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【発売】:ポプコムソフト
【対応パソコン】:PC-8801、PC-9801、X68000
【発売日】:1988年12月
【ジャンル】:ロールプレイングゲーム
■ 概要
●1980年代PC-RPGの中での立ち位置
『サバッシュ』は、1988年にポプコムソフト(小学館系レーベル)からリリースされた、いわゆる“正統派の旅と成長”を軸にした国産RPGだ。対応はPC-8801mkIISR以降(いわゆるPC-88SRクラス)、PC-9801、X68000と、当時の国内PCゲームの主戦場をほぼ押さえていたのが大きい。開発を担ったのはグローディアで、のちに同社作品を追っていくと分かるが、本作は「広い世界を歩かせる」「パーティ運用に癖を足す」「システムに一段ひねりを入れる」方向性が、早い段階から強く出ている実験作でもある。売り文句の派手さではなく、遊び手の手触りで“変わったRPGだった”と記憶に残るタイプで、当時のPC雑誌文化(連載や誌面ノリ、投稿文化)と地続きの空気まで取り込んだ、いかにもポプコムソフトらしい色を持つ一作、と言える。
●シナリオに有名人を招いた意味と、いびつな熱量
本作が語られるとき、必ず話題に上るのが落語家・三遊亭圓丈の関与だ。単なる名義貸しのような“看板”ではなく、ゲーム好きとしての顔が知られ、雑誌連載なども絡む形で制作に踏み込んだ――という触れ込みが当時の期待値を押し上げた。一方で、制作途上でスタッフと衝突し、シナリオ作業が途中で止まった(結果としてパッケージ等のクレジットで名前が表に出にくい扱いになった)という経緯まで含めて、本作の評価や印象は「熱が入っているのに、最後まで整え切れていない」方向に傾きやすい。つまり、作り手の情熱や遊び心が前面に出る瞬間がある一方で、整理不足や粗さも同じ温度で残ってしまった。ここが『サバッシュ』を“尖った思い出”として残す最大の要因だろう。
●物語の背骨:復讐心が旅を前に押す
導入はかなり直球だ。故郷の村が魔王ダルグ(表記揺れを含め、魔王名は物語上の象徴として機能する)とその勢力に蹂躙され、主人公マーディは肉親を奪われる。世界の理不尽に対して、彼は悲しみに沈むより先に“復讐”という単語に感情を固定し、そのまま旅立ちの推進力に変えていく。ここで特徴的なのは、主人公の動機が「世界を救う使命感」よりも、「個の怒り・執念」に寄っている点だ。結果、プレイヤーの行動も“正義の巡礼”というより、“復讐の軌道修正”になりやすい。各地で情報を拾い、仲間を揃え、拠点や洞窟、砦を潰していく進行は王道なのに、心の温度だけはどこか刺々しい。これが、のんびりした町の空気やコミカルな小イベントと並走したとき、独特のちぐはぐさ=忘れがたい味になる。
●“広大さ”が先に来る構造:探索量で圧をかける
『サバッシュ』の第一印象を決めるのは、世界の広さだ。フィールドの移動、点在する施設やダンジョンの密度、そして「寄り道しているうちに目的が薄れる」タイプのボリューム感が、良くも悪くもプレイ時間を伸ばす。しかも本作は、情報の提示が親切一辺倒ではない。断片的なヒントを拾い集めて、自分の頭で接続して次の場所を探る場面が多く、詰まったときは“歩いて確かめる”しかない。これが広いマップと結び付くと、探索の快感と同時に、疲労もまた濃くなる。だが、この“広さの圧”こそが、当時のPC-RPGが持っていた「世界に放り込まれる感覚」を強く再現していて、攻略情報なしで触れたプレイヤーほど、旅そのものの重みを体で覚える作りになっている。
●最大の個性:AIオートバトルでRPGの常識をずらす
本作の戦闘は、いわゆるコマンド選択の主導権をプレイヤーから引き剥がし、AIに渡しているのが肝だ。パーティはターン制・戦術風の形で戦うが、こちらが逐一「この技」「この対象」と命令して勝ちを組み立てる感覚ではない。プレイヤーが介入できるのは限定的で、戦闘の主役はあくまで仲間たちの“判断”になる。ここで効いてくるのがCTM(主人公への親密度のような数値)で、仲間が言うことを聞かない、妙に消極的、あるいは勝手な行動を取る――といった“人間くささ”を、システムとして押し付けてくる。つまり本作は、戦術の巧拙よりも「チームの機嫌と調整」を重く見るRPGで、攻略の上手さが“命令の最適化”ではなく“運用の落とし所”に置き換わる。これが刺さる人には、唯一無二の体験になるし、合わない人には理不尽に見える。けれど当時としては、RPGの当たり前をずらして新しい遊び方を提示しようとした野心ははっきりしている。
●キャンプ、食料、分配、複数通貨:旅の生活感を数値化する
『サバッシュ』は「旅の生活」をゲーム進行の中心に置く。戦いで得た報酬が即座に自分の財布に入るのではなく、いったん“貯め”が発生し、キャンプのタイミングで分配される、という癖のある設計がその象徴だ。キャンプは単なる回復点ではなく、消耗した状態(戦闘回数による一時的な能力低下など)を立て直す場であり、同時に食料管理が絡む。食料が足りないと回復効率が落ち、隊の空気が悪くなるような形でCTMにも影響が出る――要するに、戦闘で強くなる以前に、隊を破綻させない“運営”が問われる。さらに通貨が複数系統に分かれ、換金や扱いの違いが面倒さと同居している点も、旅の手間を強調する方向に働く。こうした仕組みは、テンポを犠牲にする代わりに「冒険は遠足ではない」という体感を作る。遊び心地としては不器用だが、世界の生活感を数値化して“重く”する狙いは一貫している。
●作品としての輪郭と、続編へつながる“未整理さ”
総合すると、『サバッシュ』は“王道RPGの形”を借りながら、操作感・運用感をわざと不自由にし、旅を重くすることで個性を立てた作品だ。広い世界、独特の戦闘AI、親密度と隊運営、生活リソースの管理――素材はどれも魅力的なのに、まとめ上げが荒く、好き嫌いが極端に割れやすい。だからこそ「ハマった人には一生残る」「合わなかった人には修行」の二極になりやすいのだろう。なお続編『サバッシュII 〜メヒテの大予言〜』が存在し、前作の反省や野心が別方向に伸びていったことも含めると、本作は“尖った一作目”としての意味合いがさらに強くなる。シリーズ全体を眺めたとき、『サバッシュ』は完成品というより、巨大な試作機に近い。けれど、その試作機が出してしまった音や振動に、当時のPCゲームらしい匂いが濃縮されている。
■■■■ ゲームの魅力とは?
●「正統派RPGの皮をかぶった変化球」という面白さ
『サバッシュ』の魅力を一言でまとめるなら、見た目は王道、触るとクセ強――この落差に尽きる。町を巡って情報を集め、洞窟や砦を越え、装備を整えながら世界の奥へ進んでいく流れは、当時のRPG好きが自然に飲み込める骨格だ。ところが、そこに戦闘の主導権をAIへ委ねる仕組み、仲間の気分や信頼度を意識させる調整、キャンプや食料の“生活感”を絡めた運用が入り込むことで、同じ王道ルートを歩いているはずなのに手触りがまるで違ってくる。プレイヤーは「次はどこへ行く?」だけでなく、「この隊は今、回るのか?」「誰を入れ替える?」「今は踏ん張る? それとも撤退?」と、旅のマネジメントを絶えず考えることになる。そうした“冒険の現場感”が、ただのRPGでは得にくい濃さを生み、記憶に残る体験へ変わっていく。
●AIオートバトルが生む「見守る緊張」と「読み合い」
本作の戦闘は、操作が簡略化されているからラク、という単純な方向ではない。むしろプレイヤーが逐一コマンドを選べないことが、独特の緊張を作る。自分の意思を“完全に通せない”状況で、勝つために何ができるかを考える必要があるからだ。たとえば、戦闘の目標指定や逃走の判断、アイテム使用といった限定的な介入だけで、AIの行動結果を良い方向へ寄せていく。これが面白いのは、戦闘の勝敗が「手数の最適化」ではなく「環境づくり」になっている点だ。隊の編成、装備の傾向、消耗状況、そして仲間の“やる気”が、同じ敵相手でも結果を変える。AIが優秀で完璧に勝つのではなく、どこか不器用で、時にミスもする。だからこそ、プレイヤーは先回りして条件を整え、失敗を最小化する読み合いへ誘導される。うまく回り始めたとき、戦闘が「操る快感」ではなく「育てたチームが動く快感」になるのが、他のRPGにはない快味だ。
●仲間が“駒”ではなく“人”に見えてくるCTM的な距離感
多くのRPGでは仲間は命令に従う存在で、パラメータや役割がそのまま価値に直結する。『サバッシュ』はそこをあえて崩し、仲間が主人公にどれだけ心を寄せているか、という距離感を運用に組み込んでいる。言い換えると、強い武器を持たせれば強い、だけでは終わらない。隊が苦しい状況で無理を重ねると空気が悪くなり、いざという場面で思い通りに動かないことがある。これを理不尽と感じるか、ドラマと感じるかで評価が分かれるが、魅力として語るなら後者だ。人間が集団で旅をするとき、全員が常に合理的に最善を尽くすわけではない。そのブレを、ゲームの手間として抱え込ませることで、仲間が単なる数値の塊ではなく“連れて歩いている存在”として立ち上がってくる。勝ちの喜びも、敗北の悔しさも、操作ミスより「隊が崩れた」感覚として心に残りやすい。
●キャンプが“メニュー画面”ではなく「旅の節目」になる
本作のキャンプは、RPGによくある回復手段の一つ、では終わらない。キャンプを張ること自体が旅のリズムになり、行軍と休息のメリハリがプレイ体験の中心に据えられる。戦闘を重ねると一時的に調子が落ちていくような設計があるため、ただHPだけ回復して突っ走るのは難しい。つまり、キャンプは“仕切り直し”であり、“隊の再編”であり、“次の一歩を踏み出すための呼吸”だ。ここに食料や分配の仕組みが絡むことで、冒険は常にリソースの上に成り立っていると実感させられる。余裕があるときはキャンプが楽しい時間になり、切羽詰まっているときは「今日の食い扶持は足りるか」という現実味に変わる。この振れ幅が、世界の広さと相性が良い。歩いている時間が長いゲームほど、“旅をしている感覚”を支える装置が重要になるが、『サバッシュ』はそこに正面から取り組んでいる。
●広大マップが生む「寄り道の誘惑」と「自分だけの冒険譚」
『サバッシュ』は、目的地へ一直線に走るよりも、寄り道しながら“自分の旅”を作ることに向いたゲームだ。砦や洞窟が点在し、必須ルートだけでは見えない場所が多い。強敵に出会って引き返す経験もあれば、偶然拾った情報が別の地域の扉を開くこともある。こうした構造は、一本道のシナリオで感動を作るタイプとは違う魅力を持つ。プレイヤーの足跡が、そのまま物語の手触りに変わるからだ。誰かは先に強い装備を見つけて楽になり、誰かは情報不足で迷って苦労し、誰かは仲間の編成にこだわって遠回りする。進行が同じでも、語る内容が違ってくる。大作RPGの“共有される名シーン”ではなく、個々のプレイヤーの“記憶に残る苦労”が主役になるのが、本作の広さが生む魅力と言える。
●装備更新とインフレが生む「強くなった実感」の密度
RPGの醍醐味の一つは、装備更新による手応えの変化だ。『サバッシュ』は敵味方の強さの伸びが激しめで、序盤の小さな差が中盤以降の明暗を分けやすい。だからこそ、新しい武器や防具を手に入れたときの「一段階上がった」感覚がはっきり出る。さらに、仲間の個性がストーリー上で濃厚に描かれるタイプではない代わりに、能力や成長傾向、役割の違いが運用面で際立ちやすい。つまり、装備は単に数字を上げるだけでなく「この隊をどういう色にするか」を決める道具になる。火力で押すのか、耐久で受けるのか、足回りを安定させるのか。AIが動くからこそ、装備と編成の設計が“命令の代わり”として重みを持つ。そこにハマると、宝箱一つの価値が妙に大きく感じられ、探索そのものが報酬になる。
●“不親切”が逆に作る没入:攻略ではなく体験で覚えるゲーム
現代的な基準で見ると、本作は親切設計ではない。情報が断片的で、テンポも速くはなく、戦闘も思い通りに運ばないことがある。だが、これらは裏返すと「自分の手で覚えた」経験として残りやすい。どの地域で何が手に入るか、どの敵が危険か、どのタイミングでキャンプすべきか、どの仲間が今の編成に合うか――そうした判断は、チュートリアルで与えられるより、痛い目を見ながら体で学ぶほうが強く記憶に刻まれる。『サバッシュ』はまさにそのタイプで、上達が“知識”より“体験”に寄る。時間はかかるが、だからこそ旅の重さに説得力が出る。難しさはストレスにもなるが、乗り越えたときの満足感は濃い。
●クセがあるからこそ語り継がれる、ポプコム的な“雑多さの魅力”
本作の魅力は、洗練された完成度というより、雑多さの中にある熱量に宿っている。システムが尖り、世界観が時にちぐはぐで、メタっぽい軽さが顔を出すこともある。それでも不思議と、当時のPCゲームやゲーム雑誌文化の匂いが濃く、遊び手の側に“語りたくなる隙間”を残す。あそこが不便だった、でもその不便が忘れられない。あの仲間が言うことを聞かなかった、でもそれが旅っぽかった。そういう矛盾した感想を同時に抱えられるのが『サバッシュ』の面白さだ。万人向けの名作ではなく、合う人に深く刺さる“体験型の作品”としての価値があり、だからこそ今でも名前が挙がる。
■■■■ ゲームの攻略など
●まず押さえるべき前提:このゲームは「操作の巧さ」より「運用の巧さ」
『サバッシュ』の攻略で最初に意識したいのは、戦闘がオート進行である以上、一般的なRPGのように毎ターン最適解を積み上げて勝つ、という発想が噛み合いにくい点だ。勝率を上げる鍵は、戦闘そのものを上手く操作することではなく、戦闘が起きたときに“勝てる条件”を作っておくことに寄る。具体的には、①パーティ編成と装備の方向性、②キャンプのタイミング、③CTM(主人公との結びつき)の維持、④食料と資金の回し方、⑤逃走や目標設定など最低限の介入をいつ切るか――この五つが、攻略の背骨になる。戦闘が荒れても立て直せる隊の形を作り、消耗が致命傷になる前に休む。地味だが、これを守るだけで体感難度は大きく下がる。
●序盤の最重要テーマ:仲間集めは“役割”より“旅のインフラ”で選ぶ
序盤は「どんなメンバーが強いか」を考える前に、「この世界を安全に歩くために何が必要か」を優先したほうが詰まりにくい。ストーリー上、複数の職種(種族)を集める流れになり、偏った編成でも進められる余地はあるが、実際のプレイ感としては“進行に必要な機能”を欠くと探索が止まる局面が出やすい。たとえば、特定のギミック対応や、敵の足止め・回復の安定など、ゲーム側が暗黙に想定している役割があるためだ。迷ったら、まずはバランス重視で「最低限の穴がない隊」を作り、次に好み(火力型に寄せる、耐久型に寄せる)へ調整するのが安全。強い仲間を一人引いたから勝てるゲームではなく、隊としての安定感が最後まで効くゲームだと割り切ると判断がブレない。
●戦闘でできることを整理:逃走・目標設定・薬の三点に迷いを作らない
オート戦闘中、プレイヤーが介入できる範囲は多くない。だからこそ「使う場面」を固定化したほうが強い。基本の指針はシンプルで、(1)勝てないと感じたら早めに逃走、(2)敵の厄介な個体がいるなら目標設定で集中、(3)回復は薬で“倒れそうな瞬間”ではなく“倒れる前”に切る、の三つだ。特に逃走は、悔しさより生存を優先する癖を付けると安定する。フィールド上の逃走は通りやすい一方、逃げる代償があるなど、軽いボタンではない設計なので、危険な状況の見極め自体が攻略要素になる。操作としてはESCキーでコマンドを呼び出す流れが基本になりやすいので、「危ない」と思った瞬間に迷わず開けるようにしておくと事故が減る。
●キャンプ運用が実質のレベリング:AGI低下と“当たらない地獄”を先に潰す
本作は、戦闘回数を重ねると一時的に能力が落ちていき、放置すると攻撃が当たらなくなるほど極端に戦闘が崩れる。つまり「HPさえ回復すれば歩ける」という発想で粘るほど、逆に状況が悪化しやすい。攻略のコツは、HPが十分でも、一定戦闘数を超えたらキャンプを張ってリセットする、というルーチンを早めに作ること。ここに食料が絡むため、食料が尽きるとキャンプの効果が落ち、さらにCTMまで悪化して隊が言うことを聞きにくくなる。食料は“余ったら買わない”ではなく、“余っても保険”として持つのが正解寄りだ。キャンプを節約するのではなく、キャンプできる状態を維持する――この逆転の発想が、序盤から中盤の詰まりをかなり減らす。
●CTM管理の実戦的な考え方:仲間を「働かせる」前に「不機嫌にしない」
CTMは、目に見える強さ以上に“事故率”に影響する指標として扱うと分かりやすい。CTMが落ちると、指示に従わない、全力で戦わない、余計なことをする――といった形で戦闘が荒れやすくなる。攻略上の対策は難しいテクニックではなく、(1)食料不足を起こさない、(2)無理な連戦で消耗を放置しない、(3)撤退を早めに切って全滅リスクを減らす、の三点が中心になる。要するに“隊が荒れる条件”を踏まないことが最優先だ。CTMを上げるための特別な行動を探すより、CTMが下がる典型パターン(飢え、疲労、泥沼の連戦)を避けるほうが即効性がある。AI戦闘の不安定さは完全には消えないが、CTMが安定しているだけで「変な負け」が目に見えて減る。
●お金と通貨の攻略:分配・日当・換金の“面倒”を先に仕組みにする
『サバッシュ』は、稼いだ金が即座に手元に入らず、キャンプで分配される仕組みがある。さらに仲間に日当が発生し、パーティが大きいほど取り分が減る感覚になりやすい。ここで焦って節約プレイに寄ると、食料不足や装備更新の遅れにつながって悪循環になりがちだ。攻略の基本は、序盤は「装備>食料>薬」を優先し、無駄な買い物を減らすのではなく“必要な支出の順番”を固定すること。そして通貨は複数あり、換金が手間になりやすい。換金の頻度を減らすために「今どの通貨を多めに持つか」を自分の中で決めておくとプレイが軽くなる。例えば、買い物前にまとめて換金する、拠点に戻ったタイミングでルーチン化する、など“作業化”してしまうのがコツだ。ゲームの仕様として相場が変動する要素もあるため、抱え込み過ぎたと思ったら早めに替える、という安全運用も効く。
●迷子対策:情報が断片的なゲームほど「地図よりメモ」が強い
本作で詰まりやすいのは、戦闘に負けるより「次に何をすればいいか分からない」タイプだ。広いフィールドに点が多く、ヒントが細切れで出るため、会話で見た固有名詞や地名を忘れると、探索が総当たりに寄りやすい。対策は地図サイトを探すよりも、プレイ中に“目的の言葉”だけメモするのが効果的だ。誰が何を知っていて、どこに行けと言ったのか。これだけを残すと、広さが苦痛ではなく探索の快感に変わる。会話中に特殊なコマンドを使う場面があるのも特徴で、ここを見落とすと進行が止まりやすい。町での会話を「全部読む」で終わらせず、「会話中にできる操作があるゲーム」として意識しておくと、詰まりが減る。
●レベル上げの現実的な方針:勝てる場所で“短い周回”を作る
敵が強めで、戦闘もオートで時間がかかりやすい設計のため、闇雲なレベリングは疲れる。攻略として現実的なのは、「勝てる敵が出る場所」を決めて、短い周回ルートを作り、一定回数戦ったらキャンプで整える、というサイクルを回すことだ。AGI低下がある以上、連戦のし過ぎは命中率低下→戦闘長期化→消耗増→CTM悪化、という最悪の鎖を引きやすい。だからレベル上げは“長時間連戦”ではなく“短時間を繰り返す”が基本になる。特に序盤から中盤は、装備更新とキャンプがレベル以上に効く場面が多いので、経験値に固執せず「装備を一段上げたら次へ行く」くらいの感覚で進めるとテンポが保てる。
●事故を減らす小技:アイテムと撤退をケチらない
AI戦闘のゲームで一番怖いのは、負けが“自分のミス”として納得しにくいことだ。納得できない負けが続くと、プレイの継続意欲が削られる。ここを防ぐ実用策は、薬・蘇生系の類を「もったいない」で渋らないこと、撤退判断を早めにすること、そしてキャンプ・食料を保険として厚めに持つこと。特に主人公が倒れると即敗北になるタイプの設計だと、事故の一発が重いので、主人公の生存を最優先に“守りの運用”を徹底すると安定する。派手な裏技より、こうした地味な保険が最終的にクリアへ直結する。
●この章のまとめ:攻略の答えは「隊の生活」を回すこと
『サバッシュ』は、戦闘のテクニックを磨くゲームというより、隊の生活(食う・休む・整える)を回し、事故が起きにくい状態を維持するゲームだ。逃走とキャンプを恐れず、食料で詰まないようにし、CTMが荒れる条件を踏まない。資金と換金はルーチン化してストレスを減らす。情報は短いメモで繋ぎ、迷子の総当たりを避ける。これらを守るだけで、難しいと言われがちな本作の“理不尽さ”が“手応え”へ変わりやすくなる。
■■■■ 感想や評判
●一言で割れる評価:「唯一無二」と「とにかくしんどい」
『サバッシュ』の評判は、当時から今に至るまでわりと極端だ。強く推す人は「同じ時代のRPGでは代替がきかない」「自動戦闘だからこそ“旅の現場”が出る」と語り、合わなかった人は「テンポが遅い」「AIが思い通りに動かずストレス」「やることが多いのに爽快感が薄い」と切り捨てやすい。つまり評価の分かれ方は、完成度の高低だけではなく、ゲームが求める“付き合い方”に適応できるかどうかで決まる。プレイヤーに委ねられるのは、戦闘操作の技巧ではなく、隊を破綻させずに旅を続ける忍耐と調整力だ。その性格を面白いと感じる層ほど「味がある」「クセが良い」と言い、苦痛に感じる層ほど「不自由なだけ」と言う。作品の中心が“クセ”にある以上、評判が二極化するのは自然でもある。
●当時の雑誌文化と「話題性」の影響:ポプコム的な盛り上げ
ポプコムソフトのタイトルは、純粋なゲーム内容だけでなく、当時のパソコン雑誌文化と強く結びついて語られがちだ。『サバッシュ』も例外ではなく、シナリオに三遊亭圓丈という“分かりやすい看板”が付いたことが、話題の強度を押し上げた。読者はゲームそのものと同時に、「雑誌で見た名前」「連載で知った人物」「誌面のノリ」を背負って遊ぶことになり、体験がより主観的に濃くなる。結果として、内容に粗さがあっても“記憶への残り方”が増幅される一方、期待が高すぎて反動が大きくなる面もある。発売当時の誌面での扱いが強めだった、という話が語られることもあり、作品の評判には「ゲーム外の温度」が混ざっている。
●プレイヤー感想でよく出るポジティブ:旅のボリュームと“冒険してる感”
好意的な感想でまず挙がりやすいのは、広いフィールドと施設密度が作る“旅の重み”だ。寄り道の誘惑が多く、砦や洞窟が点在し、王道RPGの骨格でありながら「歩き回って覚える」タイプの冒険譚が成立する。次に多いのが、キャンプや食料、分配などの仕組みが生む生活感で、ここを“面倒”と取らず“旅のリアリティ”と取れた人ほど評価が高い。さらに、自動戦闘をネガではなくポジに変換できたプレイヤーは、「チームを育てて見守る」感覚に価値を見いだす。自分の命令で勝つ快感とは別の種類の満足感があり、勝利が“運用の成果”として積み上がっていくのが嬉しい、という語られ方をする。
●ネガ寄りの定番:テンポ、移動、そしてAIの“やらかし”
否定的な感想で最も多いのは、テンポの遅さだ。移動が遅い、ダンジョンが広い、戦闘もオートゆえに長引きやすい――この三点が組み合わさると、達成感より疲労が先に来る人が出る。特に「寄り道が楽しい」ではなく「寄り道を強いられる」に変わった瞬間、プレイは苦行に傾く。またAI戦闘については、操作できないことそのものよりも、「危ない行動を勝手にする」「こちらが不利になる行動が混ざる」「無駄に時間が伸びる」といった“納得しにくい負け方”がストレスになりやすい。プレイヤーが原因をコントロールできない敗北は、たとえ難易度が同じでも心理的ダメージが大きい。だから本作は、負けが込み始めたときに評判が一気に悪く見えるタイプでもある。
●「不親切」への反応:昔のPCゲーの文法を楽しめるか
情報が断片的で、次にどこへ行くかが分かりにくい場面がある点も、評判が割れる要因だ。これを「探索の醍醐味」と感じる人もいれば、「総当たりで時間を奪うだけ」と感じる人もいる。80年代PCゲームの文法では、手探りで世界を理解する作りは珍しくないが、RPGがより物語主導へ寄っていく流れの中では、本作の“放り出し感”が古臭く映ることもある。その一方で、攻略情報なしで遊んだ時代のプレイヤーほど「自分で見つけた」「自分で抜けた」という体験として肯定しやすく、現代的な快適さを求めるほど否定しやすい。評価のズレは、ゲームの性質だけでなく、遊び手の基準の違いでも起きる。
●世界観の受け止め方:シリアスと緩さの“ちぐはぐさ”が癖になる
物語の背骨は復讐と魔王の脅威で、導入は重い。しかし世界を歩くと、のんびりした雰囲気の住人や、軽口を叩くイベント、少しメタっぽい要素などが顔を出し、空気は必ずしも暗一色ではない。これを「世界観が統一されていない」と見るか、「雑多で面白い」と見るかで感想は分かれる。ポプコムソフト作品にありがちな“誌面ノリ”を感じ取れる人は、世界のちぐはぐさすら当時の文化として味わうし、硬派なファンタジーRPG像を求める人は没入を削がれやすい。つまり評判は、世界観の完成度というより“この雑味が許せるか”で決まる部分が大きい。
●続編の存在が変える印象:1作目を“原型”として見る声
『サバッシュII』が存在することで、初代の評価が「荒削りだが尖った原型」として整理されやすい面もある。続編で別方向の要素が強まった、あるいは評価が相対的に高い、といった語られ方をされると、初代は“やりたいことが詰まっているが整っていない”作品として再評価される。結果、初代単体だと欠点に見えるものが「実験だった」「この尖りが次につながった」と肯定的に回収されやすい。シリーズで捉えるか、単体で捉えるかによって評判が変わるのも、本作の特徴だろう。
●現代の目で見た評判の落とし所:合う人にだけ深く刺さる“体験型RPG”
総じて、評判の中心は「便利さを捨てた代わりに、冒険の生活感を得たゲーム」という一点に集約される。テンポやAIの粗さは確実に弱点だが、そこを含めて“旅の現場”として受け止められた人には、強烈な思い出として残る。逆に、快適に物語を追いたい、戦闘は自分で制御したい、という人には苦痛になりやすい。万人向けの名作として語られるタイプではなく、尖った好みと結び付いて長く語り継がれるタイプ――それが『サバッシュ』の評判の実像だ。
■■■■ 良かったところ
●「冒険している時間」がそのまま価値になる、広さと密度
『サバッシュ』の良さを語るとき、まず外せないのが“世界を歩く時間”そのものが遊びとして成立している点だ。広いフィールドに町、砦、洞窟、拠点が散らばり、目的地へ一直線に行くより、寄り道しながら旅を太らせる設計になっている。一本道の物語を鑑賞するタイプではなく、「知らない土地を踏んで、危険を測り、得を拾う」手触りが前面に出る。これがハマると、プレイの中心はクリアではなく“自分の足跡”になる。途中で迷うことすら、失敗というより冒険譚の一部に変わりやすい。現代的な快適さから見ると冗長に映る部分もあるが、当時のPC-RPGが持っていた「世界に放り込まれる感覚」を、かなり濃い濃度で残しているのは本作の長所だ。
●AIオートバトルが生む“チームを育てる”快感
戦闘が自動進行というと、普通は「操作する楽しさが減る」と受け取られがちだ。だが『サバッシュ』が面白いのは、戦闘が“操作の勝負”ではなく“準備と運用の勝負”に置き換わるところにある。こちらは逐一の最適コマンドで勝つのではなく、編成・装備・消耗管理・撤退判断を通して勝率を作る。いわば、監督や隊長としての視点に近い。これがうまく回ったとき、「自分が殴った」ではなく「育てた隊が勝った」という満足感が生まれる。特に、苦しかった局面を越えて隊が安定し始めた瞬間は、一般的なRPGのレベルアップとは違う“組織が成熟した”手触りがある。自動戦闘は荒さも抱えるが、良かったところとしては、ここまで体験の質を変えた発想自体が強い。
●CTM的な距離感が、仲間を「駒」から「同行者」に変える
本作の仲間は、ストーリー上で濃密に描かれるキャラクター劇のタイプではない。にもかかわらず、プレイヤーの記憶に残りやすいのは、CTM(主人公との親密度)や隊の状態によって振る舞いが変わるからだ。言うことを聞かない、妙に消極的、あるいは余計な行動を取る――それは攻略上の悩みであると同時に、「こいつら本当に旅してるな」と思わせる生活感にもなる。誰が頼りになるか、誰が荒れると怖いか、そういう“癖”が運用の中で見えてくると、仲間は単なるステータスではなく、長く付き合う同行者として立ち上がる。感情的に許せるかは人を選ぶが、良かった点としては、RPGにおけるパーティの存在感を数値以外の角度から作ろうとしたところが評価できる。
●キャンプ・食料・分配が作る「旅の生活」のリアリティ
『サバッシュ』は、冒険の生活基盤をゲームの中心に置いている。キャンプは単なる回復ではなく、消耗した隊を整え、能力低下を戻し、隊の空気を保つ節目になる。食料が切れれば立て直しが効きにくくなり、隊の雰囲気も悪くなる。さらに報酬の分配や日当といった仕組みが絡み、旅は常に「持ち物と財布の上」に成立する。こうした要素は面倒にもなるが、ハマると“旅を回している”感覚が強烈になる。ダンジョンを抜けたときの安堵が、単なるHP回復ではなく「今日も生き延びた」という実感として重くなるのが、本作ならではの良さだ。
●装備更新と成長の手応えが、意外と分かりやすい
一見クセだらけのゲームだが、強化の手応え自体は意外と素直なところがある。装備更新の効果がはっきり出やすく、敵味方の伸びも大きいため、良い武器や防具を手に入れたときの“世界が一段楽になる”感覚が濃い。さらに仲間ごとの成長傾向が運用に影響し、同じレベル帯でもパーティの個性が変わってくる。操作で勝つゲームではないぶん、装備と編成の設計がそのまま勝率に繋がり、宝箱の価値が高く感じられる。探索が報酬になり、報酬がさらに探索を後押しする――この循環が回り始めると、RPGとしての快感はきちんと立ち上がる。
●雑味のある世界観が、当時のPCゲームらしい“空気”を残す
物語は復讐や魔王といった重い背骨を持つ一方で、世界を歩くと、どこかのんびりした空気や、軽いイベント、少しメタっぽい要素が混ざる。この雑味は、硬派なファンタジーを求める人にはノイズになるが、良かった点として挙げるなら“当時のPCゲームの雑多さ”がそのまま残っているところだ。80年代の国産PCゲームは、雑誌文化、投稿文化、内輪ノリ、遊び心が作品に混ざりやすく、整った世界観よりも“場の熱”が前に出ることがあった。『サバッシュ』はまさにその匂いが濃く、だからこそ時代の記憶と結び付いて語られやすい。作品単体の美しさではなく、時代ごと抱き込んだ空気感が魅力になっている。
●難しさが“体験”になる:乗り越えた人ほど忘れにくい
本作の難易度は、単純な数字の強さだけでなく、テンポ、探索、AI、資源管理が絡み合って生まれる。つまり「勝てないからレベルを上げる」だけでは解けない局面があり、隊の回し方そのものを変える必要が出る。これはストレスにもなるが、うまく噛み合ったとき、プレイヤーの側に“攻略の体験”が蓄積される。何が危険で、どのタイミングで休むべきで、どういう編成が安定するか――そうした知恵が身に付くほど、冒険は別物のように楽になる。この変化幅が大きいゲームは、クリアした人ほど思い出が濃い。良かったところとしては、難しさがただの壁ではなく、遊び方の学習に直結している点が挙げられる。
●この章のまとめ:不便さの中に“旅RPGの核”が詰まっている
『サバッシュ』の良さは、洗練よりも体験の濃さにある。広い世界を歩き、隊を運用し、生活を回し、AIの不器用さまで含めて旅を成立させる。快適さの代わりに、冒険の実感を手に入れる作りで、刺さる人には唯一無二のRPGとして残る。
■■■■ 悪かったところ
●テンポの遅さが“長所の広さ”を短所にも変えてしまう
『サバッシュ』で不満として真っ先に挙がりやすいのが、全体テンポの遅さだ。世界が広く、探索対象が多いこと自体は魅力になり得るのに、移動スピードが遅めで、ダンジョンも広めに作られているため、体感としては「広い」より先に「長い」が立ってしまう瞬間がある。しかもこの“長さ”は物語の盛り上がりで吸収されるタイプではなく、行ったり来たりの反復や、迷い、確認の積み重ねで伸びることが多い。結果、旅の現場感を楽しめる人には没入の材料になっても、テンポ重視の人には疲労を蓄積させやすい。広大さを武器にした作品ほど、移動と探索の快適さが重要になるが、本作はそこが攻め切れていないため、長所がそのまま短所へ転じる場面が生まれてしまう。
●ダンジョンが“広い”だけでなく“広すぎる”局面がある
探索のボリュームは確かに豊富だが、攻略上の問題は、広さが“面白い密度”ではなく“迷う空間”として立ち上がるダンジョンが混ざっていることだ。敵と遭遇しながら探索する設計のため、迷うほど戦闘回数が増え、消耗が増え、キャンプ頻度が上がり、食料も減る。つまり迷子がそのまま難易度に直結する。地図が整備されていない時代のゲームとしては普通の作りではあるものの、本作は戦闘が長引きやすい仕様も抱えているため、ダンジョンの迷いがプレイ時間を数倍に膨らませやすい。結果として「探索の楽しさ」より「探索の消耗」が勝つ局面が出やすく、これが悪かった点として語られやすい。
●オートバトルのAIが“味”で済まないレベルで事故を起こすことがある
自動戦闘のRPGは、AIの挙動が多少ズレても「そういうゲーム」と割り切れるかが大きい。ところが『サバッシュ』は、敵の個性や戦場の状況に対してAIの判断が単純に見え、明らかに不利な行動を取ってしまうことがある。たとえば危険な敵を放置して別に走る、無駄に距離を稼いで戦闘を長引かせる、危ない味方を守らない、など、プレイヤー目線では「そこでそう動くの?」と言いたくなる場面が出る。これは面白さにも繋がる一方、死が重い仕様(主人公が倒れると即敗北になるタイプの重さ)と組み合わさると、納得しにくい全滅や事故死を生みやすい。負けの原因を自分の判断として回収できないと、ストレスは急激に増える。オートバトルの尖りが、良さより先に不満として噴き出す瞬間があるのは欠点と言える。
●“指示できない”ことが、攻略の工夫を奪う局面がある
操作の自由度が低いことは、運用型RPGとしての個性でもある。だが悪い面としては、「ここだけは自分でやらせてほしい」という局面でも手が出せないことがある点だ。たとえば、特定の敵を最優先で落としたい、回復を間に合わせたい、隊列を整えたい、など戦術の基本が必要になる場面で、できる介入が限られる。結果、攻略が“工夫の勝利”ではなく“条件が良かったから勝った”のように感じられる瞬間が生まれやすい。これは、戦術ゲーム的な気持ちで期待してしまったプレイヤーほど不満が大きくなる。自動戦闘を前提にしても、もう一段だけ“プレイヤーの納得”に寄せる仕組みがあれば、評価はかなり変わっていたかもしれない。
●CTMや食料が、面白さより“足かせ”として出ることがある
CTMや食料、キャンプの仕組みは、旅の生活感を作る良い装置でもある。しかし悪かったところとしては、これらが“面白い選択”ではなく“義務”に変わる瞬間がある点だ。食料不足を起こすと回復効率が落ち、CTMが下がり、仲間が不機嫌になり、AI戦闘が荒れ、事故率が上がる――という負の連鎖が発生しやすく、一度崩れると立て直しに時間がかかる。つまり、ミスに対する罰がじわじわ重く、しかもテンポの遅さと結び付くため、回復のための回復、立て直しのための作業、という“戻り作業”が増えやすい。リソース管理が好きな人には楽しいが、物語や探索を進めたい気持ちの強い人には足かせになり、悪印象に変わる。
●通貨や換金が、リアリティより作業感に寄りやすい
複数通貨が存在し、換金の手間が絡む設計は、世界観のリアリティを出す狙いとしては分かる。だがプレイ体験としては、特に中盤以降「何度も換金する」作業が増え、面白さより面倒さが前に出やすい。しかも本作は移動・探索・戦闘の時間が長くなりやすいので、そこでさらに換金の手間が重なると、プレイの密度が薄く感じられることがある。リアルな生活を再現するつもりが、結果として“事務作業”になってしまう――このズレは、悪かったところとして語られやすいポイントだ。
●世界観の統一感が弱く、没入を削ぐ人もいる
物語は魔王の脅威や復讐といった重いテーマを持つのに、世界を歩くと妙にのんびりした住人が多かったり、メタっぽい空気が混ざったりする。これが味になる人もいる一方で、「危機感が薄い」「世界の説得力が落ちる」と感じる人もいる。さらに、制作側の“顔”が見えるようなノリが混ざると、ファンタジー世界に没入したいプレイヤーほど冷めやすい。雑誌文化と接続した作りの面白さでもあるが、RPGとしての世界観構築の弱さとして受け取られることがあるのは欠点と言える。
●シナリオの印象が断片化しやすい:熱はあるのに、まとまりが弱い
ヒントが断片的であるのと同じように、物語もイベントが点在し、旅の中で突然重要な話が始まることがある。寄り道を多くすると、登場人物名や用語が記憶からこぼれやすく、「あれは誰の話だっけ?」となりやすい。シナリオの核は悪くないのに、提示の仕方が整理されていないために印象が薄れる――という受け止められ方をすることがある。制作経緯(シナリオ周りの事情)も含めて語られることが多く、作品の“まとまりの弱さ”は悪かった点として残りやすい。
●この章のまとめ:不満の中心は「長い・遅い・思い通りにならない」
『サバッシュ』の悪かったところをまとめると、テンポの遅さと広さが結び付いた“時間の重さ”、AIオートバトルの事故と納得感の弱さ、そして生活・換金などの要素が“選択”より“義務”になりやすい点に集約される。個性の裏返しではあるが、合わない人が強く離れる理由も、まさにそこにある。
[game-6]
■ 好きなキャラクター
●この章の前置き:キャラ“物語”よりキャラ“運用”で愛着が生まれる
『サバッシュ』の仲間たちは、いわゆるアニメ的に濃い人物描写や、長い会話イベントで深掘りされるタイプではない。だから「好きなキャラクター」を語るときも、物語上の名セリフやドラマより、旅の中で見せる癖や働き方、隊の空気を左右する存在感が軸になりやすい。とくにAI戦闘とCTMの仕組みがあるため、同じ仲間でもプレイヤーの運用次第で印象が変わる。頼もしい相棒にもなるし、言うことを聞かない問題児にもなる。ここでは、当時のプレイヤーが“好き”と感じやすいポイントを、ゲーム的な視点で整理していく(※好みの分かれやすい作品なので、あくまで「愛着が生まれやすい型」としての語り方になる)。
●マーディ:復讐心で立ち上がる主人公像が、旅の重さを作る
主人公マーディは、村を襲われ家族を失ったところから出発し、怒りと喪失をそのまま旅の燃料に変える。王道RPGの主人公は「選ばれし者」「使命を背負う者」になりがちだが、本作の彼はもっと人間臭い。“世界のため”より“自分のため”が先に立つから、プレイヤーの足取りもどこか必死になりやすい。しかも本作では、主人公が倒れた瞬間に敗北扱いになるような重さがあり、パーティの中心というより、隊の生命線として扱われる。だからこそ、彼を守り切って進めたときの達成感が強く、主人公への愛着が「物語の共感」だけでなく「生存の積み重ね」から生まれる。自分で操作して勝つ主人公ではなく、隊の中心として生き残らせる主人公――この立ち位置が、独特の“好き”につながりやすい。
●カーラマン系の仲間:隊の“背骨”として頼れるタイプが愛される
仲間の中で愛着を持たれやすいのは、派手さより安定感で貢献するタイプだ。例えば前線で踏ん張り、隊の崩壊を防ぐ役割を担える仲間は、AI戦闘の不確実さを吸収してくれる。オートバトルは、想定外の動きで隊が散り、事故死が起こりやすい。だから「とにかく倒れない」「勝手に危険へ突っ込まない」仲間は、それだけで正義になる。カーラマンのように、物語で名前が挙がるタイプの同行者は、旅の序盤~中盤の苦しい局面を支える“背骨”になりやすく、プレイヤーの感情としては「こいつがいたから抜けられた」という形で好きになりやすい。強いから好き、ではなく、崩れないから好き――本作のキャラ愛はそういう方向に寄る。
●グレッシ系の仲間:探索を前に進める“機能”が、そのまま好感になる
『サバッシュ』は、仲間の役割が戦闘力だけではない。ダンジョンのギミックや進行に必要な要素が絡むと、「連れていないと詰む」局面が出やすい。こうしたとき、探索面での“手”になる仲間は、プレイ全体のストレスを減らしてくれる。結果として、好き嫌い以前に「頼れる」「手放せない」が先に来て、そのまま愛着へ変わる。特に広いダンジョンで、突破に必要な働きをする仲間は、単なる戦闘員ではなく“鍵”のような存在になる。探索を進める力は、当時のRPGでは地味に見えて、実は最もプレイヤーの記憶に残る。迷った時間が長いほど、突破の瞬間に「この仲間がいて良かった」が強く刻まれるからだ。
●サージ系の仲間:物語の要所と運用の両面で“外せない”存在になりやすい
物語上でも重要度が高く、編成的にも“最低一人必要”と感じられやすいタイプがサージだ。こういうキャラは、好きになる理由が分かりやすい。まず、旅の要所で名前が出ることで存在が定着する。次に、運用面でも穴を埋める役割を担い、隊の完成度を上げてくれる。オート戦闘のゲームでは、穴が一つあるだけで事故が増え、立て直しの手間が爆発する。だから「困ったときに仕事をする」仲間は、それだけで好かれる。サージのように、戦闘でも探索でも“話を回すための要”として働くタイプは、最終的に「好き」というより「信頼」になり、その信頼が愛着へ変わっていく。
●ビリンチ:問題児なのに記憶に残る、“好き”の形が生まれるキャラ
本作で語られやすいのが、ビリンチの扱いだ。能力面で扱いづらい、行動が読みにくい、特定の魔法(ワープ系)で状況を悪化させやすい――というように、運用上の不満が出やすいタイプとして語られることが多い。だが、ここが面白いところで、「嫌い」と言われがちなキャラほど、強烈に記憶に残る。AI戦闘の作品では、問題児がいるだけで毎戦闘がドラマになる。思い通りにならないからこそ、たまにハマったときの喜びが大きい。さらに、最後まで連れて行くと気持ちの上で「こいつも含めて旅だった」という感覚が残りやすい。好きの理由が「かっこいい」ではなく「面倒だったのに、なぜか忘れられない」になるのが、ビリンチの特殊な立ち位置だ。愛着が“手放せない信頼”ではなく、“手を焼いた思い出”で形成される。こういうキャラが一人いると、RPGはぐっと人間臭くなる。
●名もなき同行者たち:成長差が愛着を生む“うちの隊のエース”
『サバッシュ』の仲間は、物語上の個性より、初期能力や成長率の差がプレイ感に影響する作りと言われやすい。結果として、プレイヤーごとに「うちの隊のエース」が変わる。序盤は弱いのに終盤で化けた仲間、逆に序盤の主力が後半で伸び悩んだ仲間、装備が揃ってから真価を発揮した仲間――こうした“育成のドラマ”が、名前の薄さを補って余りある愛着になる。とくにオート戦闘では、戦い方を直接矯正できないぶん、育成と装備で“隊の性格”を作るしかない。その過程で、仲間は自然に「数値」から「顔」へ変わっていく。誰かの攻略記事に出てこない、でも自分の旅では主役だった――このタイプの好き方が生まれやすいのは、本作ならではだ。
●この章のまとめ:「好き」はキャラ性より“旅の関係性”で決まる
『サバッシュ』のキャラクターの好き嫌いは、物語の演出より、旅の中での関係性と運用の記憶で形作られやすい。守り切った主人公、隊を支えた安定役、探索を前に進めた機能役、そして手を焼いた問題児――そうした体験の束が、そのまま「好きなキャラ」という答えになる。
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●対応パソコンによる違いなど
●前提:同じ『サバッシュ』でも“遊び心地”はハードの個性でけっこう変わる
『サバッシュ』はPC-8801、PC-9801、X68000という毛色の違う機種にまたがって展開したタイトルで、基本の骨格(広大なフィールド探索+オートバトル+キャンプ運用)は共通しつつも、「見え方」「鳴り方」「動きの気持ちよさ」が、ハードの得意分野に引っ張られて差が出やすい。特に本作は“旅の時間”が長くなりがちな設計なので、画面の情報量やレスポンス、BGMの印象が積み重なって、体感の好き嫌いに直結しやすい。X68000版については、移植にあたりグラフィックの精細化などが語られ、さらにステレオを活かしたサウンド面の強化が評価されやすい傾向がある。
●PC-8801版:素朴さと“PC88らしさ”が濃い、原体験になりやすい手触り
PC-8801版は、当時のPC88系RPGらしい素朴さがそのまま魅力にも弱点にもなるタイプだ。画面の演出や情報の見せ方は、後発機種ほどの華やかさは出しにくい一方で、必要十分な表示でゲームの芯が見える。『サバッシュ』はシステムのクセが濃いので、まずは“原型の手触り”を味わうという意味ではPC88版が一番分かりやすい、と感じる人もいる。BGMについても、当時の環境では内蔵音源やサウンドボード構成で印象が変わりやすく、同じPC88版でも「どの設定で鳴らすか」で体験がブレるのが面白いところだ(デモや音源別の再生例が語られることもある)。
●PC-9801版:視認性と操作感の“安定”で、長旅のストレスが減りやすい
PC-9801版は、同時代のRPG群でも“安定して遊べる側”に寄りやすい。理由は単純で、長時間の探索で効いてくるのは派手さより視認性と操作感だからだ。文字やUIの読みやすさ、画面の見通し、処理の安定感は、広い世界を歩き回る『サバッシュ』のようなゲームと相性がいい。オート戦闘の性質上、「戦闘を操作でねじ伏せる」より「状況の把握と判断」で詰まらないことが大事なので、画面の情報を受け取りやすい環境はそれだけで攻略の助けになる。PC98版が“派手な別物”になるというより、旅の運用をストレートに楽しみやすい方向に寄る、と捉えると分かりやすい。
●X68000版:ビジュアルとサウンドの底上げで“没入”が太くなる
X68000版は、同じ内容でも「雰囲気の押し出し」が一段強くなりやすい。移植にあたってグラフィックが精細化した、という言及があり、まず見た目の密度で印象が変わる。さらにサウンド面は、ステレオの活用や音のパワーアップが語られやすく、BGM評価が高い本作にとっては決定打になりやすい。実際、音楽面では「特にX68000版は強化が大きい」という受け止め方がされることがある。
●“遊びやすさ”の分かれ目:このゲームは体験の半分が「歩く・迷う・整える」
『サバッシュ』は、戦闘の瞬間芸で気持ちよくなるゲームというより、移動・探索・キャンプ・資源管理を含めた“旅の総合運用”が主役だ。だから機種差が効くポイントも、フレームの速さや派手さだけではなく、①長時間見ても疲れにくい画面か、②音が単調に感じにくいか、③操作のレスポンスが我慢できるか、に集約される。テンポが遅いと感じやすい作品だからこそ、体験の底を支える部分(視認性、音、操作感)の差が、機種ごとの好みとして表面化しやすい。
●コレクション視点の違い:同じ旅でも“記憶の残り方”が変わる
PC88は原体験の素朴さ、PC98は長旅の安定、X68は演出と音の厚み――この3つは、同じ『サバッシュ』を遊んでも「何が記憶に残るか」を変える。たとえば、X68で遊ぶとBGMの存在感が強く残りやすく、PC88で遊ぶと不便さ込みの“当時のRPG感”が強く残りやすい。PC98はその中間で、攻略や運用を淡々と積み上げる楽しさが前に出やすい。どれが上というより、「このゲームで何を味わいたいか」で選ぶと後悔が少ない。
●この章のまとめ:X68は演出強化、98は安定、88は原型の味
対応機種ごとの違いをざっくりまとめると、X68000版はグラフィック精細化やステレオ活用などで演出と没入が太くなりやすい。 PC-9801版は長時間の探索を支える安定感・視認性で“運用型RPG”としての面白さを出しやすい。 PC-8801版は素朴さと当時の空気を含めた原型の味が残り、体験としての記憶が濃くなりやすい。
[game-10]●同時期に発売されたゲームなど
★イースII(日本ファルコム)
・販売会社:日本ファルコム ・販売された年:1988年 ・販売価格:7,800円(PC-8801系の当時価格表記例) ・具体的なゲーム内容:前作で“冒険の手触り”を掴ませたうえで、続編では物語の核心を一気に押し広げ、探索と戦いをより濃く味わわせるアクションRPG。トップビューのフィールドを歩き回り、町の人の会話や小さな発見を積み上げて、次の目的地へ自然に背中を押されていく流れが気持ちいい。戦闘はテンポが命で、接触判定を軸にしつつも、敵の当たり方や位置取りで結果が変わるため、慣れてくると“自分の腕で突破している”感覚が強くなる。続編らしく、装備や成長の段階を踏む楽しさが増し、音楽やイベントの盛り上げどころも明確。派手なシステムで驚かせるより、王道の骨格を研ぎ澄まして「次へ進みたい」という衝動を保ち続けるタイプで、同時期のRPGを語るときの基準点になりやすい一本。
★スナッチャー(コナミ)
・販売会社:コナミ ・販売された年:1988年 ・販売価格:9,680円(当時の税別表記では8,800円とされる資料もある) ・具体的なゲーム内容:サイバー色の濃い近未来を舞台に、情報収集と推理、そして緊張感のある局面演出で読ませるアドベンチャー。画面に並ぶコマンドを選ぶ形式でも、単に“読むだけ”にならないのは、場面ごとに視点を切り替えたり、対象を細かく調べたりして、プレイヤーの注意力そのものを操作に組み込んでいるから。とくに“街の空気”や“機械の冷たさ”を描く場面では、テキストとビジュアル、効果音の組み合わせで、当時のPCソフトとしては強い没入を作ろうとしているのが分かる。さらに、要所でアクション性のある演出(武器を構える、緊迫した選択を迫る等)が入り、テンポが落ちきらない。遊び終えた後に残るのは、クリアの達成感だけでなく、世界観の輪郭や人物の“癖”そのもの。雑誌や口コミで話題になりやすい尖った魅力があり、同時期のRPG勢とは別方向から「PCでここまでやるのか」と印象づけたタイトルと言える。
★ハイドライド3 スペシャルバージョン(T&E SOFT)
・販売会社:T&E SOFT ・販売された年:1989年 ・販売価格:8,580円 ・具体的なゲーム内容:アクションRPGの“操作して戦う”感覚を土台に、探索の広がりと成長要素を盛り込んだシリーズ作の強化版的な位置づけ。戦闘は反射神経だけではなく、立ち回りと装備の整え方が効いてくるため、準備の巧さがそのまま突破力になる。迷い込みやすい場所に“見返りのある寄り道”が用意されているタイプで、最短距離で進むよりも、少し危険な区域に踏み込んで装備や資金を得て、次の難所を楽にする流れが気持ちいい。スペシャル版らしく、遊びやすさや演出面の手当てが意識され、同じ骨格でも体験の粗さが薄まっているのがポイント。サバッシュのような「長い旅を耐久するRPG」を好む層にとっても、こちらは“自分の手で切り開く”比重が高く、同時代のRPG/ARPGの味の違いを楽しめる。
★ワンダラーズ・フロム・イース(イースIII)(日本ファルコム)
・販売会社:日本ファルコム ・販売された年:1989年 ・販売価格:9,570円 ・具体的なゲーム内容:シリーズの看板である“軽快さ”を保ちつつ、横視点のアクションに寄せて手触りを変えた意欲作。横スクロールの戦いは、敵との距離感が直感的で、飛び道具や段差を含めた駆け引きが前面に出る。結果として、同じRPGでも「考えて整える」より「動いて切り抜ける」比重が上がり、テンポが速い。町や人々の会話で次の目的を掴む導線は残しつつ、ダンジョンはアクションの腕前が試される構造になっていて、ボス戦では“パターンを見切って押し切る”爽快感が核になる。サバッシュのような自動戦闘・長期探索とは真逆に見えるが、どちらも“広い世界を旅する気分”を別の手段で作っている点が面白い比較対象。
★シムシティ(フォア・チューン/関連:イマジニア)
・販売会社:フォア・チューン(国内展開に関与したメーカー表記あり) ・販売された年:1990年(PC-9801版の国内展開時期) ・販売価格:10,780円(PC-9801版の定価表記例) ・具体的なゲーム内容:戦闘もレベル上げもない代わりに、“街という生き物”を設計し、維持し、育てるシミュレーション。道路を敷けば交通が生まれ、住宅を増やせば税収が動き、工業地帯を広げれば雇用は増えるが公害が出る、といった具合に、プレイヤーの判断が連鎖して結果として返ってくる。面白いのは、正解が固定されていないこと。短期の黒字を優先すると後で渋滞や治安が崩れ、先回りで公共投資をすると当面は苦しいが未来が開ける。こうした“長期視点の気持ちよさ”は、RPGの長旅とは別種の中毒性がある。同時期のPCソフトが持つ「腰を据えて遊ぶ」文化を、まったく違う形で体現した一本で、RPGに疲れたときの受け皿にもなった。
★ポピュラス(イマジニア)
・販売会社:イマジニア ・販売された年:1990年(国内PC向けの展開時期) ・販売価格:10,780円(定価表記例) ・具体的なゲーム内容:ユニットを直接殴り合わせるよりも、地形を変え、住民を増やし、信仰の力で優位を取る“神視点”のストラテジー。低地を盛り上げて洪水を避けたり、山を削って移動経路を作ったりと、戦いの前提条件を自分で組み替えられるのが独特で、戦闘というより「環境づくりの勝負」に近い。住民が増えていくとできることが広がる一方、相手も同じ速度で手を伸ばしてくるため、じわじわした焦りが常にある。RPGの“パーティ育成”が好きな人ほど、ここでは“土地と人口”を育てる感覚にハマりやすい。同時期のPCでは、こうした実験的なゲーム性が一気に花開いていて、ポピュラスはその象徴として語られがち。
★プリンス・オブ・ペルシャ(ブローダーバンド)
・販売会社:ブローダーバンド ・販売された年:1990年(日本でのPC向け展開時期) ・販売価格:9,680円(X68000版の定価表記例) ・具体的なゲーム内容:剣戟と罠だらけの城を、限られた時間のなかで脱出する映画的アクション。特徴は“動きの説得力”で、走る・跳ぶ・つかまる・よじ登るといった基本動作に重みがあり、操作はシンプルでもミスの重さが緊張を生む。罠は初見殺しになりやすいが、覚えて対策を立てることで、少しずつ“自分の攻略手順”ができあがっていく。RPGのレベル上げに似た快感を、プレイヤー自身の上達で置き換えたタイプとも言える。サバッシュが“長期の旅”で達成感を積むのに対し、こちらは“一画面の突破”を積み上げていく密度の高いゲームで、同じ時代のPCが表現できた幅の広さを感じさせる。
★パズニック(ブローダーバンド)
・販売会社:ブローダーバンド ・販売された年:1990年 ・販売価格:8,580円(X68000版の定価表記例) ・具体的なゲーム内容:シンプルなルールなのに、手順を誤ると詰む“論理と直感”のパズル。盤面上のブロックを動かして同種を揃えるだけ、という入口は分かりやすいが、実際はスペース管理と先読みが要求され、終盤ほど一手の重みが増す。パズルの良さは、短時間で集中できるのに、解けた瞬間に“頭の中がほどける”快感があること。RPGの長丁場とは正反対のようで、実はサバッシュのようなボリューム作を遊ぶ合間に挟むと、気分転換として効く。同時期のPCでは、派手なストーリー物と並行して、こうした硬派な思考型ゲームも強く支持され、パズニックはその代表格として挙げやすい。
★大戦略III’90(システムソフト)
・販売会社:システムソフト ・販売された年:1990年 ・販売価格:9,800円(資料上の価格表記例) ・具体的なゲーム内容:現代兵器の運用を、補給・生産・占領といった“戦争の裏側”まで含めて遊ばせる本格ウォーシミュレーション。ユニットを動かしてぶつけるだけでは勝てず、前線を維持するための補給線、空と地上の役割分担、敵の索敵をどう突破するかといった視点が必要になる。面白いのは、勝ち筋が一つに定まらないこと。短期決戦で首都を落としに行くか、拠点を制圧して生産力で押し切るか、相手の戦力を削ってから進むかで、同じマップでも展開が変わる。RPGが“物語の旅”なら、こちらは“判断の連続”が物語になるタイプ。同時期のPCゲームらしい骨太さが凝縮されている。
★ドラゴンスレイヤー 英雄伝説(日本ファルコム)
・販売会社:日本ファルコム ・販売された年:1990年 ・販売価格:9,570円(PC-9801版の定価表記例) ・具体的なゲーム内容:アクション性よりも“物語で引っ張る”方向へ舵を切った王道RPGで、旅の途中で起こる出来事や人物の関係が、ゲーム進行の推進力になる。コマンド型の戦闘は派手なトリックより、役割分担と積み重ねで戦線を押し上げる設計になりやすく、安心して長編を読める。加えて、当時のPC RPGとしては“イベントの区切り”が意識されていて、次の章へ進む手応えが分かりやすい。サバッシュのように独自システムで尖る方向とは違うが、こちらは「王道の気持ちよさ」を丁寧に磨き、広く受けたタイプ。同時期のRPGを並べると、個性派と王道派の両輪が揃っていたことが見えやすい。
★ソーサリアン(新パッケージ)(日本ファルコム)
・販売会社:日本ファルコム ・販売された年:1988年 ・販売価格:10,780円(定価表記例) ・具体的なゲーム内容:一本の長い物語を一本道で追うのではなく、複数のシナリオを“自分の順番”で攻略していく構造が最大の特徴。パーティを育て、シナリオを選び、解決して戻り、また別の冒険へ行く……という反復が、まるで連作短編を読み継ぐような感覚を作る。シナリオごとに雰囲気や仕掛けが変わるため、飽きにくく、当時のPCユーザーがじっくり遊べる“棚”として機能した。サバッシュの広大マップと比べると、こちらは“舞台を切り替えて濃い体験を重ねる”タイプで、同じ長時間RPGでも時間の使い方が異なる。音楽や演出面の印象も強く、シリーズ拡張(シナリオ追加)という文化を語るうえでも外せない。
[game-8]






























