【発売】:ダイナミックプロ
【対応パソコン】:PC-9801 など
【発売日】:1995年8月14日
【ジャンル】:アドベンチャーゲーム
■ 概要・詳しい説明
● 1990年代PC-98市場に登場した『けっこう仮面』ゲーム化第2弾
『けっこう仮面2 おしおき伝説の巻』は、永井豪の漫画『けっこう仮面』を題材として1995年に発売されたPC-9801シリーズ向けのアドベンチャーゲームである。ダイナミックプロ作品を原作とするキャラクターゲームであると同時に、当時のPC-98市場で大きな一角を占めていた成年向けアドベンチャーという形式を組み合わせた作品で、1994年に登場した『けっこう仮面 おしおきパラダイスの巻』に続くゲーム版第2作に位置付けられる。複数枚のフロッピーディスクを使用するパッケージソフトとして販売され、PC-98全盛期からWindows時代へ移り変わろうとしていた1995年という時代を強く感じさせる一本でもある。
当時の日本のパソコンゲーム市場ではNECのPC-9801シリーズが依然として非常に大きな存在感を持っていたが、その一方ではWindows環境へ移行する動きも急速に進んでいた。そのため本作は、長年にわたって発展してきたPC-98向けアドベンチャーゲーム文化が成熟期から終盤へ入りつつあった時代に登場した作品と見ることができる。美少女キャラクターを中心に据えたゲーム、漫画・アニメ原作のキャラクターゲーム、文章と一枚絵を中心に物語を進めるアドベンチャー作品などが数多く発売されていた中で、永井豪作品特有の大胆なパロディ精神を正面から持ち込んだことが本作の最大の特徴だった。
● 原作をそのまま再現するのではなく、ゲーム独自の視点からスパルタ学園へ入り込む
ゲーム版『けっこう仮面』シリーズの面白いところは、漫画の有名エピソードを順番に表示するだけのデジタルコミックではなく、プレイヤー自身をスパルタ学園内部へ置くためのゲーム独自の構成が用意されている点にある。主人公は学園内部の人物として行動し、さまざまな登場人物との会話や事件を通して、神出鬼没の正義の味方「けっこう仮面」の存在や正体を追っていく。
つまり、けっこう仮面本人を最初から直接操作して敵を次々に倒すヒーローアクションではない。プレイヤーは少し離れた立場から彼女を追跡し、「いったい何者なのか」「どこから現れるのか」「学園内の誰と関係しているのか」といった興味を持ちながら物語を進める。この仕組みによって、原作を知っている人でも単なる再現作品ではなく、ゲーム独自の外伝的なストーリーとして楽しめるようになっている。
● スパルタ学園という舞台がアドベンチャーゲームに非常によく合っている
物語の中心となる「スパルタ学園」は、単なる背景ではなく作品そのものを成立させる巨大な舞台装置である。極端な教育方針を掲げる教師たち、それに振り回される生徒たち、そして横暴な学園側へ立ち向かうけっこう仮面。この対立構造が原作の基本になっている。
ゲームでは学園という限られた空間を利用して、教室、廊下、教師関係の場所、生徒たちが集まる場所などを巡りながら物語を進めることができる。そのためアドベンチャーゲームとの相性が良く、「どこへ行くか」「誰と話すか」「何を調べるか」といった行動そのものをゲーム性へ変換できる。
一度調べた場所でも物語が進むことで状況が変わり、新しい人物が現れたり、台詞が変化したりする。この小さな変化を追うことが攻略の基本になっている。
● 文章・会話・イベントCGを積み重ねる1990年代らしいゲーム構成
ゲームの基本形は、文章による状況説明、キャラクターとの会話、選択肢、場所の移動、そしてイベントCGを組み合わせて物語を進めるアドベンチャー形式である。現在のゲームのような長時間のムービーやフルボイスを中心にするのではなく、静止画、文章、音楽、効果音によって場面を表現するところにPC-98時代らしさがある。
当時のアドベンチャーゲームでは、一枚のイベントCGそのものが大きなご褒美だった。新しいイベントへ到達し、今まで見たことのない画面が表示されることがプレイヤーのモチベーションになる。本作も『けっこう仮面』という視覚的なインパクトの強い題材だけに、文章だけでなく一枚絵を見る楽しみが非常に大きい。
● 『けっこう仮面』ならではのパロディ精神
『けっこう仮面』という作品そのものが、普通のヒーローものとは大きく異なっている。正体を仮面で隠した正義の人物が悪を倒すという基本構造は古典的なヒーロー作品を連想させるが、外見、戦い方、悪役の名前、学園の教育方針など、ほとんどすべての部分がパロディやギャグへ変換されている。
『おしおき伝説の巻』という大げさな副題も、この作品らしい。「伝説」という壮大な響きを持ちながら、実際に展開されるのはスパルタ学園を舞台とした奇妙で過激な騒動である。その落差こそが永井豪作品らしい面白さにつながっている。
● 登場キャラクターと物語の中心
作品最大の象徴は、当然ながら「けっこう仮面」である。スパルタ学園の横暴から生徒たちを救うために現れる謎の正義の味方で、顔だけを仮面で隠すという強烈なビジュアルが最大の特徴になっている。
そして、けっこう仮面と対になるのがスパルタ学園側の教師や関係者である。常識外れの教育方法を真剣に実行する彼らの存在があるからこそ、けっこう仮面の登場がより爽快で、より笑えるものになる。
高橋真弓をはじめとする生徒側の人物も重要である。彼女たちは学園の異常さをプレイヤーへ伝える役割を持っており、事件へ巻き込まれることでけっこう仮面が登場する理由を作り出す。
悪役では「サタンの足の爪」のように、一度聞けば忘れにくい人物が作品の世界観を象徴している。敵側まで徹底して大げさだからこそ、けっこう仮面という極端な正義の味方が自然に存在できるのである。
● PCゲーム用に描き直されたグラフィック
ゲーム化にあたっては、原作漫画を単純に取り込むのではなく、PCゲーム用のキャラクターグラフィックとして再構成されている。1990年代半ばのPC-98ゲームでは限られた色数を利用しながら、ドットの配置や陰影の付け方によって人物を豊かに見せる技術が成熟していた。
現在のフルカラーCGとはまったく異なるが、少ない色数の中で肌、髪、衣服、背景を描き分ける技法には独自の味わいがある。現在ではこのPC-98特有のグラフィック自体が、レトロゲームとしての鑑賞ポイントになっている。
● 前作から続く「シリーズ第2作」としての意味
本作は単発作品ではなく、前年の『けっこう仮面 おしおきパラダイスの巻』を受けて制作された続編である。わずか一年ほどの間隔で第2作が発売されたことからも、ゲーム版『けっこう仮面』が一作限りではなく、シリーズとして展開されたことが分かる。
前作経験者にとっては、「今度はどんな騒動が起こるのか」「新しいCGはどんなものか」「どのようにゲーム版世界が広がったのか」といった続編ならではの期待があった。
● 販売本数は不明だが、現在まで作品名が残っていること自体が重要
具体的な販売本数については、現在確認できる資料だけでは明確な数字を断定できない。そのため「何万本を売った大ヒット作」といった表現は避けるべきである。
一方、前作に続いて第2作が発売されたこと、現在でもレトロPCゲーム一覧や中古市場で作品名が確認できることから、完全に忘れ去られたタイトルではない。
1995年当時は数多く存在したPCゲームの一つだったものが、現在では「永井豪作品のPCゲーム化」「PC-98成年ADV」「フロッピーディスク時代のキャラクターゲーム」という複数の観点から振り返られる作品になっている。
■■■■ ゲームの魅力・攻略・好きなキャラクター
● 『けっこう仮面』でなければ成立しない異色のキャラクターゲーム
本作最大の魅力は、1990年代のPCゲーム市場でも非常に珍しい題材を利用していることである。当時の成年向けADVには学校生活や恋愛、伝奇、ミステリーなどさまざまな題材が存在したが、『けっこう仮面』ほど作品名だけで方向性が分かるゲームは少なかった。
原作そのものが非常に強烈であるため、ゲーム側が複雑な設定を一から説明しなくても、けっこう仮面が現れた瞬間に作品の空気が完成する。その強さこそが本作最大の武器である。
● シリアスになり過ぎない徹底した「悪ノリ」が楽しい
本作では、物語が必要以上にシリアスにならない。悪役側は真剣に異常な行動を行い、主人公も真剣に事件を追う。しかしプレイヤーから見ると、それらがすべて大げさなギャグとして成立している。
「真剣にくだらないことをする」という原作の精神がゲームでも生きており、重厚な物語とは違った意味で先の展開が気になる。
● 新しいCGを見ること自体が攻略の目的になる
PC-98時代のADVでは、新しいイベントCGを見ることが大きな楽しみだった。本作でも一つのイベントを突破することで新しい一枚絵が表示され、それがプレイヤーのご褒美になる。
現在では大量の画像がゲームへ収録されることが普通だが、当時は一枚のCGを見るために物語を進めるという感覚が強かった。『けっこう仮面』は視覚的なインパクトを重視する作品だけに、この仕組みとの相性が良い。
● 最も印象に残るキャラクターは、やはり「けっこう仮面」
好きなキャラクターを一人挙げるなら、やはりけっこう仮面である。理由は単純に奇抜だからではない。
普通のヒロインは会話や心理描写を積み重ねることで魅力を見せる。それに対してけっこう仮面は、登場した瞬間に画面全体を支配する。姿そのものが強烈であり、正義の味方としての格好良さとギャグが同時に成立する。
神出鬼没という設定もADVとの相性が良い。常に画面にいるわけではないからこそ、登場するたびに特別なイベントとして感じられる。
● 高橋真弓など生徒側の人物が世界観を支える
高橋真弓をはじめとする生徒側の人物は、スパルタ学園の異常さをプレイヤーへ伝えるために欠かせない。
彼女たちが教師たちの行動に驚き、困り、事件へ巻き込まれることで、プレイヤーも学園のおかしさを理解できる。そして状況がどうしようもなくなったところでけっこう仮面が登場する。
そのため脇役に見える生徒たちも、物語のリズムを作る重要な存在である。
● サタンの足の爪をはじめとする悪役側の存在感
『けっこう仮面』の世界では敵役も普通ではない。「サタンの足の爪」という名前からして極端であり、スパルタ学園そのものを悪の秘密組織のように見せてしまう。
この極端さが大切である。普通の悪人では、けっこう仮面の存在だけが浮いてしまう。敵側まで徹底して漫画的だからこそ、作品世界全体としてバランスが取れる。
● 基本攻略――正解だけを急がず、会話と探索を丁寧に行う
本作を攻略する基本は、会話できる人物とは一通り話し、移動可能な場所を確認し、イベントが発生した後には以前の場所へもう一度戻ることである。
昔のADVでは、一度調べた場所でも条件が変化すると新しいイベントが起こる場合がある。そのため「すでに行ったから関係ない」と考えると詰まりやすい。
物語が止まった場合は、まず人物との会話を再確認し、その後に移動できる場所を一通り回るとよい。
● 攻略の基本その1――セーブデータを複数残す
非常に重要なのがセーブ管理である。
「序盤」
「中盤」
「重要イベント前」
「大きな選択肢の前」
「終盤」
というように複数のデータを使い分けると攻略しやすくなる。
一つのセーブだけを上書きしていると、選択を間違えた時にかなり前からやり直すことになる可能性がある。別の選択肢を確認したい場合にも複数セーブは便利である。
● 攻略の基本その2――イベント後には以前の場所へ戻る
新しい情報を得た後、一度訪れた場所へ戻ることが重要である。
ある人物へ話しかける。
新しい情報を得る。
以前何もなかった場所へ戻る。
そこで別のイベントが始まる。
こうした進行は当時のADVで珍しくない。
行き詰まった時には「まだ行ったことのない場所」だけでなく、「以前行った場所に変化が起きていないか」を疑うことが重要になる。
● 攻略の基本その3――台詞そのものをヒントとして読む
会話は単なる物語ではなく攻略情報でもある。突然人物が特定の場所や人について話し始めた場合、それが次の行動を示している可能性がある。
誰がどこにいたのか。
誰について話しているのか。
事件が起きた時に誰が不在だったのか。
けっこう仮面の正体を追う物語である以上、こうした情報を意識しながら読むことで、ゲームをさらに楽しめる。
● クリア条件は「必要イベントを成立させ、物語を最後まで進めること」
RPGのようなレベル上げや装備収集は必要ない。クリアに必要なのは、シナリオ上必要となるイベントを順番に発生させることである。
したがって行き詰まった時は、主人公が弱いのではなく、まだ成立していないイベントフラグが存在すると考えるべきである。
会話、移動、再訪を丁寧に行えば、本筋を進めやすくなる。
● 難易度は操作面では低いが、現代ゲームより不親切
反射神経を要求される場面が中心ではないため、操作難度そのものは低い。しかし次の目的を細かく案内する機能が乏しいため、現代のプレイヤーには難しく感じることがある。
目的地マーカーも攻略チャートもない時代では、自分で会話を読み、次の行動を考えることがゲーム性だった。
これを面倒と感じるか、探索として楽しめるかで評価は変わる。
● 本作における実質的な必勝法
必勝法を三つにまとめるなら、
こまめにセーブすること。
イベント後に場所を再訪すること。
新しい情報を得たら関係者へもう一度話しかけること。
この三つである。
攻略の基本を守れば、無意味な総当たりをかなり減らすことができる。
● 裏技は根拠のない情報を信用しないことが重要
古いゲームでは「秘密コマンド」「CG全開放」「隠しモード」などの情報が語られることがある。しかし本作について、確実な公式裏技として確認できないものを断定するべきではない。
特定のキー操作でCGがすべて開放される、特定の名前でデバッグモードになる、といった根拠不明の情報は避け、通常プレイを基本とするのが確実である。
● 最も楽しい攻略法は「原作を知っていても主人公目線で遊ぶ」こと
原作を知っている人でも、ゲーム内ではあえて主人公と同じ視点になって遊ぶと面白い。
「この人物は怪しいのか」
「けっこう仮面はいつ現れるのか」
「今回のゲームではどのように正体の謎を扱うのか」
と考えながら遊べば、原作ファンでも新しい物語として楽しめる。
● 総合的な魅力――完璧な効率より作品の勢いを味わう
最短ルートでエンディングを見るだけなら、本作の魅力を十分に味わえない。
失敗する。
別の会話を見る。
キャラクターの妙な反応を楽しむ。
イベントCGを眺める。
学園内を何度も回る。
こうした無駄に見える行動まで含めて、『けっこう仮面2』というゲームの楽しさなのである。
■■■■ 感想・評判・口コミ
● 全体的な感想――完成度だけでは語れないPC-98時代の個性派作品
現在あらためて見ると、本作は最新ゲームのような大規模な演出や複雑なシステムを持つ作品ではない。それでも1995年、PC-9801、永井豪原作、成年向けADVという条件が重なったことで、非常に独自性の高い一本になっている。
単純に名作か駄作かという尺度だけではなく、「この時代だからこそ成立したゲーム」と考えると面白さが見えてくる。
● 原作ファンから見ると「ゲームの中へ入り込める」ことが魅力
原作ファンにとって最大の魅力は、スパルタ学園やけっこう仮面の世界へプレイヤー自身が参加できることである。
単なる漫画の再現ではなく、ゲーム独自の視点から人物と会話し、事件を追い、けっこう仮面へ近づいていく。そのため原作を知っていても次の展開に興味を持ちやすい。
● PC-98ユーザーから見ると題材の強さが最大の武器
1995年には大量のADVが発売されており、システムだけで競争するのは難しい時代だった。
その中で「けっこう仮面」という題材そのものが強力な差別化要素になった。名前を見ただけで内容の雰囲気が分かるため、完全新規タイトルより店頭で注目されやすかったと考えられる。
● 好意的に評価しやすいのは、原作らしい勢いと悪ノリ
本作を好きな人が評価しやすいのは、『けっこう仮面』らしい馬鹿馬鹿しさを大切にしているところである。
真面目な人物が異常なことを行い、それにさらに異常な正義の味方が対抗する。
この構造を理解できる人には非常に楽しい。
● PC-98グラフィックそのものに独特の味がある
現在の高解像度CGと比較すれば古い。しかしPC-98の限られた色数を利用した一枚絵には、現代とは異なる魅力がある。
ドット配置。
陰影。
輪郭。
色の組み合わせ。
こうした職人的な技術を見るだけでも、レトロゲームファンには興味深い。
● シナリオ評価は「緻密さ」より「勢い」を楽しめるかどうか
本格的な推理作品や壮大な伝奇ADVを期待すると物足りなく感じる可能性がある。一方で、奇妙な人物が次々と現れる漫画的な勢いを楽しめる人には向いている。
人物の心理を深く掘り下げる作品ではなく、騒動が次から次へと起こる娯楽作品として見るのが適している。
● 攻略方法は人によって評価が分かれやすい
昔のADVらしく、同じ場所へ戻ったり、同じ人物へ何度か話しかけたりする必要がある。
これを「自分でイベントを探す楽しさ」と感じる人もいれば、「面倒で不親切」と感じる人もいる。
現代のADVに慣れた人ほど後者になりやすい。
● キャラクターの評判では、けっこう仮面が圧倒的
やはりタイトルキャラクターの存在感が非常に大きい。単なる美少女ではなく、正義の味方とギャグキャラクターという二つの要素を同時に持っている。
一度見れば忘れにくい姿は、発売から年月が経った現在でも大きな武器になっている。
● 悪役側まで印象が強い
サタンの足の爪をはじめ、悪役側も現実的な人物とはほど遠い。
しかし、それこそが『けっこう仮面』なのである。
敵側も大げさだから、けっこう仮面も大げさでよい。全員が同じ世界観の中で暴走することによって作品全体のバランスが成立している。
● 当時遊んだ人にはゲーム内容以上に「PC-98で遊んだ記憶」が残る
当時のプレイヤーにとっては、
ゲームショップで箱を見る。
購入して持ち帰る。
フロッピーディスクを入れる。
読み込みを待つ。
場面に応じてディスクを扱う。
イベントCGを見る。
という一連の行動そのものがゲーム体験だった。
現在のデジタル配信とはまったく違う、この物理的な体験も懐かしさの一部になっている。
● 現在はゲーム以上に「文化資料」として見る人もいる
現在では、ゲームそのものだけでなくパッケージ、説明書、フロッピーディスクまで含めて収集対象になる。
特に30年以上前のPCゲームでは、完品で残る個体が徐々に減少するため、状態の良い商品にはコレクション価値が生まれる。
● 否定的な評価につながりやすいのはシステムの古さ
現代のADVに標準装備されていることが多い高速スキップ、便利なバックログ、ルートチャート、オート進行などを期待すると、かなり古く感じられる。
場面移動や読み込みにも時間がかかる。
この不便さを「レトロゲームらしさ」と楽しめるかどうかが重要になる。
● 万人向けではないが、それが現在では個性になっている
原作自体が非常に強烈で、ゲームも成年向けであるため、発売当時から万人向けとは言いにくかった。
しかし現在では、その特殊さこそが価値になっている。
「こんな企画のPCゲームまで存在した」という驚きは、現代のレトロゲームファンにとって非常に面白い。
● 口コミ的に一言でまとめれば「珍作だが忘れにくい」
万人へ勧める超大作というより、「こういうゲームが存在した」と誰かへ話したくなる作品である。
システムは古くても題材は強烈で、タイトルも画面も忘れにくい。
大量のPCゲームが発売された時代の中で、この「忘れにくさ」は非常に大きな個性である。
● 感想・評判の総まとめ
総合的には、すべての要素が高水準な万能型作品というより、非常に特殊な魅力を持った個性派レトロPCゲームと評価するのが適している。
原作ファンにはゲーム独自の物語。
PC-98ファンには当時の画面と操作。
コレクターにはパッケージ。
ゲーム史を調べる人にはメディアミックスの資料。
それぞれ違う価値を見いだせる作品である。
■■■■ 当時の宣伝・現在の中古市場など
● 発売された1995年はPC-98市場の大きな転換期
1995年は、PC-9801シリーズが依然として大きな市場を持つ一方、Windows時代への移行が本格化し始めていた時期である。
そのため本作は、PC-98向けADV文化が成熟しきった時期に発売された作品でありながら、同時に一つの時代の終盤を象徴するソフトでもある。
● 宣伝の中心は専門雑誌・ゲームショップ・パッケージ
現在のようなSNS広告や動画サイトが存在しない時代では、PCゲームを知る主な方法はゲーム雑誌、専門誌、新作リスト、ショップ店頭、通信販売広告などだった。
成年向けPCゲームを扱う専門媒体では新作画面やキャラクター紹介が掲載され、それを見て購入作品を選ぶ文化があった。
本作に関して特定の雑誌号や広告ページまで確実に確認できない場合は断定を避けるべきだが、当時のPCゲーム一般と同様、雑誌と店頭を中心とした宣伝環境の中で販売された作品だったと考えるのが自然である。
● 「けっこう仮面」というタイトルそのものが宣伝になった
完全新規の美少女ゲームとは違い、本作には原作の知名度が存在した。
永井豪。
けっこう仮面。
前年の第1作。
これらを知る人にとっては、パッケージを見ただけで何のゲームなのか理解しやすい。
「けっこう仮面のPCゲーム第2弾」という事実そのものが非常に分かりやすい広告になったのである。
● パッケージが商品の顔だった時代
1990年代のパソコンゲームでは、大きな箱が販売促進の重要な役割を担っていた。
ショップの棚で箱を見て購入を決めるため、タイトルロゴとキャラクターイラストは非常に重要だった。
『けっこう仮面2』はキャラクターそのものの視覚的インパクトが大きいため、店頭パッケージとの相性も良い。
● フロッピーディスク複数枚組という商品形態
本作はフロッピーディスクを利用した物理パッケージとして販売された。
現在のようにゲームデータを一瞬でダウンロードするのではなく、箱を購入し、中から複数のディスクを取り出し、実機へ読み込ませて遊ぶ。
説明書も含めて一つの商品だった。
この物理的な構成が、現在の中古価格に大きく影響している。
● 販売本数は明確な資料がないため断定しない
正確な販売本数について、信頼できる数字は確認しにくい。
したがって、
「数万本を販売した」
「年間ランキング上位だった」
「PC-98を代表する大ヒットになった」
といった表現を根拠なしに使うべきではない。
一方で、前年の第1作に続いて第2作が商品化されたことはシリーズとしての継続性を示している。
● 当時の人気は「超大作」より「題材で目立つ個性派作品」
1995年には多数の成年向けPCゲームが発売されており、本作だけが市場を独占していたわけではない。
むしろ『けっこう仮面』という有名タイトルによって存在感を出した作品と見るほうが自然である。
他のゲームと比較してタイトルだけでも非常に覚えやすく、原作ファンへ直接訴求できる点は大きな強みだった。
● 現在の中古市場ではコレクター向けレトロPCソフトへ変化
現在では通常の新品流通はなく、中古市場が中心になっている。
価格は数千円から1万円前後まで幅があり、箱・説明書・ディスクの状態、動作確認、販売店によって大きく変動する。
重要なのは、単純にタイトルだけで価格が決まるわけではないということである。
● オークションでは状態によって価格差が大きい
中古専門店で高めの価格が付いていても、個人オークションでは動作未確認品がそれより安く落札される場合がある。
つまり、
専門店の販売価格。
買取価格。
個人出品価格。
実際の落札価格。
を区別する必要がある。
特に古いPCソフトでは動作保証の有無が価格へ直結する。
● 「過去最高価格」は全取引を確認できないため断定できない
インターネット上に高額な出品が存在しても、それが実際にその価格で売れたとは限らない。
出品価格と落札価格は別物である。
そのため、本作について確認できない「歴代最高落札額」を作るべきではない。
中古市場を紹介する時には、確認できる販売例や落札例を参考程度に扱うのが適切である。
● 完品・動作品ほど将来的な価値が高くなりやすい
30年以上前のフロッピーディスクは経年劣化の問題を避けられない。
箱がある。
説明書がある。
ディスクがすべて揃っている。
正常に読み込める。
こうした条件を満たす個体は年月とともに減少していく可能性がある。
そのためゲーム内容だけでなく、保存状態がコレクション価値を左右する。
● 3.5インチ版と5.25インチ版は媒体違いとして考える
本作にはPC-98向けの複数媒体版が存在する。
ただし、それを家庭用ゲーム機への移植のような大幅な内容変更と考えるべきではない。
基本的には同じゲームを、使用するフロッピーディスク環境に合わせて提供したものと見るのが自然である。
現在では内容差よりも、どちらの媒体を集めたいかというコレクション上の違いが大きい。
● 中古購入では「動作未確認」に特に注意
実物を購入する場合、最も注意したいのがディスクの読み込み状態である。
「ディスクが揃っている」と「正常に動作する」は同じ意味ではない。
遊ぶ目的なら動作確認済みの商品を優先し、収集目的ならパッケージや説明書の保存状態まで確認するとよい。
● 家庭用ゲーム機や現行Windowsへの正式移植は確認しにくい
本作について、一般的な家庭用ゲーム機への正式な移植や、現行Windows用リメイク版などは確認しにくい。
そのため、現在のストアから気軽に購入して遊べるレトロゲームとは状況が異なる。
『けっこう仮面』には漫画・アニメ・実写作品などが存在するが、それらと1995年のPCゲーム版は別物である。
● 公式復刻がないことが実物ソフトの意味を大きくしている
古いPCゲームには復刻配信されているものもあるが、本作については一般ユーザーが容易に購入できる公式現行版を確認しにくい。
そのため、正規のオリジナル版という意味では中古フロッピーディスクが重要になる。
これが実物ソフトのコレクション価値を高める一因になっている。
● エミュレーションと公式移植は分けて考える必要がある
古いPC環境を再現する技術が存在していても、それとメーカーによる正式な再販売は別問題である。
「現代のパソコンで動作させる技術的手段がある」という話と、「公式ストアから合法的に現行版を購入できる」という話は混同してはいけない。
● 将来的な復刻では権利関係も重要になる
技術的には昔のADVを現代環境へ移すことは可能でも、原作付きゲームでは権利関係が複雑になりやすい。
原作。
ゲーム。
イラスト。
音楽。
当時の開発会社。
現在の販売プラットフォーム。
こうした条件を整理する必要があるため、古いゲームだから簡単に復刻できるとは限らない。
● 現在の価値は「有名原作×珍しいPC-98ゲーム」から生まれる
現在本作が興味を持たれる理由は、単純なゲーム評価だけではない。
永井豪作品。
けっこう仮面。
1995年。
PC-98。
成年向けADV。
シリーズ第2作。
フロッピーディスク。
これらの条件が重なることによって、後世から再発見されやすい。
● 発売当時と現在では商品の価値が大きく変わった
発売当時は遊ぶための商品だった。
現在では、
箱。
説明書。
ディスク。
ラベル。
保存状態。
まで含めて価値を持つ。
当時は単なる付属品だったものが、現在では歴史資料の一部になっているのである。
● 中古価格は単純な値上がり・値下がりだけでは判断できない
新品当時の価格と現在の中古価格を比較するだけでは、市場の変化を正確には理解できない。
状態、希少性、物価、販売店保証など条件がまったく異なるからである。
したがって「昔より何倍になった」と単純化するより、現在は保存状態によって数千円から1万円前後まで幅が生じる作品として考えるほうが現実的である。
● 当時より現在のほうが歴史的価値を説明しやすい作品
発売当時には数多くある新作PCゲームの一つだった。
しかし現在では、
永井豪作品のゲーム化史。
PC-98成年ゲーム文化。
1990年代のメディアミックス。
フロッピーディスク時代。
という複数の角度から見ることができる。
大ヒットだったと誇張しなくても、現在まで作品名と実物が残っていること自体が興味深いのである。
■■■■ 総合的なまとめ
● 1995年という時代を強く映した異色のPCゲーム
『けっこう仮面2 おしおき伝説の巻』は、単に昔の成年向けADVというだけでは説明しきれない。
永井豪作品。
漫画原作ゲーム。
PC-9801。
成年向けADV。
1995年。
シリーズ第2作。
これらすべてが組み合わさったことで、非常に独特な立ち位置を持つ作品になった。
● タイトルキャラクターを直接操作させない構成が面白い
ゲーム化で特に興味深いのは、けっこう仮面を最初から直接操作するヒーローゲームにしなかったことである。
プレイヤーは学園内部から事件を調べ、正体不明の彼女を追う。
この構成によって、原作最大の特徴の一つである「けっこう仮面とは何者なのか」という謎をゲームシステムへ自然に組み込んでいる。
● ゲームシステムより原作との組み合わせが魅力
システム自体は比較的オーソドックスなADVである。
しかし、
学園を移動する。
人物と話す。
情報を集める。
事件が発生する。
けっこう仮面が登場する。
という流れが原作とよく噛み合っている。
高度なゲームシステムを採用しなくても、題材との相性によって独自性を作ることができた作品である。
● 攻略は「難しい」というより昔のADVらしい
反射神経はほとんど必要ない。
重要なのは、
会話。
探索。
再訪。
セーブ。
イベントフラグ。
である。
現在のゲームほど親切ではないが、自分で進行条件を見つける楽しさがある。
● 複数セーブを残すだけで遊びやすさは大きく変わる
重要な場面では複数のセーブデータを残すことが有効である。
一周目ではストーリーを優先し、二周目で別の選択肢を試す。
この方法なら、攻略とイベント鑑賞を両立しやすい。
● キャラクターではけっこう仮面が圧倒的
ゲームをクリアした後に最も記憶へ残りやすいのは、やはりけっこう仮面である。
登場した瞬間に作品の雰囲気を変える。
正義の味方なのにギャグになる。
ギャグなのに敵を倒す時は爽快。
大胆な姿なのに顔だけは隠す。
この矛盾こそが最大の魅力である。
● 脇役と悪役がいるからこそ主役が輝く
高橋真弓などの生徒側キャラクターが学園の異常さを見せ、教師たちやサタンの足の爪のような悪役が極端な騒動を起こす。
その積み重ねがあるからこそ、けっこう仮面登場時のインパクトが大きくなる。
主役一人ではなく、世界全体が狂騒的だから成立する作品である。
● シナリオは重厚さより娯楽の勢いを楽しみたい
本作へ複雑な心理劇や本格推理を求めるより、漫画的な勢いを楽しむほうが適している。
次に何が起こるのか。
誰が騒動へ巻き込まれるのか。
いつけっこう仮面が現れるのか。
その予測不能さが楽しい。
● PC-98のCGは現在では歴史的な鑑賞対象
発売当時は最新のゲームCGだったものが、現在では独特のレトロ表現になっている。
少ない色数。
ドット。
陰影。
限られた容量。
こうした制約から生まれた絵には、現在の高解像度CGとは別の価値がある。
● 3.5インチ版と5.25インチ版は基本的に媒体の違い
PC-98向けの複数媒体版については、内容を大幅に変更した家庭用移植と考えるのではなく、使用環境に合わせた媒体違いとして見るのが自然である。
したがって、根拠なく片方だけに特別なイベントやエンディングがあると断定するべきではない。
● 家庭用ゲーム機版との完成度比較は成立しにくい
同タイトルの正式な家庭用ゲーム機移植や現行Windows向けリメイクは確認しにくいため、「PC-98版と家庭用版ではどちらが上か」という比較は基本的に成立しない。
『けっこう仮面』には映像作品も多数あるが、本PCゲームとは別作品である。
● 移植されていないことが現在の遊びにくさと希少性の両方につながる
正式な現行版を手軽に入手できないことは大きな弱点である。
しかし一方で、それによってオリジナルパッケージの存在感が高まっている。
ゲームを遊びたい人には不便。
コレクターには希少。
この二面性が現在の本作を象徴している。
● 中古市場では状態による差が非常に大きい
箱・説明書・ディスク完備の個体と、動作未確認・欠品ありの個体では価格が大きく異なる。
特にフロッピーディスクは磁気媒体であるため、30年以上経過した現在では正常動作するかどうかが重要になる。
遊ぶ目的なら動作確認。
保存目的なら完品性。
何を求めるかによって購入条件を変える必要がある。
● 販売本数が不明でもシリーズ第2作まで続いた意味はある
販売本数の明確な数字がなくても、前年の第1作に続いて第2作が作られたという事実は重要である。
少なくともゲーム版『けっこう仮面』という企画が一度で終了せず、続編として商品化された。
大ヒットの証拠ではないが、一定の企画価値が認められていたことを考える材料にはなる。
● 当時の位置付けは「市場を支配した作品」より「目立つ異色作」
本作を歴史的な超大作として過大評価する必要はない。
むしろ、
有名漫画原作。
成年向け。
PC-98。
シリーズもの。
という強烈な条件によって、多数のADVの中でも非常に識別しやすかった作品と評価するほうが自然である。
● 現在ではPC-98文化を伝える資料としても面白い
ゲーム一本を見るだけで、1990年代PC文化の多くを知ることができる。
フロッピーディスク。
大型パッケージ。
専門誌中心の宣伝。
16色系CG。
コマンド式ADV。
成年向けPC市場。
漫画作品のゲーム化。
これらすべてが一つのソフトへ詰め込まれている。
● 現代に遊ぶなら、最短攻略より当時のテンポを楽しむ
今から触れるなら、最初から答えだけを追うより、できるだけ自分で学園を回り、人物へ話しかけるほうが面白い。
行き詰まる。
考える。
別の場所へ行く。
イベントが発生する。
その一連の流れを味わうことで、1995年のADVらしさが分かる。
● 個人的に好きなところは、1990年代PC市場の企画の自由さ
現在から見ると、「なぜ『けっこう仮面』をPC-98用成年ADVとして二作品も作ったのか」と驚かされる。
しかし、その大胆さこそ当時のPCゲーム市場の面白さでもある。
漫画をゲームにする。
古い人気作品を再利用する。
ゲーム独自の主人公を作る。
PCユーザー向けにアレンジする。
続編まで制作する。
こうした自由な企画から生まれた作品だからこそ、現在では似たゲームを探すことが難しい。
● 最大の不満点は、現在正式に遊ぶ環境を作りにくいこと
実物ソフトの経年劣化、PC-98実機の維持、フロッピーディスクドライブの故障など、現在プレイするうえではさまざまな問題がある。
興味を持った人が簡単に正規購入できる現行版がないことは、作品保存という面でも惜しい。
将来的に権利関係が整理され、正式復刻されれば、ゲームファンだけでなくPCゲーム史を知る人にとっても価値のある再発売になるだろう。
● 総合評価――名作という言葉より「唯一無二の珍しい作品」が似合う
ゲーム史上最高のADVかと聞かれれば、そういう種類の作品ではない。
システムは古い。
操作も現在ほど便利ではない。
販売実績も明確ではない。
しかし、
原作。
時代。
ハード。
ゲーム形式。
キャラクター。
中古市場。
移植状況。
そのすべてを合わせた時、非常に珍しい一本になる。
同じ体験を別のゲームで代用することが難しいのである。
● 最終的なまとめ――『けっこう仮面』とPC-98文化が交差した、今では再現しにくいゲーム
『けっこう仮面2 おしおき伝説の巻』を最終的に一言でまとめるなら、「『けっこう仮面』という強烈な漫画世界と、1990年代のPC-98アドベンチャーゲーム文化が交差したことで生まれた、非常に時代性の強いキャラクターゲーム」である。
スパルタ学園の内部を歩き、登場人物と会話し、事件を追い、神出鬼没のけっこう仮面へ近づいていく。ゲームシステムそのものは現在から見れば単純でも、けっこう仮面を直接操作するのではなく、彼女を追う側へプレイヤーを置いたことで、原作の「正体不明のヒーロー」という特徴をADVへ自然に変換した。
キャラクターの中では、やはりけっこう仮面が圧倒的に印象へ残る。登場しただけでゲーム全体の空気を変えてしまう力があり、正義の味方としての爽快感と、永井豪作品らしい悪ノリを同時に成立させている。その周囲には高橋真弓をはじめとする生徒、常識外れの教師、サタンの足の爪のような悪役が配置され、作品世界全体で巨大なギャグを作り上げている。
攻略では高度な操作技術より、人物との会話、場所の再訪、イベントフラグの確認、複数セーブが重要になる。現在のゲームほど親切ではないが、その不便さまで含めて1990年代のADVらしい。
販売本数について明確な数字を断定することはできないものの、前作から第2作へ続いたことは事実であり、ゲーム版『けっこう仮面』が単発で終わらなかったことには意味がある。当時のPCゲーム市場全体を代表する巨大ヒットというより、原作の知名度と題材の奇抜さで強烈な存在感を示した個性派タイトルと見るのが適切だろう。
そして現在では、ゲームそのものだけではなく、箱、説明書、3.5インチまたは5.25インチのフロッピーディスクといった物理的な商品構成まで含めて価値を持つようになった。30年以上前の磁気メディアである以上、正常動作する個体や付属品の揃った完品は今後さらに貴重になる可能性がある。
同タイトルの一般的な家庭用ゲーム機版や現行Windows向け正式リメイクが確認しにくいこともあり、本作の中心は現在もPC-98版である。ゲーム内容だけを比較する家庭用移植版が存在しないため、3.5インチ版と5.25インチ版については基本的に媒体環境の違いとして考えるべきである。
1995年には単なる新作ゲームだった。
PC-98はその後主役の座を降りた。
フロッピーディスクも一般家庭から姿を消した。
ゲーム市場はパッケージ中心からデジタル配信中心へ変わった。
それでも『けっこう仮面2 おしおき伝説の巻』というタイトルは残り続けている。
最新ゲームと同じ基準だけで見れば、不便な部分は多い。しかし「1995年の日本では、こうした有名漫画原作までPC-98用の成年向けアドベンチャーゲームとして本格的に商品化されていた」という歴史を知るうえでは非常に面白い存在である。
派手な販売記録を残した大作ではなくても、一度知れば妙に忘れられない。
高度なシステムではなく、題材の強さで記憶へ残る。
便利で洗練された現代作品とは違い、不便さ、勢い、悪ノリ、PC-98特有の映像表現、そして1990年代という時代の空気を丸ごと閉じ込めている。
それこそが『けっこう仮面2 おしおき伝説の巻』の最大の魅力であり、30年以上が経過した現在でもレトロPCゲームとして振り返る価値がある最大の理由なのである。
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