【発売】:リバーヒルソフト
【対応パソコン】:PC8801、PC9801、X68000、Windows95、FM-7、X1、MSX2 など
【発売日】:1987年
【ジャンル】:アドベンチャーゲーム
■ 概要・詳しい説明
● 『キス・オブ・マーダー』とは――『マンハッタン・レクイエム』から派生した異色のJ.B.ハロルド作品
『J.B.ハロルドシリーズ キス・オブ・マーダー』は、1980年代後半の国産パソコン向けアドベンチャーゲームを語るうえで欠かすことのできないリバーヒルソフトの推理作品であり、架空の刑事J.B.ハロルドを主人公とするシリーズの一作である。シリーズの流れとしては『殺人倶楽部(マーダークラブ)』『マンハッタン・レクイエム』に続く時期に登場した作品だが、一般的な意味での正統な続編というより、『マンハッタン・レクイエム』を土台として新しい事件を描くアナザーストーリー、あるいは番外編に近い性格を持っている。初期のPC版では前作のグラフィック資産や人物画像を活用しながら、事件内容や人間関係を全面的に組み替えるという大胆な方法が採られており、同じ「顔」を持つ人物が前作とは別の役柄で登場する。このため、本作を初めて遊ぶ人には一本の独立した殺人ミステリーとして楽しめる一方、『マンハッタン・レクイエム』を知っている人には、同じ俳優陣が別のドラマに出演しているような奇妙で面白い感覚が生まれる。このスターシステム的な作りこそ、『キス・オブ・マーダー』をシリーズの中でも非常に個性的な作品にしている大きな理由である。
J.B.ハロルドシリーズの基本は、派手な銃撃戦やアクションではなく、地道な聞き込みと情報整理である。本作でもプレイヤーはJ.B.ハロルドとして複数の人物を訪ね歩き、証言を聞き、食い違いを見つけ、新しい名前や場所を知るたびに捜査範囲を広げていく。重要なのは、誰か一人がすべてを教えてくれるわけではないことである。ある人物が語った内容は別の人物の証言によって修正され、そこからさらに第三者の存在が浮かび上がる。こうしてバラバラに存在していた断片が少しずつ一本の線へ変わっていく構造が、本作の最大の魅力になっている。
● 事件の発端――サラ・シールズ殺害と消えた巨大なサファイア
物語は12月30日、ニューヨーク・マンハッタンのグリニッジ・ビレッジで発生した殺人事件から始まる。被害者はサラ・シールズという若い女性。彼女は何者かによって殺害され、その死と前後するように高額な保険が掛けられていた巨大なサファイアまで行方不明となる。事件の表面だけを見ると、「高価な宝石を狙った犯人がサラを殺した」という分かりやすい構図にも見える。しかし調査を進めると、その単純な仮説では説明できない人物関係や行動の矛盾が次々と現れてくる。
この事件をJ.B.へ持ち込む重要人物が、元刑事で現在は保険関係の調査を行っているジャド・グレゴリーである。宝石には巨額の保険が掛けられているため、保険会社側としても単なる盗難では済まされない。さらに殺人まで起きたことで、警察の捜査と保険調査が重なり合い、J.B.が事件へ関わることになる。この導入によって、本作は「誰がサラを殺したのか」と「サファイアはどこへ消えたのか」という二つの疑問を同時に追う形になっている。
捜査を続けると、サラの周囲には複数の人物が存在し、それぞれが異なる形で彼女と結び付いていたことが分かる。親しい人物もいれば、利害関係を持つ者、感情的なしこりを抱えていた者、サラの秘密を知っていた可能性のある人物もいる。さらに宝石に関する情報が入り込むことで、単純な男女関係だけではなく金銭的な動機も浮上する。プレイヤーはこの複数の要素を一つずつ整理し、殺人と宝石の失踪がどこでつながるのかを考えていくことになる。
● サラ・シールズという「不在の中心人物」
本作で特に印象的なのは、被害者であるサラ・シールズが物語開始時点ですでに死亡しているにもかかわらず、捜査が進むほど存在感を増していく点である。通常、殺人ミステリーの被害者は「事件を発生させるきっかけ」として扱われるだけの場合も多い。しかし『キス・オブ・マーダー』では、周囲の人物から話を聞くたびに、サラの別の側面が見えてくる。ある人物にとっては親しい女性だったかもしれない。別の人物にとっては面倒な存在だったかもしれない。また別の人物は、彼女について重大な秘密を隠している可能性もある。
このように、本人が語ることのできない人物像を、他人の証言だけで再構成していく構造が非常に面白い。しかも証言者たちは必ずしも正直とは限らない。自分を守るために嘘をつく人物もいれば、事件とは無関係の秘密を隠している人物もいる。そのためプレイヤーは、「嘘をついている=犯人」と単純に判断できない。なぜその人物が嘘をつくのか、その嘘が殺人と関係しているのか、あるいは全く別の理由なのかを考えなければならない。この複雑さが、サラという人物を一枚岩の存在にせず、いくつもの視点から見える人物として描き出している。
● ゲームシステム――聞き込み・移動・再調査を繰り返す捜査型アドベンチャー
ゲームの基本は、マンハッタン各地を移動し、登場人物へ聞き込みを行い、得られた情報をもとに次の行動を決めることである。ここで特徴的なのは、一度話した人物だからといって捜査が完了するわけではない点である。新しい名前や事件、証言、場所が判明すると、それまで何も話さなかった人物から追加の証言が得られる場合がある。そのため、本作では「一度会ったから終わり」という考え方は通用しない。
例えば、ある人物から新しい名前を聞いた場合、その名前を別の人物へ質問することで新たな関係性が判明する。さらにその情報を持って最初の人物へ戻ると、最初は隠していた事実を語り始めることがある。このような情報の往復が本作の基本構造であり、プレイヤーは常に「次に誰へ何を聞くべきか」を考える必要がある。
また、人物だけでなく場所についても再調査が重要になる。一度調べた現場で何も見つからなかったからといって、その場所が完全に無意味になるとは限らない。捜査が進行した後に再び訪れることで、新しい意味を持つ手掛かりが出てくる場合がある。この設計は現在のゲームから見ると不親切だが、刑事が同じ現場へ何度も足を運ぶ感覚をゲーム化したものともいえる。
● 途中で要求される「推理」が本作をより厳しい作品にした
『キス・オブ・マーダー』の特徴として外せないのが、捜査途中でプレイヤー自身に判断を求める推理要素である。ただ情報を集めれば自動的に最後まで進めるのではなく、その時点までの捜査内容を理解しているかが問われる。ここで注意しなければならないのは、最終的な真犯人をいきなり当てることが目的ではない点である。求められるのは、あくまで「現在判明している情報をもとにすれば、現時点では誰が最も疑わしいか」という暫定判断に近い。
この仕組みは、プレイヤーへ証言を真剣に読ませる効果を持っている。聞き込みを総当たりで済ませるだけではなく、誰がどのようなアリバイを持ち、誰の証言が矛盾し、誰に動機があるのかを整理しなければならない。一方で、最終的な事件の構造を先読みしてしまったプレイヤーには分かりにくいこともある。真相に近い人物を選んだつもりでも、その時点のゲーム内情報では別の人物を疑うべきと判定される場合があるからだ。このため、本作の推理システムは「面白い試み」と「少々意地悪な進行条件」という二つの評価を同時に持つ。
● 『マンハッタン・レクイエム』の素材を再構成したスターシステム
本作を他の推理ゲームと大きく違わせているのが、『マンハッタン・レクイエム』の人物グラフィックや舞台設定を再利用しながら、新しい人物関係を成立させている点である。前作を知っている人ほど、画面に登場した人物を見て「この顔は前作のあの人物」と連想してしまう。しかし、その記憶は本作では必ずしも正しくない。顔は同じでも役割は違い、前作での性格や立場をそのまま当てはめると捜査を誤る可能性がある。
これは制作上の資産流用であると同時に、プレイヤーの記憶を利用したゲームデザインでもある。同じ俳優が別のドラマへ出演するように、同じ人物画像が別設定で登場する。その結果、前作の記憶が一種のミスリードとして働く。単に素材を使い回すだけなら弱点になり得るが、本作ではそれを意識的なパラレルストーリーとして成立させたことで、むしろ個性的な魅力へ変えている。
● 発売形態――追加ディスク的な作品から独立タイトルへ
初期の『キス・オブ・マーダー』は、『マンハッタン・レクイエム』を所有しているユーザーを強く意識した追加作品として販売された。PC-8801やPC-9801、X68000などの初期版では前作側のグラフィックデータを利用する構成が採られ、その分価格を抑えることが可能になった。発売価格は5800円クラスで、当時の大型アドベンチャーゲームとしては比較的購入しやすい設定だった。
現在の感覚でいえば、大型DLCや追加キャンペーンに近い発想と考えることができる。完全新規のグラフィックを大量に制作する代わりに、既存の背景や人物を活用して新しい事件を提供する。この方式によって、前作を気に入ったユーザーへ短い間隔で新たなミステリーを届けることができた。
その後、MSX2版やWindows版などでは独立した一本のソフトとして扱われるようになり、『キス・オブ・マーダー』自体が単独作品として認識されていく。特にMSX2版では『殺意の接吻』という日本語タイトルが強く打ち出され、前作の追加ディスクという印象よりも、新しいJ.B.ハロルド事件簿の一作として存在感を高めた。
● PC-8801、PC-9801、X68000、MSX2など多数の機種へ広がった作品
1980年代後半の日本では、現在のWindows PCのような統一された環境が存在せず、NEC、シャープ、富士通、MSXなど複数のパソコン規格が競合していた。そのため人気タイトルは複数の機種へ移植される必要があった。『キス・オブ・マーダー』もPC-8801、PC-9801、X68000、FM系、X1、MSX2などさまざまな環境へ展開されている。
基本的な事件やシナリオは共通しているものの、機種ごとに表示能力や色数、音源、操作環境が異なるため、画面や雰囲気には差が生まれる。PC-8801版には初期国産ADVらしいドットグラフィックの味わいがあり、X68000版ではより高性能なハードを活かした印象が強くなる。とはいえ、本作の根幹は映像の豪華さではなく、証言と人間関係を整理することにあるため、どの機種でも「J.B.になって事件を追う」という体験は共通している。
● Windows・ニンテンドーDS・Nintendo Switchへ受け継がれた長寿作品
さらに時代が進むと、本作はWindows向けにも再発売され、古い専用パソコンを持っていないユーザーでも遊べるようになった。2000年代に入ると、ニンテンドーDSでは『マンハッタン・レクイエム』と『キス・オブ・マーダー』をまとめた形で登場し、人物相関やバックログなど情報整理を助ける機能が追加された。これはJ.B.ハロルドシリーズとの相性が非常に良い改良である。本作の難しさは反射神経ではなく情報管理にあるため、過去の証言を確認しやすくなるだけで遊びやすさは大きく向上する。
さらにNintendo Switchでも本作に触れられるようになり、現代向けに遊びやすくした移植と、オリジナルPC版の雰囲気を重視した復刻の両方が存在するようになった。発売から数十年が経過しても複数の形で遊べるという事実は、本作が単なる一時代の追加ソフトではなく、日本の推理アドベンチャー史に残る一作品として扱われていることを示している。
● 販売実績――単独本数よりも「長く残ったこと」に価値がある
『キス・オブ・マーダー』単独の正確な累計販売本数については、現在一般に確認できる資料が限られており、具体的な数字を安易に断定することはできない。しかし、PC-8801、PC-9801、X68000、MSX2など当時の主要パソコンへ展開され、Windows、ニンテンドーDS、Nintendo Switchへと世代を越えて再登場したことを考えると、シリーズ作品として長期的な価値を持っていたことは明らかである。
一時的な話題だけで終わった作品であれば、数十年後まで復刻されることは少ない。『キス・オブ・マーダー』は追加ディスク的な出自を持ちながら、最終的には独立した一つの事件簿として残った。その意味では、発売当時の販売本数だけでは測れないロングセラー的な価値を持つ作品といえる。
■ ゲームの魅力・攻略・好きなキャラクター
● 最大の魅力は「自分で捜査している」と感じられる情報収集
『キス・オブ・マーダー』の最大の魅力は、単なるストーリー鑑賞型のアドベンチャーではなく、プレイヤー自身が事件情報を管理しながら捜査を組み立てるゲームになっていることである。現在のゲームでは次の目的地や重要人物が画面上に表示されることが多いが、本作では「誰へ何を聞くべきか」を自分で判断しなければならない。
ある人物から新しい名前を聞いたら、その名前を誰に尋ねればよいのかを考える。証言に矛盾があれば、関係者へ再確認する。新しい事実が分かったら、一度会った人物のもとへ戻る。この作業を繰り返すことで、バラバラだった情報が一本の事件へつながっていく。何も分からなかった状態から、徐々に人間関係が頭へ入っていき、人物名を見ただけで「この人はあの人物とつながっていた」と思い出せるようになる過程が非常に面白い。
● 派手な謎解きではなく「人間関係そのもの」がパズルになっている
本作では、暗号を解いたり複雑な機械を操作したりするパズル要素は中心ではない。最大のパズルは人間関係そのものである。誰と誰が知り合いなのか。誰がサラについて本当のことを語っているのか。誰が何かを隠しているのか。そして、その秘密が殺人事件と直接関係しているのか。この関係性を解きほぐすことが攻略そのものになる。
面白いのは、嘘をついた人物が必ずしも犯人ではない点である。恋愛関係を隠しているだけかもしれない。金銭問題を知られたくないだけかもしれない。過去の失敗を伏せているだけかもしれない。このため、「嘘を発見した=犯人を発見した」にはならない。嘘の理由まで考えなければならず、それが本作を単純な犯人当てから一段深い人間ドラマへ変えている。
● 好きなキャラクターとして挙げたいJ.B.ハロルド
やはり最も魅力的な人物は主人公J.B.ハロルドである。彼は自分の天才的な頭脳を誇示するタイプの名探偵ではなく、地道な聞き込みを積み重ねる刑事である。大声で相手を怒鳴りつけることが中心でもなく、超人的なアクションで犯人を捕まえるわけでもない。
J.B.の魅力は、「簡単に決めつけないこと」にある。証言を聞き、別の人物へ確認し、矛盾があれば再び戻る。プレイヤーが何度も同じ人物へ聞き込みをする操作そのものが、J.B.の粘り強さを表現している。主人公自身が長い独白をして性格を説明するのではなく、ゲームプレイを通して人物像が伝わってくる設計が巧みである。
● 最も印象に残るサラ・シールズ
本作で最も印象深い人物は、被害者であるサラ・シールズである。本人は物語開始時点で亡くなっているが、事件を調べるほど存在感が増す。周囲の証言によって、サラにはさまざまな顔があったことが分かる。誰にとっても同じ女性だったわけではない。
この「亡くなった人物を他人の記憶から再構成する」という作りが非常に印象的である。サラ本人に話を聞けないからこそ、他人の証言を比較する必要がある。その証言が完全に一致しないことで、サラという人物がより現実的に感じられる。事件を解くことは、同時にサラがどのような人生を送っていたのかを知ることでもある。
● ジャド・グレゴリーが生む保険調査というもう一つの視点
ジャド・グレゴリーは、J.B.を事件へ導く重要人物である。元刑事でありながら、現在は保険調査員として高額なサファイアの行方を追う立場にいる。J.B.が殺人事件を警察の視点から追う一方、ジャドは保険と宝石の問題から事件を見る。この二つの立場が重なることで、物語に複数の目的が生まれる。
単純に「人が殺されたから犯人を探す」だけではなく、「宝石はどこへ消えたのか」「保険金はどうなるのか」という現実的な利害が加わることで、大人向けの犯罪ドラマらしさが強まっている。
● 攻略の基本――まず人物相関図を作る
本作を自力で攻略したいなら、最も有効なのはメモを取ることである。特に旧PC版に近い環境では、人物相関図を紙へ書くと劇的に遊びやすくなる。サラを中心に置き、周囲に登場人物の名前を書き、「仕事関係」「友人」「恋愛関係」「宝石」「事件当日の行動」などを線で結ぶとよい。
人物ごとに「どこにいるか」「誰について話したか」「まだ質問していない話題は何か」を書いておけば、行き詰まったときの確認も容易になる。新しい名前が登場したら、必ず誰から聞いたのかを記録することも重要である。
● 新情報を得たら過去の人物へ戻る
攻略上の最大のポイントは、新しい情報を得たら、それを以前会った人物へ持ち帰ることである。本作では「一度話した人物=調査終了」ではない。捜査フラグが進むと、新しい質問や反応が発生する場合がある。
特に詰まったときは、最後に判明した人物名や出来事を確認し、それについて関係しそうな人物全員へ聞いてみるとよい。この地道な再確認こそ、本作の基本的な攻略法である。
● 事件現場や重要地点も繰り返し調べる
人物への再聞き込みだけでなく、場所の再調査も重要である。一度調べたからといって安心せず、事件が大きく進展したあとには現場や重要人物の住居などへ戻ってみるべきである。
現代のゲームでは「調査済み」と表示されることが多いため、同じ場所を再び調べるという発想が出にくい。しかし本作では、捜査の進行によって意味が変わる場所がある。行き詰まった場合は、人物だけでなく場所も疑うことが攻略のコツである。
● 推理場面では最終的な真相ではなく「その時点の情報」で考える
途中の推理で最も重要なのは、先読みをしすぎないことである。「最終的な犯人はこの人物ではないか」と思っても、その段階のJ.B.が持っている情報では別の人物が最も疑わしい場合がある。
したがって推理場面では、現在までに確認できたアリバイ、動機、証言の矛盾だけを基準にするのがよい。「物語全体の答え」ではなく「現在の捜査報告」を作る感覚で考えると理解しやすい。
● 難易度の正体は推理力より情報管理
『キス・オブ・マーダー』は、頭の回転が速くなければクリアできない作品ではない。むしろ必要なのは几帳面さである。人物名を覚え、誰に何を聞いたかを整理し、新しい情報を放置しない。その積み重ねが攻略につながる。
長期間プレイを空けると「この人物には何を聞いたのか」が分からなくなりやすいので、メモを残しておくことが非常に重要である。逆に言えば、情報管理さえ丁寧に行えば、極端に難解な暗号やアクション技術は要求されない。
● 攻略サイトを見るなら真相ではなく「次の一手」だけ確認する
本作はネタバレの影響が非常に大きい。真犯人や事件の全貌を知ってしまうと、聞き込みの面白さが大きく減ってしまう。そのため、どうしても行き詰まった場合でも完全攻略を最初から最後まで読むより、「次に誰へ会えばいいか」「どこを再調査すればいいか」だけ確認する方がよい。
本作の魅力は答えそのものより、答えへ近づく過程にある。自分で相関図を作り、自分で怪しい人物を決め、自分で推理を修正する体験を残すことが、最も満足度の高い遊び方である。
● 総合的な魅力――刑事になりきる遊びを徹底した作品
現在の目で見れば不便な部分は多い。しかし、その不便さのかなりの部分が「刑事として自分で動く」体験につながっている。次の目的地が表示されないから自分で考える。人物相関が自動整理されないからノートを作る。同じ人物へ再訪するから証言の変化が意味を持つ。
こうした仕組みを面倒と感じるか、それとも本格的な捜査体験と感じるかによって評価は大きく変わる。しかし、自分で事件を追いたい人にとって、本作は現在でも他では味わいにくい面白さを持っている。
■ 感想・評判・口コミ
● 総合的な感想――静かなゲームなのに意外なほど記憶に残る
『キス・オブ・マーダー』を遊んだときの第一印象は、非常に静かなゲームだということだろう。派手な演出が連続するわけではなく、主人公が危険な場所へ突入するアクションもない。基本的には人物の顔と文章を見ながら話を聞いていく。しかし、数時間遊んで人物関係を理解し始めると、その静けさが逆に心地よく感じられるようになる。
誰かの証言が別の人物の言葉とつながった瞬間や、序盤では意味不明だった話が後半で重要だったと気付く瞬間には、派手な演出とは違う満足感がある。大きな爆発ではなく「情報がつながること」がゲーム上のご褒美になっているのである。
● 好評になりやすいのは重厚な人間関係
本作を高く評価する人が特に魅力として感じやすいのは、人間関係の複雑さである。サラの死と宝石の失踪という分かりやすい事件を入口にしながら、調査を続けるほど関係者の恋愛、仕事、金銭、秘密などが浮かび上がる。
そして、そのすべてが殺人に直結するわけではないところが面白い。ある人物が嘘をついていても、それは殺人を隠すためではなく別の事情からかもしれない。このため、捜査の途中で何度も推理を修正することになる。
● 「渋い」という言葉がよく似合う
J.B.ハロルドシリーズに共通する魅力だが、本作は非常に渋い。主人公は熱血ヒーローではなく、大人たちの世界を淡々と調べていく刑事である。登場するテーマも恋愛、保険、金銭、犯罪、秘密など、大人向けのものが中心である。
人物画もアニメ的な誇張よりリアルな方向を目指しており、マンハッタンという舞台と相まって海外犯罪ドラマのような雰囲気を作る。現在遊ぶと画面は古く感じるが、その古さが逆にハードボイルドな味として感じられる。
● 前作経験者には「知っているのに知らない」面白さがある
『マンハッタン・レクイエム』を先に遊んだ人にとって、本作は非常に変わった体験になる。同じ人物グラフィックを見た瞬間、前作での役柄を思い出してしまうからだ。しかし今回は別人として扱われている。
この構造を面白いと感じる人もいれば、混乱すると感じる人もいるだろう。前作を遊び込んでいるほど、顔と名前の記憶が衝突しやすい。しかし、それこそ本作にしかない体験である。
● 初めて遊ぶ人は序盤の地味さを越えられるかがポイント
シリーズ未経験者の場合、序盤は地味に感じやすい。大量の人物名が登場し、誰が重要なのか分からない状態で聞き込みを続けなければならないからである。しかし、人物関係を覚え始めると急に面白くなる。
最初は単なる名前だった人物が、やがて「サラとこういう関係の人」「この人物と証言が食い違う人」として頭の中に定着する。そこからゲームは一気に推理らしくなっていく。
● 不満として出やすいのは総当たり感
本作で最も評価が分かれやすいのは、どうしても総当たり的なプレイになりやすい点である。どの人物にどの話題を聞けば進むのかが明確ではないため、新しい情報が出るたびに多くの人物へ再確認する必要がある。
これを「本格的な捜査」と感じる人もいれば、「フラグ探し」と感じる人もいる。ゲーム側が次の行動をほとんど教えないため、自分で考える自由と、進行が止まりやすい不親切さが同時に存在している。
● 再調査の多さも賛否が分かれる
一度調べた場所へ戻る必要があることも、本作特有の評価ポイントである。現代的なゲームなら「調査済み」と表示される場面でも、本作では進行後に再び重要になることがある。
これを知らないと長時間詰まる可能性がある。しかし「事件現場へ何度も戻る」という行動は刑事ドラマらしくもあり、理解したうえで遊ぶと味わいに変わる。
● 推理システムは面白いが説明不足を感じやすい
途中でプレイヤーに判断を求める仕組みは、作品の緊張感を高めている。聞いた内容を本当に理解しているかを試されるため、文章を流し読みできない。
一方で、最終的な真相ではなくその段階の暫定判断を求められるため、「こちらの方が真相に近いのに」と感じることもある。この点は本作の評価を分ける大きな部分である。
● グラフィックは古くても雰囲気は残る
当然ながら、1980年代のパソコン版を現在見ると解像度や色数には時代を感じる。しかし、リアル志向の人物画とマンハッタンの背景は独特の雰囲気を持っている。
すべてを高精細に描かないことで、プレイヤーが文章から情景を想像する余地もある。この余白がミステリーと相性がよく、現在の豪華な映像作品とは違った味を生んでいる。
● 現代プレイヤーから見ると「不親切だが新鮮」
現在初めて遊ぶ人にとって、本作は相当古いゲームシステムに見えるだろう。しかし、逆にそこが新鮮でもある。最近のゲームでは目的地や次の行動が明確に示されるため、自分で人物相関図を作って遊ぶ機会は少ない。
本作では自分で調べ、考え、メモを作ることがゲームの一部になる。この手間を楽しめる人には、現在でも十分面白い。
● 評判を総合すると「万人向けではないが個性が非常に強い」
『キス・オブ・マーダー』は、誰にでも勧められる便利で快適なゲームではない。テンポの速いゲームが好きな人には合わない可能性がある。しかし、刑事ドラマ、推理小説、会話中心のミステリー、自分で情報を整理する遊びが好きな人には強く刺さる作品である。
欠点と長所が同じ場所から生まれていることが、本作の面白いところでもある。不親切だから自分で考える。情報が多いから人物相関が面白い。再訪が多いから証言の変化に意味が出る。そこを楽しめるかどうかで評価は決まる。
■ 当時の宣伝・現在の中古市場など
● 発売当時は前作ファンへ向けた「もう一つの事件」として訴求
1987年当時の『キス・オブ・マーダー』は、完全新規の大型タイトルとして売るよりも、『マンハッタン・レクイエム』を遊んだユーザーへ新しい事件を提供する商品としての性格が強かった。すでに前作のマンハッタン世界へ親しんでいるユーザーに対し、「同じ街で別の事件が起こる」という面白さを伝えることが重要だった。
前作のデータを利用する追加ディスク形式を採用したことにより、価格を抑えられたことも販売上の強みだった。現在のようにオンライン追加コンテンツが存在しない時代に、既存ソフトを利用して新シナリオを追加する発想は先進的だったといえる。
● 宣伝の中心はパソコン専門誌
1980年代後半のパソコンゲームでは、専門雑誌が最大の情報源だった。新作紹介、広告、発売予定表、レビュー、攻略記事などを通じて、多くのユーザーがゲームの存在を知った。
J.B.ハロルドシリーズは、広告の中でゲームシステムだけを強調するのではなく、マンハッタンを舞台にした大人向け犯罪ドラマという雰囲気を前面に出していた。高額な宝石、殺人事件、刑事J.B.ハロルドという要素は、当時のファンタジーやSF中心のゲームとは明確に違う印象を与えた。
● 売っていたのは「機能」よりも「世界観」
『キス・オブ・マーダー』の宣伝で重要だったのは、画面枚数や技術仕様よりも世界観である。ニューヨーク、マンハッタン、殺人事件、宝石、ハードボイルドという要素を並べるだけで、国産ゲームでありながら海外ミステリー映画のようなイメージを作ることができた。
リアル寄りの人物イラストもこの印象を強めており、「子供向けのゲームではない」という雰囲気を自然に生み出していた。
● パッケージそのものが商品価値だった時代
当時はフロッピーディスクだけでなく、外箱、説明書、付属物まで含めて一つの商品だった。現在のダウンロード販売とは異なり、店頭で箱を手に取り、裏面の説明や画面写真を見ながら購入を決めることも重要だった。
推理アドベンチャーでは説明書や手帳のような付属品も世界観の一部となる。特にMSX2版など単独商品として構成された版は、現在ではそうした付属物の存在がコレクション価値を大きく左右している。
● MSX2版はコレクター的にも興味深い
MSX2版は前作を必要とする追加ディスクではなく、一本の独立商品として成立している。そのため、本作専用のパッケージや付属品が用意され、現在ではコレクターから見ても興味深い存在になっている。
紙製の付属品はフロッピーディスク以上に失われやすい。箱、説明書、手帳などが揃っている完品は、ディスク単体より価値が高くなりやすい。
● 当時の人気は単独販売本数だけでは測れない
『キス・オブ・マーダー』単独の正確な累計販売本数を断定できる資料は限られている。しかし、多数のパソコンへ移植され、後年もWindows、DS、Switchへ復刻されていること自体、一定の支持が続いたことを示している。
追加ディスク的な作品が数十年後まで名前を残すことは珍しい。本作の場合、一時的な販売実績よりも「シリーズ作品として長期間保存され続けたこと」に価値がある。
● Windows版によって旧PCゲームから一般的なPCソフトへ
Windows向け再発売によって、本作はPC-8801などの旧機種を所有していないユーザーでも遊びやすくなった。低価格帯の商品として再登場したことで、1980年代の作品を新しい世代へつなぐ役割を果たした。
Windows版は現在ではそれ自体がレトロソフトとなっているため、中古市場で見かけることもある。ただし古いWindows向けゲームは現行OSでそのまま動作するとは限らず、購入時には対応環境に注意が必要である。
● ニンテンドーDS版は比較的探しやすい中古商品
現在、中古市場で『キス・オブ・マーダー』を探す場合、ニンテンドーDS版は比較的分かりやすい選択肢である。『マンハッタン・レクイエム』とセットで収録されており、箱・説明書付きの中古品やソフトのみの商品が流通することがある。
ただし中古価格は一定ではない。販売店、個人売買、状態、付属品の有無で数千円単位の差が生まれることがあるため、一件の高額出品だけを見て相場と判断しない方がよい。
● 旧PC版は「ディスクだけ」と「完品」で価値が大きく違う
PC-8801やX68000、MSX2などの旧PC版は、レトロゲームだから必ず高額になるわけではない。ディスクのみ、ケースなし、動作未確認の商品であれば比較的低い価格で取引されることもある。
しかし、外箱、説明書、付属品まで揃った美品となると話は別である。旧PCゲームは紙製品が失われやすいため、完品ほど希少になる。中古市場を見る際には、「タイトル名」だけでなく「何が付属しているか」を必ず確認するべきである。
● フロッピーディスクは動作保証に注意
40年近く前の磁気メディアである以上、保存状態によっては読み込み不良が発生する可能性がある。箱がきれいでもディスクが正常とは限らない。
そのため、コレクション目的とプレイ目的を分けて考える必要がある。実際に遊びたいだけなら、現行ハード向け復刻版の方が安全で安価な場合が多い。オリジナル版を買う場合は、歴史的なパッケージを所有する価値にお金を払うという意識が必要である。
● 復刻版の登場で中古市場の意味が変わった
現在はSwitchなどで正規復刻版を遊べるため、オリジナル版を購入しなければ物語を体験できない時代ではない。この変化によって、旧PC版の中古価値は「遊ぶためのソフト」から「集めるための歴史資料」へ移りつつある。
デジタル版が存在しても、1987年当時の箱や説明書、フロッピーそのものが増えるわけではない。そのため、完品の旧PC版には別の価値が残る。
● 中古価格は最高額ではなく状態別に見るべき
中古記事では「最高○万円」という数字が注目されやすいが、レトロPCゲームでは一件の高額出品だけで価値を判断するのは危険である。出品価格と実際の落札価格は違い、未開封品とディスク単品も比較できない。
『キス・オブ・マーダー』の場合も、PC-88版、MSX2版、Windows版、DS版を一緒にして相場を考えるのではなく、それぞれを別商品として見る必要がある。
● 現在購入するなら目的別に選ぶのが正解
ストーリーを楽しみたいだけなら現行の復刻版が最も手軽である。古いPCを準備する必要がなく、ディスク劣化も気にしなくてよい。
遊びやすさを重視するなら、情報整理機能を備えたDS版なども魅力がある。1980年代のPCゲーム文化そのものを集めたいなら、PC-8801、X68000、MSX2などのオリジナル版が対象になる。
このように、現在の『キス・オブ・マーダー』は一つの商品ではなく、「遊ぶ」「保存する」「集める」という目的によって価値が変わるタイトルになっている。
■ 総合的なまとめ
● 番外編から始まり、独立した名作として残った作品
『J.B.ハロルドシリーズ キス・オブ・マーダー』は、誕生時の事情だけを見れば『マンハッタン・レクイエム』の素材を利用した追加作品である。しかし、数十年後まで復刻され続けている現在から振り返ると、単なる追加ディスクという評価だけでは不十分である。
サラ・シールズ殺害事件、消えたサファイア、複雑な人間関係、途中推理など、本作独自の要素がしっかり存在する。特に前作の登場人物画像を別配役で使用するスターシステムは、他作品ではあまり見られない個性である。
● 最大の価値は「人間を調べるゲーム」であること
本作は犯人だけを探すゲームではない。誰が何を隠しているのか、なぜ嘘をついたのか、サラとどのような関係だったのかを一人ずつ調べていく。
事件に直接関係のない秘密まで明らかになることで、登場人物が単なる容疑者ではなく生活を持った人間として見えてくる。ここにJ.B.ハロルドシリーズの最大の魅力がある。
● 物語の完成度は高いが、操作性は明確に時代を感じる
人間関係の作り込みや証言の積み上げは現在でも楽しめる一方、進行条件やインターフェースには古さがある。同じ人物へ何度も質問する必要があり、再調査を要求されることもある。
しかし、その不便さが完全に無意味なわけではない。何度も聞き込みを行うことで捜査官らしい感覚が生まれ、プレイヤー自身が事件を追ったという手応えにつながる。
● PC-8801版の価値――原典の空気を味わえる
PC-8801など初期版には、現在の移植版では完全には再現できない時代性がある。限られた色数、ドットグラフィック、フロッピーディスク時代の操作感、静かな文章中心の進行は、1980年代PCアドベンチャーそのものだ。
ゲーム内容だけなら現代版の方が快適だが、作品がどのような環境で生まれたのかを知りたいなら初期版の価値は大きい。
● X68000など高性能機版は当時の技術進歩を感じられる
より高性能な機種への移植では、人物画や背景、表示の印象が変化する。同じ事件でも、ハードウェアの能力によって作品の雰囲気が少し変わるのは、当時のマルチプラットフォームPCゲームならではの面白さである。
● MSX2版は追加作品から独立タイトルへの転換点
MSX2版では本作が単独商品として販売され、前作を所有していないユーザーでも遊べるようになった。この変化は、『キス・オブ・マーダー』が「前作の追加ディスク」から「J.B.ハロルドシリーズの一タイトル」へ変わっていく重要な転換点だったと考えられる。
● Windows版は世代をつなぐ役割を果たした
Windows版の登場によって、旧PCを持たないユーザーも本作へ触れられるようになった。このような再発売があったからこそ、1980年代作品が完全に過去のものにならず、次の世代へ引き継がれた。
● DS版は「遊びやすさ」に大きく踏み込んだ
ニンテンドーDS版は、バックログや人物整理など、情報管理を助ける機能によって本作を現代的に遊びやすくした。『マンハッタン・レクイエム』と一緒に収録されたことも相性がよく、前作と本作の違いを直接比較できる。
オリジナル版の厳しさを味わいたい人には物足りない部分があるかもしれないが、まず物語を楽しみたい人には入りやすい版といえる。
● Nintendo Switch時代まで残ったこと自体が作品価値を示している
1987年に登場した作品が、数十年後のNintendo Switchでも遊べるという事実は大きい。古いゲームは数多く存在するが、そのすべてが現行ハードへ復刻されるわけではない。
J.B.ハロルドシリーズが現在も復刻対象になるのは、単なる懐かしさだけでなく、推理アドベンチャー史の中で一定の価値が認められているからだろう。
● どの版が最も完成度が高いかは目的によって変わる
歴史性を重視するならPC-8801など初期版、当時の高性能PC環境を楽しみたいならX68000系、独立商品としての面白さならMSX2版、比較的新しいPC環境で遊ぶならWindows版、遊びやすさならDS版、手軽さならSwitch版、オリジナルの感触を現行環境で体験したいなら復刻版というように、それぞれ長所が異なる。
したがって「絶対にこの版が一番」というより、自分が何を求めるかで選ぶのが正しい。
● 現在でも通用するのは人間の欲望を扱っているから
システムは古くても、物語の中心にある嫉妬、金銭、恋愛、秘密、保身といった感情は古びない。人間が嘘をつく理由は時代が変わっても大きく変わらないからである。
そのため、1980年代作品でありながら、証言を読み進める面白さは現在でも残っている。
● 欠点まで含めてJ.B.ハロルドらしい
総当たりになりやすい、再訪が多い、進行条件が分かりにくい。これらは明確な欠点である。しかし同時に、それらが「自分で捜査する」感覚を作っている。
すべてを便利にすればゲームとしては快適になるが、刑事として迷いながら事件を追う感覚は薄れるかもしれない。本作は、その不便さまで含めて一つのスタイルを完成させた作品である。
● 最終的な総合評価――派手さより「調べる面白さ」を求める人に残る一本
『J.B.ハロルドシリーズ キス・オブ・マーダー』は、派手な映像やテンポの良い展開で勝負するゲームではない。マンハッタンを歩き、人々に話を聞き、矛盾を探し、サラ・シールズという女性の死を取り巻く秘密を一つずつ解きほぐしていく作品である。
最初は人物名が多く、進行もゆっくりしている。しかし人物関係が頭へ入った瞬間から、ゲームの見え方が変わる。誰の言葉を信用するべきか、誰が何を隠しているのか、宝石と殺人がどう結び付くのかを考える時間そのものが面白くなる。
また、『マンハッタン・レクイエム』の素材を流用した作品でありながら、その制約をスターシステムという個性へ変えた点も興味深い。前作を知る人には記憶を揺さぶる作品となり、知らない人には一本の独立した事件簿として成立する。
発売から長い年月が経過しても、Windows、ニンテンドーDS、Nintendo Switch、各種復刻サービスへと受け継がれていることは、本作が一時的な追加作品では終わらなかった証拠でもある。ゲーム機やパソコンが変わっても、「人の話を聞き、情報を整理し、自分で事件を考える」という基本的な面白さは変わらない。
現代の親切なゲームに慣れた人には、序盤の遅さや進行条件の厳しさが壁になるだろう。しかし、その壁を越え、自分で捜査ノートを作り、登場人物の関係を理解し始めると、他のゲームでは味わいにくい没入感が生まれる。J.B.ハロルドになって事件を追ったという感覚が最後まで残るからである。
『キス・オブ・マーダー』は、便利さや派手さではなく、推理する時間そのものを楽しむための作品である。1980年代国産パソコンアドベンチャーの空気、リバーヒルソフトが得意とした大人向けミステリー、複雑な人間関係、そしてプレイヤーへ情報整理を要求する厳しいゲームデザイン。それらをまとめて味わえる一本として、現在でも十分に語る価値のある作品なのである。





