【発売】:ビーピーエス
【対応パソコン】:PC-6001、PC-8801、PC-9801、FM-7、X1、MZ-2500、MSX など
【発売日】:1984年1月
【ジャンル】:ロールプレイングゲーム
■ 概要・詳しい説明
日本のパソコンRPG黎明期を代表する『ザ・ブラックオニキス』とは
『ザ・ブラックオニキス(The Black Onyx)』は、1980年代前半の日本におけるコンピュータRPGの歴史を語るうえで欠かすことのできない作品である。ビーピーエス(BPS/Bullet-Proof Software)から発売され、最初期の代表的なPC-8801版を皮切りに、PC-6001mkII、PC-8001系、PC-9801、FM-7、X1、MZ-2500、MSXなど、当時の日本で使用されていた数多くのパソコンへ展開された。当時は現在のように「敵を倒して経験値を稼ぐ」「キャラクターを成長させる」「装備を買い替えて強くする」「迷宮を探索しながら目的の宝物を探す」といったRPGの基本的な遊び方が一般のゲームユーザーに広く知られていたわけではない。そのため本作は単なる一本のヒットゲームにとどまらず、多くの日本人PCユーザーに「RPGとはどのようなゲームなのか」を実際のプレイを通して教えた作品として大きな意味を持つ。現在から見るとシステムそのものは非常に簡素だが、それこそが本作の重要な特徴だった。複雑な魔法体系や多数の職業、膨大なアイテム管理などをあえて整理し、迷宮を歩く、敵と戦う、お金を得る、装備を整える、仲間を増やす、さらに深い場所へ進むというRPGの楽しさを分かりやすい形に集約している。後世の豪華なRPGとはまったく異なる素朴な構成でありながら、その中には後の日本製RPGへつながっていく「成長する楽しさ」「未知の世界を探索する面白さ」「少しずつ強くなって危険な地域へ挑戦する達成感」がしっかりと存在している。
ヘンク・ロジャースが目指した「日本のユーザーにも分かるRPG」
本作の中心人物として知られるのがヘンク・ロジャースである。当時の海外では『Wizardry』や『Ultima』などのコンピュータRPGがすでに注目を集めていた一方、日本ではRPGというジャンル自体がまだ広く定着していなかった。そこでロジャースは、日本市場で本格的なRPGを成立させることを考え、『ザ・ブラックオニキス』を形にしていった。しかし開発当時のパソコンはメモリ容量も処理能力も現在とは比較にならないほど限られており、思い描いた要素を何でも搭載できるわけではなかった。その制約から生まれたのが、戦士を中心にした分かりやすいキャラクター構成と、物理攻撃主体のシンプルな戦闘である。一般的なファンタジーRPGなら魔法使い、僧侶、戦士など複数の役割を用意したくなるところだが、本作では複雑さを大胆に削ぎ落とし、プレイヤーが「強くなる」という感覚を直接理解できる設計が選ばれた。その結果として初心者がルールを覚えやすく、当時RPGを知らなかった人でも試行錯誤しながら遊べる作品になった。つまり『ザ・ブラックオニキス』の単純さは欠点だけではなく、日本でRPGを普及させるために結果的に非常に大きな役割を果たした特徴なのである。
物語の舞台は謎めいた町「ウツロ」
ゲームの目的は非常に明快である。舞台となるのは「ウツロ」と呼ばれる町。この町には、ブラックタワーのどこかに「ブラックオニキス」と呼ばれる神秘的な秘宝が存在するという伝説が残されている。プレイヤーはその秘宝を手に入れるため、自分の分身となる冒険者を作り、町の地下へ続く迷宮へ踏み込んでいく。現在のRPGのように大量のイベントシーンや長大な会話によって物語を説明するゲームではない。むしろ最低限の設定だけを提示し、「あとは自分自身で未知の世界へ入っていく」という想像力を重視した構成になっている。だからこそプレイヤーは、目の前の通路の向こうに何があるのか、地下にはどのような敵がいるのか、ブラックタワーにはどうすれば到達できるのかを自分で確かめなければならない。情報が少ないことが不親切さではなく、未知の土地を自分で調査していく冒険そのものにつながっていた点が、本作ならではの味わいである。
町まで3Dで描かれる独特の探索画面
『ザ・ブラックオニキス』で特に印象的なのが、一人称視点に近い3D風の画面表示である。地下迷宮だけではなく地上のウツロの町も同じような視点で描かれており、プレイヤーは前進、方向転換を繰り返しながら一マスずつ移動していく。現代の滑らかな3DCGとはまったく異なり、線や単純な図形を組み合わせた非常に簡素なものだが、1984年前後の家庭用パソコンで「自分が町や地下迷宮の中を歩いている」と感じられること自体が大きな魅力だった。一方で現在のゲームのようなオートマップは存在しないため、迷宮攻略では方眼紙などへ自分で通路を書き込んでいくマッピングが重要となる。角を曲がり、行き止まりを確認し、階段や特殊な場所を書き込みながら少しずつ地図を完成させる。この地道な行為こそ1980年代型ダンジョンRPGの面白さであり、「ゲームの画面だけではなく、机の上の方眼紙まで冒険の一部になる」という独特の体験を作り出していた。
外見から始まるシンプルなキャラクターメイキング
冒険を開始するには、まずプレイヤーキャラクターを作成する。現在のRPGで見られるような細かなスキル振り分けや複雑な職業選択を行うわけではなく、名前やキャラクターの外見を決めることが中心となる。髪型や服装などを選べるため、簡素なグラフィックながら自分だけの冒険者を作ったという感覚を味わえる。内部には能力値が存在するものの、それを常時数字として確認して最適化するゲームではなく、基本的には実際に戦わせながら強さを感じ取る作りになっている。また、キャラクターの状態、生命力、成長状況などをバーや視覚的な表示によって理解しやすくしていたことも特徴である。数値情報を大量に読ませるのではなく、画面を見ればある程度状況が把握できることを重視した設計は、RPGに慣れていない当時のユーザーにとって大きな助けとなった。
最大5人で構成するパーティとNPCの勧誘
冒険者は一人だけで行動する必要はなく、最大5人程度の仲間によるパーティを編成できる。自分で複数のキャラクターを用意するだけでなく、町や迷宮で出会った友好的なNPCへ声をかけ、仲間として迎え入れることも可能だった。この仕組みによってウツロの町は単なる施設の集合ではなく、「ほかの冒険者もブラックオニキスを求めて歩き回っている世界」と感じられるようになっている。遭遇した相手には、仲間へ誘う、友好的に別れる、金を要求するなど複数の対応が用意され、戦闘以外の形で他者とかかわる余地も存在した。NPCには能力の違いがあるため、より優秀な人物と出会った時に現在のメンバーと入れ替えるといった遊び方もできる。固定された物語上の仲間ではなく、旅の途中で出会った名もなき冒険者を自分の判断でパーティへ加える仕組みは、本作の世界に独特の自由さを与えている。
魔法を使わないからこそ分かりやすい戦闘システム
本作の戦闘は非常に分かりやすく、基本は武器を使った攻撃で敵を倒すことに集中している。複雑な属性、魔法、MP管理、状態異常などを覚える必要はなく、「どの敵を誰が攻撃するか」を考えることが中心になる。ただし単純だから戦略性がないわけではない。同じ敵へ複数人の攻撃を集中させた場合、途中のキャラクターがその敵を倒してしまうと後続の攻撃が無駄になる場合がある。このため敵の耐久力を予想しながら攻撃を分散することが重要になる。また、大量の敵が現れれば画面上にそれぞれの姿が表示されるため、当時としては「多数のモンスターに囲まれている」という状況が視覚的に伝わりやすかった。敵との戦闘によって経験を積み、レベルを上げ、さらに危険な階層へ挑戦するという成長循環は極めて単純だが、それだけにRPGの基本的な面白さを直接感じられる。
武器・兜・鎧・盾を買い替える成長の楽しさ
キャラクターの強化はレベルアップだけではない。ウツロの町には武器や防具を扱う店があり、戦闘で得た資金を使って装備を購入できる。武器、兜、鎧、盾などを少しずつ上質なものへ交換していくことで、パーティは着実に強くなっていく。価格の高い装備を買うために弱い敵と戦ってお金を貯め、ついに目的の装備を手に入れた時には明確な達成感がある。さらに装備品がキャラクターのグラフィックへ反映されるため、「数字が少し上がった」だけではなく「見た目まで強くなった」ことを確認できた。限られたメモリの中で数値一覧を増やすのではなく、装備状態をキャラクターの姿そのもので示す方法は、本作の視覚重視という設計思想を象徴している。
冒険を支える町の施設
ウツロには装備店以外にも外科、薬屋、検査を行う施設、銀行などが存在し、冒険の拠点として機能する。負傷した仲間を治療し、必要なら薬を用意し、余った資金を銀行へ預けてから再び迷宮へ向かう。現在のRPGで一般的になった「町で準備してダンジョンへ挑み、帰還後に装備や体調を整える」というゲームサイクルを、非常に早い時期から体験できる構成である。特に資金管理は重要で、序盤は余裕が少ないため、治療費と新しい武具のどちらを優先するかという判断も必要になる。単純な迷宮探索だけでなく、稼いだお金をどう使うかまで含めて冒険を計画することが、本作のRPGらしさを支えている。
キャラクター単位という独特なセーブの考え方
本作には当時としては自由度の高いセーブ機能があり、戦闘や買い物など一部の状況を除けば比較的好きな場所でキャラクターを保存できた。ただし現在のRPGのように「パーティ全体の世界状態を一つのセーブデータとして保存する」という考え方とは少し異なり、キャラクター単位で管理されるという特徴がある。さらに保存したキャラクターは、その人物がセーブされた場所へ行かなければ呼び出せない場合があるなど、ゲーム世界の位置情報とセーブデータが結びついていた。この独特の仕様は現代の感覚では面倒にも思えるが、逆に「キャラクターが本当にその場所に存在している」という感覚を生み出している。本作では死亡したキャラクターを気軽に蘇生させる仕組みも充実していないため、危険を感じたら引き返す判断も非常に重要になる。
地下迷宮からブラックタワーへ――段階的に厳しくなる冒険
冒険の序盤は比較的理解しやすい構造になっており、プレイヤーは歩き方、戦闘、マッピング、装備購入などを実戦の中で覚えていく。しかし地下へ進むほど迷宮は複雑になり、強力な敵や特殊な仕掛けが増えていく。特に本作を象徴する存在として知られるのが「イロ イッカイ ズツ……」に関係する謎である。説明書を読んで一本道を進めるだけでは突破できず、周囲の状況や表示の意味を考え、自分なりに試行錯誤する必要がある。この謎は『ザ・ブラックオニキス』を体験したプレイヤーの記憶に強く残る要素となった。さらに最終目的地であるブラックタワーへ近づくにつれて敵の強さも大幅に上昇し、序盤で通用した力任せの攻略では簡単に進めなくなる。初心者へRPGの基本を教えながら、終盤では本格的な迷宮攻略を要求するという難易度曲線が用意されている。
発売直後の苦戦から一転して大ヒットへ
今日では歴史的作品として知られている『ザ・ブラックオニキス』だが、発売直後から何もしなくても爆発的に売れたわけではなかった。当時の日本ではRPGという言葉や遊び方そのものがまだ十分知られておらず、店頭に置かれていても「何をするゲームなのか分からない」と感じる人が少なくなかったためである。そこでヘンク・ロジャースらはゲーム雑誌の編集部を訪問し、実際にキャラクターを作り、どのように遊ぶゲームなのかを直接説明していった。これによって各誌で作品が大きく取り上げられるようになり、認知度が急上昇した。後年の証言では、1984年春頃には月1万本規模で販売されるようになり、その勢いが続いたことで年間を代表するPCゲームへ成長したとされる。また最終的な販売規模について約15万本と紹介されることが多く、当時の日本のパソコンゲーム市場を考えれば非常に大きな成功だった。
本物の黒メノウまで利用した印象的なプロモーション
本作らしい宣伝として語られるのが、ゲーム内の秘宝と現実世界の宝石を結びつけた企画である。ブラックオニキスを発見し、条件を満たしたプレイヤーへ本物の黒メノウを贈るというキャンペーンが行われ、架空世界の宝探しを現実の賞品につなげることで大きな話題性を生み出した。ゲームをクリアすることそのものが珍しい体験だった時代に、「誰よりも早く伝説の宝石を見つける」という目的が加わったことで、プレイヤー同士の競争心も刺激された。さらに当時一般的だった価格帯よりやや高めの価格設定や、保存性のあるパッケージなど、ソフトそのものを価値のある商品として見せる工夫も施されていた。単にプログラムを販売するだけではなく、「未知のRPGというジャンルそのものを理解してもらう」というところから宣伝を始めなければならなかった点に、この時代ならではの苦労と面白さがある。
『ザ・ブラックオニキス』が日本のRPG史に残したもの
『ザ・ブラックオニキス』が現在まで語られる最大の理由は、単に古いRPGだからではない。それまでRPGを知らなかった多くのパソコンユーザーへ、キャラクターを育て、装備を整え、仲間とともに未知の迷宮を進むという遊び方を広く伝えたことに価値がある。発売された1984年前後には、日本でも『ハイドライド』『ドラゴンスレイヤー』などRPG的な作品が次々に登場し、やがて1980年代後半には家庭用ゲーム機でもRPGが巨大ジャンルへ発展していく。その流れのごく初期において、『ザ・ブラックオニキス』は3D迷宮型RPGを分かりやすく提示した重要な一本だった。現代から遊べば、魔法がない、戦闘方法が少ない、マッピングを自分で行わなければならないなど、不便に感じる部分は多い。しかし、その限られた仕組みの中だけで「次の角を曲がってみたい」「あと少し経験を積めば強くなれる」「新しい武器を買いたい」「地下のさらに奥を調べたい」と思わせるゲームの循環は非常に完成度が高い。豪華な映像や長いストーリーがなくても、探索と成長だけで人を夢中にできることを証明した作品であり、日本のPCゲーム文化にRPGを定着させるうえで大きな役割を担った歴史的タイトルといえるだろう。
■■■■ ゲームの魅力・攻略・好きなキャラクター
単純だからこそ奥深い『ザ・ブラックオニキス』最大の魅力
『ザ・ブラックオニキス』の魅力を一言で表すなら、「RPGの面白さを極限まで単純化しながら、探索と成長の快感だけはしっかり残していること」にある。現在のRPGに慣れている人が画面を見ると、魔法がない、職業選択がない、派手な必殺技もない、会話イベントも少ないという非常に簡素なゲームに感じるだろう。しかし実際に遊び始めると、弱かった冒険者が少しずつ強くなり、昨日は怖くて入れなかった場所へ今日なら進めるという成長の感覚が実に分かりやすい。敵を倒して経験を積み、得た資金で武器や防具を買い替え、地下迷宮を一層ずつ攻略していく。この循環には余計な装飾がほとんどなく、プレイヤーは「探索」「戦闘」「成長」というRPGの核そのものを味わうことになる。
方眼紙と鉛筆までゲームの一部になる探索の楽しさ
本作を語るうえで欠かせないのが、自分で地図を作る楽しさである。現在のゲームのような便利なオートマッピングは存在せず、迷宮の構造を把握するには自分自身で記録する必要があった。基本的な攻略方法は方眼紙を用意し、スタート地点を決め、前進するたびに一マスずつ通路を書き込んでいくことになる。曲がり角、行き止まり、階段、特殊な場所、危険な敵が出現した地点などをメモしていけば、自分だけの攻略地図が完成していく。最初は空白だった紙面が冒険を重ねるごとに線で埋まり、やがて迷宮全体の形が見えてくる瞬間には、現在の自動マップとはまったく異なる満足感がある。
初心者でも理解しやすい戦闘と意外に重要な攻撃配分
戦闘は一見すると単純で、基本的には武器で敵を攻撃するだけである。しかしパーティ戦では、誰がどの敵を攻撃するかという判断が思った以上に重要になる。例えば敵が三体いる状況で、こちらの五人全員が同じ一体を狙ったとする。最初の二人の攻撃で敵を倒してしまった場合、残りの仲間の行動が無駄になってしまうことがある。そのため弱い敵が複数いる時は攻撃を分散し、強敵が一体だけいる時は集中攻撃するという基本を覚える必要がある。
序盤攻略の基本は欲張らないこと
ゲーム開始直後の冒険者は非常に弱く、装備も十分ではない。そのため最初から深い階層へ突入するのは危険である。序盤攻略の基本は、ウツロ周辺や比較的安全な場所で弱い敵を倒し、少しずつ経験値と資金を稼ぐことである。一度に大きく稼ごうとせず、「敵を数回倒したら町へ戻る」「生命力が減ったら深追いしない」という慎重なプレイが有効になる。資金が貯まったらまず武器や防具を強化し、攻撃力と防御力を底上げする。
装備購入の優先順位が攻略を左右する
『ザ・ブラックオニキス』では装備がキャラクターの強さへ直接影響するため、資金の使い道は非常に重要である。まず意識したいのは、一人だけを極端に強化するのではなく、パーティ全体の最低ラインを上げることである。最前線で戦う人物だけ最強の装備にしても、ほかの仲間が簡単に倒されればパーティ全体の戦力が崩れてしまう。序盤は攻撃力を上げて敵を短時間で倒せるようにすることが有効だが、中盤以降は防御面も無視できない。
NPCを仲間にする楽しさとパーティ再編の面白さ
本作の面白い特徴の一つが、町や迷宮で出会った冒険者NPCを仲間にできることだ。現代のRPGでは物語によって仲間になるキャラクターが決められている場合が多いが、『ザ・ブラックオニキス』では旅の途中で出会った無名の冒険者がそのまま戦友になる。名前も能力も異なるため、「この人物は強そうだ」「今の仲間より頼りになりそうだ」と考えながら勧誘する楽しみがある。
レベルアップ時の成長とキャラクターごとの個性
キャラクターは戦闘を繰り返して経験値を蓄積することで成長していくが、すべての人物が完全に同じ強さになるわけではない。能力の伸びにはばらつきがあり、長期間育成するとキャラクター同士の差が目立つ場合がある。順調に能力が上昇したキャラクターは頼れる主力となる一方、思ったほど伸びなかった人物は終盤になるほど苦戦する可能性がある。
危険な敵ほど記憶に残る――クラーケンの恐怖
『ザ・ブラックオニキス』の敵キャラクターは、長い台詞や詳細な設定を持っているわけではない。それでもプレイヤーの記憶に強く残るモンスターが存在する。その代表格として語られることが多いのがクラーケンである。地下の特定地点で強制的に遭遇する可能性があり、十分に育っていない段階で出会うと非常に危険な存在となる。何も知らずに井戸へ入り、奥へ進んだ初心者が強敵と出会って一気に壊滅するという経験は、本作を象徴する洗礼の一つだった。
大量に現れる敵が生み出す独特の迫力
本作では多数の敵が同時に出現する場面があり、それぞれの姿が画面に並べて表示される。現在の基準では簡単なグラフィックに見えるが、当時のパソコンゲームでは画面上に大量の敵が並ぶ光景そのものが大きな迫力を持っていた。数の多さを文字情報だけで説明するのではなく、実際に敵の姿を並べて見せることで、「こんなに囲まれているのか」と瞬間的に理解できるのである。
強敵から逃げる勇気も攻略テクニック
本作では戦うことだけが正解ではない。生命力が減っていたり、明らかに強い敵と遭遇した場合には逃げることが重要である。古いRPGでは「出会った敵は全部倒さなければ損」と考えがちだが、『ザ・ブラックオニキス』では深追いによる全滅の損失が大きい。特に迷宮奥地で長時間探索した後に無理な戦闘を行い、育てたキャラクターを失う危険を考えれば、撤退判断は非常に重要になる。
「イロ イッカイ ズツ……」が生んだ伝説的な謎
攻略上最大級の特徴として語られるのが、カラー迷路に関連する「イロ イッカイ ズツ……」という印象的なヒントである。この言葉は本作を象徴するフレーズの一つになっており、当時プレイした人の中には、この意味を理解するまで長時間迷った人も少なくない。現在のゲームであれば目的地がマーカーで表示されたり、何度か失敗すると追加ヒントが出たりすることも多いが、本作ではプレイヤー自身が画面の変化や周囲の構造を観察し、その規則性を見抜かなければならない。
ブラックタワーではそれまでの常識が通用しなくなる
地下迷宮で十分に成長し、必要な謎を解いていくと、いよいよ最終目的地となるブラックタワーへの攻略が視野に入る。ここからは敵の強さも探索難易度も一段階上がり、それまで比較的順調に進んできたパーティでも簡単には突破できない。地下で十分育てたつもりでも、ブラックタワーの敵から大きなダメージを受けることがあり、装備やパーティ構成の見直しを迫られる。
魔法のマントは便利だが扱い方が難しい
終盤の装備として印象的なのが、特定の敵から入手できる「魔法のマント」である。店で普通に購入する装備とは異なり、敵から入手する希少品であるため、入手そのものが一つの目標になる。この装備を身につけることで敵から狙われにくくなる効果が期待できるが、パーティ全員が同じように装備していない場合、結果としてほかのメンバーへ攻撃が集中しやすくなる場合がある。
印象に残るキャラクターはプレイヤー自身が作った冒険者
本作には現代RPGのような長大な設定を持つ主人公やヒロインは存在しない。そのため「好きなキャラクター」を挙げるなら、最も強く印象に残るのは自分自身で作った冒険者になるだろう。最初は粗末な装備しか持たず、弱い敵にも苦戦していた人物が、何時間もの冒険を経て強力な武器と防具を身につけ、危険なブラックタワーへ挑めるほど成長する。その過程をすべてプレイヤー自身が見届けているため、既成の物語上の主人公以上に思い入れが生まれる場合がある。
好きな存在として挙げたい「名無しの仲間たち」
個人的に本作らしさを象徴する存在として印象深いのは、町や迷宮で出会う名無しに近いNPCたちである。彼らは大きな物語イベントを持たず、決まった台詞を大量に話すわけでもない。しかし偶然出会い、仲間へ誘い、その人物が思いがけず強かった時には非常に頼もしい存在となる。一方で、せっかく仲間にした人物が期待したほど成長せず、途中で別の冒険者と入れ替えることもある。
クリア条件は伝説のブラックオニキスを発見すること
ゲームの最終的な目標は、ブラックタワーを攻略し、その最深部に存在するとされる「ブラックオニキス」を発見することである。そこへ到達するには、単に敵を倒してレベルを最大まで上げればよいわけではない。地下迷宮を探索してルートを把握し、十分な装備とパーティを整え、カラー迷路などの謎を突破し、強敵が待つブラックタワーを登り切らなければならない。
攻略の必勝法は「地図・装備・撤退」の三つ
本作を安定して攻略するための基本を三つ挙げるなら、「正確な地図を作ること」「装備更新を怠らないこと」「危険なら引き返すこと」である。まず地図がなければ、どれだけキャラクターを強くしても迷宮で迷い続けることになる。次に装備が弱いままでは強敵との戦闘が長引き、被害が大きくなる。そして最後に重要なのが撤退判断である。
裏技以上に重要だったセーブの活用
『ザ・ブラックオニキス』では、現在のゲームでいう派手な裏技や隠しコマンドよりも、セーブシステムを理解して活用することのほうが重要である。キャラクター単位で保存される独特の仕様を理解し、危険な探索へ入る前に状態を残しておけば、万一の事故に備えることができる。またレベルアップ時の成長にはばらつきがあるため、プレイヤーによっては保存と再読み込みを利用してより良い成長結果を狙う遊び方も行われた。
難易度は序盤よりも中盤以降に本性を見せる
『ザ・ブラックオニキス』は、最初から理不尽なほど難しいゲームというより、プレイヤーがルールを覚えるにつれて徐々に難度を上げていく構成を持っている。序盤は弱い敵を相手に戦闘方法を覚え、町の施設の使い方を理解する。中盤になると迷宮の構造が複雑になり、マッピング能力が要求される。そして後半ではカラー迷路やブラックタワーなど、単純な力押しでは突破しにくい難所が現れる。
ゲームそのものを研究する楽しさ
『ザ・ブラックオニキス』には細かなルールをすべて説明する現代的なチュートリアルがない。そのためプレイヤーは実際に遊びながら「この武器はどれくらい強いのか」「この敵にはどの程度のレベルが必要なのか」「このNPCは強いのか」「この通路はどこへつながるのか」を少しずつ調べることになる。ゲーム攻略というより、一つの未知の世界を研究している感覚に近い。
今遊んでも感じられる「あと少しだけ」の中毒性
本作のゲームサイクルには、「あと少しだけ」という気持ちを生む力がある。あと一回戦えばレベルが上がりそう、あと少しお金を貯めれば新しい武器が買える、あと一つ曲がり角を調べれば地図が完成しそう。この小さな目標が連続することで、気がつくと長時間遊んでしまう。
総合すると「自分自身が冒険者になれる」ことが最大の面白さ
『ザ・ブラックオニキス』には豪華な物語演出も、著名な声優による会話も、映画のような映像も存在しない。それにもかかわらず多くの人の記憶に残った理由は、ゲームが用意した主人公の物語を見るのではなく、自分自身で冒険の記録を作る作品だったからである。自分で名前を付けたキャラクターを育て、自分で地図を書き、自分で装備を選び、自分で仲間を見つけ、自分の判断で地下へ潜る。そして何度も失敗しながら最後にはブラックタワーを突破する。そこにはプレイヤーが物語の傍観者ではなく、完全に冒険の当事者になる感覚がある。
■■■■ 感想・評判・口コミ
「初めてRPGという遊び方を知った」という声が多い作品
『ザ・ブラックオニキス』を当時体験したプレイヤーの感想を語るうえで、最も特徴的なのが「これでRPGというものを知った」という印象である。現在ではRPGというジャンル自体が当たり前の存在になっており、レベルを上げる、装備を買う、仲間を増やす、ダンジョンを探索するという仕組みも特別なものではない。しかし1984年前後の日本では、そうしたゲームの進め方そのものがまだ新鮮だった。
「とにかく分かりやすかった」という高評価
当時のプレイヤーから評価されやすかった部分として、システムの理解しやすさが挙げられる。本格的な海外系RPGでは、数多くの能力値、魔法、職業、呪文名などを理解しなければならず、初心者には高い壁があった。それに対して『ザ・ブラックオニキス』は、基本的に「敵を殴る」「経験を積む」「強い武器や防具を買う」「地下へ進む」という流れが中心である。
3D迷宮を歩く感覚への驚き
ゲーム画面に対する印象も非常に強かった。線を主体にした簡素な3D表現ではあるものの、当時のPCゲームで「自分が迷宮の中を進んでいる」と感じられることは十分に刺激的だった。さらに地下だけでなく町まで同じ視点で歩けるため、ウツロという土地全体が一つの空間として存在している感覚を味わえた。
方眼紙に地図を書くことまで楽しかったという感想
本作に対する現在では珍しい種類の感想として、「マッピングそのものが楽しかった」というものがある。現在のゲームでは地図が自動的に完成し、目的地まで案内してくれることも多いが、『ザ・ブラックオニキス』ではプレイヤー自身が方眼紙へ通路を書き込む必要があった。これは便利さだけで考えれば明らかに手間である。しかしその手間が、未知の迷宮を調査しているという感覚を大きくしていた。
少しずつ強くなる感覚が非常に気持ちいい
プレイした人の満足感につながりやすいのが、キャラクターの成長が分かりやすいことである。ゲーム開始直後は少数の敵にも苦戦し、少し深い場所へ入っただけで危険な状況になる。しかし戦闘を重ね、経験を積み、装備を買い替えていくと、以前は恐ろしかった敵を簡単に倒せるようになる。この変化が非常に明確であるため、「強くなった」という感覚を実感しやすい。
「イロ イッカイ ズツ……」に悩まされた思い出
『ザ・ブラックオニキス』経験者の間で特に強く記憶されているものの一つが、「イロ イッカイ ズツ……」という謎めいたヒントである。この言葉を見ただけで当時の苦労を思い出す人もいるほど、本作を象徴する要素になっている。現代のゲームのように詳しい説明が出るわけではなく、プレイヤー自身が意味を考え、試しながら解答を探さなければならなかった。
クラーケンなど強敵に対する「怖さ」が忘れられない
敵キャラクターに関する感想では、序盤や準備不足の状態で突然強敵に遭遇した体験がよく印象に残る。本作には安全な場所と危険な場所の差があり、知らずに深く進んでしまうと予想以上に強い敵へ遭遇することがある。中でもクラーケンのような強敵は、初見プレイヤーに大きな衝撃を与える存在だった。
自分で作ったキャラクターへの愛着が大きい
ストーリー上の有名な主人公が存在しないにもかかわらず、キャラクターへの思い入れが強くなるという点も好意的に語られる部分である。自分で名前を決めた冒険者を最初から最後まで育てるため、そのキャラクターはプレイヤーにとって特別な存在になる。
NPCを仲間にできる仕組みも好評だった
町や迷宮で偶然出会ったNPCを仲間へ誘えることについても、自由度を感じさせる要素として評価されやすい。当時としては、ゲーム世界を歩いている人物が単なる背景ではなく、そのまま仲間になる可能性があるという仕組み自体が面白かった。
戦闘が単調だという厳しい評価もある
もちろん評価が良い部分ばかりではない。現代から本作を遊んだ場合、特に不満として出やすいのが戦闘の単調さである。魔法や特殊技、属性攻撃、状態異常といった要素がほとんどなく、基本的には物理攻撃を繰り返すことになる。そのため数多くの敵と戦い続けると、同じ作業を繰り返しているように感じる人もいる。
物語性の薄さは人によって評価が分かれる
現在のRPGでは、キャラクター同士の会話や世界設定、感動的なイベント、エンディング演出などが作品評価の大きな要素になる。しかし『ザ・ブラックオニキス』はストーリーを大量の文章で見せるタイプの作品ではない。そのため「物語を楽しみたい」という目的で遊ぶと、かなり淡白に感じる可能性がある。一方でこの点を長所と感じる人もいる。
不親切さを懐かしむ声と苦痛に感じる声
マップを自分で作らなければならないこと、ゲーム内での説明が少ないこと、強敵の危険性を事前に教えてくれないことなど、本作には現代では不親切と判断される要素が数多く存在する。当時のプレイヤーの中には、それらを含めて「自分で攻略するゲーム」として楽しんだ人が多かった。一方、現在初めて遊ぶ人の中には、何をすればよいのか分かりにくい、移動が面倒、同じ場所を何度も歩くのが苦痛だと感じる人もいる。
セーブシステムへの評価も独特
好きな場所で比較的自由にセーブできる点は当時としては便利だったが、キャラクター単位で保存され、場所との関係が存在する仕様には戸惑う人もいた。現在の感覚で考えると非常に癖のある仕組みである。しかしこの仕様を理解すると、キャラクターが本当にゲーム世界の特定地点に存在しているように感じられる面白さもある。
友人同士で情報を交換する楽しさが大きかった
『ザ・ブラックオニキス』の評判を考える際、ゲーム単体だけではなくプレイヤー同士の交流も重要である。インターネットが存在しない時代、攻略情報は雑誌、友人、学校や職場での会話などを通じて広まった。「あの場所はどうやって通ったのか」「どの装備が強いのか」「あの敵には勝てたか」といった情報交換が自然に行われ、それ自体がゲームの楽しみになっていた。
「昔のゲームなのに忘れられない」という評価
後年の評価で興味深いのは、グラフィックや音楽では後世の作品に到底及ばないにもかかわらず、強烈に記憶へ残っているという声が多いことである。これは作品の技術的な完成度だけでは説明できない。『ザ・ブラックオニキス』が多くの人にとって「初めて自分でキャラクターを育てたゲーム」「初めて自分で地図を書いたゲーム」「初めて数日、数週間かけて攻略したゲーム」だったことが大きい。
現在から遊ぶと歴史教材のような面白さもある
現在のプレイヤーが『ザ・ブラックオニキス』へ触れる場合、単純に最新RPGと比較するのではなく、日本のRPG文化がどのように始まったのかを体験するという楽しみ方が適している。現在では当たり前になったレベル上げ、装備更新、パーティ編成、3D迷宮、NPC勧誘などが、非常に原始的な形で組み込まれている。
遊び手によって70点にも100点にもなる古典的名作
『ザ・ブラックオニキス』を現在の基準だけで採点すれば、単調な戦闘、不親切な説明、簡素な映像、少ない物語など、多くの弱点を挙げることができる。しかし1984年前後という発売時期、当時の日本におけるRPGの認知度、ハードウェア性能、そして実際に多くのプレイヤーへ新しい遊び方を伝えた功績まで含めて評価すれば、まったく違った見え方になる。
総合的な感想――「不便なのに面白い」ことこそ最大の魅力
『ザ・ブラックオニキス』を総合的に振り返ると、現在では欠点に見える部分の多くが、同時に作品の魅力へつながっていることに気づく。地図がないから自分で書く。説明が少ないから自分で考える。強敵の場所が分からないから慎重に探索する。仲間の能力が固定されていないから誰を育てるか悩む。戦闘方法が単純だからこそ装備や攻撃対象の選び方が重要になる。このように、ゲーム側がすべてを準備してくれないからこそ、プレイヤー自身が冒険へ参加する余地が大きかった。
■■■■ 当時の宣伝・現在の中古市場など
発売しただけでは理解してもらえなかった「RPG」という新ジャンル
『ザ・ブラックオニキス』の発売当時を振り返るうえで重要なのは、1984年の日本では「ロールプレイングゲーム」という言葉そのものが、現在ほど一般的ではなかったことである。アクションゲームなら敵を撃つ、シューティングなら弾を避けながら進むという目的を画面写真からある程度想像できたが、本作の場合はキャラクターを作成し、経験を蓄積して強くし、装備を整えながら長期間かけて迷宮を探索するという遊び方そのものを説明しなければならなかった。つまりBPSが売らなければならなかったのは一本のゲームだけではなく、「RPGという遊び方」そのものだったのである。
ゲーム雑誌そのものが最大級の宣伝媒体だった
インターネットも動画配信サイトも存在しなかった1984年前後、パソコンゲームの新作情報を知る重要な手段は専門雑誌だった。雑誌の記事、広告、攻略情報、読者投稿、ランキングなどがソフトの知名度へ直結していたため、『ザ・ブラックオニキス』にとって雑誌媒体で遊び方を説明してもらうことは非常に大きな意味を持っていた。
「ブラックオニクス」から「ブラックオニキス」へ――広告にも残る歴史
初期の雑誌記事や広告を見ると、現在一般的な「ブラックオニキス」ではなく「ブラックオニクス」と表記されている例が存在する。後に「ブラックオニキス」という表記へ統一されていったが、こうした細かな違いも黎明期作品ならではの面白い部分である。
本物の黒メノウを贈るという大胆なキャンペーン
『ザ・ブラックオニキス』を代表する販売促進企画として有名なのが、ゲーム内で秘宝を発見したプレイヤーと現実世界の宝石を結び付けたキャンペーンである。ゲームを攻略してブラックオニキスを発見し、条件を満たしたプレイヤーへ本物の黒メノウを贈る企画が行われたとされている。ゲーム内の目標と現実の景品を一致させるアイデアは話題性が高く、攻略そのものを宣伝へ結びつける巧みな手法だった。
口コミが広告以上の力を持つようになった
雑誌記事によって作品を知ったユーザーが実際に遊び始めると、今度はプレイヤー同士の口コミが大きな宣伝になった。「キャラクターが成長するらしい」「自分でパーティを作れる」「地下に非常に強い敵がいる」「イロ イッカイ ズツ……という謎が分からない」といった情報が学校、職場、パソコンショップ、ユーザーグループなどを通じて広がった。
長期販売を支えた多数のパソコンへの移植
PC-8801だけで終わらず、PC-6001系、PC-9801、FM-7、X1、MSX、MZ系など複数の環境へ展開されたことも、販売期間を長くした重要な理由である。当時の日本には現在のWindows PCのような事実上の統一環境が存在せず、NEC、富士通、シャープなどのパソコンがそれぞれ異なる仕様を採用していた。そのため人気ゲームになるには、一つの機種だけではなく複数機種へ移植することが重要だった。
約15万本という販売実績の意味
『ザ・ブラックオニキス』については累計約15万本規模の販売実績が広く紹介されている。当時のパソコン専用ゲームとして考えれば大成功といえる数字である。現在の家庭用ゲームソフトと単純比較することはできないが、家庭へのパソコン普及率が現在より低く、さらに市場が複数機種へ細分化されていたことを考えると、その成功の大きさが分かる。
現在は「遊ぶためのソフト」から「保存する文化財」に近い存在へ
発売から40年以上が経過した現在、『ザ・ブラックオニキス』のオリジナルPC版は通常の中古ゲームというより、レトロPCコレクター向けアイテムとして扱われる傾向が強くなっている。磁気ディスクやカセットテープなど古い記録媒体には劣化の問題があり、出品されていても実機で正常に読み込める保証がない場合が多い。そのため価格を決めるのは「ゲームが動くかどうか」だけではない。箱、説明書、アンケート葉書、ディスクラベル、ケースなどが揃っているか、初期版なのか後期版なのか、保存状態が良いかといったコレクション要素が大きく影響する。
PC-8801版の中古相場は状態による差が非常に大きい
現在の中古流通では、PC-8801版は状態や付属品によって数千円台から数万円規模まで価格差が見られる。箱・説明書・葉書などが揃った個体や保存状態の良いものは高く評価されやすく、動作未確認、箱傷み、付属品欠品などがあると価格が大きく下がる。そのため「PC-8801版の相場はいくら」と一つの数字で表すよりも、保存状態による差が非常に大きい市場と理解したほうがよい。
TAKERU版も独立したコレクターズアイテムになっている
後年にソフト自動販売機「TAKERU」で販売された版も中古市場へ流通することがある。TAKERU版は通常の市販パッケージとは販売方法や付属品が異なり、TAKERUというシステムそのものを収集するレトロPCファンから注目されることがある。オリジナル初期版とは異なる意味で、1980~1990年代のパソコンソフト流通を知る資料的価値を持つ。
中古相場は数千円から数万円まで大きく変動
『ザ・ブラックオニキス』という作品名で中古市場を見ると、PC各機種版、ゲーム機版、ソフト単品、完品などが混在するため価格帯は非常に広い。機種によって希少性が異なることに加え、箱や説明書の有無、媒体の状態、動作確認の有無によっても価格が変化する。そのため購入時にはタイトル名だけではなく、対応機種と商品の状態を細かく確認することが重要となる。
意外な高額商品となっているゲームボーイカラー版
中古市場で興味深い存在が、2001年に発売されたゲームボーイカラー版である。PCオリジナル版より新しいにもかかわらず、流通数や完品の希少性によって高額になることがあり、箱・説明書付きの状態が良い商品では数万円規模で扱われるケースもある。このように、単純に発売年が古いほど高価になるわけではなく、現存数と需要によって相場が形成されている。
「過去最高価格」は簡単には断定できない
オークションやフリマにおける歴代最高価格については、公開データの保存期間や商品の状態差があるため、正確な一つの数字を断定することは難しい。未開封品、完品、動作確認済み、欠品あり、複数タイトルセットなど条件が異なり、単なる出品価格と実際の落札価格も区別する必要がある。そのため「史上最高○万円」と断言するより、PC版やゲームボーイカラー版の良好な完品が数万円規模まで上昇する場合がある、と理解するほうが現実的である。
中古品を購入する際は「動作確認済み」だけで判断しない
現在オリジナルPC版を購入するなら、価格以上に注意したいのが媒体の状態である。5インチや3.5インチのフロッピーディスク、カセットテープなどは経年劣化が進んでおり、「外観がきれい」だから正常に読み込めるとは限らない。また出品者側に対応する実機がなく、「動作未確認」「ジャンク扱い」として販売されるケースも多い。コレクション目的なら箱や説明書の状態を優先してもよいが、実際にプレイする目的なら対応機種、メディア種類、起動確認の有無まで確認したほうがよい。
ソフトだけでなく説明書・広告・雑誌まで価値を持つ時代へ
『ザ・ブラックオニキス』の場合、ゲーム本体だけを集めるのではなく、当時の説明書、アンケート葉書、広告掲載誌、攻略記事、続編『ザ・ファイアークリスタル』などをまとめて収集する楽しみもある。特にRPGという言葉を一から説明していた初期広告は、現在見るとゲーム史の資料として非常に興味深い。当時は単なる宣伝だった紙面が、40年以上を経た現在では「日本でRPGがどのように紹介されていたのか」を知る資料として価値を持つようになっている。
販売方法まで含めて1980年代PCゲーム文化を象徴する作品
『ザ・ブラックオニキス』の販売史を振り返ると、この作品が成功した理由はゲーム内容だけではないことが分かる。RPGを知らない編集者へ直接実演し、雑誌記事によって遊び方を伝え、プレイヤー同士の口コミを生み、本物の黒メノウを利用した企画で話題を作り、多数のパソコンへ移植して販売期間を延ばしていった。その結果、当初は理解されにくかった新ジャンルのゲームが、日本のPCゲームを代表するヒット作へ成長した。さらに40年以上を経た現在では、当時のソフト、説明書、広告、雑誌までもがレトロゲーム文化の資料として取引されている。
■■■■ 総合的なまとめ
『ザ・ブラックオニキス』は日本のRPG黎明期を象徴する一本
『ザ・ブラックオニキス』を総合的に評価すると、この作品の最大の価値は単に「1984年頃に発売された古いRPG」という部分にはない。まだ日本のパソコンユーザーにロールプレイングゲームという遊び方が十分浸透していなかった時代に、キャラクターを育てる、仲間を集める、装備を強化する、地下迷宮を探索する、強敵を倒してさらに奥へ進むというRPGの基本的な面白さを、非常に分かりやすい形で提示したことに大きな意味がある。
ゲームの核心は「成長」と「探索」を繰り返す楽しさ
本作には派手なイベントや壮大な演出はない。しかし、ゲームを始めたばかりの弱い冒険者が少しずつ成長し、より強い武器や防具を身につけ、それまで危険だった迷宮へ踏み込めるようになる過程には、RPGの基本的な快感が凝縮されている。最初は一度の戦闘にも緊張し、生命力が減ればすぐ町へ引き返していたキャラクターが、やがて多数の敵を相手にできるようになる。
自分で方眼紙に地図を書く時代ならではの冒険感
現在から振り返った時に特に魅力的なのが、自分で迷宮地図を作りながら攻略する遊び方である。オートマップや目的地マーカーが存在しないため、曲がり角、階段、袋小路、特殊な地点などをプレイヤー自身が記録する必要がある。これは利便性だけを考えれば面倒だが、ゲーム世界への参加感という意味では非常に強い。
単純な戦闘は長所でもあり弱点でもある
戦闘システムについては評価が分かれる。本作では基本的に武器を使った直接攻撃が中心であり、魔法や複雑な特殊能力を使い分ける戦闘ではない。そのため初めてRPGを遊ぶ人にとっては非常に理解しやすく、攻撃対象の振り分けや撤退判断だけでも十分に戦術らしさを感じられる。一方で、現代のRPGを基準にすれば選択肢の少なさは明確な弱点となる。
ウツロの町そのものを3D空間として歩ける新鮮さ
本作では地下迷宮だけでなく、冒険の拠点となる町「ウツロ」まで3D風の一人称視点で描かれている。この点も当時としては非常に印象的だった。武器屋や防具屋へ行くにも町の中を実際に歩き、方向を変えながら目的地を探していくため、単純なメニュー画面から施設を選ぶ方式よりも「町の中で生活している」という感覚が強い。
固定された英雄ではなく「自分のキャラクター」が主人公
『ザ・ブラックオニキス』には、後世のRPGのような強烈な個性を持つ主人公やヒロインが用意されているわけではない。しかし、その代わりにプレイヤー自身が作ったキャラクターが物語の中心となる。名前を決め、外見を選び、戦わせ、装備を買い与え、長時間かけて育てていく。その過程を通して、最初は何の設定もなかったキャラクターへ自然に愛着が生まれる。
カラー迷路と「イロ イッカイ ズツ……」は作品を象徴する存在
本作を経験した人の記憶に残りやすいものとして、カラー迷路と「イロ イッカイ ズツ……」という独特のヒントがある。普通に敵を倒してレベルを上げるだけでは突破できず、表示される情報の意味を考えなければならないため、多くのプレイヤーを悩ませた。この謎は不親切ともいえるが、一方で『ザ・ブラックオニキス』という作品を単なる戦闘とレベル上げだけのゲームにしなかった重要な要素でもある。
ブラックタワーはRPG初心者の卒業試験
序盤の地下迷宮がRPGの基本を学ぶ場所だとすれば、終盤のブラックタワーはそれまで身につけた技術を試す場所といえる。十分なレベル、装備、パーティ人数だけでなく、地図を正確に作る能力、危険な戦闘を避ける判断力、撤退するタイミングなどが必要になる。
PC-8801版は歴史的な基準点となる存在
さまざまな機種へ展開された『ザ・ブラックオニキス』だが、歴史的に作品の原点を味わうという意味ではPC-8801系の初期版が基準点となる。表示速度、文字、色使い、操作感などには1984年のパソコンゲームらしい特徴が色濃く残されており、現在遊ぶとかなり素朴に感じる。しかし、その素朴さも含めて当時のユーザーが受けた衝撃を想像できることが魅力である。
PC-6001系では制約の中でRPGを成立させた面白さがある
PC-6001系のように性能や画面表示能力が限られた機種へ移植された版では、オリジナルの要素をどのように小さなハードへ収めるかという工夫が大きな見どころになる。グラフィック表現、色数、処理速度などで上位機種との差を感じる部分はあるものの、基本的な探索、戦闘、成長という本作の核心部分は維持されている。
FM-7・X1など各社パソコン版にはそれぞれの味がある
FM-7やX1などへの移植も、本作の知名度を全国のPCユーザーへ広げるうえで重要だった。当時のパソコンはメーカーやシリーズによって画面モード、サウンド、処理能力、記録媒体などが異なっており、同じタイトルでも完全に同一の感覚にはならない。そのためプレイヤーによって「自分が遊んだブラックオニキス」の記憶が異なる。
PC-9801やMZ-2500などでは時代に応じた見え方の変化も楽しめる
より高性能なパソコンへ展開された版では、初期機種版と比べて画面の見え方や動作環境に違いが生まれている。ただし『ザ・ブラックオニキス』は、豪華なグラフィックそのものを目的とした作品ではないため、ハード性能が上がったからといってゲームの本質が劇的に変わるわけではない。
MSX版は多くの家庭へ作品を届けた重要な存在
MSXへの展開も『ザ・ブラックオニキス』の知名度を広げるうえで無視できない。MSXは多くのメーカーから対応機が発売され、家庭向けパソコンとして広く普及したため、専用の高価なPCを所有していないユーザーがRPGへ触れる入口の一つとなった。
家庭用ゲーム機への移植では保存方法や操作環境が変化
パソコンだけでなく家庭用ゲーム機へ移植された版では、キーボードやディスクを前提としたオリジナルとは異なる操作体系へ調整されている。代表的なSG-1000系への展開では、家庭用ゲーム機らしいコントローラー操作に適応するとともに、パソコン版とは異なる保存方法が採用された。こうした変更によって、ゲームの基本部分は同じでも遊んだ時の感触は変化する。
ゲームボーイカラー版は原作そのままではなく後世からの再構築
2001年にはゲームボーイカラー向けにも『ザ・ブラックオニキス』が登場している。この時点でオリジナル版から約17年が経過しており、1984年のPCゲームをそのままコピーしたというより、携帯ゲーム機という別の環境で作品を再構築した位置づけとして見るほうが分かりやすい。画面構成、操作性、演出などは携帯機へ合わせる必要があり、オリジナルPC版をそのまま体験したい人と、タイトルの世界を比較的遊びやすい形で味わいたい人では評価が変わる。
機種ごとの完成度は「性能」だけでは決められない
同タイトルの各機種版を比較する場合、単純に色数が多い、表示が速い、画面がきれいという条件だけで完成度を決めることは難しい。『ザ・ブラックオニキス』で重要なのは、迷宮の視認性、キャラクターの状態が把握しやすいか、操作にストレスがないか、セーブやロードが扱いやすいかといった総合的な部分である。また1980年代の移植では機種ごとの性能差が大きかったため、高性能機種版ほど忠実に再現できる一方、低価格帯ハード版には「この性能でよく成立させた」という別種の価値がある。
現在では欠点に見える部分も当時は重要な設計だった
現代のユーザーが初めて遊べば、「移動が遅い」「戦闘が単調」「ストーリーが薄い」「マップがない」「説明不足」と感じる可能性は高い。しかし、その欠点をそのまま現代作品と比較するだけでは本作の価値を見誤る。1984年前後には、キャラクターを作って育て、ゲームを中断して後日続きを遊び、数週間かけて一つの迷宮を攻略するという体験自体が新しかった。
中古市場で高く評価される理由も歴史的価値にある
現在の『ザ・ブラックオニキス』は、遊ぶための中古ソフトであると同時に、日本のパソコンゲーム史を残すコレクション品になっている。特に初期PC版ではパッケージ、説明書、ディスク、カセット、付属葉書などが揃っている個体ほど価値が高くなりやすい。40年以上前の磁気媒体は保存状態によって動作が大きく左右されるため、実際に遊べるかどうかとコレクションとしての価値が別々に評価されることもある。
『Wizardry』の影響を日本向けの分かりやすさへ変換した作品
ゲーム史的に見ると、『ザ・ブラックオニキス』は海外のダンジョンRPGから受けた影響を、日本市場で理解しやすい形へ整理したところに大きな特徴がある。3D迷宮、パーティによる探索、経験を重ねてキャラクターを育てるといった基本には欧米RPGとの共通点がある一方、複雑な職業や魔法を大胆に省略し、視覚的に状態を分かりやすくすることで敷居を下げた。この「海外で生まれたRPGの考え方を、日本のユーザーが遊びやすい形に再設計する」という方向性は、その後の日本製RPGが独自に進化していくうえでも重要な考え方だった。
現在プレイするなら「便利さ」より「歴史を体験する」気持ちで楽しみたい
2020年代以降に『ザ・ブラックオニキス』を初めて遊ぶ場合、現在のRPGと同じ快適さを期待すると厳しい部分が多い。むしろ「1984年のプレイヤーはこれをどのように攻略したのか」と考えながら遊ぶと非常に面白い。可能なら方眼紙を用意し、攻略情報をすぐに見ず、自分で迷宮を書きながら遊んでみると本作の設計思想が理解しやすい。
総合評価――豪華さではなく「RPGを知る喜び」を残した歴史的名作
『ザ・ブラックオニキス』は、現在の基準で見れば決して万能なRPGではない。戦闘の選択肢は少なく、ストーリー表現も控えめで、マッピングを自分で行う手間もある。しかし、それらを含めても日本のゲーム史における価値は非常に大きい。何も知らない状態からキャラクターを作り、町を歩き、敵と戦い、装備を整え、自分で地図を書きながら地下へ潜る。そして強敵や難解な謎を突破し、最終的にブラックタワーの秘宝へたどり着く。その一連の流れだけで「冒険するとはどういうことか」をプレイヤーへ理解させる力を持っていた。PC-6001、PC-8801、PC-9801、FM-7、X1、MZ系、MSXなど数多くのパソコンへ展開され、さらに家庭用ゲーム機や後年の携帯ゲーム機へ名前が引き継がれたことも、この作品が一時的な話題作ではなかったことを示している。現在ではより複雑で、美しく、快適なRPGが無数に存在する。それでも『ザ・ブラックオニキス』の価値が消えないのは、豪華な表現ではなく「知らない場所へ進んでみたい」「もっと強くなりたい」「この迷宮の先を知りたい」というRPGの根源的な欲求だけでプレイヤーを動かした作品だからである。日本のパソコンRPG黎明期を体験できる歴史資料であると同時に、成長と探索というジャンル本来の面白さを極めて純粋な形で残している。そうした意味で『ザ・ブラックオニキス』は、現在も日本コンピュータRPG史の重要な一ページとして語り継ぐ価値を持つ歴史的作品と総括できる。
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