『はーいステップジュン』(1985年)(テレビアニメ)

[中古] はーいステップジュン DVD-BOX デジタルリマスター版2 [DVD]

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15,070 円 (税込)
評価 4
【ストーリー】14歳の中学生・野々宮ジュンは、チビで目立たない存在だが、おかしなメカやロボットを次々に作ってしまう天才少女。そんな彼女が好きになった男の子はクラスメイトだが年上の加納零(ゼロ)だった。彼に限りなく憧れてしまったジュンは、ドギマギしながらも精..
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【原作】:大島やすいち
【アニメの放送期間】:1985年3月10日~1986年1月12日
【放送話数】:全45話
【放送局】:テレビ朝日系列
【関連会社】:旭通信社、東映動画

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■ 概要

作品の立ち位置と基本情報

『はーいステップジュン』は、大島やすいちの漫画を土台に、1985年3月10日から1986年1月12日までテレビ朝日系列で放送されたTVアニメである。制作局は朝日放送で、日曜朝8:30〜9:00という、家族でテレビを囲む時間帯に届けられた。全45話というボリュームは、当時の連続アニメとしては「日常の積み重ねで人物像を育てる」作りに向いた長さで、恋の揺れ、学校生活の小事件、メカ発明のドタバタが、毎週少しずつ心情の層を厚くしていくタイプのシリーズになっている。

“恋”と“メカ”が同居する発想の面白さ

本作の核は、等身大の思春期ラブコメに、発明好きの主人公が生み出すメカ要素を同居させたところにある。恋愛ものは気持ちの距離がドラマを作る一方で、学校の出来事だけだと展開が似通いがちになりやすい。そこでジュンの発明が、日常の問題を拡大したり、逆に解決の糸口を作ったりして、物語の起伏そのものを増幅させる。発明は万能の魔法ではなく、失敗や暴走、思わぬ誤作動が“笑い”や“照れ”を生む装置として働くため、恋の場面が甘くなりすぎず、コメディとしてもテンポが保たれる。ロボットが人の感情を代弁したり、言えない本音をうっかり露呈させたりする構図は、思春期の不器用さをやさしく翻訳する仕掛けにもなっている。

主人公ジュンの“悩み”が物語を前へ押す

ジュンはメカ製作が大好きな一方で、周囲と比べて小柄であることに強いコンプレックスを抱える。背丈の悩みは単なる特徴づけではなく、彼女の行動原理に直結する。「見上げる相手」への憧れが恋心の形を決め、からかわれたり軽く扱われたりする経験が、負けん気と発明への没頭を加速させる。つまり、ジュンは“弱点”を抱えたまま戦う主人公であり、その弱点を隠すのではなく、物語の正面に置いて進む。視聴者は、ジュンの背伸びする気持ちと、背伸びしきれない現実のズレに共感しやすい。成功しても失敗しても、そこに「彼女が彼女として頑張った跡」が残り、毎話の小さな勝ち負けが積み重なることで、恋のドラマが“成長の記録”としても機能する。

ゼロという“遠い相手”が生むロマン

ジュンが恋する加納零(ゼロ)は、背が高く、クラスの中でも目立つ存在として描かれる。彼は孤立しがちで、危うさと魅力が同居するタイプの少年であり、ジュンからすると憧れと恐れが混ざった「近づきたいのに近づきにくい相手」だ。ここで重要なのは、二人の距離が単なる身長差の比喩に留まらない点である。生活態度、周囲からの見られ方、恋愛への向き合い方、その全部が対照的で、だからこそ一歩詰めるたびに事件が起きる。ゼロの側も、最初から優等生のように正しい反応を返さず、時に投げやりで、時にぶっきらぼうで、しかし放っておけない瞬間だけ手を差し出す。その“温度差”が、ジュンの感情を乱高下させ、視聴者に「次はどうなる?」という引きを生む。恋愛成就が簡単ではないからこそ、たった一言の優しさや、ふとした視線の変化が大きなご褒美として効いてくる作りだ。

ライバルの存在が恋をドラマに変える

恋愛ものに欠かせない“競争の火種”として、水野洋子のようなライバルが効いてくる。見た目や雰囲気で周囲の注目を集めやすいタイプがジュンの前に立つと、ジュンは自分の短所を突きつけられたような気分になり、焦りから空回りも起こす。しかしその空回りが、ただの失点で終わるのではなく、ジュンらしさ(根性、工夫、発明への執念)を引き出す引き金になるのが本作の味である。ライバルの登場は“恋の邪魔”というより、“ジュンの自己評価を揺らす存在”として作用し、揺れた先で彼女が何を選ぶかが物語の見どころになる。勝ち負けの単純な二択にせず、「背伸びしない強さ」や「等身大の魅力」を探していく方向へドラマを運ぶのが、この作品のやさしいところだ。

ロボット(吉之介・雪之嬢)が担う役割

ジュンが作り上げたロボットたちは、単なるマスコットではなく、作品の感情エンジンとして働く。ロボットは人間のように傷つかない分、無邪気に本音へ踏み込み、ジュンの照れや迷いを際立たせる。また、ジュンが心細くなるほど、彼女が作った存在が寄り添う構図が成立し、“誰かに必要とされたい”という思春期の渇きが、手触りのある形で描かれる。発明という行為が「好きな人のために何かを作る」「自分の気持ちを形にする」という意味へつながっていくため、ロボットの活躍はギャグと感動の両方を運べる。ときに暴走して笑わせ、ときに不器用な優しさで泣かせる、感情の振れ幅を担う存在だ。

日曜朝のアニメとしての設計

日曜朝の枠で放送された作品は、極端に重い展開へ振り切るより、「一話の満足感」と「来週も観たくなる連続性」の両立が求められやすい。本作は、学校生活のイベント(友だち関係、先生の目、ちょっとした噂、部活動や行事)をベースに、恋の進展や誤解を小刻みに配置し、そこへ発明エピソードを絡めて毎回の山場を作る。さらに、ゼロの周辺にある不良的な空気、暴走族絡みのトラブルなどを混ぜることで、子ども向けの明るさを保ちつつ、少し背伸びした刺激も入れている。恋のときめき、コメディの勢い、危なっかしい事件性の三つを回転させ、単調さを避ける設計が見える。

作品が残す“懐かしさ”の正体

この作品の懐かしさは、時代の絵柄や小道具だけではなく、「人の気持ちが追いつかない速度で日常が進んでいく」思春期の感覚を、ロボットと恋のドタバタで包み込んでいるところにある。視聴者は、ジュンの失敗に笑いながら、胸の奥では“あの頃の自分”を思い出す。誰かに振り向いてほしい、でも傷つくのは怖い、だから遠回りをしてしまう。その遠回り自体を肯定してくれる作風が、長く記憶に残る理由になっている。発明は夢を象徴し、恋は現実の痛みを象徴する。その二つが同じ画面にいるからこそ、夢と現実の間で揺れる少年少女の物語として、独特の味わいを持った。

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■ あらすじ・ストーリー

物語の出発点:小さな発明家が抱える“大きな”片想い

物語は、中学3年生の野々宮ジュンが「発明が好き」という個性を武器にしながらも、「背が低い」という悩みに足を取られているところから動き出す。ジュンは頭の回転が速く、手先も器用で、思いついたらすぐ形にしてみたくなるタイプだが、思春期の繊細さゆえに“自分は子どもっぽく見られてしまう”という焦りを常に抱えている。そんな彼女が恋に落ちる相手が、同じクラスの加納零(ゼロ)。背が高く、雰囲気が尖っていて、周囲に簡単に馴染まない一匹狼のような少年だ。ジュンにとってゼロは、見上げる存在そのものでもあり、「届きそうで届かない」憧れの象徴になる。ここで面白いのは、ジュンの片想いがただ甘酸っぱいだけでなく、彼女のコンプレックスや自尊心、友人関係まで巻き込みながら、毎日の出来事を“戦い”へ変えていく点だ。恋は一つの感情に見えて、実際には生活全体を揺らす。ジュンの恋も同じで、心が浮き沈みするたびに、発明が暴走したり、思わぬ助けになったりして、ストーリーに独特のテンポが生まれていく。

恋愛成就“可能性ゼロ”という構図が生むドラマ

ジュンとゼロの関係が最初から順調に進むことはない。二人は同じクラスにいながら、性格も立ち位置も真逆で、会話が噛み合わないこともしょっちゅうだ。ジュンは感情が顔に出やすく、頑張りが空回りしがち。一方のゼロは、他人に心を見せるのが苦手で、優しさもぶっきらぼうにしか出せない。さらに身長差が視覚的に“距離”として映るため、ジュンは一歩近づこうとするたびに、自分が小さく、無力に見えてしまう感覚に襲われる。この「成就しそうにない」前提があるからこそ、些細な進展が大事件になる。目が合った、名前を呼ばれた、助けてもらった、怒られた、からかわれた——そうした一つ一つが、ジュンの心の中で大きく膨らみ、次の行動を生む燃料になる。視聴者もまた、“可能性ゼロ”の看板の下で、ゼロがほんの少しだけ表情を変える瞬間や、ジュンの頑張りが報われそうになる瞬間を、強く待ち望む構造に巻き込まれていく。

発明とロボットが“日常の困りごと”を物語化する

本作のストーリーは、学校生活や地域の日常をベースにしつつ、ジュンの発明がそこへ“ありえない角度”から介入することで、毎回の事件が生まれる。ジュンが作るメカは、単に便利な道具ではない。感情の勢いで作ってしまうことも多く、実験段階の未完成品がトラブルの原因になることもある。だから、困りごとが解決するより先に、まず状況が悪化する。その悪化がコメディとして働き、やがてゼロや友人たちの手助け、あるいはジュン自身の踏ん張りによって収束していく。ここには「発明で何でもできる」夢物語ではなく、「人の気持ちが絡むと、機械だけでは片付かない」という現実味がある。メカはあくまできっかけで、最後に物語を前へ動かすのはジュンの勇気や、ゼロの小さな優しさ、友人たちの支えだ。発明がドラマの中心にあるのに、人間関係の温度が薄まらないのは、この作品のストーリー設計の巧さと言える。

恋のライバル登場で物語は“感情の渦”へ

ジュンの恋がさらに波立つのが、水野洋子のような“強い”ライバルの存在だ。洋子は見た目も雰囲気も大人っぽく、周囲から注目されやすい。ジュンからすると、自分の小柄さや未熟さが余計に浮き彫りになる相手であり、恋の勝ち負け以前に「自分はここにいていいのか」という不安を刺激する存在になる。ストーリー上、ライバルは単にゼロを奪い合うための装置ではなく、ジュンが自分の価値をどう見つめ直すかを問う鏡として働く。焦って背伸びをしようとして失敗したり、意地を張ってしまって本音を言いそびれたり、嫉妬で暴走した発明が騒動を起こしたり——そうしたエピソードの積み重ねが、ジュンの恋を“かわいい片想い”から“自分探しの戦い”へ変えていく。そして視聴者は、洋子の存在によってジュンが追い詰められるほど、逆に「ジュンらしい強さ」を見たいと思うようになる。

不良的な空気と事件性が“朝アニメ”にスパイスを足す

ゼロの周辺には、暴走族や不良グループの影がちらつき、学校の小さな騒動とは違う緊張感が混ざる。これは単に刺激を入れるためだけではなく、ゼロという人物を“ただのカッコいい男子”で終わらせない役割を持つ。彼が危うい場所に片足を突っ込んでいるからこそ、ジュンの恋は「胸キュン」だけでは済まない。場合によっては、ジュンが巻き込まれ、怖い思いをしたり、ゼロの別の顔を目撃したりする。ここでジュンの発明やロボットが意外な形で役に立つこともあれば、逆に状況をややこしくしてしまうこともある。こうした事件性は、日常回とのメリハリを作り、シリーズ全体に“物語が前進している”感覚を与える。ジュンの恋は、ただ告白して終わるものではなく、ゼロの抱える問題や周囲の大人たちの視線も含めて、生活の中で育っていくものとして描かれる。

“助けられる”だけじゃない、ジュンの戦い方

ストーリーが印象的なのは、ジュンが常に守られるだけのヒロインではないところだ。小柄であることを弱点としてからかわれる場面があっても、ジュンはそこで折れず、別の方法で状況をひっくり返そうとする。発明もその一つだが、最終的には「自分の足で立つ」姿勢が物語を支える。恋の場面でも、ゼロの気持ちを勝手に決めつけて突っ走るだけでなく、傷ついて学び、また挑むという循環がある。視聴者は、ジュンが泣いても笑っても“次の一歩”を選ぶ姿を見続けることで、恋愛の勝敗ではなく、彼女がどう成長していくかに惹きつけられていく。

日常の連続が生む“積み上げ型”のストーリー

全45話という長さは、一本筋の大事件で引っ張るより、日常の小事件を積み重ねて登場人物の関係性を少しずつ変えていくのに向いている。本作のストーリーも、ジュンの恋の温度が上がったり下がったりする中で、ゼロが徐々に彼女を無視できなくなっていく流れを、エピソード単位で丁寧に積み上げていく。毎回の騒動は単発で終わるように見えて、実は「ゼロがジュンをどう見るか」「ジュンが自分をどう扱うか」というテーマの変化が少しずつ刻まれている。発明が失敗した回でも、次の回ではその反省が別の発明に活きたり、友だちとの会話がジュンの心を支えたりする。こうしてストーリーは、“大きな結末”へ一直線に向かうのではなく、揺れながら、悩みながら、それでも前へ進む思春期そのものの形で進行していく。

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■ 登場キャラクターについて

キャラクター群が“恋と日常”を立体的にする

『はーいステップジュン』の人物配置は、主人公の恋愛を軸にしながらも、学校生活のリアリティとコメディの勢いを同時に成立させるために、役割の異なるキャラクターが細かく散りばめられているのが特徴だ。ジュンとゼロという“正反対の二人”がぶつかり合うだけでは、話が重くなりすぎたり、逆に単調になったりする瞬間が出てくる。そこで、親友たちがジュンの気持ちを受け止め、先生が現実の壁を提示し、ライバルが劣等感を刺激し、ロボットが本音を暴走させる——こうした複層の関係が、毎話の出来事を「ただの事件」ではなく「感情の揺れが見える場面」に変えていく。視聴者は、誰か一人の言動だけでなく、周囲の反応を含めた空気感でジュンの立ち位置を理解できるため、ドタバタの中にも“青春の手触り”が残る。

野々宮ジュン:小さな身体に詰まった負けん気と創作魂

ジュンは本作の心臓であり、明るさと弱さが同時に見える主人公だ。周囲から小柄さをいじられ、子ども扱いされることがある一方で、本人は「自分だってちゃんと恋もできるし、凄いものだって作れる」と信じたい。その願いが発明への執着になり、努力の方向が少しズレてしまう時もある。 彼女の魅力は、完璧に賢い天才として描かれないところにある。発明はすごいのに、肝心なところで詰めが甘かったり、相手の気持ちを読み違えたりして、結果的に自分で火をつけた騒動に自分が振り回される。けれど、その失敗が「かわいそう」で終わらないのは、ジュンが必ず立ち上がるからだ。笑われても、恥をかいても、好きな人の前でつまずいても、「次はうまくやる」と前を向く。その姿が、視聴者にとっては応援したくなる“青春の象徴”になる。 また、ジュンは恋に夢中になっても、創作を捨てない。むしろ恋心が発明の原動力になり、気持ちの行き場を“作る”ことで表現していく。思春期の言葉にならない感情を、モノ作りに変換する主人公というのは、当時のラブコメの中でも個性が立っている。

加納零(ゼロ):危うさと優しさが同居する“遠い存在”

ゼロは、いわゆる“近寄りがたいカッコよさ”を背負ったキャラクターだ。背が高く目立つだけでなく、学校の規範から外れた振る舞いをすることもあり、教師や同級生からも一目置かれている。けれど、彼は単なる不良として割り切れない面を持つ。乱暴そうに見えて筋を通す瞬間があったり、面倒くさそうにしながらも誰かを見捨てない気配があったりする。 ジュンにとってゼロは「憧れ」と「恐れ」の混ざった相手で、近づきたいのに近づくほど傷つく可能性が高まる存在だ。ゼロ側も、ジュンのことを最初から大事に扱えるほど器用ではなく、ぶっきらぼうだったり、冷たく見える態度を取ることもある。だが、ジュンが本気で落ち込んだ時にだけ見せる目線の柔らかさ、さりげない助け舟、あるいは言葉にできない不器用な気遣いが、物語の“ご褒美”として効いてくる。 視聴者の印象としては、「怖いのに気になる」「嫌なやつに見える回があるのに、決定的には嫌いになれない」という揺れが魅力になりやすい。毎話で印象が少し変わるぶん、ジュンの恋が一方通行ではなく、どこかで交差しうる期待を抱かせる。

水野洋子:ライバルであり、ジュンの心を映す鏡

洋子は“恋のライバル”としての分かりやすい役割を持ちながら、ジュンの内面をあぶり出す存在として強い。容姿や雰囲気が大人っぽく、周囲の視線を自然と集めるタイプで、ジュンが一番欲しい「自信」を最初から持っているように見える。だからこそ、ジュンは洋子の前で焦り、無理をし、背伸びして失敗する。 視聴者の見方も分かれやすいキャラクターで、「手強い」「嫌味に見える」瞬間がある一方で、洋子が洋子である理由や、彼女なりのプライドが見えると単純な悪役には見えなくなる。恋の三角関係は、勝敗よりも“自分をどう扱うか”を問う装置になるが、洋子はその問いを最も鋭く投げてくる存在だ。ジュンが洋子に勝つかどうか以上に、洋子の存在を前にしてジュンがどう変わるかが、シリーズを通した見どころになりやすい。

吉之介:ジュンの心を勝手に代弁する“ハートロボット1号機”

吉之介は、ジュンが生み出したロボットであり、作品のコメディ要素の柱だ。ロボットであるがゆえに遠慮がなく、人間関係の空気を読まない(あるいは読めても止まらない)ところが、恋愛場面で火花を散らす。ジュンが言えない本音を、吉之介が先に口にしてしまったり、ゼロの前で余計なことをしてジュンを赤面させたりする。 一方で、吉之介は“笑わせるだけの存在”ではない。ジュンが落ち込んだとき、味方でいてくれる存在として心の支えになる。自分で作ったものが自分を励ますという構図は、ジュンの孤独を和らげ、視聴者にも安心感を与える。印象的なシーンとしては、ジュンが弱気になった瞬間に吉之介が無邪気に寄り添い、結果的にジュンが「もう一度頑張ろう」と思い直す場面が挙げやすい。ロボットの言葉が軽いほど、逆に人間の心の重さが際立つのが面白い。

雪之嬢:2号機がもたらす“別の優しさ”とドラマ

雪之嬢は、ジュンがある節目に作り上げたロボットとして、吉之介とは違う立ち位置を担う。1号機が勢いと無邪気さで突っ走るなら、2号機は“気持ちの形を整える”方向に働きやすい。ジュンがゼロのために作ったという背景があると、雪之嬢は単なる道具ではなく、ジュンの恋心そのものの象徴になっていく。 視聴者にとっても、雪之嬢が出る回は「ジュンが恋をどれだけ本気で抱えているか」を感じやすい。笑いの装置だったロボットが、いつの間にか“祈り”や“決意”の象徴へ変わっていくと、シリーズにドラマの厚みが出る。

親友たち:淑子(トコ)・正子(マコ)が作る“現実の地面”

恋愛が暴走しやすいジュンにとって、トコやマコのような友人は、物語を地に足つける存在だ。二人はジュンの悩みを笑い飛ばすこともあれば、真剣に心配することもある。ここでの友情は理想化されすぎず、「呆れながらも放っておけない」距離感で描かれるのが青春ものらしい。 視聴者の感想でも、こうした友人枠は「自分の学生時代にもいた」「ジュンが羨ましい」と言われやすいポイントになる。恋愛だけに視点が偏らず、教室の空気や休み時間のノリが感じられるのは、親友たちがいるからだ。

家族と大人:野々宮夫妻、担任の大畑先生、保健室の先生

ジュンの両親は、極端に厳しいわけでも放任でもなく、普通の家庭の温度感を担うことで、ジュンのドタバタを“生活の中の出来事”に留める役割を持つ。視聴者にとっては、家のシーンが挟まることで「学校だけの世界」になりすぎず、作品が穏やかに呼吸する。 先生側では、大畑先生のような担任が、ジュンやゼロの行動を叱ったり、見守ったりして、子どもたちが無制限に暴走しない現実の壁を提示する。さらに保健室の先生の存在は、ケガや体調だけでなく、心の弱りが表に出る回で効いてくる。思春期の物語は、感情が先行して身体が追いつかないことも多いので、保健室という場所自体が“逃げ場”として機能しやすい。

対立軸:羽生等のような“外の危険”がゼロの影を濃くする

ゼロの周辺にいる対立勢力として、暴走族のリーダー格のような人物が登場すると、ストーリーに緊張感が生まれる。ジュンの視点では、学校内の恋の悩みが中心なのに、ゼロの世界にはもっと荒っぽい現実がある。そのギャップが、ジュンの恋を「憧れの恋」から「相手を理解しようとする恋」へ変えるきっかけになる。 視聴者の印象としても、こうした敵役が出る回は記憶に残りやすく、「ラブコメなのに少し怖い」「ゼロが本気を出す回が熱い」といった感想が出やすい。危険があるからこそ、ゼロの守り方や、ジュンの勇気が際立つ。

キャラクターの“感想”が分かれやすいのも魅力

この作品は、ジュンのドジっ子的な空回りに「かわいい」「もどかしい」と反応が分かれ、ゼロの不器用さに「最高」「最低」と評価が割れることもあるタイプだ。だが、その賛否こそが“青春のリアル”でもある。正解の立ち振る舞いが存在しない年頃だから、視聴者の経験や好みで見え方が変わる。 印象的なシーンとしては、ジュンが勇気を出して近づいたのに失敗する場面、ゼロが誰にも見せない優しさを一瞬だけ見せる場面、ロボットが余計な暴露をして教室が騒然となる場面などが挙げやすい。そうした積み重ねが、「誰が好きか」「誰が苦手か」を語りたくなる作品の空気を作っている。

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■ 主題歌・挿入歌・キャラソン・イメージソング

音楽が担う“軽快さ”と“胸のざわめき”

『はーいステップジュン』の音楽面は、作品の中核である「ラブコメの明るさ」と「思春期の不安定さ」を、分かりやすい色で包み込む役割を担っている。ロボット発明のドタバタで笑わせつつ、ゼロへの片想いでは胸がきゅっと縮む——そんな振れ幅のある作品では、映像だけで感情を誘導しようとするとトーンがぶつかりやすい。そこで、オープニングとエンディングが“作品の温度”を先に提示し、視聴者の気分を整える。特に日曜朝の放送枠では、前後番組とのテンション差も意識されやすく、開始直後のOPで「今日はどんなノリで行くアニメか」を伝えられることが大切だ。本作の主題歌は、機械的な言葉や恋愛の言い回しを巧みに交ぜながら、ジュンの世界観を端的に表現し、見終わった後の余韻まで支える設計になっている。

オープニング「びん感!メカニック」が象徴する“ジュンの疾走感”

OPテーマ「びん感!メカニック」は、タイトルの時点で作品の二本柱を掲げている。“びん感”という言葉は、思春期の敏感さ、つまり少しの一言で嬉しくも傷つきもするジュンの心を想起させる一方、“メカニック”は彼女の発明家としての側面を前面に出す。結果としてこの曲は、「恋をしている女の子の歌」でありながら「機械を作る主人公の歌」でもある、という本作ならではの看板になっている。 曲調のイメージとしては、元気でテンポが良く、始まった瞬間に体が前へ出るような推進力を持つタイプで、視聴者に“朝の勢い”を渡す。ジュンの毎日は、うまくいくより先に失敗が来ることが多いが、OPではその失敗すらも「前へ進むための弾み」に変換して見せる。視聴者がこの曲を聴くと、ジュンがまた何かとんでもない発明を持ち出して、ゼロに突撃して、結果的に教室が大騒ぎになる未来が自然に想像できる。だからこそOPは、物語の予告編というより、作品の“性格そのもの”として機能する。

エンディング「ライバル360度 ~恋愛発展可能性0~」の“切なさの包装”

EDテーマ「ライバル360度 ~恋愛発展可能性0~」は、タイトルが示す通り、ジュンの恋が簡単には報われない前提を、あえてユーモラスに掲げているのが面白い。恋愛もののEDは、しんみりさせて余韻を残すタイプも多いが、本作の場合、日常のドタバタを締めつつも、次回へ気持ちを引っ張る必要がある。そのため、切なさをそのまま沈ませず、“ちょっと笑ってしまう言い方”で包み直す方向へ寄せている。 「可能性0」という言い切りは、普通なら悲壮な響きになるが、作品の中ではジュンの負けん気とセットで描かれるため、むしろ宣言に近い。「ゼロでも進む」「絶望っぽいのに諦めない」という感情のねじれが、ジュンの魅力と重なる。視聴者の感想としても、EDを聴くたびに「今日も空回りだったけど、次は何か起こりそう」と思えるような、肩の力が抜けた前向きさが残りやすい。

主題歌が“キャラの心理”を先回りして説明する

本作では、ジュンの気持ちが激しく揺れる回ほど、視聴者が彼女の心の内を追い切れなくなる瞬間がある。恋の焦り、ライバルへの嫉妬、ゼロへの憧れ、背の低さへの劣等感、発明が失敗する怖さ——それらが同時に押し寄せると、ジュン自身も混乱する。そこで主題歌が、「この作品は“敏感な心”と“機械のドタバタ”がセットなんだ」と毎週確認させることで、視聴者の理解を助ける。OPでジュンの勢いを肯定し、EDで恋の難しさを茶化しながら受け止める。つまり主題歌は、物語の説明ではなく、感情の受け皿になっている。

挿入歌・劇伴の役割:ドタバタと胸キュンの切り替えスイッチ

挿入歌や劇伴(BGM)は、ラブコメの切り替えを支える装置になりやすい。例えば、発明が動き出して大騒ぎになる場面では、リズムが軽く、テンポの速い曲が入ることで“笑っていい空気”が作られる。一方、ゼロがふと優しさを見せたり、ジュンが一瞬だけ泣きそうになったりする場面では、音数の少ない旋律が入り、視聴者の視線をジュンの心へ引き寄せる。 本作の面白いところは、ロボットが絡むことで、感動シーンがいつでもコメディへ転ぶ可能性を持っている点だ。だからこそ劇伴は、必要以上に重くせず、「感動しつつも、次の瞬間には笑える」幅を残す調整が求められる。視聴者側の印象としては、BGMの変化がジュンの感情の変化と連動して聞こえる回ほど、「この回は恋の話が進んだ」「今日はジュンが本気で傷ついていた」と記憶に残りやすい。

キャラソンやイメージソングへの期待が生まれる作品性

“発明好きのヒロイン”と“孤高の不良っぽい美少年”という組み合わせは、当時のアニメ文化ではキャラのイメージを音楽で補強しやすい題材でもある。ジュンなら、元気さと不器用な乙女心を混ぜた曲が似合い、ゼロなら、クールさの裏にある孤独や熱さを匂わせる曲が映える。さらに、吉之介や雪之嬢のようなロボット枠は、コミカルな歌でも、意外にしっとりした歌でも成立し、作品世界を広げやすい。 視聴者の感想として語られやすいのは、「ジュンのテーマっぽいメロディが頭から離れない」「EDのフレーズが妙に刺さる」といった、“歌が感情の記憶を引っ張る”タイプの体験だ。恋のエピソードは筋を忘れても、歌が流れると当時見た場面がふっと戻ってくることがある。主題歌がしっかり作品色を持つほど、そうした記憶の呼び水として働きやすい。

楽曲から感じる“80年代ラブコメの匂い”

1980年代のテレビアニメの主題歌は、作品の宣伝というより、番組の顔として独立した魅力を持つことが多かった。本作の主題歌も、タイトルや言葉の選び方に、当時の明るいポップ感と、少しだけ背伸びした恋愛観が詰まっている。曲を聴くだけで、教室のざわめき、日曜朝のテレビの光、ジュンの慌てた声やロボットの騒がしさが思い出される——そんな“時代の匂い”を残すのが、主題歌の強さだ。 そして何より、OPが「ジュンは走る、転ぶ、でも止まらない」と宣言し、EDが「可能性ゼロ?それでも続く」と微笑む。この二曲の挟み込みがあることで、毎週の物語が単発に終わらず、シリーズ全体が“恋と成長の連続ドラマ”としてつながって感じられる。

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■ 声優について

“声”がキャラクターの温度を決める作品

『はーいステップジュン』は、恋愛のドキドキと発明コメディのドタバタが同じ画面で交差する作品なので、声優の演技が“場面の方向性”を決める比重が大きい。例えばジュンが照れているのか、怒っているのか、強がっているのかは、台詞の内容だけだと判別が難しい瞬間がある。そこを声のニュアンスが補い、視聴者に「今は本気で傷ついた」「今は負けん気で踏ん張った」と瞬時に伝える。ロボットが喋り出して場がひっくり返る瞬間も同様で、声が少しでも重くなるとコメディが沈むし、軽すぎるとドラマが薄くなる。つまり本作は、“声のバランス”でラブコメと青春ドラマを接着しているタイプのアニメだ。

野々宮ジュン(声:山本百合子)—騒がしさの中に繊細さを残す

ジュンの芝居は、とにかく忙しい。恋をして舞い上がり、からかわれてムキになり、発明が失敗して叫び、ゼロの一言で落ち込み、友だちに励まされてまた走り出す——感情の振れ幅が大きい主人公だから、演技が一本調子だと視聴者はすぐ疲れてしまう。山本百合子の声がジュンに合うポイントは、元気な高揚感を出しつつ、落ち込む瞬間にちゃんと“息が細くなる”ような繊細さを差し込めるところにある。 視聴者の印象として語られやすいのは、ジュンが怒鳴っているのに憎めない、泣いているのに湿っぽくならない、という“軽さと痛さの両立”だ。特にジュンは、背の低さへのコンプレックスを抱えながら強がるので、強がりの声の裏に見える弱さが魅力になる。声が明るいだけだと単なるドジっ子に見えるが、山本の演技は、強がりと本音の境界が揺れる瞬間を作れるため、ジュンの「頑張り」が視聴者に届きやすい。

加納零(ゼロ)(声:難波圭一)—ぶっきらぼうの中に“引力”を仕込む

ゼロは、甘い台詞で恋を進めるタイプではなく、むしろ言葉が足りないことで誤解を生みやすいキャラだ。だから演技では、台詞そのものより、間や抑揚の少なさが重要になる。難波圭一のゼロは、表面は冷たいのに、時々だけ温度が上がる。その“揺らぎ”が、ジュンだけでなく視聴者の心も掴む。 視聴者の感想で出やすいのは、「怖いけどカッコいい」「無愛想なのに優しい時が刺さる」といった二面性への反応だ。ゼロが本当はどう思っているのか、分かりにくいからこそ、声ににじむ微妙な優しさが“ヒント”になる。ラブコメの相手役として、分かりやすい王子様ではなく、理解に時間がかかるタイプを成立させるには、声で視線を誘導する必要がある。本作のゼロが魅力的に見えるのは、その誘導がうまく効いているからだ。

吉之介(声:つかせのりこ)—ロボットなのに“人間臭い”愛嬌

吉之介はロボットでありながら、作品の中では最も遠慮なく感情をぶつける存在になりやすい。だからこそ声が硬いと機械っぽさが勝ってしまい、逆に柔らかすぎると“便利なマスコット”になってしまう。つかせのりこの演技は、軽妙でテンポが良く、言い回しの跳ね方がコメディに強い。それでいて、ジュンが本当に落ち込んだときには、吉之介の台詞が妙に胸に残る瞬間を作れる。 視聴者の印象としては、「うるさいのに憎めない」「余計なことを言うのに、結局いちばん味方」といった評価になりやすい。ジュンの気持ちを“代弁しすぎて”場を荒らすのも、ジュンを元気づけるのも吉之介で、その振れ幅が作品の呼吸を整える。ロボット役の芝居は単調になりがちだが、吉之介が“キャラクターとして生きている”ように感じられるのは、声の表情が豊かだからだ。

雪之嬢(声:西原久美子)—2号機が生む“静かな彩り”

雪之嬢は、吉之介と同じロボット枠でも、役割が少し違う。1号機が騒動を起こすなら、2号機は“気持ちの形”に寄り添う方向へ寄ることが多く、声もそれに合わせて落ち着きや品の良さが意識されやすい。西原久美子の声は、柔らかさの中に芯があり、ジュンが込めた想いの“丁寧さ”を感じさせる。 視聴者の感想としては、雪之嬢が出てくる回は「ちょっと切ない」「ジュンの本気度が上がった」と受け止められやすい。声のトーンが変わるだけで、ロボットが単なる道具ではなく“ジュンの恋心の象徴”に見えてくるからだ。

水野洋子(声:増山江威子)—ライバルに“格”を与える声

洋子は、ジュンの恋をかき回す存在でありながら、単純な嫌な女に落とすと物語が薄くなる。ここで重要なのが、声が持つ“余裕”や“自信”の表現だ。増山江威子の声には、華やかさと冷静さが同居しやすく、洋子を「強いライバル」として成立させる。 視聴者の印象としても、洋子は「ムカつくけど魅力がある」「憎み切れない」といった評価になりやすいタイプで、これは声の格が支える部分が大きい。ジュンが焦るほど、洋子の一言は大人っぽく響き、その差がジュンのコンプレックスを刺激する。つまり洋子の声は、ジュンの弱さを引き出す装置でもあり、ドラマの歯車として非常に重要だ。

周囲の大人と友人たちが作る“生活の音”

ジュンの両親や先生たち、友人たちの声は、作品の空気を「学校と家庭の現実」へ引き戻す役割を持つ。大畑先生のような担任が低い声で叱ると、教室のドタバタが一瞬で締まり、ジュンたちが“子ども”であることが強調される。逆に友人たちが明るく茶化すと、ジュンの失敗が深刻になりすぎず、笑って次へ進める。 視聴者の感想でも、「先生が怖い回は緊張した」「友だちのツッコミが好き」といった形で、脇の声が記憶に残りやすい。青春ものは、主人公の心情だけでなく、周囲の反応があって初めて“社会”になる。本作の声優陣は、その社会の音を作り、ジュンの恋が一人芝居にならないよう支えている。

当時の視聴者が覚えている“声の記憶”

80年代のTVアニメは、録画環境が今ほど整っていなかった時代でもあり、視聴体験が“音の記憶”として残りやすい。主題歌のフレーズと一緒に、ジュンの慌てた声、ゼロのぶっきらぼうな一言、吉之介の騒がしい台詞が思い出として結びつく。特に本作は、テンポの良い掛け合いが魅力の一つなので、「場面を覚えていなくても声の調子は覚えている」というタイプの懐かしさが生まれやすい。声優の演技が作品のテンポを作り、テンポが作品の印象を固める。その循環があるからこそ、『はーいステップジュン』は“声の青春ラブコメ”として記憶に残る。

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■ 視聴者の感想

“かわいい”と“もどかしい”が同時に出るタイプの作品

『はーいステップジュン』を見た視聴者の感想でまず目立つのは、ジュンという主人公への反応が一方向にまとまらない点だ。明るくて一生懸命、発明で突っ走る姿は「応援したくなる」「元気をもらえる」と受け止められやすい。一方で、恋の場面では空回りが多く、ゼロの前で失敗したり、勘違いで自爆したりするので、「見ていて恥ずかしくなる」「頼むから落ち着いて!」という“もどかしさ”も同時に生まれる。けれど、この二つの感想が並び立つこと自体が、作品の成功ポイントでもある。思春期の恋は、正しい行動が分からないまま勢いで走ることが多い。視聴者が「やめて〜!」と思うのは、ジュンの振る舞いが“リアルな痛さ”を含んでいるからで、単なるドタバタコメディ以上に、青春の感覚が伝わっている証拠になる。

ジュンの“背の低さ”が共感と応援を生む

本作の感想で語られやすいのが、ジュンのコンプレックスの描き方だ。背が低いことそのものは、見た目の特徴でしかないのに、当人にとっては「恋の舞台で不利」「大人っぽく見られない」「頼りなく見られる」という不安に直結する。視聴者の中には、身長に限らず、何らかのコンプレックスを抱えた経験がある人も多いので、ジュンの“自信の揺れ”は他人事ではなく見えてくる。 「背が低いからこそ頑張る」「背が低いのに行動力がある」という構図は、応援する気持ちを引き出しやすい。視聴後の感想として、「ジュンはうるさいけど憎めない」「コンプレックスを隠さないのが良い」という評価が出やすいのは、弱点を弱点のまま正面から描く姿勢が、視聴者の心を掴むからだ。

ゼロの評価は割れるが、“引力”だけは共通して強い

ゼロに対する視聴者の感想は、好意的なものと批判的なものに割れやすい。ぶっきらぼうで冷たく見える態度、危なっかしい行動、女の子にモテる感じなどが、「カッコいい」「不良っぽいのが刺さる」と思う層には魅力になる一方、「ジュンがかわいそう」「もっと優しくしろ」と感じる層にはストレスにもなる。 ただ、どちらの意見でも共通しやすいのが、「ゼロがいるから目が離せない」という点だ。ゼロは分かりやすい優しさを見せない代わりに、たまにだけ“温度が上がる”瞬間がある。その一瞬が強烈に残り、視聴者の感想にも「たまに優しいのが反則」「あの回のゼロはズルい」といった言い方で現れる。好き嫌いは分かれても、引力の強さは揺れない。それがゼロというキャラクターの強度であり、本作の視聴体験の中心にもなる。

ロボット要素への反応:笑いの装置か、心の支えか

『はーいステップジュン』はラブコメにメカ発明が混ざるため、視聴者の感想でも「そこが好き」という人と「そこが変」という人が出やすい。ロボットが出ることで、恋の繊細さが壊れると思う人もいれば、逆にロボットがいるから恋が重くならず見やすいと思う人もいる。 好意的な感想としては、「ロボットがしゃべると笑える」「ジュンの本音を代弁してくれるのが面白い」といった“コメディ装置”としての評価が多くなりやすい。一方で、別方向の支持として「ロボットがジュンを励ますのが良い」「ジュンが孤独じゃない感じがする」といった“心の支え”としての評価も出やすい。つまり、ロボットは単なるギャグではなく、作品の感情を支える役割を持っているため、視聴者の見方によって受け取る重心が変わる。そこが“語りたくなる作品”としての強みになっている。

“日曜朝”に流れる青春ラブコメの不思議な温度

放送枠が日曜朝だったことも、視聴者の感想に影響する。夜のアニメと違って、家族が近くにいる環境で見た人も多く、恋の場面で照れたり、ドタバタで笑ったりと、視聴体験が家庭の記憶と結びつきやすい。 当時を振り返る感想としては、「朝なのに妙にドキドキした」「家族の前で見るのがちょっと恥ずかしかった」という声が出やすいタイプだ。ジュンの恋は過激ではないのに、思春期の視聴者には十分刺激がある。さらに、発明騒動が入ることで、恋の恥ずかしさが笑いに逃げられる。この“恥ずかしいけど見たい”バランスが、日曜朝の記憶として残りやすい。

ライバルや友人関係が生む“少女漫画的な共感”

恋のライバルが出てくることで、視聴者の感想はより感情的になりやすい。洋子のような存在は、「嫌だ」「怖い」と思われる一方で、「ああいう子いるよね」と現実の学校生活を思い出させる。友人たちの茶化しや励ましも含めて、教室の人間関係が“少女漫画的な空気”を持つため、視聴者は恋愛だけでなく、嫉妬、噂、見栄、友情といった感情の束をまとめて味わうことになる。 感想としては、「ジュンがいじめられそうで心配」「友だちがいて良かった」「洋子に負けないでほしい」といった、恋の結果より“ジュンの居場所”を心配する声が出やすい。これは、作品が恋愛勝敗だけを描かず、ジュンの生活全体を描いているからだ。

印象に残りやすいのは“失敗のあと”の空気

視聴者が思い出として語りやすいのは、派手な騒動そのものより、騒動が終わった後のジュンの顔だったりする。失敗して落ち込み、でも友だちに支えられ、少しだけ前を向く。あるいはゼロが不器用にフォローを入れて、ジュンが怒りながらも嬉しさを隠せない。そういう“余韻”が、作品の青春感を決定づける。 「ジュンの泣き笑いが忘れられない」「最後にちょっと救われるのが良い」という感想が出やすいのは、各話が完全なハッピーエンドでも完全なバッドエンドでもなく、“明日に持ち越す気持ち”で終わることが多いからだ。持ち越しがあるから、次回が気になる。視聴者の感想が連続的に積み上がりやすい作りになっている。

総合すると、“青春の痛さを笑いで包んだ作品”として残る

視聴者の感想をまとめると、本作は「面白い」「かわいい」だけで終わらず、「痛い」「恥ずかしい」「でも見たい」という複雑な感情を引き出す作品として記憶されやすい。ジュンの空回りは、見る側の過去の失敗を呼び起こし、ゼロの不器用さは、分かり合えない恋の現実を思い出させる。そこにロボットの騒がしさが混ざって、重くなりすぎない。 結果として、『はーいステップジュン』は、視聴後に「ジュン、頑張れよ…」とつぶやきたくなるタイプの青春ラブコメとして、心に残る。好き嫌いの分かれる部分も含めて語りが生まれ、思い出と一緒に再生される作品だ。

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■ 好きな場面

“恋の勝ち負け”より、心が動いた瞬間が刺さる

『はーいステップジュン』で「好きな場面」として語られやすいのは、派手な決着や劇的な告白よりも、ジュンの心が一瞬だけ剥き出しになる瞬間だ。そもそも本作は、恋愛成就が一直線に進む物語ではなく、空回りや勘違いを繰り返しながら関係が少しずつ変わっていく“積み上げ型”の青春ラブコメである。だから視聴者の好きな場面も、「この回のここが最高」というより、「こういう空気が好き」「こういう瞬間に弱い」という形で語られやすい。ジュンが背伸びして失敗する場面、ゼロの態度が一瞬だけ柔らかくなる場面、ロボットが余計なことを言って教室が凍る場面——そうした断片が、思春期の痛さと甘さをまとめて呼び起こす。

ジュンが“背の低さ”を忘れて突っ走る瞬間

ジュンの好きな場面として挙がりやすいのは、彼女が自分の弱点を意識する暇もないほど必死になって走る瞬間だ。普段は小柄さをからかわれて傷ついたり、ゼロの隣で自分が子どもっぽく見えてしまうことに怯えたりするのに、いざ何かが起きると、ジュンは体格差を超えて前に出る。 たとえば、ゼロが危ない目に遭いそうな時に止めに入ろうとする、友だちが困っているのを見て発明を持ち出す、騒動の中心に自分がいると悟って責任を取ろうとする——そういった場面は、視聴者に「ジュンって強い」と思わせる。背の低さは消えない。でも、背の低さに支配される時間が短くなる瞬間がある。その瞬間が好きだという感想は多い。

発明が“うまくいかない”のに、ジュンが諦めない場面

発明が成功してスカッと終わる回も気持ちいいが、視聴者の記憶に残りやすいのは、むしろ失敗した後のジュンの顔だったりする。装置が暴走して余計に恥をかいた、ロボットが空気を読まずに本音をばらした、仕掛けが裏目に出てゼロに誤解された——そんな場面は、その瞬間だけ切り取ると痛々しい。けれど、そこからジュンが「もうやめる」と言わずに、次の手を考えるところに作品の芯がある。 好きな場面として語られるのは、失敗を笑い飛ばす強がり、涙をこらえて工具箱を開け直す姿、友だちの一言で立ち上がる瞬間など、“折れかけて折れない”ところだ。ジュンの発明は才能の誇示ではなく、彼女の生き方そのものになっているので、諦めない場面は恋の場面よりも強く刺さることがある。

吉之介が“余計なこと”を言って、恋が大事故になる場面

コメディとして好きな場面に挙がりやすいのは、吉之介が本音の地雷を踏み抜いて場をひっくり返す瞬間だ。ジュンが言えない言葉を代わりに言ってしまったり、ゼロの前でジュンの気持ちを勝手に宣言してしまったり、ライバルがいる場面で決定的な一言を投下してしまったりする。 この手の場面は、ジュンにとっては地獄なのに、視聴者にとっては最高の笑いになる。その残酷さが、青春ラブコメの醍醐味でもある。好きな場面として語られるのは、「あそこで吉之介が言わなければ…」という事故の瞬間と、その後ジュンが赤面しながら取り繕う流れまで含めた“地獄のコメディ”。恥ずかしさが極まるほど、視聴者の記憶には強く刻まれる。

ゼロが“本当は優しい”と分かる一瞬

ゼロの好きな場面として多いのは、派手な告白や甘い台詞ではなく、“ほんの一瞬だけ見える優しさ”だ。普段はぶっきらぼうで、ジュンに対しても冷たく見えることがある。だからこそ、ジュンが本当に困っている時に手を差し出す、誰にも見えないところでフォローを入れる、危険から守る、あるいは言葉の代わりに行動で示す——そういう瞬間が強烈に効く。 視聴者の好きな場面として語られるのは、「あの時ゼロが黙って助けたのがズルい」「何も言わないのにちゃんと見てた」といった、解釈の余地が残る描写だ。ゼロは分かりやすく優しくしないから、視聴者も“探す”ように彼の気持ちを追う。好きな場面も、探した末に見つけた宝物みたいに語られる。

ライバルがいるからこそ生まれる、ジュンの“意地”の場面

洋子のようなライバルが出る回は、ジュンの感情が露骨に揺れるので、好きな場面も生まれやすい。嫉妬で焦ってしまう、見栄を張って無理をする、勝負に出て失敗する——それ自体は苦しい展開だが、そこでジュンの“意地”が見えると、視聴者は強く味方したくなる。 特に好きな場面として語られやすいのは、ジュンがライバルに対して真正面から勝とうとするのではなく、「私は私でいい」と踏みとどまる瞬間だ。背が低くても、失敗しても、自分のやり方で前に出る。その決意が見えると、恋の勝敗とは別のところで胸が熱くなる。

雪之嬢が出る回に漂う“ちょっと切ない空気”

雪之嬢が絡む場面は、作品のテンションが少しだけ変わり、好きな場面として挙げる人が出やすい。吉之介の賑やかさとは違い、雪之嬢はジュンの気持ちを丁寧に運ぶ象徴になりやすいからだ。ジュンが誰にも言えない想いを“作ったもの”に込める、その行為が見える回は、ドタバタの中でも一瞬だけ静かになる。 視聴者はそこで、「ジュンって本気なんだな」と気づく。笑って見ていたはずの恋が、ふっと真剣に見える。その切り替わりの瞬間が好きだという感想は、作品の“甘さ”ではなく“真面目さ”に惹かれる層から出やすい。

“騒動のあと”に残る、言葉にならない余韻の場面

本作で最も好きな場面として語られやすいのは、実は事件が終わった後の静かな一瞬かもしれない。ジュンが一人で反省しているところへ友だちが来る、ゼロが何も言わずに立ち去る、ロボットがそっと寄り添う、夕方の帰り道でジュンが小さく笑う——そういう“説明されない余韻”が、青春ものとしての心地よさになる。 視聴者は、そこで自分の学生時代の空気を思い出す。大騒ぎの後に残る静けさ、恥ずかしさの余熱、でもちょっとだけ嬉しい気持ち。そうした感情の混ざりが、好きな場面として残り、作品を“思い出の引き出し”にしまっておく理由になる。

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■ 好きなキャラクター

“誰が好きか”が、そのまま青春観の違いになる

『はーいステップジュン』は、主人公の恋愛を中心にしつつ、発明とロボットの騒動、学校の人間関係、不良的な緊張感まで混ざる作品なので、「好きなキャラクター」は視聴者の好みがかなり分かれやすい。純粋に応援したい主人公派、危うい魅力を持つ相手役派、場をかき回すロボット派、友情の安心感派、ライバルの強さ派——どれを選ぶかで、その人が青春をどう見ていたかが透けて見える。ここでは、視聴者が“推し”として挙げやすいキャラクターと、その理由になりやすいポイントを、作品の空気感に沿って掘り下げていく。

野々宮ジュンが好き:不器用さごと肯定したくなる主人公

ジュンが好きだという人は、「頑張る子が報われてほしい」という気持ちが強い傾向にある。ジュンは、発明という武器を持ちながらも万能ではなく、恋に関しては特に失敗が多い。だからこそ“守ってあげたい”ではなく、“一緒に走ってあげたい”という応援の感情を呼ぶ。 好きな理由として語られやすいのは、背が低いことをからかわれても完全に折れないところ、恥をかいても次の日にはまた挑むところ、恋で泣いても笑っても生活が止まらないところだ。ジュンの強さは、勝ち続ける強さではなく、恥ずかしさに耐えて前へ出る強さで、そこに自分の過去を重ねる視聴者は多い。 また、発明が“才能の誇示”ではなく“気持ちの表現”になっている点も、ジュン推しの理由になりやすい。言葉にできないから作る。恥ずかしいから道具に託す。そういう遠回りが、思春期のリアルとして響く。

加納零(ゼロ)が好き:分かりにくい優しさを“探す”のが楽しい

ゼロが好きな人は、分かりやすい王子様よりも、理解に時間がかかる相手に惹かれるタイプが多い。ゼロは基本的にぶっきらぼうで、態度も不愛想で、時にはジュンを突き放す。なのに、完全には見捨てない。助ける時は助ける。守る時は守る。その“矛盾”が魅力になっている。 ゼロ推しの視聴者がよく挙げる好きポイントは、「たまに優しいのが反則」「言葉じゃなく行動で出るのがズルい」という部分だ。普段の冷たさがあるから、優しさの価値が跳ね上がる。視聴者は毎回、ゼロの感情を読み解こうとして画面を見ることになり、結果としてゼロに強く引き寄せられる。 さらに、ゼロは“危うさ”を持つので、ただの恋愛相手ではなく、ジュンの物語を一段深くする存在でもある。危険な匂いがするからこそ、守りたい気持ち、救いたい気持ちも生まれ、推しとしての熱量が上がりやすい。

吉之介が好き:場を壊すのに、場を救う“相棒”

吉之介推しは、作品をコメディとして楽しんでいる層に多いが、それだけでは終わらない。吉之介は余計なことを言って恋を大事故にする一方で、ジュンの味方であり続ける。視聴者にとっては、「こいつがいるから展開が読めない」「このロボットがいると安心する」という二面性が楽しい。 好きな理由として挙がりやすいのは、ジュンの本音を代弁してくれるところ、ゼロにも遠慮なく絡むところ、騒動を起こしても最後にはジュンを励ますところだ。思春期の恋は、当人が抱え込むほど苦しくなるが、吉之介は“抱え込ませない”。勝手に外へ出してしまう。だからジュンは恥ずかしいが、視聴者は救われる。その役割を気に入って、吉之介を推す人は少なくない。

雪之嬢が好き:ジュンの“本気”を受け止める静かな存在

雪之嬢が好きだという人は、作品のドタバタの中にある“切なさ”や“丁寧さ”に惹かれる傾向がある。雪之嬢は賑やかに場を引っ掻き回すより、ジュンの気持ちを象徴する存在として登場しやすい。 推し理由としては、「雪之嬢が出る回は空気が変わる」「ジュンの恋がふざけじゃないと分かる」といった、“作品の奥行き”に関するものが多くなりやすい。ロボットなのに、どこか品があり、感情の温度が落ち着いている。だからこそ、ジュンが本当に迷った時、弱った時にそっと寄り添う雰囲気が強くなる。騒がしさよりも余韻を好む視聴者には刺さりやすいキャラクターだ。

水野洋子が好き:強さと華やかさが“物語の格”を上げる

洋子推しは少し意外に見えるかもしれないが、一定数いる。理由は、洋子が単なる意地悪なライバルではなく、作品の中で“勝負の温度”を上げる存在だからだ。洋子が出ると、ジュンの感情が揺れ、物語の空気が引き締まる。そうした緊張感を好む視聴者は、洋子の存在を高く評価する。 好きな理由としては、「嫌味っぽいのに魅力がある」「自信があって強い」「女の子同士の火花が面白い」などが挙がりやすい。洋子はジュンの弱さを刺激するが、それは同時にジュンの成長を促す。洋子がいるからジュンが輝く、という見方もできるため、洋子推しは“作品全体を面白くする人”として彼女を好きになることが多い。

親友(トコ・マコ)が好き:恋よりも“友情の安心感”が好き

トコやマコのような親友枠が好きな人は、恋愛のドキドキより、教室の空気や日常の安心感に惹かれるタイプだ。ジュンが暴走しても、二人がツッコミを入れてくれる。ジュンが落ち込んでも、二人が普通にそばにいる。その“普通さ”が、青春のリアルとして心地いい。 推し理由としては、「友だちがちゃんとしてるから見ていられる」「ジュンが救われてる」「会話が楽しい」といったものが多い。恋愛ものは、主人公が孤独だと視聴者が疲れるが、親友がいると安心して笑える。作品を支える“地面”としての強さが、推しポイントになりやすい。

先生・大人が好き:子どもの世界を締める“現実の壁”が面白い

少し渋いところでは、担任や保健室の先生、両親といった大人枠を好む視聴者もいる。理由は、彼らがいることで、ジュンたちの騒動が“社会”の中で起きている感じが出るからだ。 好きな理由としては、「先生の一言で空気が変わるのが好き」「大人がいるから現実味が出る」「叱られる回が逆に記憶に残る」など。青春ものは、自由に暴れているようで、実は壁にぶつかるから成長が見える。本作でも、大人枠が適度に壁になって、子どもたちの行動が輝く。

結局、推しの違いは“ジュンの物語の見方”の違い

ジュンを推す人は“頑張り”を、ゼロを推す人は“引力”を、ロボットを推す人は“テンポ”を、ライバルを推す人は“緊張感”を、友人を推す人は“安心感”を好む。それぞれが作品の別の面を照らしている。 だから、『はーいステップジュン』は「誰が好き?」と聞くだけで、その人がどの場面に胸を動かされたかが分かる。推しが分かれるのは、作品が単純なラブコメではなく、いくつもの感情を同時に走らせている証拠でもある。

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■ 関連商品のまとめ

“放送を見て終わり”にさせない周辺展開の発想

『はーいステップジュン』の関連商品を語る時に大事なのは、作品の性格そのものが「恋(ときめき)」と「メカ(ギミック)」の二軸でできている点だ。恋愛ものとしてはキャラクター人気が出やすく、メカ要素があるぶん玩具・ホビー的な広がりも想像しやすい。さらに、日曜朝の放送枠で家族層にも届きやすいことから、当時のアニメ定番である文房具や生活雑貨、音楽商品、映像メディアなどへ“薄く広く”展開しやすい土台を持っている。 ここでは、作品世界と当時のアニメグッズ事情を踏まえながら、関連商品がどのような種類・傾向で語られやすいかを、ジャンルごとに整理していく。

■ 映像関連商品(VHS・LD・DVDなど)の傾向

放送当時は、家庭用録画が普及し始めていたとはいえ、今のように全話を手元に残す文化はまだ一般的ではなかった。そのため、公式の映像商品は“作品が好きな人が、好きな回を繰り返し見るために買う”コレクター寄りの性格が強くなりやすい。VHSが中心だった時代は、巻数を絞ったセレクション形式や、人気エピソードをまとめた構成になりやすく、全話を完全網羅する商品は出ても高価になりがちだった。 その後、メディアがLDへ移ると、画質や所有欲の面からアニメファン・収集家の需要が増え、“ジャケットも含めて飾る”という楽しみ方が強まる。さらに時代が進むとDVD化が現実的になり、全話をまとめたボックス形態や、特典ブックレット付きのセットが“決定版”として扱われやすくなる。『はーいステップジュン』のように、連続45話で積み上げ型の作品は、まとめて見返すほど良さが出るため、後年のコンプリートパッケージが「一気見で青春を追体験できる」商品として価値を持ちやすい。

■ 書籍関連(原作・ムック・雑誌・設定資料系)の広がり

原作漫画を入口に作品へ触れた層と、アニメから入って原作へ戻る層が交差しやすいのが、書籍関連の強みだ。コミックスはもちろん、当時のアニメ雑誌では、放送中の特集ページ、キャラクター紹介、声優インタビュー、描き下ろしイラスト、ピンナップなどが“追いかける楽しみ”として機能しやすい。 また、ラブコメ作品はキャラクターの私服や表情、ちょっとした小物がファンの関心を集めるため、設定資料やビジュアル集、ストーリーガイド(各話紹介)といった“眺める本”の需要が生まれやすい。ジュンの発明メカ、吉之介・雪之嬢のデザイン、学校の舞台設定、ゼロの愛車的な要素など、絵として見たい素材が多いからだ。さらに、放送当時の雑誌記事は“時代の空気ごと保存できる”ので、後年になってからは資料価値も上がり、ファンブック的な立ち位置で再評価されやすい。

■ 音楽関連(主題歌シングル・サントラ・歌もの)の楽しみ

主題歌が作品の顔になっているタイプのアニメは、音楽商品が“思い出のスイッチ”として機能しやすい。EPレコード(ドーナツ盤)やカセット、後年のCD再販など、媒体の変化に合わせて形を変えながら残りやすいジャンルだ。 『はーいステップジュン』の場合、主題歌は作品のテンションをそのまま音にしたような存在で、聴くだけで教室の騒ぎやジュンの空回り、ゼロへのときめきが一気に戻ってくる。だから音楽商品は、映像を全部持っていなくても“作品と再会できる”手段になりやすい。さらに、劇伴をまとめたサウンドトラックがあれば、コミカルな曲と切ない曲の対比で「この作品、意外と青春してたんだな」と再確認できる。キャラソンやイメージソングが展開される場合は、ジュンやゼロの“言葉にできない気持ち”を歌で補う形になりやすく、ファンの解釈欲を刺激する商品になりやすい。

■ ホビー・おもちゃ(メカ要素があるからこそ想像しやすい)

一般的な学園ラブコメに比べて、本作は“発明・ロボット”というギミック要素があるため、玩具・ホビーの広がりが語りやすい。もし当時商品化されるなら、吉之介・雪之嬢をモチーフにした小型フィギュアや、ぜんまい・簡易ギミック付きのマスコット、ソフビ人形、キーホルダーなどが定番になりやすい。 さらに、ジュンの発明品は「変な道具」「トラブルメーカー」として登場しやすいので、玩具化するなら“うまく動かない面白さ”まで含めて商品コンセプトにできる。例えば、ボタンを押すと音が鳴る、表情が変わる、簡単な動作をする、といった当時の玩具の範囲でも、作品らしさは出せる。ロボットが人気キャラとして立つと、プラモデル的な組み立て要素より、まずは手軽に集められる小物系の比率が上がりやすい。子どもが買いやすい価格帯で、持ち歩けるサイズ感のグッズが中心になりやすいのも特徴だ。

■ ゲーム(ボードゲーム・カード・簡易電子ゲーム系が相性良い)

当時のアニメ関連商品で定番だったのが、すごろく形式のボードゲームやカードゲームだ。『はーいステップジュン』の題材は、恋のイベントと発明トラブルを“マス目のイベント”に落とし込みやすい。例えば「発明が暴走して一回休み」「ゼロと目が合ってもう一回」「洋子に邪魔されて戻る」「吉之介が余計なことを言ってスタートへ」など、作品らしいノリがそのままルールにできる。 また、携帯型の簡易電子ゲーム(液晶ゲーム)や、クイズ形式のゲームも、キャラ人気がある作品では展開しやすい。ジュンの発明をミニゲーム化する、ゼロとの距離を縮める“恋愛ゲージ”を作るなど、当時のシンプルなゲーム設計でも“作品っぽい遊び”を作りやすいのが強みになる。

■ 食玩・文房具・日用品(当時の“定番ライン”に乗りやすい)

子ども向けアニメの関連商品として外せないのが、文房具と食玩だ。下敷き、ノート、鉛筆、消しゴム、筆箱、シール、カード、缶ペンケースなどは、作品の人気が出ると比較的早い段階で展開されやすい。『はーいステップジュン』は、キャラクターの表情が豊かで、ロボットもいてデザインのバリエーションを作りやすいので、シールやブロマイド的な商品と相性が良い。 日用品では、コップ、弁当箱、巾着、タオル、ハンカチ、歯ブラシセットなど、“学校で使えるもの”へ落とし込みやすい。ジュンの発明道具やロボットのイラストを入れれば男女問わず持ちやすく、ゼロや洋子のビジュアルを強めに出せば、少し年上向けの雰囲気も作れる。食玩は、シール付きガムやカード付きお菓子、ミニ消しゴム付きチョコなど、集める楽しみが中心になりやすい。

■ お菓子・食品関連(“集める”仕掛けで盛り上がる)

食品コラボは、当時のアニメ文化では“作品が生活に入り込む”象徴でもある。パッケージが複数種類あったり、当たりシールやカードが封入されていたりすると、子どもたちの間で交換・収集が起き、作品の話題が学校内で循環する。『はーいステップジュン』は、ロボットや発明品のデザインを“当たり絵柄”にしやすく、キャラの名場面をカード化して集めるなど、コレクション要素と相性が良い。 こうした商品は、作品の世界観を深掘りするというより、「作品を好きと言える場」を日常に増やす役割を担う。お菓子の袋にジュンがいる、筆箱にゼロがいる、シール帳に吉之介がいる——その積み重ねが、作品の記憶を強くする。

総合すると、“キャラ×ギミック”で幅広く展開できるタイプ

関連商品の全体像としては、映像・書籍・音楽という“ファン向けの保存媒体”と、文房具・食玩・日用品という“日常に入り込む消費商品”の二層に分かれやすい。そこに本作ならではの強みとして、ロボット・発明の要素がホビーやゲームの企画に火をつけやすい。 『はーいステップジュン』の関連商品は、作品の甘酸っぱさを持ち帰るだけでなく、ジュンの“作る力”や“騒動の面白さ”を形にできる余地がある。だからこそ、グッズを想像するだけでも作品の場面が蘇りやすく、「この作品、やっぱり独特だったな」と思わせる力を持っている。

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■ オークション・フリマなどの中古市場

中古市場は“作品人気”だけでなく“残存数”と“世代の再燃”で動く

『はーいステップジュン』の中古市場を考えるとき、単純に「人気があるから高い/ないから安い」では片づけにくい。80年代のTVアニメ関連グッズは、当時は日用品や消耗品として買われたものが多く、そもそも“残っていない”ことが珍しくない。だから中古市場の価値は、作品の知名度以上に、保存状態と残存数に左右されやすい。さらに近年は、昭和〜平成初期のアニメを“大人になってから集め直す”動きがあり、当時見ていた層が購買層へ戻ってくると、一部アイテムが急に動くこともある。 ここでは、出品されやすいジャンルごとに「どんな物が出回りやすいか」「どういう条件で価値が上がりやすいか」「買う側が何を見ているか」を、傾向として整理していく。価格そのものは時期で変わるため、数字より“動き方”に焦点を当てる。

■ 映像関連(VHS・LD・DVDなど):完品・未開封・初期巻が強い

映像メディアは中古市場で最も分かりやすく、“見て楽しめる”と同時に“コレクション性”もある。VHSは特に、当時のセル版は流通数が多くない場合があり、レンタル落ちかどうかで評価が分かれやすい。レンタル落ちは安く出やすい一方、ラベルやジャケットが傷んでいることも多い。逆にセル版で状態が良いもの、帯や付属解説が残っているものは、買い手がつきやすい。 LDは、盤面の管理と再生環境のハードルがあるため“誰でも買う”ジャンルではないが、そのぶん収集家が狙う。ジャケットの絵柄が大きく、飾れるという強みもあり、盤そのものよりジャケット状態が重要視されることが多い。 DVD(もしBOXや単巻が出ている場合)は、視聴目的と保存目的が両立しやすいので、箱・ブックレット・特典の有無が価格に直結しやすい。特典が欠けると一気に値が落ちるが、完品だと“安心して買える”ため動きが早い。シリーズ物の場合、初期巻・最終巻は出品数が偏りやすく、揃える難度が上がるため、買い手は「全巻セット」「コンプリート」を強く好む傾向がある。

■ 書籍関連(原作コミックス・雑誌・ムック):帯・初版・特集号が狙われる

書籍は中古市場で安定して出やすい一方、価値が上下するポイントが明確だ。原作コミックスは“読めればいい”層が多いので、単巻は手頃に見つかりやすいが、初版・帯付き・全巻揃いになると収集価値が乗る。特に80年代は帯が捨てられやすいので、帯付き完品はそれだけで“保存してきた人の物”として評価される。 アニメ雑誌(アニメディア等)の特集号やピンナップ付き号は、作品単体のファンだけでなく、当時の雑誌文化を集める層も買い手になる。ピンナップや付録が欠けていると価値が下がるが、逆に付録完備だと“資料”としての価値が跳ね上がる。ムック本や設定資料集が存在する場合は、出品数が少なめになりやすく、状態が良いものは即売れしやすい。買い手が見ているのは「ページの破れ・書き込み・日焼け」「背表紙の色抜け」「付属ポスターの有無」など、保存状態の細部だ。

■ 音楽関連(EP・LP・CD):帯とジャケットが価値の核になる

音楽商品は、再生目的よりも“当時物のパッケージ”を求める層が一定数いる。EP(ドーナツ盤)やLPは、盤面の傷も大事だが、ジャケットの角つぶれや色あせ、歌詞カードの有無が評価を左右しやすい。特に帯が残っていると希少性が上がる。 CDは比較的状態が保たれやすいが、初回仕様や特典(ステッカー、応募券、ブックレットの違い)があると“版の違い”を追う人が出てくる。サントラや主題歌シングルは、作品の記憶を一気に取り戻せるアイテムなので、懐古需要が高まるタイミング(周年、配信解禁、話題化)で動きやすい。買い手は「ジャケットに当時の絵柄がしっかりあるか」「盤が再生できるか」だけでなく、「帯・歌詞カード・解説が揃っているか」を重視する。

■ ホビー・おもちゃ(フィギュア・キーホルダー・小物):未開封が圧倒的に強い

玩具・ホビー類は、出品されるときに価格差が最も激しくなりやすいジャンルだ。理由は、当時子どもが遊んだ物ほど欠品・破損が起きやすく、同じ商品でも状態がバラバラだからである。箱付き未使用、未開封、ブリスター入り、タグ付きなど、“触っていない”状態は強い。一方で本体のみ、パーツ欠け、汚れありは、資料目的か、妥協して集めたい層が買う。 特に小物系(キーホルダー、缶バッジ、ミニフィギュア、ガチャ景品など)は、当時は気軽に買われて気軽に失くされたため、完品が残りにくい。だからフリマで美品が出ると、相場より高くても動くことがある。買い手は「写真で状態が分かるか」「刻印やメーカー表記があるか」「当時物か復刻か」を気にする。昭和レトロの人気が強い時期は、作品単体のファン以外も流入しやすく、急に相場が上がることもある。

■ ゲーム(ボードゲーム・カード・電子ゲーム):欠品チェックが最大の壁

ボードゲームやカードゲームは、外箱の見栄えが良いので出品はされやすいが、買い手が最も警戒するのは欠品だ。コマ、カード、説明書、ルーレット、サイコロ、台紙など、どれか一つ欠けると遊べなくなることも多い。出品者が「欠品なし」と明記しているか、写真で全部のパーツを写しているかが、購入判断に直結する。 電子ゲーム(液晶玩具など)がある場合は、動作確認が重要になる。電池端子の腐食、液晶抜け、音が鳴らないなどがあると価値が落ちるが、逆に“動作OK”で箱付きだと一気に希少性が跳ね上がる。ゲーム系は、作品ファンというよりレトロ玩具収集家が買い手になることも多く、ジャンルの外から需要が来る分、出品時期で値動きが出やすい。

■ 食玩・文房具・日用品:状態が良いほど“奇跡の一品”になる

消耗品ジャンルは、そもそも残っているだけで価値が生まれやすい。下敷きやノート、鉛筆、缶ペンケース、シールなどは、未使用・未開封だと“タイムカプセル”扱いになる。逆に使用済みでも、絵柄が綺麗に残っている、折れが少ない、日焼けが少ないといった条件で評価が上がる。 日用品(コップ、弁当箱、巾着、タオル等)は、衛生面の都合もあり、未使用であることが特に重要視される。フリマでは“飾る用”として買う人が多く、実用品として使うよりコレクション目的が強い。買い手は「汚れ・匂い・変色」「プリントの剥がれ」「素材の劣化」を細かく見る。食玩の付録シールやカードは、単品でも動くことがあり、コンプ(全種揃い)になるとさらに価値が増す。

中古市場で後悔しないための“見方”

この手の80年代アイテムは、相場が一定ではなく、「出品が少ない→欲しい人が集中→高くなる→しばらく出ない」という波になりやすい。だから買う側が意識したいのは、価格の数字より“状態と条件”だ。映像・音楽・書籍は付属品の有無、玩具・ゲームは欠品と動作確認、文房具・日用品は未使用度と保存状態。これらが揃っているほど、“後から手放す時”にも価値が残りやすい。 また、同じ商品でも、オークションは競り上がりやすく、フリマは相場より安く出ることもある。逆にフリマは説明が簡素でリスクもある。作品のファンが集めるなら、焦って飛びつくより「完品条件が揃ったものを待つ」方が、結果的に満足度が高いことが多い。

まとめ:『はーいステップジュン』の中古は“希少な日常品”がロマンになる

中古市場で面白いのは、豪華なコレクターアイテムより、当時の生活に溶けていた小物が“今は残っていないからこそ価値を持つ”ところだ。下敷き一枚、シール一枚、キーホルダー一つが、当時の学校の空気を連れてくる。そういう意味で『はーいステップジュン』の中古集めは、単に作品グッズを集めるのではなく、“80年代の日常の断片”を拾い集める趣味に近い。見つけた瞬間に懐かしさが跳ね上がり、手元に置くだけで作品の場面が蘇る——その体験こそが、中古市場でこの作品のアイテムを探す最大の魅力になる。

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