【原作】:えんどコイチ
【アニメの放送期間】:1987年10月17日~1988年10月1日
【放送話数】:全42話
【放送局】:フジテレビ系列
【関連会社】:NAS、スタジオコメット
■ 概要・あらすじ
破天荒な怪盗たちが巻き起こす、1980年代ならではのハイテンション・ギャグアニメ
『ついでにとんちんかん』は、えんどコイチによる同名ギャグ漫画を原作として制作され、1987年10月17日から1988年10月1日までフジテレビ系列で放送されたテレビアニメである。物語の中心となるのは、どこから見ても正義の味方には思えない奇妙な四人組「怪盗とんちんかん」。彼らは夜になると怪盗として活動する一方、その行動目的は一般的な怪盗作品のように高価な宝石や美術品を狙うことではなく、思わず「なぜそれを盗むのか」と聞き返したくなるような珍品やくだらない品物を標的にすることが多い。そのため本作では、犯罪サスペンスや華麗な怪盗劇よりも、予告状を出してから盗みに入るまでの珍騒動、警察との追いかけっこ、登場人物同士の勘違い、突然挟み込まれる一発ギャグなどが物語の主役となっている。
原作漫画は『週刊少年ジャンプ』で読切作品を経て1985年から本格的な連載が始まり、当時の少年漫画誌を代表するギャグ作品の一つとして人気を得た。テレビアニメ版は『ハイスクール!奇面組』の後番組としてスタートしており、制作陣にも共通するスタッフが多かったことから、テンポの速い演出、派手なリアクション、台詞と映像を重ねたギャグ、画面全体を使った賑やかな芝居など、前番組から受け継がれた1980年代後半のフジテレビ系ギャグアニメらしい雰囲気が色濃く感じられる作品となった。ただし作品世界そのものにつながりがあるわけではなく、『ついでにとんちんかん』独自のナンセンスさと、主人公・間抜作の常識を完全に無視した暴走ぶりによって、より脱線性の高い笑いへと発展している。
教師でありながら怪盗のリーダーという異色すぎる主人公・間抜作
物語の中心人物である間抜作は、「怪盗とんちんかん」のリーダーでありながら、普段は中学校教師として生活しているという非常に奇妙な人物である。教師と怪盗という二重生活だけでも十分に異色だが、抜作の場合は知的で冷静な怪盗像とは正反対で、常識という言葉そのものが通用しないほど自由奔放である。時には事件より自分のギャグを優先し、緊迫した場面でも突然ふざけ、周囲の人物を呆れさせる。しかし、その予測不能な行動こそが作品を動かす最大の原動力になっている。
怪盗とんちんかんには抜作のほか、中国拳法を思わせる格闘能力を持つ中東風、機械や発明を得意とする発山珍平、超能力を使う白井甘子が所属している。四人それぞれが異なる特技を持つため、表面的にはかなり能力の高い怪盗チームである。東風が戦闘面、珍平がメカニック面、甘子が超能力、抜作が指揮を担当すれば、本来なら華麗な犯罪集団になっても不思議ではない。ところが、肝心のリーダーである抜作があまりにも予想外の行動を取るため、作戦はたいてい予定通りには進まない。むしろ高度な能力を持つ仲間たちが、抜作の暴走に振り回されながら何とか目的を達成しようとするところに、本作ならではのおかしさが生まれている。
彼らが盗もうとする品物も作品の笑いを支える重要な要素である。一般的な怪盗物語なら、歴史的価値を持つ秘宝や何億円もする宝石が狙われる。しかし怪盗とんちんかんが興味を示す対象は、価値の基準そのものがずれていることが多い。「そんなものを盗んで一体どうするのか」という疑問そのものがギャグになり、予告状を受け取った側も、捕まえようとする警察も、視聴者も同じように困惑する。この価値観の逆転が、作品全体のナンセンスな世界観を象徴している。
怪盗と警察の対決すらまともに進まないドタバタ構造
怪盗作品に欠かせない存在として、本作にも怪盗とんちんかんを追う警察関係者が登場する。中でも毒鬼醜憎を中心とする大日本警察の面々は、怪盗とんちんかんの逮捕に並々ならぬ執念を燃やしている。しかし本作では警察側も冷静な捜査集団として描かれるわけではない。怪盗側が奇人なら追う側も奇人という構図になっており、追跡劇が始まるほど騒動は拡大していく。
このため、怪盗と警察という本来なら敵対関係にある二つの勢力が、実際には一緒になって騒動を大きくしてしまうことも珍しくない。逮捕しようとして警察自身が罠にはまったり、怪盗側が作戦を忘れて別の騒動を起こしたり、第三者まで乱入して誰が誰を追っているのか分からなくなったりする。事件の解決より、その途中で何回脱線するかが見どころになっていると言ってもよい。
さらに怪盗とんちんかんには、ライバル的な怪盗や学校関係者、町の住人など、強烈な個性を持つ人物が次々と加わってくる。普通の人物が登場しても、抜作たちと関わった瞬間に日常から引きずり出され、いつの間にか巨大な騒動へ巻き込まれてしまう。この「平凡な状況を一気に異常な状況へ変化させる」展開こそ、本作のエピソードを支える基本パターンの一つである。
筋書きよりも笑いを優先する予測不能なストーリー展開
『ついでにとんちんかん』の大きな特徴は、ストーリーが論理的に進行することよりも、その瞬間にどれだけ強い笑いを生み出せるかが優先されている点にある。普通なら緊張感が高まる場面で突然ギャグが入り、真面目な会話が始まったと思った直後に話題が完全に別方向へ飛び、登場人物が物語そのものを壊しかねない行動を取る。こうした展開が次々と重なるため、視聴者は先の展開を予想することがほとんどできない。
特に間抜作の代名詞ともいえる身体を使った突発的なギャグは、本作を象徴する要素として知られている。代表的なのが「いきなり尻見せ!」など、文字通り何の前触れもなく始まる一発芸である。物語上の必然性がほとんど存在しないにもかかわらず、堂々と披露されるため、その唐突さ自体が笑いになる。抜作にとっては、敵が目の前にいようが事件の最中であろうが関係ない。真剣な状況ほどギャグとの落差が大きくなるため、作品全体に「何が起きてもおかしくない」という独特の空気が形成されていった。
一方で、ただ意味不明な出来事を並べているだけではなく、学校生活、怪盗活動、警察との対決、家族や友人とのやり取りなど、視聴者が理解しやすい基本的な舞台が用意されていることも重要である。身近な日常を土台にしているからこそ、その中に突如として現れる非常識な行動が強烈なギャグとして成立する。日常と非日常を素早く行き来する構成によって、一話の中でも次々と場面が変化していく。
原作漫画の魅力をテレビアニメ向けのスピード感へ変換
テレビアニメ版では、原作が持っていた言葉遊び、駄洒落、パロディ、下ネタ、視覚的な一発ギャグなどを映像表現へ置き換えながら、動きや声によって笑いをさらに強調している。漫画では一コマで成立していた表情の変化も、アニメになることで声優の演技、間の取り方、効果音、背景音楽などが加わり、別の勢いが生まれた。
とりわけ1980年代のテレビアニメは、現在よりも作品内にアイドル文化、テレビ番組、当時の流行語や芸能ネタなどを大胆に取り込むことが多かった。『ついでにとんちんかん』もそうした時代の空気を強くまとっており、放送当時を知る視聴者が見返すと、その時代ならではの文化やテレビのテンションまで思い出せる作品になっている。その一方、時代背景を知らない視聴者でも、抜作を中心とする登場人物の極端なキャラクター性や、想像を超えた展開そのものを楽しめる構造になっている。
また、『ハイスクール!奇面組』の後枠作品であったこともあり、放送開始時から「ジャンプ原作の学園ギャグアニメ」という流れを自然に引き継いでいた。制作スタッフの継続によって、キャラクターを大きく動かす演出、派手なリアクション、場面転換のテンポなどにも共通する感覚が見られた。一方で『奇面組』が学園生活を中心に奇人たちの日常を描いていたのに対し、『ついでにとんちんかん』では怪盗活動という要素が加わることで、学校の外へ物語を広げやすくなっている。警察、発明、超能力、格闘、怪盗対決など幅広い題材を取り込めるため、毎回異なるシチュエーションのギャグを展開できたのである。
怪盗もの、学園もの、パロディを混ぜ合わせた自由度の高さ
本作を単純に「怪盗アニメ」と分類すると、その実態を十分に説明することはできない。確かに主人公たちは怪盗として活動するが、作品の中心にあるのは犯罪計画そのものではなく、怪盗という設定を利用したギャグである。また間抜作が教師であるため学園アニメとしての側面もあり、生徒や教師を巻き込んだ話も展開される。さらに超能力、発明品、拳法といった要素がそろっているため、SF的な騒動やアクションへ発展することもある。
そこへ映画、ドラマ、アニメ、芸能界、時代劇などを連想させるパロディ的な発想まで加わることで、作品世界は非常に自由なものとなった。エピソードごとに舞台やジャンルの雰囲気が変化しても、最終的には抜作たちが登場した瞬間に『ついでにとんちんかん』らしいドタバタ劇へ変わってしまう。どんなジャンルでもギャグへ変換できる柔軟さは、本作が長期連載作品からテレビシリーズへ展開できた理由の一つと考えられる。
そして、怪盗とんちんかんの四人が完全な善人でも悪人でもないところも面白い。盗みを行う以上、設定だけ見れば犯罪者である。しかし彼らの目的や行動は悪辣さとはほど遠く、むしろ騒動の結果として周囲を助けてしまうことさえある。警察側も本気で逮捕を目指しているものの、その対決にはどこかスポーツやゲームのような明るさがあり、深刻な犯罪ドラマになることはほとんどない。この安心して見られるドタバタ感が、少年向けテレビアニメとしての親しみやすさにつながっていた。
アイドル文化とアニメが密接だった時代を象徴する作品
テレビアニメ版を語るうえでは、当時のアイドル文化との結び付きも重要である。放送初期から主題歌を担当したのは、工藤静香、生稲晃子、斉藤満喜子によるアイドルユニット「うしろ髪ひかれ隊」であった。彼女たちは前番組『ハイスクール!奇面組』でも主題歌を担当しており、その流れが本作にも継承された。
その後、番組後半では生稲晃子のソロ楽曲が主題歌として使われるなど、テレビアニメと当時のアイドル歌謡を組み合わせた番組作りが続けられた。作品そのものだけでなく、オープニングやエンディングを含めて「1980年代後半のテレビ文化」を感じさせる構成になっていることは、本作を振り返る際の大きな特徴である。
ギャグアニメの本編と爽やかなアイドルポップスという組み合わせには独特の味があり、ハチャメチャな物語を見終えたあとにエンディング曲が流れることで、番組全体に明るい余韻が残る。この時代のアニメを記憶している人にとっては、主題歌を聴くだけで作品映像や土曜夕方のテレビ放送を連想するほど、映像と音楽が強く結び付いている場合も少なくない。
最終回で描かれた「とんちんかん」らしい時間と世界を超えた大騒動
シリーズ終盤まで数々の珍事件を引き起こしてきた怪盗とんちんかんだが、最終回では通常の盗みとは比較にならないほど大きな騒動へ巻き込まれていく。物語のきっかけとなるのは茨木邸に存在する不思議な扉である。特別な物があると聞けば怪盗として黙っていられない彼らだったが、その扉の向こうには単なる財宝ではなく、通常の世界とは異なる空間が待っていた。
そこから物語はパラレルワールドや未来の礼院棒町へと広がり、それまで登場してきた人物たちの「もしも」を思わせる世界が描かれていく。日常的な学園ギャグから始まった作品が、最後には時間や世界そのものを越える展開へ到達するところにも、『ついでにとんちんかん』らしい制限のなさが表れている。
それでも最終回が必要以上に重苦しい内容にならないのが本作である。未来という題材を扱いながら、最後まで基本にあるのは笑いと賑やかさであり、怪盗とんちんかんや毒鬼警部たちが現代へ戻った先には、これまでと同じような騒がしくも楽しい日常が待っていることを感じさせる締めくくりとなった。大きな悲劇や別れで視聴者を泣かせるのではなく、「この連中ならこれからも相変わらず騒動を起こしているだろう」と思わせながら物語を終えるところは、本作の作風に非常によく合っている。
現在振り返っても強烈な個性を残すジャンプ系ギャグアニメ
『ついでにとんちんかん』は、緻密な伏線や壮大な世界観を味わうタイプの作品ではない。最大の魅力は、登場人物たちが常識の境界線を軽々と飛び越え、次に何をするのかまったく予測できないところにある。特に間抜作というキャラクターは、一般的な主人公像から意図的に外された存在であり、格好良さよりも「どこまで馬鹿なことを堂々とやれるか」を追求した人物だった。
しかし、その徹底した馬鹿馬鹿しさこそが作品の個性である。抜作が奇妙な行動を始め、東風や珍平や甘子が巻き込まれ、警察が追いかけ、さらに別の人物が加わって騒動が拡大する。その基本形は単純でも、題材を自由に変えることで毎回異なる笑いを生み出していった。
また間抜作は後にファミリーコンピュータ用ソフト『ファミコンジャンプ 英雄列伝』にも登場し、多数の『週刊少年ジャンプ』作品の主人公・人気キャラクターたちと並んで活躍した。バトル漫画の英雄たちが多い中へ、ギャグ漫画出身の抜作が加わっていることからも、当時のジャンプ作品群の中で強い存在感を持っていたことがうかがえる。
放送終了から長い年月が経過した現在では、映像表現やギャグの題材に1980年代らしさを感じる部分も多い。しかし、その時代性も含めて楽しめるのが作品の魅力であり、当時の少年漫画、テレビアニメ、アイドル文化、ナンセンスギャグが一つに融合した作品として見ると非常に興味深い。怪盗なのに盗む物が妙で、教師なのに一番落ち着きがなく、警察まで巻き込んで町中が大騒ぎになる。そうした「真面目に考えたら負け」とでもいうべき徹底した笑いへの姿勢こそ、『ついでにとんちんかん』というアニメを象徴する最大の特徴なのである。
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■ 登場キャラクターについて
間 抜作(あいだ ぬけさく)/リーダー 声:吉村よう
『ついでにとんちんかん』という作品を象徴する存在であり、怪盗とんちんかんを率いるリーダーが間抜作である。名前の時点から「間抜け」を連想させるように、一般的な主人公に期待される格好良さや知性、責任感とは大きく異なる人物として描かれている。普段は礼院棒中学校の教師として教壇に立ちながら、裏では怪盗とんちんかんのリーダーとして活動するという二重生活を送っているが、教師としても怪盗としても、その行動は常識では説明できない。真剣な話をしていたはずなのに突然ふざけ始めたり、危険な状況でも笑いを取ることを優先したりするため、仲間だけでなく敵や警察まで彼のペースに巻き込まれてしまう。
抜作最大の特徴は、周囲の状況をまったく気にせず繰り出される突発的なギャグである。「いきなり尻見せ!」に代表される身体を使った一発芸は、作品を知らない人でも名前だけは聞いたことがあるほど象徴的なネタとなった。緊迫した追跡劇や対決の途中で突然行われるため、場面そのものを強制的にギャグへ変えてしまう破壊力を持っている。普通の作品なら格好良い決め台詞が飛び出す場面で、抜作はまったく別方向の行動を選ぶ。その予測不能さが視聴者に「次は何をするのだろう」という期待を抱かせていた。
ただし単純な愚か者だけではないところも抜作の面白さである。ときには妙に鋭い判断を見せたり、仲間を思いやる一面が現れたりするため、本当に何も考えていない人物なのか、それとも常識的な価値観から意図的に外れているだけなのか分からなくなることもある。リーダーとして仲間たちから完全に見放されないのも、こうした不思議な人間的魅力があるからだろう。吉村ようの声による陽気で勢いのある演技も抜作のキャラクター性とよく合い、台詞だけでは表現できない独特の間やテンションを作り出していた。
中 東風(ちゅん とんぷう)/レッド 声:塩沢兼人
怪盗とんちんかんの戦闘面を支えるメンバーが中東風である。中国拳法の達人という設定を持ち、抜作とは対照的に、整った容姿と高い身体能力を備えた比較的まともな人物として登場する。怪盗チームの中では「レッド」と呼ばれることもあり、アクション場面では敵を相手に素早い動きや拳法を披露するなど、作品に少年漫画らしい格好良さを加える役割を担っている。
しかし『ついでにとんちんかん』の世界では、格好良い人物が格好良いまま終わることはほとんどない。東風も抜作たちと行動する以上、真面目に対応しようとすればするほどギャグへ巻き込まれていく。本人が冷静であるからこそ、抜作の非常識な行動との落差が際立ち、ツッコミ役に回った際の面白さも増している。声を担当した塩沢兼人の知的で端正な声質も、東風の二枚目としての魅力と周囲のドタバタとの落差を大きくしていた。
発山 珍平(はつやま ちんぺい)/グリン 声:金丸淳一
発山珍平は、怪盗とんちんかんにおける発明・科学技術担当ともいえる少年である。「グリン」の呼び名を持ち、さまざまなメカや装置を作り出して怪盗活動を支援する。かなり高度な装置を平然と製作する一方、そこはナンセンスギャグ作品であるため、完成した発明品が期待通りに働くとは限らず、便利な道具が結果として大騒動の原因になることもある。
珍平の存在によって怪盗エピソードにはSF的な広がりが加わり、単純な追いかけっこだけではなく、発明品をめぐるトラブルや機械を利用した作戦など多彩な展開が可能になった。金丸淳一による若々しい声もキャラクターによく合っており、少年漫画的なワクワク感を担当する人物でもある。
白井 甘子(しらい かんこ)/シロン 声:日髙のり子
怪盗とんちんかんの紅一点として登場するのが白井甘子である。「シロン」という呼び名を持ち、超能力を使うことのできる少女という非常に個性的な設定を与えられている。念動力など普通の人間にはない能力を怪盗活動に利用するため、戦闘担当の東風、発明担当の珍平、そしてリーダーの抜作と合わせると、とんちんかんは意外にも非常にバランスの取れたチームになっている。
甘子は明るく元気な少女である一方、周囲の男性陣、とりわけ抜作の突拍子もない行動へ容赦なく反応する役回りでもある。日髙のり子による明るく活発な演技もキャラクターの魅力を大きく引き出しており、挿入歌「アホ! No.5」を歌っていることも含め、音楽面でも作品との結び付きが深い。
毒鬼悪憎(声:青野武)――怪盗を追いながら自分までギャグ世界に飲み込まれる宿敵
毒鬼悪憎は大日本警察署の警部で、怪盗とんちんかんを逮捕することに情熱を燃やす人物である。 普通の怪盗作品なら主人公たちに立ちはだかる強敵になるところだが、この作品では警察側まで徹底的にギャグ化されている。そのため毒鬼は、真剣に逮捕作戦を考えれば考えるほど抜作たちのペースに巻き込まれ、最終的には怪盗側と同じくらい馬鹿馬鹿しい騒動の中心人物になってしまう。
青野武の迫力ある声は、毒鬼の強面と執念深さを強調する一方、その迫力がくだらない事件へ向けられることで強烈なギャップを生む。「燃えろ毒鬼警部」のように毒鬼自身が前面へ出る回もあり、単なる追跡役ではなく準主役級のコメディ要員として存在感を発揮した。 抜作と毒鬼の関係は善悪の対決ではなく、「捕まえたい男」と「そもそもまともに捕まる気があるのか分からない男」の終わりなき漫才に近い。この関係があるからこそ、怪盗パートには毎回安定した笑いが生まれていた。
天地無用(声:塩屋翼)――抜作と互角に渡り合う“もう一人のアホ”
天地無用は警察側の人物でありながら、抜作と並ぶほど非常識なキャラクターとして強烈な印象を残す。声は塩屋翼。 抜作のかつての教え子という関係もあり、二人が顔を合わせると警察と怪盗という立場を忘れたようなギャグ合戦へ発展する。頭を使うこと自体が異常現象につながるという常識外れの設定など、登場するだけで物語の現実感をさらに一段破壊する役割を持っている。第36話には「天地くんがいっぱい」という、タイトルだけでも彼の存在そのものをギャグとして利用した回が用意された。
視聴者の回想でも天地の異常な描写は記憶に残りやすく、作品レビューでは抜作だけでなく天地の常軌を逸した設定を作品の魅力として挙げる声もある。 抜作一人だけなら周囲がツッコミ役になって物語を整理できるが、天地まで加わると「誰が正常なのか」そのものが分からなくなる。そこに本作独特の破壊力がある。
アンディ・ジョーンズ(声:島津冴子)、ゴンベエ(声:島田敏)ら――脇役まで主役級に濃い世界
怪盗とんちんかん以外の人物も、本作では非常に濃い。アンディ・ジョーンズは島津冴子が担当し、とんちんかんへ対抗する存在として「怪盗あんぽんたん」を結成するエピソードが描かれる。第5話では、とんちんかんが狙っている品物を先に盗もうとして怪盗同士の争奪戦へ発展するなど、「くだらない物を本気で奪い合う」という作品の基本精神をさらに拡大した存在となった。 ゴンベエは島田敏が担当し、第6話ではアンディとのエピソードも展開される。
さらに吉沢今日子を川浪葉子、毒鬼醜憎を龍田直樹、署長を大竹宏が担当するなど、周辺人物にも実力派声優が並ぶ。 吉沢先生には怪力を発揮するような意外性があり、毒鬼醜憎は父親である毒鬼警部とは別方向からとんちんかんを疑う存在として騒動へ参加する。こうした脇役たちが単なる説明役にならず、一人一人が独自のギャグを持っていることが、本作の世界をにぎやかにしている。
キャラクター全体の評価――「誰が主人公でもおかしくない」ほど濃密なギャグ集団
『ついでにとんちんかん』のキャラクターが長く記憶に残る最大の理由は、能力や性格が非常に分かりやすく、それぞれの人物を見ただけで「この人物なら何をしそうか」という期待が生まれる点にある。東風なら格闘、珍平なら発明、甘子なら超能力、毒鬼なら逮捕への執念、天地なら常識外れの行動という具合に役割は明確である。しかし、その中心にいる抜作だけは予測不能であり、周囲が準備した設定や展開を平然と破壊してしまう。この計算された役割分担と、計算不能な主人公の組み合わせが本作独自のテンポを作り上げた。
現在残る感想でも、「意味がないほど馬鹿馬鹿しいから楽しい」「抜作の常識の通用しなさが強烈だった」といった趣旨の評価が見られる一方、後半になると展開が似通ってきたという指摘もある。 それでも、抜作を一目見ただけで作品名を思い出せるほどキャラクターとしての記号性は強い。さらに塩沢兼人、日髙のり子、青野武、島津冴子、島田敏ら個性の異なる声優陣が、それぞれの人物へ声による明確な輪郭を与えたことで、紙面の勢いをテレビアニメならではのスピード感へ変換することに成功した。
印象的なシーンについて振り返ると、大掛かりな戦いや感動的な別れよりも、「どうしてそんなことで本気になるのか」と思わせる瞬間ほど記憶に残りやすい作品だったといえる。役に立たない品物を命懸けで盗み、警察も本気で追い、天才や超能力者まで全力でくだらない目的へ能力を投入する。その中心で抜作が当然のような顔をしている――この異常な日常こそが『ついでにとんちんかん』最大の魅力である。キャラクターを深刻に成長させるのではなく、最後まで「この人物ならもっと馬鹿なことをしてくれる」という期待に応え続けること。それこそが本作の登場人物たちが1980年代ギャグアニメの中でも独特の存在感を放ち続けている理由なのである。
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■ 主題歌・挿入歌・キャラソン・イメージソング
音楽面から見えてくる『ついでにとんちんかん』と1980年代アイドル文化の密接な関係
テレビアニメ版『ついでにとんちんかん』を振り返るうえで、本編のナンセンスなギャグと並んで忘れることができないのが主題歌を中心とした音楽である。本作では番組の進行に合わせてオープニングテーマとエンディングテーマが複数回変更されており、前半から中盤にかけては「うしろ髪ひかれ隊」、後半にはメンバーの一人だった生稲晃子のソロ楽曲が使用された。アニメそのものが1987年から1988年というアイドル歌謡全盛期のテレビ文化の中で制作されたこともあって、主題歌は単純な作品説明のためのアニメソングというより、当時のヒット歌謡とテレビアニメが一体となったタイアップ色の強い構成になっている。
主題歌の多くでは秋元康が作詞、後藤次利が作曲・編曲を担当している。当時のおニャン子クラブ周辺の音楽を象徴するクリエイター陣であり、『ついでにとんちんかん』のテーマ曲にもその時代特有の軽快さ、青春感、少し気まぐれな恋愛感情、都会的で明るいアイドルポップスの雰囲気が反映された。本編では抜作たちが意味不明な騒動を起こしているにもかかわらず、オープニングやエンディングでは爽やかな女性ボーカルが流れる。その落差も番組の個性になっていた。
第1話~第16話オープニング「ごめんねカウボーイ」/うしろ髪ひかれ隊
番組開始時のオープニングテーマとして使用されたのが、うしろ髪ひかれ隊による「ごめんねカウボーイ」である。第1話から第16話まで使用され、『ついでにとんちんかん』の第一印象を形作った重要な一曲となった。
タイトルから西部劇を連想させる遊び心を感じさせながら、音楽性は当時らしい軽快なアイドルポップスに仕上げられている。明るいリズムと爽快な女性ボーカルによって、「何か楽しいことが始まりそうだ」と感じさせるテンポの良さが、ギャグアニメの導入としてよく機能していた。
第1話~第16話エンディング「メビウスの恋人」/うしろ髪ひかれ隊
初代エンディングテーマは「メビウスの恋人」である。「ごめんねカウボーイ」が番組開始時の元気な空気を担当したのに対し、こちらは一日の騒動を締めくくるような、やや落ち着いた情緒を感じさせる楽曲となっている。
明るさの中にも少し切なさがあり、ドタバタした本編を見た直後に流れることで不思議な余韻を作り出した。本編では徹底してふざけながら、エンディングでは柔らかなアイドル歌謡へ切り替わる。この温度差も本作の魅力だった。
第17話~第26話オープニング「ほらね、春が来た」/うしろ髪ひかれ隊
第17話からオープニングテーマは「ほらね、春が来た」へ変更された。タイトル通り春の訪れを意識させる明るい楽曲で、放送期間の季節移行とも重なり番組に新鮮な印象を与えている。
音楽には冬から春へ移り変わる際の解放感、新しい出来事への期待を思わせる軽快さがあり、毎回とんでもない出来事が起こる『ついでにとんちんかん』にも意外なほどよく似合っている。
第17話~第26話エンディング「誰も知らないブルーエンジェル」/うしろ髪ひかれ隊
第17話から第26話までのエンディングを飾ったのが「誰も知らないブルーエンジェル」である。幻想的で少し寂しげな題名が印象的で、オープニングの明るい雰囲気とは異なる感情の色を持っている。
本編の騒動が終わったあとにこうした歌が流れることで、一気に穏やかな時間へ切り替わる。この構成は、アニメ本編だけでなくエンディングまで含めて一つの番組として楽しんでいた当時のテレビ視聴体験を思い起こさせる。
第27話~第43話オープニング「麦わらでダンス」/生稲晃子
シリーズ後半の第27話から第43話では、オープニングテーマが生稲晃子の「麦わらでダンス」へ変更された。ここで番組音楽にも大きな変化が生まれ、それまでのうしろ髪ひかれ隊名義から、生稲晃子のソロ歌唱へ移行している。
タイトルから夏、陽射し、開放感、軽やかな踊りなどを感じさせる明るい楽曲で、シリーズ後半にふさわしい華やかな印象を持つ。聴きやすいメロディーと若々しい歌声によって、後期『ついでにとんちんかん』の顔ともいえる主題歌になった。
第27話~第43話エンディング「夢に逢いたい」/生稲晃子
後期エンディングテーマ「夢に逢いたい」も生稲晃子が歌唱している。「麦わらでダンス」が明るく活動的なのに対し、こちらは夢や憧れを思わせる柔らかな雰囲気が特徴である。
最終回を含む後期エピソードで使用されたこともあり、シリーズの終わりを象徴する曲として記憶している視聴者もいる。長く親しんだキャラクターたちとの別れが近づく中で流れるため、現在聴き返すとアニメ本編以上に懐かしさを感じる楽曲でもある。
挿入歌「アホ! No.5」/日髙のり子
主題歌群とは少し性格が異なる楽曲として注目したいのが、白井甘子役の日髙のり子が歌唱した挿入歌「アホ! No.5」である。この曲では及川眠子が作詞、東郷昌和が作曲を担当している。
題名だけでも作品の世界観が伝わるほどインパクトがあり、本編のコミカルな空気に近い一曲となっている。キャラクターを演じる声優本人が歌うことで、白井甘子と作品世界の距離がより近く感じられる点も魅力である。
ギャグのタイミングを支えたBGMと効果音
『ついでにとんちんかん』では本編のBGMや効果音も笑いを支える重要な要素だった。怪盗活動では緊張感を演出し、警察との追跡ではテンポを高め、抜作が突然おかしなことを始めると一気にギャグへ切り替わる。漫画では一コマで成立していたギャグも、アニメでは声、効果音、BGMの停止や再開などを組み合わせることで別の破壊力を得ていた。
うしろ髪ひかれ隊から生稲晃子へ――番組とともに変化した主題歌
「ごめんねカウボーイ」「メビウスの恋人」から始まり、「ほらね、春が来た」「誰も知らないブルーエンジェル」を経て、「麦わらでダンス」「夢に逢いたい」へ移っていく主題歌構成は、シリーズの時間経過そのものを音楽で感じさせる。
すべてを作品専用のコミカルソングで統一するのではなく、本格的なアイドル歌謡を採用したことで、アニメファン以外にも接点が生まれた。うしろ髪ひかれ隊や生稲晃子のファンが番組を知る入口となり、逆にアニメを通じて彼女たちの楽曲を知った視聴者もいた。アニメとアイドル歌謡が互いの入口になるという、1980年代後半らしいメディア展開であった。
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■ 魅力・好きなところ
何が起こるのか最後まで予測できないナンセンスギャグの爆発力
テレビアニメ版『ついでにとんちんかん』の最大の魅力としてまず挙げたいのは、普通の物語では考えられないほど自由奔放なギャグ展開である。怪盗アニメという設定だけを見ると、予告状を送り、厳重な警備を突破し、鮮やかな手口で宝物を盗み出す知的な犯罪劇を想像しそうになる。しかし、本作で怪盗とんちんかんが狙う品物や、そこへ至るまでの作戦は最初から最後まで常識の枠に収まらない。
せっかく本格的な怪盗作戦が始まったと思った次の瞬間には間抜作が意味不明な行動を取り、警察も一緒になって騒ぎ始め、いつの間にか盗みそのものより騒動の方が重要になっている。この展開の読めなさが毎回の大きな楽しみである。
「いきなり尻見せ!」に象徴される、理屈を超えた抜作ギャグ
本作を代表する名場面として語られやすいのが、間抜作による突発的な身体ギャグである。中でも「いきなり尻見せ!」は、作品そのものを象徴するほど強烈な印象を残した。笑いの仕組みは非常に単純で、何の前触れもなく突然始めるからこそ面白い。
このギャグが印象に残る理由は単純な下ネタだからというだけではない。抜作という人物の「世間一般の常識など最初から考慮していない」という性格が一発で理解できるからである。普通の主人公なら勇気を見せる場面、知恵を働かせる場面で、抜作は誰も予想しない方向へ進む。その徹底した馬鹿馬鹿しさが子供たちへ分かりやすい笑いを提供した。
能力だけなら超優秀なのに、くだらないことへ全力を使う怪盗とんちんかん
中東風は拳法に優れ、発山珍平は高度な発明品を作り、白井甘子は超能力を操る。能力構成だけを見れば世界を救うヒーローチームになってもおかしくない。ところが彼らが全力を投入する目的は、妙な品物を盗み出したり、くだらない作戦を成功させたりすることである。
この「能力の高さ」と「目的のくだらなさ」の落差が非常に面白い。東風が格好良く敵を倒しても抜作が台無しにし、珍平の発明が成功したと思えば別のトラブルが始まり、甘子の超能力でも騒動を収拾できない。誰か一人が万能ではなく、四人が集まるほど騒ぎが大きくなるところが愛すべき特徴である。
毒鬼警部たちとの追いかけっこが生む敵味方を超えた名コンビ感
怪盗とんちんかんと毒鬼醜憎を中心とする警察側の追跡劇も大きな魅力である。本来なら緊張感のある敵対関係になるはずが、警察側まで抜作たちのペースへ巻き込まれるため、対決自体が巨大なギャグへ変わってしまう。
長く見ていると「今回こそ捕まるのか」ではなく、「今回はどんな理由で逃げるのか」「毒鬼警部はどんな酷い目に遭うのか」という期待が強くなる。敵役でありながら嫌われる存在ではなく、警察側まで含めて作品の仲間として感じられる点も本作ならではである。
東風・珍平・甘子がいるからこそ際立つ抜作の異常なキャラクター性
比較的冷静な東風、科学的な発想をする珍平、明るいツッコミを担当する甘子がいることによって、抜作の異常さがより鮮明になる。全員が抜作と同じテンションなら異常さは目立たないが、異なる価値観を持つ仲間が周囲にいるからこそ抜作の行動が強烈なボケとして成立する。
学園生活と怪盗活動が同時進行する不思議な日常感
抜作が中学校教師であるため、本作には怪盗という非日常と学校生活という身近な日常が共存している。学校で発生した小さな出来事が突然怪盗騒動へ発展したり、怪盗として起こした事件の影響が学園生活へ入り込んだりする。この日常と非日常の境界の曖昧さによって、舞台や題材を自由に変えながら多彩なギャグを作ることができた。
声優陣のテンポの良い掛け合いで完成したアニメ版ならではの笑い
吉村よう、塩沢兼人、金丸淳一、日髙のり子、龍田直樹らの声によって、漫画のギャグは音声を伴う新しい笑いへ変化した。抜作の台詞、毒鬼警部の怒鳴り声、甘子の元気な反応、東風の冷静さが高速で交差し、一つの場面へ何度も笑いどころを作っている。
1980年代のテレビ文化を丸ごと感じられる時代性
現在改めて視聴すると、本作には1980年代後半ならではの芸能界、流行、アイドル文化、言葉遣いなどが随所に感じられる。うしろ髪ひかれ隊や生稲晃子による主題歌も、その時代性を象徴する要素である。
現代では通じにくいパロディや表現が存在する一方、「1987年から1988年の日本ではこうしたギャグアニメが親しまれていた」という文化的な面白さを味わうこともできる。
最終回で広がったパラレルワールドと未来の礼院棒町
最終回では、茨木邸に存在する特別な扉をきっかけとして、とんちんかんや毒鬼警部たちが通常の日常を飛び出し、パラレルワールドや未来の礼院棒町へ足を踏み入れる。
学校や町を舞台にくだらない盗みを繰り返していた作品が、最後になって時間や世界を越える規模へ拡大するところが実に本作らしい。それでも重苦しいSFへ変化せず、最後までギャグ作品としての明るさを保っている。
大げさな別れではなく「これからも騒いでいそう」と思わせる余韻
シリーズ終了だからといって悲劇や大げさな別れを用意するのではなく、「この人物たちなら番組が終わった後も同じように騒いでいるだろう」と感じさせる締めくくりも好印象である。ギャグ作品の世界を完全に閉じることなく、視聴者の想像の中へ日常を残す終わり方になっている。
くだらないことを全力で描く姿勢そのものが最大の魅力
『ついでにとんちんかん』は、怪盗団、拳法、発明、超能力、警察との追跡という豪華な設定をすべて「馬鹿馬鹿しい騒動」のために使用する作品である。発明も全力、超能力も全力、拳法も全力、そして抜作がふざけるときも全力。その無駄な情熱が作品全体のエネルギーになっている。
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■ 感想・評判・口コミ
「とにかくくだらなくて笑える」という評価に集約される独特の魅力
『ついでにとんちんかん』について放送当時を知る視聴者や後年に作品を振り返る人々の印象を整理すると、最も特徴的なのは「良い意味で徹底的にくだらない」「難しいことを考えず笑える」という評価である。怪盗とんちんかんの四人を中心に、学校、警察、発明、超能力などを巻き込んだ騒動が描かれるものの、華麗な盗みや緻密なトリックではなく「なぜそんなことをするのか」と呆れるほど非常識な部分こそ面白さとして記憶されている。
「抜作先生を忘れられない」という印象が象徴する圧倒的存在感
感想で最も話題になりやすい人物は、やはり主人公の間抜作である。少年アニメ主人公の定番である努力、熱血、正義感などから大きく外れ、何よりも「ふざけること」を優先するような存在として描かれている。
物語の細かな台詞を忘れていても、抜作の奇妙な表情や一発芸だけは覚えているという視聴者も多い。毎週主人公が格好良い必殺技を披露する作品とは正反対で、「今度はどんな馬鹿なことをするのか」が期待される主人公だった。
「子供のころ学校で真似した」という思い出と結び付くギャグ
短く分かりやすい台詞や動作は、テレビを見た翌日に友人同士で再現しやすかった。大人になった視聴者が作品を振り返るとき、アニメ本編だけでなく「友達が抜作の真似をしていた」「学校でギャグが流行った」といった思い出まで一緒によみがえる場合がある。
インターネットのない時代、多くの子供が同じテレビ番組を共有していたこともあり、本作は放送翌日の学校で語られる共通話題として機能していた。
怪盗アニメなのに格好良さを裏切り続けるところが面白い
怪盗という格好良くなりやすい題材を徹底してギャグへ転換した発想も好意的に受け取られている。中東風は拳法、発山珍平は発明、白井甘子は超能力と優秀な能力を持つにもかかわらず、彼らが挑むのは妙な盗みや珍事件ばかりである。
「無駄に能力が高い」という設定そのものが笑いになり、真面目に能力を使えば使うほど目的との落差が大きくなる。
中東風の二枚目ぶりと塩沢兼人の声を懐かしむ声
抜作が強烈すぎる一方、中東風を好きだったという視聴者も多い。拳法の達人で外見も比較的整っており、ギャグ作品の中で二枚目を担当する存在だった。特に塩沢兼人の落ち着いた独特の声質は東風の魅力を強め、周囲の騒々しさとの温度差そのものを笑いへ変えている。
白井甘子と日髙のり子の明るい演技への評価
白井甘子は超能力少女という分かりやすい設定と紅一点としての華やかさから印象に残りやすい。日髙のり子による元気で明るい声も作品のテンションによく合い、抜作をはじめとする男性陣の暴走を受け止める役として重要だった。
ただ守られるだけの存在ではなく、超能力を使って積極的に行動する点も魅力であり、それでも抜作の暴走だけは簡単に止められないという関係が笑いにつながっている。
珍平の発明品に感じる子供向けアニメらしいワクワク感
発山珍平については、怪盗活動より発明品やメカを楽しみにしていた視聴者もいる。現実には存在しない便利な装置が登場するだけでも子供向け作品として魅力があり、発明品が便利に働く場合もあれば、逆にトラブルの原因となる場合もある。その不安定さがギャグ作品との相性を高めていた。
毒鬼警部が「敵なのに嫌いになれない」と感じられる理由
怪盗とんちんかんを追う毒鬼醜憎も愛されやすい人物である。毎回必死に計画を立て、今度こそ逮捕できそうになりながら、抜作の予想外の行動で失敗する。その繰り返しは昔ながらの追いかけっこアニメに近い楽しさを持つ。
龍田直樹の勢いある演技も大きく、怒り、焦り、驚きを全力で表現することによって、抜作のボケに対する巨大なツッコミ役として機能している。
『ハイスクール!奇面組』の後番組らしいという印象
『ついでにとんちんかん』は『ハイスクール!奇面組』の後番組であり、制作スタッフにも継続して参加した人物が多かった。キャラクターの大きなリアクション、テンポの速いギャグ、学園を中心とした日常、アイドル歌手による主題歌など、両作品には共通する空気がある。
そのため『奇面組』から自然に続けて視聴した世代も多い一方、とんちんかんでは怪盗、超能力、発明、警察との追跡などが加わり、よりナンセンスで脱線性の強い笑いへ進んでいる。
うしろ髪ひかれ隊や生稲晃子の主題歌を懐かしむ評価
本作の感想では主題歌を懐かしむ声も欠かせない。「ごめんねカウボーイ」「メビウスの恋人」「ほらね、春が来た」「誰も知らないブルーエンジェル」、そして生稲晃子による「麦わらでダンス」「夢に逢いたい」は、作品と1980年代後半のアイドル文化を強く結び付けている。
アニメ本編より主題歌を先に思い出すほど印象に残っている場合もあり、楽曲のイントロを耳にしただけで当時のオープニング映像やテレビの前で過ごした時間まで連想するという人もいる。
現在見ると時代を感じる表現が多いという意見
現代の感覚で初めて見る場合、1980年代の少年漫画・テレビアニメでは一般的だった下ネタ、身体を使った笑い、容姿を題材にしたギャグ、芸能パロディなどに時代を感じる場合がある。
しかし、それを単なる欠点として見るのではなく、「当時のテレビアニメではこうした表現が親しまれていた」という文化的な違いとして味わうこともできる。現在では制作しにくい大胆さそのものが、昭和末期作品としての魅力になっている。
パロディの元ネタが分からなくても勢いで楽しめる強み
放送当時の芸能界やテレビ番組を題材にしたネタは、数十年後には元ネタが分かりにくくなっている。それでもキャラクターの顔、動き、声、リアクションでも笑わせているため、背景知識がなくても楽しみやすい。
特に抜作のギャグは複雑な前提をほとんど必要としない。元ネタを理解している人は二重に楽しみ、知らない人もその馬鹿馬鹿しさだけで笑えるところが強みである。
一話ごとのテンポが速く気軽に見られる作品
長大な設定や複雑な伏線を追う必要が少なく、その回の騒動だけでも楽しめる点はテレビ放送との相性が良かった。抜作たちが騒動を起こし、毒鬼警部が追い、さらにトラブルが拡大するという基本形さえ分かれば、途中の回からでも比較的楽しみやすい。
現在でも、重いドラマではなく気軽に笑える作品を見たいときに向いている。「頭を空っぽにして楽しめる」という感想は、本作にとってむしろ最高の褒め言葉の一つである。
作画や演出から感じる1980年代ギャグアニメならではの勢い
映像面ではリアルで緻密な作画というより、キャラクターを大胆に崩し、表情を大きく変化させる演出の面白さが中心である。一瞬の変顔や極端なリアクションが記憶へ残りやすく、セルアニメならではの質感とともに現在では独特の味わいを持つ。
最終回は「最後までとんちんかんらしい」と感じられる締めくくり
パラレルワールドや未来の礼院棒町まで扱いながら、急に重苦しい作品へ変わることなく、最後まで笑いを維持している。そのため「最後まで何でもありだった」という感想が似合う最終回である。
番組は終了しても、礼院棒町では翌日も抜作たちが同じような騒ぎを起こしていそうだと思わせる明るい余韻が残る。
総合的な評判――ストーリー以上にキャラクターと勢いが記憶へ残る作品
『ついでにとんちんかん』はストーリーそのものより、キャラクター、ギャグ、声、主題歌、テレビ放送時の思い出が一体となって評価される作品である。間抜作の一発ギャグ、中東風の二枚目ぶり、珍平の発明、甘子の超能力、毒鬼警部との終わりのない追いかけっこなど、それぞれが視聴者の記憶へ異なる形で残っている。
「くだらない」「馬鹿馬鹿しい」という言葉が、本作の場合はそのまま最高の褒め言葉になる。複雑な設定を必要とせず、キャラクターが登場して騒ぎ始めただけで作品として成立するほど個性が完成していた。1980年代後半のテレビアニメ文化を代表するナンセンスギャグ作品として、現在でも独特の存在感を放っているのである。
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■ 関連商品のまとめ
映像ソフト――テレビ放送の記憶を残すVHSとDVD
『ついでにとんちんかん』の関連商品を振り返るうえで、まず注目したいのがテレビアニメ本編を収録した映像商品である。1987年から1988年にかけて放送された作品であるため、放送当時の家庭用映像ソフトといえばVHSやベータが中心だった時代であり、現在のように放送終了後すぐ全話をコンパクトなボックス商品として所有する文化とは事情が異なっていた。
その後DVD時代に入ると、作品をまとまった形で見返せる映像商品が登場し、放送当時の視聴者が再び作品へ触れる機会が生まれた。旧作アニメのDVD商品は、本編を見るだけでなく、セルアニメの色彩、オープニング・エンディング映像、声優の演技などをまとめて残す資料的な意味も持っている。
中古市場では、ディスクの状態だけでなく外箱、ケース、封入物、帯などが残っているかによって評価が変わりやすい。VHSの場合は再生目的以上に、「当時の商品そのものを所有したい」というコレクター需要が中心になりやすい。
原作漫画――えんどコイチ本来のギャグを味わえるコミックス
関連商品の中で最も基本となるのは、えんどコイチによる原作漫画『ついでにとんちんかん』である。アニメから作品を知った人にとって原作漫画は、テレビ版とは違ったテンポ、コマ割り、文字によるギャグ、作者独特の描線などを楽しめる重要な存在である。
ジャンプ・コミックス版は当時のカバーやロゴ、表紙デザインまで含めて1980年代の空気を感じさせる。中古市場では単巻と全巻セットの双方が見られ、経年による日焼け、シミ、カバーの傷み、ページの折れなどによって状態差が大きい。
読むことを目的にするなら多少の使用感がある商品でも十分楽しめる一方、コレクション目的では初版や帯付き、保存状態の良さなどが重視されやすい。
音楽関連――うしろ髪ひかれ隊と生稲晃子の作品がアニメの記憶を呼び戻す
本作では音楽関連商品も非常に重要である。「ごめんねカウボーイ」「メビウスの恋人」「ほらね、春が来た」「誰も知らないブルーエンジェル」「麦わらでダンス」「夢に逢いたい」といった楽曲は、アニメファンだけでなく1980年代アイドル歌謡を集める層にも関連する。
放送当時のシングルレコードなどは、楽曲だけでなくジャケット写真、歌詞カード、レーベルデザインまで含めてコレクション対象となる。中古レコードでは盤面の傷、ジャケットの日焼けや角の傷み、付属物の有無などが評価のポイントになる。
日髙のり子による「アホ! No.5」のように、より本編のコミカルな雰囲気に近い楽曲もあり、アニメそのものを音楽から楽しみたい人にとって興味深い存在である。
ゲーム関連――『ファミコンジャンプ 英雄列伝』で再会できる間抜作
ゲーム関連で特に有名なのが、間抜作が『週刊少年ジャンプ』作品のキャラクターたちとともに登場するファミリーコンピュータ用ゲーム『ファミコンジャンプ 英雄列伝』である。
戦闘漫画のヒーローが多数登場する世界へナンセンスギャグ漫画の主人公である抜作が加わっている光景そのものが面白く、当時のジャンプ作品における『ついでにとんちんかん』の存在感を感じさせる。
現在ファミコンソフトを集める場合、カセット単品、箱付き、説明書付きなど保存状態によって価値が変化する。紙製の箱や説明書は失われやすいため、付属品が揃った商品はコレクターから注目されやすい。
玩具・文房具・キャラクターグッズ――現存数の少なさも収集の楽しさ
1980年代のテレビアニメでは、放送に合わせて文房具、シール、カード、ノート、下敷き、筆箱、ポスターなどさまざまな商品が販売されることがあった。抜作は一目で分かる強烈なキャラクターデザインをしているため、こうした小型グッズでも作品らしさが非常に強い。
ただし文房具やシールは「使うこと」を前提に販売されていたため、数十年後まで未使用で残っているものは見つけにくい。ノートは書き込まれ、シールは貼られ、鉛筆や消しゴムは使われる。そのため放送当時は安価だった子供用品が、現在では保存されているだけで珍しいこともある。
ポスター・カード・雑誌付録――昭和アニメの紙物コレクション
当時のアニメ雑誌や『週刊少年ジャンプ』に掲載された特集ページ、ポスター、付録、カードなども関連資料として魅力がある。番組紹介、キャラクター設定、声優情報、主題歌紹介などは、現在では放送当時の雰囲気を確認できる資料となる。
紙物では折り目、日焼け、破れ、画鋲跡などによって状態が変わる一方、当時の印刷物でしか見られないイラストや広告が残されているという資料性がある。
セル画・制作資料――セルアニメ時代ならではの一点物
『ついでにとんちんかん』はデジタル制作以前のテレビアニメであり、実際の制作に使用されたセル画や動画、設定資料などもコレクション対象になり得る。
抜作、東風、珍平、甘子、毒鬼警部など主要人物が大きく描かれたセル画は、一般の量産商品とは異なる魅力を持つ。同じ構図が大量生産されたグッズではなく、実際のアニメ制作過程に関わった一点物に近い存在であるためである。
セル画ではキャラクター、表情、構図、背景の有無などによって魅力が大きく異なり、保存面では塗料の劣化やセルの貼り付きなど古いアニメ資料特有の注意も必要になる。
お菓子・食品・食玩――残っていれば珍しい消費型商品
お菓子、食品パッケージ、食玩のような商品は使用・消費されることを前提としているため、後年まで残りにくい。そのためパッケージ、シール、付属カード、販促物などが残っている場合は、放送当時の子供向け商品文化を伝える面白い資料となる。
こうした商品は正式な商品名が分からない状態で中古市場に出る場合もあり、「昭和アニメ」「ジャンプ」「当時物」「シール」「食玩」などの言葉から偶然発見されることもある。
現在の中古市場――価格以上に「出会えるかどうか」が重要
現在の『ついでにとんちんかん』関連商品は、現行アニメのように常時大量の商品が流通しているわけではない。原作コミックスや一部の音楽商品は比較的探しやすい一方、放送当時の文房具、ポスター、セル画などは市場へ出てくる時期によって入手難度が大きく変化する。
そのため「必ずこの金額」という固定的な相場よりも、商品が出品された時点で状態、付属品、年代などを判断することが重要になる。「当時物」というだけで希少性を決めず、保存状態や実際の流通量を確認することも大切である。
コレクションするなら原作・音楽・映像から始めたい
これから関連商品を集める場合、原作漫画、映像ソフト、主題歌関連の音楽商品という三つから始めると作品を多角的に楽しみやすい。
原作漫画ではえんどコイチ本来のギャグを味わい、映像商品では吉村よう、塩沢兼人、金丸淳一、日髙のり子らの演技とアニメーションを楽しみ、音楽商品ではうしろ髪ひかれ隊や生稲晃子を通じて1980年代のアイドル歌謡文化へ広げられる。
さらにゲーム、雑誌、ポスター、セル画、文房具、シールなどへ進めば、本格的な昭和アニメコレクションとして楽しめる。
関連商品から見えてくる『ついでにとんちんかん』という作品の時代性
『ついでにとんちんかん』の関連商品を見ていくと、1980年代後半という時代そのものが浮かび上がってくる。原作には『週刊少年ジャンプ』を中心とする少年漫画文化、テレビアニメにはセル画制作、音楽にはうしろ髪ひかれ隊や生稲晃子によるアイドル歌謡、ゲームにはファミリーコンピュータ、家庭用映像にはVHSと、当時の娯楽文化を象徴する要素が作品の周囲に集まっている。
そのため関連商品を集める楽しみは、好きなキャラクターの商品を所有することだけではない。レコードのジャケットから当時のアイドル文化を思い出し、ファミコンカセットからジャンプ作品が一堂に集まったゲーム文化を思い出し、古いコミックスから1980年代の少年漫画を読む感覚までよみがえる。
抜作の奇妙な表情が印刷された文房具、一枚のセル画、主題歌のシングル盤、使い込まれたコミックス。それぞれが最新アニメの豪華グッズとは異なる魅力を持つ。『ついでにとんちんかん』の商品収集とは作品そのものを集めると同時に、1987年から1988年というテレビアニメ、少年漫画、アイドル、ファミコンが非常に元気だった時代の断片を集めることでもあるのである。
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