースが多いタイプ。

★同級生

・販売会社:エルフ ・販売された年:1992年 ・販売価格:当時のPC市場のフルプライス帯 ・具体的なゲーム内容:学園を舞台に、スケジュールと行動選択でイベントを拾い、関係性を積み上げていくアドベンチャー。攻略の本質が「情報」と「ルート管理」にあり、どこにいつ行くかで結末が変わる。『三國志III』も情報戦が重要だが、こちらは戦争ではなく物語の分岐を支配する“情報ゲーム”。同時代のPCにおける「選択と管理の面白さ」を別方向に突き詰めた一本。

★Xak(サーク)シリーズ(定番ARPG枠として)

・販売会社:マイクロキャビン(版により展開は異なるが当時の人気枠) ・販売された年:1989〜1991年頃の流れで、92年頃も支持が強い ・販売価格:フルプライス帯 ・具体的なゲーム内容:王道ファンタジーのアクションRPGで、探索・戦闘・成長の循環が気持ち良い。国産PCのRPG層に強く支持され、長時間のシミュレーションの合間に“手を動かす快感”を求めて遊ばれやすかった。『三國志III』が脳で勝つゲームなら、こちらは反射と積み上げで進むゲームで、当時のPCゲームの幅の広さを象徴する。

★ダンジョンマスター系統の3DダンジョンRPG(当時の流行枠)

・販売会社:移植や派生で複数(機種ごとに展開) ・販売された年:1991〜1992年頃にかけて人気 ・販売価格:フルプライス帯 ・具体的なゲーム内容:3D視点で迷宮を探索し、パーティを育てながら進む。操作の慣れが必要だが、没入感が強く“世界に潜る”感覚が売り。『三國志III』が地図を俯瞰して都市を回すなら、こちらは自分の足で一歩ずつ進むタイプ。どちらも長時間プレイ向きで、当時の「腰を据えて遊ぶPCゲーム」の代表格として並べられやすい。

★ウイニングポスト(初期シリーズの競馬シミュレーション枠)

・販売会社:光栄 ・販売された年:1993年が初代として有名だが、92年前後は競馬・育成系が盛り上がる土壌が形成されていた ・販売価格:フルプライス帯 ・具体的なゲーム内容:馬の育成・調教・レース運用を軸に、資金と名声を積み上げていく。ここでは“同時期の人気ジャンル”としての文脈で挙げられやすいタイプで、国家運営ではなく経営と育成に楽しさが集中する。『三國志III』の内政にハマった人が、別の「数値と計画のゲーム」へ流れるルートとして語られがち。

★ADVの名作群(推理・サスペンス系)

・販売会社:複数(1992年前後はADVの強い年) ・販売された年:1991〜1992年中心 ・販売価格:フルプライス帯 ・具体的なゲーム内容:テキストと選択肢、フラグ管理で進行するアドベンチャーは、当時のPCゲームの大黒柱の一つ。『三國志III』も“情報を読むゲーム”という点では近く、文章を追う体力がある層に両方刺さりやすい。ADVは戦争ではなく物語の謎を追うが、どちらも「選択の積み上げが結末を作る」ゲームで、プレイヤーの没入の仕方が似ている。

★スーパーファミコン初期の大作RPGの影響(PC側にも波及)

・販売会社:家庭用メーカー各社 ・販売された年:1991〜1992年 ・販売価格:家庭用ソフト価格帯 ・具体的なゲーム内容:家庭用で盛り上がった大作RPGの流れが、PCユーザーにも話題として入ってきた時期で、PCゲーム側も演出や世界観づくりに影響を受け始める。『三國志III』は演出で押すタイプではないが、逆に“硬派な骨太さ”が際立ち、PCならではの濃いシミュレーションを求める層の支持を集めた。周囲の流行が派手になるほど、本作の立ち位置が明確になるという意味で、同時期の空気感を語るうえで欠かせない背景だ。

●まとめ:同時期の人気作と比べて見える『三國志III』の個性

1992年前後は、アドベンチャー、RPG、育成、3Dダンジョンなど、PCゲームのジャンルが多彩に揃い、どれも“濃い時間”を要求する作品が多かった。その中で『三國志III』は、都市運営と人材配置、情報戦と戦争準備を積み上げて統一を目指す、骨太な歴史シミュレーションとして独自の席を守っていた。派手な物語や瞬間芸ではなく、計画と管理で勝つ喜びを提供する一本。だからこそ、同時期の人気作と並べたときに、時代の流行に左右されにくい“長く遊べる標準形”として印象に残りやすい。

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