『おそ松くん(第2作)』(1988年)(テレビアニメ)

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【原作】:赤塚不二夫
【アニメの放送期間】:1988年2月13日~1989年12月30日
【放送話数】:全86話
【放送局】:フジテレビ系列
【関連会社】:読売広告社、スタジオぴえろ、小林プロダクション、スタジオじゃっく

■ 概要・あらすじ

昭和を代表するギャグ漫画を約20年ぶりにテレビアニメとして再構築

1988年2月13日から1989年12月30日までフジテレビ系列で放送されたテレビアニメ『おそ松くん(第2作)』は、赤塚不二夫の代表的なギャグ漫画『おそ松くん』を原作としたテレビアニメ作品である。1960年代に制作された第1作から長い年月を経て誕生した新シリーズであり、単に昔のエピソードをもう一度映像化するのではなく、1980年代後半のテレビアニメとして楽しめるテンポ、流行、パロディー、ナンセンスギャグを取り込みながら大胆に再構成されたところに大きな特徴がある。物語の中心となるのは、顔も体格もほとんど同じ六つ子・松野兄弟と、その周囲に暮らす個性的な住人たちである。おそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、トド松という六つ子に加え、見栄っ張りで独特の言葉遣いをするイヤミ、おでんが大好きなチビ太、大柄なデカパン、説明不能な存在感を持つダヨーン、頭に旗を立てたハタ坊、勝ち気な少女トト子など、赤塚作品を象徴するキャラクターたちが次々に騒動を巻き起こしていく。

イヤミとチビ太が物語を動かす第2作ならではの構成

タイトルは『おそ松くん』でありながら、第2作では六つ子だけが毎回の中心となるわけではない。むしろ多くのエピソードでイヤミやチビ太が騒動の発端となり、そこへ六つ子やトト子、デカパン、ダヨーン、ハタ坊らが巻き込まれていく構成が目立っている。とりわけイヤミは本作を象徴するほど存在感が強く、楽をして儲けたい、有名になりたい、自分だけ得をしたいといった欲望から行動を開始し、最初はうまくいっているように見えながら、最後には欲張りすぎて失敗するという展開がよく似合う。チビ太も小柄な体格ながら負けん気が強く、イヤミと争ったり協力したりしながら物語を大きく動かしていく。二人が実質的な主役になる回も少なくなく、第2作は「六つ子を中心とする作品」であると同時に、「イヤミとチビ太を軸とした赤塚キャラクター総出演型ギャグアニメ」と見ることもできる。

原作を尊重しながら1988年前後の空気を大胆に投入

第1作と比較した場合、第2作では原作漫画をそのまま映像へ移すよりも、放送当時の社会や流行に合わせたアレンジが積極的に加えられている。ファッション、テレビ、芸能、社会風俗、当時の流行などをギャグへ取り込むことで、昭和30年代に誕生した漫画を1980年代後半の子どもたちにも身近な作品として楽しませる工夫が行われた。現在見返すと、赤塚作品としての普遍的な笑いと同時に、昭和末期のテレビ文化を感じられる点も興味深い。原作では別の人物が担当していた役割をトト子やハタ坊、デカパン、ダヨーンなどへ置き換える場合もあり、主要キャラクターをできるだけ多く登場させることで、毎回にぎやかな画面を作り出している。

次に何が起きるのか分からない自由奔放なストーリー

本作のあらすじを単純にまとめれば、六つ子と町の住人たちが毎回とんでもない騒動を起こす作品ということになる。しかし、その単純さこそ大きな魅力である。誰かが金儲けを考えれば欲に目がくらみ、恋愛が始まりそうになれば勘違いや横やりで台無しになり、善意で始めた行動でさえ思いもよらない大混乱へ発展する。問題がきれいに解決するとは限らず、騒動を可能な限り膨らませてから強烈なオチで終わらせる潔さがある。また、日常生活だけに舞台を限定せず、時代劇、冒険、怪談、SF、昔話、ヒーローものなどを思わせる世界へ飛び込むこともあり、毎週まったく異なるジャンルの物語を見ているような変化も生まれている。

スタジオぴえろによって生まれ変わった赤塚ギャグの映像表現

アニメーション制作を担当したのはスタジオぴえろであり、第1作とは異なるスタッフを中心に、新しい時代の『おそ松くん』が作り上げられた。脚本にはシュールで予測不能なコメディーを得意とする浦沢義雄なども参加し、常識に縛られず話が思わぬ方向へ暴走していく第2作ならではの味につながっている。キャラクター表現も、初期は原作漫画の雰囲気を比較的強く意識していた一方、シリーズが進むにつれてアニメ独自のデフォルメや動きが増えていった。イヤミが大げさに飛び跳ねたり、チビ太が感情を爆発させたり、登場人物の顔や身体があり得ないほど変形したりする動きそのものがギャグとして機能している。

六つ子だけではなく「町全体のおかしさ」を楽しむ作品

後年の『おそ松さん』では六つ子一人ひとりの性格が明確に描き分けられているが、1988年版では「同じ顔をした六人」という原作以来の特徴が強く残されている。その代わり、イヤミ、チビ太、トト子、デカパン、ダヨーン、ハタ坊などがほぼ対等な存在感を持ち、町全体が巨大なギャグ空間のようになっている。イヤミが騒動を始めれば六つ子が飛び込み、そこへチビ太やトト子らが乱入し、最終的には誰が主人公だったのか分からなくなるほどの大騒ぎへ発展する。この群像劇的な楽しさこそ、第2作の大きな個性である。

昭和から平成へ移り変わる時代を駆け抜けた作品

1988年に始まり1989年末まで続いた本作は、昭和最後の時期に放送を開始し、平成最初の年まで続いた作品でもある。原作が誕生した時代から社会や子どもの生活が大きく変化していたにもかかわらず、イヤミの見栄、チビ太の負けん気、六つ子のいたずらといったキャラクターの本質は変わらず通用した。過去の人気作品を懐かしさだけで復活させるのではなく、テレビアニメ独自の表現や1980年代後半の感覚を加えることで、新しい世代にも受け入れられる作品へ生まれ変わったのである。

後世へつながった赤塚キャラクターの強さ

『おそ松くん(第2作)』の意義は、かつての人気作品を新しい世代へ再び届け、赤塚キャラクターが時代を越えて通用することを示した点にある。特にイヤミとチビ太は、六つ子に並ぶほど強い印象を残し、作品の象徴となった。原作の魅力を残しながら、その時代の笑いへ大胆に作り替える柔軟性こそが1988年版の最大の特徴であり、後年まで作品が語り継がれている理由の一つとなっている。

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■ 登場キャラクターについて

おそ松|声・井上瑤――六つ子の中心にいる長男

松野家の六つ子の長男であり、作品タイトルにも名前が使われているのがおそ松である。第2作では井上瑤が声を担当し、子どもらしい元気さと少し生意気な雰囲気を併せ持つ演技によって六つ子の代表格としての存在感を作り出している。長男だからといって模範的な人物ではなく、兄弟と一緒になってイヤミやチビ太へいたずらを仕掛け、面白そうな出来事へ積極的に首を突っ込む。六つ子の中心人物でありながら突出した英雄として描かれるのではなく、兄弟全員で一つのギャグを完成させるところに古典的な『おそ松くん』らしさがある。

カラ松・チョロ松・一松・十四松・トド松――六人そろうことで完成する集団ギャグ

カラ松を真柴摩利、チョロ松を松本梨香、一松を横尾まり、十四松を松井菜桜子、トド松を林原めぐみが担当している。第2作では後年の作品ほど性格差を極端に強調せず、「同じような顔をした六人が一斉に動く」という設定そのものを笑いへ変えている。全員でイヤミを追いかけたり、同じ表情で驚いたりする場面は画面の密度が高く、一人では成立しない集団ギャグの面白さがある。

イヤミ|声・肝付兼太――第2作を象徴する実質的な主役級キャラクター

イヤミは第2作で特に大きな存在感を持つ人物である。声を担当する肝付兼太の演技も強烈で、気取った口調、大げさなリアクション、独特の語尾などによって登場した瞬間から作品の空気を変えてしまう。楽をして儲けたい、人気者になりたい、自分だけ得をしたいと企みながら、欲張りすぎて最後には自分が最もひどい目に遭う展開がよく似合う。悪知恵を働かせる困った人物でありながら、失敗したときの情けなさが愛嬌になっているため完全には憎めない。主題歌や予告なども含め、第2作の顔と呼べるほど強い印象を残した。

チビ太|声・田中真弓――負けず嫌いと人情味を備えたもう一人の中心人物

小柄な身体とおでん好きで知られるチビ太は、田中真弓のエネルギッシュな演技によって非常に生命力のあるキャラクターとなった。イヤミと争ったり協力したりしながら物語を牽引し、怒りっぽく負けず嫌いである一方、友情や情に厚い面も見せる。喜怒哀楽の振れ幅が大きく、笑いだけではなく、ときには人情味のあるエピソードを成立させられる人物でもある。

トト子|声・松井菜桜子――勝ち気で存在感のあるヒロイン

トト子は六つ子たちと同じ町に暮らす少女であり、作品に華やかさを加える存在である。かわいらしい外見ながら非常に気が強く、六つ子やイヤミが調子に乗れば遠慮なく反撃する。男性キャラクターから一方的に守られるだけのヒロインではなく、自分から物語を動かすことができる人物であり、恋愛や勘違いを題材とした回では騒動の中心になることも多い。

ハタ坊|声・真柴摩利――見た目と口調だけで忘れられない存在

頭の上に旗を立てたハタ坊は、その独特な外見と口調だけでも強い印象を残す。本人が積極的に大事件を起こすタイプではないものの、周囲の異常な出来事にも自然に溶け込み、そこにいるだけで赤塚作品らしい空気を作り出す。第2作では主要キャラクターの一人としてさまざまな役割を与えられ、作品全体の賑やかさを支えている。

デカパン|声・大平透――大きな身体とマイペースさが魅力

巨大なパンツを身につけた大柄な男性であるデカパンは、大平透の落ち着いた声と、とぼけた雰囲気が特徴である。穏やかな常識人に見える場合もあれば、その回に必要な専門家や発明家のような役割を担うこともあり、物語に応じて柔軟に立場を変える。小柄なチビ太などと並んだときの体格差も視覚的なギャグとなっている。

ダヨーン|声・神山卓三ほか――説明不能な存在感が最大の武器

細長い顔と大きな口、特徴的な口調を持つダヨーンは、本作でも特にシュールな存在である。イヤミのような明確な目的を持たずとも、そこに現れて奇妙な表情を見せるだけでギャグが成立する。物語に応じてさまざまな立場へ配置され、その不条理な存在感によって赤塚ワールドの自由さを象徴している。

とうさん・かあさん――六つ子を支える松野家の両親

六つ子の父親であるとうさんと母親であるかあさんも、松野家の日常を支える重要な人物である。六人もの子どもが毎日のように騒動を起こすため、両親も自然と騒ぎへ巻き込まれてしまう。家庭の秩序を守る立場でありながら、赤塚ギャグの世界では自分たちまで騒動の原因になってしまうことがあり、松野家全体の賑やかさを作り出している。

本官さん・ニャロメ・レレレのおじさんなど赤塚キャラクターも登場

本官さん、ニャロメ、レレレのおじさんなど、赤塚不二夫作品でおなじみのキャラクターが登場する点も魅力の一つである。作品ごとの境界を越えてキャラクターが顔を見せることにより、「赤塚作品全体が一つの世界のようにつながっている」という楽しさが生まれる。

豪華な声優陣が作り上げた強烈なキャラクター性

井上瑤、肝付兼太、田中真弓、真柴摩利、松本梨香、横尾まり、松井菜桜子、林原めぐみ、大平透、神山卓三、千葉繁など、現在振り返ると非常に印象的な声優が多数参加している。ギャグアニメでは一瞬の間や勢いが笑いを左右するが、本作では声優陣の演技そのものがギャグの一部になっている。特にイヤミやチビ太の感情を極端に表現する芝居は、アニメーションの動きと一体になって大きな魅力を生んでいる。

誰もが主役になれる世界こそキャラクター最大の魅力

本作では、ある回ではおそ松、別の回ではイヤミ、さらに次の回ではチビ太やトト子が中心になるなど、誰が主役かが固定されていない。登場人物の立場を自由に組み替えることによって、長いシリーズでも多彩なエピソードを生み出すことができた。後年の『おそ松さん』とは異なる「赤塚キャラクター全員が主役候補」という構成こそ、1988年版独自の魅力なのである。

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■ 主題歌・挿入歌・キャラソン・イメージソング

オープニングテーマ「正調おそ松節」――作品の顔となった強烈なアニメソング

オープニングテーマ「正調おそ松節」は、作詞・秋元康、作曲・見岳章、編曲・竜崎孝路、歌唱・細川たかしによる楽曲である。一般的なポップス型アニメソングとは異なり、歌謡曲や演歌、音頭を思わせる日本的な要素を取り入れながら、『おそ松くん』らしい馬鹿馬鹿しさと勢いを表現している。細川たかしの本格的な歌唱力で徹底してコミカルな作品世界を歌うという組み合わせが独特であり、楽曲の堂々とした雰囲気と画面上のドタバタとの落差そのものが笑いにつながっている。

言葉のリズムとキャラクター性を重視した歌詞

「正調おそ松節」は、作品や登場人物を堅苦しく説明するのではなく、耳へ残りやすい言葉とリズムによって『おそ松くん』という世界そのものを印象付けている。六つ子だけではなくイヤミやチビ太なども含めた賑やかなキャラクター群を思い浮かべられる作りになっており、主人公を格好よく称えるタイプの主題歌とはまったく違う。「欠点だらけの登場人物たちをまとめて楽しむ」という本作の考え方が音楽にも反映されている。

細川たかしの本格歌唱が生んだ「真剣にふざける」面白さ

本格的な演歌歌手である細川たかしがギャグアニメの主題歌を真正面から歌うことで、子ども向け番組でありながら大人にも記憶されやすい曲となった。ふざけた声色だけに頼ることなく、歌手本来の伸びやかな声で力強く歌い上げるほど、画面で動き回るイヤミや六つ子とのギャップが強くなる。この「真剣に馬鹿馬鹿しいことをやる」姿勢は、本編のギャグ精神ともよく一致している。

エンディングテーマ「おそ松くん音頭」――騒動を祭りとして締めくくる一曲

エンディングテーマ「おそ松くん音頭」は、作詞・森雪之丞、作曲・中山大三郎、編曲・竜崎孝路、歌唱・細川たかしによる楽曲である。タイトル通り日本の盆踊りや祭りを思わせるリズムを持ち、毎回起こる大騒動を最後には明るいお祭りとして締めくくってくれる。登場人物が散々な目に遭った回であっても、この曲が流れると「全部ひっくるめて楽しかった」と感じさせる効果があり、一話完結型の作品構成とも非常に相性がよい。

踊れるアニメソングとしての親しみやすさ

音頭という形式は子どもでもリズムを取りやすく、家族で楽しめる番組だった『おそ松くん』によく合っている。難解なメッセージを読み解く必要はなく、視聴後の楽しい気分をそのまま維持したまま番組を終えることができる。日本の祭り文化と赤塚キャラクターの庶民的な雰囲気が自然に結び付いている点も印象的である。

オープニングとエンディングを同じ歌手が担当する統一感

オープニングとエンディングをともに細川たかしが担当していることで、番組の入口と出口に明確な統一感が生まれた。最初に勢いよく赤塚ワールドへ視聴者を招き入れ、最後は音頭で一日の騒動を送り出す。その構成によって、一回の放送全体が一つの祭りのように感じられる。

本編BGM――ギャグの速度と「間」を支える重要な存在

本編の音楽もギャグを成立させる重要な要素である。イヤミが悪巧みを始めれば怪しげな雰囲気を作り、チビ太が怒れば一気にテンションを高め、六つ子が追いかけっこをすればスピード感を増幅する。ギャグアニメでは沈黙から突然大騒ぎになる「間」も重要であり、BGMの切り替えによってキャラクターの感情やオチのタイミングがより分かりやすくなる。

キャラクターの口癖そのものが音楽的だった作品

現在のアニメのように登場人物ごとの大量のキャラクターソングを中心に展開する時代ではなかった一方、イヤミ、チビ太、ハタ坊、ダヨーンなどは話し方自体に強烈なリズムがある。イヤミの大げさな口調やハタ坊の独特な語尾などは、それだけで音楽的なテンポを作り出しており、セリフそのものが作品のリズムを形成している。

映像を見なくてもキャラクターを思い出せる主題歌

長く愛されるアニメ主題歌の特徴として、曲を聴くだけで当時の映像やキャラクターの表情まで思い浮かべられることが挙げられる。「正調おそ松節」と「おそ松くん音頭」もまさにそのタイプの楽曲であり、細川たかしの歌声が聞こえればイヤミや六つ子の姿を連想する視聴者も多い。作品と音楽が強く結び付いていることが、現在まで記憶に残り続ける大きな理由となっている。

音楽まで含めて完成する昭和末期の賑やかさ

主題歌、エンディング、BGMのすべてが「深刻になりすぎない」「とにかく楽しく騒ぐ」という作品の基本姿勢を支えている。昔から存在する演歌や音頭といった様式を、1988年のテレビアニメとして新しく使い直しているところも、過去の漫画を新時代へ蘇らせた本作そのものとよく似ている。音楽も含めて、古さと新しさを混ぜ合わせたところに第2作ならではの魅力がある。

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■ 魅力・好きなところ

予測不能なドタバタ感こそ最大の魅力

『おそ松くん(第2作)』最大の魅力は、毎回どこへ転がっていくのか分からない自由奔放な展開である。イヤミが少しでも楽をして得をしようと考え、チビ太が負けじと張り合い、そこへ六つ子やトト子、デカパン、ダヨーン、ハタ坊が加わると、些細な出来事が町全体を巻き込む大騒動へ変わっていく。「最初は小さな話だったのに、気付けばとんでもないことになっている」という展開は、本作を見続けたくなる大きな理由である。

イヤミは失敗すればするほど面白い

イヤミは自信満々で、自分を誰よりも都会的で賢い人物だと思い込んでいる。しかし実際には見栄っ張りで欲深く、計画もどこか抜けている。そのため得意げになればなるほど、その後に待っている失敗が面白くなる。喜ぶときも怒るときも全身を使った大げさなリアクションを見せるため、子どもでも直感的に笑える一方、大人になって見返すと、人間の見栄や欲を極端にしたキャラクターとして別の面白さが見えてくる。

チビ太の人情味が作品に温かさを加える

チビ太は怒りっぽく意地っ張りだが、心の奥には情の厚さがある。誰かのために必死になったり、友情を大切にしたりする場面もあり、イヤミとは異なる魅力を持っている。普段は大声を上げて走り回る人物が、ふと真剣な表情を見せることで印象的な場面が生まれる。笑い一辺倒ではなく、ときどき庶民的な人情が感じられることも、本作の魅力である。

六つ子が一斉に動く集団ギャグの楽しさ

おそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、トド松の六人が一斉に走ったり、同じ表情で驚いたりする場面には、一人では出せない画面上の迫力がある。現代ではキャラクターごとの個性を細かく分けることが多いが、第2作では「同じだからこそ笑える」という発想が大切にされている。見分けがつかないことを利用して相手を混乱させる展開などは、『おそ松くん』を象徴するギャグの一つである。

脇役まで自由に主役へ変われる世界

トト子、デカパン、ダヨーン、ハタ坊なども、毎回同じ役割に固定されていない。その回に合わせて中心人物や騒動の原因、被害者などへ自由に立場を変えることができる。この柔軟さによって、一話ごとに世界観が大きく変化しても、主要キャラクターを自然に登場させることができる。

1980年代後半の流行を取り入れた笑い

放送当時のテレビ、芸能、ファッション、社会風俗などをネタとして取り込んでいるため、リアルタイム世代には懐かしさがあり、現在の視聴者には昭和末期の文化を知る面白さがある。当時は最新だった流行ネタが、現在では時代そのものを味わえる要素へ変化している点も興味深い。

表情と動きが極端だからこそ笑える

キャラクターが怒れば顔が大きく崩れ、驚けば目が飛び出しそうになり、吹き飛ばされれば現実ではあり得ない距離まで飛んでいく。リアルさより笑いを優先した誇張表現が多用され、セリフだけなら普通のやり取りでも、アニメーションの動きを加えることで大きなギャグへ変化する。

子どもと大人で違う見方ができる

子どもの頃には、転ぶ、怒る、追いかけるといった単純なドタバタだけでも楽しめる。一方、大人になって見返すと、イヤミの「儲けたい」「有名になりたい」「格好よく見られたい」といった欲望が妙に現実的に感じられる。本作では人間の欲深さを深刻に批判するのではなく、徹底的に笑い飛ばしてしまう。この二重の楽しみ方ができるところに赤塚ギャグの奥深さがある。

笑いのなかに時折見える人情や家族愛

基本はギャグ作品でありながら、六つ子の家族としてのつながりや、普段争っているイヤミとチビ太の意外な人情が見えることもある。感動を長々と引っ張るのではなく、笑いの途中に少しだけ温かい場面を挟むため、その優しさがかえって印象に残る。

重くなりすぎない明るい作品精神

どれほどひどい騒動が起きても、次の回には登場人物たちが元気に戻ってくる。大失敗しても人生が終わるわけではなく、また翌週には同じような騒ぎを始める。このリセット感によって視聴者は安心して笑うことができる。失敗しても次があるという楽天的な世界観が、作品全体を明るく包んでいる。

視聴者ごとに違う「好きなところ」が見つかる

イヤミの失敗が好きな人もいれば、チビ太の人情味、六つ子の悪ふざけ、トト子の強さ、ダヨーンのシュールさなどに魅力を感じる人もいる。ストーリーより主題歌や声優の演技を強く覚えている人もいるだろう。「ここを見なければ理解できない」という決まった楽しみ方がなく、それぞれが好きな部分を見つけられる懐の広さも本作の魅力である。

人間のくだらなさそのものを明るく笑う作品

本作が長い年月を経ても楽しめるのは、「人間は見栄を張り、欲張り、意地を張り、くだらないことで喧嘩をする」という普遍的な部分を笑いにしているからである。イヤミもチビ太も六つ子も何度失敗しても懲りずに生きている。その姿を見ていると、失敗さえ笑ってしまえばいいと思わせてくれる。この底抜けの明るさこそ、第2作最大の魅力なのである。

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■ 感想・評判・口コミ

「一番覚えているのはイヤミ」というほど強烈な存在感

本作を振り返ったとき、タイトルキャラクターである六つ子以上にイヤミの印象が残っている視聴者も多いと考えられる。長い歯、独特の言葉遣い、特徴的なポーズ、極端な見栄っ張りという分かりやすい特徴がそろい、子どもでも一度見れば覚えやすかった。肝付兼太の演技も加わり、声まで含めて忘れにくいキャラクターとなっている。

チビ太と田中真弓の元気な演技も高く評価されやすい

チビ太については、小さな身体からあふれるエネルギーと田中真弓の力強い演技が非常によく合っている。単純に騒がしいだけでなく、情に厚く真っ直ぐな面を持つため、チビ太中心の回を印象深く感じる視聴者もいる。現在でもおでんを見るとチビ太を連想するほど、食べ物とキャラクターのイメージが強く結び付いている。

六つ子より脇役が目立つ構成は好みが分かれるポイント

後年の『おそ松さん』を先に知った視聴者の場合、六つ子一人ひとりの個性が現在ほど明確に分けられていないことに驚く可能性がある。一方、原作に近い「六人そっくりだからこそ面白い」というギャグを好む人には、第2作の六つ子の扱いが魅力的に映る。イヤミやチビ太を実質的な主役として楽しめるかどうかでも評価が大きく変わる作品である。

テンポが速く、難しいことを考えずに楽しめる

誰かが思いつけばすぐ行動し、そこへ別の人物が入り込み、さらに状況が悪化するという展開が短い間隔で繰り返される。そのため「気軽に見られる」「一話だけでも楽しめる」という長所がある。一方で現在の緻密な物語作品に慣れている人には、展開が強引に感じられる部分もある。しかし、その強引さこそナンセンスギャグの魅力でもある。

昭和末期の空気をそのまま感じられる

服装、町並み、流行、テレビ文化などに1988年から1989年という時代が色濃く残っている。リアルタイムで見ていた世代には懐かしい思い出を呼び起こし、若い世代には当時の文化を知る資料のような楽しみを与えてくれる。「家族で見ていた」「土曜日の放送を楽しみにしていた」「主題歌だけ今でも覚えている」といった記憶と結び付きやすい作品でもある。

後からキャストを見ると驚くほど豪華

現在声優に詳しい視聴者がキャストを確認すると、出演者の顔触れに驚かされる。後に多数の人気作品へ出演する声優が若い時期から参加しており、声優の経歴を遡る楽しみもある。複数役を兼任する出演者の演じ分けや、ギャグアニメならではの高いテンションにも注目できる。

主題歌の記憶が本編と同じくらい強い

「正調おそ松節」と「おそ松くん音頭」は、細川たかしの力強い歌声と独特な曲調によって非常に記憶へ残りやすい。子どもの頃に意味を深く考えず歌っていたという人も多く、曲を聞くだけでイヤミや六つ子が動き回る映像まで思い出せる。主題歌が番組の一部ではなく、作品そのものの記憶を形成していた好例といえる。

古いギャグと今でも通用する笑いが同居

当時の流行語や芸能ネタなど、現代では分かりにくい部分も存在する。一方、イヤミが見栄を張って失敗する、チビ太が怒る、六つ子が悪ふざけをするといった基本的な笑いは時代を問わない。古さそのものを楽しみながら、普遍的な人間のおかしさにも笑えるところが魅力である。

大人になって見返すと人間臭さに気付く

子どもの頃は単純なドタバタに笑っていた場面でも、大人になると欲、嫉妬、見栄、競争心など、登場人物を動かす人間的な感情が見えてくる。イヤミが何度失敗しても嫌われ切らないのは、その欠点がどこか現実の人間にも通じているからだろう。年代によって笑うポイントが変化することも再視聴の面白さである。

一話完結型だから好きな回だけ楽しめる

シリーズ全体を最初から最後まで追わなければ理解できない作品ではないため、好きなエピソードだけ選んで見ることができる。久しぶりに見返す際にも入りやすく、イヤミ中心、チビ太中心、六つ子中心など、自分の好みに合わせて楽しめる。

『おそ松さん』と比較することで見えてくるシリーズの変化

後年の『おそ松さん』と比較すると、同じキャラクターを使いながら作品の方向性が大きく異なることが分かる。六つ子の性格差を前面に出した『おそ松さん』に対し、第2作ではイヤミやチビ太を含めた赤塚キャラクター全体のドタバタが中心となる。どちらが優れているというより、時代ごとに異なる『おそ松』の魅力を比較できることが面白い。

総合評価――古典と1980年代テレビギャグが融合した独自の作品

『おそ松くん(第2作)』は原作を単純に再現するのではなく、1980年代後半のテレビアニメとして新しく作り直した作品である。イヤミとチビ太の大活躍、六つ子の集団ギャグ、豪華な声優陣、時代を反映したパロディー、細川たかしによる主題歌などが一体となり、独自の作品像を形成した。現在見ると古く感じる部分がある一方、何も難しいことを考えず笑える娯楽性は色あせにくい。何度失敗しても翌週には元気に騒ぎ始める登場人物たちの生命力こそ、放送終了後も作品が愛され続ける理由なのである。

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■ 関連商品のまとめ

映像関連商品――テレビアニメ本編を楽しむDVD・VHSなど

『おそ松くん(第2作)』の関連商品を集める場合、中心となるのがテレビアニメ本編を収録した映像ソフトである。放送時期が1988年から1989年であるため、家庭用映像メディアの変化とともにVHSやDVDなど複数の形で商品化されてきた。DVDでは単巻形式やまとまったセット商品などがあり、全話をコレクションしたいファンにとって代表的なアイテムとなっている。現在では新品で常時購入できる商品だけではなく、中古ショップ、インターネット通販、フリマアプリ、ネットオークションなどを利用して探すケースも多い。中古DVDを購入する際にはディスクの傷だけでなく、ケース、ジャケット、外箱、ブックレットなどの付属品の有無も確認しておきたい。

VHSは映像ソフトからレトロコレクションへ

VHSなどの旧式映像メディアは、現在では再生用というより当時のパッケージを保存するコレクターズアイテムとしての意味も大きい。ジャケットデザイン、価格表示、メーカー表記、販促コピーなどには当時の空気がそのまま残されている。ただし磁気テープは経年劣化しやすく、カビや巻き取り不良などが発生している場合があるため、再生目的で購入する場合には状態確認が重要となる。

音楽関連――「正調おそ松節」「おそ松くん音頭」

音楽関連商品では、細川たかしによる「正調おそ松節」と「おそ松くん音頭」が中心となる。当時のレコードやカセット、後年のCDなどを通して楽曲を楽しむことができ、アニメファンだけではなく昭和歌謡やアニメソングのコレクターからも注目される場合がある。古い音楽商品では盤面の状態に加え、ジャケット、歌詞カード、帯などの付属品がそろっているかどうかもコレクション上の重要な要素となる。

原作コミック・関連書籍――アニメ版との違いを楽しめる

書籍では赤塚不二夫による原作漫画『おそ松くん』が最も基本的な商品となる。長い歴史のなかでさまざまな単行本、文庫、復刻版などが刊行されており、版によって装丁や収録内容が異なる。第2作アニメでは原作の登場人物や設定を変更したエピソードもあるため、原作とアニメを見比べることで「ここは原作通り」「この役はアニメでは別のキャラクターに変更されている」といった違いを楽しむこともできる。また、赤塚不二夫やフジオ・プロ、赤塚作品全般を扱ったムックや研究書なども、作品世界をより深く知る関連資料として楽しめる。

ゲーム関連――メガドライブやファミコンにも展開

テレビアニメ第2作の放送時期には、『おそ松くん』を題材とする家庭用ゲームも登場した。メガドライブ向けには『おそ松くん はちゃめちゃ劇場』が発売され、六つ子やイヤミなどのキャラクターをゲームの世界で楽しむことができた。また、ファミリーコンピュータ向けにも『おそ松くん』を題材とした作品が登場している。現在ではいずれもレトロゲームとして扱われ、カートリッジのみの商品より、箱や説明書までそろった商品がコレクション向けとして好まれる傾向がある。

ソフビ・人形・フィギュア――赤塚キャラクターの造形を楽しむ

玩具では六つ子だけでなく、イヤミ、チビ太、ハタ坊、デカパン、ダヨーンなど、特徴的なキャラクターを立体化した商品もコレクション対象となる。『おそ松くん』の登場人物は一目で分かるシルエットを持っているため、小さなフィギュアやソフビでもキャラクター性が伝わりやすい。古いソフビでは変色、色移り、ベタつき、部品欠損などが発生している場合があるため、中古購入時には状態確認が必要である。

文房具・日用品――子どもの生活へ入り込んだキャラクター商品

ノート、下敷き、筆箱、鉛筆、消しゴム、シール、ハンカチ、タオル、食器などの実用品も、人気アニメにとって重要な関連商品である。こうした商品は実際に使われることが多いため、何十年も経過すると未使用品が残りにくい。そのため当時のパッケージや値札が残る文房具は、単なるキャラクター商品というだけでなく、昭和末期の子ども文化を知る資料としても興味深い。

食玩・お菓子・食品関連――パッケージやオマケもコレクション対象

人気キャラクターは菓子や食品などと結び付けられることも多く、シール、カード、小型玩具といったオマケがコレクション対象になることがある。食品そのものは消費されて残りにくいため、箱、包み紙、シール、カードなどのほうが後年まで残る場合がある。古い未開封食品が存在していても食用としてではなく、あくまでパッケージ資料として扱うべきである。

カード・シール・バッジ類――全種類を集める楽しみ

六つ子だけで六種類の絵柄を作れるうえ、イヤミ、チビ太、トト子、ハタ坊、デカパン、ダヨーンなどもいるため、『おそ松くん』はカードやシールのコレクションとも非常に相性がよい。小さな商品は一つ一つの価格が低くても、全種類を集めようとすると一部の絵柄だけ見つからない場合があり、コンプリートを目指す楽しみが生まれる。

1988年版と『おそ松さん』商品を区別することも重要

現在「おそ松」の名称で商品を検索すると、2015年以降の『おそ松さん』関連商品が非常に多く表示される。1988年版『おそ松くん』を集めたい場合には、子ども姿の六つ子なのか、成人した六つ子なのか、イヤミやチビ太が前面に出ているデザインなのかなどを確認する必要がある。また、原作漫画の絵柄を使用した復刻商品と1988年版アニメの絵柄も異なるため、商品名、製造年代、著作権表記、パッケージなどを確認すると整理しやすい。

中古市場では価格より状態と付属品が重要

現在の中古市場では、DVD、ゲーム、古本、玩具、文房具など幅広い商品が流通している。ただし価格は商品の状態、付属品、希少性、出品時期などによって大きく変動するため、一定の金額だけで価値を判断することは難しい。箱付き、説明書付き、未使用、未開封、保存状態良好といった条件がそろうほどコレクター向けとして評価されやすい一方、使用済みの文房具や古いシールであっても、放送当時を感じさせる資料として面白い価値を持つ。

関連商品を集めることで作品人気の広がりが見えてくる

『おそ松くん(第2作)』の関連商品を総合的に眺めると、本作がテレビ画面だけで完結していた作品ではないことが分かる。映像、音楽、漫画、ゲーム、玩具、文房具、日用品などへキャラクターが広がり、六つ子だけではなくイヤミやチビ太、ハタ坊、デカパン、ダヨーンなども商品展開を支えてきた。つまり『おそ松くん』は一人の主人公だけに依存する作品ではなく、赤塚不二夫が生み出した多数のキャラクター全体がブランドとして機能していたのである。

放送当時の商品には昭和末期ならではの懐かしさがあり、後年の商品には作品を新しい世代へ伝える役割がある。DVDで本編を楽しみ、原作漫画とアニメの違いを読み比べ、主題歌を聴き、当時のゲームを遊び、ソフビや文房具を収集するなど、複数のジャンルを横断すると『おそ松くん(第2作)』という作品の広がりをより深く理解できる。現在では一つ一つの商品が、1988年から1989年という時代にこの作品がどのように親しまれていたのかを伝える小さな資料ともなっているのである。

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