『ウィル デス・トラップII』(パソコンゲーム)

楽天で『ウィル デス・トラップII』の商品をチェック!

【発売】:スクウェア
【対応パソコン】:PC-8801、PC-9801、X1、FM-7 など
【発売日】:1985年
【ジャンル】:アドベンチャーゲーム

[game-ue]

■ 概要・詳しい説明

スクウェア初期の方向性を決定づけたSFアドベンチャー

『ウィル デス・トラップII』は、1985年に当時のスクウェアから発売されたパソコン向けアドベンチャーゲームである。PC-8801、PC-9801、X1、FM-7、FM-77系など、当時の国内パソコン市場で主要な位置を占めていた複数の機種に展開され、キーボードから行動を入力して物語を進めるコマンド入力方式を採用していた。タイトルには前作『ザ・デス・トラップ』の続編であることを示す「THE DEATH TRAP II」の文字が添えられているが、作品全体の雰囲気は前作から大きく変化している。硬質なスパイ活劇を中心に据えていた前作に対し、本作では近未来の科学技術、地下施設、人工知能、核兵器、機械兵器、そして美少女型アンドロイドといった要素を前面に押し出し、アニメ作品のような華やかさを備えたSFサスペンスへと生まれ変わった。主人公リチャード・ベンソンの続投によって物語上のつながりは保たれているものの、前作を知らなければ理解できないような構成ではなく、一つの独立した事件として楽しめる内容になっている。制作の中心を担ったのは、後に『ファイナルファンタジー』シリーズで広く知られることになる坂口博信である。まだスクウェアがパソコンソフト制作を中心に活動していた時期の作品であり、若い制作者たちが限られた容量と性能の中で新しい映像表現を追求した、同社草創期を象徴する一本だった。

前作の続編でありながら大胆に転換された作風

前作『ザ・デス・トラップ』は、密林地帯を舞台に諜報員ベンソンが危険な任務へ挑む、ハードボイルド色の濃い作品だった。大人向けの乾いた台詞回しや死と隣り合わせの展開が特徴だった一方、探索範囲が広く、失敗すると即座に命を落とす場面も多かったため、当時のパソコン少年層にとってはやや近寄りにくい作品でもあった。本作ではそうした前作の性格を受け継ぎつつ、より幅広い利用者に印象を残せる方向へ企画が練り直されている。主人公は引き続きベンソンだが、舞台はジャングル中心の現実的な諜報作戦から、謎の孤島と巨大地下研究施設を巡る未来的な冒険へ移行した。さらに物語の中心人物として、少女の姿をしたアンドロイド「アイシャ」が登場する。無骨な男性主人公と清純な少女型アンドロイドを組み合わせることで、スパイ映画、SFアニメ、密室脱出、科学ミステリーという異なる魅力を一つにまとめている。この路線変更は単に物語を明るくしただけではない。パソコンゲームの商品棚で作品を目立たせるため、キャラクターの魅力と映像的な驚きを強く打ち出すという、当時としては先進的な考え方が採用されていた。

人類滅亡まで残された時間を描く物語

物語上の年代は1998年。アメリカの諜報員リチャード・ベンソンは、度重なる危険な任務から一時的に解放され、フロリダ州マイアミで休暇を過ごしていた。そばには恋人ジャスミンがおり、冷えたワインを楽しみながら、束の間の平穏に身を任せていた。しかし、その静かな時間は長く続かない。ワシントンの大統領専用通信回線へ、天才科学者Dr.ハワードを名乗る人物から異常な内容の通信が割り込んだのである。その人物は、人類を地球上から消し去ることを決意したと宣言し、自分の娘を死なせた世界全体に責任を取らせるという思想を示していた。しかも、一方的に破壊を開始するのではなく、人類側の代表として一人だけを島へ送り込むよう要求していた。その指名を受けた人物こそベンソンである。政府機関が通信の発信地点を調査した結果、南太平洋に浮かぶ孤島トリニア島が割り出される。さらに島の地下には、地球上の人類を滅ぼしてなお余るほどの核兵器が隠されている可能性が判明する。ベンソンに与えられた任務は、トリニア島へ単身潜入し、ハワードの正体と目的を確かめ、核攻撃が実行される前に計画を停止させることだった。

開始直後に覆される「悪の科学者を倒す物語」

ゲームはベンソンがトリニア島の海岸へ上陸したところから始まる。最初の段階では、狂気に取りつかれた科学者ハワードが島の奥に待ち構えており、主人公が数々の罠を突破して彼を捕らえるという展開が予想される。しかし島の西側にある小屋を調査すると、その予想は早々に崩される。小屋のベッドにはハワードの遺体が横たわっており、死後すでに相当な時間が経過していることが分かるのである。大統領回線へ脅迫通信が送られた時点で、ハワード本人はすでに死亡していたことになる。では、誰が人類滅亡を宣言したのか。誰が地下の兵器を動かそうとしているのか。この疑問が物語の新たな中心となる。小屋に残された日記、手紙、写真などを調べていくと、ハワードにはかつてアイシャという一人娘がいたこと、その娘を事故で失ったこと、そして同じ名前を与えた少女型アンドロイドを造っていたことが明らかになる。また、彼が自らの思想や命令を地下施設の人工知能へ引き継がせようとしていたことも示される。つまり本作で対峙する敵は、単純な悪人ではない。娘を失った悲しみから人類全体を憎むようになった科学者の意志と、その意志を命令として忠実に実行する人工知能なのである。題名に含まれる「WILL」には未来だけでなく、意志、決意、遺志といった意味も重ねられており、ハワードの死後も機械の中で生き続ける破壊の意志を象徴しているように感じられる。

コマンドを考えて入力する古典的なゲームシステム

ゲームの基本操作は、画面に描かれた状況を観察し、「ミル」「トル」「オス」「ヒラク」「ツカウ」「ウゴカス」などの動詞と対象物を組み合わせて入力する方式である。表示される文章と絵を手掛かりに、制作者が用意した適切な言葉を推測しなければならない。現在のアドベンチャーゲームのように選択肢が一覧表示されるわけではなく、プレイヤー自身が何をすべきか考え、その行動を言葉に変える必要がある。受け付けられるコマンドはカタカナを基本としているが、ローマ字からカナへ変換する入力機能が備えられているため、複雑なカナキー配列を意識せずに操作できる。移動については東西南北を表す言葉を毎回打ち込むだけでなく、テンキーを利用して方向を指定できる。さらにファンクションキーには入力補助機能が割り当てられており、直前に入力した単語や命令文を再利用できる。同じ対象へ異なる動詞を試す機会が多い作品だけに、以前の入力を呼び出せる機能は操作の負担を大きく軽減していた。

平面図と断面図を同時表示する親切な画面構成

本作の画面は、単に一枚絵と文章を上下に並べるだけではない。上部の右側に現在いる場所のグラフィック、左側にトリニア島の地図、下部に状況説明とコマンド入力欄が配置されている。地図は島を上から見た平面図と、地下施設の深さを示す断面図に分かれており、自分が島のどこにいるのか、地下何階まで降りているのかを視覚的に確認できる。現在地は点滅などによって示されるため、プレイヤーが方角を見失いにくい。コマンド入力式アドベンチャーでは、紙へ部屋のつながりを書き写すマッピング作業がほぼ必須だったが、『ウィル』ではゲーム画面そのものが簡易地図の役割を果たしていた。トリニア島は地上の海岸、林、小屋、岩山、研究室、中央施設などから構成され、その下に複数階層の研究区画、動力設備、通路、兵器制御装置などが広がっている。舞台全体の場面数は極端に多いわけではないが、一つの場所を一度調べただけで終わるとは限らない。別の場所で装置を停止させる、必要な道具を入手する、障害物を除去する、機械の状態を変えるといった操作によって、以前は進めなかった場所へ戻る必要が生じる。限られた空間を何度も往復させながら、島の構造と仕掛けの関係を理解させる設計になっている。

道具と機械装置を結び付ける複雑な謎解き

探索中には、指輪、レーザーガン、酒の入ったボトル、写真、手紙、コントローラー、バッテリーなど、さまざまな品物を入手する。これらは単に拾えばよいのではなく、どの場所でどのように使うかを考えなければならない。例えばハワードが身につけていた指輪は、秘密施設の認証装置に関係している。研究室で見つかるコントローラーは壊れているが、適切な方法で修理すれば、島の中央にある重力場発生装置を操作するための道具となる。この装置は普通の昇降機とは異なり、重力の方向や強さを変化させることで地上と地下を移動するという、SF作品らしい仕掛けである。地下にはメカノイドと呼ばれる機械兵器が待ち構えており、正面からレーザーガンを撃つだけでは倒せない場合もある。銃のエネルギーが不足していればバッテリーが必要になり、ある敵には別の道具や地形を利用しなければならない。動力室で切ったスイッチが離れた場所の装置へ影響するなど、操作と結果が同じ画面内で完結しない謎も多い。目の前の問題だけを見るのではなく、島全体を一つの巨大な機械として捉えることが攻略の基本となる。

ヒロイン・アイシャが物語に加わるまで

アイシャは本作を象徴するヒロインだが、ゲーム開始直後から主人公と行動するわけではない。序盤から彼女の存在を示す写真や記録は見つかるものの、本人は地下研究施設の奥にある生命維持カプセルの中で眠っている。プレイヤーはハワードの過去を調べ、研究室の仕掛けを解除し、複数のメカノイドを突破した末に、ようやく彼女が収容された区画へ到達することになる。音声入力装置へ名前を伝えることでカプセルが開き、アイシャがゆっくりと目を覚ます。この場面は物語上の重要な転換点であると同時に、本作最大の映像的な見せ場でもある。彼女はハワードが亡き娘を模して造ったアンドロイドであり、人間に近い外見と感情表現を持っている。しかし単なる救出対象ではなく、施設の内部事情を知る存在として、ベンソンの行動に深く関わっていく。目覚めた後にはアイシャと会話する専用の場面もあり、入力する言葉によって表情や反応が変わる。物語の進行に必要な質問だけでなく、さまざまな単語を試して彼女の返答を確認すること自体が遊びになっている。

タイトル画面のまばたきが示した新しい映像表現

『ウィル デス・トラップII』を語るうえで最も有名なのが、タイトル画面に描かれたアイシャのまばたきである。静止画で表示された少女の顔が、ゆっくりと目を閉じ、再び開く。現代の感覚ではごく短い動作に見えるが、1985年の国産パソコンゲームでは、グラフィックを高速で書き換えて自然な動きを作ること自体が大きな技術的挑戦だった。従来のアドベンチャーゲームにも、画面の一部分を点滅させたり、物体を単純に移動させたりする演出は存在したが、本作はキャラクターや機械の動きを作品全体へ積極的に取り入れた。海岸では波が打ち寄せ、地下では触手や蛇を思わせる敵がうごめき、重力場発生装置では配線や文字列が動き、地図上の現在地や各種ランプが点滅する。アイシャがカプセルから目覚める場面では、まぶたの状態を段階的に変えた複数の画像を切り替えることで、眠りから覚醒する過程を連続的に見せている。単に絵が美しいだけでなく、入力に対する反応を素早く返し、静止画の一部を動かして場面に生命を与えることが、本作の商品上の大きな武器だった。

限られたディスク容量へ詰め込まれた技術

グラフィック、文章、地図、アニメーション、効果音、入力解析、隠し要素を備えながら、それらの多くを限られた容量のフロッピーディスクへ収録していた点も、本作の技術的な特徴だった。当時のパソコンは現在とは比べものにならないほどメモリ容量が少なく、フロッピーディスクから大きな画像を読み込むだけでも時間がかかった。多数の絵をそのまま保存すれば容量が不足し、細かく圧縮し過ぎれば表示のたびに長い待ち時間が発生する。本作では画像データの圧縮方法、メモリ上への展開、画面上の一部分だけを書き換える処理などを工夫し、容量と速度の両立を図っている。人物のまばたきでは顔全体を何度も描き直すのではなく、目の周辺など必要な部分を切り替えることで動きを表現する。機械装置の表示では、文字列やランプ、配線など、変化する領域だけを更新する。これにより、動画データを再生できない時代のパソコンでありながら、プレイヤーには画面全体が生きて動いているような印象を与えた。

緊張感を和らげる隠れキャラクターと遊び心

人類滅亡という重い目的を扱う一方で、本作には物語の進行とまったく関係のない冗談や隠し演出が数多く用意されている。ゲーム開始直後の海岸で通常の攻略には使わない特定の言葉を入力すると、空に小さなUFOが現れる。海中や海岸付近で変わった命令を試すと、歯を磨く巨大なサメを思わせるキャラクターが登場することもある。このほかにも、当時の漫画やアニメを連想させる図柄、壁の装飾へ紛れ込んだ小さなキャラクターなどが隠されている。これらは核兵器の停止にもアイシャの救出にも必要なく、発見しても得点や道具が増えるわけではない。それでも制作者は、プレイヤーが攻略とは無関係な言葉を入力する可能性まで想定し、その行為に映像で応えた。コマンド入力式ゲームでは、正解の言葉が見つからないと同じ場所で長時間悩むことになる。そこで、行き詰まった時に冗談半分の言葉を試すと予想外の絵が現れる仕組みは、緊張を和らげる役割も果たしていた。

主な登場人物とそれぞれの役割

主人公リチャード・ベンソンは、危険な任務を何度も生き延びてきた腕利きの諜報員である。状況がどれほど深刻でも皮肉や気取った台詞を忘れない人物として描かれ、無人島の施設を一人で調査し、故障した機械をその場で修理し、兵器を扱い、海中まで探索するなど、非常に高い行動力を持つ。前作から続投した唯一の中心人物であり、現実的なスパイ世界と本作の荒唐無稽なSF世界をつなぐ存在でもある。アイシャはハワードの娘を再現するように造られた少女型アンドロイドで、本作のヒロインである。人間と見分けがつかない外見を持ち、表情や会話を通じて感情を示すため、単なる機械ではなく、一人の少女としてプレイヤーに意識される。Dr.ハワードは人類抹殺計画を生み出した天才科学者であり、物語の発端となる人物だが、主人公が島へ到着した時にはすでに死亡している。彼は娘を失った悲しみから人類社会を憎み、自分の死後も計画が続くよう人工知能へ意志を託していた。地下施設を管理する人工知能は、ハワードの思想を機械的に実行する事実上の敵である。人間のような憎しみを抱いているというより、与えられた命令を論理的に遂行している点に恐ろしさがある。恋人ジャスミンは冒頭でベンソンと休暇を過ごしている女性であり、彼が本来戻るべき平穏な生活を象徴する。

人工知能の論理を逆に利用するSF的な構成

本作では、敵を武器の力だけで破壊すれば解決するとは限らない。地下施設を支配している人工知能は、人類抹殺という大規模な命令を受けており、通常の操作や説得では停止しない。探索中に発見する新聞記事や研究記録には、過去にハワードが人工知能へ矛盾する命令を与え、論理処理を停止させた事件が記されている。この情報は単なる世界観の説明ではなく、最終的に兵器システムを止める方法を考えるための重要な手掛かりとなる。プレイヤーは物理的な鍵やバッテリーを探すだけでなく、人工知能がどのように命令を理解し、どのような条件で矛盾を起こすのかを推測しなければならない。物語の冒頭では核兵器や機械兵器の圧倒的な力が脅威として示されるが、最後に必要となるのは力ではなく言葉と論理である。コマンド入力というゲーム形式そのものが、人工知能へ命令を与える物語上の行為と重なっている。プレイヤーはゲームのプログラムへ正しい言葉を入力して道を開き、作中のベンソンもまた地下の人工知能へ適切な言葉を与えて破滅を防ごうとする。入力する単語を探す遊びが、そのまま物語の決着に結び付くよう設計されているのである。

販売本数以上に大きかった作品の存在感

本作の正確な機種別販売本数については、一般に確認できる詳細な資料が乏しい。しかし前作が商業的に苦戦したとされる一方、『ウィル』はアイシャのまばたきと高速な画面表示がパソコン雑誌や販売店で注目され、スクウェア初期のヒット作として語られるようになった。大きめのパッケージは店頭で目立ち、雑誌広告では美少女型アンドロイドとアニメーション、高速表示という分かりやすい特徴が強調された。場面数や文章量の多さではなく、実際に画面が動くという一目で理解できる驚きを宣伝材料にしたことが成功につながったと考えられる。本作によってスクウェアは、無名に近い新興ソフト開発集団から、技術力と映像表現に優れたメーカーとして認識されるようになった。その後に発売された『クルーズチェイサー ブラスティー』や『アルファ』でもアニメーションとキャラクター表現が押し出され、さらに家庭用ゲーム機市場へ進出していく。したがって『ウィル』は、単独作品としての人気だけでなく、スクウェアという会社がどのような魅力を武器にしていくのかを示した転換点として重要である。

黎明期のアドベンチャーゲームから映像作品への橋渡し

『ウィル デス・トラップII』の本質は、古典的なコマンド入力アドベンチャーへ、アニメーション、キャラクター性、映画的な場面転換を持ち込んだ点にある。ゲームの構造自体は、場所を調べ、道具を集め、正しい動詞を推測するという1980年代前半の形式を受け継いでいる。入力可能な単語が分からなければ先へ進めず、誤った行動によって後半で行き詰まることもあるため、操作面では決して親切な作品ばかりではない。しかし画面内の地図、入力履歴の再利用、ローマ字カナ変換といった補助機能により、旧来の方式を少しでも快適にしようという工夫が見られる。そして、その上にアイシャという明確なヒロイン、徐々に明らかになる科学者の悲劇、人工知能との論理的対決、随所で動くグラフィックを重ねることで、単なる「正解の単語を当てるゲーム」から「映像と物語を体験するゲーム」へ近づこうとしている。後年の視点から見ればアニメーションは小規模であり、物語の場面数も決して多くない。それでも1985年当時、静止していることが当然だったパソコンの画面で少女がゆっくりとまばたきをする光景は、ゲームの未来を感じさせる出来事だった。『ウィル デス・トラップII』は、スクウェアが後年まで追求し続ける映像美、ドラマ性、技術的な驚きの原型を備えた作品であり、日本のパソコンアドベンチャーが文章中心の形式から視覚的な物語表現へ移り変わる過程を記録した、歴史的にも興味深い一本なのである。

■■■

■ ゲームの魅力・攻略・好きなキャラクター

静止画中心の時代に「動く物語」を体験させた魅力

『ウィル デス・トラップII』の大きな魅力は、1985年当時のパソコン用アドベンチャーゲームとしては珍しいほど、視覚的な演出を重視していたことにある。当時のアドベンチャーゲームでは、文章を読みながら一枚の背景画を調べ、正しい命令を入力して次の場面へ移る形式が一般的だった。グラフィックが用意されていても基本的には静止しており、画面の変化は別の場所へ移動した時や、重要な事件が発生した時に限られることが多かった。その中で本作は、ヒロインであるアイシャのまばたき、海岸に打ち寄せる波、機械装置のランプや配線、敵メカノイドの動きなどを取り入れ、画面内に時間が流れているような感覚を作り出していた。現在のゲームと比較すれば動きは小規模だが、当時の利用者にとっては、描かれた人物が突然目を閉じたり、機械の一部が反応したりするだけでも強烈な驚きがあった。ゲームの映像が単なる説明図ではなく、物語の緊迫感や登場人物の感情を伝える演出として働いていたのである。とりわけ印象的なのが、タイトル画面や生命維持カプセルの場面で見られるアイシャの表情である。少女の顔を大きく表示し、目の開閉によって生きているように見せる演出は、作品内容を知らない人にも一目で特徴が伝わるものだった。ゲームを開始する前から「この少女は誰なのか」「なぜ眠っているのか」という疑問が生まれ、その疑問が島の探索を続ける動機になる。映像上の仕掛けが単なる技術自慢で終わらず、ヒロインへの関心と物語の謎を結び付けているところに、本作の巧みさがある。

孤島と地下施設を往復する閉鎖空間の面白さ

舞台となるトリニア島は、広大な世界を自由に旅する場所ではなく、海岸、林、小屋、研究施設、岩山、地下通路、動力設備などが密接につながった閉鎖空間である。場面の総数だけを見れば巨大なゲームではないが、一度通過した場所へ何度も戻り、別の場所で得た情報や道具によって新しい反応を引き出す構造になっている。そのため、ゲーム開始直後には何もないように思えた海岸や小屋が、後半になると重要な手掛かりを持つ場所へ変わる。限られた舞台を繰り返し探索することで、プレイヤーは徐々に島の構造を把握し、最初は無関係に見えた装置同士のつながりを理解していく。地上では、ハワードが残した日記や写真などを通して事件の背景を調べる。一方、地下へ進むと、物語の焦点は過去の調査から現在進行中の危機へ移り、メカノイド、重力装置、制御室、核兵器発射システムといった直接的な脅威が増えていく。この地上と地下の対比も魅力の一つである。地上には科学者が人間として生活していた痕跡があり、娘を失った悲しみや孤独を感じさせる。地下には、その悲しみから生まれた破壊計画が巨大な機械設備として存在している。プレイヤーは小さな手紙や写真から始まった個人的な悲劇が、やがて人類全体を滅ぼす規模へ拡大してしまったことを、探索を通して実感することになる。

文章を読むだけでは解けない観察型の謎解き

本作の謎解きでは、画面に表示された文章だけでなく、グラフィックの細部を見ることが重要になる。床や壁に描かれた装置、机の上に置かれた小物、人物の手元、機械のランプなどが、入力すべき対象を示している場合がある。ただし、画面内に描かれているすべての物が調べられるとは限らず、反対に目立たない物が重要なこともある。そのため、初めて入った場所では、説明文に記された名詞を一つずつ調べるだけでなく、画面を観察して文章に書かれていない物を探す必要がある。基本となる攻略方法は、「見る」「調べる」「取る」「動かす」「開ける」「押す」「使う」といった一般的な動詞を、場所にある物へ順番に試していくことである。しかし、単純に命令を総当たりするだけでは効率が悪い。重要なのは、その場所が何のために作られたのかを考えることである。研究室なら記録や実験装置、動力室なら電源や配線、警備区画なら認証装置や武器が存在すると予想できる。背景設定から必要な行動を推理すれば、入力候補を絞り込める。

攻略の基本となる「調査・記録・保存」の三原則

本作を安定して進めるためには、まず新しい場所へ入るたびに詳しく調べることが欠かせない。説明文を一度読んだだけで移動すると、後に必要となる道具や情報を見逃しやすい。特に手紙、日記、新聞、写真、機械の表示などは、物語を理解する資料であると同時に、別の場所で使う名前、番号、命令、論理的な手掛かりを含んでいることがある。読んだ文章は簡単にメモしておくとよい。次に重要なのが、場所と装置の関係を記録することである。画面には平面図と断面図が表示されるため、完全な手書き地図を作らなくても現在地は分かる。しかし、どの部屋に何があったのか、どの扉が開かなかったのか、どの装置に電源が入っていなかったのかまでは記録されない。「地下二階の東側に電力不足の扉」「研究室に壊れたコントローラー」「海岸付近に海中へ続く場所」といった簡単なメモを残せば、道具を入手した時に戻るべき場所を判断しやすくなる。三つ目が、異なる場面で複数のセーブデータを作ることである。本作には、その時点では成功に見えても、後になって必要な道具や条件を失ったことが判明する行動が存在する。重要な道具を使う前、敵と対峙する前、新しい地下階層へ進む前には保存しておきたい。

単純な戦闘では突破できないメカノイドの存在

地下施設には、侵入者を排除するための機械兵器であるメカノイドが配置されている。ベンソンはレーザーガンなどの武器を扱えるが、敵を見つけたらすぐ攻撃すればよいわけではない。メカノイドによって耐久力や弱点、周囲の環境が異なり、武器だけでは突破できない場合がある。ここで求められるのは、戦闘ゲームのような反射神経ではなく、敵の構造と場面の仕掛けを観察する力である。レーザーガンを使用する場合も、エネルギー源が十分であるか確認しなければならない。バッテリーが装着されていなければ発射できず、無駄撃ちによって後の場面で困る可能性もある。機械の敵に対しては、周辺の電源を切る、動きを止める、別の装置を利用する、障害物を動かして進路を確保するといった方法も考えられる。正面から戦う方法が最も分かりやすくても、それが正しい攻略法とは限らない。攻略では、敵に遭遇した直後に保存し、まず周囲を十分に調べることが有効である。

重力場発生装置が生み出すSFらしい仕掛け

本作の舞台を特徴づける装置の一つが、重力を制御して地下への移動を可能にする設備である。一般的なエレベーターではなく、重力場そのものを操作するという発想によって、トリニア島が通常の秘密基地とは異なる高度な科学施設であることを印象づけている。装置を動かすには、関連するコントローラーや電源を正常な状態にしなければならない。操作に必要な道具を見つけても、故障したままでは使えず、修理方法を考える必要がある。この仕掛けは物語上の演出として面白いだけでなく、攻略の進行を区切る役割も担っている。序盤では地上を中心に探索し、ハワードの正体と地下施設の存在を知る。重力装置を利用できるようになると、舞台が一気に地下へ広がり、物語の緊張感が高まる。装置の配線や表示が動く演出もあり、長時間のコマンド入力による探索の後に、機械が作動する視覚的な成果を見せてくれる。正しい手順を組み立てて巨大設備を動かしたという実感が得られる場面であり、本作の謎解きとアニメーション表現がうまく結び付いた例といえる。

アイシャを目覚めさせるまでの達成感

本作のヒロインであるアイシャは、物語の宣伝やタイトル画面では大きく扱われているが、ゲームの序盤から行動を共にするわけではない。プレイヤーは、島に残された写真や記録を調査する中で彼女の存在を知り、地下施設の奥に眠っていることを突き止める。つまりアイシャとの出会いそのものが、前半から中盤にかけての大きな目標になっている。生命維持カプセルへたどり着くだけでは彼女を起こせない。カプセルの認証方法を理解し、アイシャの名前とハワードの記録を結び付け、適切な操作を行う必要がある。長い探索の末にカプセルが開き、少女がまぶたを動かして目を覚ます場面は、本作の技術的な見せ場であると同時に、プレイヤーへの明確な報酬でもある。それまで断片的な情報や静止した写真でしか知らなかった人物が、自分の操作によって反応し始めるため、単なるイベント以上の感動が生まれる。

好きなキャラクターとして挙げたいアイシャの存在感

登場人物の中で最も魅力的なのは、やはりアイシャである。彼女は美少女型アンドロイドという視覚的な分かりやすさを持ちながら、物語の中心にあるハワードの悲劇と人工知能の問題を同時に象徴している。ハワードにとってアイシャは、事故で失った娘を取り戻そうとする願いの結晶である。しかし、亡くなった人間を機械で再現する行為は、父親の愛情だけでなく、現実を受け入れられない執着も表している。アイシャ自身には人類を憎む理由がないにもかかわらず、彼女の存在をきっかけとして人類抹殺計画が生まれている。この矛盾が、彼女を単純な救出対象ではない印象深いキャラクターにしている。アンドロイドでありながら少女らしい表情を見せ、ベンソンの言葉に反応する様子からは、機械と人間の境界が曖昧になっていることが感じられる。地下施設を管理する人工知能が命令を機械的に実行する冷たい存在であるのに対し、アイシャは同じ人工物でありながら、人間に近い感情と温かさを持つ。この対比によって、本作は「機械だから危険なのではなく、機械へ何を与えるかが重要である」という主題を表現している。

主人公リチャード・ベンソンの万能さとハードボイルドな味わい

主人公リチャード・ベンソンも、本作の魅力を支える重要な人物である。彼は危険な島へ単身で上陸し、海へ潜り、研究記録を分析し、故障した装置を修理し、武器を扱い、人工知能の論理まで理解する。現実的に考えればあまりにも万能だが、1980年代のスパイ映画や冒険小説の主人公らしい格好良さがある。緊迫した状況でも気取った態度を崩さず、ときには場違いなほど余裕のある言葉を口にするところも特徴である。前作から続投しているものの、物語上の設定説明は最小限に抑えられているため、本作から始めても問題なく感情移入できる。プレイヤーはベンソンの過去を詳しく知るというより、彼の視点を借りて島を調査する。外見や性格を強く押し出し過ぎず、プレイヤーの分身として機能させながら、要所ではハードボイルドな台詞によって個性を見せる作りである。

敵であり被害者でもあるDr.ハワード

Dr.ハワードは、ゲーム開始時にはすでに死亡しているため、ベンソンの前へ直接姿を現して戦う悪役ではない。それでも、島にある装置、日記、研究資料、人工知能の命令など、ほぼすべての要素に彼の存在が残っている。プレイヤーは本人と会話できないまま、彼が何を考え、なぜ人類を滅ぼそうとしたのかを調査することになる。この構成によって、ハワードは姿の見えない支配者として強い存在感を放つ。娘を失った悲しみは同情できるが、その原因を人類全体の罪と考え、無関係な人々まで抹殺しようとする決断は正当化できない。彼は悲劇の被害者であると同時に、自ら新たな悲劇を生み出そうとした加害者でもある。さらに、自分が死んだ後も計画が続くよう人工知能へ命令を残したことで、個人の怒りを永続的な破壊装置へ変えてしまった。この人物像があるため、本作の物語は単なる正義と悪の対決では終わらない。

終盤で重要になる人工知能の論理的矛盾

本作の最終的な攻略では、人工知能を物理的に破壊するだけではなく、その命令体系に矛盾を生じさせる考え方が重要になる。地下施設を管理する人工知能は、ハワードから人類を滅ぼすよう指示されている。一方で、施設やアイシャを守ることも命令されている可能性があり、状況によっては複数の目的が衝突する。プレイヤーは島に残された資料から、人工知能が矛盾する命令を同時に処理できなくなる性質を読み取り、それを停止へ結び付ける必要がある。ここで注意したいのは、終盤に到達してから突然答えを考えるのでは遅いという点である。序盤で見つかる新聞記事や研究資料にも、人工知能の事故や過去の実験についての情報が含まれている。物語に関係のない背景説明だと思って読み飛ばすと、最後の場面で何を入力すべきか分からなくなる。攻略に必要な知識が道具として所持品欄へ入るのではなく、プレイヤー自身の記憶やメモに保存されるのが本作の特徴である。

エンディングへ到達するための総合的な条件

エンディングへ到達するには、単に地下施設の最深部へ行くだけでは足りない。まず地上でハワードの死とアイシャの存在を確認し、施設への侵入方法を見つける必要がある。次に重力場発生装置を正常に動かし、地下の各区画を移動できる状態にする。途中で遭遇するメカノイドを適切な方法で突破し、必要な武器やバッテリー、認証に使う物、装置を操作するための部品を確保しなければならない。さらに、生命維持カプセルを開いてアイシャを目覚めさせ、彼女から施設や人工知能に関する情報を得ることも重要である。最後には核兵器の発射を止め、ハワードの命令を実行し続ける人工知能を機能停止へ追い込む必要がある。攻略の流れを大きく整理すると、地上調査、秘密入口の発見、地下移動手段の確保、敵メカノイドの突破、アイシャの覚醒、人工知能の性質の理解、核攻撃の停止という順序になる。ただし各段階は完全に一直線ではなく、地下で見つけた道具を地上へ持ち帰ったり、地上の資料を読み直したりする必要がある。

進行不能を避けるための具体的な注意点

本作の難しさは、入力する言葉を推測することだけではない。間違った方法でもその場を通過できてしまい、後から行き詰まる可能性がある。特に武器、バッテリー、修理に使える部品、認証に関係する品物は慎重に扱いたい。何かを破壊する命令が通ったとしても、それが最善とは限らない。扉や装置を壊す前に、開く、動かす、修理する、電源を切る、別の道具を使うといった方法を試すべきである。道具を入手した時は、すぐに使うのではなく、どの場所に対応する物なのか考える。説明文に「古い」「壊れている」「電力が不足している」「何かを差し込む穴がある」といった表現があれば、後で別の道具が必要になる可能性が高い。使用後に道具がなくなった場合は、その選択が正しかったか確認するため、少し先まで進めてから保存する方が安全である。また、重要な人物名や装置名は正確に記録しておきたい。

難易度の高さを生み出すコマンド入力の壁

『ウィル デス・トラップII』の難易度は、現在のアドベンチャーゲームと比較すると高めである。最大の理由は、プレイヤーが実行可能な命令を一覧から選べないことにある。解決方法を頭の中で理解していても、ゲームが認識する単語を入力できなければ進まない。例えば「機械を直すべきだ」と分かっていても、「ナオス」「シュウリ」「ツカウ」などのどの言葉が必要なのかを試さなければならない。対象物の名称についても、画面では細長い装置に見えていても、ゲーム内では別の名称で登録されている場合がある。一方で、ローマ字カナ変換、テンキーによる移動、直前のコマンドを呼び出すファンクションキーなど、入力の手間を軽減する仕組みは整えられている。難しいのはキー操作そのものではなく、制作者の想定した言葉へたどり着くことである。現代の感覚では不親切に思えるが、正解の言葉を発見すること自体がパズルの一部だった。

本筋から外れた入力に反応する隠し要素

本作には、エンディング到達とは無関係な隠しキャラクターや冗談の演出が各所に仕込まれている。代表的なのが、海岸で普通なら入力しないような言葉を使うと出現するUFOや、海に関係する特殊な命令によって姿を見せるユーモラスなサメ風のキャラクターである。そのほかにも、当時の漫画やアニメを連想させる小さな図柄や、攻略上は意味のない反応が用意されている。これらの隠し要素は、現在のゲームにおける実績や収集品のように一覧で管理されるものではない。見つけても物語が変化するわけではなく、得点が加算されるわけでもない。それでも、制作者がプレイヤーのふざけた入力まで予測して反応を用意していることが楽しい。攻略に詰まった時、正解とは思えない言葉を入力して遊んでみると、突然特別な絵が表示される。この予想外のやり取りによって、ゲームのプログラムの向こう側にいる制作者の存在が感じられる。

楽しみ方は最短攻略だけではない

『ウィル デス・トラップII』は、攻略情報を見ながら最短手順で進めることもできるが、それだけでは作品の魅力を十分に味わいにくい。各場面でさまざまな物を調べ、失敗時の反応や冗談の文章を読むことに価値がある。正解以外の命令に対しても特徴的な返答が表示される場合があり、ベンソンの皮肉な性格や制作者の遊び心を感じられる。初回プレイでは、重要な情報だけでなく、気になった文章や不思議な図柄も記録しながら進めるとよい。アイシャとの会話では、攻略に必要な質問だけで終わらせず、名前、感情、ハワード、島、ベンソン自身など、思いつく言葉を入力して反応を確かめたい。二度目のプレイでは、最初の攻略で使わなかった命令や別の突破方法を試し、隠しキャラクターを探す遊び方ができる。

攻略情報を使う場合にも残しておきたい発見の喜び

コマンド入力型ゲームに慣れていない場合、完全に自力でクリアしようとすると、単語探しだけで長時間止まる可能性がある。そのため、攻略情報を利用すること自体は悪くない。ただし、最初から全手順をそのまま入力すると、本作の中心である観察と推理の面白さが失われてしまう。おすすめなのは、答えではなく次に調べる場所だけを見る方法である。「研究室を再調査する」「海岸に戻る」「人工知能の記録を読む」といった方向だけ確認し、具体的なコマンドは自分で考えると、達成感を保ちやすい。特に終盤の論理的な謎は、作中資料を読み直すことで解けるよう作られている。すぐに正解の命令を見る前に、ハワードの過去、人工知能の事故、アイシャの役割、施設を守る命令と人類を滅ぼす命令の関係を整理してみたい。

欠点と難しさが独特の達成感へ変わる作品

本作は、現代の基準では不便な部分も多い。同じ場所を何度も往復しなければならず、正しい行動を理解していても単語が合わなければ進めない。誤った方法で問題を解決すると、かなり後になって進行不能になることもある。所持品の用途が明確に説明されず、重要な資料を読み落とすと終盤の謎が理解できない。こうした点は、純粋に遊びやすさだけを求める人には厳しく感じられるだろう。しかし、その不便さがすべて欠点として働くわけではない。紙にメモを取り、場所のつながりを考え、道具の用途を推測し、何度も言葉を試した末に画面が動いた時には、選択肢式のゲームとは異なる手応えがある。自分が本当に秘密施設を調査し、機械へ命令を与えているような感覚が生まれる。

ゲーム自体の総合的なアピールポイント

『ウィル デス・トラップII』の魅力をまとめると、第一に美少女型アンドロイドのアイシャを中心としたキャラクター表現、第二に画面の一部を動かすアニメーション技術、第三に孤島と地下施設を往復する緊密な舞台構成、第四に道具と論理を組み合わせた謎解き、第五に制作者の遊び心を感じさせる隠し要素が挙げられる。物語は、人類滅亡を阻止するスパイ活劇として始まりながら、死者の意志を機械へ残すことの危険性や、人間とアンドロイドの違いへ踏み込んでいく。謎解きでは、機械を破壊する力よりも、資料を読み、矛盾を見つけ、適切な言葉を選ぶ知性が重視される。主人公ベンソンのハードボイルドな雰囲気と、アイシャのアニメ的な可愛らしさが同居している点も独特である。クリアするためには根気が必要だが、アイシャが目を覚ます瞬間、巨大な装置が動き出す場面、人工知能の論理を突き崩して核攻撃を止める終盤には、長い試行錯誤に見合う達成感がある。

■■■

■ 感想・評判・口コミ

発売当時の第一印象を支配した「画面が動く」という驚き

『ウィル デス・トラップII』を発売当時に体験した人々の感想で、最も強く語られやすいのがグラフィックの動きに対する驚きである。1985年前後の国産パソコン用アドベンチャーゲームでは、場面が切り替わるたびに一枚の絵が描画され、その下に状況説明が表示される形式が主流だった。絵の美しさや表示速度は作品を評価する重要な基準だったが、描かれた人物が継続的に動くことはまだ珍しかった。そのため、タイトル画面に登場するアイシャが目を閉じ、再び開くという短い動作だけでも、多くの利用者にとって十分な衝撃となった。現在の映像表現から見れば数枚の画像を切り替えただけの簡素なアニメーションだが、当時は「パソコンの中に描かれた少女が生きているように見えた」「静止画だと思って眺めていたら突然まばたきをして驚いた」といった種類の感想を生みやすい演出だったのである。アイシャのまばたきは単なる技術的な実験ではなく、ゲームを起動した直後に作品の価値を伝える広告塔の役割を果たしていた。

アイシャの可愛らしさを高く評価する反応

本作に対する感想では、ゲームシステム以上にヒロインのアイシャへ注目が集まりやすい。亡き少女をモデルに造られた美少女型アンドロイドという設定、長い眠りから目覚める場面、プレイヤーの入力に反応して表情を変える会話演出など、1980年代半ばのパソコンゲームとしてはキャラクターを印象づける工夫が多かったからである。当時のパソコンゲームでは、女性キャラクターがパッケージや広告で大きく描かれていても、本編では一枚絵として表示されるだけという場合が少なくなかった。それに対してアイシャは、物語の謎、科学者ハワードの過去、人工知能の暴走、人類抹殺計画を結び付ける中心人物であり、作品全体を象徴する存在だった。プレイヤーの間では、アイシャを目覚めさせる場面を本作最大の見せ場として挙げる評価が多くなりやすい。無人の島と地下施設を一人で探索し続けた後で、ようやく会話可能な相手が現れる構成も、彼女への親近感を強めていた。

SF映画のような設定に引き込まれたという評価

物語については、孤島に隠された地下基地、地球を滅ぼせるほどの核兵器、死者の命令を受け継ぐ人工知能、少女型アンドロイドといった要素を組み合わせたSF的な雰囲気が評価されている。ゲーム開始時点では、狂気に陥った科学者を追い詰める単純なスパイ任務に見えるが、早い段階でハワードの遺体が発見され、事件の前提が覆される。この展開によって、「死んでいるはずの人物がなぜ脅迫通信を送ったのか」という新たな謎が生まれ、プレイヤーは島の設備だけでなく、ハワードの過去そのものを調査することになる。こうした構成に対しては、短い場面数の中でも物語に意外性があり、先を確かめたくなるという好意的な感想が生まれやすい。とりわけ、最終的な敵が生身の悪人ではなく、死者の遺志を実行し続ける人工知能である点は、当時の作品として印象的だった。

ハードボイルドと美少女SFの混在を面白がる声

主人公リチャード・ベンソンは、前作から続投した腕利きの諜報員であり、気取った台詞や危険を恐れない態度を見せる。一方で、本作の中心には清純な美少女型アンドロイドのアイシャが置かれている。この組み合わせは、硬派な海外スパイ映画と日本のアニメ的なSF作品を一つにしたような独特の味わいを生み出している。真剣な人類滅亡の危機を扱いながら、隠しキャラクターや冗談の入力反応も用意されているため、作品全体の雰囲気は必ずしも一方向ではない。しかし、その統一され過ぎていない感覚こそが、1980年代の国産パソコンゲームらしい自由さとして好まれている。利用者によっては散漫に感じる可能性もあるが、別の見方をすれば、若い制作陣が面白いと思ったものを容量の許す限り詰め込んだ勢いのある作品である。

コマンド入力の楽しさを支持するプレイヤーの感想

コマンド入力方式については、利用者の経験や好みによって評価が大きく分かれる。肯定的な人は、自分で動詞と対象物を考えて入力する行為に、秘密基地を実際に調査しているような感覚があったと評価する。画面内の物を見つけ、「ミル」「トル」「オス」「ウゴカス」「シュウリ」などの言葉を試し、想定された命令にたどり着いた時には、選択肢から答えを選ぶ方式よりも強い達成感が得られる。失敗した入力に対しても独特の返答が表示されることがあり、制作者と文章を通じてやり取りしているような面白さがある。また、本作にはローマ字入力からカナへ変換する機能や、直前の命令を呼び出すファンクションキーが備えられていたため、同時代の作品と比べれば入力作業そのものは工夫されていた。

正解の単語が分からない苦しさへの不満

一方で、本作の難しさや不親切さを指摘する感想も多くなりやすい。コマンド入力式では、プレイヤーが解決方法を理解していても、プログラムに登録された言葉と一致しなければ行動が成立しない。壊れた機械を直すべきだと分かっていても、「ナオス」「シュウリ」「ツカウ」「セツゾク」など、どの表現を受け付けるのかは試すまで分からない。対象物の名称についても、見た目から想像した呼び名とゲーム側の登録語が異なる場合がある。このため、推理そのものではなく単語探しで行き詰まり、長時間同じ場所から動けなくなることがある。こうした状態は、当時のアドベンチャーゲームでは珍しくなかったが、現在の視点では理不尽と受け取られやすい。逆に、この不親切さを含めて古典的アドベンチャーの醍醐味と考える利用者もいるため、操作方式に対する評価は世代によって大きく異なる。

進行不能につながる仕掛けへの厳しい評価

本作で特に厳しいと感じられやすいのが、その場では成功したように見える行動が、後になって進行不能を引き起こす可能性である。敵を倒すために貴重な武器やエネルギーを使い過ぎる、重要な機械を乱暴に破壊する、別の場所で必要になる道具を誤った用途へ使うといった行動によって、かなり先まで進んだ後でやり直しを迫られる場合がある。問題を解決する方法が複数あるように見えても、最終的には特定の手段を選ばなければならない場面があり、初見でそれを判断するのは難しい。この設計については、「慎重に考える必要があって面白い」という肯定的な意見よりも、「失敗したことがすぐに分からないのは厳しい」という不満の方が出やすい。セーブを細かく分ける習慣がない人は、長時間分の進行を失う可能性があるためである。

短い場面数を密度の高い往復で補った構成への反応

ゲーム内に用意された場面数は、巨大な世界を扱う作品ほど多くない。そのため、初めて全体像を知った利用者からは、ボリュームが小さいと感じる反応もあり得る。しかし実際には、一度訪れた場所を別の道具や情報を得た後で再調査する必要があり、単純に場面を順番に通過するだけでは終わらない。同じ研究室でも、最初に入った時、装置を修理した後、電源状態を変えた後では意味が異なる。地上と地下を何度も行き来し、別の場所の操作が遠く離れた設備へ影響するため、舞台全体が一つの巨大な仕掛けとして機能している。この構成を好む人は、限られた場所を無駄なく使い、少ない場面数でも濃密な探索を実現していると評価する。一方で、同じ通路を繰り返し移動することを負担に感じる人からは、往復が多く展開が遅いという感想も出る。

物語の核心へ情報を積み重ねる構成への好意的な評価

本作では長い会話イベントによってすべてを説明するのではなく、ハワードの遺体、日記、手紙、新聞記事、写真、地下施設の設備などを少しずつ調べることで事件の背景が分かっていく。この情報の積み重ねを面白いと感じる利用者は多い。開始時には人類を脅迫する生身の科学者を想像していたのに、遺体の発見によってその前提が崩れ、次にアンドロイドの存在が浮かび、最終的に人工知能が計画を実行していると判明する。プレイヤーが島を探索する順序と、物語の真相が明らかになる順序が重なっているため、自分で事件を解明したという手応えが生まれる。資料の中には終盤の攻略へ直接関係する内容もあり、物語を理解することがゲームを解く行為になる。文章を読み飛ばして道具だけ集めようとすると最後に困るため、設定や背景を丁寧に読む人ほど本作を高く評価しやすい。

隠しキャラクターを探す遊びへの好評

本筋とは関係のない隠しキャラクターや冗談の反応も、プレイヤーの記憶に残りやすい要素である。海岸で通常の攻略には使わない言葉を入力するとUFOが現れる、海に関係する変わった命令でユーモラスなキャラクターが表示されるなど、制作者が遊びとして仕込んだ映像が存在する。これらは攻略上の報酬を与えるものではなく、見つけても物語の展開は変わらない。しかし、正解を探すために大量の言葉を入力するコマンド式ゲームでは、意外な反応が返ってくること自体が大きな喜びになる。行き詰まってふざけた言葉を入力したところ、突然特別な絵が現れたという体験は、攻略手順を正しく進めた時とは異なる思い出として残る。こうした仕掛けからは、制作者がプレイヤーの行動を細かく想像し、正解以外にも楽しみを用意しようとしていたことが伝わる。

音や演出の少なさを想像力で補う楽しみ

現代のアドベンチャーゲームでは、音楽、音声、効果音、映像によって場面の感情が細かく演出される。それに比べると『ウィル デス・トラップII』の表現は限定的であり、長時間の探索では静かな画面と文章に向き合う時間が多い。この簡素さを寂しいと感じる利用者もいるが、反対に文章と数枚の画像から施設の音や空気を想像する余地があるという評価もできる。海岸に打ち寄せる波、無人の小屋に残された遺体、低い機械音が響いていそうな地下通路、生命維持カプセルの中で眠る少女など、画面に表示されない情報をプレイヤー自身が補うことで、作品世界が広がっていく。本作のアニメーションが大きな驚きとなったのも、通常は想像によって補っていた動きを、突然画面上で直接見せたからである。

前作との違いに対する賛否

前作『ザ・デス・トラップ』を知るプレイヤーから見ると、本作は続編でありながら大幅に作風が変わった作品である。主人公ベンソンは同じでも、現実的な諜報活動とハードボイルドな雰囲気を中心とした前作に対し、本作は美少女アンドロイド、人工知能、重力装置、機械兵器といったSF要素を強く押し出している。そのため、前作の延長を期待した人からは、別作品のようだという戸惑いが生まれる。一方で、物語上のつながりが薄いからこそ、本作から始めても問題なく楽しめるという利点がある。シリーズ物にありがちな過去作の知識を要求せず、ベンソンという主人公だけを引き継いで新しい世界へ挑戦した点は、自由な続編作りとして好意的に受け止められる。

現在のプレイヤーが感じる歴史資料としての価値

現在、本作を新たに知る人の多くは、純粋な新作ゲームとしてではなく、スクウェアの初期作品や日本のパソコンゲーム史に関心を持って触れることになる。その視点では、遊びやすさよりも歴史的な意味が高く評価される。後に映画的な演出と魅力的なキャラクターを武器に大きく成長するスクウェアが、まだ小規模な開発体制だった時期から映像表現へ強い関心を持っていたことが、本作を通して確認できるからである。アイシャのまばたきは技術的には単純でも、制作者が「一枚絵をもっと生きたものに見せたい」と考えていた証拠である。地図表示、入力補助、短いアニメーション、キャラクターとの会話、隠し演出など、限られた性能の中でプレイヤーを驚かせる工夫が随所に見られる。

現代基準では厳しいが忘れにくい作品という評価

総合的な評判をまとめると、『ウィル デス・トラップII』は、誰にでも気軽にすすめられる遊びやすい作品ではない。コマンド入力の言葉探し、繰り返しの移動、重要な情報の見落とし、後から判明する進行不能など、現在では改善されることの多い問題を抱えている。物語の展開も短く、キャラクター同士の会話量や心理描写は後世の作品ほど豊富ではない。しかし、それらの欠点を差し引いても、アイシャがまばたきをする場面、無人島の地下に広がる秘密施設、死者の命令を実行し続ける人工知能、論理的な矛盾を利用した決着など、記憶に残る要素が多い。遊んでいる最中は不親切さに悩まされても、後から振り返ると特定の画面や苦労した謎が強く思い出される種類のゲームである。

口コミや感想から見える本作の総合評価

本作に対する好意的な反応では、「当時としては絵が美しく、動きに驚かされた」「アイシャの存在が忘れられない」「孤島の地下施設を調査する雰囲気が良い」「人工知能を論理で停止させる終盤が面白い」「隠しキャラクターを探すのが楽しい」といった点が中心になる。否定的な反応では、「必要な単語が分かりにくい」「正しいつもりの行動が認識されない」「途中で進行不能になったことに後から気づく」「同じ場所の往復が多い」「ヒントが少なく自力攻略が難しい」といった問題が挙げられる。つまり、映像表現、設定、キャラクター、発想には高い評価が集まりやすい一方、操作性と攻略上の公平さには厳しい評価が向けられやすい作品である。それでも『ウィル デス・トラップII』が長く語られている理由は、欠点のない完成品だったからではない。1985年のパソコンで少女をまばたきさせ、画面の中の人物を生きているように見せようとした意欲、スパイ物から美少女SFへ大胆に転換した企画、正解と無関係な入力にも反応を用意した遊び心が、多くの人の記憶に残ったからである。

■■■

■ 当時の宣伝・現在の中古市場など

映像の動きを最大の武器にした発売当時の宣伝

『ウィル デス・トラップII』が発売された1985年当時、パソコンゲームの宣伝では、画面写真、物語の概要、場面数、使用ディスク枚数、対応機種などを雑誌広告に掲載する方法が一般的だった。その中で本作が強く打ち出したのは、単純なシナリオの規模ではなく、グラフィックを短時間で表示し、画面の一部を連続的に動かす技術である。通常のアドベンチャーゲームでは、新しい場所へ移動するたびに絵が少しずつ描かれ、完成するまで待たされることも珍しくなかったため、表示の速さそのものが商品の価値になったのである。しかも本作では、高速表示を待ち時間の短縮だけに使わず、アイシャのまばたき、海岸の波、敵メカノイド、重力装置の配線や表示などを動かす演出へ発展させた。広告を見た段階で「少女が動くアドベンチャーゲーム」という特徴を理解できるようにし、専門的な技術説明よりも視覚的な驚きを前面へ押し出していた。

ヒロイン・アイシャを中心に据えた広告戦略

本作の宣伝で最も重要な役割を果たしたのは、美少女型アンドロイドのアイシャである。物語の主人公は前作から続投したリチャード・ベンソンだが、パッケージやタイトル画面、雑誌に掲載された画面写真では、アイシャの顔と瞳が強い印象を残す構成が採られた。前作が諜報員を主人公とする硬派なスパイ物だったのに対し、本作は清純な少女型アンドロイドを前面へ出すことで、作品の方向転換を一目で伝えている。これは単に女性キャラクターを飾りとして使ったのではなく、アイシャのまばたきという映像上の特徴を、そのまま広告の中心へ結び付けた戦略であった。当時は動画を雑誌の紙面で直接見せることができないため、目を開いた状態と閉じた状態の画面を並べたり、アニメーション処理があることを大きな文章で説明したりすることで、実際に起動した時の驚きを想像させた。

パソコン専門誌が主要な情報源だった時代

1980年代半ばのパソコンゲーム市場では、現在のような動画配信、公式SNS、ダウンロード体験版は存在せず、利用者が新作を知る主要な手段はパソコン専門誌だった。『ウィル デス・トラップII』も、広告、紹介記事、新作一覧、レビュー、攻略記事などを通じて読者へ認知されていった。多数のメーカーが新作広告を掲載し、限られた紙面の中でグラフィックや見出しの強さを競っていた。雑誌記事では、アイシャのアニメーションだけでなく、画面に地図が表示されること、ローマ字カナ変換を備えること、孤島と地下基地を探索するSFアドベンチャーであることなどが説明材料になったと考えられる。パソコン本体は機種ごとの違いが大きかったため、読者に自分の所有機種で遊べることを知らせる対応機種表記も、販売上きわめて重要だった。

店頭デモと口コミで効果を発揮したアニメーション

紙面広告以上に本作の特徴を伝えやすかったのが、パソコンショップの店頭デモである。雑誌では静止した画面しか見せられないが、店頭のパソコンでタイトル画面を表示すれば、アイシャが突然まばたきをする様子をその場で確認できる。文字による説明を読まなくても、従来の静止画中心のゲームとは異なることが直感的に伝わった。画面の前で人が足を止めれば、周囲の客も興味を持ち、販売員が物語や操作方法を説明するきっかけになる。当時のパソコンゲームは、現在よりも購入前に実際の映像を見る機会が少なかったため、短い時間で驚きを与えられるデモは大きな宣伝効果を持っていた。本作のアニメーションは長大な映像ではないが、少女が目を閉じて再び開くという分かりやすい動作だったからこそ、店頭で繰り返し流す宣伝に向いていたのである。

パッケージと商品としての存在感

本作のパッケージは、ゲーム内容を保存するための箱であると同時に、売り場で目立つ広告媒体でもあった。1980年代のパソコンソフトには、書籍に近い箱、ビデオケース型、大型の紙箱など多様な形態があり、各メーカーが独自のデザインを競っていた。『ウィル デス・トラップII』では、作品名、スクウェアのブランド表記、アイシャを中心としたイメージを組み合わせ、硬派な軍事物よりも神秘的なSF作品として見せる方向が選ばれている。対応機種によってディスクの規格やラベル表記は異なるが、基本的には同じ作品イメージを共有し、複数機種へ展開されるスクウェア作品としての統一感を持たせていた。現在の中古市場では、この外箱が残っているかどうかが価格に大きく影響する。ディスクだけでもゲーム資料として価値はあるが、パッケージ、説明書、付属紙、登録用紙などがそろっている個体は、発売当時の商品形態を保存しているため、収集品として一段高く評価されやすい。

当時として標準的な価格帯で販売された作品

本作は、当時のパソコンゲームとして標準的な価格帯で販売されていたとされる。極端に高価な部類ではないが、少年層が気軽に何本も購入できる価格でもなかった。利用者は雑誌の紹介や店頭デモを確認し、本当に遊びたい作品を慎重に選んでいた。そのため、タイトル画面で一瞬にして違いを見せられることは、購入候補へ入るうえで重要だった。ゲームのボリュームを数字だけで比較すると場面数は必ずしも多くないが、アニメーション、複雑な謎解き、地図表示、入力補助機能などを盛り込み、価格に見合う技術的な新しさを訴えたのである。また、複数機種版は必ずしも同時に発売されたわけではなく、各機種への移植作業に合わせて順次展開されたと考えられる。

スクウェア初期のヒット作として語られる販売実績

本作の販売実績については、スクウェア最初期のヒット作として紹介されることが多い。当時の国内パソコン市場は、同一作品をPC-8801、PC-9801、X1、FM-7など複数の規格へ移植して販売する構造であり、家庭用ゲーム機の大作と同じ基準で本数を比較することはできない。また、機種別本数、出荷と実売の区別、集計期間を示した詳細な公式資料は一般に確認しにくい。そのため、特定の販売本数を確定情報として断定することは避けるべきである。それでも、本作の後にスクウェアが『クルーズチェイサー ブラスティー』『アルファ』など、映像表現を前面に出したパソコン作品を継続したことからも、『ウィル』の方向性が市場で一定の成果を得たことは読み取れる。

攻略本や雑誌記事が販売を支えた時代

本作のようなコマンド入力型アドベンチャーでは、雑誌の攻略記事も販売後の話題を維持する重要な役割を果たした。正解となる単語が分からない、誤った方法で進行不能になる、人工知能へ与える命令が思いつかないといった問題を抱えた利用者は、雑誌の質問欄、攻略コーナー、単行本形式のアドベンチャーゲーム解説書を参考にした。攻略情報には、すべての正解を順番に掲載するものだけでなく、必要な道具、注意すべき進行不能、アイシャを目覚めさせる条件などを段階的に示すものもあった。雑誌で攻略対象に選ばれることは、発売後も作品名が読者の目に触れ続けることを意味する。また、友人同士で正解のコマンドを教え合うことも、現在のオンライン攻略情報に相当する口コミの一つだった。

長期間限られていた正規の再プレイ手段

オリジナル版の販売終了後、本作を正規に遊ぶ方法は長い間限られていた。PC-8801やPC-9801などの実機、正常に読み込めるフロッピーディスク、対応するモニターや周辺機器をそろえる必要があり、年月の経過とともに再生環境の維持は難しくなった。その後、復刻サービスによってスクウェア初期作品を現代のパソコン上で遊べる環境が整えられ、本作にも正規に触れやすくなった。復刻版の存在は、ゲーム内容を体験したい人にとって大きな意味を持つ。一方で、オリジナル版のフロッピーディスクや外箱は、単なるプレイ手段ではなく、発売当時の製品を保存する収集品としての性格を強めている。

現在の中古市場では常時大量に出回る作品ではない

『ウィル デス・トラップII』のオリジナル版は、現在もオークションやフリマサービスへ出品されることがあるが、家庭用ゲーム機の有名作品のように常時多数の在庫が並ぶ商品ではない。PC-8801版やPC-9801版は比較的確認しやすい一方、X1版やFM-7・FM-77系の版は出品機会が少なく、探している時期に必ず購入できるとは限らない。機種ごとに対応ディスクが異なるため、同じ題名でも購入者の需要は分かれる。実機で遊びたい人は所有する本体に合った版を選ばなければならず、収集目的の人は各機種版を別商品として扱う。出品タイトルに「WILL」「デス・トラップII」「スクウェア」など複数の表記が使われるため、検索時には題名を変えて調べる必要もある。

中古価格に大きな幅が生まれる理由

中古市場では、ディスクのみの品、説明書付き、外箱付き、付属品完備、動作確認済みなど、商品の状態によって価格が大きく変わる。ディスク単体や傷みの強い個体は比較的安く取引される場合がある一方、外箱、説明書、ラベル、付属紙などがそろった保存状態の良い商品は高額になりやすい。オークションの落札額と、フリマや中古ショップが設定する販売希望価格にも違いがある。オークションでは入札者同士の競争で価格が決まるが、ショップでは在庫の希少性や保管費用を考慮して高めに設定されることがある。そのため、一つの高額出品だけを見て、それが市場全体の相場だと判断することはできない。

高額化を左右する付属品と保存状態

中古価格を大きく左右する第一の条件は、パッケージと付属品の有無である。ディスク単体、ディスクと説明書、箱付き、帯付き、付属紙完備では、同じ機種版でも収集価値が変わる。特に外箱は紙製で傷みやすく、長い年月の間に日焼け、色あせ、潰れ、破れ、値札跡、カビなどが生じるため、良好な状態で残っている個体は少ない。説明書についても、書き込み、折れ、ページの欠落があるかどうかが重要になる。第二の条件はディスクの状態である。磁気媒体は外観がきれいでも正常に読み込めない場合があり、「動作確認済み」「動作保証あり」という表記は価格を押し上げる。第三の条件が機種で、流通量が少ない版は市場へ出る機会そのものが限られる。ただし、希少な版であっても対応実機の所有者が少なければ、必ず高額になるとは限らない。希少性と需要の釣り合いによって価格が決まる点が、レトロパソコンソフト市場の特徴である。

価格推移を正確に示すことが難しい理由

本作の中古価格が過去からどのように変化したかを、連続したグラフのように示すことは難しい。出品数が少なく、機種、状態、付属品、動作確認の条件が統一されていないからである。さらに、古いオークション記録は一定期間を過ぎると検索しにくくなり、フリマサービスでは売却価格が非公開になったり、商品ページが削除されたりすることもある。近年はスクウェア初期作品への歴史的関心が高まり、坂口博信の初期作品、国産アドベンチャーゲーム史、PC-8801やFM-7のソフト収集といった複数の分野から需要が生まれている。そのため、状態の良い完品は以前より高く評価されやすいと考えられるが、すべての個体が一律に値上がりしているとは断定できない。

過去最高価格を断定できない中古市場

中古市場について「過去最高の価格」を示す場合には注意が必要である。公開されている検索結果だけでは、発売当時から現在までのすべての店頭販売、個人売買、オークション、専門店取引を確認できない。箱、説明書、付属品が完全にそろった未使用級の個体や、複数のスクウェア初期作品をまとめたセットが高値で取引された可能性もあるが、それを本作単品の最高額として比較することはできない。中古価格の記事では、確認できる落札例や販売希望価格を示したうえで、「公開記録だけでは過去最高を確定できない」と考えることが重要である。

購入前に確認したい実機用ソフト特有の問題

オリジナル版を購入する場合は、コレクション目的なのか、実際に遊ぶ目的なのかを最初に決める必要がある。実機でのプレイを目的とするなら、対応機種、ディスク形式、必要なドライブ、メモリ条件などを確認しなければならない。PC-8801用とPC-9801用は互換商品ではなく、X1版やFM-7版もそれぞれの環境が必要である。商品名に本体名が書かれていても、ラベル写真や説明書の対応表記を確認した方が安全である。また、「動作確認済み」という表記も、どの本体でどこまで確認したのかによって意味が変わる。起動だけを確認したものと、セーブやディスク読み込みまで確認したものは同じではない。磁気ディスクは輸送後に状態が変化する可能性もあるため、返品や保証の条件も重要である。単純にゲームを体験したい場合は復刻版を選び、現物は歴史資料や収集品として購入する方が現実的である。

今後も価格を支えるスクウェア史上の価値

『ウィル デス・トラップII』が中古市場で一定の需要を保つ最大の理由は、単なる1985年のアドベンチャーゲームではなく、スクウェアの初期史を示す作品だからである。後に世界的なRPGメーカーとなるスクウェアが、まだパソコンソフトを中心に活動していた時代に、キャラクターと映像表現を商品価値へ変えた転換点として位置づけられる。『ファイナルファンタジー』以前のスクウェア作品を集めたい人、1980年代の国産アドベンチャーゲームを保存したい人、PC-8801やFM-7などの機種別ソフトを収集する人が、それぞれ異なる理由で本作を求める。復刻版が存在してもオリジナル版の価値が消えないのは、当時の箱や磁気ディスクそのものが、開発会社とパソコン文化の歴史を伝える資料になっているためである。

宣伝と中古市場から見た本作の総合的な位置づけ

発売当時の『ウィル デス・トラップII』は、雑誌広告、パソコンショップの店頭デモ、専門誌の記事、攻略情報、利用者同士の口コミを通して広がった。その宣伝の中心にあったのは、長大な文章量や複雑な数値ではなく、アイシャが目を動かすという誰にでも分かる映像上の驚きだった。画面表示の速さを技術的な利点として示し、その速さをキャラクターの生命感へ変換したところに、スクウェア初期の宣伝の巧みさがある。後年には正規復刻され、遊ぶだけならオリジナル版を購入しなくても接触できる一方、当時のディスクやパッケージは歴史的な収集品として価値を持つようになった。かつては画面上の少女が動くことによって商品価値を生み、現在はその少女を動かした当時のディスクとパッケージ自体が文化的価値を持つようになった。この変化こそが、本作が一時代の話題作にとどまらず、スクウェアと国産パソコンゲームの歴史を象徴する一本として残り続けている理由なのである。

■■■

■ 総合的なまとめ

黎明期のスクウェアを象徴する意欲的なアドベンチャーゲーム

『ウィル デス・トラップII』は、1985年の国産パソコンゲーム市場において、コマンド入力式アドベンチャーの伝統的な仕組みと、キャラクターを中心に据えた視覚的な演出を結び付けた意欲作である。後に『ファイナルファンタジー』シリーズを生み出すスクウェアが、まだパソコンソフトを主力としていた時代に制作した作品であり、同社が早い段階から物語、映像、人物の魅力を重視していたことを示している。ゲームの基本構造は、画面に描かれた状況を観察し、キーボードから動詞と対象物を入力して探索を進めるという古典的なものだった。しかし、タイトル画面でまばたきをする少女型アンドロイドのアイシャ、画面内で動く機械装置、波や敵の簡易アニメーション、現在位置を示す地図などを導入することで、静止画と文章が中心だった当時のアドベンチャーゲームへ新鮮な生命感を与えた。現在の基準では小さな動きに見えても、1985年当時のパソコン環境で人物の表情を変化させ、ゲーム画面を映像作品のように見せようとした試みには大きな意味がある。本作は単に古いパソコンゲームというだけではなく、後のスクウェアが得意とする映画的な見せ方や、印象的なヒロインを物語の中心へ置く制作姿勢の原点を確認できる作品なのである。

続編でありながら前作から大きく踏み出した作品

題名に「デス・トラップII」とあるように、本作は1984年に発売された『ザ・デス・トラップ』の続編として制作された。主人公も前作と同じ諜報員リチャード・ベンソンであり、危険な任務へ単身で挑むハードボイルドな人物像が引き継がれている。しかし、作品の雰囲気、舞台、敵、ヒロイン、物語の主題は大きく変化しており、前作をそのまま拡張した内容ではない。現実的な諜報活動や救出作戦を描いた前作に対し、本作では孤島の地下基地、人工知能、アンドロイド、重力制御装置、核兵器といったSF的な要素が前面に押し出された。前作との直接的なつながりを期待すると別作品のように感じられる一方、前作の知識がなくても物語を理解できるため、独立したSFアドベンチャーとして入りやすい構成になっている。この大胆な転換は、従来の作風を守るよりも、当時のパソコン利用者へ新しい驚きを届けることを優先した結果と考えられる。

孤島探索から人工知能との対決へ発展する物語

物語は、南太平洋に浮かぶトリニア島へ潜入したベンソンが、人類抹殺を宣言した科学者Dr.ハワードを止めようとするところから始まる。ところが、島の小屋で発見されたハワードはすでに死亡しており、脅迫通信が送られた時点で本人が行動できる状態ではなかったことが判明する。この意外な展開によって、単純な悪人追跡の物語は、死者の意志を誰が実行しているのかを探る科学ミステリーへ変化していく。島に残された日記、写真、手紙、新聞記事、研究資料などを調べるうちに、ハワードが事故で失った娘アイシャを模したアンドロイドを造ったこと、人類に対する憎悪を人工知能へ託したことが明らかになる。プレイヤーが対峙する本当の脅威は、すでに死亡している科学者ではなく、彼の命令を疑うことなく実行し続ける機械なのである。人間なら時間の経過や他者との対話によって怒りを弱める可能性があるが、人工知能へ記録された命令は、自ら修正されない限り永続する。悲しみや憎しみを機械へ保存した場合、それが本人の死後も破壊的な力を持ち続けるという構図は、現在の視点から見ても興味深い。

アイシャが担ったヒロイン以上の役割

本作の象徴であるアイシャは、単にパッケージを華やかにするための美少女キャラクターではない。彼女はハワードが失った娘への思いを形にした存在であり、人類抹殺計画が生まれた理由と、計画を停止させる希望の両方を表している。ハワードは娘を失った悲しみに耐えられず、機械によってその姿を再現しようとした。しかし、アイシャ自身は人類への憎悪を持たず、ベンソンとの会話を通じて人間に近い感情や反応を見せる。冷たい命令を実行する人工知能と、人間らしい温かさを備えたアンドロイドが同じ施設に存在することで、機械は善でも悪でもなく、与えられた目的や育まれた心によって性格が変わることが示される。ゲーム前半では写真や記録の中にしか存在しなかったアイシャが、地下施設の奥でゆっくりと目を開く場面は、物語上の救出と技術上の見せ場を一致させた印象的な演出である。

古典的なコマンド入力方式が生み出す没入感

操作は「見る」「取る」「動かす」「開ける」「使う」といった言葉を入力する方式であり、プレイヤーは画面内の状況を自分なりに解釈し、行動を文章としてゲームへ伝えなければならない。現在主流の選択肢式アドベンチャーと異なり、実行できる行動が画面上に一覧表示されないため、観察力と発想力が要求される。正しい命令が認識された時には、自分が秘密施設を直接操作したような感覚が得られ、ゲームとの距離が近くなる。特に終盤では、人工知能へ適切な命令を与えて論理的な矛盾を起こさせることが重要となるため、プレイヤーがキーボードから言葉を入力する行為自体が物語の内容と重なっている。プレイヤーはゲームのプログラムへ命令し、主人公ベンソンも作中の人工知能へ命令する。この二重構造は、コマンド入力方式を単なる古い操作方法ではなく、物語を表現するための仕組みとして機能させている。

地図表示や入力補助に見られる遊びやすさへの配慮

本作は難度の高いコマンド入力型作品でありながら、当時としては操作を助ける工夫も充実していた。ローマ字からカナへ変換する機能が用意され、カナ配列を覚えていない利用者でも比較的自然に命令を入力できた。ファンクションキーを使えば、直前に入力した命令の一部または全部を呼び出せるため、対象物や動詞だけを変えながら複数の命令を試せる。移動はテンキーにも対応し、毎回方角を文字で入力する負担が軽減されていた。また、画面左側にはトリニア島の平面図と地下施設の断面図が表示され、現在位置を把握できる。多くのアドベンチャーゲームでは、部屋のつながりを紙へ記録する作業が必要だったが、本作では簡易地図が標準で表示されるため、方向を見失いにくい。ただし、地図は位置を示すだけであり、どの部屋に何の装置があり、どの扉が開かず、どの道具が必要だったかまでは記録してくれない。したがって、完全にメモが不要になるわけではなく、画面内の地図と手書きの情報を組み合わせて攻略することになる。

複雑に結び付いた謎解きと攻略の厳しさ

ゲーム内の場面数は極端に多いわけではないが、各場所の仕掛けは互いに深く結び付いている。研究室で見つけた装置を修理すると重力場を操作できるようになり、地上で入手した認証用の品物が地下施設の扉を開き、別の区画で切り替えた電源が離れた場所の機械へ影響する。プレイヤーは目の前の画面だけで問題を解こうとするのではなく、島全体を一つの巨大な装置として捉えなければならない。敵メカノイドに対しても、武器を撃てば必ず正解になるわけではなく、周囲の設備や別の道具を使った方法を考える必要がある。難しいのは、誤った方法でもその場を一時的に突破できる場合があることだ。貴重な武器を使い切る、必要な機械を破壊する、後で使う道具を別の目的へ消費すると、かなり先へ進んだ後に行き詰まる可能性がある。この進行不能の仕組みは、現代のゲーム設計から見ると厳しく、不親切と評価されても仕方がない。しかし、重要な行動の前に保存し、複数の解決方法を考え、道具の用途を慎重に判断する緊張感は、本作独自の手応えにもつながっている。

隠しキャラクターに表れた制作者の遊び心

人類滅亡を防ぐという深刻な物語を扱いながら、本作には攻略とは無関係な隠しキャラクターや冗談の反応が数多く用意されている。海岸で普通なら使わない言葉を入力するとUFOが現れたり、海に関係する特殊な命令によってユーモラスなキャラクターが表示されたりする。これらを発見しても、所持品が増えるわけでも、物語が有利になるわけでもない。それでも、正解のコマンドを探してさまざまな言葉を入力するゲームにおいて、予想外の返事や特別な絵が現れることは大きな楽しみだった。ゲーム側が攻略に必要な命令だけを認識するのではなく、プレイヤーの冗談や悪ふざけにまで反応することで、プログラムの向こう側にいる制作者の存在が感じられる。本編の難度が高く、同じ場所で長時間悩むこともあるからこそ、こうした脱線的な演出が緊張を和らげている。

PC-8801版における代表的な印象

PC-8801版は、本作を代表する版として紹介される機会が多く、復刻版でも広く知られている。PC-8801シリーズは1980年代の国内パソコンゲーム市場で大きな存在感を持ち、アドベンチャーゲームやロールプレイングゲームが数多く発売された機種だった。本作でも、色数の限られたデジタルグラフィックを使いながら、アイシャの顔、地下施設の機械、海岸や小屋などを印象的に描いている。細かな陰影を滑らかに表現するのではなく、はっきりした色面と輪郭によって画面を構成しているため、現在見ると独特のレトロ感がある。表示速度を重視した作りと部分的なアニメーションの相性が良く、少女のまばたきや装置の動きが分かりやすい。作品を歴史的な形に近い状態で体験したい場合にも、PC-8801版は基準となる存在である。

PC-9801版で感じられる画面環境の違い

PC-9801版も本作の主要な移植版の一つであり、PC-8801版とは異なる画面規格や処理環境に合わせて調整されている。PC-9801シリーズは、事務用途だけでなくゲーム機としても普及し、文字表示や高解像度画面を生かしたアドベンチャーゲームが多数発売された。作品の物語や基本的な謎解きは他機種版と共通しているため、PC-9801版だけに別のシナリオが用意されているわけではない。しかし、文字の見え方、線の細かさ、画面の余白、グラフィックの描画感覚には機種由来の違いが生じる。高解像度環境では、機械装置や人物の輪郭が異なる印象を与え、文章の読みやすさも変化する。一方、PC-8801版の色使いやドット感を好む人と、PC-9801版の整理された表示を好む人で評価が分かれる可能性がある。完成度の優劣を単純に決めるより、同じ作品が異なるパソコン文化へ適応した版として比較することに面白さがある。

X1版に見られる機種固有の色と描画の個性

X1版では、シャープ製パソコンの画面表示やハードウェア構成に合わせた移植が行われている。X1シリーズは鮮やかな色表現やテレビとの連携を特徴とし、ゲーム用途でも独自の支持を得ていた。本作のように人物の顔や機械装置を大きく見せる作品では、同じ原画を使用していても、機種ごとの発色や表示環境によって印象が変わる。アイシャの肌、髪、瞳、地下施設の壁面、警告表示などの色合いは、使用するモニターや接続方法によっても見え方が異なる。基本システムや物語は共通しているため、X1版だけでなければ味わえない大規模な追加場面があるわけではないが、実機の色と表示の癖を含めて楽しむことに価値がある。

FM-7・FM-77系版の独自性

FM-7およびFM-77系の版も、本作が複数の国内パソコンへ広く展開されたことを示す重要な存在である。FMシリーズは独自の画面構成や処理方式を持ち、他機種からゲームを移植する際には、グラフィックの描画、文字表示、入力処理などを個別に調整する必要があった。制作者側にとっては、同じゲームを単純に複製するのではなく、異なる環境で同等の体験を再現する作業が求められたのである。FM系版でも、ベンソンの探索、アイシャの覚醒、人工知能との対決という基本内容は共通するが、色の出方、画面の描画速度、キーボード操作の感触などには違いがある。現在の利用者にとっては、どの版が絶対的な完全版であるかを決めるより、同一作品がPC-8801、PC-9801、X1、FM系という異なる規格へ移植された事実そのものが興味深い。

機種ごとの完成度を比較する際の考え方

『ウィル デス・トラップII』の各機種版を比較する場合、物語や謎解きの大枠よりも、画面表示、色使い、文字の読みやすさ、描画速度、入力感覚を確認することが重要である。本作の最大の売りはアニメーション処理と高速なグラフィック表示だったため、場面の切り替えや部分書き換えがどれほど自然に見えるかは、版ごとの印象を左右する。解像度が高ければ必ず優れているわけではなく、元の絵が想定したドットの密度、色の組み合わせ、モニター上でのにじみ方によって、低解像度版の方が人物の顔を柔らかく感じる場合もある。反対に、高解像度版では文章や細い線が読みやすく、研究施設の構造を把握しやすいことがある。また、キーボード配列やテンキーの位置によって、移動とコマンド入力の快適さも変化する。ただし、どの機種版で遊んでも、アイシャを目覚めさせ、人類抹殺計画を阻止するという作品の中心的な体験は共通している。

現代の基準から見た長所と短所

現在のゲームとして評価すると、本作には明確な長所と短所がある。長所は、孤島と地下施設に舞台を絞った密度の高い構成、ハワードの死から始まる謎、人工知能とアンドロイドを対比させたSF的な主題、アイシャの印象的なキャラクター表現、コマンド入力と物語を結び付けた終盤の仕掛けである。また、短いアニメーションや隠しキャラクターからは、限られた技術環境でもプレイヤーを驚かせようとする制作陣の情熱が伝わる。短所は、正解となる単語が分かりにくいこと、進行不能になる選択が存在すること、同じ場所を何度も往復すること、重要な情報を見落とした際の救済が少ないことである。物語の心理描写も現在の作品ほど細かくなく、登場人物の関係はプレイヤーの想像に委ねられる部分が多い。したがって、快適な操作や長大な物語を期待すると厳しいが、1980年代のゲーム設計を理解し、試行錯誤そのものを楽しめる人には大きな魅力がある。

現在遊ぶ場合に適した向き合い方

現在本作を遊ぶ場合は、最初から現代のアドベンチャーゲームと同じ快適さを求めず、当時のパソコン利用者がどのように画面と向き合っていたかを体験する作品として考えると楽しみやすい。新しい場所へ入るたびに文章と絵を丁寧に確認し、登場した名詞、開かなかった扉、故障している装置、使用していない道具をメモする。重要な行動の前には保存し、同じデータを上書きせず複数の状態を残す。答えが分からない時も、すぐ完全な攻略手順を見るのではなく、次に調べる場所や必要な考え方だけを確認すると、謎を解いた感覚を保ちやすい。コマンドが認識されない場合は、自分の推理が誤っているとは限らず、動詞や対象物の呼び方を変える必要がある。アイシャとの会話や隠しキャラクターについては、攻略に必要な命令だけでなく、場所や人物に関連するさまざまな言葉を試すことで作品の遊び心を味わえる。

スクウェアの後年の作品へつながった映像志向

本作の歴史的な価値は、単独のアドベンチャーゲームとしての完成度だけでなく、後のスクウェア作品へつながる表現の方向性を示したことにある。キャラクターを大きく表示し、動きによって感情を伝えること、物語の重要な場面を映像的な見せ場として構成すること、技術上の特徴を商品の魅力へ変えることは、その後の『クルーズチェイサー ブラスティー』や『アルファ』でもさらに追求された。そして家庭用ゲーム機市場へ進出した後も、スクウェアはグラフィック、音楽、物語、印象的なイベント場面を組み合わせた作品作りを続けていく。『ウィル』のアイシャが行う短いまばたきは、後世の映像と比較すれば極めて小さな表現である。しかし、静止画だったキャラクターへ生命を与え、プレイヤーの感情を動かそうとした発想には、後の映画的なゲーム制作へ通じるものがある。技術の規模ではなく、その技術を何のために使ったかを見ることで、本作の重要性が明確になる。

販売本数だけでは測れない歴史的な存在感

本作の詳細な機種別販売本数や正確な累計実績については、現在広く確認できる資料が限られている。そのため、具体的な数字だけで成功の規模を判断することは難しい。しかし、雑誌広告や店頭デモでアニメーションが話題になったこと、複数の主要パソコンへ移植されたこと、その後もスクウェア初期の代表作として繰り返し紹介されていることから、市場と制作者の双方へ大きな影響を与えた作品だったことは確かである。商業的な成果がなければ、同社が『ブラスティー』や『アルファ』で映像志向をさらに強める可能性は低かっただろう。正規の復刻が行われ、オリジナル版が中古市場で収集対象となっていることも、作品が一時的な流行だけで消えなかった証拠である。パッケージ、説明書、フロッピーディスクは、現在ではゲームを遊ぶための道具であると同時に、スクウェアと国内パソコン文化の黎明期を伝える資料になっている。

不完全さを含めて記憶に残るレトロゲーム

『ウィル デス・トラップII』は、あらゆる部分が洗練された欠点のない名作ではない。単語認識の狭さ、進行不能の危険、情報の分かりにくさ、限られた場面数など、現在遊べば不満を感じる要素は少なくない。前作との作風の違いも大きく、硬派なスパイ物の続編として見ると統一感に欠ける。しかし、その不完全さと大胆さが同居しているからこそ、作品には独特の魅力がある。制作陣は既存の形式を丁寧に守るより、美少女アンドロイドを登場させ、画面を動かし、人工知能と論理で戦わせ、隠しキャラクターまで詰め込むことを選んだ。限られた人数と容量で、当時面白いと考えられた要素を全力で形にした熱量が感じられる。整えられた現代作品にはない荒削りな勢いが、長い年月を経ても本作を忘れにくいものにしている。

『ウィル デス・トラップII』の総合評価

総合的に見れば、『ウィル デス・トラップII』は、1980年代のコマンド入力式アドベンチャーを代表する一本であると同時に、スクウェアが映像とキャラクターを武器に成長していく過程を示した重要作である。ゲームとしては、トリニア島の閉鎖的な舞台、死者の命令を継承した人工知能、亡き少女を模したアンドロイド、人類滅亡を阻止する論理的な決着が一つの物語へまとめられている。操作面では厳しさが残るものの、ローマ字カナ変換、入力履歴の再利用、地図表示など、当時としては利用者への配慮も見られる。PC-8801、PC-9801、X1、FM-7などの各版は、基本内容を共有しながら、それぞれの表示環境や操作感によって異なる印象を与える。特定の版だけが絶対的な完成版というより、複数の規格が並立していた時代のパソコン文化を映す各種の姿として価値がある。何より本作を象徴するのは、画面の中で静かに目を開くアイシャである。その短い動きには、キャラクターを絵ではなく一人の存在として感じさせたいという制作陣の願いが込められている。人類滅亡という大事件、複雑な地下施設、人工知能との対決を描きながら、最終的にプレイヤーの記憶へ残るのが一人の少女のまばたきであることは、本作の性格をよく表している。技術を数字や処理速度として誇るだけでなく、人物への感情を生み出すために使ったところに、後のスクウェアらしさがある。現在のゲームと同じ基準だけで評価すれば、不便で短い古典作品に見えるかもしれない。しかし、日本のパソコンゲームが文章と静止画の世界から、動く映像とキャラクタードラマの世界へ踏み出した瞬間を記録する作品として見れば、その価値は非常に大きい。『ウィル デス・トラップII』は、時代の制約を抱えながらも新しいゲーム表現へ挑み、スクウェアというメーカーの未来を静かに予告した、記憶すべきSFアドベンチャーゲームなのである。

[game-9]

■ 楽天市場で『ウィル デス・トラップII』の商品を探す♪

現在購入可能な商品はココをクリック!

[game-10]

■ 楽天のリアルタイム売れ筋人気ランキングをチェック♪