【原作】:小林まこと
【アニメの放送期間】:1988年4月15日~1989年3月28日
【放送話数】:全45話
【放送局】:テレビ東京系列
【関連会社】:講談社、ディック、K.K.C&D、スタジオ童夢、シャフト、スタジオ古留美、アニメフレンド
■ 概要・あらすじ
猫の日常を人間社会のコメディへ変換した『ホワッツマイケル』
『ホワッツマイケル』は、小林まことによる同名漫画を原作として制作され、1988年4月15日から1989年3月28日までテレビ東京系列で放送された動物コメディアニメである。物語の中心となるのは、茶系のトラ柄を持つオス猫・マイケル。猫らしく気ままに食べ、眠り、遊び、ときには飼い主を困らせる存在でありながら、人間顔負けの表情や絶妙な間、そして困った状況になるとなぜか踊り始めるという強烈な個性によって、普通の飼い猫とは一線を画す主人公となっている。本作の面白さは、マイケルを「人間の言葉をしゃべって冒険する猫」として単純に擬人化するのではなく、基本的には猫として振る舞わせながら、その行動を人間社会の出来事のように大げさに見せていく点にある。猫を飼った経験がある人なら思わず納得してしまう仕草や習性が笑いへ変換され、一方で猫に詳しくない視聴者でも、マイケルの表情や動きだけで楽しめるように作られている。
原作漫画の魅力をテレビ向けのテンポへ置き換えた短編コメディ
原作漫画『What’s Michael?』は講談社の漫画誌『モーニング』で1984年から発表され、猫を題材とした作品として高い人気を獲得した。一般的なストーリー漫画のように一つの大きな目的へ向かって物語が進行するのではなく、マイケルを中心としたさまざまな猫の日常や、人間との奇妙な関係を短いエピソードの積み重ねによって描くことが特徴である。テレビアニメ版もこの性格を引き継ぎ、30分の放送時間の中に複数の短編を組み込む形式を基本としている。そのため、一つの事件を何週間も引っ張るのではなく、「マイケルが妙な行動をする」「人間が振り回される」「予想外のオチが待っている」という小気味よい展開を次々と味わえる。短編ごとに題材や雰囲気を変えられるため、家庭内の小さな騒動から猫同士の恋愛、近所付き合い、人間社会のパロディ、非日常的な空想まで非常に幅広い物語を扱えることも強みとなった。
主人公マイケルは「英雄」ではなく、どこにでもいそうでどこにもいない猫
物語の主人公マイケルには、世界を救う使命も特別な超能力もない。彼が行うことといえば、食事をねだったり、昼寝をしたり、ほかの猫を気にしたり、家の中を走り回ったり、飼い主の行動に巻き込まれたりする程度である。ところが、本作ではその何でもない日常が最大級の事件として扱われる。例えば、人間から見れば「猫が部屋を歩いている」だけの場面でも、マイケル自身の表情や周囲の反応、効果音、演出によって重大な出来事のように膨らんでいく。失敗をごまかすように踊り始める姿も象徴的で、普通なら単なる猫の奇妙な動きで終わるところを、一つの完成されたギャグとして成立させている。こうした演出によってマイケルは、人間の言葉を必要以上にしゃべらなくても十分に感情が伝わるキャラクターとなった。
小林家を中心に始まる、平和なのに何かがおかしい日常
テレビアニメ版では、マイケルが小林家で暮らしている状況が物語の中心の一つとなる。小林さんとその妻に飼われ、食事や寝床に不自由することなく生活しているマイケルだが、だからといって毎日が静かに過ぎるわけではない。むしろ、小さな出来事ほど大騒動へ発展するのが本作の基本である。飼い主がマイケルに何かをさせようとして空回りしたり、マイケルの気まぐれな行動によって人間側の予定が台無しになったりと、「猫を思い通りにしようとする人間」と「そんな事情を気にせず行動する猫」のすれ違いが数多くの笑いを生む。また、マイケルの周囲には白猫のポッポをはじめ個性的な動物たちが現れ、猫同士ならではの関係も物語を賑わせる。
強烈なライバル猫ニャジラが加わることで広がる猫社会
マイケルの日常をさらに騒がしくする存在が、大柄で存在感のある猫ニャジラである。人間からはカトリーヌと呼ばれることもあるこの猫は、可愛らしい名前とは対照的な迫力を持ち、マイケルにとって油断のできない相手として描かれる。マイケルが自由気ままに行動していても、ニャジラが現れた瞬間に形勢が変わり、追いかけられたり威圧されたりすることで、一気にドタバタ劇へ突入する。この関係は単純な善悪ではなく、猫同士の縄張り争いや相性の悪さを漫画的に誇張したものとなっており、本気で恐ろしい争いというより「また始まった」と笑って見られる騒動として機能する。
一つの設定に縛られない原作らしい自由な世界観
『ホワッツマイケル』を一般的なホームアニメと少し異なる作品にしているのが、エピソードごとに設定や視点を大胆に変えられる柔軟さである。原作ではマイケルという存在そのものが、必ずしも一つの固定された人生を送る一匹の猫としてだけ描かれるのではなく、「こんな状況にマイケルがいたらどうなるか」という発想を優先した短編が多数存在する。テレビ版でも、家庭内の日常を基本にしながら、現実的な猫の生活だけに限定されない自由なコメディが展開される。そのため視聴者は、厳密な設定の連続性を追うより、「今回はマイケルが何をやらかすのだろう」と一話ごとのアイデアを楽しめる。
猫の動きを細かく観察しているからこそ成立する笑い
作品を支えている最大の土台は、猫という動物に対する細かな観察である。高い場所へ乗りたがる、狭い場所へ入り込む、急に走り出す、飼い主が構おうとすると逃げるのに放っておくと近寄ってくる、堂々としていた直後に小さな物音で驚くといった、猫らしい気まぐれな性質が随所に取り入れられている。ただし、本作はそれを動物図鑑のように忠実に再現するだけではない。「猫がもし自分の行動を格好いいと思っていたら」「失敗を他人に見られた猫が恥ずかしさをごまかしていたら」というように、人間側の想像を加えることでコメディへ発展させている。その象徴がマイケルのダンスである。
1980年代の家庭や街並みまで楽しめる時代性
現在から本作を振り返ると、猫のコメディだけでなく1980年代後半の生活風景も魅力の一つとなっている。家の造り、家具、テレビ、電話、服装、会社員の生活、街の雰囲気など、当時としては普通だった背景が、現在では昭和末期の日常を伝える映像として独特の懐かしさを持つ。作品そのものは時代の社会問題を真正面から描くものではないが、その時代に暮らす人々の生活空間へ猫が入り込むことで、自然に当時の空気が残されている。
あらすじ――マイケルの平凡な一日が、なぜか大騒動になる
物語の基本となるのは、猫招市などを舞台に、小林家で暮らすマイケルと周囲の人間・動物たちが巻き起こす日常である。マイケル自身は大事件を起こそうとしているわけではない。ただ食べたいときに食べ、眠りたいときに眠り、気になるものを追いかけ、嫌な相手から逃げる。しかし、その単純な行動に人間たちの思惑やほかの猫たちの事情が絡むことで、いつの間にか騒動が膨らんでいく。小林さんが愛情を注げば注ぐほどマイケルに嫌がられたり、ポッポとの関係が思いどおりに進まなかったり、ニャジラと遭遇して逃げ回る羽目になったりと、マイケルの生活には常に小さな災難が付きまとう。それでも深刻な悲劇にはならず、最後には絶妙なオチやダンスによって笑いへ変換される。
人間が猫を飼っているのか、猫が人間を振り回しているのか
『ホワッツマイケル』の根底に流れているテーマを一言で表すなら、「人間と猫の奇妙な共同生活」である。人間は猫をペットとして世話しているつもりだが、実際には食事を用意し、寝床を整え、機嫌を取り、いたずらの後始末をし、猫の都合に合わせて生活している。つまり視点を変えれば、人間のほうが猫に仕えているようにも見える。本作はその逆転した関係を明るい笑いとして描く。マイケルは人間社会の規則など気にせず、それでいて結果的には誰よりも堂々と暮らしている。
『ホワッツマイケル』が現在でも古びにくい理由
放送から長い年月が過ぎても作品の基本的な面白さが失われにくい最大の理由は、笑いの中心に猫そのものが置かれていることだろう。時代が変わっても、猫が突然走り出したり、飼い主の邪魔をしたり、妙な場所で眠ったりする姿の面白さは大きく変わらない。現在では猫の面白い写真や動画がインターネットやSNSで大量に共有されているが、『ホワッツマイケル』はそれよりはるか以前から、猫の何気ない行動には人間を笑わせる力があることを漫画とアニメで表現していた作品といえる。猫好きが見れば「こういうことをする」と共感でき、猫に詳しくない人が見てもマイケルのキャラクター性だけで楽しめる。その普遍性こそが、1980年代を代表する動物コメディアニメの一つとして今なお名前が残っている大きな理由である。
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■ 登場キャラクターについて
マイケル 声:富山敬――とぼけた表情と予測不能な行動で作品を支える主人公
『ホワッツマイケル』の中心にいるマイケルは、茶色を基調としたトラ柄のオス猫であり、人間に飼われながらも自分の都合を最優先にして暮らしている、本作を象徴する存在である。いわゆる正義感あふれる主人公でも、特別な使命を背負ったヒーローでもなく、「食べたい」「寝たい」「逃げたい」「気になるものを追いかけたい」といった猫らしい本能に忠実なところが最大の特徴となっている。しかし、それだけでは単なる動物アニメにはならない。マイケルは人間臭い感情を感じさせる表情を次々と見せ、失敗したときには気まずそうにし、調子に乗ったときには妙に得意げになり、危険を感じれば全力で逃げる。その一つ一つが人間の行動にも通じるため、視聴者は猫を見ているはずなのに、どこか自分自身や身近な人物を重ねてしまう。
なかでもマイケルを代表する動作が、困った状況になると突然始める独特のダンスである。真面目に危機を切り抜けようとするのではなく、まるで「踊ってごまかしてしまえば何とかなる」と言わんばかりに身体を動かす姿は、本作を知らない人にも強く印象を残す。失敗や恥ずかしさを深刻に受け止めず、妙な動きでその場を切り抜けようとするところに、マイケルならではの愛嬌がある。声を担当した富山敬の演技も重要で、マイケルの感情を必要以上に説明せず、動物らしさと人間的なユーモアが共存するような表現を支えている。
小林さん 声:梅津秀行――マイケルに振り回される飼い主であり日常コメディの受け役
小林さんはマイケルを飼っている人物で、人間側から作品世界を見る際の中心的な存在となる。猫をかわいがる気持ちは十分に持っているものの、マイケルが常に人間の期待どおりに行動してくれるわけではないため、日々さまざまな形で振り回されることになる。飼い主として世話をしているはずなのに、気がつけばマイケルの都合に合わせて動かされているという立場が面白く、「猫を飼う人間」と「人間を気にせず生きる猫」という本作の基本構造を象徴するキャラクターでもある。
小林さんの魅力は、必要以上に立派な人物として描かれていないことにある。猫を理解しているつもりで失敗したり、何とか言うことを聞かせようとして逆に騒動を大きくしたりと、人間側にも十分な隙がある。だからこそマイケルとの掛け合いが一方的にならず、双方が互いを困らせながら暮らしているような温かい関係に見える。
おくさん 声:鷹森淑乃――家庭の日常を支えながらマイケルを受け入れる存在
小林さんの妻であるおくさんは、マイケルと暮らす家庭の日常感を強めるキャラクターである。夫婦と猫という組み合わせを成立させるうえで欠かせない人物であり、マイケルの行動に驚いたり呆れたりしながらも、家族の一員として自然に受け入れている。小林さんがマイケルと直接的なドタバタを演じる場面では、おくさんが比較的冷静な立場から状況を見ることで、笑いにメリハリが生まれる場合もある。人間側が全員同じ反応をするのではなく、夫婦それぞれの距離感があるため、家庭の風景に現実味が加わっているのである。
ポッポ 声:川村万梨阿――マイケルの世界に恋愛らしい彩りを加える白猫
ポッポは、マイケルの周囲に登場する猫の中でも重要な存在である。白い毛並みを持つ猫として描かれ、マイケルとの関係を通して、作品に猫同士の恋愛や駆け引きのような面白さを加えている。ただし、人間同士の恋愛ドラマのように感情を長々と言葉で説明するわけではない。近づいたと思えば気まぐれに離れたり、マイケルが意識していても相手はまったく別のことを考えているように見えたりと、猫らしい気まぐれさがそのまま恋愛コメディになっている点が面白い。
ニャジラ 声:松井摩味――愛らしい猫社会に緊張感と笑いを運ぶ強敵
ニャジラは、マイケルにとって非常に厄介な存在として登場する猫である。人間側からカトリーヌと呼ばれることもあるが、その優雅さを感じさせる名前とは裏腹に、マイケルから見れば圧倒的な存在感を持つ相手として描かれる。名前そのものが巨大怪獣を連想させるように、普通の猫でありながら妙に迫力があり、登場するだけでマイケルの態度が変わるところが面白い。
ニャジラが優れたキャラクターなのは、単なる悪役ではないところである。猫同士の縄張り意識や相性を極端に誇張した存在であり、人間的な善悪で分類する必要がない。マイケルにとっては恐怖の対象でも、視聴者から見ると「またマイケルが追い詰められている」と楽しめる存在である。
伸之助 声:増岡弘――人間側の登場人物を広げる味わい深い存在
伸之助は、マイケルを中心とする日常世界に登場する人間キャラクターの一人である。『ホワッツマイケル』では猫だけが個性的なのではなく、周囲の人間もどこか癖が強く、その行動によって猫たちの騒動がさらに大きくなることが多い。伸之助もそうした世界を賑わせる人物として機能している。声を担当する増岡弘の温かみとコミカルさを兼ね備えた演技も、作品全体の柔らかな雰囲気と相性がよい。
加世子 声:山瀬まみ、南杏子――音楽面とも結びついた印象的なキャラクター
加世子は人間側の登場人物の一人であり、テレビアニメ版を語るうえでは声優の変化も印象的である。当初は山瀬まみが担当し、その後は南杏子が演じている。山瀬まみは本作の主題歌も担当しているため、アニメのキャラクターと音楽の両面で『ホワッツマイケル』を印象づけた存在でもある。
志乃 声:玉川紗己子――猫だけではない人間関係にも幅を持たせるキャラクター
志乃は、本作に登場する女性キャラクターの一人である。『ホワッツマイケル』は一見すると完全な猫中心作品に思えるが、人間同士の日常や関係性が背景に存在しているからこそ、マイケルの非常識な行動が際立つ。その意味で志乃のような人間側のキャラクターは、作品世界を単調にしないために欠かせない。
チャル 声:島香裕――周囲の登場人物までクセが強いのが本作らしさ
チャルもまた、『ホワッツマイケル』の幅広いキャラクター群を形作る一人である。猫中心の作品でありながら、周囲の人間や動物がそれぞれ強い個性を持つことで、同じようなエピソードの繰り返しにならない工夫が施されている。本作ではマイケル一匹だけが笑いを生み出しているわけではない。彼の奇妙な行動に対して周囲がどのような反応を見せるのか、その組み合わせによってギャグの種類が変わっていく。
キャラクター同士の「言葉にならない関係」が面白い
本作のキャラクター描写で特に優れているのは、マイケルたち猫の関係を必要以上に言葉で説明しないところである。マイケルとポッポの距離、マイケルとニャジラの緊張関係、人間と猫の微妙な主従関係などは、多くの場合、表情や動きだけでも十分に理解できる。例えば、マイケルがポッポの前で少し格好をつけるだけで好意が伝わり、ニャジラを見た瞬間に身体が固まるだけで恐怖が分かる。小林さんがため息をつけば「また何かやったな」と分かる。こうした映像的な分かりやすさがあるため、子どもでも直感的に楽しめる。
誰も完璧ではないからこそ愛着が湧くキャラクターたち
『ホワッツマイケル』の登場人物には、いわゆる完全無欠のキャラクターがほとんどいない。マイケルは臆病で食い意地が張っており、格好をつけてもすぐ失敗する。小林さんたちは猫を理解しているようで理解できず、猫たちも人間の都合などほとんど考えない。しかし、その欠点があるからこそキャラクター同士の掛け合いが面白くなる。特にマイケルの場合、失敗したあとに落ち込んで終わるのではなく、何となくごまかしたり忘れてしまったりするところが魅力である。
印象的なシーンは大事件よりも小さな仕草にある
本作で記憶に残りやすいのは、壮大な戦いや劇的な別れではない。マイケルが一瞬見せる嫌そうな顔、餌を見つけた瞬間の反応、危険を察知して逃げ出す姿、何事もなかったかのように毛づくろいする仕草など、ほんの数秒の場面が強く記憶に残る。こうした日常の仕草をアニメとして大きく見せることによって、「猫を眺めているだけなのに面白い」という独特の鑑賞体験が生まれる。
主人公だけでは成立しない「マイケルを取り巻く世界」の完成度
最終的に『ホワッツマイケル』のキャラクター構成で優れているのは、マイケル一匹だけに人気を集中させず、周囲との関係によって主人公の魅力を引き出しているところにある。小林さんと一緒なら「飼い猫としてのマイケル」、ポッポと一緒なら「恋を意識するマイケル」、ニャジラと一緒なら「逃げ腰になるマイケル」と、相手によってまったく違う表情が見えてくる。この絶妙な組み合わせこそが、『ホワッツマイケル』を単なる「かわいい猫アニメ」で終わらせず、人間と動物が共存する日常コメディへと押し上げた大きな理由といえる。
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■ 主題歌・挿入歌・キャラソン・イメージソング
音楽からも伝わってくる『ホワッツマイケル』らしい自由さ
テレビアニメ版『ホワッツマイケル』の音楽は、作品が持つ「猫の日常を大げさな笑いへ変換する」という特徴を、そのまま音に置き換えたような明るさと遊び心を備えている。作品自体が一つの長大な物語を追うタイプではなく、短いエピソードをテンポよく積み重ねていく構成であるため、主題歌にも重厚さより親しみやすさや覚えやすさが求められた。その役割を担った中心人物が山瀬まみで、前期・後期を通してオープニングとエンディングを歌唱し、テレビ版『ホワッツマイケル』の音楽的なイメージを強く形作っている。
前期オープニング「マイケル音頭」――踊る猫という作品の個性を一曲で表現
前期オープニングテーマ「マイケル音頭」は、作詞を魚住勉、作曲・編曲を馬飼野康二、歌唱を山瀬まみが担当した楽曲である。題名からも分かるように、日本の伝統的な音頭を思わせる親しみやすいリズム感と、テレビアニメらしい軽快なポップ感を組み合わせた楽曲となっている。『ホワッツマイケル』といえば、マイケルが困った状況で突然踊り出す姿が代表的なイメージとして挙げられるが、「マイケル音頭」はまさにそのダンス性を番組の入口から強調する一曲である。明るく覚えやすいメロディーも特徴で、作品をリアルタイムで見ていた世代にとっては、マイケルの姿とセットで記憶されやすい主題歌となった。
前期エンディング「星空のエトランゼ」――ドタバタの後に訪れる少し不思議な余韻
前期エンディングテーマ「星空のエトランゼ」は、作詞・魚住勉、作曲・編曲・馬飼野康二、歌・山瀬まみという「マイケル音頭」と同じ主要スタッフによって制作されている。しかし曲の印象はオープニングとは大きく異なり、賑やかな本編を締めくくる、やや幻想的で落ち着いた雰囲気を持っている。本編でマイケルが派手に失敗したり、ニャジラから逃げ回ったりした後にこの曲が流れることで、一日の終わりのような穏やかな余韻が生まれる。オープニングの「マイケル音頭」が作品の陽気な表面を象徴する楽曲だとすれば、「星空のエトランゼ」は、その奥にある少しロマンチックで不可思議な猫の世界を感じさせる曲といえる。
後期オープニング「マイケルNo.1!」――よりストレートに主人公を押し出したテーマ曲
後期オープニングテーマ「マイケルNo.1!」は、作詞・魚住勉、作曲・編曲・馬飼野康二、歌・山瀬まみという布陣で制作された。前期の「マイケル音頭」が和風の音頭という少し変化球的な発想でマイケルの面白さを表現していたのに対し、こちらは題名どおりマイケルを真正面から主役として押し出した、より勢いのあるテーマソングである。「No.1」と言われても、マイケルは何かの競技で一番になるわけでも、誰よりも勇敢なわけでもない。そのマイケルをあえて「No.1」と持ち上げるところに、本作らしいユーモアがある。
後期エンディング「失恋ブギ」――猫アニメなのに妙に大人っぽいタイトルが面白い
後期エンディングテーマ「失恋ブギ」は、作詞を安藤芳彦、作曲を山梨鐐平、編曲を米光亮、歌を山瀬まみが担当している。前期エンディングとはスタッフ構成も変わり、タイトルどおりブギを意識したリズミカルな楽曲として、番組後半に新しい印象を加えている。とりわけ面白いのが、猫が主人公のコメディアニメに「失恋」という大人びた題材を持ち込んでいるところである。『ホワッツマイケル』ではマイケルとポッポを中心として、猫同士にも恋愛ドラマを思わせる関係が描かれる。そのため「失恋ブギ」という題名もまったく無関係ではなく、猫の恋愛を人間の恋愛になぞらえて見る作品特有のユーモアと相性がよい。
山瀬まみの歌声がテレビ版の統一感を作った
4曲すべての主題歌を山瀬まみが担当したことは、テレビ版の音楽イメージを考えるうえで非常に大きい。楽曲ごとに音頭、ポップス、ロマンチックなエンディング、ブギと方向性は変化するものの、同じ歌手の声が中心に置かれることで番組としての統一感が生まれている。さらに山瀬まみは声優として加世子役にも参加しているため、「主題歌を歌うタレント」と「アニメ世界の登場人物」という二つの形で作品に関わっていた。
挿入歌・キャラクターソングというより、主題歌そのものがキャラクター性を担う作品
現在のテレビアニメでは、主要登場人物一人一人にキャラクターソングが用意されたり、大量のイメージソングが発売されたりする例が珍しくない。しかし『ホワッツマイケル』のテレビ版を音楽面から振り返る際には、まず上記4曲のオープニング・エンディングが中心となる。特定の登場人物が劇中で歌うことを前提としたキャラクターソングを大量展開するタイプの作品とは性格が異なり、主題歌自体が「マイケルとはどういう猫なのか」「この番組はどういう雰囲気なのか」を代弁していると考えたほうが分かりやすい。
劇中BGM――短編ギャグのテンポを決めるもう一人の主役
『ホワッツマイケル』では、主題歌だけでなく劇中BGMの役割も大きい。短いエピソードの中で状況を素早く理解させる必要があるため、音楽によって「何か起こりそうだ」「マイケルが狙っている」「危険な相手が近づいてきた」といった雰囲気を瞬時に作ることが求められる。マイケルが食べ物を狙う場面なら、本人だけが真剣な作戦を実行しているような音楽を付けることで、何でもない猫の行動が秘密作戦のように見えてくる。ニャジラが現れれば緊張を感じさせ、逃走が始まれば一気にテンポを上げる。こうしたBGMによる誇張は、本作の「普通の猫の日常を大事件として描く」という演出と非常に相性がよい。
オープニングとエンディングで異なるマイケル像を楽しめる
4曲を並べてみると、テレビ版『ホワッツマイケル』が主題歌によってさまざまなマイケル像を見せていたことが分かる。「マイケル音頭」では踊って笑わせるコミカルな猫、「マイケルNo.1!」では番組のスターとして堂々とした主人公、「星空のエトランゼ」では少し不思議でロマンチックな存在、「失恋ブギ」では恋に振り回される人間臭い猫というように、一匹のマイケルを違った角度から表現している。
音楽面から見ても『ホワッツマイケル』は深刻になりすぎない
『ホワッツマイケル』の4曲に共通する最大の魅力は、どの楽曲も作品を必要以上に重たくしないことである。恋愛を扱っても笑いがあり、失恋を題材にしても踊れる。幻想的な曲になっても難解にはならず、音頭を使っても古風なだけでは終わらない。楽曲の方向性は違っても、「見終わったあとに気持ちが軽くなる」という本編の魅力を音楽がしっかり支えている。
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■ 魅力・好きなところ
何より魅力的なのは「猫が猫のまま面白い」というところ
テレビアニメ版『ホワッツマイケル』の最大の魅力として最初に挙げたいのは、マイケルを無理に人間化しすぎていない点である。動物を主人公にしたアニメでは、人間の言葉を普通に話し、人間と同じ価値観で考え、人間のような社会生活を送る作品も多い。しかし『ホワッツマイケル』では、マイケルの基本的な行動原理はあくまでも猫である。食べ物があれば気になる。眠くなれば場所を選ばず眠る。知らない物を見れば警戒する。相性の悪い猫に出会えば逃げる。飼い主から構われたいときもあれば、放っておいてほしいときもある。こうした猫らしい行動を土台にしながら、表情や演出だけを少し人間臭く膨らませている。この絶妙な距離感こそが、本作独自の面白さを作っている。
失敗すると踊る――マイケルを象徴するダンスの破壊力
本作を代表する名物といえば、やはりマイケルのダンスである。マイケルが何か失敗したとき、恥ずかしい場面に遭遇したとき、あるいはどうにもならない状況へ追い込まれたとき、突然踊り出すという発想自体が非常に面白い。本来なら落ち込む場面や慌てる場面なのに、そこで理由もなく踊る。その唐突さが笑いを生むのである。しかも、このダンスは単なる一発ギャグではなく、「マイケルなら困ったら踊る」というキャラクター性へ発展している。視聴者側も何度か見るうちに「そろそろ踊るのではないか」と期待するようになり、その期待どおり踊っても面白く、予想外の場面で踊っても面白い。
小さな出来事を大事件のように見せる演出が楽しい
『ホワッツマイケル』では、世界を揺るがす事件はほとんど必要とされない。猫が食べ物を狙う、家の中を歩く、別の猫と遭遇する、何かに驚く。その程度の出来事でも、カメラワークや表情、BGM、効果音、間の取り方によって一大事件へと変わってしまう。出来事そのものの規模ではなく「どのように見せるか」で笑わせる作品であり、派手さだけに頼らないため、何十年経っても通用しやすい普遍的なコメディになっている。
短編形式だからこそ毎回気軽に楽しめる
1回の放送で複数の短いエピソードを楽しめる構成も、本作の大きな長所である。長編アニメでは前回までの物語を理解していなければ楽しみにくい場合があるが、『ホワッツマイケル』は基本的に一つ一つのエピソードが短く完結するため、途中から見始めても問題が少ない。そのため「この話は特に好き」「この短編だけ妙に覚えている」といった個人的な思い出も生まれやすい。
ポッポとの場面に漂う、かわいらしくも可笑しい恋愛模様
マイケルとポッポの関係も、本作で好きなところとして挙げやすい要素である。猫同士のやり取りでありながら、マイケルがどこか格好をつけようとしたり、相手を意識して落ち着かなくなったりする姿は、人間の恋愛コメディを見ているようでもある。しかし、いくら雰囲気がロマンチックになっても、そこは『ホワッツマイケル』である。食べ物や別の出来事によって空気が台無しになったり、マイケルが余計なことをして格好悪い結果になったりと、最後には笑いへ戻ってくる。
ニャジラ登場時の「絶対に何か起こる」という期待感
一方で、ニャジラが登場する場面には別の種類の面白さがある。ニャジラが視界に入った瞬間、それまで余裕だったマイケルが一気に弱気になる。この分かりやすい力関係が非常に楽しい。主人公だからといってマイケルが常に強いわけではなく、明らかに苦手な相手がいる。それによってキャラクターに親近感が生まれている。真正面から戦って勝利するヒーローものとは正反対で、とにかく逃げるという選択がマイケルらしく、それ自体が笑いになるのである。
飼い主と猫の立場がいつの間にか逆転している面白さ
小林さん夫妻とマイケルの生活も、本作の魅力を語るうえで欠かせない。表面的には人間が猫を飼っているのだが、実際には人間が餌を用意し、寝場所を整え、いたずらを片付け、機嫌を取り、マイケルの都合に振り回されている。つまり、どちらが主人なのか分からなくなる。この逆転した関係が、猫を飼った経験のある人には特によく理解できる。
台詞よりも表情と「間」で笑わせるところが好き
『ホワッツマイケル』には、言葉で説明しすぎない面白さがある。マイケルが固まった顔をする。一瞬沈黙する。目線だけを動かす。そして逃げる。この数秒だけで十分に笑える場面が数多く存在する。ギャグアニメというと大量の台詞や激しいツッコミを想像しがちだが、本作では猫の表情や沈黙がギャグとして機能している。特に何か悪いことをした後、「自分は何もしていません」と言いたげな表情をするマイケルは秀逸で、人間の側がその態度に腹を立てれば立てるほど笑いが増していく。
猫好きなら思わず「あるある」と言いたくなる観察力
高い場所が気になる、箱のような狭いところへ入りたがる、急に機嫌が変わる、飼い主が忙しいときに限って邪魔をする。そうした猫の行動が作品内で巧みに笑いへ変換されている点も好きなところである。ただ「猫はかわいい」と描くのではなく、「かわいいけれど迷惑」「腹が立つけれど結局かわいい」という飼い主の複雑な感情まで描いているところが現実的だ。
1980年代後半のテレビアニメらしい懐かしい空気
現在あらためて見ると、1988年から1989年という時代そのものにも強い魅力を感じる。住宅の雰囲気、家具、家電製品、服装、街並み、会社員の生活、テレビ番組らしい演出などに昭和末期ならではの空気が残されている。猫の行動そのものは時代が変わっても大きく変化しないため、昭和の生活風景と普遍的な猫の面白さが同時に楽しめる。
子どもと大人で笑う場所が少し違うところも魅力
子どもが見れば、マイケルが走る、転ぶ、追いかけられる、踊るといった視覚的な動きだけでも楽しめる。一方、大人になると、人間側の都合と猫側の都合がすれ違う場面や、人間社会を猫へ置き換えたパロディ的な部分が面白く感じられる。つまり、一つのギャグに複数の楽しみ方が存在するのである。
感動を押しつけないのに、時折感じる優しさが心に残る
基本的にはコメディ作品だが、『ホワッツマイケル』には人間と動物が一緒に暮らすことの温かさも自然に描かれている。毎回泣かせようとする演出があるわけではなく、家族愛を長い台詞で説明するわけでもない。それでも小林さん夫妻がマイケルを世話し、マイケルも当然のように家へ帰り、いつもの場所で眠っている姿を見るだけで、そこが彼の居場所であることが分かる。
名シーンは「有名な一場面」より視聴者それぞれの記憶の中にある
本作の場合、誰もが同じ一つの場面を最高の名シーンとして挙げる作品というより、「自分はこのマイケルの顔が忘れられない」「ニャジラから逃げる回が好きだった」「踊り出す場面だけ覚えている」というように、視聴者それぞれが違った場面を覚えている作品だと感じる。短編作品だからこそ、一つのエピソードに大きな物語上の意味を持たせる必要がなく、数秒の表情やオチでも十分に記憶へ残る。
最終回まで「いつものマイケル」でいてくれる安心感
長期作品の最終回というと、壮大な結末や別れ、大きな成長を描くことも多い。しかし『ホワッツマイケル』に求められるのは、世界の運命を決める決着ではない。マイケルが急に立派になったり、猫としての生活を卒業したりするよりも、最後まで自由で、気まぐれで、少し情けなく、それでも愛嬌のある「いつものマイケル」でいてくれることのほうが作品には似合っている。物語が終わっても、画面の外ではマイケルが相変わらず食べて、寝て、騒動を起こしているように思える。それこそ日常コメディとして理想的な余韻といえる。
現在の猫動画文化にも通じる「ただ見ているだけで楽しい」感覚
現在ではSNSや動画サイトで猫の面白い行動をいつでも見ることができる。箱へ飛び込む猫、突然走り出す猫、失敗して何事もなかった顔をする猫などは、多くの人に親しまれている。『ホワッツマイケル』は、そうした「猫の日常そのものがコンテンツになる」という魅力を、インターネットが一般化するより以前から漫画とアニメで形にしていた作品とも考えられる。
何度失敗しても気にしないマイケルの生き方が妙に心地よい
本作で特に魅力的なのは、マイケルが失敗を引きずらない点である。格好をつけて失敗しても、逃げ回って恥ずかしい姿を見せても、その出来事を長期間悩み続けることはない。しばらくすると食事や昼寝など別のことへ興味を移し、また普通に暮らしている。その姿を見ていると、「そんなに深刻に考えなくてもいい」という妙な気楽さを感じる。
『ホワッツマイケル』は疲れているときほど見たくなるアニメ
本作には難しい設定を覚える必要も、緊迫した展開に身構える必要もない。数分の短編を一つ見るだけでも成立し、マイケルの妙な顔や行動を見て笑えば、それだけで十分に作品を楽しめる。テレビをつけたらマイケルがいて、何かくだらないことをして、最後には何となく笑って終わる。その「何も背負わなくていい時間」が心地よいのである。
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■ 感想・評判・口コミ
「猫を見ているだけなのになぜか笑える」という感想が作品の本質
テレビアニメ版『ホワッツマイケル』を振り返る際、まず印象として語られやすいのが、非常に単純な出来事だけでも十分に笑える作品だったという点である。マイケルが歩く、食べる、眠る、驚く、逃げるといった行動そのものには壮大な物語性はない。しかし、それを人間的な感情があるように見せる表情や絶妙なタイミング、効果音、BGMによって膨らませることで、何でもない日常が立派なギャグになる。単純に動物をかわいらしく描くのではなく、猫の図々しさや気分屋なところ、妙に人間臭く見える瞬間まで笑いへ変えている点が高く評価される理由となっている。
リアルタイム世代には「夕方・ゴールデンタイムの楽しいアニメ」という記憶
1988年から1989年にテレビ放送を見ていた世代にとって、『ホワッツマイケル』は物語の細部以上に、当時のテレビ生活そのものと結びついて記憶されている場合が多い。何十年も経った後では、各話の題名や具体的な展開をすべて覚えていなくても、「マイケルが踊っていた」「大きな猫に追いかけられていた」「主題歌が耳に残っている」といった断片的な記憶が強く残る。こうした作品は、ストーリー全体よりも一場面の映像や音楽が思い出のスイッチになることが多い。
マイケルへの評価――「かわいい」と「情けない」が両立している
主人公マイケルについては、単純な意味での「かわいい猫」だけではない点が好まれている。堂々としているかと思えば怖い相手にはすぐ逃げ、格好をつけようとして失敗し、食べ物には弱く、困ると踊ってごまかそうとする。普通の主人公なら欠点として扱われそうな要素が、マイケルの場合はほぼすべて愛嬌へ変換されている。いつでも笑顔で人間に従う理想的なペットではなく、人間の都合を無視し、面倒なときには露骨に嫌そうな態度を取り、ときには飼い主を困らせる。だからこそ本物の猫らしく感じられ、かわいさにも説得力が生まれている。
マイケルのダンスは放送終了後も作品を象徴する記憶になった
視聴者の印象に特に残りやすいのが、マイケルの独特なダンスである。失敗や気まずい状況を踊ってごまかすという発想は非常に視覚的で、子どもでも瞬時に理解できる。しかも何度登場しても、状況やタイミングが変わることで別の笑いが生まれる。このダンスは『ホワッツマイケル』という作品そのものを象徴する演出となっている。
ニャジラの存在があるからマイケルの弱さがもっと面白くなる
ニャジラについては、マイケルとの力関係を楽しむ声が生まれやすい。マイケルが普段どれだけ図々しく振る舞っていても、ニャジラを前にすると途端に態度が変わる。この落差が非常に分かりやすく、ニャジラが姿を見せただけで「何か起こる」という期待感を作っている。主人公だからといって常に強くある必要はなく、むしろ逃げ腰になる姿が魅力となるという珍しい構造である。
ポッポとの関係は猫同士なのに妙に人間臭い
ポッポとの場面については、マイケルの意外なかわいらしさが楽しめる部分として印象に残る。普段は自分勝手に暮らしているマイケルが、相手を意識して格好をつけたり落ち着かなくなったりする姿は、猫同士なのに人間の恋愛コメディを見ているようである。それでいて、最後まで本格的な恋愛ドラマにはならず、食べ物や予想外の行動で雰囲気を崩してしまうのが本作らしい。
富山敬のマイケルは声優ファンから見ても楽しめる
声優陣についても、現在作品を振り返る際の大きな魅力になっている。マイケル役の富山敬をはじめ、鷹森淑乃、川村万梨阿、松井摩味、増岡弘、玉川紗己子、島香裕らが出演しており、1980年代アニメを代表する声優陣の演技を楽しめる作品でもある。特に富山敬については、長い説明台詞でキャラクターを作るのではなく、短い声やリアクション、間によってマイケルの性格を感じさせる点が印象的である。
主題歌の印象が非常に強いという評価
作品を思い出したとき、ストーリーより先に「マイケル音頭」が頭へ浮かぶ人がいても不思議ではない。それほど主題歌と主人公のイメージが一体化している。山瀬まみが歌う「マイケル音頭」「星空のエトランゼ」「マイケルNo.1!」「失恋ブギ」は、それぞれ方向性が異なるものの、いずれもテレビ版の明るく少し変わった世界観に合っている。
短編形式に対する評価――気楽に見られることが最大の長所
複数の短編を組み合わせる形式については、「途中からでも見られる」「一つ一つが短くてテンポがよい」という点が大きな長所である。数話見逃したからといって物語についていけなくなることがほとんどなく、その日にテレビをつけた瞬間から楽しめる。また、短編形式だからこそ実験的な題材や奇抜なギャグを入れやすく、一つのアイデアを引き延ばさず、そのアイデアが最も面白いところでオチをつけることができる。
一方で「大きなストーリーがない」ことは好みが分かれる部分
高く評価される短編形式は、見る人によっては弱点にもなる。キャラクターが長い旅を通じて成長していく作品や、伏線が少しずつ回収される長編ストーリーを好む人には、『ホワッツマイケル』がやや淡々として見える可能性がある。「次の回をどうしても見なければならない」という強い引きより、いつ見ても同じように楽しめることを優先した作品だからである。
現在見るとアニメーションに時代を感じる部分もある
1988年制作のテレビアニメである以上、現在のデジタル制作アニメと比較すると、映像の解像感、色彩、作画の滑らかさなどには当然大きな違いがある。当時のセルアニメらしい色合いや線の揺れを懐かしく感じる人がいる一方で、現代作品に慣れた視聴者には古く感じられる部分もある。しかし『ホワッツマイケル』の場合、作品の面白さが豪華な映像美よりも表情とタイミングに依存しているため、技術的な年代差が致命的になりにくい。
昭和末期の生活風景そのものを懐かしむ楽しみもある
現在作品を見ると、猫の物語だけでなく、当時の住宅、家具、服装、町並み、家庭生活などにも目が向く。放送当時には背景にすぎなかったものが、年月を経たことで昭和末期の生活文化を見る面白さへ変わっている。リアルタイム世代には「こういう家や家具があった」と懐かしく感じられ、若い世代には現在とは違った日常風景として興味深く映る。
猫好きから見ると「かわいいだけにしなかった」ことが評価できる
猫を扱った作品では、外見上のかわいらしさを強調する方向へ偏ることがある。しかしマイケルは、かわいいだけではない。食い意地が張っていて、面倒くさがりで、臆病で、自分勝手で、時には飼い主に迷惑をかける。ところが猫好きからすれば、むしろそこにリアリティを感じる。「完璧だから愛される」のではなく、「面倒なところまで含めて家族になる」という感覚があるため、動物を飼っている人ほど共感しやすい。
子どものころと大人になってからでは感想が変わる作品
子どものころに見れば、走ったり踊ったり追いかけられたりするマイケルの動きそのものが面白い。しかし大人になって見返すと、小林さん夫妻が猫に振り回される姿や、人間社会を猫に重ねたパロディのほうが面白く感じられることがある。同じ映像でも年齢によって笑う場所が変わるため、昔見た人が再視聴しても新しい発見がある。
派手な感動よりも「何となく幸せになる」という後味
本作の感想として特徴的なのは、「泣けた」「衝撃的だった」というより、「見終わった後に気分が軽い」「なんとなく和む」という方向にまとまりやすいことである。大事件を解決するわけでも、人生を変えるような教訓を押し出すわけでもない。しかしマイケルが騒ぎ、失敗し、それでも普通に日常が続いていくことで、妙な安心感が残る。
現在なら「元祖・猫あるあるアニメ」のようにも楽しめる
SNSが普及した現在では、猫が奇妙な場所で寝ていたり、失敗した直後に知らない顔をしていたりする写真や動画が毎日のように共有される。それらを見慣れた世代が『ホワッツマイケル』を見ると、「この作品はずっと昔から猫あるあるをやっていたのか」と感じるかもしれない。現実の猫の動きを観察し、それに「本当はこんなことを考えているのではないか」という想像を付け加える形式は、現在の猫コンテンツともよく似ている。
総合評価――古さを含めて楽しめる、非常に個性的な猫コメディ
テレビアニメ版『ホワッツマイケル』を総合的に評価すると、壮大な物語や最先端の映像表現ではなく、キャラクター、観察力、テンポ、表情、音楽によって成立している作品である。短編中心で大きな物語がないことや、1980年代制作らしい映像表現については好みが分かれるものの、それ以上に「普通の猫の日常をここまで面白くできる」という発想の強さが際立つ。マイケルは勇敢でも賢者でもなく、今日も食べ、眠り、失敗し、怖い相手から逃げ、時には踊る。それだけなのに見ている側は笑ってしまう。その普遍性こそが、『ホワッツマイケル』が放送から長い年月を経ても思い出される最大の理由である。
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■ 関連商品のまとめ
漫画・アニメ・音楽・ゲーム・キャラクター商品へ広がった『ホワッツマイケル』
『ホワッツマイケル』は、小林まことによる漫画を出発点としてテレビアニメやOVA、実写ドラマなどへ展開した作品であり、その人気に伴って書籍、映像ソフト、音楽商品、ゲーム、ぬいぐるみなど幅広い関連商品が生まれている。現在の大規模なキャラクタービジネスのように、毎月大量の新商品が発売され続けるタイプとは異なるものの、1980年代当時にはマイケルの分かりやすい外見と「踊る猫」という強烈な個性を生かした商品が展開され、その後も復刻書籍や再編集版、音楽CD、新作キャラクターグッズなどによって作品との接点が維持されてきた。
原作コミックス――関連商品の中心に位置する最も集めやすいアイテム
『ホワッツマイケル』関連商品を集めるうえで最も基本となるのが、小林まことによる原作漫画である。作品の知名度が高かったことから単行本だけでなく、時期によって判型や編集内容の異なる再刊・再編集商品が登場しており、現在では紙の古書だけでなく電子書籍を利用して作品を読む方法も存在する。オリジナル版の単行本を当時の装丁でそろえる楽しみと、後年に刊行された新装版などを読みやすさ優先で集める楽しみでは性格が異なる。
中古市場では単巻だけなら比較的見つけやすい場合がある一方、全巻を同じ版・同程度の状態でそろえたセットになるとコレクション性が高くなる。1980年代に発売された本については、背表紙の日焼け、紙の変色、カバーの擦れ、折れ、シミなどが生じやすいため、価格を見るときには単純な巻数だけでなく保存状態も重要になる。
新装版・再編集版――世代を超えてマイケルへ触れる入口
長く愛されている作品だけに、『ホワッツマイケル』には後年の新装版やテーマ別にまとめられた編集版なども存在する。こうした商品は、初版コミックスを完全にそろえるほどではないが、マイケルの代表的なエピソードを読み返したい人には適している。古書としての価値より作品内容を楽しみたい人、昔読んだエピソードをもう一度確認したい人、テレビアニメから原作へ興味を持った人など、それぞれに適した選択肢があるのが書籍商品の強みである。
OVA・VHS――現在ではレトロ映像ソフトとしての魅力が大きい
映像関連では、テレビシリーズに先駆けて制作されたOVA版を収録したVHSなどが存在する。テレビアニメ版とはスタッフや声優などが異なるため、同じマイケルを題材にしながら別作品に近い感覚で楽しめる点が特徴である。現在VHSを購入する場合には、単なる作品鑑賞用というよりレトロメディアとしてのコレクション性が強くなる。発売から長期間が経過しているため、テープの劣化、カビ、映像ノイズ、ケースの日焼け、ジャケットの傷みなどに注意が必要である。
レーザーディスクなど古い映像媒体を集める楽しみ
『ホワッツマイケル』関連の古い映像商品では、作品ファンだけでなくレトロ映像メディア愛好家の収集対象となる品も存在する。大判ジャケットを楽しめる媒体では、漫画やアニメのイラストが大きく印刷されたパッケージそのものに現在の小型商品とは違った存在感がある。ただし古いメディアはディスクやテープの状態、ジャケットの傷み、帯や解説書などの付属品、再生環境を確保できるかどうかが重要になる。
テレビアニメ版映像商品を探す際はOVA版との違いに注意
『ホワッツマイケル』の映像ソフトを検索するときに気をつけたいのが、1988年から1989年に放送されたテレビシリーズと、それ以前から制作されたOVA版が混在しやすいことである。商品名だけに「ホワッツマイケル」と書かれている場合、テレビ版だと思って購入したところ別のOVAだったという可能性もあるため、発売年、収録時間、出演声優、パッケージの説明などを確認して判断する必要がある。マイケルの声を富山敬が担当するテレビ版を目的にしているのか、OVAそのものを集めたいのかによって商品選びは大きく変わる。
音楽アルバム――主題歌以外のマイケル関連曲も楽しめる
音楽関連では、山瀬まみによる『ホワッツマイケル/Michael No.1!』など、テレビアニメの世界を音楽としてまとめた商品も重要である。「マイケルNo.1!」「星空のエトランゼ」「マイケル音頭」といった主題歌だけでなく、「ダンシングマイケル」「ポッポの一日」「Sweet Little Baby」「でんぐりがえり」「猫招き市」「I Love Michael」などの関連楽曲もあり、テレビで毎週流れた主題歌だけを知っている視聴者にとっては、作品の音楽世界をさらに広げてくれる内容となっている。
古いレコード・CD・カセットは付属品もコレクションの一部
現在ではオリジナル盤そのものにコレクション性が生まれているため、盤の状態だけでなくジャケットや歌詞カード、帯などの付属品を含めて探す楽しみもある。昭和アニメ音楽と女性アイドル・タレントの音楽史が重なる商品という意味でも興味深い。楽曲を聴くことだけが目的なら後年のベスト盤などを利用できる場合もあるが、1988年当時の商品そのものを所有したい場合には初期盤ならではの魅力がある。
『マイケルEnglish大冒険』――教育ゲームという珍しい商品展開
ゲーム関連では、『ホワッツマイケル』のキャラクターを使用した『マイケルEnglish大冒険 マイケルの単語帳』という珍しい商品が存在する。ファミリーコンピュータ ディスクシステム向けに登場した英語学習型ゲームで、マイケルを操作しながらアルファベットを集めて英単語を完成させていく。誤った文字を取るとニャジラが障害として現れるなど、原作キャラクターをゲーム内容へ取り込んでいるところも面白い。現在ではレトロゲームとしての収集価値も加わり、ディスクの読み込み状態や説明書、ケースなどの有無が重要になる。
マイクロキャビン版『ホワッツマイケル』――レトロPCゲームとしても存在
1980年代末にはマイクロキャビンから『ホワッツマイケル』を題材としたグラフィックアドベンチャーゲームも発売された。PC-8801、PC-9801、MSX2など当時のパソコン向けに展開され、マイケルの周囲で起こる出来事をグラフィックとコマンド操作によって進めていく。現在では対応するパソコン本体そのものがレトロ機となっているため、ゲームソフトもコレクション性の高い領域に入っている。箱、マニュアル、フロッピーディスクなどが一式残っている商品は、単なる中古ソフト以上に1980年代PCゲーム文化の資料としての意味を持つ。
ぬいぐるみ――放送当時のマイケルグッズを代表する存在
キャラクター商品として特に『ホワッツマイケル』らしいのがぬいぐるみである。マイケルはもともと猫であるため、立体的なぬいぐるみとの相性がよく、連載・アニメ人気の高かった時期にはキャラクター商品として展開された。当時物のぬいぐるみは現在では中古品として扱われるため、毛並みの汚れ、色落ち、タグの有無、型崩れなどによって状態差が非常に大きい。子どものころ所有していたぬいぐるみを懐かしんで同型の商品を探す人もおり、単なる市場価格だけでは測れない人気があるのも特徴である。
文房具・食器・日用品――当時ならではの生活密着型キャラクター商品
人気キャラクターは玩具だけでなく、日常生活で使える商品にも展開される。『ホワッツマイケル』についても、マイケルのイラストを使用した文房具、食器類、生活用品など、当時のキャラクター文化を感じさせる品物が中古市場へ現れることがある。ノートや鉛筆、シールのような消耗品は特に現存数が減りやすく、未使用品が残っていればコレクションとして面白い。現在では「昭和レトロ」「80年代キャラクター」「猫グッズ」という複数のジャンルから探される商品でもある。
フィギュア・マスコット――マイケル特有のポーズを立体で楽しむ
『ホワッツマイケル』はキャラクターの表情だけでなくポーズが重要な作品であるため、フィギュアやマスコットとの相性も非常によい。普通に座っているマイケルもかわいらしいが、この作品ならではの魅力を考えると、踊っている姿や妙に人間臭いポーズを立体化した商品のほうが「マイケルらしさ」を強く感じられる。またポッポ、ニャジラと並べることで作品内の関係を再現できるのもフィギュア商品の楽しみ方である。
新しいカプセルトイなど、現在も続くキャラクター商品
作品誕生から長い年月が過ぎても、マイケル、ポッポ、ニャジラなどを題材にした新しいアクリルキーホルダーやフィギュアマスコットといった商品が企画されることがある。こうした商品は、1980年代当時を知るファンだけを対象としているのではなく、現在の猫好きやカプセルトイファンにも手に取りやすい。特に「踊るマイケル」のように作品を象徴する姿が商品化されることで、昔の読者には懐かしく、初めて見る人には独特な猫キャラクターとして新鮮に映る。
食玩・お菓子・販促品などは「見つけたときが出会い」になりやすい
古いキャラクター作品の場合、一般販売商品だけでなく食品の付録、企業キャンペーン、店舗用ノベルティ、景品などが中古市場へ姿を見せることがある。特に紙製品、食品パッケージ、シール、袋類などは普通なら使用後に捨てられてしまうため、数十年後まで残っていること自体が珍しい。そのため『ホワッツマイケル』の古い小物を収集する場合には、有名なぬいぐるみやコミックスだけでなく、こうした周辺商品を探すことも一つの楽しみになる。
中古市場――漫画は比較的探しやすく、古い玩具や紙物は個体差が大きい
現在の中古市場を大きく分けると、原作コミックスのように比較的流通量が多い商品と、1980年代のぬいぐるみ・販促品・ゲーム・音楽盤・映像メディアなど流通量の少ない商品に分けられる。コミックスは複数の版が存在するため、単に『ホワッツマイケル』という名前だけで検索すると異なる版が混在する。一方、VHS、古いゲーム、ぬいぐるみなどは出品そのものが少ない時期があり、欲しい商品が常に手に入るとは限らない。
オークションで価格差が生まれやすい条件
『ホワッツマイケル』の古い商品に限らず、1980年代のキャラクターグッズでは商品の状態が価格へ大きく影響する。例えば同じぬいぐるみでも、タグ付きで汚れの少ない商品と、長年遊ばれて毛並みが傷んだ商品では評価が異なる。レコードなら帯や歌詞カード、映像ソフトならジャケットや解説書、ゲームなら箱と説明書などが重要になる。特にレトロゲームでは「ソフトだけ」と「箱説付き」の差が大きくなりやすい。
高額だから価値があるとは限らない――出品価格と取引価格を区別したい
中古商品を調べる際には、「現在出品されている価格」と「実際に売れた価格」を分けて考える必要がある。希少なキャラクターグッズの場合、非常に高い金額で出品されていても、その価格で取引が成立するとは限らない。特に数十年前の商品は比較対象が少ないため、出品者が独自に値段を設定しているケースもある。そのため、本当の市場傾向を知りたい場合は複数件の販売履歴や中古ショップの在庫状況を比較するのが重要である。
今から集めるなら「原作」「音楽」「立体物」の三方向が始めやすい
現在初めて『ホワッツマイケル』の商品を集めるなら、最初からすべての当時物を追いかける必要はない。まず原作漫画を読んで作品世界を知り、次に主題歌や関連楽曲を聴き、気に入ったキャラクターのフィギュアやキーホルダーを集めるという方法が現実的である。さらに深く興味を持った場合に、OVAのVHS、古いレコード、PCゲーム、ファミコンの学習ゲーム、当時のぬいぐるみなどへ範囲を広げていけばよい。
テレビアニメだけでなく原作漫画の商品として見ることが重要
関連商品を探すときに忘れてはいけないのは、『ホワッツマイケル』がテレビアニメ発祥のキャラクターではなく、小林まことの漫画から生まれた作品であるという点である。そのため中古市場に存在するマイケル商品が必ずしも1988年テレビアニメ版の商品とは限らない。原作漫画のイラストを使用した商品、OVAを基にした映像商品、テレビアニメ関連音楽、後年の復刻グッズなどが同じ『ホワッツマイケル』の名前で流通する。コレクションをテレビ東京版だけに絞る場合には商品年代や権利表記などを確認する必要がある。
長い年月を経ても商品化できるマイケルの強さ
『ホワッツマイケル』関連商品を振り返って最も印象的なのは、1980年代に人気を博したキャラクターでありながら、作品誕生から長い年月を経た現在でも新しい商品へつなげられることである。原作コミックスを昔の形で集める楽しみ、アニメやOVAを古い映像メディアで探す楽しみ、山瀬まみの楽曲を聴く楽しみ、レトロゲームを所有する楽しみ、そして現在のフィギュアやキーホルダーとしてマイケルを手に入れる楽しみが同時に存在する。
踊る茶トラ猫という非常に単純で分かりやすいキャラクターだからこそ、時代が変わってもマイケルの魅力は理解しやすい。漫画、アニメ、音楽、ゲーム、ぬいぐるみ、文房具、フィギュアなど、さまざまな形になっても一目で「マイケルだ」と分かる。この強いキャラクター性こそが『ホワッツマイケル』の商品展開を長く支えてきた最大の理由であり、懐かしい昭和末期の作品であると同時に、これから新しく猫好きの世代が出会うことのできるキャラクターとしての魅力も持ち続けているのである。
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