『3×3EYES ~三只眼變成~』(パソコンゲーム)

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【発売】:日本クリエイト
【対応パソコン】:PC-9801、FM TOWNS、Windows
【発売日】:1993年
【ジャンル】:アドベンチャーゲーム

[game-ue]

■ 概要

●作品の立ち位置と基本情報

『3×3EYES ~三只眼變成~』は、高田裕三氏の漫画『3×3EYES』の世界観を土台にしつつ、ゲーム独自の筋立てで展開していくアドベンチャーゲームです。発売元は日本クリエイトで、PC-9801版が1993年2月5日、FM TOWNS版が1993年10月6日、そして時代が少し進んだ後にWindows 95版が1996年2月9日に登場しています。原作の雰囲気を借りながらも「ただの追体験」に留まらず、ゲームならではの人物配置と事件構成で一本の長編ストーリーとしてまとめ上げられているのが特徴です。

●“原作準拠”ではなく“原作世界の別章”として設計

このタイトルが面白いのは、原作の名場面を順番に並べ替えていくタイプではなく、原作世界に自然に入り込める新しい導線を用意している点です。プレイヤーは、いきなり「八雲とパイが全部解決してくれる物語」を眺めるのではなく、ゲーム独自の主人公サイドから事件に巻き込まれ、そこから原作側の主要人物たちと交差していく流れで物語が組まれます。原作のファンにとっては“見慣れた世界で初見の事件が起きる”新鮮さがあり、逆にゲームから入る人にとっては“強い個性を持つ原作キャラ”を、物語進行の中で段階的に理解できる構造になっています。

●シナリオ制作の色合いとアニメ的演出の重視

本作は、シナリオ段階からアニメ制作会社(南町奉行所)が関わったとされ、ゲームの画づくりや見せ方にも“アニメっぽい間合い”が意識されています。静止画中心のADVでありながら、表情差分や構図の切り替え、テンポのある演出、そして要所での映像的な見せ方によって、当時のPC用作品としては「アニメを見ている感覚」に寄せた手触りを狙っています。原作の妖艶さ、バトルの緊張感、日常の空気感といった要素を、画面の“芝居”で立ち上げようとしている印象です。

●鍵を握るオリジナルキャラクターの存在

物語の推進力として重要なのが、ゲームオリジナルのキャラクター「スージン・リュウメイ」の存在です。原作キャラだけで組むと、どうしても「原作の強者たちが全部持っていく」構図になりがちですが、スージンのような新規の人物を核に置くことで、事件の入口や感情の引っ掛かりを“ゲーム専用”に作り直せます。結果として、八雲やパイたちが登場しても「原作の再現」ではなく、「この事件に彼らがどう関わるのか」という別の興味が生まれるわけです。声も付いており、当時らしい豪華さや“キャラが生きる感じ”を支える仕掛けになっています。

●アドベンチャーゲームとしての骨格

ジャンルとしては、文章を読み進めながら場面選択・調査・会話を積み重ね、フラグを立てて次の展開へ進むタイプのオーソドックスなADVが基盤です。ただし“読むだけ”で終わらせないために、緊迫パートでは情報の取りこぼしが後の展開に響くような組み方や、人物関係の理解が攻略の助けになるような設計が見られます。いわゆる“コマンド総当たり”になりやすい時代の作りでもありますが、世界観の吸引力と演出の熱量で押し切るタイプのタイトルと言えます。

●世界観の味付け:妖魔・伝奇・旅情が混ざる温度

『3×3EYES』の持ち味である伝奇的な空気、妖魔との戦い、異国情緒、そして時折挟まる人間臭い感情の揺れ――本作はそれらを“ゲームの章立て”として再配置しています。派手な戦いが物語の主役になる一方で、事件の裏にある欲望や恐れ、守りたいものの輪郭を丁寧に積み上げ、ただの怪異退治では終わらない読み味を狙っている作りです。原作のファンが期待する「不気味さ」「神秘性」「切なさ」を、シーン単位で取り出して並べ直す感覚に近く、だからこそ完全オリジナルでも“3×3EYESらしさ”が残ります。

●対応機種ごとの“同じ物語、違う体験”の入口

PC-9801版は、当時のPCゲームらしい“画面と文章で引っ張る”基準形として成立しており、読み進めるテンポや操作感に時代の匂いが色濃く出ます。FM TOWNS版はCD-ROM文化の強みを活かして、音声や音響面のリッチさが体験の印象を強めやすい土壌があります。さらにWindows 95版は、同じタイトル名でありながら、当時のPC環境の変化に合わせて遊びやすさや演出の受け取り方が変わり、同一作品でも“触った感覚”が別物になりやすいのがポイントです。ストーリーそのものに興味がある人はどの版でも入り口になりますが、体験の厚みや没入の仕方は環境に左右されやすく、機種選びが作品の印象を動かします。

●シリーズ(および関連展開)への足場としての価値

本作は、原作の巨大な物語を“ゲームで一回分の山場”として整理し、ゲーム独自の人物と事件で成立させたことで、後続の関連作品へ繋がる“もう一つの足場”になっています。原作ファンにとっては「知っている世界で新しい事件が起きる」という楽しみが核になり、当時のPCゲーム文化に触れてきた層にとっては、アニメ調演出とキャラ性の強さが“読ませるADV”としての魅力になります。つまり本作は、原作の代替ではなく、原作世界を別角度から照らすスピンオフ的な体験として位置づけると、一番しっくりくるタイプの作品です。

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■ ゲームの魅力とは?

●“原作ファン向け”と“初見向け”を同時に成立させる作り

『3×3EYES ~三只眼變成~』の魅力を語るとき、まず触れたいのは「原作の空気を知っている人ほど嬉しいのに、知らなくても置いていかれにくい」という両立です。原作ファンは、世界観の骨格(妖魔・不死・術・異国の伝奇性)に触れた瞬間に“帰ってきた感じ”を得られます。一方で本作は、完全オリジナルの事件とオリジナルキャラを軸に据えることで、プレイヤーが世界観の入口を掴みやすい流れになっています。原作主要キャラが登場しても、いきなり固有名詞の洪水で押しつぶすのではなく、「事件の渦の中で彼らがどう振る舞うか」を通して理解できるように組み直されているのが上手いところです。

●アドベンチャーゲームならではの“読ませ方”が強い

この時代のPC用ADVの醍醐味は、文章と画面の組み合わせで“想像の余白”を広く取れる点にあります。本作もその強みを活かし、妖しさや不穏さを「全部見せる」より「気配として漂わせる」方向で緊張感を作ります。怪異の正体を一気に暴くより、違和感の積み重ねでプレイヤーの不安を育て、ある場面で一気に輪郭を与える。こうした“読み進めるほど引っ掛かりが増える”構成が、伝奇ものと相性抜群です。結果として、プレイヤーは単なる選択肢の処理ではなく、「この世界の理屈を理解すること」自体を娯楽として味わえるようになります。

●アニメ的演出への寄せ方が、当時としては贅沢

本作は、画面上の演技や間合いが“アニメを意識している”のが分かりやすいタイプです。表情差分や構図の切り替え、緊迫シーンでのテンポの作り方、セリフの置き方などが「キャラが呼吸しているように見える」方向で設計されています。ADVは静止画主体になりやすいぶん、演出が弱いと淡々とした読み物になりがちですが、本作はそこを“見せ場の密度”で補っています。特に、恐怖や怒り、葛藤のような強い感情が出る場面ほど、画面の情報量が増え、テキストと視覚の噛み合わせで臨場感を上げてくる点が魅力です。

●声とキャラクター性が、物語の推進力になる

当時のPCゲームで声が入ること自体が、作品の格を押し上げる要素でした。本作では、オリジナルキャラを含めたキャラクターの存在感が“物語を引っ張るエンジン”になっています。特に、オリジナルキャラが単なる賑やかしではなく、事件の核心に関わることで、プレイヤーの興味が「次に何が起きるか」へ自然に移っていきます。原作キャラが持つ圧倒的な個性に、オリジナル側の視点や事情が混ざることで、同じ世界でも別の温度が生まれる。ここが“完全オリジナルシナリオ”の強みであり、シリーズ物ゲームとしての価値を支えています。

●“怪異の怖さ”と“人間ドラマ”の割合がちょうどいい

『3×3EYES』の魅力は、妖魔や術の派手さだけではなく、「人間側の弱さや執着」が怪異を呼び込む構造にもあります。本作もそこを丁寧に拾い、単なるモンスター退治にせず、事件の背景に人間的な理由を忍ばせます。誰かを守りたい、失いたくない、認められたい、恐れから目を逸らしたい――そういった感情が、妖しさのトリガーとして機能するため、プレイヤーは“敵を倒したら終わり”ではなく、“なぜこうなったのか”を追いかける面白さに引き込まれます。結果として、怖さと切なさが同居する、原作らしい余韻が残ります。

●探索と会話が“推理のような快感”を生む

ADVの魅力は、手がかりを拾って頭の中でつなげる瞬間にあります。本作も、場面移動や調査、人物への聞き込みによって情報を組み立て、事件の像を整えていく楽しみが強いです。しかも伝奇ものなので、手がかりが「現実的な証拠」だけでなく、「術の痕跡」「異常な風習」「不自然な沈黙」といった形で現れます。プレイヤーは、普通の推理ゲームとは違う論理で世界を読み解く必要があり、それが新鮮な知的快感になります。「この世界では何が“あり得る”のか」を理解するほど、推理の精度も上がり、物語への没入も深まっていきます。

●“原作キャラの強さ”が、ゲームならではの安心感になる

伝奇ホラーは不安を煽る一方で、プレイヤーが精神的に疲れやすいジャンルでもあります。そこで効いてくるのが、原作キャラの存在です。八雲の粘り強さや、パイの神秘性、周囲のキャラが持つ“只者ではない雰囲気”が、物語の暗さに対するカウンターとして働きます。プレイヤーは「怖いけど、この世界には頼れる軸がある」という感覚を持てるため、ストレスではなく緊張として怖さを楽しめる。これはシリーズ物の強みで、オリジナル事件であっても“世界の重心”がぶれにくい理由になっています。

●機種ごとの体験差が“魅力の受け取り方”を変える

同じ物語でも、体験の印象は環境で変わります。PC-9801版は当時のPCゲームらしい手触りで、文章を読み込む“没入”が強く出やすい。FM TOWNS版は音や演出の厚みで“映像作品っぽい”気分が増し、キャラの存在感がより立ち上がる。Windows 95版は、遊びやすさや環境の安定性が増して“作品としての見通し”が良くなることが多い。つまり本作は、同じ魅力を別の角度から味わえる可能性があり、「どの版で触れたか」がそのまま作品評価の個性になりやすいのも面白いところです。

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■ ゲームの攻略など

●まず押さえたい“この時代のADV”の基本姿勢

『3×3EYES ~三只眼變成~』を気持ちよく進めるコツは、いきなり最短ルートを狙うより「情報を回収して世界のルールを理解する」ことにあります。この年代のコマンド選択型・場面移動型ADVは、プレイヤーが自分で事件の像を組み立てる設計になっている反面、見落とし一つで進行が止まりやすい作りでもあります。そこで大事なのが、焦って“正解選択肢”だけを探すのではなく、会話・調査・移動を通じて「次に何をすべきか」をテキストから読み取る意識です。伝奇作品は固有名詞や設定が多い分、会話の中に“鍵”が紛れ込みやすく、読み飛ばし癖があると詰まりの原因になりがちです。

●詰まりやすいポイントは「未消化の会話」と「調査の抜け」

攻略上の典型的な壁は、事件が大きく動く前の“静かな章”で起きます。具体的には、①同じ人物に話しかけるタイミングを変える(イベント後に再度会話すると別セリフが出る)、②場所を一周した後にもう一度重点地点を調べ直す(同じ背景でもフラグが立つと調査反応が変わる)、③一見どうでもよさそうな小物や掲示物が実はトリガーになっている、というパターンです。本作はオリジナルストーリーゆえ、原作知識で先読みしても“事件の鍵”が別に置かれていることがあります。原作ファンほど「いつもの流れで何とかなる」と思いがちですが、ゲーム側の事件の都合で進行条件が作られているため、素直にゲームの提示する情報を拾うのが近道です。

●“会話の順番”がフラグを左右する場面を意識する

会話コマンドがあるADVでは、誰に・どの順番で話すかがイベント発生条件になりやすいです。本作も、重要人物に辿り着く前に「周辺人物から話題を得る」構造が多いタイプだと考えると整理しやすいです。たとえば、いきなり核心人物に行っても話が進まず、先に別の人物から“その人物に通じる話題”を仕入れる必要がある、という流れです。こうした設計はプレイヤーに探索の意味を与えるためのものなので、攻略のコツとしては「話題が出た人物名・場所名をメモし、関連地点を潰していく」だけで詰まりが激減します。メモは短くてOKで、「誰が」「何を」「どこで」といった骨だけ残せば十分です。

●調査のコツは“画面の意味がありそうな部分”を先に触ること

背景画像があるADVでは、調査対象は作者が“触ってほしい場所”に寄せられます。つまり、視線が止まりやすいもの、配置が不自然なもの、他より描き込みが濃いもの、説明的に置かれている掲示物などがヒントになりやすい。そこで初心者向けのコツは、画面に入ったら最初に「目立つ物から触る」→次に「端や入口付近を触る」→最後に「中央の大きな物を触る」という順で潰すことです。これだけで調査漏れが減り、フラグ抜けによる迷子が起きにくくなります。伝奇ものは“証拠が現実的な物体ではない”ことも多いので、違和感のあるオブジェクトほど優先的に調べると吉です。

●難易度は“アクションの難しさ”ではなく“進行管理の難しさ”

本作の難しさは、反射神経的な要素よりも、情報の回収とフラグ管理に寄っています。つまり「何を見たか」「誰と何を話したか」が進行の鍵になるため、プレイが雑になると急に止まる。逆に言えば、丁寧にやれば詰まりにくい。難易度の体感は、プレイヤーのプレイスタイルで大きく変わります。文章を読みながら状況整理するのが好きな人はスムーズに進み、雰囲気だけ味わいたい人は“どこへ行けばいいか分からない”に陥りやすいタイプです。対策としては、章の区切りごとに「今の目的は何か」を一行で自分に言い聞かせるだけでも十分効果があります。

●“分岐”があるなら、最初は一周目を素直に進める

もし本作に複数の展開差や結末差が用意されている場合、最初から“真エンド狙い”をするより、一周目は情報を拾いながら自然に進める方が満足度が高いです。伝奇ものは、後半に設定が一気に噛み合う快感が大きいので、先に条件を満たすことだけ考えると“物語の盛り上がり”が薄くなりがちです。一周目は「気になった人物に会う」「違和感を追う」という感覚で走り切り、二周目以降に分岐条件を意識して回収するのが、ADVとしての楽しみ方として相性がいいです。

●セーブ運用:細かく分けるほど“やり直しが快適”になる

攻略の実務として重要なのがセーブです。この手のADVは、イベント直前のフラグが絡むと、少し前に戻るだけで別の会話が出たり、取りこぼしを回収できたりします。おすすめは、①章の開始時点、②新しい場所へ入った直後、③重要人物と話す直前、④大きなイベント後、の4種類を別スロットに残すこと。さらに「迷子になったら一つ前の章開始へ戻る」ルールを作っておくと、詰まったときに心理的な負担が軽くなります。古いゲームほど“詰まり=時間のロス”が大きいので、セーブは攻略の武器です。

●“裏技”の扱い:当時の文化としての楽しみ方

当時のPCゲームでは、操作の小技や隠し要素、あるいは設定ファイルやコマンド入力による遊びが話題になりやすい土壌がありました。本作でも、もし隠しイベントやちょっとしたお遊び要素があるなら、まずは本編の流れを壊さない範囲で触れるのが気持ちいいです。伝奇ストーリーは空気感が大事なので、裏技的なものを先に全部開けると没入が削れやすい。一方で、二周目に“制作側の遊び心”を探すのは、当時のタイトルを味わう醍醐味でもあります。要するに、裏技は攻略のためというより、“作品を掘るためのスコップ”として使うと満足度が上がります。

●プレイの指針:この作品は“世界の理屈”を掴むほど面白くなる

最後に、本作の攻略はテクニックというより姿勢の話になります。『3×3EYES』の世界は、妖魔や術が存在するぶん、現実の常識だけで状況を整理すると読み違えが起きます。だからこそ、会話の中で示される“この世界の因果”や“力の働き方”を掴むほど、次の行動が見えやすくなり、物語の理解も深まる。攻略と鑑賞が同じ方向を向いているADVなので、丁寧に読むことがそのまま勝ち筋になります。迷ったら「情報が足りていない」と考え、会話と調査を一段階戻して積み直す。それが、この作品の最も堅い攻略法です。

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■ 感想や評判

●当時の受け止められ方:PCで“3×3EYESらしさ”を味わえる希少さ

『3×3EYES ~三只眼變成~』の評判を語るとき、まず前提になるのは「原作の知名度」と「当時のPCゲーム環境」です。90年代前半は、漫画・アニメ原作のゲーム化が増えつつも、PCで遊べるタイトルは家庭用機ほど潤沢ではありませんでした。だからこそ、原作の濃い世界観をまとったADVがPCで動く、しかも“オリジナルストーリーで一本に仕立ててある”という点は、ファンにとって強い魅力として映ったはずです。原作を知っている人ほど「世界観を壊さず別の事件を見せてくれる」方向性を歓迎しやすく、単なる名場面の切り貼りではない点が好意的に受け止められやすいタイプの作品です。

●良い反応が集まりやすいポイント:アニメ的な画づくりと没入感

プレイ後の感想でポジティブになりやすいのは、「画面の作りが思ったよりリッチ」「キャラが動いて見える」「雰囲気の作り込みがある」といった没入面の評価です。ADVは文章と絵のバランスが命ですが、本作は“アニメ的な間合い”を意識しているため、静止画中心でも芝居が成立しやすい。結果として、原作ファンは「絵と空気だけでテンションが上がる」感覚を得やすく、特に緊張シーンや感情がぶつかる場面で「ちゃんと盛り上げてくれる」ことが評価に繋がります。また、オリジナルキャラの存在が、原作キャラを引き立てる方向に働けば「追加要素として成功している」という声になりやすいです。

●“オリジナルストーリー”への評価は二方向に割れやすい

一方で、完全オリジナルの筋立ては、評価が割れやすい要素でもあります。歓迎する人は「原作世界で新しい話が見られる」「知らない展開があるから先が読めない」と喜びますが、慎重派は「原作の雰囲気に合っているか」「キャラ解釈に違和感がないか」を厳しく見がちです。特に、原作の“独特の湿度”や“人間関係の温度差”を強く愛している層ほど、ほんの小さな言い回しや行動の違いでも敏感に反応します。本作はオリジナル事件で成立させる必要があるぶん、原作にない動機付けや役割分担を作らざるを得ない。そこが自然に噛み合えば高評価ですが、噛み合わないと「これは別物」と感じられてしまう――この二極化は、原作付きゲームの宿命として起きやすいポイントです。

●操作性・進行面の評価:時代相応の“詰まり”と相性問題

ネガティブ寄りの感想で出やすいのは、作品内容というより「進め方の分かりにくさ」「どこを調べればいいか迷う」「会話フラグを拾い損ねた」といった、90年代ADV特有の相性問題です。丁寧に遊ぶ人には“探索の楽しさ”になる一方で、テンポよく物語だけ追いたい人にはストレスになりやすい。こういうタイプの不満は「ゲームが悪い」というより、当時の設計思想そのものへの好き嫌いに寄ることが多く、評判が割れたとしても作品単体の欠点とは言い切れない部分です。ただ、プレイヤーの生活リズムやゲームに割ける時間が変わると、同じ仕様でも評価が変わりやすいのは確かで、現代の感覚で触れると“親切ではない”と感じる可能性は高いです。

●キャラクター面の評判:原作キャラの安心感と、オリキャラの受容

キャラ面の感想で多いのは、原作キャラに対する安心感です。八雲やパイの存在は、それだけで作品の重心になります。プレイヤーは「この二人がいるなら、話は大きく崩れない」という感覚を持ちやすく、世界観の説得力も増します。そのうえで評価の焦点になりやすいのが、オリジナルキャラの“馴染み方”です。物語の鍵を握る存在である以上、露出も重要度も高くなりますから、ここがハマるかどうかで評価が大きく変わります。良い形で受け入れられると「このキャラがいるから事件が成立している」「声や立ち位置が効いている」と言われ、逆に合わないと「主役を食っている」「原作キャラの役割が薄い」と感じられやすい。つまり、評判の分岐点は“オリキャラの配置が好きかどうか”に集約されやすいです。

●メディア・雑誌的な視線:技術面と企画面の両方で見られやすい

当時のゲーム雑誌的な文脈で語るなら、評価軸は大きく二つになります。ひとつは「原作付きとしての完成度」で、もうひとつは「PC向けADVとしての演出・音・画のリッチさ」です。本作は“アニメ的に見せたい”狙いがはっきりしているため、スクリーンショット映えや、声・演出の要素が取り上げられやすい。企画面では「完全オリジナルストーリー」をどう扱うかが話題になりやすく、読者にとっても“買う理由”になります。逆に、評価が伸び悩むとすれば、ゲームとしての快適性(迷いにくさ、テンポ、誘導の親切さ)で現代的な基準に届かない点が理由になりやすいですが、当時は“ADVはこういうもの”という理解も強かったため、作品の魅力が刺さる層にはしっかり刺さったタイプと考えられます。

●現代目線での評判のズレ:雰囲気重視の人ほど高評価になりやすい

もし今プレイした人の感想を想定すると、評価は「雰囲気を味わう目的」に寄るほど上がりやすいです。ストーリーを読む、世界観に浸る、当時の演出を楽しむ――そういう姿勢なら“古さ”は味になります。一方で、テンポの速さや利便性を求めると、フラグ管理や探索の手間が負担に見える。つまり本作は、現代のゲームのように“快適さで引っ張る”作品ではなく、“世界観の濃さで引っ張る”作品です。評判が割れるとしても、それは作品の中心価値が明確である証拠でもあり、「3×3EYESの空気を別角度で浴びたい人」には満足度が高く、「ストレスなく物語だけ知りたい人」には向きづらい――そんな評価に落ち着きやすいでしょう。

●総合すると:刺さる人には深く刺さる“伝奇ADV”

感想や評判をまとめると、本作は“刺さる層がはっきりしている”タイプです。原作世界の匂い、アニメ的な演出、オリジナル事件の意外性、キャラの存在感――これらに魅力を感じる人は、多少の不親切さを飲み込みながらも濃い没入を得られます。逆に、ゲーム進行の快適さを最優先にする人は、詰まりや寄り道に不満を感じやすい。要するに本作は、評価が割れる要素を抱えつつも、好きな人が語りたくなる“芯”を持ったタイトルであり、90年代PC原作付きADVの典型的な面白さと癖を同時に体験できる作品だと言えます。

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■ 良かったところ

●原作世界を“壊さず増やす”という難題に挑んだ点

本作の良かったところとしてまず挙げられるのは、原作の名場面をなぞるのではなく、原作の世界観の中に“別の事件”を立ち上げて成立させようとした姿勢です。原作付きゲームは、再現に寄せれば寄せるほど安全になりますが、そのぶん「既に知っている物語をなぞるだけ」になりやすい。逆にオリジナルに振ると、原作の気配から外れた瞬間にファンが離れてしまう。そうした綱渡りの中で、本作は“3×3EYESらしい匂い”を基盤にしつつ、ゲームならではの事件設計を作り、プレイヤーが「この世界でまだ知らない話を見ている」と感じられる方向へ舵を切っています。これは簡単なことではなく、企画段階からの覚悟が見えるポイントです。

●アドベンチャーとしての“雰囲気作り”が強い

伝奇作品のゲーム化で最も重要なのは、設定を説明することよりも「空気を立てること」です。本作は、文章と画面と音の組み合わせで、不穏さ・神秘性・緊張感をじわじわ積み上げるのが上手いタイプです。怪異をすぐ目の前に出して驚かせるより、違和感を少しずつ濃くしていき、プレイヤーの想像を先に走らせる。ADVという形式の強みを理解していて、読み進めるほど“世界の温度”が変わっていく感覚を作れています。特に、平常の会話の裏に不穏な気配を忍ばせるような書き方や、場面転換のタイミングで緊張を保つ工夫が、作品の引力になっています。

●アニメ的な演出志向が、キャラの存在感を底上げしている

静止画中心のADVは、演出の方向性次第で“紙芝居”にも“映像作品”にもなります。本作が評価されやすいのは、表情や構図の切り替え、セリフの間、見せ場の作り方が、できるだけ“アニメを見ている体験”へ近づけようとしているところです。派手な動きそのものが少なくても、「ここでカメラが寄る」「ここで表情を変える」「ここで沈黙が入る」といった演出の積み重ねで、キャラの呼吸が見えてくる。その結果、原作キャラの魅力が画面に乗りやすくなり、プレイヤーの感情移入が途切れにくい。原作ゲーム化でありがちな“ただ立ち絵が並ぶだけ”に留まらないのが、良かった点です。

●オリジナルキャラクターの導入が、物語の“入口”として機能している

完全オリジナルストーリーを成立させるうえで、オリジナルキャラは諸刃の剣です。しかし本作の良さは、そのオリキャラを単なる追加要素ではなく、事件の導線として配置した点にあります。原作の主要人物は存在感が強く、登場した瞬間に物語の重心を持っていきます。そこでオリキャラを“事件の入口”に置くことで、プレイヤーは世界観へ自然に入っていける。原作キャラが後から合流しても、プレイヤーは既に事件の輪郭を掴んでいるので、「助けに来た」ではなく「この事件に必要だから現れた」と理解できます。結果として、原作キャラを無理に動かさずに済み、解釈違いのリスクを下げつつ、オリジナルの事件を成立させている点が評価されやすいです。

●“情報収集→理解→前進”の快感が、伝奇ものと噛み合っている

ADVの快感は、情報を集めて状況が繋がった瞬間に来ます。本作は伝奇作品であるぶん、その快感がより強く出ます。現実の事件なら常識で推理できますが、この世界では術や妖魔が絡むため、「この世界の理屈」を掴むほど推理が進みます。プレイヤーは、会話の端にある設定の断片や、調査で得られる違和感を拾い、頭の中で“世界のルール”を組み上げていく。その過程そのものが娯楽になっており、単なるフラグ回収ではなく“理解が進む気持ちよさ”として体験できます。これは原作の持つ設定の厚みがあるからこそ成立する良さで、ゲーム化として相性のいいポイントです。

●原作キャラが“重心”として働き、物語が崩れにくい

原作付きオリジナルストーリーで怖いのは、事件の都合でキャラが雑に動かされ、作品全体が薄くなることです。本作はその危険を、原作キャラの役割を“世界の重心”として置くことで回避しようとしています。八雲やパイが登場すると、世界観の説得力が一気に増し、プレイヤーは「ここは3×3EYESの世界だ」と確信できます。しかも、彼らがいることで“物語の理屈”が締まり、事件のスケールが上がっても破綻しにくい。結果として、オリジナル事件でありながら、作品の骨格が揺れにくい点が良さとして残ります。

●機種違いによる“受け取り方の幅”がある

本作はPC-9801、FM TOWNS、Windowsと複数環境で展開されたことで、同じ作品でも“楽しみ方の印象”が変わる余地があります。PC-9801では文章と画面の読み込みで没入する楽しさが強く、FM TOWNSでは音や演出の厚みがキャラの存在感を上げ、Windowsでは環境の安定性や遊びやすさが体験のストレスを減らす方向に働きやすい。つまり、作品の良さが単一の要素に依存せず、複数の入口から味わえる。こうした“体験の幅”は、当時のマルチプラットフォーム作品ならではの強みです。

●総合すると:濃い世界観を“読ませて浸らせる”ことに成功している

良かったところをまとめると、本作は「3×3EYESの空気を保ったまま、オリジナルの事件で一本作る」という難題に対し、ADVの形式を武器にして答えを出そうとした作品です。雰囲気作り、演出の意識、キャラの重心、情報収集の快感――それらが合わさり、プレイヤーが“伝奇世界に滞在している時間”そのものを楽しめるように作られています。派手なアクションで押すのではなく、読ませて、感じさせて、理解させて前へ進める。その丁寧さが、本作の確かな良さとして残る部分です。

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■ 悪かったところ

●進行の“迷いやすさ”が、人によっては大きなストレスになる

本作で不満点として挙がりやすいのは、90年代ADVらしい「次に何をすればいいか分かりづらい瞬間」が出てしまうところです。物語の雰囲気に浸れる人にとっては探索の手触りとして成立しますが、テンポよくストーリーを追いたい人には足を引っ張る要素になります。とくに、調査対象が背景の中で目立ちにくい場合や、会話のトリガーが“特定の人物に再度話しかける”タイプだと、プレイヤーは「自分が見落としているのか、まだイベントが起きないのか」を判断しにくい。結果として、同じ場所を行ったり来たりする時間が増え、没入より疲れが勝ってしまうケースがあります。

●コマンド総当たりになりがちな場面がある

この手のADVの弱点として、状況が進む鍵が「特定のコマンドを選ぶこと」になってしまうと、プレイヤーが理解ではなく作業で突破する流れに落ちやすい点があります。本作も、場面によっては“自然な推理”より“総当たり”が正解になってしまう瞬間が出る可能性があります。伝奇ものは手がかりが抽象的になりやすいぶん、プレイヤーの推理が当たりにくいことがあり、ここで親切な誘導が薄いと「面白い謎」ではなく「面倒な手順」になってしまいます。雰囲気を大事にしている作品ほど、この作業感は評価を落としやすい部分です。

●オリジナルキャラの比重が、原作ファンの好みに刺さらない場合がある

オリジナルストーリーを成立させるためにオリジナルキャラが重要になるのは理解できても、原作ファンの中には「もっと原作キャラ中心で見たかった」という感情を持つ人もいます。とくに“原作のこの関係性が好き”という視点で遊ぶ層ほど、物語の鍵をオリキャラが握っていることに違和感を持ちやすいです。オリキャラが魅力的なら問題になりにくい一方、プレイヤーの好みに合わない場合は「イベントの中心がずれている」と感じられやすい。つまり、この点は作品の欠点というより“設計上の割り切り”ですが、好き嫌いを分ける要因として悪かったところに挙げられがちです。

●原作キャラの解釈に、微妙な“温度差”を感じる可能性

原作付きゲームで避けられないのが、キャラ解釈の差です。どれだけ丁寧に作っても、セリフの言い回しや行動の理由付けが原作と完全一致することは難しい。しかも本作はオリジナル事件なので、原作にはない状況にキャラを置かなければならず、そのときに“らしさ”をどう保つかが問われます。原作に強い思い入れがあるほど、些細な違いでも「こんな反応はしないはず」と引っ掛かることがあります。こうした違和感は、作品全体の完成度が低いというより、ファンの中の“理想像”との差で生まれやすく、評価を落とすポイントになり得ます。

●テンポの波が大きく、熱い場面の後に“間延び”を感じることがある

伝奇ADVは、緊迫パートと情報整理パートの落差が大きくなりやすいジャンルです。本作も、盛り上がる場面では一気に引き込む反面、次の段階へ進むための探索や会話回収に移ると、急にテンポが落ちたように感じる場合があります。プレイヤーの気分が高まった直後に“調査の手順”が必要になると、心理的にはブレーキがかかります。ここを「余韻」と捉えられる人は問題ありませんが、「盛り上がりを維持してほしい」と思う人には間延びとして映りやすい。ストーリーの構造上避けにくい部分ですが、悪かったところとして挙がりやすいポイントです。

●機種・環境によって快適性が左右され、評価がブレやすい

本作は複数のPC環境で出ているぶん、体験の快適性が環境に左右される側面があります。たとえば読み込みや操作レスポンス、表示の見やすさ、音の出方など、当時のPCゲームは“同じタイトルでも環境差が体験差になる”ことが珍しくありません。さらにWindows版にしても、当時のOSやドライバ、互換性の相性で「遊べるけど細かくストレスがある」という状態になりがちです。こうした環境依存のストレスは、作品内容とは別のところで満足度を削ってしまい、結果として評判が割れやすくなります。

●現代目線だと“親切さ不足”がより目立つ

今のゲームに慣れた人が触れると、誘導の薄さや手順の多さが、当時以上に辛く感じられる可能性があります。ログ機能の扱い、ヒントの提示、目的の明確さ、インターフェースの快適さなど、現代のADVはプレイヤーのストレスを減らす方向に進化しています。本作は当時の設計思想の上にあるため、そこを期待するとギャップが生まれやすい。古い作品の味として受け入れられるかどうかが評価の分岐点になり、“悪かったところ”として現代的に指摘されやすい部分です。

●総合すると:世界観に浸る作品ゆえに、手順の粗が気になりやすい

悪かったところをまとめると、本作は“雰囲気と物語の濃さ”を中心価値に置いているぶん、ゲームの進行や誘導が弱い場面では手順の粗が目立ちやすいタイプです。オリジナルストーリーの賛否や、オリキャラの比重、キャラ解釈の温度差など、原作付きゆえの好みの分岐もあります。つまり、欠点は作品の核を否定するものというより、作品の方向性とプレイヤーの求める体験が噛み合わないときに表面化しやすい“相性問題”として現れます。そこを理解して臨めば、欠点があってもなお世界観の魅力で押し切れる一方、快適性を求めると不満が溜まりやすい――それが本作の悪かったところとして整理できる点です。

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■ 好きなキャラクター

●“好き”の基準が分かれやすい作品:原作派とゲーム派の視点

『3×3EYES ~三只眼變成~』で「好きなキャラクター」を語るとき、まず面白いのは、評価の軸が二層になりやすい点です。ひとつは原作(漫画・アニメ)で積み上がってきた魅力をそのまま持ち込んで好きになる“原作派”。もうひとつは、ゲームのオリジナル事件の中での活躍や、セリフ回し、演出の当たり方で好きになる“ゲーム派”です。本作は完全オリジナルストーリーである以上、原作の印象だけでは語り切れない場面が増えます。だからこそ、同じキャラでも「原作ではこうだった」「ゲームではこう見えた」という二重の楽しみ方ができ、好きな理由が個人の体験に強く結びつきやすい作品になっています。

●八雲:人間らしい“踏ん張り”が、プレイヤーの心の支えになる

八雲が好きだと言われやすい理由は、派手な能力よりも“人間側の踏ん張り”にあります。超常の世界に巻き込まれながらも、投げ出さず、恐れながらも前へ出る。伝奇世界では、強さを持つ存在が注目されがちですが、八雲は「普通の人間の体温」で物語の中心を支える役割を担っています。ゲームではその良さがより強く出やすい。なぜならプレイヤーは、探索や会話の手順を通じて“事件の地面”を踏みしめることになり、その地道さと八雲の粘り強さが重なるからです。困難に直面しても感情が揺れ、迷いながらも決める。そういう部分が、プレイヤーの体験と同調して「この人と一緒に進めている」という感覚を生み、結果として好きなキャラとして挙げられやすくなります。

●パイ:神秘と幼さの同居が、物語の空気を“3×3EYES”に戻す

パイが好きな理由は、神秘的な存在感と、時折見せる無邪気さ・幼さの混ざり方にあります。怖さや不穏さが強まるほど、パイの“異質さ”が作品の色を決めます。しかも彼女は単なる強いキャラではなく、笑ったり拗ねたり、食や遊びに反応したりと、日常の温度も持っています。ゲームのオリジナル事件がどれだけ別方向へ振れても、パイが画面に出た瞬間に空気が「3×3EYESの世界」に戻る。これはシリーズの象徴としての強さであり、ファンが安心して物語に浸れる理由にもなります。さらに、ADVの演出で表情差分や間合いが効くと、パイの“神秘の中の人間味”が際立ち、好きになる動機がより強くなりやすいです。

●ベナレス:圧倒的な“格”が出るほど、物語が締まる存在

もし本作でベナレス級の大きな存在が絡むなら、好きなキャラとして挙がるのは「悪役としての格」に惹かれる層です。伝奇ものの面白さは、敵がただの障害物ではなく、思想や欲望のスケールで世界を歪めるところにあります。ベナレスのような存在は、出てくるだけで空気が冷え、物語の重さが増す。プレイヤーは“勝ち負け”よりも、“この存在が何を狙っているのか”を考えるようになり、恐怖や畏れが興味に変わります。ADVの形式では、こうした圧のあるキャラはテキストと演出で映えるので、派手なアクションがなくても“支配感”を表現できる。結果として、敵でありながら好きになってしまう、というタイプの支持が生まれやすいです。

●ゲームオリジナルキャラ:スージン・リュウメイを好きになる理由

本作ならではの“好き”として重要なのが、オリジナルキャラへの愛着です。スージン・リュウメイのように事件の鍵を握る人物は、物語の入口でプレイヤーの視点を担うことが多く、その分“共感”か“反発”かがはっきり出ます。好きになる人は、彼女が事件の中心にいることで「このゲームは自分の知らない物語だ」と感じられ、先の読めなさを楽しめます。また、原作キャラが圧倒的に強い世界で、オリジナルキャラが役割を持つためには、ただ可愛いだけでは足りません。何かしらの傷や目的、選択の重さを背負っている必要がある。そこが上手く描かれていると、プレイヤーは“原作キャラの隣”ではなく、“この事件の当事者”としてスージンを見るようになり、好きな理由が深くなります。声の存在も、キャラの輪郭を強め、記憶に残りやすくする要素です。

●“好き”の理由が濃くなるのは、関係性が動く瞬間

キャラの好き嫌いが固まるのは、派手な場面より「関係性が動く瞬間」です。信頼が生まれる、誤解が解ける、守りたい理由が露わになる、怒りの矛先が変わる、恐れを乗り越える――こうした局面で、プレイヤーはキャラの本音に触れた気持ちになります。本作はADVなので、その瞬間がテキストと演出で丁寧に積まれやすい。だからこそ、戦闘の強さより“言葉”で好きになるキャラが出やすいです。八雲の粘り、パイの人間味、敵の格、オリキャラの選択――どれも「その場で何を言ったか、何を選んだか」が好きの根拠になり、語り甲斐のある支持に変わっていきます。

●原作キャラの魅力を“再確認”できるのも、ゲームの美点

本作はオリジナル事件であるがゆえに、原作キャラの魅力が“別の角度”から照らされます。原作では見慣れた性格でも、違う事件に置くと反応が変わり、強みが別の形で表に出る。たとえば、八雲の粘りがより生活感として出たり、パイの優しさがより日常寄りに見えたり、敵の怖さがより心理的に迫ってきたりします。好きなキャラがいる人ほど、「この人はこういう場面でもこう動くんだ」という再発見が起こり、好きが深まる。原作を知っている人ほど得をするタイプの“好きの増幅装置”として、本作は機能しやすいです。

●総合すると:原作の“好き”を持ち込みつつ、ゲームで“理由”が増える

好きなキャラクターの話をまとめると、本作は原作で培った愛着をそのまま持ち込める一方で、オリジナル事件によって“好きな理由”を増やしやすい作品です。八雲の踏ん張りはプレイ体験と重なり、パイの存在感は世界観の核として効き、敵役は物語を締め、オリキャラは未知の物語を成立させる。誰を好きになるかはプレイヤーの視点で変わりますが、ADVという形式のおかげで「言葉と選択」でキャラの輪郭が深まり、好きが語れる形で残る――そこが、この作品のキャラ面の面白さです。

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●対応パソコンによる違いなど

●PC-9801版:テキスト主導で“読み込む”快感が強い

PC-9801版は、当時の国産PCゲームが培ってきた“文章と画面で引っ張るADV”の王道的な手触りが前面に出ます。画面の見せ方は比較的落ち着いていて、演出よりも状況説明と会話の積み重ねで世界観を濃くしていく印象です。そのため、プレイヤーの体験は「読んで理解する」方向へ寄りやすく、伝奇ものに必要な設定の飲み込みもスムーズになりやすい。逆に言えば、勢いで進めるより、情報を拾っていくほど楽しさが増すタイプで、原作世界の理屈を噛み砕きながら進む面白さが出ます。操作面は時代相応で、画面切り替えやコマンド選択のテンポに“古さ”はあるものの、その分だけ物語の空気を味わう余裕が生まれ、じっくり浸れるのが長所です。

●FM TOWNS版:音と演出の厚みで“アニメ感”が増す

FM TOWNS版は、同じ物語でも受け取る印象が変わりやすい環境です。TOWNSは当時、映像・音声を活かしたリッチな表現がしやすい土壌があり、キャラクターの存在感や場面の臨場感が底上げされやすい。ADVは静止画主体でも、効果音の入り方、BGMの鳴らし方、声の響き方ひとつで“画面の温度”が変わります。本作が狙うアニメ的な空気は、まさに音の支えで強化されやすく、原作ファンは「見ている感覚」に近づきやすい。結果として、ストーリーの展開が同じでも、感情の盛り上がり方や恐怖の感じ方が変わり、よりドラマとして刺さる場面が出てきます。一方で、リッチさが増すほど演出のテンポが体感的に変わり、“手触りが別物”になることもあるため、PC-9801版の落ち着いた読み味を好む人には好みが分かれる可能性があります。

●Windows(95)版:環境の新しさが“遊びやすさ”に直結しやすい

Windows 95版は、当時のPC環境の変化を受けて「作品を遊ぶハードル」が下がりやすい入口になります。OS標準の操作感に近い部分が増えると、プレイヤーはゲーム固有の癖に慣れる負担が減り、物語に集中しやすくなる。特に、画面の扱い、ウィンドウの挙動、音の再生の安定性など、環境要因がストレスになりにくいほど、ADVの評価は上がりやすいです。ただし、当時のWindows作品は、マシンスペックやドライバ、相性で快適性がブレることも珍しくなく、「動くけど微妙に引っ掛かる」ケースも起こり得ます。逆に、環境が整っていれば“最もスムーズに物語へ入れる版”になりやすく、古い設計のADVを現代寄りの感覚で味わえる可能性があります。

●同じタイトルでも“没入の仕方”が変わる理由

三機種の違いは、単なる画質や音質の優劣だけではありません。プレイヤーが何を“中心”に感じるかが変わります。PC-9801は文章と状況整理が中心になり、TOWNSは演出と音で感情が揺さぶられ、Windowsは操作の負担が減って物語の流れが掴みやすくなる。つまり、同じシナリオでも「どこに気持ちが乗るか」が変わるため、感想も評価も分岐しやすい。作品の核が世界観と物語にある以上、どの版でも本筋は味わえますが、体験の質感が違うことで“好きな場面”や“印象に残るキャラ”まで変わってくるのが面白い点です。

●家庭用(PCエンジン版など)との距離感:遊びのリズムの違い

同名タイトルが家庭用機にも展開されている場合、最も変わりやすいのは“遊びのリズム”です。家庭用機はリビングで遊ぶ前提が強く、短い時間で区切って進めやすい設計や、分かりやすい操作体系が求められます。一方、PC版は机に向かって腰を据え、文章を読み込みながら進める文化が強い。そのため、同じ物語でも、PC版は「読む」「調べる」「理解する」比重が上がりやすく、家庭用版は「テンポよく進める」方向へ寄る可能性があります。どちらが良い悪いではなく、生活スタイルと作品の相性が変わるという話で、PC版の魅力は“濃い没入”に寄りやすい点にあります。

●おすすめの選び方:何を重視するかで決める

版選びを“体験の好み”で整理すると分かりやすいです。文章を読み込んで世界観を噛み締めたいならPC-9801系の手触りが合いやすい。音や演出の厚みでドラマ性を強く感じたいならFM TOWNSが向きやすい。できるだけ遊ぶハードルを下げ、スムーズに物語へ入りたいならWindows版が候補になる。どの版にもそれぞれの良さがあり、本作の中心価値である“3×3EYESの世界で起きる別章”を味わうには、自分の遊び方に近い環境を選ぶのが一番の近道です。

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●同時期に発売されたゲームなど

★プリンセスメーカー2(PC-9801版)

・販売会社:ガイナックス ・販売された年:1993年 ・販売価格:定価16,280円 ・具体的なゲーム内容:限られた年数の中で「娘」を育て、学業・礼儀・体力・芸術などの能力値と性格傾向を整えつつ、アルバイトや習い事、季節イベント、ライバルとの競争などを通じて将来を分岐させていく育成シミュレーション。プレイヤーは“最適解”を押し付けるのではなく、失敗や遠回りも含めて成長の物語を組み立てる感覚が強く、同じ選択でも時期やステータスで結果が変わるため周回の動機が生まれやすい。ステータス管理の堅さと、イベントのドラマ性が両立しており、当時のPCゲームらしい「数値で育てる楽しさ」と「物語を見届ける喜び」を一本にまとめた代表格として語られやすい。発売日1993/06/15・定価16,280円。

★ブランディッシュ2(PC-9801版)

・販売会社:日本ファルコム ・販売された年:1993年 ・販売価格:定価5,280円 ・具体的なゲーム内容:見下ろし視点の迷宮探索を、画面全体の向きが切り替わる独特の操作感で進めるアクションRPG。単に敵を倒すだけでなく、方向転換を前提にした罠回避や鍵・スイッチ操作がテンポよく挟まるため、頭と手の両方を使う“体感型パズル”に近い面白さがある。装備更新や回復資源の管理は王道だが、地形を覚えて安全ルートを作るほど探索が速くなる設計が気持ちよく、手応えの割にダレにくい。発売日1993/03/01・定価5,280円。

★ぷよぷよ(PC-9801版)

・販売会社:コンパイル ・販売された年:1993年 ・販売価格:定価8,580円 ・具体的なゲーム内容:落ち物パズルの基本ルールを極限まで研ぎ澄ませ、連鎖の快感を主役に据えた対戦型パズル。先読み、置き方の“型”、相手へのおじゃま送りのタイミングが噛み合うと、一手一手が攻防そのものになる。初心者は4連鎖でも達成感がある一方、上達すると土台構築・発火点温存・連鎖尾の伸ばし合いなど、プレイ密度がどんどん増していくのが強み。発売日1993/03/08・定価8,580円。

★アトラスII(PC-9801版)

・販売会社:アートディンク ・販売された年:1993年 ・販売価格:定価11,880円 ・具体的なゲーム内容:海洋交易と探検を軸に、未知の海域を切り開きながら地図情報を集積していくシミュレーション。単純な戦闘勝利よりも、「情報を持ち帰る」「航路を安定させる」「寄港地を増やす」といった“積み上げ型の達成”が中心で、プレイが進むほど世界が手元の地図として形になっていく感覚がある。危険海域に挑むか、堅実に資金を増やすかの判断が常につきまとい、冒険譚のような緊張と日常の商売感が交互に来るのが魅力。発売日1993/04/09・定価11,880円。

★信長の野望 覇王伝 with サウンドウェア(PC-9801版)

・販売会社:コーエー(KOEI/光栄) ・販売された年:1992年(同時期枠として) ・販売価格:定価16,720円 ・具体的なゲーム内容:戦国大名として内政・外交・軍事を回し、全国統一を目指す歴史シミュレーション。ターンごとの判断が“国力”として積み上がり、序盤の人材登用や城の整備が中盤以降の戦線維持に直結するため、勝ち筋がはっきりしているのに毎回違う展開になりやすい。武将の個性や地勢差がプレイ感を変え、同じ勢力でも采配次第で難度が上下するのが長寿シリーズらしい面白さ。発売日1992/12/04・定価16,720円。

★ドラゴンスレイヤー英雄伝説III 白き魔女(PC-9801版)

・販売会社:日本ファルコム ・販売された年:1994年 ・販売価格:定価9,680円 ・具体的なゲーム内容:旅の道程そのものを物語の核に据えたRPGで、戦闘の強さや装備更新だけではなく、出会う人々の事情や土地の空気を積み重ねて“世界の厚み”を作るタイプ。派手な一撃より、会話の温度や小さな出来事が後から効いてくる構成が強く、プレイヤーが「歩いて、聞いて、知っていく」ほど没入する。戦闘は王道のコマンド式で遊びやすく、物語を追うテンポを邪魔しにくい。発売日1994/03/18・定価9,680円。

★三國志IV(PC-9801版)

・販売会社:コーエー(KOEI/光栄) ・販売された年:1994年 ・販売価格:定価16,280円 ・具体的なゲーム内容:中国大陸の覇権争いを、武将運用と都市経営、兵站と外交で描く歴史シミュレーション。戦場の勝ち負けだけでなく、内政で支えた国力が長期戦の強さになるため、短期決戦と国づくりのバランス感覚が試される。名将をどう配置して伸ばすか、関係性の綻びをどう抑えるかなど、人材マネジメントの面白さが強く、勢力の大小で“遊びの手触り”が変わるのも魅力。発売日1994/02/13・定価16,280円。

★ブランディッシュVT(PC-9801/9821版)

・販売会社:日本ファルコム ・販売された年:1996年 ・販売価格:定価10,780円 ・具体的なゲーム内容:『ブランディッシュ』系の“方向転換迷宮”の持ち味を軸にしつつ、PC-98後期の表現力を使って演出や情報量を増やしたアクションRPG。瞬間判断(敵の間合い・向き・逃げ道)と、迷宮の構造把握(戻り道・安全地帯・ギミック)が同時に要求され、遊ぶほど手癖と地図感覚が鍛えられる。難所を突破したときの達成感が強く、短い成功体験を重ねていく設計が中毒性につながる。発売日1996/10/04・定価10,780円。

★大戦略マルチエディタSP(PC-9801版)

・販売会社:システムソフト ・販売された年:1992年(同時期枠として) ・販売価格:定価10,780円 ・具体的なゲーム内容:ウォー・シミュレーション『大戦略』系の遊びを拡張するためのエディタ/データ集セット。ユニット配置やマップ条件などをいじって“自分の戦場”を作り、既存シナリオとは違う戦術課題を生み出せるのが核で、遊び方が「解かれた問題を攻略する」から「問題そのものを設計する」へ一段階広がる。当時のPC文化らしい、改造・創作とプレイが地続きになった楽しみ方を象徴する一本。発売日1992/08/28・定価10,780円。

★同級生(PC-9801版)

・販売会社:エルフ ・販売された年:1992年(同時期枠として) ・販売価格:定価9,680円 ・具体的なゲーム内容:限られた期間の行動選択と出会いの積み重ねで、日常の“偶然”を物語に変えていく恋愛アドベンチャー。決められた正解ルートに一直線というより、移動と時間配分で出来事が噛み合い、関係が少しずつ変わっていく構造が特徴で、計画性と運の揺らぎが同居する。なお当時は成人向けとして扱われた版も流通しているため、作品の受け止められ方には時代性も強く表れる。発売日1992/12/17・定価9,680円。

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