『ヒューマングランプリ ザ・ニュージェネレーション』(NINTENDO64)

N64 ヒューマングランプリ ザ・ニュージェネレーション (ソフトのみ)【中古】ニンテンドウ ニンテンドー 任天堂 64 ソフト

N64 ヒューマングランプリ ザ・ニュージェネレーション (ソフトのみ)【中古】ニンテンドウ ニンテンドー 任天堂 64 ソフト
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【発売】:ヒューマン
【発売日】:1997年3月28日
【ジャンル】:レースゲーム

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■ 概要

・シリーズの立ち位置と「64版らしさ」

『ヒューマングランプリ ザ・ニュージェネレーション』は、スーパーファミコン時代に積み上げてきた“ヒューマングランプリ”系レースの手触りを、NINTENDO64へ持ち込んだ最終到達点として語られやすい作品だ。派手な演出で目を奪うタイプというより、「車体がどう曲がり、どこで荷重が抜け、タイヤがどんな顔をして滑るか」をじっくり噛ませる方向に軸がある。だから最初の数周は、見た目の地味さよりも“操作が思い通りにいかない違和感”のほうが先に来る。しかし、そのクセを理解していくと、単なるスピード勝負ではなく「曲がり方を作るゲーム」へと表情が変わっていく。64のアナログスティックは、ラフに倒すとラフに曲がり、丁寧に入れると車体が丁寧に返ってくる。アクセルとブレーキも、ただ踏むだけでなく、踏む量とタイミングで挙動が変わる前提で設計されている――そういう意味で“時代の移行期”の匂いが濃い。

・実名ではなく「モジり」採用が生む空気

本作を特徴づける話題として挙げられやすいのが、マシン名やドライバー名が実在そのままではなく、どこかで見たことがあるような“言い換え”になっている点だ。これがプレイ体験にどう影響するかというと、リアル系のF1ごっこを真正面からやりたい人には、最初は少しだけ熱が冷める瞬間がある。テレビ中継の再現ではなく、あくまで「それっぽい世界で、それっぽい戦いをする」方向へ寄るからだ。逆に言えば、実名に縛られないぶん“自分の物語”を差し込みやすい。エディット機能(名前の作り替え、見た目やセッティングの調整など)を噛ませれば、当時の記憶の中にあるマシン・ドライバー像へ近づける遊びが成立する。公式が用意した“それらしい世界”と、プレイヤーが補完する“自分のF1観”が合体して、独特の没入感を作るタイプだ。

・ゲームの骨格:周回レース+積み重ねの設計

レースゲームとしての芯は明快で、サーキットを周回して順位を競う。ただし、瞬間芸より「積み重ね」が強い。スタート直後だけ速くても、数周のうちにミスが出れば沈むし、逆に序盤が遅くても、タイヤと燃料と集中力を管理して終盤に“まともな走り”ができれば順位は上がる。要するに、運転の上手さだけでなく、レース全体を設計する感覚が求められる。ここが、アーケード寄りの軽快さとは別の魅力で、走りそのものを“作業”に落とさないための工夫でもある。コーナーひとつの攻略より、レース全体の呼吸――どこで無理をして、どこで我慢するか――が重要になる。

・「クセのある操作感」の正体

本作のクセは、単に難しいのではなく「反応が直線的ではない」ことにある。ステアを入れた瞬間にキビキビ鼻先が向く車よりも、わずかなタメがあってから車体が向きを変え、荷重の移動を伴って曲がっていく車の感覚に近い。ブレーキングも、ただ減速する行為ではなく、姿勢を作る行為として扱われる。早すぎると前が入りすぎて不安定になり、遅すぎると曲がりきれずに外へ逃げる。さらにアクセルの戻し方が荒いと、リアが軽くなって姿勢が崩れる。こうした挙動は、最初は「言うことを聞かない」印象を生みやすいが、裏返すと“丁寧に操作した分だけ返ってくる”設計でもある。慣れてくると、コーナー進入のライン取りや、立ち上がりのアクセルの開け方が結果に直結し、プレイヤーの技量がそのままタイムへ落ちる手応えが出る。

・マシン設定の細かさが「ゲーム」を「競技」に寄せる

シリーズの持ち味として語られるのが、セッティング項目の存在感だ。細部まで詰めようと思えばいくらでも触れるが、闇雲に触ると逆に遅くなる。そのバランスが面白い。例えば、最高速寄りに振れば直線は気持ちよく伸びるが、コーナーで踏めなくなる。逆に曲がる方向に寄せるとコーナーは楽になるが、伸び負けて抜けない。ブレーキの効き方、旋回の立ち上がり、縁石に乗った時の落ち着き、タイヤの持ち――そうした複数の要素が絡むため、単純な“正解”がない。コースや天候、レース距離、プレイスタイルで答えが変わり、「自分の正解」を作っていく過程がゲームの中核になる。ここまで来ると、ただのレースゲームではなく、ミニ四駆のセッティングや実車の調整に近い“試行錯誤の遊び”が立ち上がる。

・モード構成が生むプレイの流れ

遊び方は大きく分けて、気軽に走るモードと、結果を積み上げるモードの二本立てで理解すると掴みやすい。前者はコースを選んで走りを試す“練習場”として機能し、挙動のクセを覚えたり、セッティングの違いを比較したりするのに向いている。後者は“シーズン”のような流れで複数のレースを戦い、ポイントや成績が積み上がっていくイメージだ。ここでは安定性が価値になる。単発で速いより、ミスを減らして確実に上位へ入るほうが総合成績に効くからだ。結果、プレイヤーの運転が自然と“荒さ”から“管理”へ寄っていく。この設計が、シリーズが持つ職人気質の楽しさを引き出している。

・64世代の見せ方:速度感より「情報量」

画面の派手さや演出で押す作品ではないが、走行中の情報の出し方は“ゲームとしての設計”が前に出ている。速度感の誇張よりも、路面の変化や車体の姿勢が読み取れること、コーナー進入でミスった理由が分かることを優先している印象だ。つまり「気持ちよさ」だけでなく「納得」を積み上げるタイプ。自分がどこで欲張って、どこで無駄にブレーキを踏んだのかが見えると、次の周に改善点が生まれる。これが、リプレイ性の源になる。上達の手応えが“偶然の勝利”ではなく“原因の理解”として残るので、飽きにくい。

・どんな人に刺さるか

本作は、短時間で派手に盛り上がるレースよりも、じわじわと走りを整え、セッティングを詰め、少しずつタイムを削る遊びが好きな人に向く。逆に、最初から軽快なドリフトや一発逆転の爽快感を求めると、入り口で合わない可能性がある。ただ、合わないのは“ゲームが硬い”からではなく、“求めている快感の種類が違う”からだ。ここで得られる快感は、派手な演出ではなく、ブレーキの一踏み、ステアの一度、アクセルの一開けで、次のコーナーが静かに美しく繋がった時の「あ、今のは良い走りだった」という実感である。そこに価値を感じる人には、当時の64レースの中でも独特の居場所を持つ一作として、長く記憶に残る。

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■ ゲームの魅力とは?

・“速さ”より先に来るのは「走りを組み立てる快感」

『ヒューマングランプリ ザ・ニュージェネレーション』の面白さは、アクセル全開の爽快感を最優先に置いたレースとは少し違う。もちろん速く走るゲームなのだが、その速さは「勢い」ではなく「構造」から生まれる。どのコーナーで減速を終え、どの瞬間にハンドルを戻し、どこからアクセルを開け始めるか――この一連の流れが噛み合った時にだけ、車が“勝手に速くなる”感覚が出る。ゲームが用意しているのは、派手な演出のご褒美ではなく、プレイヤーが自分で作った走りが結果として表れる、ごく実直な報酬だ。だから同じコースでも「昨日の自分より今日の自分が上手い」と感じやすく、上達の実感が長く続く。

・クセのある挙動が「読み合い」に変わる瞬間

序盤に感じやすい“クセ”は、慣れると魅力へ変わる。反応が直線的でないぶん、車体の動きには必ず理由があり、ミスにも必ず原因がある。たとえば、進入で曲がらないのはブレーキが遅いだけではなく、ブレーキの抜き方が荒くて前荷重が残りすぎているからかもしれない。立ち上がりで滑るのはアクセルの開け方だけでなく、縁石の踏み方やステアを戻す速度が関係しているかもしれない。こうした“原因探し”が始まると、ただの反射神経勝負ではなく、走りの読み合いになる。コースと車体と自分の入力が三つ巴で噛み合い、改善の余地が尽きないところが、このゲームの中毒性を支えている。

・アナログ操作が活きる「繊細さ」と「鈍さ」の同居

NINTENDO64ならではの魅力として、アナログスティックの入力幅がそのまま走りへ反映される点が大きい。軽く倒すと軽く曲がり、強く倒すと強く向きが変わる――当たり前のようでいて、当時のレースゲームでも“入力の段階”がここまで主役になる作品は多くない。さらに本作は、ハンドルを切った瞬間に車が鋭く反応するのではなく、車体が少し遅れて向きを変える“鈍さ”も残している。この繊細さと鈍さの同居が、操作を単なる命令ではなく「提案」にしている。自分が入力したあと、車がどう返事をするのかを見ながら次の入力を決める――そのやり取りが、単調になりがちな周回レースを“対話”へ変えていく。

・セッティングが「遊びの幅」を増やす:自分好みのマシンを作る喜び

この作品の魅力を語るうえで、セッティングの存在は外せない。セッティングは“知識がある人だけの要素”と思われがちだが、本作の場合はむしろ「自分の弱点をマシン側で補う」入り口になっている。ブレーキングが苦手なら安定方向へ、コーナーで踏めないなら旋回寄りへ、直線で伸び負けるなら最高速寄りへ――そんなふうに、まずは体感でいじって、結果を見て、また調整するサイクルが回り始めると面白い。正解が一つではないからこそ、プレイヤーの“好きな走り方”がそのままマシンへ刻まれていく。速さのためだけではなく、運転のストレスを減らし、気持ちよく走れる状態を作ること自体が楽しさになる。

・「レース全体」を見せる設計が熱を生む

単発のタイムアタック的な刺激より、レース全体の流れに価値があるのも魅力だ。序盤はタイヤや燃料、ミスのリスクを意識して我慢し、中盤でペースを作り、終盤で勝負に出る――この“段取り”が成立するように作られている。結果、プレイヤーは目の前のコーナーだけでなく、数周先の展開を考えるようになる。ここでの面白さは、ゲームの外側の知識(実際のF1の戦略など)を知らなくても成立する。なぜなら、ゲーム内の挙動や順位の変化が「無理をしたら失う」「我慢したら残る」という分かりやすい因果で返ってくるからだ。勝った時の納得感が強いのは、この因果がプレイヤーの意思決定に紐づいているからである。

・“モジり”だからこそ生まれる想像の余地

実名ではなく“それっぽさ”で構成されている世界観は、一見するとリアリティの減少に見える。しかし視点を変えると、そこには想像の余地がある。実在のチームやドライバーに強く依存しないため、プレイヤーは「自分の中のF1像」を重ねやすい。しかもエディットの要素があることで、ただ眺めるだけでなく「自分で埋める」ことができる。実在要素が完璧に揃っているゲームは、完成度の高さと引き換えに“受け身の再現”になりやすいが、本作は余白がある分、プレイヤー側が能動的になれる。昔の雑誌や中継の記憶を呼び起こしながら、自分流の“ニュージェネレーション”を作っていく遊びが成立する。

・玄人寄りなのに、挑戦の導線がある

シミュレーション寄りの作りは敷居が高く見えるが、実際には「まず走って、次に整える」という導線が用意されている。最初は細かい理屈より、体感で“曲がりにくい”“立ち上がりで滑る”を覚えるだけでいい。次に、コーナー進入の速度を少し落とす、ブレーキの開始を早める、アクセルを開けるタイミングを半拍遅らせる――そうやって改善が積み重なると、セッティングの意味も自然に理解できるようになる。難しさを押し付けるのではなく、上達と一緒に見える景色が増えるタイプの設計なので、ハマると“自分で上達している感”が途切れにくい。

・評判になりやすい「好みが分かれる面白さ」

本作の面白さは万人向けの即効性ではなく、噛めば噛むほど味が出るタイプだ。だからこそ、当時も今も評価が割れやすい。軽快なドリフトや派手な接触、分かりやすい演出で盛り上げる作品を求める人には地味に映る。一方で、周回を重ねて走りを整える行為そのものに価値を感じる人には、替えがきかない存在になる。好き嫌いが分かれる=欠点というより、狙っている快感が明確である証拠とも言える。合う人にとっては、レースゲームを“反射神経”ではなく“技術の積み上げ”として味わえる貴重な一作だ。

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■ ゲームの攻略など

・まずは「勝つ」より「崩れない」を目標にする

本作の攻略で最初に効く考え方は、いきなり最速を狙わないことだ。理由は単純で、速さは“攻め”から生まれるように見えて、実際は“安定”の上にしか乗らないから。特に慣れないうちは、ブレーキングのタイミングが揺れ、ステアの入れ方が荒くなり、立ち上がりでアクセルを焦って姿勢を崩しやすい。そこで大事になるのが、1周を通して「大きなミスをしない」走りを作ること。順位やタイムは後回しでいい。まずは、コースアウトしない、スピンしない、壁に当てない――この“崩れない走り”をベースにすると、そこから攻め幅が増えていく。

・走りの基本は「減速→向き替え→加速」を分けること

操作のクセが強く感じる人ほど、減速しながら曲げ、曲げながら踏む、という動きを一度分解すると理解が進む。コーナー攻略を「減速」「向き替え」「加速」に分け、順番に片付けるイメージだ。 まず減速は“速度を落とす”だけでなく“姿勢を前へ乗せる”行為でもある。次に向き替えは、ステアを入れるだけではなく、ブレーキを抜くタイミングや車体の荷重移動とセットで成立する。最後に加速は、ただアクセルを踏むのではなく、車が真っすぐ向き始めたのを確認してから開けていく。 この3段階が整理できると、「曲がらない」「滑る」「立ち上がらない」といった悩みが、どの段階で起きているのか見えるようになる。

・ブレーキは“踏む”より“抜く”が重要

攻略で一番差が出るのは、ブレーキ開始の早い遅いよりも、抜き方の丁寧さだ。急に踏んで急に離すと、車体が前後に揺れ、タイヤのグリップが安定しない。するとコーナー進入で鼻先が入らなかったり、入ったと思ったら急に巻いたりする。 おすすめの意識は「踏んだら、少し残す」。進入でしっかり減速し、向き替えの直前までほんの少しだけブレーキを残して前荷重を作る。そのまま自然に抜いていくと、車体が落ち着き、ステアが“効く”時間が増える。アクセルよりブレーキが主役になる瞬間が多いのが、このゲームらしい攻略ポイントだ。

・ステアリングは“入れる量”より“戻す速度”が勝負

アナログ操作を活かすなら、切り足すより戻し方に注目するといい。コーナー中にステアを入れっぱなしにすると、車は曲がっているようで実は抵抗を増やし、立ち上がりでアクセルを開けた瞬間にリアが軽くなって滑りやすくなる。 理想は、向き替えのピークを越えたら、少しずつステアを戻していくこと。戻す速度が滑らかだと、車体の姿勢も滑らかに整い、加速へ移る準備ができる。逆に、戻しが遅いと踏めない、戻しが急だと挙動が跳ねる。ここが“上達の伸びしろ”になりやすい。

・アクセルは「一気に100%」ではなく「30→60→100」

立ち上がりで勝つために重要なのは、早く踏むことではなく、早く“踏める状態”を作ることだ。向きが決まっていないのに全開にすると滑って失う。そこで、踏み始めは控えめにし、車が真っすぐを向いたら増やし、最後に全開へ持っていく。 この三段階(30→60→100のイメージ)は、数字そのものより「段階を作る」ことが目的。段階を作ると、滑りそうな気配を感じた瞬間に踏み増しを止められる。結果としてスピンが減り、平均速度が上がる。速さは“最大速度”ではなく“平均の高さ”で決まる、と体感できるようになる。

・ライン取りのコツ:外・内・外を「遅く」守る

基本の外→内→外は知っていても、守れない原因はたいてい“早く内側に寄りすぎる”ことだ。早く寄ると、コーナー出口で外に膨らみ、踏めない。 本作では、内側に入るタイミングを半拍遅らせる意識が効く。つまり、進入は外側を長く使い、内側へ切り込むのは「もう少し奥」。すると、出口でハンドルを戻す余裕ができて、アクセルを早めに開けられる。見た目は遠回りでも、結果的に速くなる“レースゲームあるある”が、この作品でもはっきり出る。

・セッティング攻略:触る順番を決めると迷子にならない

セッティングが豊富な作品ほど、何から触るかで上達速度が変わる。おすすめは、いきなり細部へ行かず、体感が大きく変わる順番で触ること。 1) 曲がりやすさ(旋回の作り):曲がらないなら、まずここを改善する。 2) 安定性(滑りにくさ):立ち上がりで滑るなら、踏める土台を作る。 3) 最高速(伸び):直線で置いていかれるなら、最後に調整する。 この順番は、速さの本質が「踏める状態を作る」→「踏める時間を増やす」→「伸ばす」にあるからだ。最高速を先に上げると、ブレーキが間に合わずミスが増え、結局遅くなることが多い。

・難易度の感じ方:序盤が一番難しく、慣れるほど素直になる

本作の難しさは、最初に集中している。理由は、入力と挙動の関係を知らないうちは、何が原因で崩れたのか分からないからだ。逆に言えば、原因が見えてくると急に楽になる。 「このコーナーはブレーキを早めにして、抜きを丁寧にする」 「ここは縁石に乗らないようにラインを外す」 「立ち上がりは踏み始めを我慢する」 こうした対策が具体化してくると、ミスが減り、レース全体が安定し、難易度が“理解できる難しさ”へ変わる。攻略がそのまま上達になるタイプだ。

・レース運びのコツ:抜くなら“直線”より“出口”を取りに行く

オーバーテイクを狙う時にありがちなのが、直線で無理に並びにいって接触したり、ブレーキ勝負で姿勢を崩したりすること。本作で安定して抜きたいなら、コーナー出口の加速で差を作る意識が強い。 具体的には、相手の後ろで進入を合わせ、向き替えを丁寧にして、出口で自分だけ早く踏める状態を作る。すると直線に入った時点で相手より速度が乗っていて、無理のない形で並べる。これが決まると、ただのパワー勝負ではなく“走りで抜く”快感が出る。

・裏技や小ネタ的な楽しみ:タイム更新の“儀式”を作る

いわゆる一発で環境が変わる裏技というより、積み重ねの遊びが本作の主戦場だ。その代わり、遊び方の工夫で面白さが伸びる。 たとえば「1コースだけを徹底的に詰める日」を作る。最初は完走重視、次にブレーキの抜きを意識、次に立ち上がりの踏み増し、最後にセッティングで微調整――こういう“儀式”を回すと、タイムが伸びた理由が分かりやすく、上達が加速する。 また、モジり世界観を逆手に取り、自分の中の“実名再現ごっこ”をするのも相性がいい。名前や設定を寄せていくと、ただの記録更新が“自分だけのシーズン”になり、長く遊べる。

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■ 感想や評判

・一言で割れやすい評価:「地味だけど深い」か「重くて取っつきにくい」か

『ヒューマングランプリ ザ・ニュージェネレーション』の評判をまとめると、まず最初に出てくるのが“好みで真っ二つ”という性格だ。手に取った直後の印象は、人によって極端に変わる。派手なエフェクトや演出でテンションを上げるタイプではなく、走りの挙動やレースの積み上げで面白さを作る作品なので、最初の数レースで「思ったより地味だな」「操作が重いな」と感じる人もいる。その一方で、同じ要素を「現実っぽい」「走りを作ってる感じがする」「上達が気持ちいい」と受け止める層も確実にいて、こちらに刺さった人は“長く遊ぶほど評価が上がる”傾向が強い。つまり、短時間での第一印象が低く出やすいが、理解が進むと評価が反転するタイプのゲームだ。

・操作感への反応:最初は不満、慣れると「手応え」に変わる

感想で頻出しやすいのが、操作のクセに対する反応だ。特に「思ったタイミングで曲がらない」「滑り始めると立て直しづらい」「ブレーキがシビア」といった声は出やすい。ここだけを見るとネガティブに見えるが、面白いのは“同じ現象”を肯定的に語るプレイヤーがいることだ。曲がらないのは車体の荷重やライン取りが結果として出ているからで、滑りやすいのはアクセルの開け方が問われているから、という具合に、癖が「練習の意味」を生む。慣れた人ほど「入力に対する返答が分かりやすい」「ミスの原因が見える」「上達すると本当に速くなる」と語り、操縦の重さが“重厚さ”へ変換されていく。この二段階の受け止め方が、本作の評判を語るうえで重要なポイントになる。

・“実名じゃない”点への声:没入の方向が変わる

もう一つ、語られやすいのが、マシンやドライバーの扱いに関する印象だ。実名要素が薄いことを“パワーダウン”と感じる人は、リアル再現の気分を最優先に置いている場合が多い。チームやマシンの背景込みでF1ごっこをしたい人ほど、ここに物足りなさが出やすい。一方で、それを「余白」として面白がる人もいる。名前や設定を自分で寄せていく楽しみ、想像で補完できる自由度、そして“ゲームとしての独立した世界”を受け入れたうえで走りを詰めていく楽しみだ。結局、ここも好みが分かれるが、実名がないからゲーム性が薄い、というより、没入の入口が「再現」から「自分流の構築」へ移る――この変化をどう捉えるかが評価を左右する。

・シリーズ経験者の見方:懐かしさと変化点の両方が話題になる

シリーズを追ってきた人の感想は、比較の視点が強い。スーパーファミコン時代の感覚を知っていると、良くも悪くも「らしさ」が見える。細かなセッティング、癖のある挙動、レース全体の組み立てを重視する点は“らしい”。その一方で、NINTENDO64というハードならではのアナログ操作や表現の違いがあり、同じシリーズでも手触りが変わったと感じる人もいる。ここでの評価は、懐かしさを歓迎するか、変化を求めるかで分かれやすい。シリーズの“職人っぽさ”を好きだった人には、最終作としてのまとまりや、やり込みの余地が好印象として残ることが多い。

・レースゲーム全体の中での立ち位置:派手さより「詰める面白さ」

当時のレースゲームは、爽快感や分かりやすい派手さを前面に出す作品も多かった。その中で本作は、表面的な盛り上がりより、走行そのものの納得感で勝負している。だから「友だちとワイワイ遊ぶより、一人で黙々とタイムを縮める方が向いている」という感想が出やすい。逆に言えば、友人と競う場合でも、単なる運の勝ち負けになりにくい。練習量や理解度が結果に直結しやすく、“上手い人がちゃんと勝つ”ゲームとして評価されることもある。レースゲームに求めるものが「瞬間の盛り上がり」なのか「技術の積み上げ」なのかで、評判の方向がはっきり分かれるタイプだ。

・メディア・雑誌的な語られ方:尖った個性は評価されやすいが、万人向けには言いにくい

ゲーム雑誌や紹介文の文脈で語られるときも、本作は“尖った個性”が軸になりやすい。操作のクセ、セッティングの深さ、シリーズ最終作としての意味合い――こうしたポイントは紹介しやすい反面、「誰にでもおすすめ」とは言いづらい。つまり、良い点を挙げるほど“人を選ぶ”という説明が必要になる。そのため、総評としては「好きな人にはたまらないが、合わない人には合わない」という表現に落ち着きやすい。これは逃げの言葉ではなく、本作の快感が“努力で育つタイプ”であることの裏返しでもある。

・時間が経ってからの再評価:「こういうレースも必要だった」

面白いのは、時代が進んでからの見直しで評価が上がりやすい点だ。派手さで勝負する作品は、当時の新鮮さが薄れると印象も薄くなりがちだが、本作は“走りの手応え”が残る。操作のクセを理解して自分の走りを組み立てていく遊びは、古くなりにくい。結果として、当時はピンと来なかった人が、後年あらためて触れて「意外と面白い」「これ、ちゃんと練習すると化ける」と感じるケースが出る。中古で手に取った人が、最初は戸惑いながらも、徐々にハマっていく――そんな再評価の流れが生まれやすいのが、この作品の評判の特徴と言える。

・総合すると:評判は割れるが、芯のファンを作るタイプ

結論として、本作の感想や評判は“平均点”で語るより、“刺さる層が強い”と捉えたほうが実態に近い。取っつきやすさや派手さでは負ける場面がある一方、走りの組み立て、セッティングの試行錯誤、上達の快感という芯がある。そこに価値を感じる人は、繰り返し遊び、語りたくなる。レースゲームを「瞬間の快楽」ではなく「技術の蓄積」として楽しむ人にとって、この作品は印象に残りやすい一本だ。

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■ 良かったところ

・“上達した分だけ返ってくる”操作の手応え

良かった点としてまず挙げられやすいのは、運転の上達がそのまま結果に反映される感触だ。最初は扱いづらいのに、慣れてくると「同じコーナーでも明らかに失速が減った」「立ち上がりで踏める時間が増えた」と変化が分かりやすい。これは、ゲームがプレイヤーの入力を雑に丸めず、細かい差をきちんと拾ってくれるからだ。ブレーキの開始点、抜き方、ステアの戻し、アクセルの踏み増し――一つひとつの操作が“走りの質”として残る。速さが偶然ではなく、積み上げの成果として出るので、勝った時に納得感が強い。

・セッティングが「難しさ」ではなく「遊び」になっている

セッティング項目が多いゲームは、人によっては“面倒”に映る。しかし本作の場合、セッティングを「自分の走り方に合わせていく遊び」として受け止められるのが強みだ。曲がらないなら曲がる方向へ、滑るなら安定へ、伸び負けるなら最高速へ――触った結果が体感として返ってきやすく、変化が分かるぶん試行錯誤が楽しい。しかも、絶対的な正解が一つに固定されにくいので、「このコースではこの方向」「この走り方ならこう」という“自分なりの答え”が作れる。攻略がそのまま自分のマシン作りになり、遊びが深くなる。

・走りの質を磨けるモード構成と流れ

気軽に走って感覚を確かめる遊び方と、結果を積み上げていく遊び方の両方が成立しやすいのも良いところだ。練習でクセを掴み、セッティングを試して、納得した状態でレースへ持ち込む――この流れが自然に回る。単発で盛り上げるだけでなく、少しずつ“整えた走り”を持ち込んで勝負する構造があるため、プレイの目的が途切れにくい。今日は進入だけ改善する、明日は立ち上がりだけ詰める、といった短期目標も立てやすい。

・レースの駆け引きが「コーナー出口」で決まる面白さ

本作は、力任せに突っ込んで抜くより、コーナー出口の加速で差を作って前に出る展開が生まれやすい。つまり、“乱暴な勝ち方”より“上手い勝ち方”が気持ちいい。相手の進入に合わせて冷静に減速し、向き替えを丁寧に決め、出口で早く踏める形を作る。すると直線に入った時点で速度差が生まれ、自然に抜ける。ここが成立すると、ただ順位が上がった以上に「自分の走りで勝った」という実感が残る。レースゲームを“駆け引き”として味わえるのが、良い点として挙がりやすい。

・実名ではない世界観が、逆に「自分の物語」を作れる

モジり中心の構成は、リアル再現を求める人には惜しい点になり得る一方、良かった点として語る人もいる。理由は、余白があるからだ。自分の中の記憶や理想のシーズン像を重ねたり、エディットで寄せたりして、“自分だけのF1ごっこ”ができる。実在の固有名詞に縛られないぶん、プレイヤーの想像が入り込みやすい。ゲームとしての骨格がしっかりしているからこそ、その余白が“手抜き”ではなく“自由”として機能する。

・NINTENDO64のアナログ操作が活きる設計

アナログスティックで微妙な舵角を作り、ブレーキやアクセルを段階的に扱う――この繊細さが、ゲームの面白さと直結しているのも評価点だ。デジタル入力中心のレースでは出しづらい「ちょっとだけ残す」「少しだけ戻す」といった操作が意味を持ち、走りの質を作る道具になる。結果として、コントローラーを握る手つきそのものが上達していく感覚がある。ハードの特徴を“派手な演出”ではなく“操作の気持ちよさ”に変換している点が、好きな人には刺さりやすい。

・やり込みの核が「タイム更新」だけではない

レースゲームのやり込みはタイムアタックだけに寄りがちだが、本作は“走りの改善”と“セッティングの改善”の二本柱がある。タイムが伸びた理由を、操作の工夫なのか、セッティングの方向性なのか、レース運びの判断なのかで説明できるので、遊びが単調になりにくい。さらに、同じコースでも車の性格を変えると攻略の方針が変わり、別の遊びが立ち上がる。一本のソフトの中に、何通りもの“自分の正解”が作れるのが強い。

・勝ち負けが「運」より「理解」で決まる公平さ

最後に、地味だが大きい良さとして、勝ち負けの納得感が挙げられる。接触や運要素で決まるレースより、理解と技術で決まるレースは悔しさが次の練習へ繋がる。負けても「どこが悪かったか」が見えやすいので、投げ出しにくい。逆に勝った時は、運ではなく自分の判断と操作で勝った手応えが残る。ここが、本作を“好きな人が長く好きでい続ける”理由になっている。

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■ 悪かったところ

・最初のハードルが高い:楽しさに届くまで時間がかかる

本作で不満点として挙がりやすいのは、入口の取っつきにくさだ。走りの挙動が素直な“爽快系”ではなく、ブレーキの抜き方や荷重移動、ライン取りの丁寧さを求めるため、最初から気持ちよく走らせてくれない。慣れていないと「曲がらない」「滑る」「立ち上がれない」が続き、原因も分からずストレスが溜まりやすい。上達すると化ける一方で、そこまで辿り着く前に離脱してしまう人が出るタイプの設計で、この“最初の壁”は欠点としてはっきり残る。

・操作のクセが「個性」ではなく「合わなさ」になる場合がある

クセのある挙動は魅力にもなるが、裏を返せば好みを強く選ぶ。反応にタメがあり、雑な入力がそのまま不安定さとして返ってくるので、軽快に振り回して遊びたい人ほど「思い通りに動かない」印象が強くなる。特に、当時のN64レースでも、もっと直感的に曲がれる作品に慣れていると、本作は重く感じられやすい。ここは設計思想の違いとはいえ、短時間のプレイで気持ちよさを得にくい点は、悪かったところとして挙げられがちだ。

・実名要素の薄さが“盛り上がり”を削ぐ

モジり中心の構成は、自由度として肯定できる一方で、リアル系レースの醍醐味である「実在のチーム・ドライバーで走っている感」を弱める。スーパーファミコン時代のシリーズで実名要素に魅力を感じていた人ほど、「なぜここで…」という落差を覚えやすい。エディットで寄せられるとはいえ、最初から“そのまま”入っている強さには届きにくい。結果として、ゲームの骨格は硬派でも、気分の盛り上がりが一段落ちる――この感想は出やすい。

・セッティングが好きでない人には「作業」に見える

セッティングの多さは長所だが、短所にもなる。触らなくても遊べるとしても、挙動のクセを抑えるために“結局いじる必要がある”と感じる人もいる。しかも、何を触ればどう変わるかが最初から分かりやすいタイプではないため、試行錯誤が面倒になりやすい。 「走るより設定を触っている時間が増える」 「少し変えたけど速くなったのか分からない」 こうした感想が出ると、楽しさが“研究”寄りになり、レースゲームとしてのテンポが悪く感じられてしまう。

・演出面の地味さ:勢いで引っ張る力が弱い

派手なカメラワークや分かりやすい演出で盛り上げるタイプではないため、ゲームとしての“掴み”が弱いと感じられることがある。レース開始の高揚感、勝利の爽快感、ライバルとのドラマ――そういった要素が強い作品と比べると、本作は淡々としている印象になりやすい。もちろん硬派さとして評価もできるが、当時の家庭用レースに求められがちな「分かりやすい気持ちよさ」が薄い点は、悪かったところとして残りやすい。

・ゲーム内の説明が不足しがちで、理解の入口が狭い

クセのある挙動とセッティングの深さがある以上、本来なら“どう学ぶか”の導線が重要になる。しかし、プレイヤー側が自力で気づく前提になっている部分があり、ここでつまずくと面白さへ届きにくい。たとえば、ブレーキの抜き方が重要、ステアの戻しが重要、アクセルは段階的に――こうしたコツは、体験として掴める一方で、明確に教えてもらえると助かる層もいる。攻略情報がないと伸びにくい、という印象を持たれると、ゲームの評価は下がりやすい。

・当時の競合と比べると「万人受け」の部分で不利

1997年前後のレースゲームは、リアル寄り・爽快寄りの両方が揃い、選択肢が増えていた時期だ。その中で本作は、硬派な操作と積み上げ型の面白さに寄っているため、「友だちに勧めやすい」「誰が触ってもすぐ盛り上がる」という意味では不利になりやすい。 また、同じハード内で見た目の派手さやスピード感を強く押し出す作品があると、店頭や短時間の試遊では本作が損をする。実力が必要なゲームは、強みが伝わるまでに時間がかかる――この構造そのものが、当時の評価に影響しやすい弱点だったと言える。

・総合すると:設計思想の一貫性が“欠点”にも見える

本作の欠点は、雑に言えば「硬派すぎる」ところに集約される。走りの手応え、セッティングの深さ、淡々とした演出――これらはすべて一貫した思想の結果だ。だから、合う人には唯一無二になる一方、合わない人には“良さが分からないまま終わる”可能性が高い。 ゲームとしての完成度が低いというより、快感の種類が限定される。その限定の強さが、悪かったところとして語られやすい点だ。

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■ 好きなキャラクター

・この作品の「キャラクター」って何?:ドライバー=操作感の個性として愛される

『ヒューマングランプリ ザ・ニュージェネレーション』で語られる“好きなキャラクター”は、RPGの仲間みたいに台詞で魅せる存在というより、「このドライバー(=このマシン枠)の走りのクセが好き」「このチームっぽい立ち位置が気持ちいい」といった、プレイ感から生まれる愛着になりやすい。実名そのままの世界ではない分、プレイヤー側が“それっぽさ”を読み取り、想像で補完して推しを作る面白さがある。だから好みの語り口も、「顔が好き」ではなく「走りが好き」「勝ち方が好き」「自分のスタイルに合う」が中心になる。言い換えるなら、このゲームのキャラクター性は“挙動”と“結果”に宿っている。

・人気が出やすいのは「万能型エース」:ミスが少なく、詰めるほど伸びるタイプ

プレイヤーの間で推されやすいのは、扱いやすさと伸びしろが両立している“万能型”の枠だ。尖った最高速や尖った旋回ではなく、ブレーキから立ち上がりまでの流れが破綻しにくい。最初は「なんか走りやすい」くらいの印象でも、詰めていくとタイムが素直に伸びるので、気づけば愛着が湧いている。 好きな理由としては、派手に勝つより“崩れずに勝つ”強さがある点が大きい。レースを積み上げる遊び方と相性が良く、「結局ここに戻ってくる」「この枠に乗ると集中できる」と言われやすい。ゲームのクセを受け止める“器”が広いキャラクターほど、長く推される傾向がある。

・玄人が好む「暴れ馬スピード型」:速いけど難しい、だから燃える

逆に、好きな人が熱く語りがちなのが“暴れ馬”タイプだ。直線が気持ちよく、ハマった時の速さが一段上に見える。しかしコーナー進入がシビアで、ちょっとしたブレーキの抜き方やステアの戻しで一気に破綻する。 この枠を推す人の理由は単純で、「難しいのに、できた瞬間が最高」だから。安定型で勝つより、リスク込みで攻めて勝つほうが物語として強い。ミスると痛い、でも上手くいけばごぼう抜きできる――この“綱渡り”がキャラクターの性格に見えてくる。ゲームの操作が重厚だからこそ、暴れ馬を手なずけた時の達成感が濃く、推しとして成立しやすい。

・“雨に強い”“タイヤに優しい”といった「戦い方の個性」が推しを決める

この作品で面白いのは、推しの理由がスペックの強弱だけで終わらないところだ。同じように見える枠でも、走らせると「ここで踏める」「ここで我慢が効く」「ミスしても立て直しやすい」といった体感差が出る。するとプレイヤーは、キャラクターを“戦い方”として語り始める。 ・終盤型:序盤は抑えて、後半に強い走りを作りやすい ・堅実型:派手さはないがミスが少なく、総合成績が安定する ・一発型:噛み合うと最速級、ただし波が大きい こういう分類が生まれると、もはやドライバーは“性格”を持ち始める。実名ではないのにキャラが立つのは、この“体感の物語化”が起こるからだ。

・推しが生まれる瞬間は「自分の弱点を埋めてくれた時」

好きなキャラクターが決まる瞬間は意外とドラマチックで、「勝てたから」ではなく「救われたから」だったりする。たとえば、ブレーキングが苦手な人が、進入で姿勢を作りやすい枠に乗った瞬間、コーナーが急に怖くなくなる。立ち上がりで滑らせがちな人が、アクセルを丁寧に開けると素直に前へ出る枠に乗って、「自分の走りが通用した」と感じる。 その“通用した体験”が、キャラクターへの信頼になる。プレイヤーにとって推しとは、ただ強い存在ではなく「自分の走りを理解してくれる相棒」になりやすい。だから推しの語りは、スペック表より、思い出の一周、思い出の抜き方、思い出の勝ち方になる。

・エディットがあるから、最終的に一番好きなのは「自分が作ったキャラ」になりやすい

このゲームの“好きなキャラクター”を語るうえで欠かせないのが、エディット(作り替え)の存在だ。実名の空気が薄いぶん、プレイヤーは自分の記憶や理想像を持ち込む。そして、それを「名前」「見立て」「セッティング」「走り方」で形にしていく。 すると、推しは“用意された誰か”ではなく、“自分で仕立てた誰か”になる。見た目や呼び名を寄せるのもいいし、完全オリジナルの新世代スターとして育てるのもいい。勝ち方まで含めてキャラ付けできるので、長く遊ぶほど「これは自分の物語だ」という感覚が強くなり、愛着も深くなる。

・推しの選び方:初心者は堅実、慣れたら尖り、最後は相棒へ

実際のところ、推しの変遷には“あるある”がある。最初は走りやすい堅実型に落ち着き、慣れてくると尖ったスピード型やピーキーな枠に挑戦し、最終的には「一番勝てる」ではなく「一番気持ちよく走れる」相棒に戻ってくる。 ここがこの作品の良さで、推しが固定されるというより、プレイヤーの成長に合わせて推しが変わり、最後に“自分のスタイル”と一体化していく。キャラクターを選ぶことが、ただの選択ではなく「自分の走りを定義する行為」になるのが、このゲームらしい魅力だ。

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■ 当時の人気・評判・宣伝など

・1997年という時代背景:NINTENDO64市場の空気の中での挑戦

1997年春は、家庭用ゲームの話題が多方向へ伸びていた時期で、NINTENDO64も「3D表現」「アナログ操作」「コントローラーの手触り」といった新しさが、ジャンルごとに試されていた。レースゲームも同様で、派手な速度感や見た目の分かりやすさを前に出す作品が目立つ一方、じっくり型の作品は“良さが伝わるまで時間がかかる”宿命を背負いやすかった。『ヒューマングランプリ ザ・ニュージェネレーション』はまさにそのタイプで、瞬間のインパクトより「触って理解して、詰めて伸びる」設計を選んだぶん、発売直後の評価や人気は、体験環境(試遊・友人宅・雑誌記事の読み方)に左右されやすかったと言える。

・宣伝の印象:派手な煽りより“硬派さ”を前面にしやすい題材

この手のレースは、宣伝で何を見せるかが難しい。なぜなら、本当の魅力が「1周の組み立て」や「セッティングの詰め」で立ち上がるからだ。画面写真や短い紹介文だけでは“違い”が伝わりにくい。結果として、宣伝や紹介は「シリーズ作」「本格派」「細かなマシン設定」といった言葉で“玄人向けの香り”を出す方向へ寄りやすい。これはファンには刺さるが、ライト層には距離を作ってしまう可能性もある。つまり、宣伝の時点で「分かる人に向けた作品」に見えやすく、その見え方が人気の広がり方に影響しやすいタイプだった。

・当時のプレイヤーの反応:触った人の中で評価が育つ

発売当時の口コミ的な広がり方を想像すると、「買ってすぐ盛り上がる」より「しばらく遊んだ後に評価が固まる」ルートが強い。最初の数レースでクセに戸惑い、慣れてくると急に面白くなり、そこからセッティングと走りの改善に火が付く。この流れに乗れた人は「これ、ちゃんとやると面白い」「タイム詰めが止まらない」と語り始める。逆に、最初の壁で止まった人は「難しい」「重い」「地味」と言いやすい。だから同じ発売時期でも、評判が一枚岩になりにくい。人気が“爆発”するというより、芯のファンが静かに残る形になりやすい。

・シリーズ最終作としての話題性:知っている人ほど気になる“変化点”

スーパーファミコンで積み上げてきたシリーズの延長にある、というだけで、当時のシリーズ経験者には一定の注目が集まりやすい。特に「最終作」という立ち位置は、後から振り返ると重みが増すが、発売当時でも“シリーズの集大成”という見方をする層はいたはずだ。一方で、実名要素が薄い点や、64での手触りの変化は、話題にもなりやすい。シリーズの“らしさ”を歓迎する声と、「ここは前作の方が…」という比較の声が同時に出て、評価が割れる土壌にもなる。シリーズ物の宿命だが、本作はその分岐がはっきり表に出やすい条件を持っていた。

・人気の広がり方:派手なブームより“固定ファン型”

当時の市場で、レースゲームが人気を広げる方法は大きく二つある。ひとつは、誰でもすぐ気持ちよく走れて、対戦や見栄えで盛り上がるタイプ。もうひとつは、黙々と詰める面白さで口コミが深く刺さるタイプ。本作は後者で、広く浅くより、狭く深くになりやすい。店頭の短い試遊や数分のプレイでは真価が見えにくい分、購入して腰を据えて触った人の中で評価が育つ。そしてその評価は、派手な流行の波ではなく「好きな人はずっと好き」という固定ファンの形になりやすい。

・当時の雑誌・紹介記事で語られやすいポイント

紹介文で取り上げられやすいのは、分かりやすい“特徴”だ。本作なら、シリーズの系譜、細かなマシン設定、クセのある操作感、そして実名ではない独自の世界観といった点が前に出やすい。ここで重要なのは、それらが“長所にも短所にもなる”ということ。硬派さを魅力と読む人には強い導線になるが、ライト層には敷居に見える。結果として、雑誌での言葉選び次第で「本格派で熱い」にも「人を選ぶ」にも振れる。人気の伝わり方が文章のニュアンスに左右されやすいのも、当時の評判形成の特徴だっただろう。

・総括:当時の熱量は「理解した人」が支え、今に繋がるタイプ

総合すると、発売当時の『ヒューマングランプリ ザ・ニュージェネレーション』は、派手な話題で席巻するより、理解した人の中で熱量が高まる作品として位置づきやすい。宣伝や第一印象だけで評価が決まりにくく、腰を据えて触った人ほど良さが見える。そのため、当時の人気は“広いブーム”より“濃い支持”の形になりやすく、結果として「知る人ぞ知る」「語れる人が語る」タイプの存在感として残りやすい。

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■ 中古市場での現状

・結論:N64ソフトとしては「入手しやすい価格帯」だが、状態でブレる

『ヒューマングランプリ ザ・ニュージェネレーション』は、希少プレミアというより“流通が細く長く残っている”タイプで、相場も比較的おだやか。2026年2月時点で見える範囲だと、ワンコイン〜千円台前半あたりが主戦場になりやすく、付属品の有無やコンディションで上下する印象だ。

★ ヤフオク!での取引価格(落札相場の見え方)

オークション形式だと、同じタイトルでも「開始1円〜」「まとめ売りに紛れる」「箱説ありで強気」など条件が混ざるため、価格の振れ幅が大きく見えやすい。直近の“グランプリ64”系キーワードの落札データでは、最安1円〜最高5,500円、平均は1,000円前後という表示になっている。ここは出品内容の混ざり方で数字が動くので、実際に狙うときは「写真で箱・説明書の有無」「ラベルの剥がれ」「端子の汚れ」「動作未確認かどうか」を見て、同条件の落札結果と比べるのがコツ。

★ メルカリでの販売状況

フリマ系は「即決」「送料込み」が基本なので、相場は落ち着きやすい。検索結果の並びや実際の売り切れ例を見ると、700円前後〜1,100円台あたりで動いているケースが確認できる。箱・説明書つき/ソフト単品のどちらでも出品はあるが、説明文に“箱は畳んで発送することがある”など個別条件が付く場合もあるため、コレクション目的なら梱包条件まで読むと失敗が減る。

★ Amazonマーケットプレイスでの販売価格

Amazonは、同一ASINに複数出品が集まるぶん、最安値だけ見るとかなり安く見えることがある。該当ページの表示では中古の最低価格が数百円(例:320円)として出ている一方、配送料やコンディション説明の幅があるので、最終支払額と「箱説の有無」「動作保証の書き方」をセットで見るのがおすすめ。

★ 楽天市場での取り扱い状況

楽天は、ショップ型の出品が中心なので、価格は“整った表示”になりやすい。現行の掲載例では、送料込みで649円の中古出品が確認できる。ショップによっては状態表記が「可」基準だったり、発送までの日数が明記されていたりするため、「安さ」より「状態ランクの読みやすさ」で選ぶと満足度が上がりやすい。

★ 駿河屋での販売状況

駿河屋は“箱説あり”と“箱説なし(ソフトのみ)”で別商品ページになることが多く、相場観を掴みやすい。箱説あり(HUMAN GRAND PRIX表記側)のページでは中古800円の在庫表示が確認でき、箱説なし側は「他のショップ 530円〜」という見え方になっている。店頭と通販で価格・在庫がズレる注意書きもあるので、「今その価格で買えるか」はカート投入直前に最終確認すると安心。

・中古で失敗しないチェックポイント(この作品で特に効く)

① 箱・説明書の有無:コレクション目的なら最重要。相場もここで変わりやすい。 ② ラベルとカートリッジ外装:N64はカートリッジが“見た目の顔”なので、日焼け・剥がれ・書き込みは満足度に直結する。 ③ 端子の状態:動作未確認品が安い理由になりがち。写真で端子が黒ずんでいないかを見る。 ④ 梱包・発送条件:箱を畳む出品など、保存派には重要。

・相場のまとめ(体感の目安)

2026年2月時点の表示・取引の見え方から整理すると、ソフト単品は数百円台〜千円前後、箱説ありでも千円台前半中心で探しやすい部類。逆に、状態が極端に良いものや、まとめ売りの希少枠に入っているものは上振れしやすい。欲しいのが「遊ぶ用」か「保存用」かで、最適な購入先(フリマ/ショップ/オークション)が変わるゲームだ。

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