ペリーヌ物語 ファミリーセレクションDVDボックス [ 鶴ひろみ ]




評価 4.85【原作】:エクトール・アンリ・マロ
【アニメの放送期間】:1978年1月1日~1978年12月31日
【放送話数】:全53話
【放送局】:フジテレビ系列
【関連会社】:日本アニメーション
■ 概要
1978年の一年を通して放送された長編ドラマとしての位置づけ
1978年1月1日から同年12月31日まで、フジテレビ系列の日曜19時30分~20時の“家族団らん枠”で放送された『ペリーヌ物語』は、全53話というボリュームで1年を走り抜けた長編アニメシリーズです。制作は『フランダースの犬』『母をたずねて三千里』『あらいぐまラスカル』などで知られる日本アニメーションで、当時の子ども向けテレビアニメとしては珍しく、ギャグやロボットではなく、人間ドラマをじっくりと描く作品として編成されました。毎週日曜日、ちょうど夕食時や食後のひとときに、家族がテレビの前に集まって物語を見守る――そんな視聴スタイルを前提に作られていたこともあり、テンポはあくまで落ち着いていながら、回を追うごとに少しずつ状況が変化していく“連続ドラマ”色が非常に強いシリーズです。監督は斎藤博と腰繁男、脚本は宮崎晃・加藤盟・佐藤嘉助ら、当時の名作劇場シリーズを支えたスタッフが集結し、キャラクターデザインに関修一、音楽には渡辺岳夫という布陣で、クラシカルで落ち着いた映像世界を構築しました。
世界名作劇場・第4作としての役割
『ペリーヌ物語』は、カルピス(後にハウス食品)提供枠で続いてきた「世界名作劇場」シリーズの第4作にあたります。第1作『フランダースの犬』、第2作『母をたずねて三千里』、第3作『あらいぐまラスカル』と、作品ごとにテーマや舞台を変えながらも、“社会の中で生きる子ども”を真剣に描いてきた流れの延長線上に位置し、本作では「孤独な少女が、自ら働き、考え、人や社会と向き合いながら居場所を獲得していく」という、より社会性の強い物語が展開されます。19世紀末のヨーロッパを舞台にしつつも、視聴者である当時の日本の子どもや親世代が、自分たちの生活や仕事、人間関係について考えさせられるようなエピソードが多く盛り込まれており、“名作劇場”ブランドの中でも特に「大人のドラマ」として記憶されることが多い作品です。文化庁こども向けテレビ用優秀映画作品賞を獲得していることからも、単なる子ども番組の枠を超えて高く評価されたことが分かります。
原作小説『アン・ファミーユ』と物語世界
物語のベースになっているのは、フランス人作家エクトール・アンリ・マロの小説『アン・ファミーユ(En famille)』で、日本では『家なき娘』あるいは『家なき少女』の題で知られています。『家なき子』の“姉妹編”的な位置づけの作品で、原作では、ヨーロッパ各地を巡りながら写真屋として旅暮らしをする家族と、その一人娘が、運命に翻弄されながらも新しい家族と居場所を見出していく過程が描かれます。アニメ版『ペリーヌ物語』は、この原作を尊重しつつ、ペリーヌの心理描写や旅の道のり、彼女が触れ合う人々の日常を丁寧に描き出すことで、19世紀ヨーロッパの生活感や社会背景を視聴者に実感させる構成になっています。石畳の街並み、馬車が走る田舎道、煙突の林立する工場都市などを細やかに描いた背景美術は、単なる“昔話風”ではなく、実在感のある歴史ドラマとしての雰囲気を醸成しており、異国情緒と生活のリアリティが同居する世界観は、他の名作劇場作品とも一味違う魅力になっています。
少女ペリーヌの成長物語としての特色
『ペリーヌ物語』の核となるのは、主人公ペリーヌ・パンダボアヌが、過酷な運命に晒されながらも、自分の足で立ち、働き、考え、選び取っていく“成長物語”であるという点です。旅の途中で父を亡くし、のちには母とも死別し、頼れる親族も財産もほとんど持たない彼女は、視聴者の目から見れば極めて不利なスタートラインに立たされています。しかし、彼女は感情に溺れるのではなく、悲しみや不安を抱えながらもその都度「この状況で自分にできることは何か」を考え、ロバのパリカールとともに写真屋の仕事を手伝い、フランス各地でさまざまな人々と出会い、そこから少しずつ人生の指針を学んでいきます。やがて祖父ビルフランのいるマロクールに到着してからも、素性を隠して工場で働き始める判断力や、言葉の才能を生かして通訳や秘書として信頼を得ていく姿など、単に「不幸な少女が報われる」物語ではなく、苦境の中で自分の生き方を選び取る主人公像が描かれているのが大きな特徴です。「人から愛されるには、まず人を愛しなさい」という母の言葉が、物語全体の道しるべとして繰り返し立ち現れ、視聴者もまたその言葉の意味をペリーヌと一緒に噛みしめていくことになります。
社会性とヒューマンドラマのバランス
本作が他の世界名作劇場作品の中でも異彩を放っているのは、ペリーヌ自身の成長と同時に、「働くこと」「企業と労働者の関係」「貧しさと豊かさ」「民族・階級の違い」など、社会的なテーマを真正面から扱っている点にあります。祖父ビルフランが経営する織物工場を舞台に、経営者と労働者の対立、効率化のための合理化政策、失業の不安、労働環境の改善といった問題が物語の中核として描かれ、ペリーヌはその板挟みになりながらも、双方の立場を理解しようと奮闘します。“子ども向けアニメ”の枠内で、これほどまでに社会構造に踏み込んだ作品は当時としても珍しく、だからこそ視聴する年齢によって受け止め方が大きく変わる作品でもあります。子どもの頃に見たときには、ペリーヌの健気さや旅の厳しさが印象に残り、大人になってから見返すと、ビルフランの孤独や経営者としての苦悩、工場で働く人々の厳しい現実が胸に迫る――そんな二重三重の読み方が可能な構造が、シリーズ全体の“厚み”を生み出しています。物語が進むにつれ、ペリーヌの存在がビルフランや工場全体の空気を変えていく様子も、単なる“お涙頂戴”ではなく、社会の中で一人の人間がどのように影響を与えうるのかという視点で緻密に描かれています。
映像表現と音楽が醸し出す情感
映像面では、ヨーロッパ各地の街並みや自然を描き込んだ背景美術、ペリーヌや周囲の人々のささやかな表情の変化を丁寧に追う作画など、派手さよりも情感を重視した作りが特徴です。旅のシーンでは、季節の移ろいを感じさせる空の色や木々の描写、雨や雪、霧などの気象表現が多用され、ペリーヌの心情と風景が呼応するように画面が構成されています。また、工場のシーンでは、織機の動く音や蒸気、煙突から立ち上る煙、規則正しく並ぶ建物などが、産業革命期の空気をさりげなく伝えます。音楽を担当した渡辺岳夫によるBGMは、フランスの田園を思わせる穏やかな旋律から、緊張感あふれる不協和音の効いた曲まで幅広く用意されており、オープニングテーマ「ペリーヌものがたり」、エンディングテーマ「きまぐれバロン」とともに、作品の雰囲気を決定づける大きな要素になっています。大杉久美子の伸びやかな歌声が、切なさと希望を同時に感じさせる歌詞に乗って流れることで、視聴者は毎回の放送開始前・終了後に、ペリーヌの世界へと気持ちを切り替えることができました。
受賞歴とデジタルリマスターによる再評価
『ペリーヌ物語』は放送当時から高い評価を受け、1978年には文化庁こども向けテレビ用優秀映画作品賞を受賞しました。地味ではあるものの、社会性・物語性・映像美・音楽性のバランスが取れた作品であることが、公的にも認められた形です。その後も、世界名作劇場ファンの間では“通好みの一本”として語り継がれ、VHSやLDを経て、21世紀に入るとDVD-BOXとして全話がパッケージ化されました。さらに2012年にはデジタルリマスター版が制作され、画質をHDクラスへ引き上げた形でのDVD-BOXも発売されています。オリジナルフィルムを元にした高精細な映像では、当時のテレビ放送では分かりづらかった背景の描き込みや色味、細かな動きがより鮮明に確認できるようになり、新たな発見を楽しむファンも少なくありません。こうした再発売やリマスター化は、単に懐かしさを提供するだけでなく、「親子二世代で楽しめる名作」として再評価されるきっかけにもなっており、ペリーヌの物語は放送から数十年を経た今もなお、多くの視聴者の心に静かに息づき続けています。
[anime-1]■ あらすじ・ストーリー
インドから始まる長い旅と、ボスニアでの別れ
物語は、少女ペリーヌがまだ家族とともに「移動写真館」として暮らしていた頃の回想を背景に、すでに父を失ったところから静かに幕を開けます。フランス人の父エドモンと、インド系の血を引く母マリのもとに生まれたペリーヌは、もともと遠いインドの地で育ちましたが、エドモンが仕事のためヨーロッパ各地を巡るうち、一家は旅をしながら生計を立てる生活に入っていきます。カメラと馬車、ロバのパリカール、犬のバロン――ささやかな道具と仲間だけが彼らの財産でした。しかし旅の途中、ボスニアの寒さと過酷な移動がエドモンの体をむしばんでいき、やがて重い病となって床に伏してしまいます。彼は死期を悟ると、妻と娘に「自分の故郷であるフランスのマロクールへ向かい、そこにいる父ビルフランを頼るように」と言い残し、静かにこの世を去ります。父を亡くした悲しみが癒えないまま、マリとペリーヌはエドモンを土に還し、小さな墓の前で手を合わせると、再び馬車を進め、遠いマロクールを目指す長い旅へと踏み出していきます。
ヨーロッパ縦断の旅と、写真師としての日々
エドモンの遺志を胸に、母と娘はロバのパリカールが牽く馬車を家代わりに、ヨーロッパを横断する旅を続けます。彼女たちは村や町に立ち寄ると馬車を停め、そこで簡易の写真館を開いて、その土地の人々の記念写真を撮影していました。当時の写真はまだ特別な贅沢であり、晴れ着を着た家族や仲睦まじい夫婦、兵士の若者たちなどが、少ない小遣いや貯金を持ち寄ってレンズの前に立ちます。ペリーヌはそんな人々に優しく声を掛け、緊張をほぐしながらポーズを整え、マリは慎重にシャッターを切る――母娘は息の合ったコンビとして、しっかりと旅費を稼いでいきます。クロアチアの港町、イタリアのトリエステやベローナ、ミラノといった都市を巡る道のりは、異国情緒あふれる華やかさと同時に、言葉の壁や国境越えの手続き、治安の悪い地域など、多くの不安も抱えていました。そのたびにペリーヌは、覚えたての言葉を使って人々と会話をし、困った状況を切り抜けていきます。彼女の中に芽生えつつある語学の才能や、相手の気持ちを察する感受性の高さが、この時期の旅の中で少しずつ鍛えられていくのです。
アルプス越えと、パリで訪れる第二の悲劇
イタリアを抜け、さらに西へと進んだ一行は、フランスへ最短で向かうために険しいアルプス山脈を越えるルートを選択します。美しい山々の風景は、晴れた日には絵画のように輝きを放ちますが、天候が崩れれば一気に命の危険を伴う試練の場となります。冷たい風、凍てつく雪道、薄い空気――体の弱いマリにとって、連日の移動は過酷そのものだったにもかかわらず、「一日でも早くマロクールに着いて、ペリーヌに安住の場所を与えたい」という一心で、無理を押して歩き続けてしまうのです。やっとの思いでアルプスを越え、フランスにたどり着いた頃には、マリの体調は目に見えて悪化していました。ペリーヌはそれでも希望を捨てず、パリに到着するとシモン荘という下宿屋に身を寄せ、医者を呼び、薬を買うために懸命に働きます。しかし所持金はみるみる減り、馬車を売り、写真機を売り、やがては長い旅をともにしてきたロバ・パリカールさえも手放さざるを得なくなってしまいます。それでもマリの容体は良くならず、やがて彼女は「人から愛されるには、まず人を愛しなさい」という言葉をペリーヌに託し、静かに息を引き取ってしまうのです。父に続いて母までも失い、パリの街角で完全な孤児となったペリーヌは、深い悲しみの中でしばらく立ちすくみますが、シモン荘の人々の支えもあり、やがて再び立ち上がる決意を固めます。
バロンとパリカールとの再会、そしてマロクールへの到達
母の葬儀を終えたペリーヌは、たった一人の肉親である祖父ビルフランに会うため、再び旅支度を整えます。今度の旅は、頼れる家族も馬車もなく、愛犬バロンだけを連れ、徒歩でフランス北部のマロクールを目指す過酷な道のりです。食べ物も十分に手に入らない中、彼女は森で木の実やキノコを採り、村で簡単な仕事をしてはわずかな報酬を得ながら、少しずつ距離を縮めていきます。しかし、疲労と栄養失調、そして病気が重なり、ある時ついにペリーヌは道端で倒れてしまいます。そんな彼女を救ったのが、旅の最初から共にあったロバのパリカールでした。パリカールは売られた先の新しい飼い主ルクリとともに近くを通りかかり、バロンの必死の訴えによってペリーヌの元へ連れてこられます。ルクリは事情を聞くとペリーヌを看病し、再び歩けるようになるまで世話をしてくれます。そうして奇跡的な再会を果たしたペリーヌとパリカール、バロンの三者は、ルクリの助けを得ながらマロクールへと最後の行程を進み、ついに工場の街マロクールの門前にたどり着くのです。しかしそこで彼女は、祖父ビルフランが、自分の母マリを激しく憎んでいること、そして息子エドモンの結婚を許さず、一族から追い出すような形になっていたことを知ってしまいます。「自分は歓迎されるどころか、忌み嫌われる存在かもしれない」という残酷な事実を知ったペリーヌは、その場で自分の名前と素性を明かす勇気を失い、すぐには名乗り出ることができません。
偽名「オーレリィ」としての新しい生活
祖父の心が自分たち親子に対して閉ざされていると知ったペリーヌは、ひとまず身元を隠して街に留まることを決意します。ここで彼女は、「オーレリィ」という名を名乗るようになり、マロクールに住む同年代の少女ロザリーと出会います。ロザリーは、祖父ビルフランが経営するパンダボアヌ(パンダボワヌ)製糸工場で働く若い労働者で、当初は都会から来た見知らぬ少女に警戒心を見せるものの、ペリーヌの誠実さとたくましさに触れるうちに、少しずつ心を開いていきます。ロザリーの計らいで、オーレリィはパンダボアヌ工場で“トロッコ押し”として働くことになります。トロッコ押しとは、原材料や糸を積んだ重い台車を工場内で運ぶ肉体労働であり、少女には過酷な仕事でしたが、ペリーヌは「ここで働くことが、自分の立場を確かめる唯一の方法だ」と受け止め、汗だくになりながら懸命に働きます。やがて彼女は、工場の労働者たちの生活の厳しさや、賃金と労働時間の問題、経営側との距離感など、マロクールという街と工場が抱えるさまざまな現実を目の当たりにすることになります。
工場での昇進と、祖父ビルフランとの出会い
オーレリィとして工場で働く日々の中で、ペリーヌの語学の才能と観察力は徐々に頭角を現していきます。ある日、工場に外国の取引先が視察に訪れた際、通訳役を務めていた人物がうまく意思疎通を図れず、現場は混乱してしまいます。その時、たまたま事情を耳にしたオーレリィが流暢な英語で間に入り、相手の意図と工場側の考えを的確に伝えたことで、その場はうまくおさまります。この出来事がきっかけとなり、彼女は工場内で「言葉の分かる少女」として一目置かれる存在となり、やがて正式に通訳としての仕事を任されるようになります。これがさらなる転機となり、盲目でありながら鋭い経営感覚を持つ工場主ビルフランの耳にも、オーレリィの能力は届きます。直接対面したビルフランは、孫であるとは知らぬまま、彼女の冷静な判断力と人を思いやる言葉づかいに深い印象を受け、「この娘を自分のそばで働かせたい」と考えるようになります。そしてついには、オーレリィを自らの秘書として屋敷に迎え入れる決断を下すのです。こうしてペリーヌは、自分の正体を隠したまま、祖父のすぐそばで働き、その思想や価値観、孤独を間近で感じ取る立場となっていきます。
偽りの名の下で紡がれる、祖父と孫の関係
ビルフランは厳しく冷徹な実業家として知られていましたが、それは同時に、膨大な責任と孤独を抱えて生きてきた結果でもありました。視力を失った彼にとって、世界を知るための窓は人の声と気配であり、その中でオーレリィの柔らかな声と、理性的でありながら温かい物腰は、次第に彼の心を和らげていきます。工場の経営について報告を受けるたび、オーレリィは労働者の立場や暮らしの実情をさりげなく織り交ぜながら話し、ビルフランもまた、彼女の言葉を通して自分の政策の影響を見つめ直すようになっていきます。孫だとは知らないまま、彼はオーレリィに対して深い信頼と愛情を抱き始め、「もっと早く出会っていれば、自分の人生も違っていたかもしれない」とさえ感じるようになります。一方のペリーヌは、自分がまさにその“失われた家族”の一員であることを知っていながら、これまで祖父が母マリや自分に向けてきた憎悪の言葉を思い出し、真実を打ち明けることに踏み出せずにいます。真実を告げれば全てが壊れてしまうかもしれない。それでも、いつかは必ず向き合わなければならない――その葛藤が、物語の中盤から終盤への大きな緊張感となって積み上がっていくのです。
真実の発覚と、家族としての再生へ
物語がクライマックスへと近づく頃、ビルフランは、かつての過ちと真正面から向き合わざるを得ない局面に追い込まれます。自分が追い出した息子エドモンの消息を探らせていた調査の結果が少しずつ明らかになり、ついにエドモンがすでにボスニアで亡くなっている事実を知ることになるのです。そのショックは計り知れず、彼は深い悲しみと後悔に苛まれますが、そのそばには常にオーレリィが付き添い、献身的に看病し、言葉を尽くして支え続けます。やがて、エドモンの乳母であったフランソワーズなど、ビルフランの過去を知る人物たちも物語に関わるようになり、オーレリィの素性に疑問を抱き始めます。彼女の面影や気質が、若き日のエドモンに驚くほど似ていることに気づいた周囲は、少しずつ真相へと近づいていきます。そしてついに、オーレリィこそがエドモンとマリの娘、すなわちビルフランの孫ペリーヌであることが明らかになり、ビルフランは自らがこれまで口にしてきた厳しい言葉を思い出して打ちのめされます。それでも彼は逃げずに責任を受け止め、「彼女に償いたい」「本当の家族としてやり直したい」と強く願うようになり、その第一歩として自身の目の手術に臨みます。孫の顔をこの目で見たい――その想いを叶えるための危険な手術でしたが、彼は命を賭けて挑み、術後、光を取り戻した目に映るのは、涙を浮かべて微笑むペリーヌの姿でした。ここに至ってようやく、偽りの名ではなく、本当の孫として“ペリーヌ”と呼びかけられる日が訪れ、長い旅と試練の果てに、彼女はようやく「帰るべき家」を取り戻すのです。
その後に続いていく、街と人々の未来
ペリーヌとビルフランが家族として向き合うようになった時点で、物語は単に二人の和解だけで終わりません。工場を巡る状況もまた、ペリーヌの提案やビルフランの心境の変化を通じて、少しずつ良い方向に動き出していきます。働く人々のための託児所や宿舎の整備、労働時間や賃金の見直しなど、当時としては先進的な試みが企画され、街全体の空気が変わり始めます。ペリーヌ自身も、ロザリーや工場仲間たちとの関係を大切にしながら、単なる“お金持ちの孫娘”ではなく、自らも仕事に携わる一人の女性として、マロクールの将来に関わっていく姿が描かれます。インドから始まった長い旅路で失ったものは決して小さくありませんが、彼女が出会った人々――シモン荘の面々、ルクリ、ロザリー、工場の労働者たち、そしてビルフラン――との絆が、今度は彼女の“新しい家族”として物語のラストを温かく彩ります。『ペリーヌ物語』のストーリーは、大きな奇跡や魔法によって報われるのではなく、一人の少女の勇気と働き、他者への思いやりが、時間をかけて周囲の心を変えていく過程を丁寧に積み重ねていくことで完結していきます。その静かな余韻は、視聴者に「自分の身近な世界を、少しだけ良くしてみよう」という前向きな気持ちをそっと残してくれるのです。
[anime-2]■ 登場キャラクターについて
ペリーヌ・パンダボアヌ ― 物語を導く芯の強い少女
『ペリーヌ物語』というタイトルが示す通り、この作品全体は13歳ほどの少女ペリーヌ・パンダボアヌの視点で描かれます。インドで生まれ、フランス人の父とインド系の血を引く母の間に生まれた彼女は、旅暮らしの中で文字どおり世界を自分の足で見て、覚えてきた子どもです。公式のキャラクター紹介では「誰にでも愛される女の子」でありながら、「年齢に似合わず芯が強い」と評されますが、まさにその言葉通り、彼女は決して感情だけで動くのではなく、悲しみや不安を胸に抱えつつも“今自分がすべきこと”を冷静に見定めようとするタイプの主人公です。 父母を次々と失い、唯一の財産だった馬車や写真機、ロバのパリカールまで手放した状況であっても、彼女は「泣き続ける」のではなく、「母の遺言を守ってマロクールへ向かう」という目的を見失いません。視聴者の多くが強く印象に残しているのは、シモン荘で母を看取った直後、涙で顔を濡らしながらも、母が残した言葉を繰り返し口にして自分を奮い立たせる場面です。「人から愛されるには、まず人を愛しなさい」という一文は、ペリーヌの人生の指針となるだけでなく、作品世界における“人間関係の基準”としても機能しており、視聴者は彼女が直面する様々な選択を、この言葉と照らし合わせて見守ることになります。工場で“オーレリィ”と名乗り、重いトロッコを押しながら不公平な扱いを受けても、人を恨む言葉をほとんど口にしない姿勢や、祖父ビルフランの冷たい物言いを聞かされても、黙って受け止めながら彼を理解しようとする態度は、決して“我慢強い良い子”という単純な図式ではなく、彼女なりの誇りと覚悟のあらわれです。苦しい状況に置かれたときほど、彼女の表情の中に垣間見える“恐れ”と“希望”が同居したまなざしに心を揺さぶられた視聴者は多く、放送当時から「子どもの頃に見て、自分も強くなりたいと思った」「大人になって見直すと、彼女の決断の重さに驚かされる」といった感想が語られてきました。
マリとエドモン ― 旅立ちの原点となる両親
ペリーヌの人格を形作る上で欠かせないのが、父エドモン・パンダボアヌと母マリです。エドモンは物語冒頭で既に亡くなっており、回想や肖像画、ペリーヌの記憶の中でのみ登場しますが、視聴者は彼がフランスでも有数の大工場を築いた大富豪ビルフランの息子でありながら、父の意向に反してインドで写真師として生きる道を選び、やがてマリと結ばれたという経緯を知ることになります。 “家を飛び出した息子”というと無責任にも聞こえますが、彼が残したのは、経済的な豊かさではなく、“自分の信じる道を選ぶ勇気”であり、それはのちに祖父の屋敷で働くペリーヌにも受け継がれていきます。 一方、マリはインド人とイギリス人のハーフで、穏やかで内気ながらも知的で芯のある女性として描かれます。異国の地での混血児という出自や、キリスト教への改宗によって元のカーストから外されるなど、原作設定ではかなり重い背景を背負った人物ですが、アニメ版ではそれを直接的に語るよりも、旅の途中で見せる態度や、他者への接し方の中に滲ませています。 例えば、ライバルの写真師に機材を盗まれた際も、怒りをぶつけるのではなく、静かに相手を許して立ち去る姿や、貧しい村人たちの依頼にも笑顔で応じる様子から、彼女が“人を愛することを自ら実践している”ことが伝わってきます。ペリーヌが後に、どれほど辛い状況にあっても他人を憎み切れず、むしろ相手の事情を想像してしまうのは、この母の姿を何度も見てきたからこそだと感じさせられる部分です。視聴者の間では「序盤で亡くなるのに、ずっと心に残るヒロインのような母親」「マリが残した言葉だけで一つの物語が作れそう」といった声も多く、彼女の存在が作品全体の“道徳的な支柱”になっていると言っても過言ではありません。
ビルフラン・パンダボアヌ ― 冷酷さと孤独を併せ持つ祖父
最初は“恐ろしい大工場の社長”として名前だけが語られるビルフラン・パンダボアヌは、物語が進むにつれて、単なる悪役ではなく、極めて複雑な孤独を抱えた人物であることが明らかになっていきます。視力を失いながらも、フランス有数の製糸工場を一代で築き上げたやり手の実業家であり、その仕事ぶりは徹底して合理的で妥協がありません。小さなミスも見逃さず、労働者や幹部社員から恐れられる存在である一方で、息子エドモンの行方を弁護士フィリップに探させ続けているなど、家族への執着もにじませています。 しかし、その愛情は非常に歪な形で表れがちで、エドモンの妻であるマリを「息子をたぶらかした女」と決めつけ、会ったこともない孫にも関心を示さないどころか、存在さえ否定するような言葉を平然と口にしてしまいます。視聴者にとって印象的なのは、オーレリィ(ペリーヌ)の前でマリの悪口を繰り返し、彼女を深く傷つけていることにまったく気づかない場面群でしょう。 ところが、オーレリィとしてのペリーヌと日々接することで、彼の中に眠っていた“人を信じたいという気持ち”がゆっくりと目を覚ましていきます。労働者への待遇や工場経営の方針について彼女の意見を聞き入れるようになる過程や、体調を崩した際に見せる弱さ、孫と知らぬままオーレリィを「自分を裏切らない唯一の存在」として信頼し始める姿は、冷酷な経営者像とのギャップも相まって、多くの視聴者の心に深い印象を残しました。ビルフランというキャラクターは、老いと後悔、権力と孤独を体現した存在として、“子ども向けアニメ”の枠を超えたリアリティを持って描かれていると言えるでしょう。
ロザリー、ポール、セザール、マルセル、シモン、セバスチャン ― ペリーヌを取り巻く人間模様
ペリーヌの物語が“旅”から“街での生活”へと移行していく後半パートでは、マロクールの人々との関わりが重要な要素になってきます。その中でも象徴的な存在が、工場で働く少女ロザリーです。ロザリーは、最初こそよそ者のオーレリィに対して警戒心を見せますが、彼女の真面目さと優しさに触れるにつれて、良き友人へと変わっていきます。働く少女としての悩みや恋心、家族の事情など、ロザリーの視点は“工場で生きる普通の若者”の感情を視聴者に伝える役割を果たしており、ペリーヌの特別さを引き立てるだけでなく、マロクールという街のリアリティを補強する存在でもあります。 ポールやセザールといった少年たちは、同僚でありライバルであり、時にはからかい半分にオーレリィにきつく当たることもありますが、彼女が困難に立ち向かう姿を間近で見るうちに、少しずつ態度を変えていきます。視聴者にとっては、“いかにも工場の若者らしいぶっきらぼうさ”と“根っからの悪人ではない素朴さ”が同居したキャラクターたちとして印象に残るでしょう。マルセルやシモンの存在も見逃せません。シモンはパリの下宿屋・シモン荘の主人であり、決して裕福ではないながら、ペリーヌとマリ親子を温かく受け入れてくれる“庶民の代表”のような人物です。彼の人情味溢れる言動や、不器用な優しさは、ペリーヌが心を折らずに前を向くための大切な支えとなり、「世の中は厳しいけれど、必ず手を差し伸べてくれる人もいる」という希望を象徴しています。マロクールの屋敷で働くセバスチャンは、当初は主人ビルフランに忠誠を誓う使用人として、やや冷たく見える態度を取ることもありますが、ペリーヌが秘書として屋敷に出入りするようになると、次第にその誠実さを認め、自分なりのやり方で支えてくれるようになります。立場も年齢も異なるこれらの人物が、ペリーヌの周囲に“人間の輪”を作り上げていることが、作品の温かさを支える大きな要素となっています。
バロンとパリカール ― 言葉を持たない家族として
『ペリーヌ物語』を語るうえで、犬のバロンとロバのパリカールを外すことはできません。彼らは単なるマスコットキャラクターではなく、ペリーヌの旅路を最初から最後まで共に歩んだ“もう一つの家族”として描かれています。バロンは賢く忠実で、時には危険を察知して吠えたり、ペリーヌが倒れた時に助けを呼びに行ったりと、物語上重要な役割を担います。パリカールは無口なロバですが、険しい山道や長い街道を、重い荷物と家族を乗せた馬車を引きながら黙々と歩き続ける姿が、ペリーヌとマリ親子のたくましさと重なり、“支える者の強さ”を象徴しているようにも感じられます。 視聴者の多くが心を打たれたエピソードの一つに、パリで生活が苦しくなったペリーヌが、涙をこらえながらパリカールを手放す場面があります。馬車や写真機を売るのとはまた違う、“言葉を交わせないけれど心で通じ合ってきた相手”を手放す苦しさが画面越しにも伝わり、その後、別の土地で倒れたペリーヌのもとに、ルクリに引かれてパリカールが再び現れる再会の場面では、言葉を持たない動物同士の絆に胸を打たれたという感想が多く聞かれます。彼らは、血のつながりがなくても家族になれること、そして家族がそばにいることの心強さを静かに体現するキャラクターとして、物語全体に優しい色彩を添えています。
街と工場を形作る名もなき人々
ペリーヌやビルフラン、ロザリーといった主要人物以外にも、『ペリーヌ物語』には数多くの脇役たちが登場します。工場の幹部としてビルフランの方針を現場に伝えるテオドールや、パリの下宿人たち、旅の途中で出会う宿屋の主人、親切な農夫、気難しい役人、ライバルの写真師など、それぞれの登場回数は少なくとも、一人ひとりに“人生の背景”が感じられるような描写がなされているのが特徴です。 例えば、工場で改革に反対する保守的な幹部や、変化を恐れつつも生活の苦しさから現状を変えたいと願う労働者たちは、当時のヨーロッパ社会が抱えていた緊張をそのまま映し出していますし、旅先でペリーヌたちを助ける人々の中にも、「余裕はないが、困っている人を見て放っておけない」という素朴な善意が感じられます。こうした“名もなき人々”が画面に映されることで、ペリーヌの旅は単なる主人公一人の冒険物語ではなく、“多くの人々が生きる世界の中を通り抜けていく物語”としての厚みを増していきます。視聴者の中には、「名前も覚えていない脇役の一言に救われた気がした」「どのキャラも、現実にいそうな人たちばかりで他人事に思えなかった」と語る人もおり、本作が長年にわたって支持され続けている理由の一つは、この“群像劇的なキャラクターの厚み”にあると言えるでしょう。
[anime-3]■ 主題歌・挿入歌・キャラソン・イメージソング
オープニング「ペリーヌものがたり」― 旅の始まりを告げる凛としたテーマ
『ペリーヌ物語』の扉を開くのが、オープニングテーマ「ペリーヌものがたり」です。作詞はつかさ圭、作曲は渡辺岳夫、編曲は松山祐士、歌うのは世界名作劇場シリーズではおなじみの大杉久美子という黄金布陣で、落ち着いたメロディと優しい歌声が、作品の雰囲気を一瞬で伝えてくれます。 イントロは激しさとは無縁で、静かに、しかし確かな足取りで進んでいくようなフレーズが特徴的です。まるでペリーヌ一家の馬車が、まだ暗い朝靄のなかを音もなく走り出していく光景を、そのまま音楽に閉じ込めたかのような印象があります。歌詞の内容も、壮大な夢やヒロイックな使命を謳い上げるのではなく、“小さな女の子の目線から見た世界”を淡々と描き、その中にささやかな希望や不安を織り込んでいるのがポイントです。番組を見ていた視聴者の多くは、この主題歌を耳にした瞬間、「ああ、今日はどんな出来事がペリーヌを待っているのだろう」と自然に心の準備が整い、物語の世界へと入り込んでいったはずです。サビで一気にメロディが解き放たれるのではなく、最後まで丁寧に語りかけるように歌いきる構成は、派手なアニソンが主流となる以前の“物語に寄り添う主題歌”の典型であり、後年リリースされたサウンドトラックでも、アルバムの冒頭を飾る“作品の顔”として位置づけられています。
エンディング「きまぐれバロン」― 一日の終わりにそっと寄り添う子守歌
エンディングテーマ「きまぐれバロン」も、作詞・つかさ圭、作曲・渡辺岳夫、編曲・松山祐士、歌・大杉久美子という、オープニングと同じ制作陣による一曲です。 タイトルにある「バロン」はペリーヌの相棒である犬の名前ですが、歌詞をよく味わうと、単に“犬の歌”というよりも、ペリーヌに寄り添い続ける“ささやかな幸せ”の象徴としてバロンを描いていることが分かります。日曜の夜、物語の本編で心を揺さぶられたあとに流れるこのエンディングは、視聴者の感情をそっと受け止めてくれるような、やわらかい余韻を持っています。メロディはオープニングよりも少し軽やかで、サビのフレーズにはどこか口ずさみやすい明るさがありますが、その裏側には、旅や孤独、別れなど、作品に通底するテーマが静かに横たわっているため、ただの“楽しいエンディング曲”にはなっていません。子どもの頃に何気なく耳にしていた人が、大人になって歌詞を改めて読み直すと、「あの時は分からなかったけれど、ペリーヌとバロンの関係をそのまま歌っていたのだ」と気づいて胸が熱くなる、そんなタイプの曲と言えるでしょう。アニメの主題歌ランキングサイトなどでも、「本編のシリアスさをいい意味でほぐしてくれる」「寂しいけれど優しい気持ちになれる」といったコメントが多く寄せられています。
挿入歌「少女の夢」― 色で表現される“明日の幸せ”
『ペリーヌ物語』の挿入歌の中でも特に印象深いのが、「少女の夢」です。作詞はつかさ圭、作曲は渡辺岳夫、編曲は松山祐士、歌は大杉久美子とコーラスのフィーリング・フリー。 歌詞では、ペリーヌの願いが“緑色”“黄金色”“真珠色”の三つの色で象徴されており、それぞれが「明日の幸せ」という一つのテーマに集約されています。ある批評では、「ペリーヌの夢が色彩で表現されることで、視聴者は彼女の心象風景を視覚的に想像しやすくなる」と評されており、実際に聴いていると、草原に寝転ぶ姿、夕焼けの丘に佇む姿、星空の下で祈りを捧げる姿などが自然に頭の中に浮かんできます。 この曲は、物語の中でペリーヌが心の内を見つめ直す場面や、旅の疲れや寂しさを噛みしめるシーンなどで効果的に使われ、視聴者の感情を静かに作品世界へと引き込んでいきました。派手な高音や難しいフレーズはほとんどなく、素朴なメロディラインが淡々と繰り返される構成ですが、それがかえって“日々を一歩ずつ生きていく少女”の姿と重なり、聴くたびにじわじわと心に染み込んでくるタイプの挿入歌です。
「ボンジュール!」と「ロザリーは友だち」― 日常と友情を彩る二つの歌
「ボンジュール!」は、中里綴が作詞を担当し、渡辺岳夫のメロディと松山祐士の編曲、大杉久美子とフィーリング・フリーのコーラスによって、爽やかな朝の空気をそのまま切り取ったような一曲に仕上がっています。 朝露に光る花、鳥のさえずり、森の静けさといったイメージが次々と歌い込まれ、「ひとりでも強く生きていく」というペリーヌの決意と重なる歌詞が、明るい曲調の中にさりげなく織り込まれています。歌の最後に向かって「わたしもつよく生きるわ」と宣言するようなフレーズは、作品を見ていた子どもたちにとって、ちょっとした応援歌のようにも響いたのではないでしょうか。 一方、「ロザリーは友だち」は、そのタイトル通りロザリーとの友情をテーマにした挿入歌です。作詞はつかさ圭、作曲・編曲は引き続き渡辺岳夫・松山祐士コンビ。 ロザリーは、ペリーヌがマロクールで働き始めてから出会う少女で、最初はぎこちない関係だった二人が、やがて互いの孤独や弱さを理解し合う友人へと変わっていく過程が物語の中で丁寧に描かれます。この曲は、そんな二人の距離が少しずつ縮まっていくエピソードに挿入され、歌そのものが“二人の間に流れる空気”を象徴しているような役割を果たしています。メロディは優しく、ほんの少し切なさを含んだ温度感で、聴いているだけで「誰かと笑い合えることのありがたさ」を思い出させてくれます。
「太陽みたいな女の子」― ペリーヌを照らす周囲の視線
「太陽みたいな女の子」は、作詞・中里綴、作曲・渡辺岳夫、編曲・松山祐士、歌はこおろぎ’73による挿入歌です。 これまでの楽曲が主にペリーヌ自身の心情や、彼女の側から見た世界を描いていたのに対し、この曲は“周囲から見たペリーヌ像”をタイトル通りに歌い上げているのが特徴です。辛い境遇にありながらも、弱音を吐かずに前を向こうとする少女は、時に周囲から“明るくて強い子”だと誤解されてしまいますが、歌詞の中では、その強さの裏側にある孤独や涙にもそっと触れられています。太陽は他者を照らす一方で、自分自身は誰にも照らされない――そんなアンバランスさを抱えた存在でもあります。そのニュアンスが、軽やかな合唱と共に表現されているため、明るい曲調なのにどこか切ないという、不思議な感覚を残す一曲となっています。挿入歌ランキングなどでも、「ロザリーは友だち」と並んで人気が高く、作品を象徴する楽曲群の中で重要な位置を占めています。
サウンドトラックとBGMが支える“旅と再生”の物語
これらの主題歌・挿入歌を包み込むかたちで、渡辺岳夫による多数のインストゥルメンタル曲(BGM)が用意されています。旅立ちの高揚感を表現する「旅立ち」や「馬車に乗って」、写真屋として生きる日々を軽快に描く「旅の写真屋」、バロンとの絆を音楽化した「名前はバロン」、別れや喪失の痛みを表現する「父の思い出」「涙をふいて」など、多くのトラックが『世界名作劇場 メモリアル音楽館 ペリーヌ物語』などのアルバムに収録されており、音楽だけをじっくり聴いても物語の情景が次々とよみがえってくる構成になっています。 これらのBGMは、画面上では決して前面に出過ぎることなく、あくまで物語を支える黒子の役割に徹しているのが特徴ですが、だからこそ、ペリーヌがふと立ち止まる瞬間や、ビルフランが一人きりで過去を思い返す場面などで流れる旋律が、視聴者の感情と静かに共鳴します。後年になってサウンドトラックを聴き直したファンの中には、「曲名を見ただけで、その回のエピソードやシーンを思い出して泣きそうになる」と語る人も多く、音楽面からも本作が“長く記憶に残る作品”であることを改めて実感させてくれます。
ネット時代に再評価される『ペリーヌ物語』の音楽
インターネットや音楽配信が普及した現代では、『ペリーヌ物語』の楽曲も、サブスク配信アルバムや動画サイトのプレイリストなどを通じて、放送当時を知らない世代にも届くようになっています。主題歌・挿入歌を扱ったサイトでは、「ボンジュール!」や「ペリーヌものがたり」が視聴回数上位に入り、「ロザリーは友だち」「太陽みたいな女の子」「気まぐれバロン」「少女の夢」も安定した人気を保っていることが確認できます。 コメント欄には、「親に勧められて初めて聴いたが、今のアニメソングにはない素朴さに惹かれた」「歌詞を読むと、作品を見たことがなくても物語の匂いが伝わってくる」といった感想が並び、時代を超えても色褪せない魅力を証明しています。ハデなサビやダンサブルなビートを持たないこれらの曲は、逆に言えば、聴き手の生活のリズムに自然に溶け込む“日常の歌”でもあります。通勤・通学の途中、静かな夜、仕事や家事の合間にふと流してみると、ペリーヌの世界がそっと隣に座っているような感覚を味わえる――そんな距離感が、『ペリーヌ物語』の音楽が今なお多くの人に愛される理由のひとつだと言えるでしょう。
[anime-4]■ 声優について
ペリーヌ役・鶴ひろみ ― デビュー直後に掴んだ“大役”とその説得力
『ペリーヌ物語』の声優陣を語るとき、まず触れずにはいられないのが主人公ペリーヌを演じた鶴ひろみです。本作は彼女にとって本格的な主演作のひとつとされており、まだ新人に近い時期でありながら、53話もの長いシリーズを通してヒロインの成長を演じ切ったことが、のちのキャリアの大きな礎になったといわれます。 その声質は、高すぎず低すぎず、澄んでいるのにどこかハスキーさも含んだ独特の響きで、インド生まれの混血少女という設定のペリーヌに、落ち着いた知性と年相応のあどけなさを同時に与えていました。特に序盤の旅路で見せる、父を失ったばかりの不安や恐怖を押し殺しながらも、母の前では笑顔を見せようとする場面では、声のわずかな震えや息遣いの変化によって、「泣き出してしまいそうな気持ち」と「強くあろうとする意地」の両方が伝わってきます。視聴者の感想でも、「悲惨な状況でもペリーヌが完全にネガティブにならないのは、鶴さんの前向きな声のおかげ」という評価がしばしば書かれており、キャラクター人気と声のイメージが強く結びついていることが分かります。 また、母マリや祖父ビルフランと対話する場面では、その相手に合わせて微妙に話し方が変わります。マリに対しては甘えを残した柔らかいトーン、工場仲間のロザリーやポールには、友達同士ならではの距離感を感じさせるくだけた喋り方、そして「オーレリィ」としてビルフランの秘書を務める時には、声を少し落として敬語を使い、相手の言葉をしっかり受け止めようとする真剣さをにじませます。そうした細かい演じ分けによって、視聴者は「ペリーヌという一人の人間」が、状況に合わせながらも本質は変わらないことを自然に感じ取ることができるのです。のちに『ドラゴンボール』のブルマや『きまぐれオレンジ☆ロード』の鮎川まどかなど、まったくタイプの違うヒロインを多数演じることになる鶴ひろみですが、その柔軟な演技力の“原点”の一部は、このペリーヌ役にすでに現れていると言えるでしょう。
マリ役・池田昌子 ― メーテルとはまた違う“母としての静かな強さ”
ペリーヌの母マリを演じたのは、後に『銀河鉄道999』のメーテル役で広く知られることになる池田昌子です。 端正で透明感のある声は、どこか現実離れした神秘的な雰囲気を持ちつつも、マリというキャラクターでは“地に足のついた優しさ”として表現されています。同じく母親役を多く演じてきた彼女ですが、『ペリーヌ物語』のマリは、「すべてを包み込む理想の母」というより、旅の疲れや不安を抱えながらも、娘の前では弱音をほとんど吐かない“等身大の母親”として描かれます。その微妙なバランスを、池田の演技が見事に支えています。例えば、旅の途中で体調を崩し始めたマリが、ペリーヌに心配をかけまいとして元気に振る舞う場面では、台本上は明るい言葉を選んでいても、声の奥にかすかな倦怠感や息苦しさを感じさせる絶妙なニュアンスが込められています。視聴者は、その“ムリをしている感じ”に気づくからこそ、のちにマリの死を迎えた時、彼女がどれほど自分を削って娘を守ろうとしていたかを痛感し、強い喪失感を覚えるのです。 また、池田自身が『エースをねらえ!』の竜崎麗香(お蝶夫人)やメーテルといった、カリスマ性の高い女性を多く演じてきたため、ファンの間では「高貴で手の届かない女性」というイメージが強い一方、本作のマリは質素な服装をまとい、小さな馬車で各地を回る写真師という生活感あふれる役どころです。そのギャップが逆に魅力となり、「ペリーヌ物語で初めて池田昌子の“母の声”に惚れた」「メーテルの神秘性とは違う温かさがある」といった評価も見られます。
ビルフラン役・巌金四郎と“渋い男たち” ― 老経営者たちの重みを支える声
ペリーヌの祖父であり、大工場を率いるビルフラン・パンダボアヌを演じたのは巌金四郎。渋く低い声と、硬質な響きを持つ口調が、冷徹で容赦のない実業家としての側面と、老いによる弱さ・孤独を同時に感じさせます。 ほとんど目が見えず、人の顔も表情も分からないビルフランは、言葉のみで周囲を掌握しようとする人物ですが、その言葉の重さを増幅させているのが、巌金の“間”の取り方です。短い台詞であっても、発する前にわずかな沈黙を置き、ゆっくりと噛みしめるように発声することで、ビルフランが常に考えを巡らせている知略家であること、そして不用意な感情表現を嫌う性格であることが、自然と伝わってきます。 工場関係の男性陣も豪華で、セザールを演じる石森達幸、テオドールを演じる田中崇(のちの銀河万丈名義)、ファブリ技師役の村山明など、いずれも重厚な芝居に定評のあるベテランたちが揃っています。 彼らが声をあてることで、“工場幹部”という抽象的な存在が、個性を持った人物として画面に立ち上がり、作品全体のリアリティが増しています。例えばセザールの少し皮肉っぽい口調や、テオドールの事なかれ主義的な響きは、脚本上の台詞だけでは伝わりづらいニュアンスを、声優の芝居が補強している好例でしょう。
シモン役・永井一郎と周囲の名脇役たち ― “世界名作劇場”を支える顔ぶれ
パリで出会うシモンじいさんを演じているのは、国民的ベテラン声優である永井一郎です。 彼は『サザエさん』の磯野波平役などで知られていますが、『ペリーヌ物語』では、欲張りで酒好き、金にうるさい一面を持ちながらも、根は情に厚い“面倒見のいいおじいさん”としての魅力を存分に発揮しています。普段はがなり立てるような口調で誰に対してもズケズケ物を言う一方、ペリーヌ親子が本当に困っている時には、声のトーンを少し下げて柔らかく話しかけるなど、声色の変化でキャラクターの心境の変化を細やかに表現しています。ブログやレビューサイトなどでも、「シモンじいさん=永井一郎の声が忘れられない」「厳しいことも言うけれど、最後は優しいおじいちゃんそのもの」といったコメントが見られ、その存在感の大きさがうかがえます。 また、シモン荘の住人である“侯爵夫人”ことカロリーヌ役の市川千恵子、ルクリおばさん役の麻生美代子、ガストン役の加藤精三など、脇を固めるキャスト陣も、世界名作劇場シリーズや当時のTVアニメではおなじみの面々が揃っています。 彼らの芝居は、しばしばコミカルでありながらも、人間の哀歓をとてもさりげない形で滲ませており、子ども向けの作品でありながら、大人が見ても心に残る“生活感”を作り出しています。世界名作劇場という枠組み自体が、同じスタジオ・似たスタッフ・声優陣の組み合わせで続いてきたシリーズですが、『ペリーヌ物語』はその中でも特に、“ベテラン勢による群像劇の妙味”が際立つ一本だと言えるでしょう。
ロザリー役・黒須薫、ポール役・小山渚たち ― 若い世代の声が描く“労働者の青春”
ペリーヌと同年代の若者たち――ロザリー、ポール、セザール(少年側の呼称)、工場の仲間たちを演じるキャストには、当時としては比較的若い声優陣が起用されています。ロザリーを演じる黒須薫は、明るくハキハキとした声の持ち主で、最初はよそ者のオーレリィに対して棘のある態度を見せるものの、やがて友情を育んでいく少女の複雑な心情を、非常にナチュラルな芝居で表現しています。 ポール役の小山渚の声も、少年らしいやんちゃさと、責任感の芽生えを同時に感じさせるトーンで、仲間内での軽口や喧嘩の場面でも、どこか憎めない雰囲気を保っています。工場で働く若者たちは、ペリーヌほどドラマチックな“人生の転機”に直面しているわけではありませんが、日々の仕事や将来への不安、恋愛や友情といった、当時のヨーロッパの労働者階級の若者像を背負った存在です。そのリアリティを生み出しているのは、脚本や演出だけでなく、こうした若い声優たちの瑞々しい演技にも大きく支えられていると言えるでしょう。 DVD解説やキャスト一覧を見ていくと、これらの若手陣が後年、別作品で重要ポジションを務めるようになっていく例も多く、『ペリーヌ物語』が当時のアニメ業界における“声優の登竜門”的な側面を持っていたこともうかがえます。
ナレーション・渋沢詩子 ― “絵本の読み聞かせ”のような語り口
本作の雰囲気作りに大きく貢献している存在として、ナレーションを担当した渋沢詩子の声も忘れてはなりません。 彼女のナレーションは、いわゆるニュース読みのような客観的なトーンではなく、どこか絵本の読み聞かせに近い、柔らかく包み込むような語り口が特徴です。物語の重要な転機――父の死、母との別れ、祖父との再会など――の場面では、ナレーションは最低限の説明にとどまり、視聴者にじっくりと感情を味わわせるための“間”を作る役割に徹しています。また、旅の途中で出会う人々の背景や、当時の社会情勢、工場の仕組みといった、子どもにはやや難しい情報を伝える際にも、難解な言葉を避けて丁寧に言い換えることで、世界名作劇場シリーズが目指してきた“教養と娯楽の両立”をしっかりと支えています。ナレーションの声に安心感があることで、視聴者はペリーヌの身に起こる過酷な出来事も、どこか“物語として見守る距離感”を保ちながら受け止めることができるのです。
世界名作劇場の中で見る『ペリーヌ物語』声優陣の意義
世界名作劇場シリーズ全体を振り返ると、『フランダースの犬』『母をたずねて三千里』『あらいぐまラスカル』など、多くの作品で“実力派の声優を軸にしたキャスティング”が行われてきました。『ペリーヌ物語』も例外ではなく、主人公ペリーヌという若い芽を、池田昌子・永井一郎・麻生美代子・石森達幸・銀河万丈ら豊富なキャリアを持つベテラン陣がしっかりと囲むことで、作品全体の安定感と深みを生み出しています。 さらに、当時としてはまだ新顔だった鶴ひろみを主演に据えたことは、結果的に“次世代のスターダム”へとつながる重要な判断でした。のちに彼女がさまざまな作品で活躍した後に『ペリーヌ物語』を見返した視聴者からは、「有名になってからではなく、若い頃の声をじっくり味わえる貴重な作品」「ペリーヌの中に、後のブルマやまどかの片鱗が見えてくる」といった再評価の声も上がっています。 こうした点を踏まえると、『ペリーヌ物語』の声優陣は、単に一作品のキャストという枠を超え、“昭和アニメを支えた声優たちの縮図”のような存在だと言えるかもしれません。ベテランと若手、主役と脇役、そしてナレーション――それぞれの声が組み合わさることで、19世紀ヨーロッパを舞台にした重厚な人間ドラマが、子どもにも大人にも届く“やわらかい物語”として結晶しているのが、『ペリーヌ物語』における声優たちの最大の功績だと言えるでしょう。
[anime-5]■ 視聴者の感想
子どもの頃に見た世代が語る「日曜夜の思い出」
1978年当時にリアルタイムで視聴していた世代にとって、『ペリーヌ物語』は日曜の夜を象徴する“家族の時間”と重なって記憶されています。夕食を終え、明日からまた学校や仕事が始まるという少し憂うつな時間帯に、世界名作劇場の枠で放送されていた本作は、「一週間の終わりに静かに心を整えてくれる番組」として親しまれていました。再放送で家族全員が揃って視聴し、「何度も泣いてしまった」「親子で号泣した」といった回想も多く、仕事から帰ってきた父親が最初は横目で見ていたのに、後半では一緒になって結末を気にしていた、という微笑ましいエピソードも各所で語られています。 当時の子どもたちは、主人公が親を次々と失い、見知らぬ土地で働きながら生きていくという厳しい展開を、必ずしも言葉として理解していたわけではありません。それでも、ペリーヌが何度つらい目に遭っても笑顔を失わず、人に優しく接し続ける姿を毎週見守ることで、「困っている人には手を差し伸べたい」「自分も頑張ろう」という素朴な感情が育まれていったと振り返る声が多く見られます。大人になった今、「当時はよく分からなかったけれど、自分の考え方の根っこにペリーヌがいる気がする」と気づいたという証言も印象的で、単なる“懐かしアニメ”としてではなく、人生観の一部として本作を位置づけている視聴者が少なくありません。
大人になって見直した時に押し寄せる“別種の涙”
配信サービスやDVDボックスによって、数十年ぶりに『ペリーヌ物語』を見直したという人の感想では、「子どもの頃とは別の意味で泣けた」という表現がよく使われています。幼い頃は、旅の途中で父と母を失う悲しさや、ペリーヌの涙につられて一緒に泣いていた人が多かったのに対し、成人してから改めて見ると、マリの決断の重さやビルフランの後悔、工場で働く人々の生活の厳しさなど、“大人になって初めて実感できる痛み”に胸を締め付けられるようになった、というわけです。とくに、母親となった視聴者が「マリのシーンは、今は直視するのがつらい」「自分ならあの状況で娘に何を残せるだろうかと考えてしまう」と語る例は多く、作品のテーマが“親子の物語”であることを改めて思い知らされます。 また、ペリーヌが祖父に対して自分の正体をなかなか明かせず、オーレリィとして近くにいながら、ずっと距離を取っている中盤以降についても、「若い頃は“早く名乗ればいいのに”と思っていたが、大人になって見直すと、その葛藤がよく分かるようになった」という感想が目立ちます。相手の心の準備や、自分自身の気持ちの整理を待ちながら、慎重にタイミングを見計らう。その逡巡がリアルすぎて、視聴者自身の経験と重なってしまうのです。
“号泣アニメ”でありながら、押し付けがましくない感動
世界名作劇場シリーズは総じて「よく泣ける作品」が多いことで知られていますが、その中でも『ペリーヌ物語』は“感動の連続”として高く評価されています。インターネット上の感想やレビューでは、「一生分の涙を流した気がする」「大団円に向かう終盤のカタルシスがすごい」といった表現が並び、とくにラスト数話でのビルフランとの和解や、手術後に孫の姿を初めて目にする場面は、多くの視聴者にとって忘れがたいクライマックスとして語り継がれています。 しかし、その“泣ける”感動は、安易な悲劇や過剰な演出によって生み出されているわけではありません。あるレビューでは、「勧善懲悪的な場面や道徳的なセリフがあるのに、押し付けがましさを感じさせない」「何度見ても分かっていて泣いてしまう“王道の中毒性”がある」と分析されており、実際に視聴者の多くが、「キャラクターの行動に納得できるからこそ涙が出る」と語っています。 悲しい出来事が起こるたびに、ペリーヌはそれをただ嘆くのではなく、“次にどうするか”を一つずつ選び取っていきます。その積み重ねを丁寧に追いかけてきた視聴者は、ようやく報われるラストに辿り着いたとき、「今までのすべての苦労がここに結びついたのだ」と強く感じるため、自然と涙がこぼれてしまうのです。
派手さはないのに「名作劇場ナンバーワン」と推す声
キャラクターグッズ展開やメディア露出の多さでいえば、『ペリーヌ物語』は『アルプスの少女ハイジ』や『フランダースの犬』ほど世間で知られていないかもしれません。しかし、世界名作劇場ファンを対象にした人気投票やランキング企画では、本作が堂々第1位に選ばれた例もあり、「ドン底から這い上がって幸せを掴むサクセスストーリー」「終盤のカタルシスが抜群」といったコメントが寄せられています。 一方で、「懐かしのアニメ特集などではなかなか取り上げられない」「過小評価されているのではないか」と嘆く声も根強く、派手さこそないけれど、物語構成や人物描写の精度、テーマの重さなどを総合して「名作劇場の中でも屈指」「自分にとっては一番大事な作品」と位置づけるファンが多いのが特徴です。 ある視聴者は、「知名度やキャッチーさでは他の作品に譲るかもしれないが、謙虚で丁寧で誠実な主人公の性格が、それを補って余りある魅力になっている」と述べており、華やかなヒロインではなく、“静かに頑張り続ける少女”を主役に据えたことが、本作ならではの味わいを生み出していると指摘します。 見れば見るほどじわじわ好きになり、「何十年経っても心の中で色褪せない作品」として推薦する声が多いことからも、視聴者との間に築かれた信頼の深さがうかがえます。
海外視聴者が見出した“子ども向けの枠を超えたドラマ性”
『ペリーヌ物語』は日本だけでなく海外でも放送されており、英語圏のアニメレビューサイトやブログでも高い評価を受けています。あるレビュアーは、本作を「子ども向け作品でありながら、死や貧困、労働問題といった重いテーマに真正面から向き合っている」と評し、決して“子どもにショックを与えないように”と安全な描写にとどまろうとしない姿勢を称賛しています。 また、海外レビューで繰り返し指摘されるのが、「悪役らしい悪役がいない」という点です。ペリーヌの旅路を阻むのは、分かりやすい悪人ではなく、偏見や無理解、貧しさや病気といった、現実世界にも存在する“環境そのもの”であり、登場人物たちもそれぞれ欠点や弱さを抱えながら生きている普通の人々として描かれています。そのため、視聴者は「誰かを憎むことでスッキリする」のではなく、「自分ならどう振る舞うだろう」「この人たちは変わることができるだろうか」と、自分自身に問いかけながら物語を追いかけることになります。 海外ファンからは、「ペリーヌの成長物語としてだけでなく、周囲の人々の変化や赦しの物語としても非常に完成度が高い」「“子ども向け番組”の枠を軽々と飛び越えたヒューマンドラマ」といった評価も多く、国や文化を超えて支持される普遍性が、作品の寿命を長くしていることがわかります。
パッケージ・配信での再会が生む“ノスタルジー以上”の価値
DVD-BOXやファミリーセレクションといった映像商品、さらには配信プラットフォームでの提供によって、『ペリーヌ物語』は何度も新しい“再会の機会”を得てきました。通販サイトや動画配信のレビュー欄には、「子どもの頃に見ていたアニメで、とても懐かしい」「家族でまた見直したい」といった声とともに、「今の子どもにもぜひ見せたい」「自分の子どもと一緒に最初から最後まで見た」という感想が多く寄せられています。 単に「あの頃を思い出す」ためのノスタルジー商品に留まらず、“世代を超えて共有したい物語”として選ばれている点が、他の一時的なブームとは違う本作の強みと言えるでしょう。 世界名作劇場の中からどれか一本を選んで子どもに見せたい、という親世代のアンケートやブログ記事でも、『ペリーヌ物語』はしばしば候補として名前が挙がります。その理由として、「努力や思いやりが、すぐには報われなくても必ず意味を持つことを教えてくれる」「勧善懲悪に終わらず、人の心が変わっていく過程がきちんと描かれている」といった点が挙げられており、“教訓的でありながら説教臭くない”バランス感覚が、多くの親にとって安心できるポイントになっているようです。 こうして見ていくと、『ペリーヌ物語』に寄せられた視聴者の感想は、「よく泣いた」「名作だった」という一言では語り尽くせません。子ども時代に受け取った勇気、大人になってから気づく親の思い、海外からの視点による再評価、そして親から子へ伝えたい物語としての位置づけ――それらが折り重なって、この作品は今もなお、多くの人の心の中で静かに生き続けているのです。
[anime-6]■ 好きな場面
ボスニアの小さな墓地 ― 物語の始まりに刻まれた「最初の別れ」
視聴者の心にまず深く刻まれるのは、ボスニアの小さな村でエドモンの葬儀を終える場面です。霧が立ち込める寒々しい丘の上、まだ幼いペリーヌが黒い喪服でもなく、旅の途中のいつもの服装のまま、小さな墓標の前に立ち尽くす姿は、派手な演出があるわけではないのに特別な重みを持っています。周囲には見知らぬ土地の人々が少し離れた場所から静かに見守り、マリは涙を見せまいとするかのように口を固く結び、ただ墓にそっと手を触れるだけ。その後ろでペリーヌが、理解しきれていない「死」という出来事をどう受け止めればいいのか分からないまま、母の袖を掴んでいるという構図が、とても印象的です。この場面が「悲劇的な出来事」としてだけでなく、“ここから二人の長い旅が始まる”プロローグになっているところが、多くのファンにとって忘れられないポイントです。父を失った悲しみを十分に味わう余裕もないまま、ペリーヌとマリは馬車に乗り込んで再び走り出さなければならない。視聴者は、この時点ではまだそれほど二人に愛着を抱いていないにもかかわらず、「こんな小さな女の子に、もうこれ以上の試練が来なければいいのに」と本気で願ってしまうのです。それは、この墓地のシーンが決して大袈裟な涙や叫びではなく、静かな空気の中で“喪失の重さ”を描き切っているからこそ生まれる感情だと言えるでしょう。
シモン荘での最期 ― 「人から愛されるには…」と告げる母のまなざし
ファンの間で屈指の名場面として語られるのが、パリのシモン荘でマリがペリーヌに最期の言葉を残すシーンです。薄暗い小部屋で、痩せ細ったマリがベッドに横たわり、枕元に座るペリーヌの手を握りながら、「人から愛されるには、まず人を愛しなさい」と静かに語りかける瞬間、画面全体から時間の流れがゆっくりになるような感覚さえ覚えます。それまでの話数で、マリがどれほど人に優しく接してきたか、ペリーヌに対してどれほど気丈に振る舞ってきたかを知っている視聴者にとって、この言葉は単なる教訓ではなく、“彼女自身の生き方の結晶”として胸に突き刺さります。ペリーヌが必死に涙をこらえながら「お母さんも一緒にマロクールへ行こうよ」と言い募り、マリが弱々しく微笑みながら「きっと行けるわ」と答えつつも、その目がすでに遠い場所を見ているように描かれる細かい表情の演出も、見る者の心を揺さぶります。そして翌朝、マリの手が静かに力を失い、ペリーヌがようやく声を上げて泣き崩れるカットに繋がったとき、視聴者は「これで本当にひとりになってしまったのだ」という現実に言葉を失ってしまうのです。それでも、この場面が単なる“悲劇のピーク”に終わっていないのは、マリの残した言葉が、その後のペリーヌの行動をずっと支え続けることを、視聴者が知っているからこそ。後半になってペリーヌが、自分を傷つけた相手に対しても憎悪ではなく理解を示そうとする場面に触れるたび、このシモン荘での母子の時間が、静かに胸によみがえるのです。
パリカールとの再会 ― 言葉のない友情が救った命
旅の途中で倒れたペリーヌが、かつて手放してしまったロバのパリカールと再会する場面も、多くの視聴者が「思い出すだけで涙腺が緩む」と語る名シーンです。道端にぐったりと倒れ、バロンさえもどうすることもできずに吠え続ける中、遠くから聞こえてくる蹄の音。画面の端から現れるのは、あのパリカールを引くルクリの姿です。ペリーヌがうっすらと目を開けたとき、視界の片隅に見覚えのある足元が入り、「パリカール…?」と震える声で名前を呼ぶ。その瞬間、ロバはまるで言葉が通じているかのように首を寄せ、鼻先でそっと彼女の頬を触れます。この静かな再会の描写には、再会の喜びと同時に、「一度手放した存在が、それでもなお自分の元へ戻ってきてくれた」という赦しのような温かさが込められています。視聴者にとっても、苦渋の決断でパリカールを売ったペリーヌの姿が強く印象に残っているからこそ、「あの時の別れは、完全な喪失ではなかった」と知ることができるこのシーンは、救いの光のように感じられます。人間同士の関係だけでなく、動物との絆もこんな形で返ってくるのだと示してくれることで、作品全体に流れる“報われなかったものが少しずつ報われていく”流れを象徴する場面になっているのです。
オーレリィとして工場に立つ初日 ― 汗と埃にまみれた一歩
偽名「オーレリィ」を名乗り、パンダボアヌ工場で働き始める初日のエピソードも、ファンの間でひときわ印象に残るシーンとして語られます。巨大な工場の門をくぐるとき、ペリーヌの表情は期待と不安がないまぜになった複雑なもので、視聴者は彼女の胸の内を想像せずにはいられません。彼女に割り当てられた仕事は、原料や糸を載せた重いトロッコを押して工場内を走り回るという、少女の体には厳しすぎるもの。汗と埃にまみれながら、何度も足をもつれさせ、それでも「仕事を失うわけにはいかない」と歯を食いしばって踏ん張る姿は、決して華やかではない“働くことの現実”をまざまざと見せつけてきます。初めは冷たく見えた同僚たちが、彼女の必死さを見て少しずつ態度を和らげ、「ここはこう押した方がいい」「無理するなよ」とさりげなく助言してくれる短いカットも、この場面の魅力です。視聴者は、ペリーヌが自分の立場を守るためだけでなく、周囲と信頼関係を築きながら前へ進もうとしていることを感じ取り、彼女の“第二の旅路”が始まったことを実感します。豪華な演出は何一つありませんが、工場の騒音や機械のリズム、人々のかけ声といった生活の音とともに描かれるこの一日は、「生きるために働く」というテーマをもっとも端的に表現したエピソードとして、多くの人の記憶に刻まれているのです。
ビルフランとの対話 ― 「オーレリィ」と「孫」の狭間で揺れる言葉
物語の中盤から終盤にかけて、オーレリィとしてビルフランの秘書を務めるようになったペリーヌが、盲目の祖父と夜更けに二人きりで語り合う場面も、視聴者から“特別な好きな場面”として多く挙げられます。暖炉の火がゆらめく静かな書斎で、ビルフランは工場の経営や過去の決断について、時に厳しく、時に弱音を混じえながら語り、それをペリーヌが真剣に聞き、時折自分の意見を差し挟む。彼女は自分が孫であることを明かせないまま、あたかも他人として、しかし心のどこかでは“家族として”彼の孤独と向き合っています。視聴者の胸を打つのは、ビルフランがふと漏らす「もしも、息子がまだ生きていたら…」「孫がどこかで幸せに暮らしていてくれればいいが」という独白に対し、ペリーヌが何も言えなくなる沈黙の時間です。彼女は真実を叫びたくなる衝動を抑え込み、代わりに「きっと、どこかであなたのことを想っているはずです」とだけ告げる。その声には、孫としての愛情と、オーレリィとしての立場、その両方が複雑に絡み合った重さが宿っており、視聴者は「これほど残酷で、これほど優しい会話があるだろうか」と感じさせられます。この対話の積み重ねがあるからこそ、やがて真実が明かされた時、二人の関係が単に血のつながりによってではなく、“共に過ごした時間によっても”結ばれていたことが、強く実感できるのです。
手術後の再会 ― 「ペリーヌ」と呼ばれる瞬間
そして多くのファンにとって、作品全体の“ベストシーン”として語られるのが、ビルフランの目の手術が成功し、初めてペリーヌの顔を自分の目で見る場面です。包帯が外される緊張の瞬間、部屋には医師や使用人たちが固唾を呑んで見守る中、ビルフランはほんのわずかに光を取り戻した目をこらし、一番近くに立つ少女の輪郭を必死に追いかけます。「そこにいるのは、オーレリィか?」という問いかけに、ペリーヌはこれまでの“偽名”を捨て、自分の本当の名前を名乗ろうとしますが、声にならない。ようやく勇気を振り絞って「わたしは…ペリーヌです」と告げた瞬間、ビルフランの表情が驚き、悔恨、喜び、あらゆる感情が入り混じったものへと変化していくカットは、何度見ても胸を締めつけます。「ペリーヌ…」と初めて孫の名を口にするその声には、これまで積み重ねてきた後悔と愛情がすべて詰まっており、視聴者も彼女と一緒になって涙を流さずにはいられません。この場面が特別なのは、単に“失われた家族が再会した”というだけでなく、ペリーヌ自身がここに至るまで、どれほど多くのものを手放し、どれほど多くの人に助けられながらここまで来たかを、視聴者が身をもって知っているからです。最初のボスニアの墓地から続く長い旅路が、この一瞬のためにあったのだとさえ思える、作品のすべてが凝縮されたようなシーンだと言えるでしょう。
ささやかな日常の一コマ ― 笑い合う時間が教えてくれるもの
涙を誘う重厚なエピソードだけでなく、日常の些細な場面を“好きなシーン”に挙げる視聴者も少なくありません。シモン荘の食卓で、シモンや下宿人たちが冗談を言い合いながら食事をするところで、ペリーヌが遠慮がちだった笑顔を少しずつ大きくしていく瞬間や、マロクールの工場帰りにロザリーたちと他愛もないおしゃべりを交わしながら橋を渡るシーンなど、物語の本筋から見れば“起伏のない時間”が、視聴者にはかけがえのないものとして心に残っています。大きな試練やドラマが連続する作品だからこそ、こうした「何も起こらないけれど、誰かと一緒にいられるだけで嬉しい時間」がいっそう尊く感じられるのかもしれません。視聴者の中には、「特定の回を覚えているわけではないけれど、薄暗い部屋でペリーヌがロザリーと肩を寄せ合ってパンをかじるシーンの雰囲気が忘れられない」と語る人もいて、その記憶の在り方そのものが、『ペリーヌ物語』が描いてきた“ささやかな幸せ”の象徴のようにも思えます。激しい戦いや魔法は登場しないけれど、誰かの隣で一緒に笑い、明日もまた頑張ろうと思える――そんな、ごく小さな光の瞬間こそが、この作品における真の“好きな場面”なのかもしれません。
[anime-7]■ 好きなキャラクター
やはり主人公・ペリーヌが一番心に残る理由
『ペリーヌ物語』で「好きなキャラクターは?」と尋ねられれば、多くの視聴者がまず挙げるのが主人公ペリーヌ・パンダボアヌです。彼女の魅力は、ただ“かわいい健気な少女”に収まらない、多層的な人間味にあります。父と母を相次いで失い、財産も住まいも失いながら、それでも人への優しさを手放さない。かといって聖人のようにできすぎた存在ではなく、ときには寂しさに耐えきれずに泣いてしまったり、理不尽な大人に対して心の中で反発したりもする――その揺らぎが、視聴者にとってとてもリアルな“同年代の友だち”のように感じられるのです。子どもの頃に見ていた視聴者は、「自分もペリーヌみたいに頑張ろう」と勇気づけられたと語り、大人になってから見直した視聴者は、「こんな状況でも他人を恨まない彼女の強さに頭が下がる」と感じることが多いようです。また、祖父の前で正体を明かせずに葛藤する姿や、オーレリィとして働きながらも工場の人たちを守りたいと考える姿など、“自分の幸せ”と“他人の幸せ”の両方を大切にしようとするところも、ペリーヌの大きな魅力です。好きなキャラとしてペリーヌを挙げるファンの多くが、「強いのにガンコ過ぎず、優しいのに流されない、そのバランスが絶妙」と口を揃えています。
マリ ― 子どもになっても大人になっても心に残る“理想のお母さん”
序盤で亡くなってしまうにもかかわらず、マリを「一番好きなキャラクター」に挙げる視聴者も少なくありません。彼女は、何でも許して甘やかすタイプの母親ではなく、自分も旅の疲れや病の苦しみに苛まれながら、娘にできる限りの未来を残そうとする“覚悟を持った母”として描かれています。視聴者の中には、「子どもの頃は“やさしいお母さん”だと思っていたが、大人になって見ると、その優しさの裏側にどれほどの不安や恐怖を隠していたのかが分かって、胸が苦しくなった」と語る人もいます。マリを好きなキャラクターに挙げる人がよく口にするのは、「弱さを見せるタイミングの上手さ」です。常に完璧ではなく、時にはペリーヌの前で涙をこぼし、それでも最後は娘の将来を第一に考えて決断する――その姿は、視聴者にとってただの理想像ではなく、「自分もいつかこうありたい」と願わせる“憧れに近いリアリティ”を持っています。彼女が残した「人から愛されるには、まず人を愛しなさい」という言葉も含めて、マリというキャラクターは、作品を見終えたあともずっと心の中で生き続ける存在として、多くのファンから愛されています。
ビルフラン ― 嫌いだったはずが、いつの間にか目が離せなくなる老人
初登場時には「冷酷な工場主」「おじいさんのくせに怖すぎる」といった印象が強く、子どもの頃は苦手だったという視聴者も多いビルフラン・パンダボアヌ。しかし物語を最後まで追い、さらに大人になって見直してみると、「実は一番気になるし、一番好きになってしまったキャラ」として名前を挙げる人が少なくありません。彼が長年築き上げてきた工場と富の影には、失明の恐怖や家族との断絶、孤独な老後といった影が付きまとっています。ペリーヌ(オーレリィ)と出会うまでのビルフランは、仕事と責任にしがみつくことで辛うじて自分を保っているような状態ですが、彼女との対話を重ねるうちに、歩みを止めて自分の過去と向き合う覚悟を少しずつ取り戻していきます。その変化を見ていた視聴者は、「最初は嫌な老人だと思っていたのに、いつの間にか“許されてほしい人”になっていた」「不器用すぎるけれど、本当は誰よりも家族を求めていたのだと気づいた」といった感想を抱きます。ビルフランを好きなキャラクターに挙げる人は、“完璧ではない大人の代表”として彼を見ていることが多く、「人は変われるし、取り返しがつかないと思っていたことにも、別の形の償いがある」と教えてくれた存在だと語っています。
ロザリー・ポールたち工場の若者 ― 視聴者と同じ目線で悩む“等身大の仲間”
ペリーヌの工場仲間であるロザリーやポールも、「自分に一番近い」と感じる視聴者が多いキャラクターです。ロザリーは、最初はオーレリィに対してとげとげしく接し、時に意地悪な態度を取ることもありますが、その裏には家族を支えなければならないプレッシャーや、将来への不安、恋心など、若い女の子としての複雑な感情が渦巻いています。彼女を好きな人は、「ロザリーの弱さや嫉妬心まで含めて共感できる」「完璧ではないところが人間らしくて好き」と語ることが多く、とくに女性視聴者から根強い人気を集めています。ポールは、やんちゃで軽口も多い一方、危険な作業を率先して引き受けたり、仲間が理不尽な扱いを受けているときにきちんと怒ることができる“筋の通った少年”として好かれています。子どもの頃に見ていた男の子たちは、「ああいうふうにカッコつけたい」と憧れ、大人になってからは「あの年であそこまで働いて家族を支えているのがすごい」と、別の意味で尊敬の対象になることが多いようです。ペリーヌにとって、この二人は“新しい家族の入口”のような存在であり、視聴者にとっても「もしこの町に自分も住んでいたら、一緒に働いて、時々ケンカして、また仲直りするんだろうな」と想像させてくれる身近なキャラクターとして愛されています。
バロンとパリカール ― 言葉を持たないからこそ伝わる“家族のかたち”
人間のキャラクターに負けないほど人気が高いのが、犬のバロンとロバのパリカールです。バロンは、ペリーヌ親子の旅に常に寄り添い、ときには危険を察知して吠え、彼女が倒れれば助けを呼びに走る忠実な相棒。パリカールは、インドから続く長い旅路で馬車を引き続けた、寡黙で力持ちな“もう一人の家族”です。彼らを好きなキャラクターに挙げる視聴者は、「うまくいかない時でも、バロンがそばにいるだけでペリーヌが孤独じゃなく見えた」「パリカールを手放す回は何度見てもつらいが、再会の場面でいつも号泣してしまう」と語ります。言葉を話さない動物の視線や仕草を通じて、安心や不安、喜びや哀しみがさりげなく表現されているおかげで、視聴者はペリーヌの感情をさらに深く理解できるようになっているとも言えます。特に、パリカールが再びペリーヌの前に現れるエピソードで、「彼もまた、家族の一員として彼女を探していたのだ」と感じた瞬間、単なる“かわいいマスコット”を超えた存在として心に刻まれるのです。
シモン、ルクリ、カロリーヌ夫人…“脇役に推しが多い”作品
『ペリーヌ物語』の特徴として、「脇役を推しキャラにしているファンがとても多い」という点が挙げられます。パリのシモン荘の主人・シモンは、口は悪く欲張りに見えるものの、ペリーヌ親子が本当に困っている時にはさりげなく手を差し伸べる“ツンデレなおじさん”として人気です。「最初はケチなおじいさんかと思ったけれど、最終的には一番信頼できる大人の一人だった」と感じる視聴者も多く、彼のぶっきらぼうな優しさに助けられたと感じる人も少なくありません。ルクリおばさんも、豪快で口調は荒いのに、ペリーヌが倒れたときには全力で介抱し、パリカールを連れてくるなど、行動力と母性を兼ね備えた人物として愛されています。「あんな近所のおばちゃんがいてくれたら心強い」と、ルクリを好きなキャラに挙げる声もよく見られます。さらに、かつての栄華に縋りながら庶民的な下宿で暮らしている“侯爵夫人”カロリーヌは、コミカルな役どころでありながら、時折見せる寂しげな表情や、ペリーヌへの思いやりでファンの心を掴みます。彼女たち“脇役チーム”を推す人たちは、「この作品は主役だけでなく、周りの人の人生にもドラマがあると教えてくれる」と話し、再視聴のたびに新たな発見があると語っています。
“推しが変わっていく”楽しさをくれる作品
おもしろいのは、『ペリーヌ物語』では、視聴する年齢や立場によって「好きなキャラクター」が変わっていくという声が非常に多いことです。子どもの頃はペリーヌやバロンが大好きだった人が、大人になって見直すとマリやビルフラン、シモンに強く感情移入するようになったり、親になってから初めてロザリーや工場の人々の苦労が身に染みたりする。こうした“推しの移り変わり”そのものが、作品の奥行きを物語っています。好きなキャラクターを語ることは、そのまま自分の立場や価値観を振り返ることにもつながり、「昔は憧れていたペリーヌ像が、今は支えになっている」「若い頃は理解できなかったビルフランやマリの気持ちが、今は痛いほど分かる」といった気づきを与えてくれます。『ペリーヌ物語』は、誰か一人のヒーローを祭り上げる物語ではなく、さまざまな人々の弱さと強さが交差する群像劇です。そのなかで、「今の自分にとって一番好きなキャラクターは誰か?」を考えること自体が、作品との新しい対話になっていく――そこにこそ、このアニメの大きな魅力があると言えるでしょう。
[anime-8]■ 関連商品のまとめ
● 映像関連商品 ― 自宅で味わう「世界名作劇場」の余韻
テレビアニメ『ペリーヌ物語』は、世界名作劇場シリーズの中でも家庭用映像ソフトに恵まれた作品のひとつで、VHS・LD期からDVD、さらにはデジタルリマスター版へと、時代に合わせて形を変えながらリリースが続いてきました。放送終了からしばらくして登場したVHSやLD(レーザーディスク)は、全話をきっちりそろえるというより、名場面を中心としたセレクト収録が主流で、今で言う“ベスト盤”的な位置づけでした。特にペリーヌと母マリの旅路を描いた前半部や、マロクールに到着してからの工場パートなど、物語の節目になる回を集めた巻は人気が高く、レンタル店の棚でも常連として並んでいました。後年になると、テレビシリーズ全53話を網羅するDVDが2000年3月から6月にかけて全13巻で発売され、本格的なコレクターズアイテムとして注目を集めます。このDVD版では、当時のフィルム素材をベースにしながら、オープニング映像が16パターン用意され、各話ごとに微妙に異なるOPテロップやスタッフクレジットが貼り付けられているのが特徴です。本放送や再放送では見られなかったバリエーションが含まれており、コアなファンにとっては「どの話にどのOPが付いているか」を確認していくのも楽しみのひとつになりました。その流れをさらに押し進めたのが、2012年に制作されたデジタルリマスター版です。同年12月21日に発売されたDVD-BOXは、HD制作による高精細なマスターをもとに、1080i相当のクオリティで再編集された映像を収録。放送当時のブラウン管テレビではわからなかった背景の描き込みやキャラクターの細かい表情まで見通せるようになり、「ペリーヌの旅路をもう一度最初から味わいたい」という往年のファンにとって決定版ともいえる内容になりました。近年は配信サービスやCS・BSでの再放送もあり、円盤を所有するだけでなく、ストリーミングを通して気軽に視聴できる環境も整いつつあります。劇場版の再編集作品やBSフジで放送された「完結版」と合わせて、複数の切り口で作品世界に触れられる点も映像ソフトまわりの大きな魅力と言えるでしょう。
● 書籍・ノベライズ関連 ― 子ども向け絵本から大人向け文庫まで
『ペリーヌ物語』は、映像だけでなく紙媒体でも幅広く展開されました。アニメ放送と同じ1978年には、子ども向けの絵本スタイルで物語をなぞる「テレビ名作まんが」シリーズが登場し、『ペリーヌ物語1 アルプスをこえて』『ペリーヌ物語2 おとうさんのふるさと』といったタイトルで刊行されています。いずれも朝日ソノラマからの出版で、文章構成と脚色を前田忠、絵を木村光雄が担当。背景美術にはアド・ジュープがクレジットされており、テレビ版とは雰囲気の異なるタッチで描かれたヨーロッパの風景が楽しめます。これらの絵本には、ストーリーを収録したソノシートが付属しており、鶴ひろみによる朗読で物語が進行する「耳で聴くペリーヌ物語」としても楽しめました。放送当時の子どもたちにとっては、テレビの時間以外でも物語の世界に浸れる貴重なアイテムであり、子守唄代わりにソノシートを流していた家庭も少なくなかったと言われます。さらに、「世界名作ものがたり」シリーズの一冊として『ペリーヌ物語』が刊行されている点も見逃せません。著者の花村雅彦は、アニメ脚本を手掛けた宮崎晃のペンネームであり、彼自身がアニメ制作の過程で練り上げた構想をもとに、原作小説『家なき娘(アン・ファミーユ)』の完訳版を参照しつつ一冊の物語として書き下ろしています。この本は後年、文溪堂から「読む世界名作劇場『ペリーヌ物語』」として加筆のうえ再出版され、アニメを見た世代だけでなく、世界名作劇場を知らない若い読者にも読み継がれる作品になりました。加えて、設定資料やインタビューを集めたムック本、関連雑誌の特集号なども複数存在し、とりわけキャラクターデザインを行った関修一や、演出陣の証言を収録した書籍は、アニメ制作の舞台裏に興味のあるファンから高く評価されています。
● 音楽関連 ― LPからCDボックスへ、広がり続ける“ペリーヌ音楽世界”
主題歌「ペリーヌものがたり」やエンディング「きまぐれバロン」、さらに「少女の夢」「ボンジュール!」「ロザリーは友だち」「太陽みたいな女の子」といった挿入歌は、放送当時から高い人気を誇り、単なるアニメソングを超えて“ヨーロッパ旅行に出たくなる音楽”として愛されてきました。レコードとして最初に登場したのは、日本コロムビアから1978年10月に発売されたLP『ペリーヌ物語 うたとおはなし』です。A面には主題歌・挿入歌など計6曲を収録し、B面には全53話をダイジェスト形式で振り返るドラマパートを収録。ドラマ部分はTVシリーズとは異なるアレンジが施されており、マロクールでの人間関係や展開がオリジナル要素を含んでいることから、今では“もうひとつのペリーヌ物語”としてコレクターに注目されています。このLPは1995年にCDとして再発され、レコードプレーヤーを持たない世代にも手に取りやすい形となりました。また、日本アニメーション作品の音楽を横断的に収録したサンプラーCD『日本アニメーション 名作アニメミュージック・サンプラー COLUMBIA YEARS 1975〜1979,1990〜1994』には、TVサイズの主題歌や代表的なBGMが収録されており、「世界名作劇場」のラインナップとまとめて楽しめる構成になっています。決定版と言えるのが、2008年に発売された2枚組CD『世界名作劇場メモリアル音楽館 ペリーヌ物語』です。主題歌・挿入歌はもちろん、未使用楽曲の一部を除くほぼすべてのBGMを網羅した内容で、付属のライナーノーツには全曲解説や制作当時の資料も掲載されています。このアルバムを通して聴くと、物語前半の旅情あふれる旋律から、マロクール編の工場を思わせる重厚なテーマ、そして家族の再会へ向かうクライマックスに至るまで、音楽だけで物語を追体験できる構成になっており、“耳で見るペリーヌ物語”とも言える作品です。
● ホビー・おもちゃ・グッズ類 ― やさしい世界観を切り取ったアイテムたち
ロボットアニメやバトル作品とは違い、『ペリーヌ物語』には巨大メカや派手な変身シーンが登場しないため、いわゆるアクションフィギュア的な玩具は多くありません。しかしその分、作品の穏やかな世界観や旅情を切り取った“生活に溶け込むグッズ”が中心となって展開されました。ペリーヌやロザリー、バロン、パリカールなどをデフォルメした小さなマスコット人形やぬいぐるみ、インテリアとして飾れる置き物タイプのフィギュアなどが代表的な例です。世界名作劇場のブランドロゴとセットでデザインされた陶器マグカップやプレート、ペン立てといった実用品もあり、さりげなく食卓や学習机のそばに“ペリーヌの気配”を置いておけるのが特徴でした。また、ヨーロッパの風景を活かしたジグソーパズルも人気で、アルプス越えの場面やマロクールの町並みを題材にしたイラストを完成させて額装し、インテリアとして飾るファンもいたと言われています。近年になると、世界名作劇場シリーズ全体を扱うグッズ展開の中で『ペリーヌ物語』がラインナップされるケースも増え、トートバッグやポストカードセット、アクリルスタンドなど、現代的なファングッズとして生まれ変わっています。
● ゲーム・ボードゲーム関連 ― “遊び”の中で体感するペリーヌの旅
他の人気アニメのように、家庭用ゲーム機向けの専用ソフトが多数作られた作品ではありませんが、アナログゲームの分野ではいくつかの商品が確認されています。典型的なのが、双六形式のボードゲームやカードを組み合わせたすごろく風ゲームで、マロクールを目指して旅を続けるペリーヌの足跡を、マス目やイベントカードとして再構築した内容になっていました。マスの中には「写真館の仕事で旅費を稼ぐ」「アルプス越えで体力を消耗する」「パリで親切な人に出会う」といったイベントが描かれており、サイコロを振りながら前進・後退を繰り返すことで、自然と物語の要点が頭に残るよう工夫されています。また、世界名作劇場シリーズ全体をテーマにしたファミリー向けボードゲームやカルタの中で、『ペリーヌ物語』のキャラクターや名シーンが一枚として取り上げられることもありました。デジタルゲームの分野では、直接的なテレビゲーム化はほとんど行われていませんが、クイズやパズルを収録したPC用ソフトや学習ソフトに、世界名作劇場枠の一つとしてペリーヌのイラストが登場するケースなど、断片的なコラボレーションは存在します。
● 食玩・文房具・日用品・食品コラボ ― 日常に溶け込む「家なき娘」の世界
昭和後期から平成にかけてのキャラクター商戦において、世界名作劇場シリーズは“女の子向けキャラクター文具”の代表格でもありました。『ペリーヌ物語』も例外ではなく、下敷き・ノート・鉛筆・消しゴム・ペンケースなど、学童向け文房具のラインナップが多数展開されています。ヨーロッパの田園風景や石畳の町並みをバックに、微笑むペリーヌやロザリー、バロンの姿が描かれたデザインは、当時の小学生にとって憧れの“おしゃれ文具”でした。またシールやメモ帳、スケジュール帳なども発売され、友だち同士で交換したり、日記帳に貼ったりといった形で日常生活の中に作品世界が入り込んでいきました。食玩では、ミニシールやミニカードが付いたチョコレートやガム、キャンディなどが販売され、パッケージに印刷されたペリーヌのイラストを大事にとっておく子どもも多かったようです。キャラクター入りのコップやお弁当箱、ハンカチ、ティッシュケースといった日用品も発売され、「学校もお出かけも、どこへ行くにもペリーヌと一緒」という感覚でグッズを身につけられるのが魅力でした。お菓子・食品分野とのコラボ商品も、地域や期間を限定して展開されたとされ、シリアルやスナック菓子、インスタント食品などのパッケージにイラストが使用された例もあります。こうした商品は、一つ一つは小さなものですが、日常の食卓やおやつの時間に作品の記憶を呼び起こしてくれる存在であり、「特別なコレクション」というより“生活の中のペリーヌ”として愛されてきました。
このように『ペリーヌ物語』の関連商品は、映像ソフト・書籍・音楽・グッズ・アナログゲーム・日用品といった多方面に広がりつつも、いずれも作品の持つ素朴さや人間ドラマの温かさを大切にしたラインナップになっています。派手なアクション性こそないものの、静かに長く愛される名作として、世代を越えて手に取られ続けている点が、この作品ならではの特徴と言えるでしょう。
[anime-9]■ オークション・フリマなどの中古市場
● 映像ソフトの中古市場動向 ― VHSからDVD-BOXまでの評価と相場感
近年の中古市場において、『ペリーヌ物語』関連で最も取引数が多く、かつ価格の振れ幅が大きいジャンルが映像ソフトです。まずVHSについて見ると、セル用として発売された単巻ビデオや、レンタル落ち品がヤフオク・フリマアプリに断続的に出品されています。世界名作劇場シリーズ全般に言えることですが、VHSは再生環境の問題から一般視聴目的の需要は減少しており、現在はジャケットのデザインや当時のロゴを楽しむ“パッケージコレクション”的な意味合いが強くなっています。そのため、レンタル落ちのものは1本数百円〜1,000円台前半程度、美品のセル版でも1,000〜2,000円前後での落札が多く、「まとめて◯巻セット」といった出品でも数千円クラスにとどまることが一般的です。一方で、初期に少数しか出回らなかった巻や、ジャケットイラストの人気が高い巻については、コレクター需要から相場がやや上振れし、1本3,000円前後で取引されるケースも見られます。 LD(レーザーディスク)はもともと愛好家向けのメディアで生産数自体が少なかったこともあり、出品頻度は高くないものの、状態の良いものは1枚2,000〜5,000円前後のレンジで落札されることが多い傾向にあります。特にジャケットのイラストが大きく印刷されているため、LDを「大判アート」として壁に飾るコレクターもおり、帯・解説書付きの完品はコレクション用途として評価されやすいです。 本命といえるのはDVD関連で、2000年前後に発売された単巻DVD全13巻と、2012年のデジタルリマスターDVD-BOXが二本柱になっています。単巻DVDはレンタル落ち品が比較的安価で出回っており、1本あたり1,000〜1,500円前後、巻数が揃ったセットでも1万円前後で落札されることが多めです。対して、デジタルリマスター版DVD-BOXは高画質化・全話収録・ブックレットなどの付属品が評価され、出品数は少ないものの状態良好な完品では1セット2万円前後、コンディションによってはそれ以上の値付けがされることもあります。初回限定仕様や帯付き、未開封に近い“ほぼ新品”はプレミア扱いになる場合があり、「今後の再生産が読みにくい箱物アイテム」という点から、長期的に見ても値崩れしにくいカテゴリだといえるでしょう。
● 書籍・絵本・ノベライズの中古事情 ― 絶版品ゆえの“静かな人気”
書籍関連は、派手な高騰こそ少ないものの、じわじわと需要が続いているジャンルです。朝日ソノラマ刊の絵本シリーズ『ペリーヌ物語1 アルプスをこえて』『ペリーヌ物語2 おとうさんのふるさと』などは既に絶版となっており、古書店やネットオークションでのみ入手可能です。ソノシート付きの完品となると出品自体が少なく、盤面に傷のない状態が確認できるものは2,000〜4,000円前後、ジャケットやブックレットの色あせが少ないものはさらに高値をつけられる傾向があります。ソノシート欠品や、カバーに書き込み・蔵書印があるものは、1,000円台〜とやや手頃な価格帯に落ち着き、実際に子どもに読み聞かせをしたい親世代からの需要も見られます。 「世界名作ものがたり」シリーズのハードカバーや、その加筆・再編集版である文溪堂刊『読む世界名作劇場 ペリーヌ物語』などは、ストーリー全体を手元に置いておきたいファンから安定した支持を得ており、ヤフオクやフリマアプリでは1冊1,000〜2,500円前後が相場。学校図書館や公立図書館で長年読まれてきたため、除籍本がまとまって出品されることもあり、その場合は「蔵書印・ラベルあり」を前提にセットで安く入手するチャンスになります。 また、アニメ誌の特集号やムック本など、制作スタッフのインタビューや設定資料を掲載した書籍は、世界名作劇場ファン全体からの横断的な人気があり、『ペリーヌ物語』目当てのコレクターがまとめて確保していくことも珍しくありません。この手の資料系は、内容によっては1冊3,000〜5,000円クラスの値付けになることもあり、「作品別ではなく“日本アニメーション史”の一部として評価されるアイテム」として、中古市場で静かな存在感を放っています。
● 音楽ソフトの評価 ― LP・ソノシート・サントラCDのプレミア事情
音楽ソフトの中古市場では、LPレコードとソノシート、そしてサントラCDの三つがポイントになります。まず、1978年発売のLP『ペリーヌ物語 うたとおはなし』は、帯付き・ジャケット美品・盤面良好という“三拍子揃った状態”であれば、3,000〜6,000円程度のレンジで落札されることが多く、世界名作劇場シリーズのLPの中では中堅〜やや高めのポジションにあります。帯欠品やジャケットヤケ、盤にスレがある場合は2,000円前後まで下がることもありますが、そもそも出品数が多くないため、「欲しい時にちょうど良い価格で見つかるとは限らない」のが実情です。 ソノシート付き絵本や付録レコードは、外観のダメージを気にしつつも「当時の音を体験したい」というファンから根強い人気があり、ペリーヌ関連では2,000〜3,000円前後の落札例がよく見受けられます。ソノシート自体が繊細な素材のため、音飛びや歪みがあるものは価格が抑えられがちですが、「ジャケットやブックレット目当てで購入する」というコレクターもいるため、盤質が多少悪くても一定の需要は存在します。 CDに関しては、『世界名作劇場メモリアル音楽館 ペリーヌ物語』のようなサントラ決定版は特に人気が高く、状態良好なものは定価を上回る価格で取引されることも珍しくありません。ブックレットの欠品やケース割れがない完品であれば5,000円前後、未開封に近い保存状態の良いものはそれ以上のプレミアが付くケースもあります。反対に、再発や廉価版が存在するタイトルや、コンピレーションに曲が収録されている場合は、1,000〜2,000円台の比較的落ち着いた相場となりがちです。出品者によっては「世界名作劇場サントラ○点まとめ売り」として出していることもあり、その中にペリーヌが含まれているセットを狙うのも一つの手です。
● ホビー・グッズ類の人気と“イラストの可愛さ”による差
ホビー・グッズ類は、当時物かどうか・デザインの良し悪し・キャラクターの描かれ方によって、相場が大きく変動します。70〜80年代当時に発売された陶器製マグカップやプレート、ペン立て、貯金箱などは、そもそも生産数がそれほど多くなかったため、状態の良いものが出てくると2,000〜4,000円程度での落札が期待できます。特に、背景まで丁寧に描き込まれたイラストや、世界名作劇場のロゴがしっかり入っているデザインは、シリーズ全体のファンからも注目されやすく、ペリーヌ単独ファン以外の需要も取り込みやすいのがポイントです。 ぬいぐるみ系は、犬のバロンやロバのパリカールをモチーフにしたものが時折出品され、サイズや状態にもよりますが、1体2,000〜5,000円前後のレンジで動くことがあります。布や中綿の経年劣化が避けられないジャンルなだけに、汚れやほつれが少ない“保存状態の良さ”がダイレクトに価格に反映されます。タグ付き・未使用に近い状態であれば、さらに高値を狙える可能性もあります。 最近のグッズに関しては、世界名作劇場全体を扱ったブランドコラボやイベント限定品の中に、ペリーヌがラインナップされる形が増えています。アクリルスタンド、缶バッジ、クリアファイル、トートバッグなどが定番で、発売から間もない時期は定価〜定価プラスα程度の控えめな相場ですが、限定イベント終了後しばらくしてからじわじわと価格が上昇するケースも。特に描き下ろしイラストを使用したグッズは、「この絵柄を押さえておきたい」というファンが多く、セット販売やコンプ狙いの需要もあって、数年スパンで見ると安定した高値で取引される傾向があります。
● 文房具・食玩・日用品 ― 小さなアイテムほど“状態”が価格を左右
文房具や食玩は、一つ一つが手頃な価格帯だったこともあり、当時実際に使ってしまった人が多く、未使用品・美品が意外なレアアイテムとなっています。ペリーヌやバロンが描かれた下敷きやノート、鉛筆・消しゴム、ペンケースなどは、パッケージ付きのデッドストックであれば1点1,500〜3,000円前後、使用感のあるものでも500〜1,000円程度で取引されています。特に、背景にヨーロッパの街並みや自然が描かれた華やかなデザインの下敷きや、表紙と裏表紙で違うイラストが楽しめるノートは人気が高く、複数種類をまとめてコレクションしたいファンも少なくありません。 食玩由来のシールやブロマイドカード、ミニ消しゴムなどは、単体で見ると数百円レベルのものがほとんどですが、複数のキャラクターやバリエーションをセットにした“コンプ系出品”になると、まとめて2,000〜3,000円が付くこともあります。特に保存状態の良いシールは、裏紙の変色や糊面の劣化が少ないことが評価され、「アルバムに入れて鑑賞したい」「当時使ってしまったので、もう一度コレクションし直したい」というニーズに応えるアイテムとなっています。 日用品ジャンルでは、キャラクターコップやお弁当箱、ハンカチ、ランチョンマットなどがオークションで散発的に見られます。プラスチック製お弁当箱は、フタの印刷剥がれや本体の変色が起きやすく、美品は希少なため、状態次第では3,000〜5,000円前後まで上がることがあります。逆に、経年劣化が目立つものは“コレクションの穴埋め用”として1,000円以下で落ち着くケースもあり、「多少の傷みは味わい」と考えるか、「飾って楽しむために極力きれいな状態を」というスタンスかによって、買い手の評価は大きく分かれます。
● 中古市場での「賢い付き合い方」と今後の展望
総じて、『ペリーヌ物語』関連商品は、「一部のプレミア品を除けば、世界名作劇場ファンが手を伸ばしやすい価格帯で推移している」と言えます。超人気作品のように、どのアイテムも軒並み高騰して手が出ない、という状況にはなっておらず、ジャンルや状態を選べば、比較的少ない予算でも“自分だけのペリーヌコレクション”をゆっくり育てていくことができます。逆に、デジタルリマスターDVD-BOXやサントラ決定版CD、当時物の美品グッズなど、今後の再生産や再販が期待しづらいアイテムは、徐々に相場が上がっていく可能性もあり、「欲しい」と思ったタイミングで出品を見かけたら、あまり先送りにしすぎない方が良いかもしれません。 現在はヤフオクに加え、メルカリやラクマといったフリマアプリ、さらには海外オークションサイト経由で逆輸入されるケースも増えており、出品者側・落札者側ともに選択肢は広がっています。検索する際には作品名だけでなく、「世界名作劇場」「Perrine」「Sans Famille」など、原題や英語表記も組み合わせることで、思わぬ掘り出し物に出会えることもあります。 『ペリーヌ物語』は、派手なブームに乗るタイプの作品ではありませんが、その分、中古市場でも“静かに、でも確実に”愛され続けています。オークションやフリマサイトをのぞいてみると、40年以上前のアニメであるにもかかわらず、新しい出品がぽつぽつと現れ、そのたびに誰かが手に取り、また次の持ち主へと渡っていく――そんな循環自体が、この作品が今も多くの人の心の中で生きている証と言えるでしょう。
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評価 4.5



























