【発売】:ポニカ
【対応パソコン】:PC-8801、FM-7、MSX、MZ-700 など
【発売日】:1984年
【ジャンル】:アクションゲーム
■ 概要・詳しい説明
1984年の国産SF映画を、公開時期に合わせてゲームへ展開した異色のタイアップ作品
『さよならジュピター』は、小松左京が原作・脚本・総監督を務め、1984年に公開された同名SF映画を題材として、ポニカから発売された国産パソコンゲームである。現在のように映画公開と同時に家庭用ゲーム機向けの大型ソフトを投入することが一般化する以前の作品であり、1980年代前半のパソコン市場における「映画とコンピュータゲームのメディアミックス」を知るうえでも非常に興味深い一本といえる。映画そのものは西暦2125年の太陽系を舞台に、人類を滅亡させかねないブラックホールの接近、木星を新たな恒星へ変えようとするJS計画、木星の自然を守ろうとするジュピター教団、そして木星周辺に存在する謎の巨大物体などを盛り込んだ壮大なSF作品だった。ゲーム版は、この映画全体をそのまま再現しようとしたものではない。むしろ映画の中でもゲームとして分かりやすい緊張感を作りやすい「ミネルヴァ基地への侵入」「ジュピター教団との戦闘」「基地に仕掛けられた爆弾への対処」といった要素を抜き出し、当時の8ビットパソコンで遊びやすいアクションゲームへ再構成した作品だった。映画の壮大な世界設定を背景として持ちながら、ゲームそのものは迷路型のアクションへ大胆に絞り込んでいるところが最大の特徴である。映画ではブラックホールへの対処や木星爆破という巨大なスケールの物語が展開されるが、ゲームではその危機を「基地内部で破壊工作を阻止する」という局地的な任務へ変換しているため、プレイヤーは巨大宇宙船を操縦するのではなく、限られた空間を移動しながら敵と危険物へ対処する立場になる。これは一見すると映画から大幅に簡略化されたように感じられるが、1984年当時の家庭用パソコンの性能、カセットテープ中心の販売形態、短時間でゲーム内容を理解できる商品設計などを考えれば、むしろ非常に時代を反映したゲーム化だったと見ることができる。
ポニカが積極的に展開していた「映画・アニメ・漫画のゲーム化」の一本
発売元のポニカは、後のポニーキャニオンへつながるブランドとして1980年代前半からパソコン用ソフトを積極的に発売しており、純粋なオリジナルゲームだけではなく、映画や漫画、アニメなどの知名度を利用したキャラクター・版権作品にも力を入れていた。当時のラインアップを見ると、『南極物語』『幻魔大戦』『ゴルゴ13』『プロジェクトA』『戦闘メカ ザブングル』など、映像作品や漫画などとの関連性が強いゲームが並んでいる。その中へ加わったのが『さよならジュピター』だった。したがって本作は、単独のゲーム企画として誕生したというより、映画公開によって高まった作品名の認知度をパソコン市場へ広げる商品として見る方が理解しやすい。現在でいうメディアミックス商品に近いが、1984年当時は同じタイトルを映画・ゲーム・音楽・書籍へ横断的に展開する手法自体がまだ発展途上であった。そのため、映画のストーリーを忠実に追体験できることよりも、「映画で見た世界を自宅のパソコンでゲームとして触れられる」ということ自体に大きな商品価値があったのである。
1984年版は、ミネルヴァ基地を舞台にした迷路型アクションゲーム
1984年に発売された『さよならジュピター』の中心となるのは、迷路状に構成されたミネルヴァ基地を移動しながら、侵入してきたジュピター教団の破壊工作を阻止するというアクションである。映画の終盤では、木星爆破計画が最終段階へ入ったミネルヴァ基地へジュピター教団の強硬派が侵入し、基地内部で銃撃戦と爆弾設置が行われる。本作は、この部分をほぼゲームの中心テーマとして取り出したものと考えると分かりやすい。プレイヤーは基地内部を移動し、敵を攻撃しながら仕掛けられた爆弾への対処を進めていく。画面構成やゲーム進行には、当時広く普及していた固定画面型・迷路型アクションゲームの影響を感じさせる部分があり、広大な宇宙を自由に航行するSFシミュレーションとはまったく異なる方向性になっている。映画を知らずに遊べば「宇宙基地を舞台にした迷路シューティング」、映画を知っていれば「ミネルヴァ基地攻防戦をゲーム化した作品」という二つの見方ができる。
映画の物語全部ではなく、最もゲームにしやすい「基地攻防戦」を抽出した構成
ここで重要なのは、このゲームを映画全編のダイジェスト版として考えないことである。映画『さよならジュピター』には、木星を第二の太陽へ変えるJS計画、火星で発見された地上絵、ジュピターゴーストと呼ばれる謎の巨大物体、彗星減少の謎、ブラックホールの接近、木星爆破計画、本田英二とマリアの関係など、複数の物語が同時進行する。しかし1984年のアクションゲーム版では、これらを一本ずつ追体験する形式にはなっていない。ゲームとして採用されたのは、映画終盤に描かれる「ミネルヴァ基地を守る」という分かりやすい危機である。これはゲームデザインとして非常に合理的だった。複雑なSF設定を長い文章で説明しなくても、「敵が基地へ侵入した」「爆弾が仕掛けられている」「敵を倒しながら爆弾を処理する」という三つの目的だけでプレイヤーが何をすべきか理解できるからだ。一方で、映画の宇宙規模の壮大さを期待して遊ぶと、内容の小ささに驚く可能性もある。木星太陽化計画そのものをシミュレーションしたり、ブラックホールの軌道を計算したり、ジュピターゴーストを探索したりするゲームではなく、SF映画のクライマックスを当時流行していたアクションゲームへ置き換えた作品なのである。この「原作の一場面を丸ごとゲーム一本へ膨らませる」という考え方は、容量の小さかった1980年代前半のキャラクターゲームでは珍しくない手法だった。
販売価格2800円というカセットテープ時代らしい商品設計
1984年版については、PC-8801、FM-7、MSXなどを対象とするカセットテープ媒体のアクションゲームとして2800円で販売された記録が残っている。当時はフロッピーディスクドライブがすべてのパソコンユーザーに普及していたわけではなく、安価なソフトではカセットテープによる供給もごく普通だった。ゲームを開始するまでにテープからプログラムを読み込ませる必要があり、現在のように電源を入れてすぐ遊べるわけではない。その代わり、ディスク媒体より商品価格を抑えやすく、多機種へ展開しやすいメリットがあった。2800円という価格設定も、映画とのタイアップ商品を比較的手に取りやすい価格で販売する狙いが感じられる。現在から見ると、一本の映画を題材にしているにもかかわらずゲーム内容が非常に小さく思えるかもしれない。しかし当時のカセットゲームでは、数画面あるいは一つのゲームシステムへテーマを凝縮した作品が一般的だったため、『さよならジュピター』だけが特別に簡素だったというより、その時代のパソコンソフトらしい規模だったと理解した方がよい。
翌1985年にはFM-7向けに「アドベンチャーゲーム版」が登場
本作をより面白い存在にしているのが、1984年のアクションゲームだけで終わらなかった点である。翌1985年にはFM-7系向けに、同じ『さよならジュピター』を題材にしたアドベンチャーゲーム版が発売されている。つまり単なる機種移植や改良版ではなく、同じ映画を異なるゲームジャンルでもう一度料理した作品が存在するのである。1984年の「アクションゲーム版」と1985年の「アドベンチャーゲーム版」は別作品として位置づけられており、後者はフロッピーディスク媒体を用いた比較的本格的なパッケージソフトとして展開された。価格については5800円とされ、2800円だったカセット版アクションゲームと比較すると商品としての位置づけが大きく変わっていることが分かる。映画公開直後には分かりやすいアクションゲームを投入し、その後に物語性を生かしやすいアドベンチャーゲームへ再構築したという流れは、同じ題材のゲーム化としてかなりユニークである。
登場人物は映画版の世界観を背負う存在で、ゲームでは役割が大幅に整理されている
原作映画の中心人物はJS計画の主任である本田英二であり、その周囲にはジュピター教団へ加わった幼なじみのマリア、宇宙言語学者ミリセント・ウィレム、ジュピター教団の中心人物ピーター、計画に協力するカルロス・アンヘレス、彗星源の探索に関わる人物など、多数の登場人物が存在する。しかし1984年版アクションゲームでは、こうした人物同士の複雑な関係を会話劇として再現することより、プレイヤーと敵側のジュピター教団という単純な対立構造が優先されている。そのため映画版を先に知っている人ほど、ゲームを遊んだときには「映画終盤の一部分だけをアーケードゲーム風にした作品」という印象を受けやすい。一方、映画を知らない人でも、宇宙基地を守るSFアクションという最低限の設定だけでプレイ可能であり、原作知識を必須としない設計だったことも特徴である。映画版では本田とマリアの関係が物語の感情的な軸になっているが、ゲームでは人物ドラマよりも基地防衛そのものが前面へ出ている。この大胆な省略こそ、初期の映画原作ゲームらしい面白さでもある。
「大作SFの完全再現」ではなく、1984年のパソコン文化を凝縮した作品として見ると面白い
総じて1984年版『さよならジュピター』は、現在の感覚で想像する映画原作ゲームとはかなり異なる。ムービーシーンで映画を再現したり、俳優の姿を高精細なグラフィックで描いたり、映画のストーリーを最初から最後まで追体験したりする作品ではない。しかし、その制約こそが本作の個性でもある。巨大なブラックホール、木星爆破、人類存亡、宇宙人の痕跡といった壮大な題材を持つ映画から、パソコンゲームとして成立しやすい「基地内の敵を倒す」「迷路を進む」「爆弾を探す」という部分だけを選び出しているからだ。そして翌年には同じ題材をアドベンチャーゲームへ再構築している。一本の映画が短期間に異なるジャンルのパソコンゲームへ変換された事実は、ポニカが当時どれほど積極的に映像作品とパソコンソフトを結び付けようとしていたかを示している。現在ではゲームとしての知名度より、小松左京による映画『さよならジュピター』の関連商品、あるいは1980年代国産パソコンゲーム史の珍しい版権作品として語られることの方が多い。しかし、映画公開とほぼ同時期にPC-8801、FM-7、MSXなどへ展開され、さらに翌年にはFM-7向けの別ジャンル版まで登場したという経緯を考えれば、単なる一発もののキャラクターゲームでは片づけにくい存在でもある。ゲーム単体では非常にシンプルでも、その背後には映画産業、パソコン市場、版権ビジネス、カセットテープという記録媒体、アクションゲームとアドベンチャーゲームという二種類のゲーム文化が重なっている。その意味で『さよならジュピター』は、ゲーム内容だけでなく「1984年前後の日本のパソコンゲームがどのような時代だったのか」まで含めて味わうことで、より面白さが見えてくる作品なのである。
■■■■ ゲームの魅力・攻略・好きなキャラクター
映画の巨大な危機を「基地内で水爆を探す」という分かりやすいゲームへ凝縮した面白さ
1984年版『さよならジュピター』のゲームとしての最大の魅力は、映画で描かれた非常に複雑で壮大なSF世界を、驚くほど単純明快なゲームルールへ置き換えているところにある。原作映画では木星太陽化計画、未知の巨大物体ジュピターゴースト、太陽系へ接近するブラックホール、ジュピター教団との思想的対立、木星爆破計画、本田英二とマリアの関係など、複数のテーマが絡み合いながら物語が進んでいく。それに対してゲーム版は、「ジュピター教団によって基地へ危険な爆発物が仕掛けられたので、それを見つけて処理する」という非常に分かりやすい目的へ焦点を絞っている。プレイヤーが担当するのは、映画全編を追体験する主人公というよりも、危機に陥った木星基地を動き回って破壊工作を食い止める実働要員のような立場である。この大胆な簡略化は、現在の映画原作ゲームに慣れている人から見ると物足りなく思えるかもしれない。しかし、カセットテープで供給され、限られたメモリーの中で一本のゲームを成立させなければならなかった1984年という時代を考えると、むしろ非常に合理的な構成だった。大切なのは物語をすべて再現することではなく、「さよならジュピターの世界へ入った」という雰囲気と、基地が破壊される前に危機を解決する緊張感を短時間で味わわせることだったのである。遊びの構造は、迷路型アクションとサスペンスゲームを組み合わせたものと考えると分かりやすい。基地内は複数の通路や部屋で構成され、プレイヤーはその中を探索する。どこへ向かえばよいのかを判断しながら移動し、ジュピター教団の構成員を警戒し、必要に応じて攻撃しながら危険物を探していく。単純に敵を全滅させればよいゲームではなく、「本来の目的は爆弾を見つけて基地破壊を阻止すること」という点が特徴になっている。敵を倒すこと自体は手段であり、目的ではない。そのため、シューティング的な爽快感だけを求めるより、「どの通路を通るか」「敵と戦うか避けるか」「まだ調べていない場所はどこか」という判断を楽しむ方が、本作の面白さを理解しやすい。
パックマン型の迷路ゲームにSF映画の世界観を重ねた独特のゲームデザイン
画面を見たときに最初に感じるのは、1980年代前半らしい迷路型アクションゲームの雰囲気である。現代の視点から見るとキャラクターもマップも非常に単純な記号として描かれているが、この簡潔さがかえってゲームの目的を分かりやすくしている。プレイヤーは迷路の中を縦横に移動し、通路の接続を覚えながら基地内部を探索する。映画に登場した精巧な宇宙船や巨大なミネルヴァ基地をリアルに描くことは当時のパソコンでは難しかったため、開発側は基地を一種の迷路へ置き換えることで「巨大施設を探索している感覚」を表現したわけである。ここで面白いのが、単なる抽象的な迷路として終わらせず、基地内部の部屋に名称を持たせていることである。プレイ記録では「司令室」「病室」といった施設らしい部屋が存在し、さらに映画を知る人なら思わず反応してしまう「ラブルーム」まで登場することが確認されている。これはゲーム攻略に絶対必要な要素というより、映画とのつながりを感じさせるファンサービスに近い。映画に登場した要素を可能な範囲でゲームへ忍び込ませ、「これはただの迷路ゲームではなく『さよならジュピター』なのだ」と感じさせる工夫なのである。こうした部屋の存在は、攻略面でも重要な意味を持つ。迷路型ゲームでは、似たような通路が連続すると自分がどこにいるのか分からなくなりやすい。しかし特徴的な部屋を位置の目印として覚えておけば、「司令室から右へ進み、その次の分岐を下へ」「病室付近はすでに確認済み」といった具合に自分なりの地図を頭の中へ作ることができる。当時はオートマッピングなど望むべくもないため、プレイヤー自身の記憶が攻略能力の一部になる。紙へ簡単な地図を書きながらプレイするのも非常に有効だったと考えられる。
撃ちまくるだけではなく「敵に見つからないようにする」ことも重要なサスペンス性
本作を単純な迷路シューティングと考えてしまうと、その個性を半分しか見ていないことになる。当時のソフトカタログでは、基地内には複数の敵が潜んでおり、敵に見つからないように水爆を発見することがゲームの目的として説明されていた。つまり本来のゲームイメージには、敵と真正面から戦い続けるのではなく、危険を回避しながら目的を達成する「潜入」の要素も含まれていたのである。もちろん現代のステルスアクションゲームのように、敵の視界を細かく表示したり、物陰へ隠れたり、警戒レベルが段階的に上昇したりするわけではない。それでも、「敵と接触しない」「敵がいる方向へ無理に進まない」「危険な場所では素早く通過する」という判断が求められるだけで、当時としては十分にサスペンスゲームらしい緊張感が生まれる。敵がいるから撃つという反射的な遊びではなく、「戦わずに済むのであれば避ける」という考え方が成立するところに特徴がある。この構造は映画の設定とも相性がよい。ジュピター教団は宇宙から飛来した怪物や異星人ではなく、もともとは人間である。映画では木星を人類の都合で改造することへ反対する思想を持つ集団として登場し、その一部が過激な破壊活動へ踏み込んでいく。したがってゲームにおける敵も、「宇宙基地に突然現れたモンスター」ではなく、「同じ人間でありながら目的の違いによって敵対している相手」なのである。
敵へのビーム攻撃は危険を取り除く手段として使うのが基本
プレイ記録などで確認できる大きなアクション要素が、敵に対して行うビーム攻撃である。迷路を歩くだけではなく、必要な場面では攻撃してジュピター教団員を排除することができる。このため、探索ゲームにシューティング要素が加わり、単調になりやすい迷路移動へ緊張感が与えられている。攻略するときに意識したいのは、「敵を見つけたら必ず追いかけて倒す」という遊び方をしないことだ。本来の任務は敵の全滅ではなく、基地に仕掛けられた危険物を探し出すことである。敵一人を倒すために遠回りし、未探索エリアから離れてしまえば、結果として攻略効率が悪くなる。逆に自分の進路を塞ぐ敵、爆弾を探すために必ず通らなければならない場所にいる敵、狭い通路で回避しにくい敵などは早めに処理した方が安全である。ここで重要になるのが「戦う場所」である。迷路型ゲームでは、広い場所と狭い場所で敵への対応が大きく変わる。複数方向へ逃げられる場所では、敵の接近を確認してから距離を取りやすい。しかし細い通路や袋小路へ入ってしまうと、敵と正面衝突しやすくなる。したがって危険な敵を処理するときは、逃げ道を確保した状態で攻撃するのが基本となる。曲がり角の直後へ勢いよく入らない、行き止まりを確認してから奥へ進む、敵を見たら自分の後方に退避できる通路があるか確認する。このような小さな判断の積み重ねが生存率を高める。
水爆探しこそ本作の中心であり、探索済みの場所を管理することが攻略の近道
このゲームの最大の目的は、木星基地に仕掛けられた水爆を発見し、破壊工作を阻止することにある。そのため攻略の核心は、「敵を何人倒したか」ではなく「どこを調べ、どこをまだ調べていないか」を管理することになる。迷路探索で最も避けたいのは、同じ場所を何度も行き来して時間と集中力を浪費することである。画面構成が単純であるほど、「この通路はさっき通ったのか」「この部屋はもう確認したのか」が分からなくなりやすい。そこで有効なのが、自分の中で一定の探索ルールを決めておく方法だ。たとえばスタート地点から常に右側の壁を意識して進む、分岐では上方向を優先する、一つの区画を確認してから次へ移動するといった規則を作れば未探索場所を減らしやすい。さらに確実なのは紙へ簡単なマップを作ることである。精密な方眼地図を描く必要はなく、「司令室」「病室」「ラブルーム」「大きな分岐」「行き止まり」程度を線で結ぶだけでも十分役に立つ。1980年代のパソコンゲームでは、プレイヤーが自分でメモを作成することも攻略の一部だった。本作の場合も、ゲーム画面の外で情報を整理することによって難易度が大きく下がるタイプといえる。また、爆弾を探すという目的がある以上、見た目に特徴的な場所だけを巡るのではなく、細い脇道や一見すると意味のなさそうな空間まで確認する必要がある。「一度入った区画は可能な限り完全に確認してから出る」という考え方が有効である。
攻略の基本は「最短距離」より「安全な探索ルート」を作ること
本作を安定して進めるための攻略法として重要なのは、一発で完璧な最短ルートを狙うことではない。初めてプレイする段階では基地構造が分からず、敵がどこに現れるかも把握できないため、最短攻略を目指すほど無理な移動が増える。それよりも「安全に探索範囲を広げる」という方針を取った方が結果的には早い。第一段階では、スタート地点周辺の地形を覚える。戻る場所が分からなくなると、その後の探索が一気に不安定になるので、最初の数本の通路だけでも確実に把握する。第二段階では、目印になる部屋を探す。名前の付いた施設を見つけたら、自分の現在位置を判断する基準として記憶する。第三段階では、そこから隣接する区画へ枝を伸ばすように探索していく。知らない通路を延々と進むのではなく、既知の場所から少しずつ未知の範囲を広げるのである。敵と遭遇した場合も、まず逃げ道を確認する。安全な方向へ退避できるなら回避し、進路を完全に塞がれているなら攻撃する。こうすることで不必要な戦闘を減らせる。一度ゲームオーバーになったとしても、それまでに覚えた地図情報は次のプレイへ持ち越せる。これはセーブデータではなくプレイヤー自身の経験値である。最初は迷っていた基地が、何度か遊ぶうちに「ここを曲がれば司令室」「こちらは行き止まり」「この区画は危険」と理解できるようになる。この上達感こそ、シンプルな迷路アクションならではの面白さである。
敵を倒すことより「追い込まれないこと」を優先するのが実戦的な必勝法
本作のような古い迷路型アクションでは、敵との戦闘技術そのものより、敵に有利な位置を取らせないことが重要になる。特に危険なのは、袋小路へ入ったあとで敵に出口を塞がれる状況である。こうなると、こちらが攻撃できるとしても回避余地がなくなるため、一気に苦しくなる。そこで、行き止まりへ入る際には入口周辺の敵の位置を確認する癖をつけたい。敵が近い状態なら、先に安全な広い場所へ誘導してから探索する方がよい。十字路や複数の出口がある場所では、敵が迫ってきても別方向へ逃げられるため、戦闘するならこうした場所を利用する。逆に一本しかない通路では、可能な限り正面衝突を避ける。また、敵を倒すことに夢中になって現在位置を見失うのも典型的な失敗である。敵を追いかけて二つ、三つと分岐を越えた結果、自分がどこから来たのか分からなくなれば、爆弾探索の進行がリセットされたのと同じ状態になる。敵が逃げた、あるいは別方向へ離れたなら、それ以上追跡せず本来の探索へ戻る方が効率的である。いわば本作の必勝法は「強引に戦わないこと」にある。攻撃手段が存在するため、ついシューティングゲームとして遊びたくなるが、敵への対処はあくまで危険排除である。目的と手段を取り違えないプレイヤーほど安定して先へ進める。
部屋の名称を覚えると基地が単なる迷路から「場所」へ変わっていく
本作の楽しみ方としてぜひ意識したいのが、基地内部に用意された部屋を単なる背景として通り過ぎないことである。司令室や病室といった名称が表示されることで、記号的な迷路が徐々に「宇宙基地」として頭の中に組み立てられていく。なかでも非常に印象的なのがラブルームである。映画『さよならジュピター』を知る人にとって、この名称がゲームにまで登場すること自体がかなり強烈である。普通に考えれば、基地防衛アクションゲームへ絶対に必要な施設ではない。それでも入れてしまったところに、この時代の映画タイアップゲームらしいサービス精神が感じられる。現在のキャラクターゲームなら、有名な場面はムービーやイベントCGで再現されるだろう。しかし1984年のゲームでは、部屋の名称が表示されるだけでも十分に原作とのつながりを表現できた。数文字のカタカナがプレイヤーの記憶を刺激し、映画の場面を脳内で補完させる。この「想像力で足りない部分を埋める」という遊び方は、当時のパソコンゲームならではの魅力である。
登場キャラクターは少ないが「主人公」「ジュピター教団員」という役割が明確
1984年アクションゲーム版に関しては、映画版の主要人物が一人ずつ会話イベント付きで登場するような構成ではない。当時の商品紹介でも、主人公について固有名を強く押し出すのではなく、プレイヤー自身が主人公として参加するような説明がなされている。そのため、本田英二を操作していると断定するより、プレイヤー自身が基地の危機を解決する主人公として参加するゲームと捉える方が自然である。この主人公は、物語上の細かな性格付けより機能的な存在だ。基地内を探索し、敵を避け、必要なら攻撃し、水爆を探して危機を回避する。顔や台詞で感情移入させる主人公ではなく、プレイヤーそのものをゲーム世界へ送り込む「分身」に近い。敵役となるジュピター教団員も重要である。ゲームだけを見ると基地へ潜入した破壊工作員だが、映画の設定を知れば単なる悪の軍団ではないことが分かる。ジュピター教団は木星を人類の都合で作り替えることに反対する思想を持っており、環境保護を掲げる運動の一部が過激化した存在として描かれている。その思想と破壊活動の是非は別として、ゲームの敵側にも行動理由が存在するため、後世の視点から見ると意外に複雑な背景を持つ敵キャラクターである。そして映画世界との関連で忘れられないのがマリアである。彼女は本田英二の幼なじみであると同時にジュピター教団側へ加わっているため、「主人公に近い人物なのに敵対する思想を持つ」という作品の人間ドラマを象徴している。
印象に残るキャラクターは、むしろ敵であるジュピター教団員
ゲーム単体で考えた場合、最も印象に残る存在を挙げるなら、主人公以上にジュピター教団員である。理由は、本作の緊張感をほとんど彼らが作り出しているからだ。敵がいなければ、基地内部を歩いて水爆を探すだけの探索ゲームになってしまう。どこに敵がいるか分からない、遭遇すれば進路を変える必要がある、場合によっては攻撃して排除しなければならない。その存在によって迷路探索がサスペンスへ変わる。さらに面白いのは、映画を知っている場合と知らない場合で敵の見え方が変わることだ。ゲームだけなら「基地へ侵入して爆弾を仕掛けた悪者」に見える。しかし映画を知れば、木星開発へ反対する思想運動から生まれた集団だと分かる。もちろん基地へ危険物を仕掛ける行為を正当化するわけではないが、「なぜ彼らがそこまでしてJS計画を阻止しようとするのか」という背景が加わることで、単なるモンスターとは違う印象になる。映画側まで含めて好きなキャラクターを選ぶなら、マリアも非常に興味深い。主人公側と敵側をつなぐ人物であり、本田英二との個人的な関係とジュピター教団の思想の間で作品に緊張を生み出す存在だからである。
難易度は操作そのものより「迷わず探索する能力」に左右されやすい
本作は、何十種類もの武器を使い分けたり、複雑なコマンド入力を要求したりするタイプではない。基本構造そのものはかなり分かりやすい。それでも簡単に感じるとは限らない。理由は、ゲームの難しさが操作量ではなく情報管理へ置かれているからだ。どこを通ったか、どの部屋を確認したか、敵がどこにいたか、次にどちらへ進むべきか。こうした情報を整理できないと、同じ場所を何度も巡回することになる。焦って移動すれば敵へ接近し、戦闘へ気を取られれば現在位置を忘れる。この小さな混乱が積み重なるほど攻略は難しくなる。逆に基地構造を覚えてしまえば、ゲームの見え方は大きく変化する。最初は複雑に感じた通路も、「この区画から司令室へ行ける」「こちらへ行くと病室方面」「ここは行き止まり」と理解できるようになり、無駄な移動が減っていく。つまりプレイヤー自身の知識が最大のパワーアップ要素である。このタイプのゲームでは、一度目のプレイだけで評価を決めるより、数回挑戦してマップを覚えてからの方が面白さを理解しやすい。初回は探索ゲーム、二回目は記憶ゲーム、三回目以降は効率を競う攻略ゲームへ変化していく。
明確な「裏技」より、ゲームの仕組みを利用した立ち回りが重要
『さよならジュピター』については、有名な無敵コマンドや隠しキャラクター、特殊なパスワードといった確実に裏付けられる裏技情報はほとんど知られていない。そのため存在しない裏技を作って紹介するよりも、ゲームシステムを理解した立ち回りを「実戦的な必勝法」と考える方が適切である。第一に、迷路の分岐をすべて記憶だけに頼らないこと。紙へ書くだけで難易度は大きく下がる。第二に、敵を必要以上に追跡しないこと。第三に、袋小路へ入る前に周囲を確認すること。第四に、特徴的な部屋を現在位置のランドマークとして利用すること。第五に、一つの区画を可能な限り完全に調べてから次の区画へ進むこと。この五つを守るだけでも、闇雲に歩き回るプレイよりはるかに安定する。さらに慣れてきたら、「安全な通路」と「危険な通路」を自分の中で分類するとよい。敵との接触が起きやすい場所では長居せず、逃げ道の多い区画を中継地点として利用する。探索が終わった場所へは必要以上に戻らない。このようなルート管理ができるようになると、基地が巨大な迷路ではなく、自分の知っている活動範囲へ変化していく。
クリアへの考え方は「敵全滅」ではなく基地破壊を阻止すること
本作を攻略するときに最も重要なのは、何をもって成功とするゲームなのかを理解しておくことだ。中心となる任務はジュピター教団員との戦闘そのものではなく、彼らが基地へ仕掛けた水爆を発見し、破壊工作を食い止めることである。したがって敵を倒す行為は最終目標ではない。この目的を意識すると、攻略ルートの考え方も自然に変わる。敵を探すために基地を巡回するのではなく、爆弾を探すために基地を巡回し、その途中で邪魔になる敵だけを処理する。敵が遠くにいるなら無理に接触せず、その間に別の場所を調べる。戦闘中心で考えるより、任務達成中心で考える方が本作本来の遊び方に近い。
現在遊ぶと、ゲーム性以上に1984年の「映画ゲーム化」の発想そのものが魅力になる
現在の感覚だけで評価すれば、『さよならジュピター』のアクションゲーム版は極めてシンプルである。広大なオープンワールドもなければ、派手な宇宙戦闘もない。ブラックホールへ木星をぶつける壮大なシミュレーションもなく、映画俳優を再現したリアルなキャラクターも登場しない。基本となるのは、迷路状の基地を動き回り、敵を避けたり攻撃したりしながら危険な爆発物を探すゲームである。しかし、その簡素さを欠点として見るだけでは、この作品の面白さを取りこぼしてしまう。1984年の開発者たちは、『さよならジュピター』という巨大なSF映画から「何をゲームにすれば遊びとして成立するか」を考え、ミネルヴァ基地への破壊工作という一場面を選んだ。そして基地を迷路へ、ジュピター教団との銃撃戦をシューティング要素へ、爆弾設置を探索目的へ変換した。さらに司令室、病室、ラブルームなど原作を思わせる施設を配置することで、限られた容量の中に映画らしさを残した。この発想を理解して遊ぶと、本作は単なる古い迷路ゲームではなくなる。「映画のどこをゲームとして切り取ったのか」「なぜこの場面を選んだのか」「少ないメモリーでどう原作らしさを出したのか」を考えながら遊べる、一種のゲーム史資料になるのである。映画を知らない人ならレトロなSF迷路アクションとして楽しめる。映画を知っている人なら、基地の部屋やジュピター教団という設定を見つけるたびに原作との関連を楽しめる。そして1980年代パソコンゲームが好きな人なら、カセットテープ一本へ映画作品を落とし込む当時の大胆なゲームデザインそのものを味わえる。
■■■■ 感想・評判・口コミ
映画の壮大さを期待すると驚くほど小さい。しかし遊んでみると「1984年らしさ」が強烈に残るゲーム
1984年版『さよならジュピター』に対する感想をまとめるうえで、まず避けて通れないのが「映画とゲームのスケールの差」である。映画『さよならジュピター』は、ブラックホールの接近による人類滅亡の危機、木星を第二の太陽へ変える計画、宇宙文明の痕跡を思わせるジュピターゴースト、環境保護を掲げるジュピター教団、そして木星そのものを爆破してブラックホールへ衝突させるという巨大な作戦まで描いた、日本SF映画の中でもかなり野心的な内容を持つ。それだけに、作品名から想像して初めてゲームを見た人は、基地内部の迷路を移動して敵をかわしながら危険物を探すという非常にコンパクトな内容に驚きやすい。宇宙空間を自由に飛び回るわけでもなく、木星を直接操作するわけでもなく、映画のドラマを長いシナリオとして追体験するわけでもないからである。しかし、この「思っていたものとはかなり違う」という第一印象こそ、本作を語る際には面白い部分でもある。現在では映画原作ゲームと聞けば、劇中場面を可能な限り忠実に再現することを期待する。しかし1984年当時は、原作の世界観を一つのゲームシステムへ落とし込むことそのものが重要だった。そこで『さよならジュピター』では、映画全体を再現するのではなく、基地に侵入したジュピター教団と戦いながら爆弾を探すという一場面を大きく膨らませて一本のゲームにしている。現在の目で見ると大胆すぎる省略だが、逆にそこへ1980年代前半のキャラクターゲームらしい潔さを感じる人もいるだろう。
「簡単そうに見えるのに、実際には迷路で混乱する」という印象が残りやすい
ゲーム画面だけを見た場合、『さよならジュピター』はそれほど難しそうには見えない。複雑な操作コマンドがあるわけではなく、巨大なマニュアルを読み込まなければ一歩も動けないゲームでもない。主人公を移動させ、敵を警戒し、必要なら攻撃しながら基地内を調べていく。基本ルールは非常に理解しやすい。ところが実際に遊び始めると、迷路構造によって予想以上に混乱しやすい。似た通路を何度も移動しているうちに、「ここはもう調べたのか」「次にどちらへ行けばよいのか」「今は基地のどの付近にいるのか」が分からなくなっていく。このタイプのゲームでは、敵の強さ以上に自分自身の方向感覚が最大の敵になる。そのため初回プレイでは、敵との戦闘より迷子になったことの方が強く印象に残る場合もある。一方、この迷いやすさを面白さとして受け入れられる人にとっては、何度もプレイすること自体が攻略になる。最初はまったく分からなかった基地構造が、数回遊ぶと少しずつ頭へ入ってくる。「この先は司令室につながっている」「こちらから回り込める」「この通路は行き止まり」と判断できるようになった瞬間、ゲームの難易度が急に下がる。キャラクターの能力が上がったわけではないのに、プレイヤー自身の経験によって明らかに上達する。この感覚は、当時の迷路ゲームを好む人には特に評価されやすいポイントである。
派手なシューティングではないため、爽快感より緊張感を評価するタイプの作品
本作には敵を攻撃できる要素があるものの、いわゆるシューティングゲームのような爽快感を第一にした作品ではない。大量の敵を次々に撃破し、スコアを稼ぎ、派手なボスと戦うゲームを期待すると、かなり地味に感じるだろう。むしろ本作で感じる楽しさは、「敵に遭遇したくない場所で遭遇してしまう」「この先へ進みたいのに敵が邪魔している」「爆弾を探したいが、自分の位置も分からない」という不安から生まれる。グラフィックそのものは単純でも、プレイヤー側が状況を想像することで緊迫感が補強される。敵の姿がリアルだから怖いのではなく、「ここで失敗するとまた基地探索をやり直すことになる」という心理的な圧力が強いのである。そのため評価は好みが分かれやすい。スピード感を求める人には単調に感じられるが、探索と危機回避が好きな人には独特の面白さがある。
映画ファンから見ると「なぜこの場面をゲーム化したのか」が面白い
映画『さよならジュピター』を先に知っている人が本作を遊ぶと、ゲームそのものだけでなく、「映画のどこを切り取ってゲームにしたのか」という部分が興味深く感じられる。映画にはゲーム化できそうな場面が非常に多い。宇宙船を操作する場面、ジュピターゴーストの探索、ブラックホールへの対応、木星爆破計画、宇宙空間での活動など、後世のゲームなら複数のステージへ分けて採用されてもおかしくない。しかし1984年版では、その中からミネルヴァ基地の破壊工作阻止に焦点が当てられた。映画ファンの視点から見れば、「なぜ宇宙戦ではなく基地迷路なのか」という疑問が最初に生まれやすい。しかし当時のハード性能とゲーム容量を考えれば、非常に現実的な選択でもあった。背景を何枚も描き、複雑な宇宙シーンを再現するより、基地を迷路として表現する方がゲームにしやすい。そしてジュピター教団員を敵、爆弾を目的物にすれば、原作設定をそのままゲームルールへ変換できる。この変換の仕方を見ること自体が、現在では一つの楽しみになっている。映画を忠実に再現しているかどうかではなく、「1984年のゲーム開発者は、この映画をどう解釈したのか」という視点で見ると、かなり興味深い作品なのである。
当時のプレイヤーには「映画を見た後に遊ぶ関連商品」としての価値も大きかった
発売当時の感覚を想像するうえで重要なのが、ゲームそのものの完成度だけで価値を判断しないことである。当時はインターネット動画も配信サービスもなく、映画を見終わった後に作品世界へ触れ続ける手段は現在より少なかった。そのため、映画と同じタイトルのゲームを自宅のパソコンへロードし、自分でキャラクターを動かせることそのものが大きな魅力だった。映画館では観客だった人が、ゲームでは基地の危機を解決する側へ回る。この「見る側から動かす側になる」という体験は、今よりもずっと新鮮だったはずである。ゲーム画面のグラフィックが映画と似ているかどうか以上に、「さよならジュピターという名前のゲームが自分のパソコンで動いている」ということ自体に価値があった時代である。そのため、映画を見て気に入った人が関連商品として購入した場合と、純粋にゲーム内容だけを比較して選んだ場合とでは、評価がかなり違った可能性がある。
シンプルすぎる部分は、長所にも短所にもなる
『さよならジュピター』を現在プレイした人が感じやすい最大の弱点は、やはり内容の少なさである。現代の感覚から見れば、一本の映画を題材にしたゲームとしてはあまりにも要素が限定されている。登場人物の会話、映画のストーリー説明、複数のステージ、装備の強化、ボス戦などを期待すると、ほぼすべてが不足しているように感じるだろう。しかし逆に、そのシンプルさが長所にもなっている。説明を大量に読まなくても目的を理解しやすく、短時間でも遊べる。複雑な育成や装備管理がないため、すぐに基地探索へ入れる。操作方法さえ分かれば、あとは自分の記憶力と判断力だけで勝負できる。この「余計なものがほとんどない」ゲームデザインは、現在ではかえって新鮮である。ゲームを開始して数分後には、プレイヤーはすでに敵を警戒しながら迷路を歩いている。長いチュートリアルも、世界観説明ムービーもない。プレイヤー自身が遊びながらルールを理解することが前提になっている。
グラフィックは質素だが、想像力を使って遊ぶと印象が変わる
当然ながら、1984年のパソコンゲームなので映像表現は現在とは比較にならない。キャラクターは小さく、基地も単純な線や記号で表現され、映画俳優の表情を再現するようなことはできない。しかし、その単純さゆえに、プレイヤーの想像力が入り込む余地が大きい。一本の通路を歩いているだけでも、「ここは木星周辺の巨大基地内部なのだ」と考えれば見え方が変わる。敵の小さな記号も、映画を思い出せばジュピター教団の破壊工作員として意味を持つ。特に司令室や病室、ラブルームといった名称が出てくる場面は、グラフィック以上に文字情報が世界観を支えている。数文字の名称を見ただけで、プレイヤー側が「基地にはこういう施設があるのだ」と想像する。このような遊び方は、表現力が限られていた時代だからこそ成立したものである。
音や演出の少なさも含めて、静かな緊張感が残る
現在のゲームのような映画的なBGMや大量の効果音を期待すると、本作の演出は非常に静かに感じられる。しかし、その静かさが基地探索の孤独感を強めているとも考えられる。迷路を移動しながら、自分がどこにいるのかを考え、敵の出現を警戒する。派手な音楽がプレイヤーを盛り上げるのではなく、自分自身の集中力によって緊張感を作るタイプのゲームである。この点は人によって評価が大きく異なる。演出の豊かさを求める人には物足りない。しかし、古いゲーム特有の静けさが好きな人には、その素朴な空気がかえって心地よく感じられる。
1985年のアドベンチャー版が存在することで、ゲーム史的な面白さがさらに増している
本作に対する評価を特別なものにしているのが、翌1985年にFM-7向けのアドベンチャーゲーム版が登場したことである。同じ映画を題材にしながら、アクションゲームとはまったく異なるジャンルへ再構築された。これは現在振り返ると非常に興味深い。同一作品を同じハード世代でジャンルを変えてゲーム化する例は、それほど一般的ではないからである。1984年版では迷路アクションとして基地防衛を表現し、翌年版ではアドベンチャー形式でより物語的な要素へ接近する。同じ『さよならジュピター』でも、どこへ焦点を当てるかによってまったく違うゲームになる。そのためコレクターやレトロパソコンゲーム愛好家にとっては、一方だけ遊ぶより両方を比較すること自体が楽しみになる。映画一作品から二種類のゲームデザインが生まれたという事実が、本作を単なる版権ゲーム以上の存在にしている。
現在の口コミでは「ゲームそのもの」より「こんなソフトがあったのか」という驚きが大きい
現在この作品を初めて知る人の反応として特徴的なのは、内容に対する評価よりも、まず『さよならジュピター』がパソコンゲームになっていたこと自体への驚きである。映画について知っている人でも、ゲーム版まで知っている人は限られる。そのうえPC-8801、FM-7、MSXなど複数の国産パソコンへ展開され、さらに別形式のアドベンチャー版まで存在するとなれば、レトロゲームを長く追っている人でも興味を引かれやすい。「映画版は知っていたがゲームがあるとは知らなかった」「ポニカがこのような映画タイアップゲームを多数出していたことを初めて知った」「画面を見ると想像していたSFゲームとは全然違う」といった種類の反応が出やすい作品である。つまり現在の『さよならジュピター』は、万人が遊んだ有名作というより、発見することそのものが楽しいゲームになっている。
ゲームとしての完成度だけなら突出していないが、資料的価値は非常に高い
公平に見れば、『さよならジュピター』が1984年を代表する最高峰のアクションゲームだったとは言いにくい。同じ時代には、よりアクション性が高い作品、より洗練された迷路ゲーム、長く遊べる作品が数多く存在した。その中で本作だけがゲームシステムの革新性によって特別な地位を築いたわけではない。しかし、現在から見た評価軸はそれだけではない。本作には「映画公開とゲーム発売を連動させたタイアップ」「ポニカによる版権ゲーム展開」「複数の国産パソコンへの同時期展開」「翌年のアドベンチャーゲーム化」という、1980年代前半のパソコンソフト文化を理解するための要素が集中している。そのためゲーム史を調べる立場から見ると価値が高い。単体の面白さだけではなく、「当時の映画会社系ブランドがどのようにパソコンゲーム市場へ参入していたのか」を知る材料になるからである。
総合的な感想は「遊びの規模は小さいが、背景を知るほど面白くなる作品」
実際に『さよならジュピター』を評価するなら、ゲームそのものだけを切り離して見るより、映画や1984年前後のパソコン文化まで含めて見る方がはるかに面白い。ゲーム単体は非常に簡潔で、基地を探索し、敵を避けたり攻撃したりしながら爆弾を探すというものだ。数十時間遊び続けるような大作ではないし、壮大なストーリーをゲーム内だけで理解する作品でもない。しかし、映画との関係を知ると、一つ一つの要素へ意味が生まれる。なぜ基地なのか。なぜ敵がジュピター教団なのか。なぜ爆弾を探すのか。なぜ司令室やラブルームが存在するのか。すべてが映画の一部分を小さなゲームへ変換した結果なのである。初めて見たときは「これがあの『さよならジュピター』なのか」と驚き、遊んでみると「確かに映画の一場面をゲームにしている」と納得し、さらに調べると「翌年にはアドベンチャー版まで出ていたのか」ともう一度驚かされる。こうして調べれば調べるほど周辺事情が面白くなっていく。ゲームとして派手ではない。操作も単純で、映像も簡素である。それでも、1980年代のパソコンゲームを好む人にとっては、その簡素さ自体が魅力になる。当時の制約の中で有名映画をどうゲームへ置き換えたのかを実際に体験できるからだ。評価を一言でまとめるなら、「現在の基準で遊ぶと小粒だが、時代背景まで理解すると非常に味わい深い作品」である。単純な良作・駄作という二択では語りにくく、映画タイアップ、版権ゲーム、国産パソコン黎明期という複数の文化が重なったところに価値がある。そして、こうした少し変わったゲームこそレトロゲーム探索の面白さを象徴している。誰もが知る名作だけではなく、映画公開の熱気とともに生まれ、やがて市場から姿を消し、数十年後に再発見される一本がある。『さよならジュピター』は、まさにそのような作品なのである。
■■■■ 当時の宣伝・現在の中古市場など
映画公開とほぼ同じ時期にゲームを投入する「タイトルそのものを売る」タイアップ戦略
『さよならジュピター』のゲーム版を考えるうえで重要なのは、単独のパソコンゲームとして宣伝された作品というより、1984年に展開された映画『さよならジュピター』という大型企画の周辺商品として登場した性格が強いことである。映画は1984年3月に公開されており、ゲーム版についても1984年春ごろの発売とされているため、映画公開の熱気が残っている時期へほぼ重ねる形で市場へ投入されたと考えられる。この時代の映画タイアップゲームでは、現在のようにゲーム専用の大規模なテレビCM、公式サイト、SNS、発売前動画配信などを組み合わせて宣伝することはできなかった。その代わり、映画そのものの宣伝活動によってタイトル名を広く認知させ、その知名度をパソコンソフト売り場へ持ち込む方法が非常に有効だった。『さよならジュピター』という作品名を映画雑誌、新聞広告、劇場ポスター、テレビ番組などで知った人が、パソコンショップや雑誌のソフト紹介欄で同じ名称を見つければ、それだけでも強いアイキャッチになる。当時の感覚では、「映画で見た作品がゲームになっている」という事実自体がかなり強い宣伝材料である。現在では映画、アニメ、漫画がゲーム化されることは珍しくないが、1984年の家庭用パソコン市場では、著名な映像作品を題材としたゲームはまだ目を引く存在だった。しかも本作は、日本SF界を代表する小松左京の企画による大型SF映画を題材としている。ゲーム画面が映画そのものをリアルに再現できなくても、パッケージへ『さよならジュピター』という名称が書かれているだけで、映画ファンへ訴える力があったのである。
ポニカは一作品だけでなく、映画・漫画・アニメの知名度をゲーム販売へ積極的に利用していた
発売元であるポニカの販売戦略を知ると、『さよならジュピター』がなぜゲーム化されたのかも理解しやすくなる。当時のポニカは、完全オリジナル作品だけを作るゲーム専門メーカーではなく、映像・音楽・出版などと接点を持つ企業グループの強みを生かし、既存作品をパソコンゲームへ転換する展開を盛んに行っていた。1984年前後のラインアップには、『プロジェクトA』『戦闘メカ ザブングル』『超人ロック』『ゴルゴ13』など、映画・アニメ・漫画との結び付きが分かりやすいタイトルが並んでいる。これは現在でいうIPビジネスにかなり近い発想である。映画を映画館だけで終わらせず、音楽、書籍、ゲームなど別の媒体へ展開する。特にゲームの場合、「作品を鑑賞する」のではなく「作品世界を自分で操作する」という新しい体験を商品化できるところが大きかった。したがって、本作の宣伝で重要だったのはゲームシステムの新しさだけではない。「小松左京のSF大作『さよならジュピター』がパソコンゲームになった」という事実そのものが商品価値だったのである。
パソコン雑誌とソフトカタログが大きな情報源だった時代
1980年代前半にパソコンゲームを購入するユーザーにとって、ゲーム雑誌やパソコン雑誌の広告、新作紹介、ソフトカタログは非常に重要だった。現在のようにインターネットでゲーム動画を検索し、ユーザーレビューを大量に読んでから購入することはできない。ゲーム画面の小さな写真、数行の説明文、パッケージイラスト、価格と対応機種という限られた情報から購入を判断することも珍しくなかった。『さよならジュピター』も、テープソフトとして価格やゲーム目的が簡潔に紹介されており、ジュピター教団によって木星基地へ水爆が仕掛けられ、主人公がそれを取り除くという内容が宣伝上の分かりやすい特徴になっていた。こうしたカタログ形式の紹介は、本作のような映画タイアップ作品にとって非常に相性がよかった。作品名を見ただけで映画との関係が分かるため、限られた誌面でも読者の注意を引けるからである。現在から見ると数センチ四方のゲーム画面だけでは内容がほとんど分からないように思える。しかし当時は、そこから「どんなゲームなのだろう」と想像することまで含めて新作ソフトを選ぶ楽しみだった。
2800円という価格は映画ファンにも手を伸ばしやすい設定だった
1984年のアクションゲーム版は、PC-8801、FM-7、MSXなど向けのカセットテープ作品として2800円で販売されたとされる。この価格設定は、本作の商品性を考えるうえで重要である。後年の大型パソコンゲームには5000円、7000円、さらに1万円前後の商品も珍しくなくなるが、2800円なら映画を見て興味を持ったユーザーが比較的手を出しやすい。しかもカセットテープならフロッピーディスクドライブを所有していないユーザーでも購入できる。つまり1984年版は、映画ファンを本格的なパソコンゲームユーザーへ限定せず、対応パソコンさえ持っていれば購入候補へ入るような商品だったと考えられる。カセットという媒体には読み込み時間の長さや耐久性という弱点があったものの、製造コストを抑えやすく、複数機種へ展開しやすいというメリットがある。本作が複数の国産パソコンへ展開された背景にも、こうしたカセットゲーム時代ならではの事情があったと考えられる。
翌1985年には5800円のアドベンチャー版を投入し、同じ映画をもう一度商品化
さらに興味深いのが、映画公開年のアクションゲームだけで終わらず、1985年にはFM-7系向けの『さよならジュピター アドヴェンチャーゲーム版』が発売されたことである。1984年のアクションゲーム版と1985年のアドベンチャーゲーム版は明確に別作品として扱われている。アドベンチャーゲーム版は3.5インチフロッピーディスク媒体を利用したパッケージとして流通し、価格は5800円だったとされる。1984年の2800円版から大幅に高くなっているが、これは単に同じゲームをディスクへ移したからではない。ジャンル自体がアクションからアドベンチャーへ変更された別企画であり、同じ映画素材をもう一度違った方向からゲーム商品にしたのである。マーケティングの観点で見ると非常に面白い。映画公開直後は低価格のアクションゲームで広く売り、翌年にはフロッピーディスクを使用した比較的高価格なアドベンチャー作品を投入する。一つの映画IPを一度だけ利用するのではなく、ジャンルを変えて再商品化しているわけである。
販売本数については確実な数字が残されておらず、「大ヒット」と断定することはできない
『さよならジュピター』のゲーム版について、PC-8801版、FM-7版、MSX版などを合計した正確な販売本数を示す確実な資料は広く知られていない。したがって、「何万本売れた」「年間ランキング何位だった」といった具体的な数字を根拠なく設定するべきではない。市販作品として複数プラットフォームへ流通したこと自体は確認できるが、それと大ヒットしたかどうかは別問題である。当時の人気という点では、現在までゲームシステムそのものが名作として繰り返し語られてきたタイプとは異なる。むしろ映画タイアップ作品の一つ、ポニカの版権ゲーム群の一つとして記憶されている面が強い。一方で、翌年に別ジャンルのアドベンチャー版が制作された事実を考えれば、『さよならジュピター』というタイトルをゲーム商品としてもう一度展開する価値があると判断されたことは確かである。ただし、それを1984年版の販売好調を直接示す証拠とまでは断定できない。
現在の中古市場では、発売時2800円だったアクション版が完全なコレクター商品へ変化
現在『さよならジュピター』のゲーム版を探すと、一般的な中古ゲームのように常時大量の在庫が並んでいる状況ではない。40年以上前の国産パソコン用カセットソフトという性質上、現存数そのものが限られ、パッケージ、説明書、カセットが揃った状態のものはコレクターズアイテム化している。特にFM-7アクションゲーム版では、中古専門店が通常状態でも1万円台後半から2万円前後、美品ならそれ以上の買取額を提示する例が見られる。発売時の定価が2800円だったことを考えれば、現在は「安価な映画タイアップソフト」ではなく、初期国産パソコンゲームの希少品として扱われていることが分かる。ただし中古ショップの買取価格と販売価格は別物であり、箱の傷み、説明書欠品、テープラベルの状態、動作確認の有無などによって査定額は大きく変わる。さらにカセットテープ媒体の場合、外観が美しくても正常に読み込めるとは限らない。磁性体は経年劣化するため、「コレクションとして価値があること」と「実機で問題なく遊べること」は分けて考える必要がある。
1985年アドベンチャー版はさらに希少で、数万円級で扱われる例もある
現在の中古市場で特に目を引くのは、1985年のFM-7系アドベンチャーゲーム版である。中古販売店やフリマ市場では、状態や付属品によって5万円前後から6万円級の販売表示が見られる例もある。発売時5800円だったソフトが数万円単位で扱われるケースがあることから、現在ではゲーム内容を遊ぶための商品というより、1980年代国産PCソフトの現物資料として価値を持つ段階へ入っていることが分かる。ただし、ここで「相場は必ず5万~6万円」と断定するのは適切ではない。これらは販売・出品価格であり、その価格で実際に成約したことを意味するとは限らない。希少なレトロPCソフトは市場に出る本数が少ないため、一店舗の価格変更だけで見かけ上の相場が大きく動く。そのため、中古市場を確認するときは「現在の販売価格」「実際の落札価格」「店舗の買取価格」を分けて見る必要がある。
PC-8801版やMSX版も「見つけたときが購入機会」になりやすい
PC-8801版やMSX版についても、市場へ常に豊富な在庫がある作品ではない。この年代のソフトは、価格以上に「次にいつ同じ状態の商品が出るか分からない」という点が市場を特殊にしている。ファミコンやスーパーファミコンの大量生産タイトルなら、多少値段が高くても別の出品を待つことができる。しかし1980年代前半のPC-8801、FM-7、MSX用カセットでは、完品が一度市場から消えると、次回の出品まで長期間待つ可能性がある。そのためコレクター市場では、単なるゲーム人気だけでは価格を説明できない。「古さ」「現存数」「箱や説明書の有無」「媒体の状態」「映画タイアップ物としての珍しさ」「ポニカ初期ソフトとしての資料性」といった複数の要素によって価値が形成されている。
過去最高額については、信頼できる統一記録が確認できないため断定できない
オークション市場について「過去最高でいくらになったのか」という点は非常に気になるところだが、『さよならジュピター』ゲーム版について、全オークション・全ショップを網羅した信頼できる最高落札額の公式記録は確認が難しい。Yahoo!オークションなどでは一定期間を過ぎると過去データの検索範囲が限定される場合があり、40年以上にわたる取引を完全に追跡することは難しい。また、PC-8801版、FM-7版、MSX版、1985年アドベンチャー版では希少性が異なり、「さよならジュピター」というタイトルだけで最高値を一つにまとめることにも無理がある。したがって、「過去最高10万円」「過去最高20万円」といった数字を証拠なしで設定することはできない。現在確認できる価格帯から、アクション版では数万円規模、アドベンチャー版ではさらに高額で扱われる場合がある、と理解しておくのが安全である。
価格を大きく左右するのは、テープやディスクだけでなく箱・説明書・動作状態
『さよならジュピター』を中古で購入する場合、価格だけで判断しないことが重要である。最も価値が高くなりやすいのは、外箱またはパッケージ、ゲーム媒体、説明書など発売時の構成品が揃っており、保存状態が良好な個体である。特に1984年のカセット版では、40年以上の経過によってケースの割れ、紙ジャケットの退色、説明書の染み、カセットラベルの剥がれ、磁気テープの劣化などが起こりやすい。カセットが正常にロードできるかも大きな問題である。レトロPC用テープは、ゲーム機用ROMカートリッジより経年劣化の影響を受けやすい。外観上は新品同様でもデータ読み込みが不安定なケースがあるため、実際に遊ぶ目的なら動作確認済みかどうかを確認した方がよい。1985年のフロッピーディスク版も同様である。磁気ディスクは永久保存媒体ではなく、カビや磁性体劣化、読み取りエラーが発生する可能性がある。希少品へ高額を支払う場合には、「パッケージを所有するコレクション目的なのか」「実際にゲームを起動して遊びたいのか」を明確にしておく必要がある。
家庭用ゲーム機への定番移植はなく、現在も簡単に購入できる公式復刻版は見つけにくい
『さよならジュピター』は、1984年のPC-8801、FM-7、MSXなどのアクション版と、1985年FM-7系アドベンチャー版という展開を持つものの、その後ファミコン、スーパーファミコン、PlayStationなどへ定番タイトルとして移植され続けた作品ではない。また、現行PC向けの主要レトロゲーム配信サービスで誰でも簡単に購入できる代表的な復刻タイトルにもなっていない。一方、FM-7やPC-8801などの保存・研究コミュニティではゲームの存在や内容が記録され、プレイ映像やデータベースによって作品そのものを確認することは可能になっている。つまり作品の存在はデジタル時代にも記録されているが、「権利処理された公式復刻版を購入し、現行環境ですぐ遊べる」という状況には至っていない。映画原作ゲームは、ゲーム会社側だけでなく映画作品側の権利関係も絡む可能性があるため、オリジナルゲームより復刻の条件が複雑になりやすい。
現在の価値は「遊べるゲーム」「映画グッズ」「パソコン史資料」という三つの側面を持つ
現在の中古市場における『さよならジュピター』の面白さは、単純なゲーム人気だけで値段が決まっていないことである。第一の価値は当然「ゲーム」である。1984年のパソコンで実際に動作していたソフトを実機へロードし、当時とほぼ同じ環境で遊ぶことにはレトロゲームならではの魅力がある。第二は「映画関連商品」としての価値である。小松左京、東宝SF映画、『さよならジュピター』を集めている人から見れば、ゲーム版もパンフレット、ポスター、サウンドトラックなどと同じ作品資料の一つになる。第三は「日本パソコンゲーム史の資料」としての価値である。1984年という非常に早い時期に、映画公開と連動して複数機種向けのゲームを発売し、翌年には同じ映画を別ジャンルで再ゲーム化している。この事実そのものが、日本でメディアミックス型ゲーム商品がどのように作られていたのかを知る資料になる。とくにポニカというメーカーを研究する場合、本作は『プロジェクトA』『ゴルゴ13』『超人ロック』『ザブングル』などと並べて見ることで意味が大きくなる。単独では変わった迷路ゲームでも、当時のポニカ作品群の中へ置けば、「既存の有名IPを家庭用パソコンへ持ち込む」という明確な戦略が見えてくるのである。
発売当時2800円だったソフトが、40年以上後には「保存する対象」になった
発売当時の『さよならジュピター』は、映画公開時期に合わせて売られた2800円のカセットゲームだった。購入した人の多くは、それが40年以上後に数万円規模で扱われるコレクター商品になるとは想像していなかっただろう。当時は遊び終えれば不要になる娯楽商品だったカセットが、現在では初期国産PC文化を残す現物資料になっている。箱、説明書、テープという一式が揃った個体ほど価値が上がるのは、ゲーム内容だけではなく「1984年の商品そのもの」を保存する意味が生まれているからだ。そしてアドベンチャーゲーム版についても同じである。発売時5800円の商品が、現在では数万円規模の販売表示になるケースまで確認できる。もちろん価格は在庫や状態によって変動し、販売価格と成約価格は同一ではない。しかし、普通の中古ソフトという段階を超え、希少なコレクター商品になっていることは間違いない。今後さらに現存する正常な媒体が減れば、完品の希少性が高まる可能性もある。一方で、磁気媒体は時間とともに劣化するため、「高額だから将来必ず値上がりする」といった投資商品として単純に考えるべきではない。ゲームデータが正常でも紙箱が傷むことがあり、箱が美しくてもテープが読めない場合もある。だからこそ、本作の中古市場で最も価値があるのは単なる値段ではなく、「1984年に映画と一緒に生まれたパソコンゲームが現物のまま現在まで残っている」という事実である。映画公開との連動、パソコン雑誌やソフトカタログを利用した紹介、低価格カセットによる複数機種展開、翌年のアドベンチャーゲーム化。そして40年以上後には数万円級の希少ソフトになるという変化まで含めて見ると、『さよならジュピター』は日本のパソコンゲーム市場が歩んだ時間そのものを感じさせる一本である。
■■■■ 総合的なまとめ
『さよならジュピター』は映画を完全再現するゲームではなく、1980年代前半ならではの「映画をゲームへ変換する試み」だった
1984年を中心にポニカから発売されたパソコン版『さよならジュピター』を総合的に振り返ると、この作品の本当の面白さは、現在の映画原作ゲームと同じ基準だけでは測れないところにある。現在なら映画のゲーム化と聞けば、劇中のストーリーを最初から最後まで追体験し、主要人物が多数登場し、映画で描かれた宇宙船や基地、戦闘、イベントを高品質な映像や音声で再現する作品を想像する。しかし1984年当時のパソコンは、容量、処理速度、グラフィック、音源、記録媒体のすべてに大きな制約があった。その中で『さよならジュピター』という非常にスケールの大きなSF映画をゲームにしようとした結果、開発側が選んだのは映画全体を無理に縮小する方法ではなく、ゲームとして成立させやすい場面を一本抜き出し、迷路型アクションへ作り替える方法だった。映画では、人類のエネルギー問題を解決するため木星を第二の太陽へ変えようとするJS計画、ジュピターゴーストと呼ばれる謎の存在、彗星消失の謎、ブラックホール接近、人類存亡を懸けた木星爆破計画など、非常に多くのSFアイデアが描かれる。しかし1984年アクション版では、その壮大な物語の中からミネルヴァ基地への破壊工作という部分へ焦点を絞り、プレイヤーが基地を探索し、ジュピター教団を警戒しながら危険な爆発物を探し出すというゲームへ変換した。つまり本作は、「映画を小さくしたゲーム」ではなく、「映画の一場面をゲームとして大きくした作品」と考えると理解しやすい。この発想は、容量が限られていた1980年代前半のキャラクターゲームでは非常に合理的であり、現在振り返ると当時の開発思想そのものが興味深い。
1984年アクション版の完成度は、単純さと分かりやすさを優先したもの
1984年版のゲームシステムは極めて明快である。基地内部を移動し、敵に注意し、必要に応じて攻撃しながら、仕掛けられた危険物を探す。複雑な装備管理もなければ、何十人もの登場人物と会話する必要もない。ゲーム開始後すぐに探索へ入り、プレイヤー自身が基地構造を理解しながら攻略していく。現在の基準で見れば、内容量の少なさは否定できない。映画『さよならジュピター』という題材から期待できそうな宇宙船操縦、惑星探索、ブラックホールとの戦い、木星爆破などはゲームとして直接体験できない。またキャラクター描写についても、映画版における本田英二、マリア、ピーターなどの人物関係を詳細に追う形式ではない。しかし、これを単純に「再現不足」と評価するだけでは公平ではない。当時のカセットテープゲームとして考えれば、ゲーム目的を極端に分かりやすくし、迷路探索、敵への対応、爆弾捜索という三つの要素だけで一本のゲームを成立させていることに意味がある。さらに司令室や病室など基地らしい場所を設定することで、単なる抽象的な迷路ではなく「宇宙基地を歩いている」と感じさせようとしている。グラフィックで説明しきれない部分を、文字情報とプレイヤーの想像力によって補完させる。この作り方こそ、初期パソコンゲーム特有の魅力である。
ゲームの面白さは、敵を倒すことより基地の構造を理解していく過程にある
『さよならジュピター』を長く遊ぶうえで中心になるのは、派手な戦闘ではなく「基地を覚える」という行為である。最初のプレイでは、どこへ進めばよいのか分からず、似たような通路を何度も往復する。敵に遭遇すれば慌て、戦闘に集中した結果、現在位置を見失うこともある。しかし何度か挑戦すると、特定の部屋や分岐を目印として基地の形が頭へ入ってくる。この変化が面白い。主人公に経験値が入るわけではない。強力な武器が追加されるわけでもない。それでも二回目、三回目になるほど明らかに攻略が楽になる。強くなっているのはゲーム内のキャラクターではなくプレイヤー自身なのである。「こちらへ進めばあの部屋へ出る」「この先は行き止まり」「この周辺では敵への注意が必要」と理解できるようになると、最初は巨大に見えた迷路が徐々に自分の知っている場所へ変化していく。これは非常に古典的なゲームの面白さであり、地図を紙へ書くことまで攻略の一部になる。現代ゲームのような自動マッピングや目的地マーカーがないからこそ、自分で覚え、自分で考え、自分で攻略法を作る楽しさがある。
1985年のアドベンチャー版は、単純な強化移植ではない
『さよならジュピター』ゲーム版を語るうえで特に重要なのが、1985年にFM-7系向けとして登場したアドベンチャーゲーム版である。ここで注意したいのは、1984年アクション版の映像を豪華にした続編や上位版ではないということである。同じ『さよならジュピター』という映画を題材にしながら、ゲームジャンルそのものを変更した別企画として作られている。1984年版が「基地内で実際に動き回ること」を中心とするのに対し、アドベンチャー版では状況を読み、情報を得て、物語を進めることが中心になる。同じ題材でも、アクションゲームへ落とし込む場合とアドベンチャーゲームへ落とし込む場合では、映画から選ばれる要素も遊び方も大きく変わる。この二本を並べて見ると、映画原作ゲームとは必ずしも一つの正解があるものではないことが分かる。アクション版なら、ジュピター教団との対立や基地の危機を「敵を避ける」「撃つ」「探す」という操作へ変換できる。アドベンチャー版なら、SF設定や物語を文章・場面・選択によって表現しやすくなる。現在なら一つのゲームの中へ両方を組み込むことができるだろう。しかし当時は、それぞれを別作品として成立させる必要があった。結果として、『さよならジュピター』には同じ題材を異なるゲーム文法で解釈した二つの作品が残ることになったのである。
PC-8801・FM-7・MSXなど複数機種展開も、この時代のパソコンゲームらしさを示している
1980年代前半の日本では、現在のWindows PCのように一つの共通環境へ市場が統一されていたわけではない。NECのPC-8801シリーズ、富士通のFMシリーズ、MSX規格機など、性能や画面表示、サウンド、記録媒体の異なるパソコンが競争していた。そのため一つのゲームを複数機種へ展開する場合でも、現在の家庭用ゲーム機の移植とは違う苦労があった。同じ作品名であっても、使用できる色数、画面解像度、処理速度、キー入力、メモリー容量などが違う。それぞれの機種でまったく同じ見た目になるとは限らない。『さよならジュピター』もこうした国産パソコン群へ展開された作品であり、それぞれのユーザーが自宅のパソコンで映画タイアップゲームを遊べるようにしたこと自体が重要だった。したがって「どの機種版が絶対的に最高か」という視点だけではなく、「当時は一つの映画ゲームが異なるパソコン文化へ同時に広がっていた」という点にも注目したい。
映画ゲームとして見れば再現度より「選択」が面白い作品
『さよならジュピター』を現在改めてゲーム化するなら、おそらくまったく違う作品になるだろう。冒頭では火星の地上絵を調査し、ジュピターゴーストを探索するアドベンチャーパートがあり、途中では宇宙船を操縦し、ジュピター教団との基地内戦闘が発生し、後半ではブラックホール接近を解析しながら木星爆破計画を進め、最後は木星とブラックホールの衝突を描く。そうした大規模なSFゲームにすることも可能である。しかし1984年にはそれができない。だからこそ「何を捨て、何を残すか」という選択が必要だった。『さよならジュピター』が残したのは、ミネルヴァ基地、ジュピター教団、破壊工作、爆発物捜索という部分である。この四つだけを使って、迷路アクションとして成立させた。現在から見ると、この割り切り方が非常に面白い。「巨大ブラックホールを題材にした映画なのに、ゲームでは基地を歩く」という意外性さえ、時代を象徴する特徴になっている。映画の忠実な再現という点では限界が大きいが、「映画からゲームにできる部分を探す」という創作の視点では興味深い作品である。
ゲーム単体で見れば小品、レトロPC史まで含めれば存在感の大きな一本
純粋にゲームシステムだけを評価した場合、『さよならジュピター』は1984年のパソコンゲーム史を塗り替えた革命的作品というわけではない。迷路型アクションという形式自体は当時すでに広く存在していた。敵を避けながら目的物を探すゲームも本作独自の発明ではない。映像や音楽の面でも、同時代を代表する技術デモのような作品ではない。しかし「なぜ現在まで名前が残るのか」と考えると、ゲームシステム以外の部分に大きな価値があることが分かる。1984年の国産大型SF映画が、公開時期にパソコンゲーム化されたこと。複数のパソコンへ展開されたこと。低価格のカセットゲームとして販売されたこと。そして翌年には同じ題材がアドベンチャーゲームとして再度商品化されたこと。これらを一つにまとめて考えると、本作は1980年代前半の映画産業とパソコンゲーム産業が接近していく過程を示す非常に分かりやすい実例となる。ゲーム単体なら小品である。しかし文化史的にはかなり面白い。この二面性が『さよならジュピター』というゲームの最大の特徴なのである。
現在の中古価格が高くなっているのは、ゲーム人気だけではなく「残存数の少なさ」が大きい
現在『さよならジュピター』がレトロゲーム市場で注目される理由には、希少性もある。発売時には比較的安価なカセットゲームだった1984年版も、40年以上が経過した現在では、箱・説明書・カセットが揃った状態で残っている個体が限られる。しかもカセットテープはROMカートリッジ以上に経年劣化を考慮しなければならない。磁気データが正常に読み取れるか、ラベルが残っているか、ケースが割れていないか、説明書が欠けていないか。これらの条件によってコレクション価値は大きく変化する。1985年のフロッピーディスク版も同じで、ディスクそのものの読み取り状態だけでなく、説明書やパッケージが残っているかが重要になる。したがって現在の高値を、そのまま「当時ものすごく人気があった証拠」と考えることはできない。むしろ、当時普通の商品として消費されたものが大量に廃棄され、数十年後に残存する完全品が少なくなったことで希少価値が高まっている側面が大きい。これはレトロパソコンゲーム全般に見られる現象であり、『さよならジュピター』も「遊ぶソフト」から「保存する歴史資料」へ性格を変えつつある。
現在遊ぶ意味は、面白さの最新基準ではなく「1984年のゲーム感覚」を体験すること
2020年代のゲームに慣れたプレイヤーが、何も知らずに『さよならジュピター』を起動した場合、最初に感じるのは不便さかもしれない。マップ表示はない。派手なイベント映像もない。フルボイスもない。大量のキャラクターが会話することもない。敵やステージのバリエーションも現在の作品とは比較にならない。しかし、そこを乗り越えて遊ぶと、このゲームが作られた時代の感覚が見えてくる。説明される前に自分で動く。迷ったら覚える。分からなければ試す。必要なら紙へ地図を書く。失敗したら、次のプレイでは同じ場所で失敗しない。ゲームがプレイヤーを導くのではなく、プレイヤーがゲームのルールを理解しにいく。この関係は、現在の作品とはかなり異なる。だからこそ、レトロゲームを歴史として楽しむ人には価値がある。『さよならジュピター』を遊ぶことは、1984年に戻って当時のゲームプレイヤーが何を考えながら画面を見ていたのかを追体験することでもある。
印象に残るのは、ゲームそのもの以上に「映画をゲームへ押し込もうとした大胆さ」
本作について最も印象に残る点を一つ選ぶなら、ブラックホールと木星爆破を描いた大作SF映画を、迷路型アクションゲームへ変換してしまった大胆さである。現在なら企画会議で「映画の魅力を再現できていない」と指摘されるかもしれない。しかし1984年のゲーム開発では、映画を完全再現するという選択肢そのものが現実的ではなかった。そこで、基地という空間を迷路へ置き換え、銃撃戦を攻撃アクションへ置き換え、爆弾設置を探索目的へ置き換える。わずかなゲーム要素へ映画の意味を詰め込んでいる。それを「貧弱な再現」と見るか、「制約の中での巧みな翻案」と見るかによって評価は変わる。しかしゲーム史という視点で見れば、後者として見る方が面白い。当時の開発者が利用できた技術、容量、販売媒体、ユーザー層を考え、その条件の中で映画タイトルを一本のゲームへ成立させた。その過程を想像することが、本作を現在遊ぶ大きな楽しみになる。
アクション版とアドベンチャー版を合わせて見ることで、『さよならジュピター』ゲーム化企画の全体像が見える
最終的に『さよならジュピター』というゲームを理解するには、1984年アクション版だけを見るより、1985年アドベンチャー版の存在まで含めて考えるのが最も面白い。前者は「動いて危機を解決する」作品であり、後者は「情報や物語を追って進める」方向へ重点が移る。一つの原作を異なるジャンルで表現した結果、どちらにも映画のすべては入っていない。しかし二つを並べることで、原作のアクション的な面と物語的な面を別々に扱おうとしたことが見えてくる。その意味で、1985年版は1984年版を否定するものではなく、別の角度から『さよならジュピター』をゲーム化したもう一つの回答といえる。現在のように巨大な容量を持つ一本のゲームへすべてを詰め込めなかった時代だからこそ、同じ題材から二種類のゲームが生まれた。この事実だけでも、レトロゲーム史を調べる人にとって非常に魅力的である。
総合評価――派手な名作ではなく、調べるほど面白くなる「時代を保存したゲーム」
『さよならジュピター』は、万人へ無条件に勧められる1980年代最高峰のゲームというタイプではない。現代から見れば内容は小規模で、ゲームシステムも単純であり、映画全編を再現した作品でもない。それでも、このゲームには他作品では代替できない魅力がある。1984年の映画公開とほぼ同時期に商品化されたこと。ポニカが映画・漫画・アニメなどの版権作品を積極的にパソコンゲーム化していた時代を象徴していること。カセットテープ2800円という商品形態で複数機種へ展開されたこと。そして翌1985年には5800円のアドベンチャーゲーム版という別の形に生まれ変わったこと。これらの背景を知ったうえでゲームを見ると、単純な迷路がまったく違って見えてくる。一本の通路はミネルヴァ基地の一部であり、小さな敵キャラクターはジュピター教団の破壊工作員であり、探している爆発物には基地と計画そのものを危機に陥れる意味がある。ゲーム画面が描ききれなかったものを、映画の記憶とプレイヤーの想像力が補って完成させる。それこそが、1984年のゲームだった。そして現在では、ゲームをクリアすること以上に、「なぜこの作品が作られたのか」「映画のどこをゲームにしたのか」「なぜ翌年に別ジャンル版まで作られたのか」「なぜ今では現物が数万円規模の希少品になっているのか」を調べることまで含めて楽しめる。映画タイアップゲームとしては素朴である。しかし、日本のパソコンゲーム史、映画のメディアミックス、ポニカの版権ゲーム戦略、カセットテープ時代のソフト文化を一度に感じられる作品として見るなら、非常に味わい深い。『さよならジュピター』は、技術的な最高峰として残ったゲームではない。むしろ「1984年という時代を、そのまま一本のカセットへ閉じ込めたようなゲーム」である。映画館で展開された巨大な宇宙SFを、自宅のPC-8801やFM-7、MSXなどで少しでも体験してみたい。当時のユーザーが抱いたであろうその期待に対し、迷路探索という非常にシンプルな形で応えた一本だった。現在遊べば古さは明確に感じる。しかし、その古さを欠点として消してしまうのではなく、40年以上前のゲーム文化そのものとして味わうことで、本作ならではの魅力が浮かび上がる。知名度では有名なレトロゲームに及ばなくても、一度存在を知れば妙に気になり、映画との関係を調べ、別バージョンを調べ、中古市場まで追いかけたくなる。そうした「調べる楽しさ」まで含めて、『さよならジュピター』は今なお忘れ難い国産パソコンゲームの一本なのである。
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