『将軍』(パソコンゲーム)

楽天で『MSX』の商品をチェック!

【発売】:日本デクスタ
【対応パソコン】:MSX など
【発売日】:1987年
【ジャンル】:シミュレーションロールプレイングゲーム

■ 概要・詳しい説明

1987年のMSX市場に登場した異色の戦国シミュレーションRPG

1987年に日本デクスタからMSX向けに発売された『将軍』は、日本の戦国時代をイメージした世界を舞台として、一人の人物を操作しながら多数の人間を味方につけ、最終的に「将軍」の地位へ到達することを目指すシミュレーションRPGである。一般的な戦国シミュレーションのように国力、石高、兵力、兵糧、城郭、領土などを細かく管理して全国統一を目指す作品とは方向性が大きく異なり、あくまで「一人の人物がさまざまな人間と関わりながら勢力を形成する」という個人視点のゲームとして構築されているところが最大の特徴である。作品のルーツをたどると、1986年にヴァージン・ゲームズからコモドール64向けに登場した海外作品へ行き着く。さらにその題材にはジェームズ・クラベルの小説『SHŌGUN』を思わせる要素が存在するが、原作小説の物語をそのまま追体験するゲームではない。登場人物の名称や封建時代の日本を連想させる設定を一部取り入れながら、実際のゲーム内容は「多数の人物から主人公を選び、相手を家臣にしながら将軍へ上り詰める」という独自のシステムへ大胆に再構成されている。そのため原作小説を知らない人でも問題なく楽しめる一方、原作を熟知していてもその知識だけで攻略できるものではない。

開始時点で約40人から主人公を選べるという大胆な発想

『将軍』で最も目を引く仕組みの一つが、ゲーム開始時に約40人いる人物の中から好きな一人を主人公として選択できることである。現在のゲームなら複数主人公制やキャラクターセレクトは珍しくないが、1980年代半ばの作品でこれほど多数の人物を最初から操作候補として用意しているのは非常に個性的だった。プレイヤーが選択した一人がその周回における主人公となり、選ばなかった人物たちはゲーム世界の住人として登場する。つまり、一度目のプレイで主人公だった人物が、別の周回では交渉相手、戦闘相手、家臣候補になる可能性がある。この主人公とNPCの役割が固定されていない構造こそ、本作の再プレイ性を高めている重要なポイントである。
人物にはそれぞれ異なる能力や性格傾向が設定されており、誰を選ぶかによって序盤の難易度や進めやすい攻略ルートが変わってくる。武力に優れた人物で強引に戦闘を重ねるのか、それとも扱いの難しい人物から開始して成り上がりの物語を楽しむのかはプレイヤー次第である。ゲーム側から一人の英雄像を押し付けられるのではなく、「誰を歴史の主人公にするか」をプレイヤー自身が決められる。その自由さが『将軍』の世界観を支えている。

1550年から始まる「自分だけの将軍への道」

ゲーム世界は1550年から始まる。日本史では戦国時代の真っただ中にあたる年代であり、中央権力が安定せず、有力者たちがそれぞれの勢力を拡大していた時代を思わせる設定である。しかし本作は史実上の出来事を厳密に再現する歴史シミュレーションではない。特定の合戦を年月通りに再現したり、史実上の武将が史実通りに行動したりすることを重視するのではなく、戦乱の世をイメージした舞台の中でプレイヤーが自由に行動し、「どのようにして将軍になるか」を体験させることに重点が置かれている。
そのため本作の魅力は歴史教科書をゲーム化したような正確さではなく、「もし自分がこの世界の一人として放り込まれたなら、どの人物を味方にして、誰と戦い、どのように権力を手にするのか」というロールプレイ性にある。史実から解放されているからこそ、通常なら将軍とは縁遠そうな人物でも主人公に選び、最終的に最高位へ到達するという大胆な展開が可能になる。

最終目標は「家臣20人」と「3つの巻物」

ゲームクリアへ到達するための大きな条件は、多数の登場人物から20人を家臣として集め、さらに3つの城に関係する重要な巻物を手に入れることである。この二つの条件が、本作のゲーム進行を支える柱となっている。単に敵を全滅させれば終わるわけでもなく、主人公自身が最強になればよいわけでもない。むしろ、多くの人物を自分の配下へ組み込み、必要な重要物を集めることで初めて将軍への資格が整う。
20人という人数設定も絶妙である。全登場人物を家臣にする必要はないため攻略の自由度が残る一方、数人だけ仲間にして終わるほど簡単でもない。結果としてプレイヤーはゲーム世界のかなり広い範囲を探索し、多くの人物と接触することになる。そして「あと何人で20人になる」「巻物はあと一つ」という明確な進行度があることで、終盤には目標へ近づいている手応えも得られる。

相手を倒すのではなく「家臣へ変える」ことが戦闘の意味

本作の戦闘は、一般的なRPGのようにモンスターを倒して経験値やお金を得るだけのものではない。戦闘の先にある最大の目的は、人物との関係を変化させ、自分の家臣として勢力へ加えることである。そのため一勝の価値が非常に大きい。苦労して戦った相手が、勝利後には自分の勢力へ加わる可能性があるため、「敵を排除する」というより「敵を吸収する」という感覚に近い。
この設計によって、戦えば戦うほど世界から敵が消えていくだけではなく、自分の勢力が人間という形で拡大していく。昨日までの強敵が今日は家臣となり、自分が将軍へ近づくための一人として加算される。この変化がプレイヤーへ強い達成感を与える。

相手が戦ってくれないという独特な問題

『将軍』では、すべての人物がプレイヤーからの戦闘要求へ素直に応じるわけではない。人物ごとに戦闘への積極性、いわゆる好戦度に相当する要素があり、戦いたくない相手には普通に接触するだけでは勝負を成立させられない場合がある。ここが本作の特徴であり、同時に初心者が最初につまずきやすい部分でもある。
通常のRPGなら敵に触れれば自動的に戦闘が始まる。しかし『将軍』では「戦闘を成立させること自体が攻略」になる。つまり強いか弱いか以前に、その人物を戦う気にさせる必要があるのである。

武器を敵へ渡して好戦度を高めるという逆転のゲームデザイン

戦いたがらない人物への代表的な対処法が、武器を与えることである。武器を受け取った人物は好戦的になり、これまで戦おうとしなかった相手が勝負へ応じるようになる場合がある。普通のRPGなら武器は自分を強くするために使うものであり、敵になり得る人物へ渡すのは自分を不利にする行為にしか見えない。しかし『将軍』では、その一見不合理な行動が正しい攻略方法になる。
重要なのは攻撃力を上げることではなく、「相手をこちらの望む状態へ変化させること」である。戦闘に応じてくれなければ、どれだけ主人公が強くてもその人物を家臣にする機会は生まれない。そこで一時的に相手を強化する危険を承知で武器を渡し、好戦的にさせてから勝負へ持ち込む。この発想は1980年代のゲームとして非常に独創的であり、本作を象徴する仕組みとなっている。

探索・交渉・戦闘・家臣化を繰り返す基本ループ

ゲーム進行を大まかに整理すると、各地を移動して人物を探し、相手へ接触し、その人物の反応を見ながら行動を選択する。戦えるなら勝負を挑み、戦わないなら武器などを利用して状態を変化させる。勝利後に家臣へ加えることができれば勢力は一人増え、さらに次の人物を探して移動する。そして同時に3つの巻物の入手も進めていく。この「探索→接触→状態変化→戦闘→家臣化」という循環が本作の中心である。
一本道のストーリーではないため、どの人物から攻略するかはプレイヤー次第である。勝ちやすい人物を優先して家臣数を増やすこともできれば、あえて厄介な相手へ早期に挑戦することもできる。巻物を早めに回収してから家臣集めへ集中することも、逆に20人近くまで勢力を整えてから城を巡ることも可能である。

大名を俯瞰するゲームではなく、一人の人間として戦国世界を歩く感覚

同時代の歴史シミュレーションでは、日本地図を上から眺め、各国の兵士や経済を管理する「支配者の視点」が主流だった。それに対して『将軍』は、プレイヤー自身が一人の人物として他の人間へ接触するという感覚が強い。城や国を数字で管理するのではなく、人物との直接的な関わりを中心にゲームを進めるため、「日本全体を操作している」というより「戦国社会を一人で歩き回っている」という印象を受ける。
この違いは非常に大きい。領土が広がったから強くなったのではなく、昨日まで他人だった人物が自分の家臣になったから強くなったと実感できる。勢力拡大が地図の色ではなく人間の人数で表現されるため、通常の戦国ゲームとは異なる達成感がある。

海外から見た日本という独特な世界観

海外で制作された作品を原点としているため、『将軍』には日本メーカーが制作する戦国ゲームとは異なる独特な空気がある。歴史考証や実在武将の細かな逸話を再現する方向ではなく、「将軍」「侍」「城」「巻物」「主従関係」といった海外から見ても分かりやすい日本的要素をゲームルールへ落とし込んでいる。
そのため日本人の視点では多少不思議に感じられる部分もあるが、その違和感も含めて作品の魅力になっている。日本の題材を海外のクリエイターが解釈し、それがMSX版として日本へ逆輸入されたという成立過程そのものが非常に面白い。

1980年代ならではの「説明しすぎない」ゲーム設計

現代のゲームであれば、好戦度、家臣数、巻物の場所、次に行くべき地点などが分かりやすいUIで表示されるだろう。しかし『将軍』では、そのような情報をプレイヤー自身が試行錯誤しながら理解する必要がある。誰が戦いやすいのか、どの人物へ武器を渡せばよいのか、誰を後回しにするべきかといった情報は、実際に遊びながら覚えていく。
この不親切さは現代から見ると欠点になり得るが、同時に「攻略法を自分で発見する楽しさ」も生み出している。最初は意味不明だった人物の反応が、システムを理解した瞬間に意味を持ち始める。その瞬間からゲームは一気に面白くなり、単なる難解な作品から、自分なりの攻略ルートを構築する戦略ゲームへ変化する。

販売本数だけでは評価できない個性派MSX作品

『将軍』は、MSX市場において圧倒的な販売記録を残した国民的ヒット作品として知られているわけではない。具体的な国内累計販売本数についても、現在まで広く確認できる確実な数字は残されていない。そのため誇張して大ヒット作品と位置付けるより、「独特なゲームシステムを持つ個性派作品」と見る方が適切である。
しかし知名度が突出していなくても、本作には後世まで語り継ぎやすい特徴が多い。約40人から主人公を選ぶこと、20人の家臣を集めること、3つの巻物を探すこと、戦ってくれない相手へ武器を渡すことなど、ゲーム内容を短く説明するだけでも他作品との差がはっきりする。こうした「忘れにくさ」が、現在でもレトロゲームファンの間で名前が残っている理由の一つである。

■■■

■ ゲームの魅力・攻略・好きなキャラクター

ゲーム最大の魅力は人間そのものを「勢力」に変えていくところ

『将軍』を遊んで最も面白く感じるのは、主人公自身の数値を上げること以上に、自分の味方となる人物が一人ずつ増えていくことである。通常のRPGではレベルが1上がる、攻撃力が10上がる、強い武器を手に入れるといった数字の変化によって成長を実感する。それに対して『将軍』では、「家臣が一人増えた」という出来事自体が成長になる。しかも家臣となる人物は元々世界の中を歩き回っていたNPCであり、時には自分へ敵対したり、戦闘を拒否したりしていた存在である。その人物が自分の配下になることで、世界の関係性そのものが変わっていく。この感覚は一般的な経験値型RPGとはまったく異なる。
家臣数が5人、10人、15人と増えていくにつれて、「自分の勢力」が目に見える形で成長する。そして20人という条件へ近づくと、単なる人物収集ではなく、本当に将軍へ近づいているような感覚が強くなる。ここに本作ならではの中毒性がある。

第一の攻略法は「勝てる相手から順番に狙う」こと

攻略で最も重要なのは、最初から強そうな相手や難しい人物へこだわらないことである。最終条件は全員を家臣にすることではなく20人を確保することなので、攻略しやすい人物から順番に集める方が合理的である。序盤は自分の主人公と相性が良く、比較的簡単に戦闘を成立させられる人物を探し、確実に家臣数を増やしていく。
この段階で難敵に執着すると、時間や資源を浪費しやすい。とくに戦ってくれない相手へ何度も同じ行動を繰り返しても状況が変わらない場合は、その人物の好戦度や条件を見直すべきである。いったん別の人物を攻略し、準備が整ってから戻る方が効率的である。

第二の攻略法は好戦度を理解すること

本作の攻略を一段深く理解するには、人物が単なる固定敵ではなく、それぞれ異なる性質を持っていることを意識しなければならない。こちらが戦いたくても相手が応じない場合、それはバグでも失敗でもなく、その人物の状態や性格に原因がある可能性が高い。
この仕組みを理解する前は、「なぜ戦闘が始まらないのか」と不満を感じやすい。しかし好戦度の存在を理解すると、「ではどうすれば戦う気にさせられるのか」という発想へ切り替わる。この思考転換こそ、本作攻略の最大の壁であり、同時に面白さを感じ始める瞬間でもある。

第三の攻略法は武器を「交渉道具」として使うこと

戦闘へ応じない人物に対しては、武器を渡して好戦度を上昇させる方法が有効となる。ここで重要なのは、武器を単なる装備品として考えないことである。自分で使えば主人公の戦闘能力へ貢献するが、相手へ渡せばその人物の行動傾向を変化させられる。つまり一つのアイテムが「装備」と「交渉」の二つの意味を持っている。
ただし、武器を渡した相手が以前より危険になる可能性も考慮しなければならない。そのため「戦ってくれさえすれば勝てる」と判断できる人物へ使うのが理想である。自分より明らかに強い相手へ不用意に武器を与えれば、戦闘が成立しても苦戦する可能性がある。

第四の攻略法は20人全員を同じ方法で集めようとしないこと

登場人物が多数存在する以上、全員へ同じ攻略方法を使うのは効率が悪い。すぐ戦ってくれる人物はそのまま勝負し、戦わない人物には別の働きかけを行い、現在の主人公では相性が悪い相手は後回しにする。この柔軟性が重要である。
本作は「全員を完全攻略するゲーム」ではない。必要なのは家臣20人であるため、難しい人物を捨てる判断も攻略の一部となる。これは現代のRPGにありがちなコンプリート志向とは異なり、「目的達成のために必要な相手だけを選ぶ」という戦略性につながっている。

第五の攻略法は巻物を後回しにしすぎないこと

家臣集めが面白いため、プレイ中はどうしても人数を増やすことへ意識が集中しやすい。しかし最終的には3つの巻物も必要になるため、家臣20人を集めた後になって巻物探しへ戻ると移動の無駄が大きくなる。
理想的には、中盤までに家臣を増やしながら城や重要地点にも立ち寄り、巻物の回収を並行して進めることである。攻略ルート上に巻物を回収できる場所があるなら、その時点で済ませておく。終盤には「残り家臣数」と「残り巻物数」を同時に確認しながら動くと、非常に効率的にクリアへ近づける。

初心者向けの安定攻略ルートの考え方

初回プレイでは、まず主人公選択後に近くの人物へ順番に接触し、戦闘へ応じやすい人物を探すことから始める。序盤は家臣を数人確保することを最優先とし、難しい人物に固執しない。次に、戦わない人物を見つけたら記憶しておき、武器などを確保してから再度訪れる。中盤では家臣数を10人前後まで増やしつつ巻物回収を始め、15人を超えた頃から最終条件を意識する。終盤では家臣20人と巻物3つのうち不足している方を優先する。この流れを意識するだけで、目的不明のまま歩き回る失敗を減らせる。

メモを取ることで攻略難度が大きく下がる

『将軍』は紙と鉛筆との相性が非常に良いゲームである。人物名、場所、戦闘への反応、武器を渡した結果、倒しやすさなどをメモしておけば、次回から攻略効率が飛躍的に上がる。当時のパソコンゲームでは攻略ノートを作ること自体が珍しくなく、本作もその文化に非常によく合っている。
「この人物はすぐ戦う」「この人物は武器が必要」「この相手は強いから後回し」「この城で巻物を回収」といった簡単なメモだけでも十分に役立つ。二周目ではその記録をもとに最短ルートを考えられ、初回の手探りとはまったく違った楽しみ方になる。

戦闘は派手ではないが勝利後の意味が大きい

戦闘演出そのものは、現代のRPGと比較すれば非常に簡素である。豪華な必殺技や大規模なアニメーションがあるわけではない。しかし戦闘結果が家臣獲得へ直結するため、一戦一戦の意味は大きい。「勝てば経験値が増える」ではなく、「勝てばこの人物が自分の勢力に入る」という具体的な変化があるからである。
特に何度も苦戦した人物を家臣にできたときの達成感は強く、その人物へ自然と愛着が湧く。強敵だった記憶がそのまま「頼れる家臣」という印象へ反転する。この感情の変化も本作ならではである。

好きなキャラクターが人によって大きく変わる作品

本作には現在のキャラクターゲームのような長大なイベントや大量の台詞はない。しかし、だからこそプレイヤー自身の体験によって好きな人物が変わる。最初に主人公として選んだ人物へ愛着を持つ人もいれば、攻略中になかなか戦ってくれなかった人物を強く覚える人もいる。何度も敗北した強敵を最終的に家臣にできれば、その人物が一番印象深い存在になることもある。
この点では、ゲーム側から「この人物が人気キャラです」と押し付けられるのではなく、プレイヤー自身が物語を作っている。キャラクターへの思い入れがシナリオではなく体験から生まれるのである。

印象に残るのは「強い人物」より「攻略法を教えてくれた人物」

とくに記憶へ残りやすいのが、なかなか戦ってくれない人物である。何度接触しても進展せず困っていたところ、武器を与えることで反応が変わった瞬間、そのNPCは単なるキャラクターではなく、「ゲームシステムを理解させてくれた存在」になる。こうした人物は能力値以上の意味を持つ。
言い換えれば、本作ではNPCそのものがチュートリアルの役割を果たしている。説明画面ではなくゲーム内の反応によってルールを教える方式であり、不親切ではあるが発見したときの印象は強い。

難易度は「高い」のではなく「知らないと難しい」

『将軍』の難易度は、アクション技術や反射神経を要求するタイプとは違う。ルールを知らない初回は非常に難しく感じられるが、仕組みを理解すると大幅に簡単になる「情報依存型」の難易度である。好戦度、武器の使い方、家臣20人、巻物3つといった基本を把握すれば、ゲーム進行はかなり安定する。
そのため初回と二周目では、ほとんど別のゲームのように感じられる。初回は世界を探るアドベンチャー、二周目は効率的なルートを組み立てるシミュレーションとして楽しめる。

必勝法に近いのは自分だけの安定ルートを作ること

本作には一発で何でも解決できる万能裏技より、自分が安定して攻略できる人物順を見つける方が強い。最初に数人の弱い相手を家臣化し、次に中程度の人物へ進み、その途中で巻物を回収する。最後に不足分だけを補う。この順序を自分なりに確立すれば、プレイ時間を大きく短縮できる。
慣れてきたら、効率だけではなく「今回は前回仲間にしなかった人物を20人へ入れる」「苦手な人物を早期に攻略する」といった縛りプレイを加えると再プレイ性が高まる。

本作は「人物収集型戦国シミュレーション」と考えると魅力が分かりやすい

現代的な言葉で『将軍』を表現するなら、「人物収集型の戦国シミュレーションRPG」と呼ぶのが分かりやすい。人物を見つけ、条件を整え、勝負し、家臣へ加える。その繰り返しによって勢力を形成し、最後に将軍へ到達する。この単純なループの中に探索、戦闘、交渉、収集、育成的要素が組み込まれている。
派手さはないが、一つのルールを理解するごとに世界が攻略可能になっていく感覚が強い。そこに本作独自の面白さがある。

■■■

■ 感想・評判・口コミ

最初の感想は「何をするゲームなのか分からない」になりやすい

『将軍』を予備知識なしで遊んだ場合、最初に感じやすいのは戸惑いである。題名だけ見れば大軍を率いて天下統一するゲームを想像しやすい。しかし実際には、一人の人物として他のNPCへ接触し、勝負したり家臣を増やしたりすることが中心となるため、一般的な戦国シミュレーションを期待していた人ほど意外に感じやすい。
さらに人物が必ずしも戦ってくれるわけではないため、システムを知らなければ「ゲームが進まない」と感じることもある。この最初の壁を越えられるかどうかで評価が大きく分かれる作品である。

ルールを理解した瞬間に評価が変わる

最初は不親切に見えた仕組みも、好戦度や武器の使い方を理解すると一気に意味を持つ。「なぜこの人物は戦わないのか」という疑問が、「この人物には武器を渡してみよう」という攻略思考へ変わる。その瞬間、本作は理不尽なゲームから知恵を使うシミュレーションへ変化する。
この「理解した瞬間の面白さ」が、本作を高く評価する人に共通しやすいポイントである。最初からすべて説明される現代作品とは逆に、自分で仕組みを発見することで達成感が生まれる。

高評価になりやすい理由は「似たゲームがほとんどない」こと

『将軍』の長所を語る際、最も大きいのは独自性である。戦国時代を題材とするゲームは数多く存在するが、相手の好戦度を操作し、戦闘へ誘導し、その人物を家臣にして20人集めるという作品は非常に少ない。
そのためゲーム史的に見ても「あのゲームに似ている」と簡単に分類しにくい。RPG、シミュレーション、アドベンチャーの要素を持ちながら、どれか一つだけでは説明できない。この分類しにくさこそ本作の魅力である。

不満点として最も大きいのは情報不足

否定的な感想で挙がりやすいのは、やはり説明不足である。現代なら好戦度が数値で表示されたり、次に必要な条件がクエストログへ記録されたりするところだが、本作ではプレイヤー自身が推測する必要がある。説明書がない中古ソフトで始めれば、何をすればいいのか分からない可能性も高い。
ただし1980年代当時は、説明書を読むこと、ゲーム雑誌で情報を集めること、友人と攻略法を共有することも含めてゲーム体験だった。その時代背景まで考えると、現在ほど異常に不親切だったわけではない。

口コミでは「変だけれど忘れられないゲーム」という評価が似合う

本作を遊んだ人の記憶には、「戦わない相手へ武器を渡すゲーム」「40人くらいから主人公を選べるゲーム」「20人の家臣を集める戦国ゲーム」といった特徴的なイメージが残りやすい。超大作ではなくても、一度遊べば内容を思い出しやすいタイプである。
レトロゲームでは完成度が高い作品だけが記憶されるわけではない。独特な操作や奇妙なシステム、変わった世界観を持つ作品も強烈に残る。『将軍』はその代表例の一つといえる。

キャラクター収集の喜びが意外に強い

現代のプレイヤーから見ると、家臣を集める行為にはキャラクター収集ゲームのような楽しさがある。新しい人物を家臣にするたびに、単なる数字ではなく「この人を手に入れた」という実感があるためだ。
特に攻略が難しかった人物ほど家臣化したときの喜びが大きい。強敵を倒して終わりではなく、その強敵が自分の側へ加わるため、苦労がそのまま愛着へ変わる。これは本作ならではの非常に優れた感情設計である。

海外から見た日本という「ずれ」も現在では魅力

日本人が遊ぶと、世界観や人物像にどこか独特の違和感を覚える部分もある。しかし、それは海外で作られた日本題材作品だからこその味でもある。史実を精密に再現する国産戦国ゲームとは違い、「海外の人が想像した戦国日本」をゲームにした雰囲気がある。
発売当時はその違和感が欠点と受け取られた可能性もあるが、現在ではむしろ文化的に面白い。日本の題材が海外で解釈され、それを日本市場が再輸入した作品として見ると、ゲーム内容だけではない価値が見えてくる。

一度クリアしても主人公を変えると印象が変わる

約40人から主人公を選べることは、口コミ評価でも大きな長所になり得る。一度クリアしたあと、「次は別の人物ならどうなるのか」と試したくなるためである。前回は家臣だった人物を主人公にし、前回の主人公を今度は家臣へするという逆転も楽しめる。
この仕組みによって、同じ世界が複数の物語を持つ。一周だけでは見えなかった人物関係や攻略ルートを発見できるため、容量以上のボリュームを感じさせる。

戦闘の派手さを求める人には向きにくい

一方で、戦闘そのものにアクション性や迫力を求める人には物足りない。戦闘演出は簡素で、華麗な魔法や巨大なボスも存在しない。爽快感だけなら当時のシューティングやアクションゲームの方が上である。
しかし本作の戦闘は、演出より「結果」が重要である。勝った後にその人物を家臣へできるため、一戦の意味が大きい。ここを理解できるかどうかで戦闘への評価も変わってくる。

歴史好きより変わったゲームが好きな人へ向く

『将軍』は史実を深く学びたい人より、変わったルールや試行錯誤を楽しむ人との相性が良い。実在武将の能力比較や有名合戦の再現を楽しみたいなら、他の本格歴史シミュレーションの方が適している。しかし「普通ではないゲームを遊びたい」「NPCの反応を研究する作品が好き」という人には非常に興味深い一本になる。

当時の人気は超大ヒットではなく個性派作品としての支持

販売本数を示す確実な数字が残っていないため、当時の人気を誇張することはできない。少なくとも社会現象級のヒットではなく、MSXの代表的超大作として誰もが知る作品でもなかった。しかし専門誌で紹介され、翌年にはファミコンへも移植されたことから、作品企画として一定の評価や商品価値があったと考えられる。
現在では売上順位よりも、「海外発の戦国シミュレーションRPG」「日本デクスタのMSX作品」「ファミコンにも移植された異色作」という文脈で語られることが多い。

現在遊んだ場合の総合的な感想

現代に初めて遊ぶと、操作性やUI、説明不足など古さを感じる部分は多い。しかし、ゲームの中心にある考え方は意外なほど古びていない。主人公を選び、人間関係を作り、相手の性格を利用し、家臣を集めて勢力を拡大する。この構造は現代のシミュレーションRPGへそのまま応用できる。
むしろ現在の技術でリメイクすれば非常に面白くなる可能性を持つ作品である。粗削りではあるが、アイデア自体には40年近い時間を超えて魅力が残っている。

■■■

■ 当時の宣伝・現在の中古市場など

発売当時はMegaROM採用の本格的なMSXソフトとして展開

MSX版『将軍』は1987年に日本デクスタから発売され、当時の定価は7,800円とされる。MegaROMを使用した作品であり、当時としては安価な小規模ソフトではなく、長く遊ぶことを前提とした本格的なパッケージ作品という位置づけだった。7,800円という価格は学生や子どもが気軽に何本も購入できる金額ではなく、雑誌記事や広告を読み、内容をよく確認してから購入する商品だった。
そのため「約40人から主人公を選べる」「選んだ人物によって展開が変わる」「シミュレーションとRPGを融合したゲーム」といった、一本で何度も遊べることを想像させる特徴は宣伝上の大きな武器になった。

MSX専門誌とパソコン雑誌が最大の宣伝媒体

1987年当時、パソコンゲームの情報を得る中心は専門誌だった。『MSX Magazine』をはじめ、『LOGiN』『マイコンBASICマガジン』などのパソコン関連媒体は、新作情報、広告、ソフトレビュー、攻略記事などを通じてゲームユーザーとメーカーをつないでいた。
『将軍』もMSX関連誌で新作として紹介され、その後も広告掲載が確認される作品である。当時はインターネットも動画サイトも存在しないため、雑誌の数ページが購入判断に与える影響は非常に大きかった。

宣伝では「40人から選べる自由度」が強い売りになった

本作は画面写真だけで面白さを伝えるのが難しいゲームだった。シューティングなら大量の敵や派手な弾、アクションならジャンプや巨大ボスを見せれば内容が伝わる。しかし『将軍』の本質は人物関係と選択にある。そのため広告では、主人公候補が多数存在することや、一人の選択によって展開が変化することを説明する必要があった。
言い換えれば、画面の豪華さではなく「ゲームの仕組み」そのものが広告の主役だったのである。

店頭ではパッケージと説明書が現在以上に重要だった

当時のゲームショップやパソコンショップでは、棚に並んだ箱を見て購入するのが普通だった。パッケージ裏の説明や画面写真を読み、どのような作品なのか想像する時間もゲーム購入体験の一部だった。
特に『将軍』のようにルールが独特なゲームでは説明書の役割が大きい。現在の中古市場で箱・説明書付きが重視されるのはコレクション価値だけが理由ではなく、当時の遊び方を再現するうえでも重要だからである。

販売本数については確実な公式数字が残っていない

現在確認できる情報では、MSX版『将軍』の詳細な国内累計販売本数を断定できる確実な資料は乏しい。そのため「何万本売れた」「MSX市場で何位だった」などと推測で数字を付けるのは避けるべきである。
確実に言えるのは、1987年にMSX版が発売された後、1988年5月27日にヘクトからファミリーコンピュータ版も登場したことである。一機種だけで終わらず家庭用市場へ展開された点から、少なくとも移植に値する企画として評価されていたことは分かる。

ファミコン版によって作品名がより広い層へ届いた

MSX版の翌年に発売されたファミコン版は、パソコンを持っていなかった家庭用ゲームユーザーにも『将軍』を届ける役割を果たした。基本となる「多数の人物から一人を選び、家臣を増やし、巻物を集めて将軍を目指す」という構造を受け継ぎながら、より広い家庭用市場へ移植された。
現在『将軍』というタイトルを中古で探すと、ファミコン版の方が見つかりやすい傾向がある。そのためゲームそのものを試したい人にとっては、ファミコン版が現実的な入口になる場合も多い。

現在の中古市場ではMSX版とファミコン版を分ける必要がある

中古市場を調べる際は、1987年の日本デクスタ製MSX版と、1988年のヘクト製ファミコン版を混同しないことが重要である。同じ『将軍』という名前で出品されるため、検索結果では両者が混在しやすい。
ファミコン版は比較的流通量があり、カートリッジのみなら低価格帯から見つかることもある。箱・説明書付きや美品になると価格は上昇するが、一定数が市場へ出てくるため、長期間探せば入手できる可能性は高い。
一方、MSX版は常時大量に流通するタイトルではなく、専門店、ネットオークション、フリマ、海外コレクター市場などへ断続的に出品される。特に箱・説明書付きの状態良好品は見つけにくく、単純なゲーム価格というよりコレクターズアイテムとして評価される。

中古価格は「売値」ではなく「成立価格」で見るべき

レトロゲーム市場では高額な出品価格だけを見て相場を判断するのは危険である。2万円で出品されていても何か月も売れていなければ、その金額が実勢価格とは限らない。反対に安い商品はすぐ売れて検索から消えるため、高額在庫ばかりが残り「相場が高い」と錯覚することもある。
そのため『将軍』の相場を見る場合も、現在の出品価格だけでなく、過去の落札履歴、付属品、状態、動作確認の有無まで比較する必要がある。

箱・説明書付きかどうかで価値が大きく変化

発売から約40年近く経過しているため、外箱を良好な状態で残しているだけでも価値がある。角潰れ、日焼け、値札跡、破れ、説明書への書き込み、ROMラベルの傷などで価格は大きく変わる。
ゲームを実際に遊ぶだけならROM単体でもよいが、コレクション目的なら完品状態の重要性は高い。さらに実機プレイを考える場合は、ROMの起動だけでなく保存機能などを含めた経年劣化も確認したい。

MSX版の価値は希少性だけでなく作品史にある

MSX版は、日本デクスタ作品、海外ゲームの日本移植、1980年代歴史シミュレーション、MegaROMという複数の収集テーマを持つ。そのため単純に「何本残っているか」だけでなく、ゲーム史資料としての面白さも価値につながる。
海外作品として生まれ、日本へ移植され、さらにファミコンへ展開されたという経歴を一本のMSXカートリッジが物語っているのである。

移植はコモドール64→MSX→ファミコンという珍しい流れ

作品の出発点は1986年のコモドール64版であり、その後1987年に日本デクスタがMSX版を発売、1988年にはヘクトがファミリーコンピュータ版を発売した。日本題材のゲームが海外で制作され、それが日本のパソコンへ戻り、さらに家庭用ゲーム機へ移植されるという流れは非常に興味深い。
通常は国内PCゲームがファミコンへ移植されるケースが多かった時代だけに、本作の経歴は異色である。

現在は大規模な現行機リメイク作品として定着していない

多くの1980年代ゲームが復刻配信されるようになった現在でも、『将軍』は現行ハードで誰でも簡単に購入できる代表的な復刻タイトルとして定着している作品ではない。そのためオリジナルに近い形で体験する場合、現在でも中古実機や当時版の存在意義が大きい。
将来的に正式復刻されれば遊ぶための需要はデジタル版へ移る可能性があるが、オリジナル箱や説明書を含むコレクション価値は別のものとして残るだろう。

現在購入する場合に確認したい事項

購入時には、第一にMSX版かファミコン版かを確認する。第二に箱・説明書の有無、第三にROMやカートリッジの外観、第四に動作確認の有無を見る。MSX版を探す場合は『将軍』だけでなく『SHOGUN』『Shogun』などの表記でも探すと見つけやすい。
とくに高額な完品を購入する場合は、写真で箱の角、背表紙、説明書、ROMラベルなどを細かく確認した方がよい。

現在ではゲームだけでなく1987年の文化そのものを保存するアイテム

当時は店頭に普通に並んでいたゲームソフトでも、数十年後にはその時代を伝える資料になる。『将軍』も同様で、MSXカートリッジ、箱、説明書、雑誌広告などをまとめて見ることで、1987年のパソコンゲーム文化がどのようなものだったのかを知ることができる。
単純な中古価格だけではなく、こうした歴史的文脈まで含めると本作の価値はさらに大きくなる。

■■■

■ 総合的なまとめ

『将軍』は戦国ゲームの常識を別方向から組み立てた作品

1987年のMSX版『将軍』を総合的に見ると、このゲームは「天下統一」という定番テーマを使いながら、その方法を領土ではなく人間関係へ置き換えた作品である。プレイヤーが強くなるだけではなく、多数の人物を自分の配下へ引き入れ、20人の家臣団を完成させることで将軍へ近づいていく。この考え方がゲーム全体を一貫して支えている。
タイトルが『将軍』であることにも意味がある。最強の剣士になるゲームなら自分一人が強ければよい。しかし将軍とは多くの人間を率いる立場である。そのためゲームでも「人を集めること」が勝利条件になる。作品名とシステムが非常に分かりやすく結び付いているのである。

主人公約40人という自由度は現在でも魅力的

ゲーム開始時から多数の人物を選べることは、現在振り返っても大胆である。固定された主人公の物語を鑑賞するのではなく、自分で主人公を決め、その人物を中心に世界を再構築する。別の周回では主人公とNPCの立場が入れ替わり、同じ世界が違った物語へ変化する。
限られた容量で大きな再プレイ性を実現する方法として非常に優秀であり、現在のゲームデザインへ応用しても十分面白い。

家臣20人という条件がゲームのテーマを最後まで支える

20人という目標は、単なる数字以上の意味を持っている。家臣が増えるほど、主人公が個人から支配者へ変わっていくことを実感できる。最初は一人だった主人公が、最終的には多数の人物を従える存在になる。その変化が「将軍になる」というテーマを自然に表現している。
全人物を集める必要がないため自由度も残り、どの20人を選ぶかはプレイヤー次第である。この余白も本作の良さである。

武器を相手へ渡すシステムは本作を象徴するアイデア

戦ってくれない人物へ武器を渡して好戦度を高めるという発想は、現在でも強烈である。敵へ武器を与えるという一見不利な行為が攻略上の正解になるため、一般的なRPGの常識を逆手に取っている。
この仕組み一つだけでも『将軍』が単なる戦国RPGではないことが分かる。アイテムを自分の数値を上げる道具ではなく、他者の行動を変える道具として扱っているところに独自性がある。

欠点はUIや説明不足だが、それが攻略の発見にもつながっている

現代の基準では、情報表示や操作性には明確な古さがある。何をすればよいのか分かりにくく、説明書なしでは序盤から迷う可能性も高い。しかし逆に、ルールを自力で理解したときの喜びは大きい。
すべてが分かりやすく表示される現代作品とは違い、プレイヤー自身がゲームの法則を見つける必要がある。その体験を楽しめる人にとって、本作の不親切さは単なる欠点ではなく魅力にもなる。

コモドール64版は原点、MSX版は日本市場への橋渡し

対応機種ごとの役割を見ると、コモドール64版は作品の基本システムと海外的な日本観を形作った原点である。一方、1987年のMSX版は、その作品を日本のパソコンユーザーへ届けた重要な移植版といえる。
日本を題材にした海外ゲームを、日本のMSXユーザーが日本デクスタの商品として遊ぶという構図そのものが興味深い。MSX版の価値は単に移植の完成度だけではなく、この文化的な橋渡しにある。

ファミコン版は家庭用市場へ作品を広げた存在

1988年のファミコン版は、MSXを所有していないユーザーへ『将軍』を広める役割を果たした。家庭用ゲーム機という環境へ移植されたことで、作品を知った人の範囲も広がった。
現在実機で遊ぶ場合も、ファミコン版の方が中古で見つけやすいため、ゲーム内容を体験する入口になりやすい。一方、1987年当時のMSX文化を含めて体験したいならMSX版の価値が高い。どちらかが完全な上位版というより、それぞれ違う歴史的役割を持つ。

現代向けリメイクと非常に相性が良い基本設計

もし現在『将軍』をリメイクするなら、元のシステムを大きく壊さなくても奥深い作品にできるだろう。40人それぞれに詳細な人間関係、忠誠度、野心、友情、敵対心を設定し、贈り物、説得、買収、婚姻、裏切りなど複数の家臣化方法を追加する。人物同士にも相性を設定し、ある人物を家臣にすると別の人物が敵対するといった展開を加えるだけで、非常に複雑な人間関係シミュレーションになる。
さらに巻物の場所やNPCの行動をランダム化すれば、周回ごとに異なる展開も作れる。元作品が持っていた「人を集めて将軍になる」という核が強いからこそ、現代技術との相性が良いのである。

大ヒットではなくても忘れにくいゲームには理由がある

『将軍』は史上最高売上を誇る作品ではなく、巨大シリーズへ発展したわけでもない。しかし「他作品に似ていない」という大きな武器がある。約40人から主人公を選ぶ、戦わない相手へ武器を渡す、20人を家臣にする、3つの巻物を集める。これだけ特徴を並べれば、遊んだ人が思い出しやすい理由は十分である。
売上本数とは別に、ゲーム史には「アイデアが強いため記憶される作品」が存在する。『将軍』はまさにその一つである。

現在遊ぶなら1980年代ゲームを「解読する」感覚で向き合うと面白い

現代の便利なゲームに慣れた状態で遊ぶと、不親切さやテンポの遅さを感じる可能性は高い。しかし1987年のゲームとして考え、「この限られた容量の中でどのように人物関係を表現したのか」を観察すると非常に面白い。
最初から攻略情報を完全に見てしまうより、少しは自力で人物の反応を試し、システムを発見する方が本作らしい体験を味わえる。分からなくなった部分だけ攻略情報を確認する方法が最も楽しみやすいだろう。

中古市場でもゲームそのものと歴史資料の二つの価値を持つ

現在のMSX版『将軍』には、ゲームとして遊ぶ価値と、1980年代のパソコンゲーム文化を保存する価値の両方がある。特に箱・説明書付きの個体は、当時どのような商品として販売されていたのかを知る資料になる。
ファミコン版なら比較的探しやすいため実プレイ向け、MSX版完品ならコレクションや資料価値まで含めて楽しむという考え方もできる。

最終的な評価は「粗削りだが発想の強さで今も語れる個性派作品」

総合的に評価すると、『将軍』は現代の基準で完璧なゲームとは言いにくい。操作性、説明、情報表示、演出などには時代的な限界があり、万人に薦められる作品でもない。しかしゲームデザインの根本には現在でも通用する独創性がある。
主人公を自由に選び、人間関係を変化させ、相手を戦わせ、勝った人物を家臣へ取り込み、20人の勢力を作り上げ、巻物を集めて将軍となる。この一連の流れには、RPG、シミュレーション、アドベンチャー、人物収集という複数ジャンルの楽しさが自然に組み込まれている。
特に「敵を倒して消すのではなく、味方として吸収する」という仕組みは本作の思想を象徴している。将軍になるために必要なのは一人で最強になることではなく、多くの人間を動かし、自分の勢力としてまとめ上げることなのである。
1987年のMSXゲームとして見れば非常に実験的であり、海外作品を日本市場へ持ち込んだ移植作品としても興味深い。さらにファミコンへ展開されたことで、パソコンゲームと家庭用ゲームの両方に足跡を残した。
派手な名作ではなくても、遊んだ人に「あんな変わったゲームがあった」と思い出させる力がある。『将軍』は、1980年代というゲームのルールがまだ固定されきっていなかった時代だからこそ生まれた、自由な発想と粗削りな魅力を併せ持つシミュレーションRPGであり、現在でもレトロゲーム史の中で振り返る価値のある一本である。

[game-9]

■ 楽天市場で『MSX』の商品を探す♪

現在購入可能な商品はココをクリック!

[game-10]

■ 楽天のリアルタイム売れ筋人気ランキングをチェック♪