『サバッシュII ~メヒテの大予言~』(パソコンゲーム)

7/2発売 ゲーミングノートパソコン GeForce RTX 5060 AMD Ryzen 7 260 メモリ 32GB SSD 1TB 14型 165Hz Webカメラ 顔認証 Wi-Fi 6E Blu..

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269,800 円 (税込) 送料込
評価 5
製品名 ASUS TUF Gaming A14 FA401UM 型番 FA401UM-R7R5060 本体カラー イェーガーグレー OS ※1 Windows 11 Home 64ビット CPU CPU名:AMD Ryzen 7 260 8コア/16スレッド プロセッサ+Radeon グラフィックス 動作周波数:最大5.1GHz キャッシュメモリ:3次キャッシュ 16MB A..
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【発売】:ポプコムソフト
【対応パソコン】:PC-9801
【発売日】:1993年2月24日
【ジャンル】:ロールプレイングゲーム

[game-ue]

■ 概要

●作品の立ち位置と「サバッシュII」が目指したもの

1993年2月24日にポプコムソフトから発売された『サバッシュII ~メヒテの大予言~』は、PC-9801向けに作られた長編RPGで、前作『サバッシュ』の路線を受け継ぎつつ、「同じ世界を、別の人生で遊び直せる」ように設計思想を大きく押し広げた続編だ。開発はグローディアが担当し、企画・世界観の舵取りからシナリオ、ゲーム進行の仕掛けまでを一人の色が強く染める形でまとめ上げたと言われる。 この作品を一言で説明するなら、“世界の終わりが近づくRPG”であり、“プレイヤーの寄り道を肯定するRPG”でもある。多くのRPGが「次はここへ行け」と物語の通行止めを並べるのに対し、本作は「どこへ行ってもいい。ただし時間だけは進む」という緊張感を土台にしている。世界滅亡までの猶予が限られている一方で、やるべきことの順番や寄り道の量は、プレイヤーの判断に委ねられる。その結果、“急げと言われるほど脇道に逸れたくなる”という、矛盾した欲望を真正面からゲーム体験に組み込んでいるのが面白い。

●舞台と基本プロット:予言者メヒテと「残り日数」の圧力

物語の骨格は明快で、世界を破滅へ導く存在(あるいは破滅を予言し、それを現実へ寄せていく存在)として「予言者メヒテ」が立ちはだかり、主人公は限られた日数の中でその脅威を食い止めることになる。ポイントは、この“日数制限”が単なる縛りではなく、世界そのものの呼吸として機能しているところだ。宿屋で休む、遠出をする、情報収集を続ける――そうした行為が「時間を消費する選択」になり、プレイヤーは常に天秤にかけることになる。戦闘で消耗しても休み過ぎれば期限が迫る。期限を意識して突き進めば準備不足になり得る。つまり本作は、キャラクターの成長や装備の充実だけでなく、「時間の使い方」そのものが育成要素になっている。 さらに、世界にはメインストーリーと別腹のように“濃い寄り道”が散りばめられており、これが本作の中毒性を底上げする。表向きは「滅亡阻止」という一直線の目的があるのに、道中で出会う町・人・出来事が妙に手触りが良く、つい予定を崩してまで深掘りしたくなる。しかも、寄り道の多くは一本道のイベント鑑賞では終わらず、条件やタイミングで景色が変わったり、別の角度から回収できたりする。やり込みに火が付くと、世界が“攻略対象”ではなく“生き物”に見えてくるタイプのRPGだ。

●三人の主人公という「別ルート」:同じ終末を別の視点で歩く

本作最大の特徴として語られやすいのが、主人公が三人用意されている点だ。王子、漁師の子、商人の子――出自も生活圏も異なる三名を選べるため、同じ世界・同じ破滅の危機を扱いながら、導入の空気感や人間関係の距離感が大きく変わる。 ここで重要なのは「主人公が違う=開始地点が違う」だけではないこと。会話の反応、NPCからの扱い、手に入る情報の向き、巻き込まれ方が変わることで、“世界の輪郭”が別物に感じられるよう調整されている。例えば、王子なら政治や権力の匂いが近く、問題が国家規模へ膨らみやすい。漁師の子なら町の小さな噂や暮らしの不安が入口になり、危機が足元から迫ってくる。商人の子なら交易・金・人脈が軸になり、同じ出来事でも「価値」や「損得」で見える面が増える。つまり、三人の主人公は単なる“周回要素”ではなく、世界観を立体視するためのレンズとして働く。三回遊ぶうちに、最初は背景だと思っていた出来事が伏線に見えたり、別の主人公で初めて意味が通る台詞に出会ったりして、体験が重なっていく。

●一本道にしない設計:イベントの「順序」と「タイミング」を渡してくる

本作が“束縛が少ない”と評される理由は、プレイヤーの移動と行動の選択肢を早い段階で広げ、しかもそれをストーリー進行と両立させている点にある。 ただ自由なだけなら散漫になりがちだが、『サバッシュII』は「終末までの時間」と「複数の問題が同時進行する世界」を組み合わせることで、自由度を“責任”に変換している。いつ、どこで、何に手を付けるかで結果が変わり得る。ある町の頼まれ事を後回しにしたら状況が悪化していたり、別の事件を先に片付けたことで話の筋がスムーズになったりする。プレイヤーが自分で選んだ順番が、そのまま自分だけの物語の並びになる。だからこそ、攻略情報で最短手順をなぞると、逆に本作の旨味が薄れることもある。試行錯誤しながら「自分の旅程」を作ることが、このゲームの主食だ。

●メインは優しく、寄り道は尖る:ヒント設計の二段構え

本作の面白さは、“たどり着く”こと自体を過度に難しくしないところにもある。世界滅亡の阻止というメインの骨格は、要所で情報や導線が用意され、条件を満たすための発想が途切れないように配慮されている。一方で、寄り道側には「気づける人だけ気づく」仕掛けが多く、ちょっとした違和感を拾えるか、台詞の行間を覚えていられるか、時間を割いて検証できるか――そうした探究心に応える難解さが潜む。つまり、クリアは現実的、やり込みは底なし、という二段階の設計だ。 この“尖った寄り道”は、単に報酬が良いから追うのではなく、世界の裏側を知る快感、点と点が繋がる快感でプレイヤーを引っ張る。結果として、メインストーリーの結末を見たあとに「別の主人公で、あの場面はどう見えるのか」「別の順番で踏むと何が変わるのか」という、周回への衝動が自然に湧く。

●難易度選択が「周回の幅」になる:初級・上級・達人という遊び分け

主人公が三人いるだけでも周回の動機は強いが、本作はさらに難易度を段階的に分けることで、同じ主人公でも遊び味が変わるようにしている。一般的な“イージー=作業、ハード=我慢”ではなく、時間制限と自由度が絡む本作では、難易度がそのまま「旅程の組み方」や「リスクの取り方」に直結する。戦闘の厳しさが増せば準備に時間を割きたくなるが、時間を割けば期限が迫る。逆に、難易度を下げれば期限の圧力から少し解放され、寄り道の検証やイベント回収にリソースを回せる。こうして難易度は、プレイヤーの“欲張り方”を決めるスライダーとして機能する。 特に達人相当のコースは、戦闘や資源管理のハードルが上がり、同じルートでも判断ミスが響きやすい。だがその分、勝ち筋を組み立てて期限内に収めたときの達成感は大きい。三人の主人公×複数難易度という掛け算が、単なるボリュームではなく、体験のバリエーションとして成立している点が“9回遊べる”と語られやすい理由だ。

●PC-9801作品としての顔:媒体・音源・当時の遊び方の気配

『サバッシュII』はPC-9801(VM/UV以降を含む世代)向けに出たタイトルで、当時のPCゲームらしく複数枚のフロッピーで供給され、環境によって快適さが変わる“パソコンゲームの現実”も抱えている。資料ベースでは、2HD複数枚構成や、ハードディスク対応、MIDI(GM/GS)対応といった要素が挙げられ、音周り・運用周りにこだわる人ほど「自分の環境でどう鳴らすか」「どうインストールしてテンポ良く遊ぶか」を楽しめたタイプの作品だ。 また後年には、Windows上で動作させる仕組み(エミュレータを用いた復刻版の形)で触れられる道も生まれ、当時の実機を持たない人が作品に届く回路も用意された。 こうした“時代を越える入り口”があることも、PC-98世代RPGとして語り継がれやすい土台になっている。

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■ ゲームの魅力とは?

●「三本分の物語」を成立させる主人公システムの強さ

『サバッシュII ~メヒテの大予言~』の第一の魅力は、主人公が三人用意されている点を“周回のための水増し”で終わらせず、物語の見え方そのものを作り替える仕組みにしているところだ。王子・漁師の子・商人の子という立場の違いは、単に開始地点や初期装備が変わるだけではない。誰から情報が入るのか、どんな頼まれ事が飛び込むのか、同じ出来事を前にしたときの会話の温度や人間関係の距離まで変わり、世界が別の顔を見せる。結果として、同じ「滅亡の予言」という危機を追うのに、冒険の匂いがまったく違う三つの旅になる。会話データやグラフィック差し替えが大きいことも語られており、“別ルートを遊んだ感”がちゃんと残るのが強い。 この三人制は、プレイヤーの感情の乗り方を変える装置にもなっている。王子であれば「国や権力の責任」が背中に乗りやすく、判断が公的になる。漁師の子であれば、暮らしの匂いのする小さな出来事から大事件へ引き込まれ、危機が手の届く距離で迫る。商人の子であれば、人・物・金の流れを通して世界を読む癖がつき、同じイベントでも“価値の見え方”が変わる。三回遊んだとき、単にイベントを回収したというより、「同じ世界を三方向から眺め直した」という読後感が残るのが、本作ならではのリピート性だ。

●一本道を嫌う人ほど刺さる「順番を預ける」自由度

本作は“世界滅亡までの残り日数”という圧力を置きつつ、そのうえで寄り道を強く許す。普通なら矛盾しそうな二つを両立させているのが気持ちいい。メインの流れは確かに存在するが、イベントの多くは「いつ、どの順序で触るか」をプレイヤーに渡してくる。だから、同じ目的に向かっているはずなのに、寄り道の選び方で旅の手触りが変わり、“自分の判断で物語を組み替えている感覚”が生まれる。こうした柔軟なイベント進行や一本道になりにくい設計は、作品の大きな特徴として説明されることが多い。 この自由度は、単なる「どこへでも行ける」では終わらない。終末までの日数が進む以上、移動や休息、準備に使った時間は戻らない。つまり自由とは、選択の重さとセットになっている。寄り道をすれば発見が増えるが、期限は縮む。急げば期限は守れるが、情報や装備の取りこぼしが出る。プレイヤーは常に“時間の使い方”を設計することになり、その設計こそが遊びの核になる。これが、攻略ルートをなぞるだけでは味が薄く、試行錯誤するほど面白くなる理由だ。

●「メインは辿れる、寄り道は底なし」――二層構造の作りが巧い

自由度が高いRPGは、ときに不親切になりがちだが、『サバッシュII』は“ゴールへの導線”と“やり込みの迷路”を分けている。メイン側はヒントが比較的厚めで、要所で情報が手に入りやすく、詰みづらい。一方で、サブ側には発見そのものが難しい仕掛けや、複雑な条件分岐、気づきが必要なイベントが多い。公式寄りの解説でも、ヒントが用意されて行き詰まりにくい一方、サブイベントは存在を見つけられるかどうかから勝負になる、といった趣旨で語られている。 この二層構造のおかげで、初見プレイは「世界滅亡を止める」ことに集中して走り切れるのに、クリア後には「見つけられなかったイベントが山ほどある」という余韻が残る。しかも、主人公が三人いるため、周回の動機が自然に生まれる。次の周回では“寄り道の探検”に比重を置く、別主人公で同じ町の出来事を違う角度から見直す、前回は捨てた時間を今回は買う、という具合に、遊び方のテーマが変えやすい。

●序盤から「癖」を見せる導入:遊び心と伏線の混ぜ方

本作はゲーム開始直後から、いきなりミニゲーム的な場面が挟まる、という話もあり、最初から“普通のRPGの礼儀作法”だけでは進ませない姿勢が見える。 こうした導入は、単なるおふざけではなく、「この作品は、イベントを拾う目と、状況を読み取る姿勢が大事だ」という宣言のようにも働く。実際、本作のイベントは“そこに行けば必ず起こる”ものばかりではなく、会話の選択、立ち寄り順、時間の使い方で気配が変わる。序盤から少しだけプレイヤーの頭を揺さぶっておくことで、以後の探索がただの作業になりにくい。

●戦闘だけが正解じゃない:世界の「倫理」を感じさせるイベント群

RPGの戦闘はしばしば“強くなれば勝てる”に収束しがちだが、『サバッシュII』は、戦うこと自体を単純な正義にしない場面がある、と語られる。攻略・豆知識系のページでも、戦いたくない相手や、戦闘後の後味が良くない相手がいる、といった趣旨の注意がまとめられている。 こうした作りは、プレイヤーに「勝つ」以外の判断軸を持たせる。時間制限があるからこそ、強敵相手に消耗するのはリスクだが、避けることにも物語的な意味が生まれる。結果として、戦闘は単なる経験値稼ぎではなく、世界観の温度を感じる場面にもなる。ゲームの自由度が“何をやっても同じ”にならず、選択が気分や価値観に結びつくのが、本作が語られ続ける理由の一つだ。

●難易度選択が「遊びの設計図」になる:同じ主人公でも別ゲーム感

三人主人公だけでも十分に周回の理由になるが、本作は難易度(コース)によって遊び方の設計図が変わるタイプでもある。難しさが上がれば、戦闘・資源・移動の判断が厳しくなり、時間制限の圧力が増す。その分、勝ち筋を組み上げて期限内に収めたときの達成感が大きい。逆に易しめなら、探索やイベント回収に時間を回しやすく、“世界の隅まで歩き回る楽しさ”が前に出る。三人×複数難易度という掛け算が、数字上のボリュームではなく、体験の手触りとして成立している。

●90年代PC-98RPGらしい「濃さ」:情報量がそのまま魅力になる

結局のところ、『サバッシュII』の魅力は、自由度・時間制限・三人主人公・大量イベントという要素が、互いの足を引っ張らずに噛み合っている点に尽きる。イベントが多いだけなら散漫になりやすいが、時間制限が旅を締め、主人公差が視点を変え、メインとサブの二層構造が遊び方を整理する。レビューや回顧記事でも、自由度の高さやイベント量の凄さが繰り返し語られ、“刺さる人には決定的に刺さる名作”として扱われがちだ。 だからこそ本作は、初見で全部を味わい切ろうとすると苦しくなる一方、最初の一周を「自分なりの旅」と割り切ると一気に面白くなる。見つけたもの、見逃したもの、間に合ったこと、間に合わなかったこと――その全部が“自分のプレイ記録”として残り、次の周回への燃料になる。ゲームがプレイヤーに与えるのは正解ルートではなく、「もう一度この世界に戻って、今度は別の生き方を試したい」という感情だ。そこまで引き出せるRPGは、当時でも今でもそう多くない。

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■ ゲームの攻略など

●まず押さえるべき前提:このゲームの「強さ」はレベルより旅程で決まる

『サバッシュII ~メヒテの大予言~』の攻略を考えるとき、最初に頭を切り替えたいのは「経験値を稼げば何とかなるRPG」ではなく、「時間と順序の設計がそのまま強さになるRPG」だという点だ。本作は世界滅亡(大破滅)までの残り日数が常に背後から押してくる構造で、難易度が上がるほどその残り日数が減り、条件が厳しくなると説明されている。 つまり、同じ戦闘力でも“寄り道に使える余白”が難易度で変わる。だから攻略の基本は、敵への対策より先に「どの情報を、どのタイミングで拾うか」「どこで休むか」「何を後回しにするか」を決めることになる。ここが噛み合うと、戦闘の苦しさも、謎解きの迷子も、まとめて軽くなる。

●主人公選びで攻略の色が変わる:序盤の詰まりポイントを潰す考え方

三人主人公制は周回の楽しみだけでなく、初回攻略の難度にも影響する。王子は“権力・施設・重要人物”に近い導線が多く、世界の芯に触れやすい代わりに、序盤から選択の重さを感じやすい。漁師の子は生活圏の出来事から段階的に危機へ巻き込まれていくため、初見でも状況を理解しやすいが、情報の網を広げるまでに一拍かかる。商人の子は移動や取引、人のつながりを使った攻略が映える一方、「寄り道の誘惑」が強くなりやすい。初回で迷いやすい人ほど、“世界の芯に触れやすい主人公”を選ぶか、“状況が追いやすい主人公”を選ぶかで、体感が変わる。どれが正解というより、あなたが得意な読み方(政治の流れ、生活の匂い、人と金の流れ)に合わせると詰まりにくい。

●時間制限攻略のコツ:移動・休息・情報収集を「セット」で考える

残り日数があるゲームでよくある失敗は、移動→探索→戦闘→ボロボロ→宿屋→また移動、という場当たりな行動を繰り返して日数を溶かすことだ。本作では、移動と休息の回数そのものがコストなので、行動は可能な限りまとめて行うのが鉄則になる。具体的には、ひとつの地域に入ったら「町で聞ける話を一気に拾う」「周辺のフィールドで必要なものを取る」「ダンジョンは行けるところまで進める」を1サイクルにして、帰還回数を減らす。宿屋は“安全な回復装置”ではなく“日数を買う行為”だと割り切ると、自然に行動が整理される。 また、情報収集は早いほど得をする。自由度が高いぶん、後から「その話、前提を知らないと分からない」という状況が起きやすい。町の噂、看板、重要人物の口癖、地名の呼び方など、後で意味を持つ断片が混じっているため、最初に広く拾っておくほど、寄り道の判断が速くなる。

●イベント回収型RPGとしての攻略:メインとサブを分けて優先順位を付ける

本作はメインシナリオに辿り着く導線が比較的用意される一方、サブは条件や順序で変化しやすく、一周ですべて拾う発想だと破綻しやすい、というプレイヤー側の感覚も語られている。 だからこそ攻略の現実解は、「初回はメインを太く、サブは気になったものだけ太く」「二周目以降に“回収テーマ”を決める」だ。例えば、初回は期限内クリア優先で、サブは“報酬が明確なもの”“次の導線が増えるもの”だけ拾う。二周目は逆に、期限に余裕が出る難易度や主人公で、サブ探索を主食にする。三人主人公がある以上、周回は前提のゲームなので、初回から完璧主義にしないほうが結果的に満足度が高い。

●難易度(初級・上級・達人)の実戦的な選び方:体験を壊さない調整

難易度は腕前の証明というより、旅の設計をどこまで締めるかの設定だ。難易度が上がると残り日数が減るなど条件が厳しくなるため、上級以上では「移動の無駄」「回復の無駄」「戻り道の無駄」がそのまま敗因になりやすい。 初見で世界観やイベント量を味わいたいなら初級寄り、ゲームとしての詰将棋感を味わいたいなら上級以上、という選び方が合う。達人は、寄り道の欲望と時間の圧力が真正面からぶつかる領域なので、初回で選ぶより、地理感やイベントの癖が分かった後に挑むほうが“面白さ”が勝ちやすい。

●戦闘の実務:稼ぎよりも「消耗を減らす」立ち回りが重要

時間制限がある以上、レベル上げのための長時間稼ぎは、よほど勝算があるとき以外は割に合いにくい。むしろ重要なのは、戦闘の消耗を減らして“宿屋回数”を減らすことだ。攻撃力を上げるより先に、回復リソースの確保、状態異常対策、被弾を抑える装備の更新を優先すると、結果的に日数が浮く。さらに、本作では戦いたくない相手や後味の悪い相手がいる、という注意点もまとめられており、全戦闘を正面突破する発想が必ずしも得策ではない。 逃げる・回避する・後回しにするという選択肢も、攻略の一部として機能する。

●詰まりやすい場面の抜け方:メモと検証を「短時間で回す」

サブの謎や分岐が濃いゲームでは、長時間悩むほど日数が気になり、焦りで判断が荒れる。ここで効くのが、メモの粒度を上げることだ。地名、人物名、キーワード、気になる場所、会話の反応が変わった条件などを“短い単語”で残す。悩み始めたら、(1)情報不足なのか(2)順序不足なのか(3)場所の見落としなのか、を切り分けて、検証を小さく回す。自由度の高いゲームほど、正解は一つでも、辿り方は複数ある。だから、思い込みで一点突破しないほうが早く抜けられる。

●裏技・小ネタの扱い方:使うなら「時間を買う」目的で

裏技や小ネタは、ゲーム性を壊すためではなく、時間制限の圧力を少し緩めて“探索の面白さ”を取り戻すために使うと相性が良い。例えば、王子ルートでメヒテ大聖堂の特定の石像に触れることでスタミナが上がり、同日中なら繰り返し利用できる、といった裏技がまとめられている。 こうしたものは、無双のためというより、宿屋回数や回復の手間を減らし、行動回数を圧縮する目的で使うと、作品の核(旅程設計)と噛み合う。逆に、初回から何でも裏技で潰すと、時間制限と自由度のせめぎ合いが薄くなりやすいので、“詰んだと感じたときの救済”として持っておくくらいがちょうどいい。

●攻略情報の拠り所:公式ガイドの存在と「自力の余白」

当時の資料としては、公式ガイドブック(Popcom books)が存在し、書誌情報も確認できる。 本作はイベントの密度が高く、サブの回収まで視野に入れると情報の助けが欲しくなるタイプだが、いきなり最短手順をなぞるより、「初回は自力で走って、二周目以降にガイドで回収テーマを立てる」ほうが、本作の旨味が残りやすい。自由度の高いゲームは、正解を知るほど“自分の旅”が痩せることがある。だから攻略情報は、迷子防止と回収計画のために使い、初回の驚きはできるだけ手元に残す――この距離感が、サバッシュIIと長く付き合うコツになる。

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■ 感想や評判

●当時のPC-98ユーザーに刺さった「自由度の暴力」:賛辞の中心は遊びの密度

『サバッシュII ~メヒテの大予言~』の評価を語るとき、まず外せないのが「自由度の高さ」と「イベント量の濃さ」だ。主人公を三人から選べて、しかも進行が極端な一本道になりにくい――この設計は、90年代前半のPC-98RPGとしてもかなり尖っており、遊び込むほど“まだ何かある”感覚が強まっていく。後年に書かれた回顧系のレビューでも、自由度を最上位の魅力として推す声が目立ち、「PC-98屈指の名作」として熱量高く紹介されることがある。 また、ゲーム内容を「一周で終わらせない」設計が評価の芯になっている。三人の主人公で見える景色が変わり、難易度(コース)も複数あるため、同じ“世界滅亡までのタイムリミット”を扱いながら、プレイヤーの体験が分岐していく。この“自分の選択の積み重ねがプレイ記録として残る”タイプのRPGは、合う人には強烈に合う。ファンサイト側でも、やり込みや感情面の手応えを強く推す紹介が見られ、単なる懐古ではなく、ゲーム体験そのものに惚れた語り口で語られやすい。

●シナリオとゲーム性への評価:作者性の強さが“クセ”ごと魅力になる

本作は、物語の骨格(終末までの残り日数・予言者メヒテの脅威)自体は分かりやすい一方で、寄り道側に濃密な仕掛けが詰め込まれている。結果として、メインは走れるのに、サブへ踏み込むほど奥行きが増していく二層構造になり、これが“語りたくなる”感想を生む。評価サイトの採点でも、システム面の点数が高く、総合評価も高めに出ている例がある。 一方で、この作者性の強さは“クセ”にもなる。シリアスな終末観があるのに、導入やイベントのノリが急に振れる瞬間があり、その温度差を面白がれるかどうかで印象が割れる。好きな人は「この振れ幅こそ個性」と捉え、苦手な人は「世界観に没入する前に肩透かし」と感じる。つまり評判は、上品に整ったRPGとしてではなく、“個性が尖ったRPG”として立つ。

●「難しい」というより「手強い」:評価が割れやすいポイントは“完走の設計”

ネガ寄りの感想で多いのは、単純に敵が強いという話より、「全部やろうとすると大変」「完全回収が現実的じゃない」といった種類の手強さだ。実際、評価サイトの短評でも“完全クリアが難しい”趣旨の弱点が挙げられている。 これは本作の設計思想(自由度+時間制限+大量イベント)が、プレイヤーに“優先順位の決断”を強く要求するからだ。あれもこれもやりたい、でも日数が進む。探索に時間を使えば期限が迫る。期限を守れば取りこぼす。ここを「RPGとしての緊張感」と受け取る層には刺さるが、「RPGは寄り道を全部拾って満腹になりたい」層にはストレスになりやすい。結果として、評判は“やり込み前提の中毒性”として称えられる一方、“一周でスッキリしにくい”点が不満として出やすい。

●不親切さは本当に欠点か:情報の隠し方が評価を二分する

本作のサブ要素は、見つけること自体が難しいものもあり、プレイヤー側の観察力やメモ癖を要求する。これを「宝探し」として楽しめる人は、プレイ後に強い満足を得る。反対に、「次に何をすべきかが曖昧」「条件が分かりづらい」と感じる人も出る。ここは当時のPCゲームにありがちな“説明を全部はしない美学”とも繋がるが、現代の親切設計に慣れた目線だと、ハードルが上がって見える。 そのため、当時から攻略本や資料の需要も高かったタイプと考えられ、公式ガイドブックが存在すること自体が、情報量の多さを物語っている。

●メディア・復刻の扱いが示す“評価の残り方”:カルトではなく定着した名作枠

“伝説的”と表現されがちなPC-98作品は、熱心な一部の支持で支えられることも多いが、『サバッシュII』は復刻の文脈でもたびたび言及される。例えばProject EGGでの復刻リリース告知では、前作よりスケールやボリュームが増し、三人主人公である点が特徴として紹介されている。 こうした再登場のされ方は、「当時の一発ネタ」ではなく、“今触れても語れる中身がある”作品として残っていることの裏付けになりやすい。さらに、基礎情報としてはPC-98版の発売日(1993年2月24日)や開発元、売上本数などがまとめられており、作品が一定の規模で認知されていたことも読み取れる。

●総合すると:ハマった人は人生級、合わない人には重い——その落差が評判の正体

肯定的な感想をまとめると、自由度・イベント密度・周回性・作者性の強さが“唯一無二の体験”として評価される。レビューでも、自由度ややり込みを強く推すものがあり、熱量の高い称賛が出やすい。 一方で否定的な感想は、「全部回収しづらい」「条件が見えにくい」「時間制限が気持ちを急かす」といった“設計そのもの”へ向く。つまり欠点というより、ゲームがプレイヤーに要求する姿勢の問題だ。計画と割り切りができる人は快感へ変わり、完璧主義や一本道の安心感を求める人には重く感じられる。 だから『サバッシュII』は、万人向けの優等生ではない。その代わり、噛み合った瞬間に「自分の旅を作っている」という感覚が強烈に立ち上がる。評判の落差は、その“噛み合い”が起きるかどうかの差であり、そこまで含めて本作の個性だと言える。

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■ 良かったところ

●「一周で終わらない設計」が、最初から作品の価値になっている

『サバッシュII ~メヒテの大予言~』で多くのプレイヤーがまず挙げる“良かったところ”は、最初から周回を前提にしても破綻しないほど、体験の差分が用意されている点だ。主人公が三人いるだけなら「ルート分岐RPG」で片付くが、本作は“同じ出来事でも、立場が違うと重みが変わる”ように作られている。王子なら責任が国家規模に膨らみ、漁師の子なら生活の延長線で恐怖が迫り、商人の子なら人と金の流れで危機を読む――この視点の違いが、単なる台詞差分ではなく、世界の見え方そのものを変える。三回遊んでようやく「この世界の全体像が見えた」と感じられる構造が、RPGとして非常に贅沢だ。 さらに、難易度(コース)も複数あり、時間制限(世界滅亡までの日数)が難易度で変化する、といった設計が語られている。 これが周回のテーマ作りに直結し、初回はクリア優先、次はイベント回収、次は達人で最適化……というふうに、同じ素材で別の料理が作れる。周回が“作業”に落ちず、むしろ“別の遊び”として成立するのは大きな長所だ。

●自由度の高さが、単なる放任ではなく「自分の物語」になる

本作の自由度は、「好きにしていいよ」で放り出すタイプではなく、「好きにしていい。でも時間は進む」という責任付きの自由だ。一本道で進めるゲームは安心感がある一方、プレイヤーの記憶に残るのは“正解ルートの出来事”になりがちだが、『サバッシュII』は旅程そのものがプレイヤーの選択で組み上がる。イベントの順番、寄り道の量、誰の頼みを先に聞くか、どこで休むか――その選択が“あなたの冒険記録”になる。作品の特徴として「束縛の少ないゲーム」「イベントが柔軟で一本道でない」といった趣旨が繰り返し説明されるのは、この体験が強いからだ。 このタイプのRPGは、やり込むほど「次はこうする」という仮説が立つ。仮説が立つゲームは強い。次の周回が、未練ではなく研究になる。自由度が“選択の重さ”として働くのが、良い意味でPC-98らしい骨太さだ。

●メインは辿れるのに、寄り道は底が見えない——二層構造の気持ちよさ

プレイヤーの満足感を支えるのは、メインストーリーとサブ要素のバランスが絶妙なことだ。終末の危機に向かうメインの筋は、要所でヒントが用意され、誰でも完走できるように配慮されている一方、サブ側には非常に凝った仕掛けや難解な謎が仕込まれている、と語られている。 この二層構造が良いのは、「クリアできた」という達成と、「まだやり残した」という余韻が同時に残るところだ。普通なら矛盾する二つが、本作では周回性と噛み合って“次の一周”への燃料になる。しかも主人公が変わると、サブの発見の仕方も変わる。つまり、サブ要素は単なる追加ボリュームではなく、世界観の厚みを生む心臓部になっている。

●イベント量と情報量が“疲れる”ではなく“嬉しい”に寄る設計

RPGのイベントが多いと、ただの消化試合になって疲れることもある。しかし本作のイベントは、見つけたときの驚きや、「こんな所にも意味があるのか」という発見が前に出やすい。なぜなら、イベントの多くが一本道の映像鑑賞ではなく、条件やタイミングで姿を変えるからだ。 さらに、導入からいきなりミニゲーム的な場面が挟まる、といった“普通のRPGの礼儀作法”を外す演出も語られており、プレイヤーに「これは探索のゲームだ」と気づかせる仕掛けになっている。 こういう小さなズラしが積み重なり、イベント量が“濃さ”として感じられる。

●戦闘が“作業”に堕ちにくい:避ける・迷う・後味が残る相手がいる

戦闘面で良かったところとしては、単に敵が強い/弱いではなく、「戦うことがいつも正解ではない」空気がある点を挙げる人がいる。攻略・注意点として、“戦いたくない相手”や“戦った後の後味が良くない相手”がいる、という趣旨がまとめられている。 これは、戦闘を経験値稼ぎの反復作業にしにくい。戦う/避ける/後回しにするという判断が、時間制限の中で生きてくる。強さだけで押し切るより、「この戦闘に時間を払う価値があるか」を考えるようになり、ゲームが“旅の判断”に戻ってくる。RPGとしての一貫性が保たれている点が、良いところとして効いている。

●PC-98時代の“環境を整える楽しみ”まで含めて、作品体験になる

良かったところはゲーム内容だけに留まらない。PC-9801というプラットフォームの性質上、ハードディスク対応や音源(MIDI等)への対応が話題になりやすく、環境を整えるほど快適さや没入感が上がるタイプだ。資料としては、2HD複数枚構成やHD対応、MIDI(GM/GS)対応などがまとめられている。 「自分の環境で最良に鳴らして、テンポ良く遊ぶ」というPCゲームならではの満足も、当時のプレイヤーには確かにあったはずだし、後年にエミュレータ方式の復刻が出たことで、当時の環境がなくても触れられる道ができたのも大きい。

●まとめ:良さの正体は“遊び手を信じる設計”にある

総合すると、『サバッシュII』の良かったところは、プレイヤーを誘導しすぎず、しかし放置もしない――この絶妙な距離感にある。自由度と時間制限で「決断」を促し、三人主人公で「再解釈」を促し、メインとサブの二層構造で「完走」と「探究」を両立させる。だから、クリア後に残るのは“正解を辿った記憶”ではなく、“自分が作った旅の記憶”だ。 このタイプのRPGは、刺さると強い。派手さよりも、思い返したときに「また戻りたい」と思わせる力がある。『サバッシュII』が語られ続けるのは、まさにその“戻りたくなる世界”を作れているからだと思う。

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■ 悪かったところ

●「面白さ」と表裏一体の負荷:自由度が高いほど迷子になりやすい

『サバッシュII ~メヒテの大予言~』で“悪かったところ”として挙げられやすいのは、欠点というより「作品の核が、そのまま負荷にもなる」点だ。自由度が高く、イベントの順序や寄り道がプレイヤーに委ねられる設計は、ハマれば唯一無二の体験になる一方で、目的を見失いやすい。次に何をすればいいかが自明ではない局面があり、情報の取りこぼしや、思い込みのルート固定で時間だけが過ぎると、プレイが急に苦しくなる。 この種の負荷は、現代の“常にクエストが光る”タイプのRPGに慣れていると特に強く感じやすい。ゲーム側が手取り足取りしないからこそ、プレイヤー側に「観察・メモ・検証」の癖が求められる。合う人には快感、合わない人には不親切。その差がそのまま短所として語られやすい。

●完全回収が現実的じゃない:完璧主義ほどストレスになる構造

本作のサブ要素は密度が高く、条件分岐やタイミング差があるため、「全部拾って満腹になりたい」プレイヤーほど苦しくなりやすい。評価サイトの短評でも、“完全クリアが難しい”ことが弱点として挙げられている。 しかも本作には終末までの残り日数という制限がある。つまり、探索に時間を割くほど期限が迫り、期限を守るほど取りこぼす。この矛盾は、設計としては“決断の面白さ”だが、完璧主義の人からすると「時間制限のせいで、やりたいことができない」という不満に繋がる。さらに主人公が三人いるため、「どうせ周回すればいい」と割り切れる一方で、割り切れない人には“終わらない宿題”のように感じられてしまう。周回が前提になっているからこそ、初回での満足が薄くなる人がいるのは弱点と言える。

●時間制限の圧力:自由度を楽しむ前に“焦り”が勝つことがある

世界滅亡までの残り日数という設計は、本作の象徴的な味付けだが、同時に最も好みが割れやすい。難易度が上がると残り日数が減るとされ、上級以上では特に“日数が溶ける恐怖”が強くなる。 焦りが強いと、探索が「見たいから見る」ではなく「間に合うかどうかの損得」で支配される。これが良い緊張感として働く人もいるが、世界観を味わう余裕が削られたと感じる人も出る。特に、初見プレイで地理感がない状態だと、移動の無駄がそのまま日数の浪費になり、序盤の失敗が尾を引く。結果として、「自由に遊べるはずなのに、自由に遊ぶと負ける気がする」というジレンマが起き、短所として強く意識されやすい。

●イベントの“見えにくさ”:条件が分からず、取りこぼしたことにも気づけない

本作のイベントは、発見そのものが難しいものもある。これは宝探しの快感にもなるが、逆に言えば「見つけられなかった理由が分からない」問題も生む。何かを取りこぼしている気配だけが残り、どこをどう探せばいいのかが掴めないと、探索が徒労に変わる。 また、イベントの順序が柔軟であるほど、プレイヤーが想定しない順番で踏んでしまい、「本来なら得られたはずのヒントを得ないまま進んだ」状態が起こり得る。こうなると、ゲームが不親切に感じられる。自由度の高さが“情報設計の難しさ”を伴うのは仕方ないが、当時でもここを短所として挙げる人はいたはずだ。

●演出の温度差:シリアスとユーモアの振れ幅が合わない人もいる

本作は終末の危機を扱う一方で、導入からミニゲーム的な場面が入るという話があり、真面目一辺倒ではない。 この“振れ幅”を魅力と取る人がいる反面、シリアスな気分で没入したい人には、唐突に感じられることがある。 RPGは世界観への没入が大事だが、緊張感のある時間制限と、軽いノリのイベントが混在すると、「急いでいるのに寄り道をさせられている」ように感じる瞬間も生まれやすい。作者性の強い作品ほど、この温度差が“味”にも“癖”にもなる。

●戦闘の後味問題:戦えばいいわけじゃないのに、避け方が分かりにくい場面がある

本作には“戦いたくない相手”や“戦った後の後味が良くない相手”がいるという趣旨の注意がまとめられている。 これは物語性としては良いのだが、プレイヤーが初見のとき、「その戦闘が避けるべきものなのか」「避ける方法があるのか」が分からず、結果的に嫌な気分だけが残ることもある。 もちろん、そこも含めて世界観だと言えるが、ゲームとしての導線がもう少し分かりやすければ、プレイヤーのストレスを減らせた可能性はある。倫理的な後味を出す設計は強いが、強いだけに、受け止め方で賛否が割れやすい。

●まとめ:短所は“設計の尖り”そのもの——だから人を選ぶ

『サバッシュII』の悪かったところは、バグや未完成というより、「自由度・時間制限・大量イベント」という尖った設計が、人によっては負担になる点に集約される。完全回収の難しさが弱点として挙げられるのも、その尖りの裏返しだ。 ただし、この短所は、裏返せば本作の魅力でもある。迷う、焦る、取りこぼす、間に合わない――そうした体験が“自分の旅の記憶”として残ることを良しとできるかどうかで評価が決まる。だからこそ本作は万人向けではないが、噛み合った人には強烈に残る。悪かったところは、同時に“忘れられなさ”の材料にもなってしまう、そんなタイプの作品だ。

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■ 好きなキャラクター

●「好き」という感情が分岐するゲーム:主人公が変わると推しも変わる

『サバッシュII ~メヒテの大予言~』は、三人の主人公(王子マジョーン・ハイヤーム/漁師の子マジョーン・ラムセス/商人の子マジョーン・トロフ)が用意されている時点で、“好きなキャラクター”という話題が一段複雑になる。 というのも、主人公が変わるだけで、同じ世界でも出会いの順番や距離感が変わり、誰を「相棒」だと感じるか、誰に思い入れが乗るかがズレていくからだ。一本道のRPGなら、推しは物語の押し出しの強さで決まりやすい。しかし本作は、あなたがどこへ行き、どの会話を拾い、何を後回しにしたかが、推しの誕生条件になる。つまり「このキャラが好き」は、ゲームの設計だけでなく、あなたの旅程そのものから生まれる。

●王子マジョーン・ハイヤーム:責任と孤独を背負う“王道”の推し

王子ルートで好きになりやすいのは、やはり王子マジョーン・ハイヤーム自身だ。 彼の魅力は、能力の高さや身分の高さよりも、「選べないものを背負っている」ところにある。滅亡までの時間が迫るなか、国や人々の命運が肩に乗り、決断が私事に落ちない。自由度が高いゲームでありながら、王子のルートはどこか“選択の重さ”が強く感じられる。だからプレイヤーは、彼を操作するうちに、自然と“守るべきもの”を意識するようになる。 また王子ルートは、重要人物や政治的な出来事に触れやすい導線になりやすく、世界の芯へ近い。情報が早く集まる分、プレイヤーが「世界全体を動かしている感覚」を持ちやすい。王子はその象徴で、プレイヤーの判断が大きな波紋を生むほど、主人公としての“格”が立ってくる。推し理由としては「背負うものが大きいほど燃える」「責任ある立場で世界を救うのが気持ちいい」といった感情が乗りやすい。

●漁師の子マジョーン・ラムセス:生活の匂いがする“共感型”の推し

漁師の子マジョーン・ラムセスは、「世界を救う」より前に「暮らしを守る」感覚から旅が始まる主人公で、共感で推しになるタイプだ。 王子が“上から見下ろす視点”になりやすいのに対し、ラムセスは“足元から世界が崩れていく恐怖”に近い。だから、彼のルートで出会う人々の言葉が、より切実に感じられる。 推し理由としては、「自分に近い目線で世界を歩ける」「大きな物語が、身近な出来事の延長として繋がるのが好き」といったものが生まれやすい。特に時間制限のあるゲームでは、プレイヤーが焦りを感じるが、ラムセスのルートは焦りを“生活の危機”として納得しやすい。だからプレイヤーの感情が置いていかれず、主人公への愛着が深まりやすい。

●商人の子マジョーン・トロフ:人と金と情報を操る“したたかさ”が推しになる

商人の子マジョーン・トロフは、旅を“冒険”というより“交渉と取引”として捉えられる主人公で、そのしたたかさが推しポイントになる。 トロフの魅力は、正面突破の勇者像ではなく、状況を読み、損得や価値を天秤にかけながら最適解を探すところにある。自由度の高い本作は、情報が多いほど有利になるが、トロフのルートはその“情報の価値”を体感しやすい。 推し理由としては、「口八丁で切り抜ける感じが楽しい」「戦闘力より頭脳で勝つRPGが好き」「世界の裏側を嗅ぎ回るのが性に合う」といったものが挙がりやすい。トロフは、ゲームの仕組み(情報収集・順序選択・時間管理)と性格づけが噛み合っているため、操作していて“この主人公でしか出ない味”が強く、ファンが付きやすい。

●主人公以外の「推し」が生まれやすい理由:会話差分と出会い方の偶然

本作で推しが増えやすいのは、主人公以外の人物も「固定の順番で登場するだけの装置」になりにくいからだ。イベントが一本道ではなく、プレイヤーの寄り道や順序で出会い方が変わるため、同じNPCでも“最初の印象”が変化する。たとえば、ある人物に困りごとの場面で出会えば恩人に見えるし、トラブルの後始末で出会えば厄介者に見える。最初の印象は強いので、その差がそのまま推しの差になる。 また、サブイベントが濃い作品ほど、脇役に“見せ場”が与えられやすい。メインの筋に絡まなくても、ひとつの町の小さな話を背負っているキャラ、寄り道の結末で意外な顔を見せるキャラがいると、プレイヤーの心に残る。こうした“推しの発掘”は、攻略情報を見ずに遊ぶほど起こりやすく、初回プレイの大きな楽しみになる。

●敵役メヒテにすら感情が向く:終末の圧力が生む「印象の強さ」

タイトルにもある予言者メヒテは、物語の大枠で必ず意識させられる存在だ。 好きなキャラクターというより、“印象に残る存在”として語られることが多いタイプだが、時間制限の圧力が強いゲームほど、敵役は心に刺さりやすい。プレイヤーが「急がなきゃ」と感じるたびに、メヒテの影が濃くなる。見えない圧力として働く敵は、倒したときの解放感も大きく、結果として“嫌いになれない悪役”として記憶に残る。 また、複数主人公で周回すると、「同じ敵役でも、主人公の立場で憎しみ方が違う」という感覚が生まれる。王子なら国家の敵、ラムセスなら生活の敵、トロフなら世界の秩序を乱す敵――同じ存在が、違う言葉で定義される。これも本作ならではのキャラ体験だ。

●結論:推しは“キャラ人気”ではなく“旅の出来事”から生まれる

『サバッシュII』の「好きなキャラクター」は、人気投票の結果というより、あなたが選んだ主人公、あなたが拾った会話、あなたが通った道のりから自然に生まれる。三人主人公という仕様自体が、推しの分岐装置になっている。 だから、語るときに面白いのは「誰が好きか」だけでなく、「なぜ、そのキャラが好きになったのか」だ。どこで出会い、何を助け、何を取りこぼし、何に間に合わせたのか。そういう“旅の履歴”が推し理由になる。この設計そのものが、キャラクターを“記号”から“思い出”へ変える。好きなキャラの話が、そのまま自分の冒険談になる――それこそが、本作が今でも語られる大きな理由だと思う。

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●対応パソコンによる違いなど

●大前提:本作は「PC-9801向けに最適化された体験」を核に持つ

『サバッシュII ~メヒテの大予言~』は、発売当時の主戦場がPC-9801であることを前提に、画面設計・操作感・テンポ・データ運用まで“PC-98で遊ぶRPG”として組み上げられている。後年に別環境で触れる手段が生まれたとはいえ、オリジナル版の骨格は「当時のPC-98ユーザーが、フロッピー運用や音源環境を含めて楽しむ」ことに寄せて作られているのがポイントだ。実際、資料ベースでもPC-9801版の媒体(2HD複数枚)やハードディスク対応、MIDI(GM/GS)対応といった要素がまとまっており、環境によって快適度や没入感の伸びしろがあるタイプの作品だったことが分かる。 この“伸びしろ”は、単にロードが早い・遅いの話だけでは終わらない。時間制限と自由度が軸のゲームだからこそ、テンポの違いが体験の質に直結する。ロード待ちやディスク入れ替えが多いほど、探索の気持ちよさが削られ、逆に快適な環境ほど「寄り道してもまだ間に合う」という心理的余裕が生まれる。PC-98時代のRPGにおいて、環境差が体験差になりやすいのは定番だが、本作はその影響が特に出やすい部類だと言える。

●フロッピー運用とHDD対応:時間制限RPGほど“読み込みストレス”が刺さる

PC-9801版は2HD複数枚構成で、当時の標準的なPCゲームの姿をしている。 ここでプレイ感に差が出るのは、HDDに対応しているか、そしてユーザーが実際にHDD運用できるかどうかだ。HDD運用ができれば、エリア移動やイベント参照の切り替えが軽くなり、体感テンポが上がる。テンポが上がると、プレイヤーは“試す”ことに前向きになり、分岐やサブ要素の検証がしやすくなる。逆に、フロッピー主体だと「戻って確認する」「別の町で聞き直す」といった小さな検証が心理的に重くなり、自由度の高さが“面倒さ”に振れやすい。 つまり、同じPC-98版でも、運用の快適さによって「自由度のご褒美」が増えたり減ったりする。これは攻略難度そのものを変えるというより、プレイヤーの行動量と探索意欲を変える差だ。時間制限のあるゲームほど、“寄り道の心の軽さ”が重要で、この差が最終的な満足感まで影響しやすい。

●音源の違い:FM音源の“味”とMIDI(GM/GS)の“広がり”

PC-98時代の作品を語るうえで避けて通れないのが音の環境だ。本作はMIDI(GM/GS)対応が挙げられており、環境が揃うと音楽の鳴り方が変わるタイプのタイトルとして扱われている。 ここで面白いのは、どちらが上かではなく「音のキャラクターが変わる」点だ。FM音源の輪郭が強い“PCらしい乾いた熱”で聴くと、終末の緊張感やイベントの不穏さが刺さりやすい。一方、MIDIで音色の幅が出ると、場面ごとの情緒が豊かになり、町の空気や旅のスケール感が広がって感じられる。プレイヤーの印象として「雰囲気が変わった」と感じやすいのは、まさにこの差だ。 そして本作は、戦闘だけでなく探索や会話の時間が長く、しかも周回前提で同じ曲を繰り返し聴く。だから音の環境は贅沢品というより、長く付き合うための“居心地”に近い。環境の差は、作品を好きになれる速度にも影響する。

●機種差というより“年代差”:PC-98の世代で体感が変わるポイント

PC-9801と一口に言っても世代差が大きく、CPU速度、メモリ容量、ストレージ事情、音源周りなどで体験が変わる。本作は「イベント量が多く、順序検証が楽しい」設計だからこそ、画面遷移やロード、反応速度の差が、プレイヤーの“試行回数”を左右する。試行回数が増えれば、サブ要素を掘る楽しさが増え、逆に試行回数が減れば「分からないから進める」という消極的な進行になりやすい。 この意味で、本作の“機種差”は、スペック差というよりプレイヤーの姿勢を変える差になりやすい。軽快な環境では、寄り道が「楽しい実験」になる。重い環境では、寄り道が「怖い賭け」になる。自由度の評価が割れやすい一因は、こうした当時の環境差も噛んでいたはずだ。

●Windowsなど後年環境での体験:オリジナルの“面倒”が削られる代わりに得るもの・失うもの

本作は後年、Windows上で動作させる仕組み(エミュレータ方式など)によって復刻された経緯が語られている。 こうした後年環境の利点は分かりやすく、入手性・起動の手軽さ・保存や運用のしやすさなどで、当時の障壁が下がる。時間制限RPGにおいて、ロードや入れ替えのストレスが薄れるのは素直にありがたいし、周回プレイもしやすくなる。 一方で、後年環境では“当時の体験の癖”が薄れることもある。PC-98独特の表示の雰囲気、操作の手触り、音源の鳴りの個性、フロッピー運用の緊張感――こうしたものは、作品の本質ではないが、作品の記憶に混ざっている要素でもある。後年環境で初めて触れた人は、より純粋に「システムとイベント密度のゲーム」として受け取れる反面、当時のユーザーが感じた“パソコンゲームを動かしている実感”は薄くなる。その差は、評価のニュアンスにも現れやすい。

●アーケードや家庭用との比較:本質的に“同じタイトルで別物”になりやすい理由

参照の仕方として、同タイトルが別プラットフォームに存在するかどうかを気にする人もいるが、『サバッシュII』の肝は「大量イベント」「順序の自由」「時間制限」「主人公差分」というPC向けの設計思想そのものにある。仮に家庭用へ落とし込むとしても、メディア容量、セーブ運用、UIの制約、入力体系の差で“同じ体験”を維持するのは難しい。 特に本作は、細かな会話差分や寄り道の積み上げが価値になっているため、どこかを削ると作品の香りが変わりやすい。逆に、後年の復刻がエミュレータ方式になりやすいのも納得で、「作り替える」より「そのまま持ってくる」ほうが、この作品の本質を保ちやすいからだ。

●結論:違いは“画面や音”以上に、あなたの遊び方を変える

対応パソコンや後年環境による違いをまとめると、スペック差は快適さの差であり、その快適さが“行動量”の差になる。そして行動量の差が、そのまま「自由度が楽しいか、しんどいか」の差に繋がる――これが『サバッシュII』の特徴だ。PC-9801版の媒体・HDD対応・MIDI対応といった要素は、単なる仕様表ではなく、このゲームの面白さを引き出すレバーでもある。 だから、もし複数の環境で触れられるなら、まずは一番ストレスの少ない形で“旅程設計の面白さ”を味わい、その後で「当時の雰囲気」に戻ってみるのが一番おいしい。どの環境でも核は変わらないが、体験の輪郭は確実に変わる――その変化まで含めて、PC-98RPGらしい楽しみ方だと思う。

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●同時期に発売されたゲームなど

★G.R. -グラヴィティ レスポンス-

:・販売会社:天津堂:・販売された年:1993年:・販売価格:6,800円: タイトル名が示す通り、「重力」や「慣性」といった理屈を“遊びに変換する”タイプの作品で、当時のPC-98らしい「アイデア勝負」が強い一本。基本はステージ(または局面)ごとに状況が提示され、プレイヤーは物体の動き・落下・反発・軌道のズレなどを読みながら、最終的に目的を満たす手順を組み立てていく。見た目はシンプルでも、手順を一手でも誤ると結果が大きく変わるため、試行錯誤と“ひらめき”の両方が要求されるのが特徴だ。PC-98時代の「難しさ」は理不尽というより、ルールが分かった瞬間に視界が開ける気持ちよさが核になりやすいが、本作もまさにその系譜。時間をかけて検証するほど理解が深まり、同じ面でも別解が見つかる余地があるので、一本道の攻略感より“自分で考えた達成感”が前面に出る。発売日・メーカー・価格はデータベース記載に基づく。

★クィーン オブ デュエリスト

:・販売会社:アグミックス:・販売された年:1993年:・販売価格:9,800円: 題名から連想できる通り、勝敗が“読み合い”と“手札(資源)の運用”で決まっていく対戦色の濃い作品。PC-98のゲームでは、リアルタイムの反射神経よりも、局面の把握→手番の選択→次の展開の予測、という思考の積み上げで熱くなる作りが好まれたが、本作もその方向性が強い。序盤は小さな有利を作る手、終盤は勝ち筋を固定する手、といった“将棋的な”感覚があり、強い行動ほどコストやリスクを背負うように調整されているため、安易な最強手が存在しにくい。結果として、相手の癖を読む・相手の狙いを潰す・あえて誘い込む、といった駆け引きが前に出て、勝った時の納得感も大きい。発売日・メーカー・価格はデータベース記載に基づく。

★囲碁聖天

:・販売会社:ホームデータ:・販売された年:1993年:・販売価格:12,800円: 当時のPC囲碁ソフトは、単に「打てる」だけでなく、思考時間や打ち筋の傾向、棋力帯ごとの“それっぽさ”まで含めて商品価値が評価されやすかった。本作も、対局機能を中心に、学習のための検討材料を提供する方向性が強く、プレイヤーが「どこで形勢が傾いたのか」「なぜその手が悪いのか」を振り返れるような作りを目指したタイプと捉えられる。囲碁は一手の意味が広く、正解がひとつに定まらない局面が多いぶん、“AIの個性”が体感に直結するが、そこが逆に面白さにもなる。強気に切ってくる、地を固めるのが上手い、戦いを避ける、などの“性格”が見えると、対戦相手としての実在感が増していく。発売日・メーカー・価格はデータベース記載に基づく。

★王将位

:・販売会社:コスモス・コンピュータ:・販売された年:1993年:・販売価格:12,800円: 将棋ソフトは、序盤の定跡をなぞるだけでは「それっぽいが弱い」になりがちで、中終盤での受けの粘り・詰み筋の見落としの少なさ・終盤の速度が“強さの印象”を左右する。本作は、対局そのものを軸にしつつ、プレイヤーの棋力に合わせて練習相手になってくれる実用性が魅力になりやすい。PC-98時代は「研究用」に購入する層も多く、繰り返し指して“悪い癖”を炙り出すような使い方も定番だった。勝てない相手に挑み続けるというより、負けた原因を読み解いて次に活かす、という学習サイクルを回しやすいのがPC将棋の強みで、本作もその流れの中で評価されるタイプ。発売日・メーカー・価格はデータベース記載に基づく。

★エルムナイト(Elmnight)

:・販売会社:マイクロキャビン:・販売された年:1993年:・販売価格:14,800円: タイトルが示す“夜”“騎士”のイメージ通り、雰囲気づくりと世界観の押し出しが魅力になりやすい作品。PC-98のRPG/アドベンチャー周辺では、派手な演出よりも、テキストとビジュアルの密度で“想像させる”手法が強く、プレイヤーが頭の中で補完する余白が没入感に直結する。本作も、物語のトーンや場面の空気を丁寧に積み重ね、探索や会話の中から少しずつ「何が起きているのか」を掘り出していく感触が肝。進行のテンポは早すぎず、寄り道・調査・小イベントの積み上げが主観的な旅の記憶になる。価格帯が高めなのは、当時としては“ボリュームと作り込み”で勝負するタイトルに多い傾向でもある。発売日・メーカー・価格はデータベース記載に基づく。

★グラムキャッツ リバイバル

:・販売会社:ドット企画:・販売された年:1993年:・販売価格:記載価格に基づく: “リバイバル”の名が付く通り、既存タイトルの魅力を再構成し、遊びやすさやテンポ、もしくは表現面を整えたタイプの作品として位置付けやすい。PC-98期には、ユーザーの環境差(メモリ容量、グラフィック周り、音源)も大きかったため、再リリースや改訂版では「前より快適に動く」「ロードや操作が軽い」「見栄えが上がる」といった“日常的なストレスの減少”が評価される。本作も、元の骨格が活きているからこそ、遊びの手触りが洗練されるほど魅力が目立つ。手軽に触っても面白く、やり込むと最適手順が見えてくる、という二層構造があると長く遊ばれやすい。発売日・メーカー情報はデータベースの該当一覧に基づく。 ※このタイトルの「販売価格」は、提示された一覧の抜粋表示だけでは読み切れないため、ここでは“記載価格に基づく”扱いに留める(必要なら該当データの個別ページ情報に合わせて整形可能)。

★ヴァリアブル・ジオ(Variable Geo)

:・販売会社:戯画:・販売された年:1993年:・販売価格:8,800円: 格闘ゲームの“駆け引き”を、PC-98らしい演出・構成と組み合わせた作品として語られやすい一本。キャラクターごとの技の性格がはっきりしていると、単なる反射神経勝負ではなく「相手の間合いに入らない」「起き上がりを読む」「確反を決める」といった読み合いが成立し、対戦の密度が上がる。本作も、技の見映えやキャラクター性に比重が置かれやすく、勝ち負けだけでなく“推し”を作って遊ぶ楽しさが生まれやすい。さらに、連戦形式や条件付きの勝利など、腕前の伸びを実感できる設計になっていると、自然に練習→上達→達成の流れができる。発売日・メーカー・価格はデータベース記載に基づく。

★ファイナルブレイカー

:・販売会社:システムソフト:・販売された年:1993年:・販売価格:10,800円: ターン制の戦略シミュレーションに、成長や装備といったRPG的な“積み上げ”を混ぜ、部隊運用そのものが物語の体験になるタイプの作品。システムソフト系のタイトルは、地味でもルールが緻密で、損得の計算が勝敗に直結する作りが多いが、本作も「補給」「戦力差」「地形」「行軍の無理」など、現実的な要素が効いてくるほど面白くなりやすい。短期的な勝利だけを狙うと後が続かない一方、慎重すぎても時間や条件で追い詰められるため、プレイヤーの性格が作戦に出る。さらにマルチエンディング的な構成があると、同じマップでも異なる判断で結果が変わり、再挑戦の動機が強くなる。発売日・メーカー・価格はデータベース記載に基づく。

★A列車で行こう4

:・販売会社:アートディンク:・販売された年:1993年:・販売価格:12,800円: 都市開発・鉄道運営の“箱庭”を、数字と景観の両方で味わうシミュレーション。路線を敷くだけでは収益が伸びず、需要が生まれる土地をどう育てるか、輸送の流れをどう作るか、そして投資と回収の時間差をどう捌くかが肝になる。A列車シリーズの面白さは、プレイヤーが作ったネットワークが街の形を変え、その街の変化がさらに輸送需要を変えていく循環にある。序盤は資金が厳しく、無駄な線路は経営を直撃するが、軌道に乗ると拡張の自由度が一気に広がり、都市が“自分の作品”として成長していく。PC-98で長時間遊ばれたタイトルの代表格として語られやすい。発売日・メーカー・価格はデータベース記載に基づく。

★銀河英雄伝説3 SP

:・販売会社:ボーステック:・販売された年:1993年:・販売価格:12,800円: 壮大な群像劇の世界観を背景に、艦隊運用や勢力運営の視点で“銀英伝らしさ”を体験させるタイプのシミュレーション。原作の魅力は、単純な善悪では割り切れない思想と政治、そして作戦・人事・補給などが絡む現実味にあるが、ゲーム化では「どの戦場に戦力を寄せるか」「誰を前線に立てるか」「勝っても損耗が大きい戦いをどう評価するか」といった判断が、物語の手触りに直結する。SP表記のある版は、遊びやすさの調整や追加要素で“完成度を上げる”意図が想像でき、シリーズを追うファンにとっても触りやすい入口になりやすい。発売日・メーカー・価格はデータベース記載に基づく。

★ランス4 教団の遺産

:・販売会社:アリスソフト:・販売された年:1993年:・販売価格:8,500円: RPGとしての手応えと、シリーズ特有のテンポの良いイベント運びが噛み合った、PC-98期の“物語を進める中毒性”を代表しやすいタイトル。戦闘・探索・イベントの切り替えが小気味よく、プレイヤーが次の展開を見たくなるようにフックを積み重ねていく構造が強い。成長や装備の更新が明確に手応えとして返ってくる一方、難所では準備不足が露骨に響き、試行錯誤で突破口を探す流れも生まれる。シリーズものは前提知識が必要になりがちだが、当時は雑誌記事や口コミで“どこが面白いか”が共有され、途中作から入るユーザーも少なくなかった。発売日・メーカー・価格はデータベース記載に基づく。

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