【発売】:パック・イン・ビデオ
【対応パソコン】:MSX2 など
【発売日】:1987年12月16日
【ジャンル】:ボードゲーム
■ 概要・詳しい説明
● 1987年のMSX2市場に登場した、伝統的な盤ゲームを一人で楽しめるよう再構築した異色作
『軍人将棋』は、1987年にパック・イン・ビデオから発売されたMSX2向けのコンピュータゲームで、開発を担当したのはKLONである。題材となっているのは、その名の通り古くから日本で親しまれてきた盤上遊戯「軍人将棋」だが、本作は単純に実物の盤と駒をコンピュータ画面へ置き換えただけの作品ではない。軍人将棋というゲームが持つ「相手の駒の正体が分からない」「戦闘するまで敵の強さを完全には判断できない」という特殊な仕組みを活用し、一人でも遊べるコンピュータ対戦ゲームとして成立させているところに大きな特徴がある。一般的な将棋やチェスでは、盤上に置かれている駒の種類を双方のプレイヤーが最初から把握している。ところが軍人将棋では、相手側から見れば敵の駒の種類が伏せられているため、目の前へ進んできた一枚が大将なのか、タンクなのか、それとも相手を惑わせるための弱い駒なのかを即座には判断できない。盤面に表示されている位置関係だけでなく、「その駒がこれまでどのように移動してきたか」「どの駒と戦って勝ったか」「なぜその場所を守り続けているのか」といった行動履歴から正体を推測することになる。この情報の隠蔽こそが軍人将棋最大の面白さであり、本作でもその心理戦がゲームの中心に置かれている。実物の軍人将棋では、双方が相手に駒の正体を見せない関係から、駒同士が衝突した際の勝敗を判断する第三者が必要になる場合がある。ところがコンピュータゲーム化すれば、この判定役をプログラム側が担当できる。プレイヤーは対戦相手や審判役を用意する必要がなく、MSX2一台があればいつでも軍人将棋を始めることができる。この題材とコンピュータとの相性の良さは、本作を理解するうえで非常に重要である。1980年代後半のパソコンゲーム市場では、アクション、シューティング、ロールプレイング、アドベンチャーなどが人気を競っていた。その中で昔ながらの軍人将棋を正面から取り上げた本作はかなり個性的な存在だったが、作品全体の印象は堅苦しい軍事シミュレーションではない。後述するCPUキャラクター「BAGU」の存在によって、真剣な頭脳戦と脱力系のギャグが同居する、ほかではあまり見られないゲームへ仕上げられている。
● 31枚型を採用した本格的な軍人将棋と、独自ルールによって生まれる読み合い
本作で採用されている基本形式は、軍人将棋の中でも駒数の多い31枚型に属する。大将・中将・少将といった将官、大佐・中佐・少佐などの佐官、大尉・中尉・少尉などの尉官に加え、飛行機、タンク、騎兵、工兵、スパイ、地雷、軍旗といった特殊な性質を持つ駒が入り乱れるため、通常の将棋とはまったく異なる戦術が要求される。軍人将棋では単純に階級の高い駒を前進させればよいわけではない。基本的な軍階級には上下関係が存在するものの、特殊駒にはそれを覆す相性関係が設定されている。強力な駒であっても特定の相手には弱く、一見すると価値の低そうな駒が重要な局面で強敵を倒すこともある。この「絶対的な最強駒が存在しにくい」という構造によって、プレイヤーは高位の駒だけを頼りにする単純な戦法では勝ち続けられない。さらに重要なのが、敵の駒が最初から明らかになっていないことである。こちらから見れば敵軍の駒は正体不明であり、接触して初めてその強さについて手掛かりが得られる。そのため、単なる駒交換にも情報収集という意味が発生する。弱い駒をあえて敵へぶつけ、相手の正体を調べる行動も立派な戦術になるのである。貴重な駒を安全に温存するか、それとも敵の正体を知るために多少の犠牲を受け入れるか。この判断の積み重ねが勝敗を左右する。本作では31枚型を基礎としながら、盤面や駒同士の強弱関係には独自のローカルルールも取り入れられている。浮島を備えたX型の軍人将棋盤が使用され、工兵とタンクの力関係や地雷との戦闘結果などにも、本作で採用されたルールに沿った処理が行われる。そのため、別の軍人将棋セットや家庭内ルールに慣れているプレイヤーの場合、最初は自分の知っている勝敗関係との違いに戸惑う可能性がある。しかし、その違いを理解してしまえば本作独自の戦術が見えてくる。どこへ重要な駒を配置するのか、地雷をどのように防衛へ利用するのか、敵に重要人物だと思わせる囮をどこへ置くのかなど、対局開始前の初期配置からすでに駆け引きは始まっている。通常の将棋では初期配置が固定されているが、軍人将棋では自軍の布陣そのものが戦術であり、攻撃型、防衛型、偽装型など自分なりの作戦を構築できるところが長く遊べる理由となっている。
● 最大の名物となった対戦相手「BAGU」――CPUなのに妙に人間臭いキャラクター
本作を単なる軍人将棋ソフトではなく、強烈な個性を持つ一本のゲームへ押し上げている最大の存在が、コンピュータ側の対戦相手として登場する「BAGU」である。その名前からしてコンピュータ用語の「バグ」を連想させるが、振る舞いも一般的な思考型ゲームのCPUとは大きく異なる。当時の囲碁、将棋、麻雀などのゲームでは、CPUは基本的に無言で手を進める存在だった。一方のBAGUは対局中に頻繁にメッセージを表示し、プレイヤーをからかったり、くだらない駄洒落を飛ばしたり、ときにはゲーム進行そのものをネタにした演出を見せたりする。このキャラクター付けによって、本来なら非常に静かな盤上ゲームである軍人将棋へ「相手と本当に向き合っているような感覚」が加えられている。しかもBAGUは決して礼儀正しい対戦相手ではない。形勢が悪くなると奇妙なことを言い始めたり、コンピュータに異常が起きたような雰囲気を作り出したりするため、初めてプレイした人ほど「本当にゲームがおかしくなったのではないか」と惑わされる。特に有名なのがリセットを題材にした仕掛けである。当時のパソコンゲームでは、負けそうになったときに本体をリセットして対局結果そのものをなかったことにする行為も可能だった。しかし本作はそこへゲーム側から介入し、対局途中でリセットした場合には次回起動時にその行為を把握され、プレイヤー側の敗北として扱われるというユニークな処理を用意している。これは現在でいう「第四の壁」を利用したメタ的なジョークに近い。画面内だけで完結するのではなく、本体のリセット操作そのものをゲームの演出へ組み込んでしまっているのである。BAGUは強敵であると同時に、プレイヤーを騙し、挑発し、笑わせる司会者でもあり、本作の記憶を決定づけるマスコット的存在となっている。
● 8人までのプレイヤー登録と戦績保存――一局だけでは終わらない継続プレイの仕組み
『軍人将棋』には、単発の対局を繰り返すだけではなく、長期間遊ぶことを意識した戦績管理機能も組み込まれている。プレイヤーは最大8人まで登録でき、それぞれについて勝利数や連勝記録などを残せる仕組みになっている。現在ではプレイヤープロフィールや戦績データの保存は珍しくないが、1980年代のパソコン用ボードゲームにおいて、複数人の記録を個別に管理しながら競争させる仕組みはゲームを継続させる重要な仕掛けだった。同じ家庭で兄弟や友人がMSX2を使っている場合、それぞれが自分の名前を登録し、「誰が一番BAGUに勝っているか」「誰が最も長い連勝記録を持っているか」を競うこともできる。軍人将棋は盤面や駒の配置によって毎回展開が変化するため、同じ相手との対戦を何度繰り返しても完全に同じ展開にはなりにくい。そこへ勝利数と連勝数という数字が加わることで、「次の一局にも勝ちたい」という明確な目的が生まれる。本作は長い物語を最後まで進めてエンディングを見るタイプではないが、その代わりに自分自身の戦績を伸ばすことがゲーム全体の進行目標として機能している。そして、この記録システムは単なる数字の保存だけには終わらない。一定の連勝を達成した場合や通算勝利数が大きな節目へ到達した場合には、通常の対局だけを遊んでいる状態では見られない特別な画面や演出が用意されている。代表例が連勝によって表示されるCGや、通算100勝という長期的な目標に関連した特殊画面である。ただし、ここでも本作は普通のゲームのように格好いい記念イラストを素直に見せるだけではない。魚を使った駄洒落など、BAGUのキャラクターと同様に「なぜこれを褒美にしたのか」と思わせる脱力系のネタを仕込んでいる。さらに9連勝という高い連勝記録に到達するとスタッフロールを見ることができる。一般的なゲームでスタッフロールといえば最終ステージ攻略後に表示されるものだが、本作では連勝記録そのものが一種のクリア条件として扱われているのである。
● シリアスな軍人将棋と徹底したギャグ精神を融合させた個性派ボードゲーム
『軍人将棋』を作品として興味深いものにしているのは、題材そのものの真剣さとゲーム全体のふざけた雰囲気が、奇妙なほど自然に共存している点である。ゲーム部分だけを取り出せば、敵の正体を推理しながら駒を進め、特殊な相性を計算し、敵陣攻略を狙う本格的な思考型ボードゲームである。一手の失敗によって重要な駒を失う可能性があり、敵の行動履歴を忘れると戦況を読み違える。勝敗を安定させるには、単純な運だけではなく記憶力、推理力、配置戦略、リスク管理などが必要になる。しかし、その張り詰めた対局の横でBAGUはくだらないことを言い続ける。プレイヤーが真面目に盤面を読んでいるところへ突然ギャグを挟み、コンピュータゲームそのものを利用した悪ふざけまで行う。この落差が『軍人将棋』独自の味になっている。グラフィックや映像表現の豪華さを競う作品ではなく、基本的には盤面を見ながら考えるゲームであるため、第一印象は比較的地味である。しかし、遊び込むにつれてCPUキャラクターの個性、戦績記録、連勝報酬、隠された特殊画面といった周辺部分の作り込みが見えてくる。そのため、本作は「ルールを忠実に再現しただけのボードゲーム」としてではなく、「制作者が軍人将棋という題材を使って遊び心を大量に盛り込んだゲーム」と捉えた方が、その魅力を理解しやすい。発売当時の具体的な累計販売本数については、明確に確認できる数字が広く残されている作品ではない。そのため、大規模なヒット作として販売実績を数字で語ることは難しい。一方で、発売から時間が経過した後にもMSX専門誌の中で取り上げられ、さらに1994年には雑誌付録として再び遊べる形で紹介されたことは、本作がMSXユーザーの記憶から完全には消えなかったことを示している。1987年のMSX2作品として見た場合、『軍人将棋』は最新技術を誇示する大作ではない。しかし、軍人将棋というコンピュータ化と相性の良い題材を選び、一人でも遊べる環境を実現し、そこへ戦績管理と隠し要素、さらにBAGUという強烈なキャラクターを組み合わせた設計には明確な独創性がある。古典的な盤ゲームを単に保存したのではなく、1980年代のパソコンゲームらしい自由な発想によって新しい娯楽へ作り替えた一本なのである。
■■■■ ゲームの魅力・攻略・好きなキャラクター
● 駒の正体が見えないからこそ成立する、「読み」と「だまし合い」が最大の面白さ
本作最大の魅力は、一般的な将棋やチェスとはまったく異なる「敵駒の正体を知らないまま戦う」という仕組みにある。通常の将棋なら、相手の飛車がどこにあり、角がどの方向へ動けるかは盤面を見ればすぐ理解できる。ところが軍人将棋では、目の前にいる敵が大将なのか、尉官なのか、特殊能力を持つ駒なのかを戦闘前に完全には把握できない。したがって、本作では目に見えている盤面だけでなく、それまでに蓄積された「行動の記録」そのものが重要な情報になる。一枚の敵駒がこちらの弱い駒を次々と倒して前進しているなら、少なくともかなり強い階級である可能性が高い。しかし、高位の将官だと思ってこちらの有力駒を投入した瞬間、軍人将棋独特の相性によって予想外の結果になる場合もある。逆に、長い間後方から動かなかった駒だから重要な駒だろうと決めつけても、単なる囮かもしれない。この「確信できそうで確信できない」状態が一局を通して続くため、プレイヤーは常に仮説を作りながら戦うことになる。この仕組みによって、弱い駒にも非常に大きな意味が生まれる。通常のゲームなら戦力の低い駒は単純に価値が低いと思われがちだが、『軍人将棋』では敵の正体を確認するための偵察役として使える。あえて一枚をぶつけて結果を確認し、「この敵は少なくともこの階級以上だ」「この駒を倒したのだから候補は数種類まで絞れる」と推理していけば、それまで正体不明だった敵軍の構成が徐々に見えてくる。つまり本作では、駒を失うことが必ずしも完全な損失ではない。駒一枚と引き換えに重要な情報を入手できるなら、その犠牲によって後の展開を有利にできる場合がある。どこまで情報収集のために犠牲を許容するか、どの敵だけは正体を確かめなければならないかという判断こそ、本作攻略の核心といえる。
● 初期配置の時点ですでに勝負は始まっている――守備型・攻撃型・欺瞞型を使い分ける
本作で勝率を上げるために最も重要な要素の一つが、対局開始時の駒配置である。将棋のようにすべての駒が決められた場所から始まるゲームとは異なり、軍人将棋ではどの駒をどこに置くかが戦略そのものになる。そのため、最初の一手を指すより前から実質的な戦闘は始まっている。初心者の場合、強い駒をすべて前線へ配置したくなりがちである。大将や中将などの有力駒を前へ並べれば、序盤の戦闘では確かに敵を倒しやすい。しかし、この配置には大きな弱点もある。強い駒ほど失った際の損失が大きく、さらに前線で戦闘を繰り返せば、その正体を相手に推測されやすくなる。序盤の勢いだけで強力な駒を消耗すると、中盤以降に敵の重要駒を止められなくなる。逆に、すべての有力駒を後方へ下げる守備中心の配置も万能ではない。前線へ弱い駒しか置かなければ、BAGUに自由な侵入を許し、こちらの陣形を次々と崩される危険がある。大切なのは、相手から見たときに「どこが強く、どこが弱いのか簡単には判断できない布陣」を作ることである。効果的なのは、強い駒と弱い駒を意図的に混在させる配置である。前線に一部の有力駒を置きつつ、その近くに偵察用の駒や囮を配置する。後方にも重要駒を残し、敵が前線を突破してきた場合に対応できるようにする。こうしておけば、一つの地点を突破されたからといってそのまま敗勢になる可能性を減らせる。本作のX型盤面や浮島の存在も配置戦略に影響する。移動経路が限定される場所では、少数の駒だけで進路を守ることが可能になる一方、重要な駒を密集させすぎると逃げ道を失う場合がある。そのため「強い駒を置けば安全」ではなく、「敵がどの経路から進入してくる可能性があるか」まで考えて配置する必要がある。
● 敵駒を推理することが最大の攻略法――戦闘結果を頭の中で整理する
『軍人将棋』で安定して勝つためには、単に自軍の強い駒を前進させるだけでは足りない。最重要なのは、敵駒が過去にどの駒と戦ったのかをできるだけ覚えておくことである。例えば、敵の一枚がこちらのある階級を倒した場合、その瞬間に候補となる駒の種類をある程度限定できる。さらに同じ敵が別の駒とも戦えば、その結果によって候補をさらに減らせる。こうした情報を積み重ねることで、最初は完全に正体不明だった敵駒が「おそらく将官級」「特殊駒の可能性が高い」「それほど強くない」などの範囲まで絞り込める。この推理を怠ると、せっかく得られた情報を自分から捨てることになる。特に危険なのは、「さっき自軍の強い駒を倒した敵」という情報だけで、その敵を単純に最上位の駒と決めつけることである。軍人将棋には階級の強弱だけでは説明できない特殊な相性が存在する。強い駒を倒したからといって、それが常に大将級とは限らない。その駒が特殊な勝敗関係を利用して勝った可能性も考えなければならない。逆に「この敵は弱いだろう」と思って不用意に重要駒を接触させるのも危険である。正体が十分に絞れていない敵に対しては、価値の高い駒をいきなりぶつけるより、比較的失っても戦線全体に与える影響の小さい駒で確認する方が安全である。攻略の基本姿勢をまとめるなら、「分からない敵には重要駒をぶつけない」「一度判明した情報を忘れない」「敵の移動方向にも注目する」の三点が非常に重要になる。
● 強い駒を温存することが連勝への近道――勝てる戦闘だけを選ぶ意識
一局だけ勝つことと、何局も連続して勝つことでは攻略思想が大きく異なる。本作には連勝記録が存在し、さらに9連勝という大きな目標が用意されているため、安定した勝率を目指すなら派手な攻撃よりも損失管理が重要になる。初心者が陥りやすいのは、序盤から敵を大量に倒そうとして戦闘回数を増やしすぎることである。敵を一枚倒せれば確かに有利になるが、敵の正体が分からない状態で戦えば、こちらの重要駒を失う危険も同時に高くなる。軍人将棋では、一度失った重要駒を復活させることはできないため、中盤以降を考えれば無意味な戦闘を避けることも立派な攻略になる。特に高位の将官級は、敵軍の主力を排除するための切り札として温存したい。序盤から正体不明の敵へ次々とぶつけるのではなく、他の駒で情報を得た後、「この相手なら高確率で勝てる」と判断できた段階で投入する方が安全である。一方で、重要駒を守りすぎても敵の侵攻を止められない。したがって、攻略の理想は「安全が確認された場所では積極的に進み、不明な場所では慎重に調査する」という強弱を付けた進軍になる。
● タンク・工兵・地雷など、本作独自のローカルルールを理解することが必須
『軍人将棋』を攻略するうえで注意したいのが、実物の軍人将棋には複数のルール体系が存在することである。本作も特定の31枚型ルールを採用しており、他の軍人将棋で遊んだ経験がある人ほど「自分の知っているルールと違う」と感じる可能性がある。代表的な相違点として、本作では工兵がタンクに負けるという扱いが採用されている。また地雷についても、戦闘時に単純な相打ちとして処理されないルールが使われている。こうした部分を別ルールの感覚のままプレイすると、勝てると思って仕掛けた戦闘で予想外の結果が起こり、その一回が戦線崩壊につながる場合がある。そのため最初の数局では、勝利そのものより「どの駒がどの駒に勝つのか」を身体で覚えるつもりでプレイするとよい。勝敗表を理解したうえで各駒の役割を考えると、本作の面白さは一段深くなる。タンクのように強力な印象を与える駒が盤面にいると、その存在だけで攻撃ルートを作りたくなる。しかし特殊駒との相性を考えずに単独で突進させれば、思わぬ相手に止められることがある。地雷も単純な防御物ではなく、「相手がどの駒を投入してくるか」を考えながら配置することで心理的な障壁になる。こうした特殊駒の存在によって、本作では単純な階級順の戦闘ゲームになっていない。
● BAGUは敵であり、司会者であり、本作最大の「好きなキャラクター」候補
本作で最も印象に残るキャラクターを一人選ぶなら、やはりCPU対戦相手のBAGUが筆頭に挙げられる。『軍人将棋』には物語型ゲームのように多数の登場人物が存在するわけではない。しかしBAGU一人のキャラクター付けが非常に濃く、ゲーム全体の印象を支配している。対局中に駄洒落や冗談を表示し、ときにはプレイヤーを挑発するような態度まで見せるため、普通のボードゲームCPUとはまったく違った存在感を放つ。好きなキャラクターとしてBAGUを挙げたくなる最大の理由は、「強いから」だけではない。むしろ、真剣勝負をしている最中に平然とくだらないことを言い始める、その場違いな人間臭さこそ魅力である。プレイヤーが連勝を重ねるほど、「ゲームを攻略している」という感覚だけでなく「BAGUとの長い付き合いになってきた」という妙な親近感も生まれる。勝ったときにはBAGUを出し抜いた満足感があり、負ければ次こそ倒したくなる。つまりBAGUは単なる思考ルーチンの入れ物ではなく、ゲームを続ける動機そのものになっている。
● 9連勝が事実上の大きな到達目標――スタッフロールを見るまでが一つの攻略
ストーリー型ゲームではない『軍人将棋』において、分かりやすい大目標の一つとなるのが連勝記録である。本作では対局に勝利すると戦績へ記録が蓄積されていく。その中でも特に重要なのが連勝数であり、9連勝を達成するとスタッフロールを見ることができる。したがって一般的なRPGの「ラスボスを倒してエンディングを見る」に近い目標として、本作では「BAGUを相手に9局連続で勝利する」ことが一つの到達点になっている。一度だけ勝つのであれば、運の良い展開や大胆な攻撃によって押し切れる場合もある。しかし9連勝となると、一局ごとの偶然だけには頼れない。大きなミスを減らし、敵駒を正確に推測し、安定した布陣を維持する必要がある。その意味で9連勝は、プレイヤーが本作のルールと戦い方を十分に理解したことを示す試験のような存在でもある。連勝攻略では、とにかく「負け筋を作らない」ことが重要になる。勝ちを急いで正体不明の駒へ主力を投入するより、多少時間がかかっても安全な情報収集を優先する。敵陣へ深く入りすぎた駒は孤立しやすいため、後続との距離を考える。こちらの重要拠点への侵入経路を完全に空けない。こうした基本を毎局守ることが、最終的には最も確実な連勝法になる。
● 通算100勝はさらに長い遊び込み目標――勝率だけではなく継続することが重要
9連勝が技術的な大目標だとすれば、通算100勝は本作を長期間遊び続けたプレイヤーに向けた最終的なやり込み目標といえる。100勝という数字は、一日に数局遊ぶ程度では簡単には到達できない。しかも一局ごとに初期配置を考え、敵駒を推理しながら戦う軍人将棋では、単純な作業として勝利数を増やすわけにもいかない。毎回異なる盤面展開を楽しみながら、少しずつ勝利数を積み上げていくことになる。そして本作らしいのは、その長い努力の先に待っているご褒美まで必ずしも格好いいものではないことである。連勝や通算勝利数に関連して用意されたCGには、魚を利用した駄洒落など脱力感のあるネタが仕込まれている。何十局、何百局と真剣勝負を続けた結果として表示されるのが壮大な戦勝記念画面ではなく、妙なギャグ系CGという落差が、本作の精神を象徴している。
● 難易度は知識だけでは測れない――初心者には厳しく、理解するほど安定するタイプ
『軍人将棋』の難易度は、一般的なアクションゲームのように反射神経で表現できるものではない。初めて遊ぶ人にとっては、かなり取っつきにくく感じられる可能性がある。理由は、まず各駒の強弱関係を覚えなければならないうえ、さらに敵駒の正体が見えないからである。ルールを覚えていない段階では「なぜ自分の駒が負けたのか」さえ分かりづらい。そこから敵の行動を推測する必要まであるため、序盤はBAGUに翻弄されることも少なくない。しかし、ルールが頭に入ってくると難しさの質が変化する。「この駒にはこの敵をぶつける」「この戦闘結果なら敵の候補はこれくらい」「ここへ進んできたということは、この駒は特定の役割かもしれない」といった推理が自然にできるようになると、それまで運任せに見えていた対局が論理的なゲームとして見え始める。この瞬間こそ、本作が最も面白くなる時期である。
● 必勝法に近づくための基本――「情報」「温存」「分散」の三つを意識する
軍人将棋というゲームの性質上、すべての局面に当てはまる絶対的な必勝手順を作ることは難しい。しかし、勝率を高めるための基本原則はいくつか存在する。第一は「情報」である。敵駒が何者なのか分からない状態をできるだけ減らすことが重要になる。一度戦った敵の結果を覚え、敵の移動履歴を観察し、少しずつ候補を絞る。正体不明の敵へ重要駒を投げ込まないというだけでも、大事故はかなり防げる。第二は「温存」である。高位階級や重要な役割を持つ駒を序盤に消耗しない。敵の有力駒が判明したとき、それを排除できる駒がすでに全滅していては対応できない。勝っている局面ほど無理に戦闘を増やさず、残存戦力を維持することが重要になる。第三は「分散」である。強い駒や重要な防衛要員を一か所へまとめすぎると、別の経路から侵入された際に対応できない。X型盤面の通路を意識し、複数方向からの攻撃へある程度対応できるように配置する。さらに「相手に正しい情報を与えない」ことも重要であり、重要駒の周辺に囮を置いたり、配置パターンを変えたりすることで、盤面そのものに欺瞞を加えられる。
● 裏技よりも「BAGUの仕掛け」を発見する楽しさが大きい作品
本作は、コマンド入力によって無敵になるような裏技を中心に楽しむゲームではない。それよりも、プレイヤーが普通に遊び続ける中で「こんな仕掛けまで用意されていたのか」と発見すること自体が裏技的な楽しさになっている。代表的なのがリセットへの反応である。通常ならゲーム機をリセットすれば対局途中の出来事はなかったことになるはずだが、本作はその行動すら見越している。次回起動時にBAGU側から敗北扱いを宣告されることで、プレイヤーはゲーム世界の外側にあると思っていた操作まで監視されていたような錯覚を覚える。また連勝を伸ばしたときに出現するCG、9連勝で表示されるスタッフロール、通算100勝に関係する特別な画面なども、一種の隠し要素と見ることができる。通常プレイだけではすぐ確認できないため、当時は友人同士や雑誌の記事などを通して情報交換すること自体も楽しみの一部になった。本作では「ゲームをクリアする」という一本の道が用意されているのではなく、対局を繰り返すことで少しずつ作品の裏側へ近づいていく構造になっている。
● 派手な映像ではなく、プレイヤーの頭の中でドラマが生まれることこそ最大の魅力
1987年のパソコンゲームとして『軍人将棋』を見ると、豪華なアニメーションや大規模なストーリー、華麗なシューティング演出などを楽しむ作品ではない。しかし、それこそが本作の魅力でもある。画面上では単純に駒が移動し、戦闘結果が表示されているだけでも、プレイヤーの頭の中では非常に多くの思考が動いている。「あの敵はさっき大尉を倒した」「ならこの駒なら勝てるかもしれない」「いや、特殊駒だった場合は危険だ」「こちらの右側が薄いから、先に守備を戻した方がいい」「BAGUがこの駒をずっと動かさないのは何か理由があるのではないか」。こうした推理が連続することで、盤面そのもの以上のドラマが生まれる。そして、その緊張感が高まったところへBAGUの駄洒落や奇妙な演出が突然割り込んでくる。真剣な軍略ゲームとギャグソフトが同じ画面の中で成立しているアンバランスさは、本作にしかない魅力である。攻略面では、最初から完璧な勝ち方を求めるより、負けた理由を一局ごとに分析する方が上達しやすい。「あの敵を確認せずに主力をぶつけた」「片側へ戦力を集中させすぎた」「重要駒を序盤に使いすぎた」といった失敗を次の布陣へ反映させれば、自然と勝率は上がっていく。その先に9連勝があり、さらに通算100勝という長期目標が待っている。単純な駒の強さではなく「情報を持っている側が強い」。強力な駒を持つこと以上に「いつ使うか」が重要になる。そして敵を倒すことだけではなく、敵にこちらの正体を悟らせないことにも価値がある。こうした軍人将棋本来の心理戦を一人用コンピュータゲームとして楽しませながら、BAGUという強烈なキャラクターによって笑いまで加えたところが、本作最大のアピールポイントである。
■■■■ 感想・評判・口コミ
● 第一印象は地味でも、遊び続けるほど評価が上がりやすいタイプの思考ゲーム
『軍人将棋』は、画面写真だけを見れば非常に地味なゲームに映りやすい作品である。同時期には派手なスクロールを見せるシューティング、キャラクターが大きく動くアクションゲーム、壮大な世界を冒険するロールプレイングゲームなどが数多く登場しており、それらと比較すると、盤面上で駒を動かしていく本作の見た目には華やかさが少ない。しかし実際に何度も対局すると印象が変わりやすく、「見た目以上に頭を使う」「一局だけのつもりが何度も挑戦したくなる」という種類の面白さが前面に出てくる。軍人将棋という遊び自体、相手の駒が見えないことによって成立する心理戦が魅力である。本作では、その部分をコンピュータゲームとして一人で楽しめるようにしたことで、対戦相手や判定役を探さなくてもいつでも遊べる。これは軍人将棋を知っているプレイヤーにとって非常に便利な特徴だった。最初の数局では駒の勝敗関係や本作独自のルールに慣れず、予想外の敗北を経験しやすい。ところが遊び続けるにつれて、「あの敵は先ほどこの駒を倒したから正体はこのあたりだろう」「右側へ戦力が集まっているから逆側を攻めよう」といった推理が自然にできるようになる。この段階に入るとゲームの印象は大きく変わり、単なる運任せの駒当てではなく、情報整理と記憶力がものをいう戦術ゲームとして楽しめるようになる。そのため、本作に対する感想はプレイ時間によって変化しやすい。短時間触れただけでは「古い盤ゲームをパソコンにした作品」という印象で終わることもあるが、連勝を狙うほど遊び込むと、駒の配置、偵察、情報管理、敵戦力の推測、重要駒の温存といった複数の要素が絡み合っていることが分かる。
● 評判を語るうえで外せない「BAGU」――軍人将棋以上に記憶へ残るCPU対戦相手
本作の感想や評価を語る際、中心的な話題になりやすいのが対戦相手として登場するBAGUである。通常、1980年代のボードゲーム系ソフトに登場するCPUは、プレイヤーへ手を返してくるだけの無機質な存在になりやすかった。しかし『軍人将棋』では、CPUを単なる思考プログラムとして扱わず、対戦中に駄洒落や冗談を口にする一人のキャラクターとして演出している。この発想によって、作品全体の印象が大きく変わっている。真剣に盤面を読んでいる最中にBAGUが妙なことを言い始めたり、こちらが優勢になると普通のボードゲームでは考えにくい演出を見せたりするため、軍人将棋の緊張感が突然崩される。その落差を面白いと感じるか、余計な演出と感じるかによって、本作の評価はかなり変わるだろう。ギャグ要素が好きなプレイヤーにとっては、BAGUこそ本作最大の魅力である。一般的な軍人将棋ソフトなら何十局遊んでも「CPUと対戦した」という感覚しか残らないが、本作の場合は「またBAGUと戦った」という感覚が強くなる。つまりゲームルールだけではなく、対戦相手そのものが遊び続ける理由になっている。特に印象的なのが、プレイヤーによるリセット操作まで利用した仕掛けである。不利な対局をリセットしてなかったことにしようとしても、次回起動した際に敗北として扱われるという演出は、当時としてはかなり意外性が高い。初めて経験したプレイヤーなら「そこまで見ているのか」と驚かされたはずである。
● 「軍人将棋として真面目」「演出は不真面目」という絶妙なアンバランスさ
『軍人将棋』に対する評価を特徴づけるもう一つの要素が、ゲームシステムと演出の温度差である。盤上で行われていること自体はかなり真剣である。敵駒の種類を推測し、こちらの主力を失わないよう注意しながら進軍し、敵の攻撃ルートを遮断して勝利を目指す。読み違えれば重要駒を失い、一気に戦況が崩れることもあるため、集中して遊べばそれなりの緊張感が続く。ところが、その横でBAGUは駄洒落を言い、連勝のご褒美には魚を題材にした冗談めいたCGまで用意されている。このため、作品全体には「ゲーム部分は本格的なのに、制作者が妙なところでふざけている」という独特の空気がある。ここを魅力と感じる人にとって、本作は非常に忘れにくい。単に軍人将棋を正確に再現しただけなら、後年になって別の高性能なゲームが登場した際に存在意義が薄くなる可能性がある。しかしBAGUの会話や特殊演出は、そのまま他作品へ置き換えられるものではない。技術的には古くなっても、作品固有の笑いは残る。一方、純粋に軍人将棋だけを静かに楽しみたい人にとっては、BAGUのギャグを過剰に感じる可能性もある。しかし、このクセの強さそのものが『軍人将棋』という商品を数あるボードゲームソフトの中から区別する最大の要素でもある。
● 勝ったときの満足感が大きい一方、知識不足では理不尽に感じやすい
ゲーム内容について肯定的に評価できる部分として、勝利したときの達成感が大きい点が挙げられる。敵の駒がすべて最初から見えているゲームなら、戦力差を計算しながら最善手を選ぶことができる。しかし軍人将棋では情報が不完全なため、最後まで確実な安全策を取り続けることは難しい。自分の推理が正しかったことで敵の有力駒を撃破できたときには、単なる駒得以上の満足感がある。「この敵はおそらくこの種類だ」と予想し、それを倒せる駒を投入して実際に読みが当たった瞬間は、本作でも特に気持ちのよい場面である。反対に、完全に予想を外して大切な駒を失ったときには、自分の判断ミスが明確に突きつけられる。ただし、初心者にとってはこの特徴が不満につながる場合もある。駒同士の強弱関係を理解していないうちは、なぜ勝ったのか、なぜ負けたのかが分かりにくい。本作には独自のローカルルールも採用されているため、別形式の軍人将棋を知っている人でさえ、従来の知識だけでは判断を誤ることがある。しかし本作のルールを把握すると、それまで不可解だった戦闘にも理由が見えてくる。この意味でも、プレイヤーがゲームへ慣れるまでの期間と、慣れた後では評価が変化しやすい作品である。
● 連勝記録が生み出す「もう一局」の中毒性
本作が繰り返し遊ばれやすい理由として、勝利数と連勝数を記録する仕組みも無視できない。軍人将棋は、一局ごとの展開が比較的独立している。RPGのように数十時間かけて物語を進める必要がなく、「少し時間があるから一局」という遊び方ができる。一方で戦績が記録されるため、完全な単発ゲームにもならない。特に連勝数はプレイヤー心理を強く刺激する。一勝しただけならそこで終了してもよいが、二連勝、三連勝と数字が伸びれば、「ここまで来たのだからもう一局」と考えやすい。そして記録を伸ばしている最中ほど、普段なら大胆に行う攻撃をためらうようになり、対局の緊張感も高まっていく。9連勝でスタッフロールを見ることができるという目標も、この連勝システムをより意味のあるものにしている。単に自分の最高記録を更新するだけではなく、その先に通常とは異なる画面が待っているため、自然と挑戦意欲が生まれる。もっと長期的には通算100勝という節目も存在し、一局単位のゲームながら相当長い期間遊ぶ理由が与えられている。
● グラフィックや音の豪華さよりも、仕掛けとアイデアを評価したくなる作品
現在の視点から『軍人将棋』を見ると、当然ながら映像や音響面で現代作品と比較するようなゲームではない。MSX2という当時の環境を前提としても、グラフィックを最大の売りにした作品ではなく、盤面情報が確認できることを優先した実用的な画面構成が中心となっている。そのため、派手なグラフィックを期待するプレイヤーには地味に映る。しかし本作の評価点は、映像美ではなくアイデアの密度にある。軍人将棋を一人で遊ばせること、CPUに人格を持たせること、リセット操作へ反応すること、複数プレイヤーの戦績を残せること、連勝や累計勝利数によって特殊CGを表示することなど、小規模な盤ゲームでありながら意外なほど多くの遊びが盛り込まれている。特にBAGUの存在によって、通常なら無味乾燥になりやすいCPU戦へ感情的な反応が生まれるのは大きい。負ければ悔しいだけでなく「BAGUに負けた」という感覚になり、勝てば「BAGUを出し抜いた」という満足感が生まれる。こうした対戦相手への感情移入は、高解像度のグラフィックがなくても成立することを示している。
● 後年に再び取り上げられたことも、作品の強い個性を物語る
本作は発売直後だけで完全に忘れられた作品ではなく、その後もMSX関連媒体の中で再び注目されている。発売翌年にはBAGUの挙動や連勝時に登場するユーモラスなCGなど、本作独特のギャグ的要素が注目され、その後もMSXを扱う専門誌の中で再紹介された。さらに1994年には雑誌付録として再び遊べる機会が設けられている。1987年発売という比較的古いソフトが、数年後にも再評価の対象になったことは、少なくともMSX文化の中で一定の存在感を残していたことを示している。古いゲームが後年再紹介される理由にはさまざまなものがあるが、『軍人将棋』の場合、最新ゲームと同じ尺度でグラフィック性能を競ったからではなく、「他ではあまり味わえない妙な個性」があったことが大きい。BAGUが喋る、駄洒落を言う、リセットすると負け扱いになる、苦労して連勝すると変わったCGが出てくる、さらに勝ち続ければスタッフロールまで見られる。こうした一つ一つの特徴が積み重なることで、「あの変な軍人将棋」として記憶されやすい作品になったのである。
● 現在のレトロゲームファンから見ると、1980年代らしい自由な発想そのものが魅力
現在のレトロゲームという視点から『軍人将棋』を評価すると、最先端の技術よりも1980年代パソコンゲーム特有の自由さに価値を見いだしやすい。現代のゲームでは、ジャンルごとにある程度「こう作るべき」という形式が完成している。ボードゲームであればオンライン対戦、詳細なチュートリアル、ランキング、複数のAIレベルなどが用意されることが多い。一方、本作は軍人将棋をゲーム化しながら、突然ギャグキャラクターを出し、リセット操作をネタにし、連勝の報酬に妙なCGを設定する。その発想には、ジャンルの常識に強く縛られていない1980年代パソコンゲームならではの勢いが感じられる。現在遊んだ場合、操作性や情報表示などには時代を感じる部分が当然ある。しかし逆に、「なぜ軍人将棋にここまでギャグを入れようと思ったのか」という部分そのものが面白い。現在の高機能なボードゲームソフトと比較すれば、システム規模では当然見劣りする。それでも作品としての個性は簡単には色あせない。
● 好き嫌いが分かれる部分も含めて、「妙に忘れられないゲーム」という評価が似合う
総合的な感想として、『軍人将棋』は誰にでも分かりやすく薦められる万能型のゲームというより、遊ぶ人の好みと知識によって評価が大きく変わる個性派作品といえる。軍人将棋そのものが好きな人なら、一人で何度も対局できる時点で大きな価値がある。推理ゲームが好きな人なら、敵駒の正体を絞り込んでいく過程に面白さを感じられる。記録更新が好きな人なら連勝や100勝を目指して長く遊べる。そして1980年代ゲーム特有のギャグや制作者の悪ふざけが好きな人なら、BAGUの存在だけでも強い魅力を感じる可能性がある。反対に、軍人将棋のルールを知らずに説明を十分理解しないまま始めると、勝敗関係が複雑に感じられる。派手な映像や物語を求める人には地味であり、真面目な軍事ゲームを期待するとBAGUの冗談に肩透かしを受けるかもしれない。しかし、そうした欠点まで含めて作品の性格が非常にはっきりしている。何十年後になってゲーム内容を振り返ったとき、「普通に出来の良い軍人将棋だった」というだけではなく、「CPUのBAGUが妙なことばかり言っていた」「リセットしたら負けにされた」「連勝したら変なCGが出てきた」という具体的な思い出が残りやすい。これはゲーム作品にとって大きな強みである。
■■■■ 当時の宣伝・現在の中古市場など
● 1987年末のMSX2市場に投入されたパッケージソフト
『軍人将棋』は、1987年12月にパック・イン・ビデオからMSX2向けに発売されたテーブルゲームで、開発を担当したのはKLONである。3.5インチフロッピーディスクを媒体とするMSX2向け市販ソフトとして流通し、当時はパソコンショップ、家電量販店のコンピュータ売場、ゲーム専門店などで箱入りの商品を購入することが一般的だった。現在のようにインターネット上のストアから即座にダウンロードする販売方式は存在せず、ユーザーは店頭の商品棚やパソコン雑誌の記事・広告を見ながら購入するゲームを決めていた。軍人将棋という題材は、ロールプレイングゲームやシューティングゲームほど画面写真だけで派手さを伝えられるものではない。そのため、本作の場合は「軍人将棋をMSX2一台で一人でも遊べる」という実用的な魅力に加え、BAGUという奇妙なCPUキャラクターやギャグ演出を知ってもらうことが商品を印象づけるうえで重要だったと考えられる。パック・イン・ビデオは当時MSX・MSX2向けにも複数の作品を展開しており、『軍人将棋』もそのラインナップの中で個性的なテーブルゲームとして販売された一本だった。
● 当時の中心的な宣伝手段はMSX専門誌やパソコン雑誌
1980年代後半のパソコンゲームでは、現在のような公式SNS、動画配信サイト、オンラインストアの大型特集といった宣伝方法は存在しなかった。その代わりに非常に大きな影響力を持っていたのが、MSX専門誌やパソコンゲーム雑誌である。『軍人将棋』についても、発売前後から雑誌広告やニュース記事などを通して紹介されていた。当時のユーザーにとって雑誌広告は単なる宣伝以上の意味を持っている。MSX2用ゲームには多数のメーカーが参入しており、毎月多くの新作が登場していたため、購入前に実物のパッケージやゲーム画面を十分確認できない作品も珍しくなかった。そのような環境では、雑誌に掲載される画面写真、ゲーム概要、価格、対応機種などが重要な購入判断材料になった。特に『軍人将棋』のようなテーブルゲームは、静止画だけでは面白さが伝わりにくい。盤面の写真を一枚見ただけなら「軍人将棋をそのままコンピュータ化したゲーム」に見える。しかし、実際の魅力にはBAGUが対局中に発する冗談、連勝した際の特殊演出、リセットへの反応といった動的な要素が含まれている。そのため、レビューや特集記事を通してゲーム内容を知ったユーザーほど、本作の変わった性格に興味を持ちやすかったと考えられる。
● ギャグソフト的な側面まで注目されたことが本作の宣伝効果につながった
本作の宣伝やメディア展開を振り返るうえで重要なのが、発売後にゲームそのものの個性が専門誌によって改めて発見されていった点である。『軍人将棋』は、本来なら昔ながらの盤ゲームをコンピュータ化した思考ゲームとして評価されても不思議ではない。しかし実際には、BAGUの珍妙な言動や条件達成時に表示されるユーモラスなCGなど、ゲーム本編から少し外れた部分まで注目されることになった。これは本作にとって非常に重要な意味を持つ。もし軍人将棋のルール再現だけが売りだったなら、発売後に新作が増えるにつれて話題になりにくくなった可能性が高い。しかし「CPUが変なことを言う」「妙なCGが隠されている」「負けそうになってリセットしても逃げられない」といったエピソードには、ゲームの性能とは別の記憶性がある。軍人将棋を知らない読者であっても、「何だか変なゲームらしい」という興味から記事を読むことができる。結果として、本作は正統派の思考ゲームでありながら、ギャグソフトのような側面でも知られる作品になった。
● 1994年に雑誌付録として再び遊べるようになったことは大きな実績
『軍人将棋』のゲーム史において特に注目したいのが、発売から長い年月を経た1994年にも再びMSXユーザーの前へ姿を現したことである。MSX専門誌の付録ディスクへ収録され、1987年発売時の市販パッケージを持っていなかったユーザーでも、後年になって本作を遊べる機会が提供された。これは本作を評価するうえで非常に興味深い出来事である。1987年から1994年までには数年以上の時間があり、パソコンゲームの世界では機種や技術が大きく進歩している。グラフィック性能やゲーム規模だけを基準にするなら、1987年の作品はかなり古い存在になっていた。それでも『軍人将棋』が再収録対象となったということは、単に最新技術を使った作品ではなく、遊びのアイデア自体に再び紹介する価値があったことをうかがわせる。とりわけ軍人将棋というルールは、映像技術が進歩したからといって古くなるものではない。そこへBAGUのキャラクターやギャグ演出が加わっているため、発売から時間が経過しても「この作品ならでは」の個性が残ったのである。現在から見れば、雑誌付録による旧作再配布は後のレトロゲーム復刻やゲームアーカイブに近い役割を果たしていたとも考えられる。
● 販売本数については、確実な累計数字を無理に断定しない方がよい
『軍人将棋』について、「発売当時に何本売れたのか」という具体的な累計販売本数を示す確実な数字は広く確認されていない。そのため、本作を「数万本の大ヒットだった」といった形で具体的な数字を付けて説明するのは避けた方がよい。1980年代の国内パソコンゲームでは、家庭用ゲーム機ソフトほど販売本数が体系的に公表されていないタイトルも多く、特にMSX2向け作品では現在まで詳細な出荷本数が残っていないケースも珍しくない。その一方で、本作には販売本数とは別の意味で確認できる実績がある。発売後もMSX関連雑誌に掲載され、専門誌によって独特の内容が取り上げられ、さらに1994年には付録として再び提供されている。この経緯を見ると、発売直後だけ消費されて完全に忘れ去られたタイトルとは異なる。したがって本作の実績を語る場合、「何本売れたか」という不明確な数字を無理に推測するより、「発売から数年を経てもMSX専門誌で再紹介されるだけの知名度と個性を残した」と評価する方が適切である。
● 現在の中古市場では常時大量流通するタイトルではない
現在、オリジナル版『軍人将棋』を入手しようとすると、主な購入先はレトロパソコンゲームを扱う専門中古店やインターネットオークション、フリーマーケット系サービスなどになる。MSX2用の3.5インチフロッピーディスク作品であるため、一般的な現行ゲームのようにいつでも新品を購入できる商品ではない。また、中古市場へ出てくる個体には「箱付き・説明書付きの完品」「箱なし・説明書なし」「ディスクのみ」といった大きな状態差がある。ディスクだけの個体については比較的手頃な価格で現れる場合もあり、すべての出品が極端な高額になるタイプの作品とは限らない。一方、箱・説明書などが揃った状態の良い個体は出品数そのものが少なくなりやすく、ディスク単品とは異なる評価を受ける可能性が高い。そのため、一件だけの販売例をそのまま固定相場として考えることはできない。
● 箱・説明書・付属物の有無が価格を大きく左右するレトロPCソフト特有の市場事情
MSX2ソフトを中古で購入するとき、ゲームディスクが動作するかどうかだけで価格は決まらない。コレクター市場では、外箱、説明書、ケース、ラベルなどが発売当時に近い状態で残っているほど評価が高くなりやすい。特に1980年代のパソコンゲームは紙製パッケージや説明書が紛失されやすいため、ディスクだけが残っている商品よりも完品の方が希少になりやすい。『軍人将棋』でも同様で、ディスク単体の販売実例だけを見て現在の価値を一律に決めるのは適切ではない。同じタイトルでも、ディスクのみなのか、箱が残っているのか、説明書があるのか、ラベルに傷や剥がれがないか、フロッピーディスクが正常に読み込めるか、実機で起動確認されているかといった条件によって商品価値は変化する。特に3.5インチフロッピーディスクは磁気媒体であるため、外観がきれいでも経年劣化によって正常に読み込めない可能性がある。実際に遊ぶ目的なら「起動確認済み」という情報が非常に重要になる。コレクション目的なら箱や説明書を優先し、プレイ目的ならディスクの読み込み状態を優先するというように、購入目的によって見るべき部分を変えた方がよい。
● 「過去最高価格」は一件の高額出品だけでは判断できない
レトロゲームの記事では「最高○万円で取引された」といった数字が注目されやすいが、『軍人将棋』については、信頼できる全期間の取引履歴を網羅したデータがない以上、過去最高額を断定することは難しい。インターネット上の中古価格には、「実際に販売された価格」「出品者が希望している価格」「オークションで実際に落札された価格」という複数の数字が混在している。例えば高額で出品されている商品が存在しても、それだけではその金額が市場価値であることを意味しない。購入者が現れず長期間残っている可能性もある。逆に、安価で一度落札されたからといって、すべての『軍人将棋』が同じ価格で売買されるわけでもない。箱説明書付きの美品なら条件がまったく異なる。したがって中古市場を見る際は、一件だけの高額出品を最高価格として紹介するより、実際に成立した取引、専門店の販売価格、商品の状態、付属品を分けて判断する必要がある。特に本作のように出品数そのものが多くないレトロパソコンゲームでは、数件の取引だけで相場が大きく動いて見える場合がある。
● 現在ではゲームそのもの以上に「1987年のパソコン文化を残した現物」として価値がある
現在の『軍人将棋』を中古市場という視点から見ると、単純に「遊ぶためのソフト」という意味だけでは語れなくなっている。発売から長い年月が経過しているため、オリジナルのフロッピーディスクやパッケージは1980年代のMSX文化を伝える資料にもなっている。当時のメーカー名が記されたパッケージ、MSX2用として販売されたディスク、説明書に記載された操作方法やゲームルール、商品デザインなどは、現在のデジタル配信では完全には再現できない部分である。特に『軍人将棋』の場合、ゲームそのものにも非常に1980年代的な感覚が強い。古典的な軍人将棋を題材にしながら、一人用へ大胆に作り直し、BAGUという妙なキャラクターを置き、駄洒落やメタ的なギャグを仕込む。この自由な発想と、当時のMSX2パッケージ文化が一体になっているところに現在のコレクション価値がある。
● 当時は雑誌広告で売り、後年は雑誌付録で復活し、現在はレトロゲームとして探す作品へ
『軍人将棋』の販売と流通の歴史を振り返ると、非常に興味深い三段階を見ることができる。最初は1987年末、MSX2用の市販パッケージゲームとして登場した時期である。当時はパソコンショップやゲーム売場で販売され、雑誌広告や記事を通して存在を知るユーザーが多かった。次に訪れたのが、発売から年月が経過した後の再評価期である。1994年にはMSX専門誌の付録ディスクへ収録され、オリジナル版発売時には購入しなかったユーザーにも再び遊ぶ機会が与えられた。そして現在では、オリジナル版はレトロパソコンゲームとして専門店やオークションなどで探す商品になっている。ディスク単体なら比較的手頃な価格で現れる場合もある一方、箱・説明書などを揃えた状態の良い個体は流通数そのものが少なくなりやすい。販売本数という数字だけでは、本作が大ヒット作品だったかどうかを断定することはできない。しかし、発売後も専門誌の記事や広告で露出し、発売から数年後に雑誌付録として再登場し、さらに現在でもMSX2の個性派作品として中古市場で探すことができる。その長い流れこそが、本作の実績を示す一つの答えである。
■■■■ 総合的なまとめ
● 古典的な盤ゲームを「一人で遊べるコンピュータゲーム」へ変えたことが最大の功績
1987年にパック・イン・ビデオから発売された『軍人将棋』は、MSX2という1980年代を代表する家庭向けパソコンを舞台に、昔から親しまれてきた軍人将棋を一人用ゲームとして再構築した作品である。現在の視点から見ると、盤上の駒を動かしてCPUと対戦するという仕組み自体は決して珍しくない。しかし発売当時を考えれば、軍人将棋という特殊な遊びをコンピュータへ移植することには非常に大きな意味があった。軍人将棋は、一般的な将棋やチェスと異なり、敵側の駒の種類をプレイヤーが直接確認できない。さらに駒同士がぶつかった際には、その種類に応じて勝敗を判定する必要がある。このため実際の盤を使って遊ぶ場合には、両者の駒を確認できる第三者に判定を任せる形式が採られることもあり、必ずしも二人だけで気軽に遊びやすいゲームではなかった。コンピュータゲーム化することで、この問題を非常に自然に解決したのが本作である。敵駒の種類はプログラム内部で管理され、戦闘が起きればコンピュータが自動的に結果を判定する。そのためプレイヤーは対戦相手と判定役を探す必要がなく、MSX2を起動するだけでいつでも軍人将棋を楽しめるようになった。これは単に「盤と駒を画面へ表示した」という移植以上の意味を持つ。もともとの遊びが抱えていた準備上の不便をコンピュータによって解消し、軍人将棋本来の魅力である情報戦だけを集中して楽しめるようにしたからである。
● 31枚型、X型盤面、特殊な勝敗関係によって、想像以上に奥深い思考ゲームへ
本作のゲーム部分は、軍人将棋の中でも31枚型を基礎とした比較的本格的な構成となっている。大将、中将、少将をはじめとする階級付きの軍人駒だけではなく、タンク、飛行機、工兵、スパイ、地雷、軍旗など、一般的な将棋では考えられない特殊な性質を持つ駒が多数存在する。そのため、単純に階級が高い駒を前へ出せば勝てるゲームではない。大切なのは、敵駒の正体を調べ、その情報を蓄積し、適切な相手をぶつけることである。こちらの弱い駒が一枚失われたとしても、その戦闘によって敵の正体をかなり絞り込めれば、その犠牲には意味がある。反対に、敵の情報がほとんどない状態で重要駒を投入し、特殊な相性によって撃破されてしまえば、一手で戦局が大きく悪化する。この構造によって、『軍人将棋』では駒の強さ以上に「情報の価値」が大きい。さらに本作では、浮島を備えたX型盤面や工兵とタンクの関係、地雷の処理など、採用されたローカルルールにも特徴がある。別形式の軍人将棋に慣れている人なら、一部の勝敗結果に最初は違和感を覚えるかもしれない。しかし、本作独自のルールを理解すると、それを前提とした配置や進軍方法を考える楽しさが生まれる。その意味で本作は、昔ながらの軍人将棋を再現するだけではなく、「このルール体系でどう勝つか」という独立した攻略性を持ったゲームでもある。
● BAGUという存在によって「ただの盤ゲーム」では終わらなかった
『軍人将棋』を同時代の思考型ゲームの中でも特に印象的な作品へ押し上げた最大の功労者は、CPU対戦相手であるBAGUだろう。もし本作のCPUが無言で駒だけを動かしていたなら、完成度の高い軍人将棋ソフトとして一定の評価は得られても、現在までこれほど個性的なゲームとして語られることはなかった可能性が高い。BAGUは単なる対戦プログラムではない。対局中に駄洒落を言い、プレイヤーをからかい、形勢によって奇妙な演出を見せる。その結果、一局の軍人将棋が単なるCPU戦ではなく「BAGUとの対決」として記憶される。特に象徴的なのが、ゲーム途中でリセットした場合にも、その行動をなかったことにはさせない仕掛けである。プレイヤーが負けそうになってリセットしても、次の起動時に敗北を宣告されるという処理は、コンピュータ本体の操作そのものをギャグへ取り込んでいる。ゲーム世界の内部だけでなく、プレイヤーが実際に行う操作にまでBAGUが干渉してくるように感じられるため、当時としてはかなり大胆な演出だった。真剣な頭脳戦と悪ふざけの組み合わせこそ、『軍人将棋』最大の個性である。
● 連勝・100勝・スタッフロールによって、単発対局を「やり込みゲーム」に変えた
本作は一局ごとに独立したテーブルゲームでありながら、プレイヤーを長期間引き付ける仕組みも充実している。最大8人までプレイヤーを登録することができ、それぞれについて勝利数や連勝数を記録できる。この戦績管理によって、単純なCPU戦が自己記録への挑戦へ変化する。「今日は一局勝ったから終わり」ではなく、「あと一勝すれば自己最高の連勝記録になる」「もう少しで節目の勝利数へ届く」という目的が生まれるため、自然と繰り返し遊びたくなる。特に9連勝でスタッフロールを見ることができる仕組みは、本作における事実上のクリア目標の一つといえる。一般的なアクションゲームなら最終ステージを突破し、RPGならラスボスを倒せばスタッフロールが流れる。一方、『軍人将棋』ではBAGUを相手に勝利を積み重ねることそのものがエンディングへの道になっている。一勝なら運の良い展開でも可能だが、9連勝となれば毎局安定して戦う必要がある。敵駒の情報を整理し、重要駒を温存し、危険な戦闘を避けながら確実に勝利する能力が求められる。さらに通算100勝という長期的な目標まで用意されており、そこまで遊び込んだプレイヤーへの報酬にも、魚を題材とした駄洒落など本作特有の脱力系演出が盛り込まれている。努力の末に壮大な戦勝記念画面を見せるのではなく、最後まで笑いに持っていく姿勢は徹底している。
● グラフィックよりもゲームデザインとアイデアで勝負したMSX2作品
MSX2というハードは、それ以前のMSXと比べてグラフィック機能が強化され、1980年代後半には美しい画面を売りにする作品も増えていた。しかし『軍人将棋』は、MSX2の映像性能を派手に見せるタイプのゲームではない。画面上で重要なのは、盤面の状態、駒の位置、対局情報などが確認できることであり、映像美そのものではない。現在のゲームと比較すれば当然ながら演出は簡素であり、アニメーションや音声、立体的なグラフィックなどを期待する作品ではない。しかし、その制約の中で制作者はBAGUのメッセージ、戦績保存、特殊CG、隠し演出などを加え、画面の豪華さとは違う方向からゲームへ個性を与えた。ここに1980年代パソコンゲームらしさがある。ハード性能を極限まで利用して派手な作品を作るだけではなく、一つのアイデアを中心に「何を加えればもっと面白くなるか」を自由に考える。その結果、軍人将棋という昔ながらの遊びから、他にはないコンピュータゲームが誕生したのである。
● 欠点を挙げるなら、ルールの取っつきにくさと映像的な地味さ
もちろん、『軍人将棋』がすべてのプレイヤーに向いたゲームというわけではない。最大の壁となるのは、軍人将棋そのもののルールである。各駒の階級と特殊な相性を把握しなければ、本格的な駆け引きを楽しむことは難しい。しかも本作では独自に採用されたローカルルールがあるため、別の軍人将棋を経験している人でも知識をそのまま利用できない部分が存在する。初めて遊ぶ人にとっては、「なぜこの駒が負けたのか」というところから理解する必要があるため、アクションゲームのように電源を入れてすぐ直感的に遊べる作品ではない。また、軍人将棋という題材上、画面の変化も比較的少ない。キャラクターが画面中を走り回るわけでもなく、巨大なボスが現れるわけでもない。盤面をじっと見ながら考える時間が長いため、爽快感や派手さを求めるユーザーには地味に感じられる可能性がある。BAGUのギャグについても好みが分かれる。この演出こそ本作最大の魅力である一方、真剣な軍人将棋だけを求める人には余計なものと感じられる場合もある。つまり本作最大の長所と短所は、ある意味で同じ部分に存在しているのである。
● 「同じタイトルの多機種版」というより、軍人将棋ゲーム全体の中で独自の立場を持つ
他のパソコンや家庭用ゲーム機との完成度の違いを考える際には、一点注意が必要である。1987年のパック・イン・ビデオ版『軍人将棋』そのものについて、MSX2版をそのままPC-9801、X68000、ファミリーコンピュータなどへ大量に移植したシリーズ作品として語るのは適切ではない。本作の場合、「同一作品の多数機種版を横並びで比較する」というより、後年までさまざまなハードで作られてきた軍人将棋を題材とするゲームの中で、このMSX2作品がどのような特徴を持つかを見る方が分かりやすい。後の高性能なパソコンや家庭用ゲーム機で軍人将棋を作れば、グラフィック、効果音、操作性、CPU思考、チュートリアルなどは当然向上させることができる。現代的な作品なら駒の勝敗関係を画面上ですぐ確認できたり、初心者向け解説を充実させたり、CPUの強さを複数段階から選択したりすることも可能だろう。純粋な機能面だけを比較すれば、後発作品の方が優位になりやすい。しかし、1987年版には後発作品が性能だけでは再現できない特徴がある。それがBAGUを中心とする独特のゲーム世界である。本作の魅力は「軍人将棋のルールを最も高性能に再現したこと」ではない。「軍人将棋を一人用にして、そこへ変なCPUキャラクターとギャグを大量に加えたこと」にある。したがって、後発作品の方がCPUが強く、画面が美しく、操作が快適だったとしても、それだけで1987年版の価値が失われるわけではない。
● 1994年に再び取り上げられたことが示す、短命ではなかったゲームとしての価値
本作を評価するうえで忘れてはならないのが、発売からかなり時間が経った後にもMSX専門誌を通して再びプレイヤーへ届けられたことである。1987年発売のゲームが1994年になって再紹介されたということは、少なくともMSXユーザーの間で「もう一度遊ぶ価値のある作品」と判断されたことを意味する。コンピュータゲームは技術革新が非常に速い。1987年と1994年では、ゲーム市場の中心的なハードも映像表現も大きく変化している。そのような中で古い思考型ゲームが再登場できた理由は、軍人将棋というゲーム自体が映像性能に依存しにくかったこと、そしてBAGUという作品固有の個性が古びにくかったことにあるだろう。高速スクロールや美麗グラフィックを最大の売りにしたゲームは、後のハードウェアによって技術的に追い越されやすい。しかし「変なCPUと軍人将棋をする」という体験は、性能競争とは別のところに価値が存在する。本作がレトロゲームとして現在でも語りやすい理由も、まさにそこにある。
● 現在遊ぶなら「1987年のゲーム文化そのもの」を楽しむ作品
現代のプレイヤーが『軍人将棋』に触れる場合、最新のテーブルゲームと同じ基準だけで評価する必要はない。便利なチュートリアル、オンラインランキング、高度なAI、豪華な映像演出などを求めれば、当然ながら時代の差は大きい。しかし本作を「1987年のゲーム制作者が軍人将棋をどうコンピュータゲームへ料理したのか」という視点で見ると、非常に興味深い作品になる。一人用ゲームとして成立させる。CPUへ名前と人格を与える。戦績を記録する。連勝を目標にする。隠しCGを用意する。スタッフロールを特殊条件で見せる。リセット操作までギャグに利用する。一見すると小規模な軍人将棋ゲームでありながら、これだけ多くのアイデアが詰め込まれている。ゲームというものがまだ現在ほど定型化されておらず、「こういうことをやったら面白いのではないか」という発想を比較的自由に実装していた時代の雰囲気が感じられる作品でもある。
● 総合評価――本格的な情報戦とくだらない笑いを同時に成立させた忘れにくい一本
総合的に見ると、1987年版『軍人将棋』は、軍人将棋をコンピュータ上で再現したことだけを評価するゲームではない。その本質は、「一人用の軍人将棋」という合理的なゲーム設計と、「BAGUというふざけた対戦相手」という娯楽性を大胆に組み合わせたところにある。ゲームの中心には、敵駒の正体を推理する本格的な情報戦が存在する。どの敵を調査するか、どの駒を犠牲にするか、重要駒をいつ投入するか、どの進路を守るか、どの駒を敵に誤認させるか。こうした選択を積み重ねなければ勝ち続けることは難しい。その一方で、真剣な戦略を考えているプレイヤーにBAGUは駄洒落を浴びせ、リセットによる逃亡まで笑いの材料にし、苦労して連勝したプレイヤーには妙なCGを見せる。本格的なのか、ふざけているのか。その答えは「両方」である。むしろ、その両方を一つのゲームとして成立させたことこそ『軍人将棋』最大の成功だった。映像技術の歴史を変えた大作ではなく、巨大な物語でプレイヤーを感動させた作品でもない。しかし、プレイした人に「あのBAGUが出てくる軍人将棋」と覚えてもらえるほど強い個性を持っている。そしてゲームにとって、何十年経過しても作品固有の体験を思い出せることは非常に大きな価値である。軍人将棋そのものの戦略性、CPUと一人で対局できる利便性、最大8人まで扱える戦績管理、連勝への挑戦、100勝という長期目標、特殊CG、スタッフロール、そしてBAGUの悪ふざけ。これらが組み合わさることで、本作は単なるボードゲーム移植以上の存在になった。現在から見れば操作や映像には明確な時代性があるものの、アイデアそのものには今なお面白さが残っている。「古典的な遊びをコンピュータへ移植するとき、単に再現するだけでなく何を加えれば一本の独自作品になるのか」。1987年の『軍人将棋』は、その問いに対して「CPUに妙な人格を持たせ、ゲームそのものを徹底的に遊び場へしてしまう」という答えを出した作品だった。そのため本作は、軍人将棋ファンにとっての一人用対戦ソフトであると同時に、MSX2のレトロゲームを掘り下げる人にとっては1980年代の自由なゲーム作りを象徴する個性派タイトルでもある。現在でも振り返る価値がある理由は、決して懐かしさだけではない。真面目な戦略性と徹底した悪ふざけという、本来なら正反対に見える要素を一つにまとめた独特の完成度こそ、『軍人将棋』が持つ最大の魅力なのである。
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