『おらぁグズラだど(第2作)』(1987年)(テレビアニメ)

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【原作】:笹川ひろし
【アニメの放送期間】:1987年10月12日~1988年9月20日
【放送話数】:全44話
【放送局】:テレビ東京系列
【関連会社】:タツノコプロ、アニメフレンド、読売広告社、ナック

■ 概要・あらすじ

1960年代の人気怪獣ギャグを20年後によみがえらせたカラー版

『おらぁグズラだど(第2作)』は、1987年10月12日から1988年9月20日までテレビ東京系列で放送された、タツノコプロ制作のテレビアニメである。物語の主人公は、怪獣らしい大きな体を持ちながら、怖いというより愛嬌たっぷりで、食いしん坊かつお人好しのグズラ。鉄を何よりの好物とし、人間社会の常識を十分理解しないまま町へ入り込んでは、自動車や鉄製品などを食べて周囲を大混乱へ巻き込んでいく。しかし本人に悪意はほとんどなく、むしろ困っている人を見ると放っておけない優しい性格であることから、騒動の原因になったかと思えば最後には人助けをするという、憎めない主人公として描かれている。

本作を単純な1980年代の新作アニメとして見るだけでは、その本当の面白さは分かりにくい。もともとの『おらぁグズラだど』は1967年に放送されたモノクロテレビアニメであり、第2作はその約20年後に企画されたカラー版である。ただし、同じキャラクターを使ってストーリーを最初から作り直した一般的なリメイクとはかなり異なる。旧作時代に収録された声優陣の音声を活用しながら、映像部分を新しいカラーアニメーションとして制作し直すという、非常に珍しい方法が採用された。

その結果、耳から聞こえてくる演技には1960年代テレビアニメのテンポや雰囲気が残っている一方、画面には1980年代後半のカラーアニメらしい鮮やかさや遊び心が加えられている。昔の作品をそのまま再放送するのでもなく、すべてを現代風に作り直すのでもない。「昔の声」と「新しい絵」を組み合わせることで一つの作品として再生させるという、国産テレビアニメの中でも極めて個性的な立ち位置を持つ作品なのである。

旧作音声を生かし、映像を新しくした異色のリメイク方式

『おらぁグズラだど(第2作)』最大の特徴は、旧作の音声を活用し、それに合わせて新しい作画を作り上げたところにある。通常、テレビアニメをリメイクする場合には脚本を再構成し、キャストを選び直し、台詞を新たに収録してから映像を制作する。しかし本作では、すでに完成していた旧作の芝居を土台として、そこへカラー映像を当てはめていくという逆方向に近い制作が行われた。

この方法によって、大平透が演じるグズラをはじめ、凡太、スズ子、パパ、ママといった登場人物の会話や掛け合いには、1960年代に収録された独特のリズムが残されることになった。一方、映像スタッフは既存の音声の時間や台詞に合わせながら、新しい動きや表情、背景を構築できる。そこで単純に旧作映像をカラー化して写し直すだけではなく、1980年代の視聴者にも楽しめるよう、新しい視覚ギャグや画面上の遊びが加えられた。

特に面白いのが、タツノコプロの過去作品を知る人なら気づくようなキャラクターや、別作品を思わせるパロディ的な絵が画面へ紛れ込むことがある点である。音声そのものは昔のままであっても、画面側には制作当時のスタッフが自由に遊べる余地があり、タツノコ作品を長年見てきた視聴者には思わぬ発見を楽しめる仕掛けとなった。旧作を知る世代には懐かしく、初めて見る子どもには新しい作品として映るという、二世代をつなぐ企画だったといえる。

主人公グズラ――怖い怪獣ではなく、鉄が大好きな食いしん坊

主人公グズラの最大の個性は、「怪獣」という言葉から想像する恐ろしさと、実際の性格がほとんど一致していないことである。巨大な怪獣が町へ現れるという設定だけを聞けば、建物を壊し、人々を恐怖へ陥れる怪獣映画のような物語を想像する。しかしグズラは世界征服にも人類への復讐にも興味がない。何より重要なのは食べ物、とりわけ大好物である鉄である。

町へ出れば、グズラにとっては身の回りのさまざまな鉄製品が食べ物に見えてしまう。人間には大切な道具や設備であっても、グズラからすれば魅力的なごちそうである。そのため、本人は単に空腹を満たしているだけなのに、周囲から見ると大事件が発生したことになる。この「本人には悪意がないのに、存在しているだけで社会が大騒ぎになる」という構造が、本作の基本的な笑いにつながっている。

さらにグズラは、強大な能力を持つ怪獣でありながら精神的には非常に素直である。騙されれば簡単に信じてしまい、褒められればすぐ得意になり、困っている人を見れば助けようとする。その結果、事件を解決しようとしてさらに問題を大きくしてしまうことも多い。怪獣なのに恐怖の対象ではなく、「大きくて力持ちだけれど、どこか放っておけない友達」のような存在として描かれているところが、グズラの大きな魅力である。

ビックラ山の大噴火から始まるグズラ誕生の物語

物語の始まりは、ビックラ山で起こった大噴火である。火山活動によって巨大な卵が外へ飛び出し、それが思いがけない場所へ運ばれたことから、後の大騒動につながっていく。その巨大な卵から誕生したのがグズラだった。常識的な生物とは異なる出自を持つだけに、誕生したばかりのグズラは人間社会のルールをほとんど知らない。

やがて人間の暮らす町へたどり着いたグズラは、大好物である鉄を発見する。ところが彼には、それが誰かの所有物であるとか、公共施設の一部であるといった感覚がない。目の前においしそうな鉄があるから食べる。それだけの単純な行動によって、自動車やさまざまな鉄製品が次々と被害を受け、町は怪獣出現の騒ぎへ発展する。

人間から見れば、正体不明の怪獣が町の物を食べて回っているのだから恐怖を感じるのも当然である。そのためグズラは追われる立場となってしまう。しかし視聴者には、グズラが本当は悪い怪獣ではないことが分かっている。この「町の人々には恐れられているが、視聴者には事情が分かっている」というズレが、物語を単なる怪獣退治ではなく人情味のあるコメディへ変えていく。

凡太とスズ子との出会いがグズラの人生を大きく変える

人間社会から追われるグズラへ救いの手を差し伸べるのが、凡太とスズ子の兄妹である。二人はグズラの外見だけを見て恐れるのではなく、その内側にある純粋さや優しさに触れていく。町の大人たちから見れば大迷惑な怪獣でも、子どもたちにとっては不思議で面白く、そして放っておけない友達なのである。

凡太とスズ子との出会いによって、グズラはそれまでの「正体不明の怪獣」から、人間の家庭と関わりながら生活する存在へ変化していく。ここから物語は怪獣出現の騒動だけではなく、家庭内コメディとしての性格を強めていく。グズラが人間社会の習慣を理解しようとして失敗したり、家族を助けようとして余計なことをしたりするなど、日常のさまざまな出来事がギャグへ発展するようになる。

最大の難関は動物嫌いのパパに家族として認めてもらうこと

凡太とスズ子はグズラを気に入り、自分たちの家族として一緒に暮らしたいと考える。しかし、そこには大きな障害がある。家のパパが動物を苦手としているのである。犬や猫でも簡単ではなさそうな父親に対して、子どもたちが連れてきたのは巨大な怪獣。当然ながら、最初から歓迎されるはずがない。

ここで本作のおかしさは一段と強くなる。外の世界では町を騒がせるほどの怪獣であるグズラが、家庭へ入った瞬間には「子どもが連れてきた困ったペット」のような扱いになるからである。巨大な怪獣と、ごく普通の家庭内問題を組み合わせることで、本作にしかない笑いが生まれている。

もっとも、グズラは単なる居候ではない。お人好しで情に厚いため、家族が困れば自分なりに助けようとする。もちろん、その努力が必ず成功するとは限らない。怪力や怪獣ならではの能力を使えば簡単に解決できそうな問題でも、グズラが余計なことをして事態を悪化させることがある。しかし、そんな失敗を繰り返すうちに、家族との間には少しずつ独特の絆が形成されていく。

一回二話構成だから楽しめるテンポのよい怪獣ドタバタ劇

第2作は30分枠で、一回の放送に短い物語を二本組み合わせる構成を基本としている。全44回、物語単位では全88話にあたり、短時間の中でグズラが事件へ飛び込み、問題を大きくし、最後には何らかの形で騒動を収めるテンポのよい展開を楽しめる。

題材も非常に自由で、家庭だけに限定されない。グズラがサーカスへ関わったり、野球で活躍したり、プロレスラーになったり、デパートで騒ぎを起こしたり、さらには宇宙や海賊など日常を大きく飛び越える世界まで物語が広がっていく。「怪獣がさまざまな世界へ入ったらどうなるか」という発想を軸に、毎回異なるジャンルへグズラを放り込めることが本作の強みである。

怪獣作品でありながら恐怖より家族と友情を描く物語

『おらぁグズラだど』というタイトルから怪獣アニメを想像すると、巨大怪獣同士の戦いや都市破壊を中心とした作品に思えるかもしれない。しかし実際の物語で重視されるのは、グズラと人間たちの交流である。グズラは確かに騒動を起こすが、根本的には人間と仲良くしたい存在であり、凡太やスズ子との友情、ヌケ田家との生活によって居場所を得ていく。

グズラが鉄を食べてしまえば怒られる。常識外れの行動をすれば町の人に追いかけられる。しかし、誰かが本当に困っている場面では、その怪力が役に立つこともある。日頃は迷惑をかけている怪獣が、一転して人々の危機を救う。この落差によってグズラは単純なトラブルメーカーではなく、「迷惑だけれど、いなくなると寂しい存在」へ変わっていく。

「だど」という独特の話し方も忘れられない個性

グズラのキャラクターを語るうえで欠かせないのが、タイトルにも使われている独特の語尾である。「おらぁ」「だど」といった特徴の強い話し方は、一度聞くだけでグズラだと分かるほどの個性を与えている。大平透による低く存在感のある声と、どこか素朴な口調が組み合わさることで、巨大な怪獣なのに妙に親しみやすい人物像が完成した。

まとめ――昔の音と新しい映像を組み合わせた珍しい怪獣コメディ

『おらぁグズラだど(第2作)』は、単なる旧作の再放送でも完全新作でもない。1967年版で生み出された物語と声優陣の芝居を受け継ぎながら、1980年代に新たなカラー作画を制作することで、同じグズラを新しい世代へ届けた異色のリメイク作品である。古い音声を制約とするのではなく、そこへ新しい映像表現やパロディ的な遊びを加えたことによって、旧作とはまた違った魅力を持つ一本に仕上がった。

物語そのものも非常に分かりやすい。火山から飛び出した卵から生まれたグズラが、大好物の鉄を求めて人間の町へ現れ、凡太とスズ子に出会い、ヌケ田家の一員のような存在になっていく。そして毎回、食欲や勘違い、怪力が原因で大騒ぎを起こしながらも、その優しい性格によって人間たちとの距離を縮めていく。怖い怪獣ではなく、失敗ばかりするけれど憎めない友達。それがグズラなのである。

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■ 登場キャラクターについて

グズラ(声:大平透)――鉄が大好きな愛されトラブルメーカー

『おらぁグズラだど(第2作)』の中心にいるのが、火山から飛び出した巨大な卵から誕生した怪獣グズラである。怪獣という言葉から想像されるような凶暴さや恐ろしさとは対照的に、性格は気が優しく、のんびりしていて、非常に素直。さらに猛烈な食いしん坊で、最大の好物は鉄という変わった特徴を持っている。自動車、鉄くず、金庫など、人間にとって大切な物であっても、グズラの目にはおいしそうな食べ物として映ってしまう。そのため本人に悪意がまったくない状態から町中を巻き込む事件が始まることが多く、「悪くないのに迷惑」という絶妙な立場が笑いの中心になっている。

グズラの面白さは、圧倒的な怪力や怪獣らしい特殊能力を持ちながら、それを賢く利用できる万能キャラクターではないところにある。困っている人を助けようと立ち上がっても、力加減を間違えて周囲を壊してしまう。仕事を頼まれれば真面目に取り組むものの、食べ物を見つけると目的を忘れてしまう。悪人に利用されそうになっても、相手の話を簡単に信用してしまうことがある。こうした純真さが毎回の事件を生み出し、最終的にはグズラ自身が最もひどい目に遭うという展開もしばしば見られる。

声を担当する大平透の存在感も極めて大きい。低く太い声でありながら、そこへ素朴で愛嬌のある話し方を組み合わせることで、巨大怪獣とは思えない親しみやすさが生まれている。「おらぁ」「だど」といった特徴的な口調は、タイトルにも使われるほどグズラを象徴する要素であり、一度聞けば忘れにくい。第2作では旧作音声を活用しているため、1980年代のカラー映像から1960年代に収録された大平透の演技が聞こえてくる。この時代を越えた組み合わせも、グズラというキャラクターを特別な存在にしている。

凡太(声:東美江)――グズラを友達として受け入れる少年

凡太は、グズラと人間社会を結びつける重要な少年である。多くの大人たちが突然現れた怪獣を危険な存在として警戒する中、凡太はグズラと直接向き合い、その性格が凶悪ではないことを理解していく。外見だけを見れば普通なら逃げてもおかしくない相手に対して、友達として接することができる柔軟さが、物語の出発点となっている。

凡太の役割は、単なる人間側の友人にとどまらない。人間社会の常識をほとんど知らないグズラにとって、凡太は世の中のルールを教える案内役でもある。もっとも、グズラが素直に教えを守るとは限らず、理解したつもりでまったく別のことをしてしまうことも多い。そのたびに凡太は慌て、止めようとし、最後には一緒に騒動へ巻き込まれる。この掛け合いによって、人間と怪獣という異種の組み合わせが愉快な友人コンビとして成立している。

スズ子(声:松尾佳子)――グズラに優しく接するもう一人の理解者

スズ子は凡太とともにグズラを受け入れ、彼を家族の輪へ迎え入れようとする少女である。怪獣が町へ現れたという外面的な事実だけで判断せず、実際のグズラが優しく、寂しがり屋で、どこか子どものような心を持っていることを理解する。凡太とスズ子という兄妹の存在があったからこそ、グズラは人間たちから追われるだけの存在ではなく、帰る場所を持つことができた。

グズラにとって凡太とスズ子は、単に遊んでくれる人間の子どもではない。自分を怪獣ではなく一人の仲間として見てくれる存在である。周囲から誤解されたり追われたりしても、二人が味方でいてくれることが、グズラの居場所を作ることにつながっている。その意味では、本作の家族的なテーマを象徴するキャラクターでもある。

パパ(声:富山敬)――動物嫌いなのに怪獣と暮らすことになる苦労人

ヌケ田家のパパは、本作でも特にコメディ的な立場が強い人物である。そもそも動物が苦手であるにもかかわらず、子どもたちが連れてきたのは犬や猫ではなく巨大な怪獣グズラ。この時点ですでに、パパにとっては毎日が災難になることが決まったようなものである。

子どもたちはグズラの優しさを理解しているため「一緒に暮らしたい」と考えるが、社会人であり家庭を守る立場のパパからすれば簡単には認められない。グズラが家にいれば家具や設備が壊れるかもしれず、鉄製品を食べられる可能性もある。町で騒ぎを起こせば家族まで巻き込まれる。パパが警戒するのは当然なのだが、視聴者から見ると、その真面目な心配そのものが笑いへ変わる。

富山敬の芝居も、パパの苦労人ぶりを際立たせている。真面目に怒っているのに周囲があまり言うことを聞いてくれず、結果的に一番振り回される。そのリアクションが大きくなるほど、グズラとの対比が面白くなる。

ママ――大騒ぎの家庭を支える中心人物

ヌケ田家のママは、毎日のように事件を起こすグズラと、子どもたち、そしてパパを含めた家庭を支える存在である。巨大怪獣が家庭へ入り込めば、本来なら日常生活が成立しなくなっても不思議ではない。しかしママを含む家族がグズラの存在を徐々に受け入れていくことで、「怪獣がいる普通の家庭」という本作独特の世界が完成していく。

ママの立場からすれば、グズラは手のかかる巨大な子どもがもう一人増えたようなものでもある。食べ物の問題、家の中での行動、町での騒動など、心配の種はいくらでもある。それでもグズラに対して完全な拒絶を示すのではなく、家族の一員に近い存在として接していくところに作品の温かさが表れている。

チャララ(声:堀絢子)――グズラの違った一面を引き出す存在

チャララはグズラの物語をより賑やかにするキャラクターの一人であり、チャララを中心としたエピソードも用意されている。単発の背景キャラクターとしてではなく、グズラとの関係そのものを笑いや物語へ発展させる存在として扱われている。

グズラは普段、食欲や友情を中心に行動する子どもっぽい怪獣として描かれることが多い。そのためチャララが関わることで、いつもの鉄を食べる騒動とは違った表情を見せるところが面白い。普段なら豪快なグズラが相手を意識して落ち着かなくなったり、いつもと異なる行動を取ったりすることで、キャラクターの新しい一面を見ることができる。

悪人さえグズラの純粋さに振り回される

本作には泥棒や怪しい人物など、グズラを利用しようとするキャラクターも登場する。しかし面白いのは、悪人が必ずしもグズラを思い通りに扱えるわけではないことである。グズラは人を疑うことをあまり知らないため簡単に騙されることがある一方、人間社会の常識そのものを理解していないため、悪人が想定していない行動を突然取る。

結果として、グズラを利用するつもりだった悪人のほうが振り回されるという逆転が生まれる。この構造は、本作の主人公が「賢さで悪を倒すヒーロー」ではないからこそ成立する独特の笑いである。

グズラ以外の怪獣が登場すると立場が逆転する面白さ

物語にはグズラ以外の奇妙な怪獣も登場し、グズラ自身が別の怪獣に振り回される展開も用意されている。普段のグズラは人間社会の中では非常識な存在である。しかし、自分以上に変わった怪獣が現れた場合には、逆にグズラが困惑する側へ回る。この立場の逆転が面白い。

大平透、東美江、富山敬、松尾佳子――旧作の芝居を新しい映像で味わう

第2作のキャラクターを語るうえで、声優陣の芝居が1967年版から受け継がれている点は極めて重要である。通常なら約20年後のリメイクでは声優陣も変わり、同じキャラクターでも話し方や印象が大きく変化する。しかし本作では、グズラの大平透、凡太の東美江、パパの富山敬、スズ子の松尾佳子らの芝居そのものが新しいカラー映像と結びついている。

そのため旧作を知っている視聴者には、昔親しんだ声がそのまま戻ってきたような感覚がある。一方、1987年に初めて見た子どもにとっては、その声が最初からグズラたちの声である。二つの世代が同じ音声を通して同じキャラクターへ親しめるという、一般的なリメイク作品ではなかなか実現できない魅力を持っている。

まとめ――怪獣と家族が一つになっていくキャラクター群

『おらぁグズラだど(第2作)』の登場人物の最大の魅力は、巨大怪獣と普通の家族という、本来なら一緒に暮らせるはずのない存在を自然な日常へ変えてしまったところにある。大平透演じるグズラは、怪力と食欲で事件を起こしながらも、気が優しくて憎めない主人公。東美江演じる凡太と松尾佳子演じるスズ子は、そんなグズラを外見で判断せず友達として受け入れる子どもたち。富山敬演じるパパは毎回の騒動に頭を抱え、ママは怪獣まで含めた家庭を支えていく。そしてチャララをはじめとする周囲の個性的なキャラクターや怪獣たちが加わり、物語はさらに自由な方向へ広がっていく。

誰か一人だけが作品を成立させているのではない。グズラが事件を起こし、凡太とスズ子が付き合い、パパが怒り、ママが家庭をまとめ、周囲の人々が驚く。そのリアクションの連鎖こそが『おらぁグズラだど』の笑いを作っているのである。

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■ 主題歌・挿入歌・キャラソン・イメージソング

怪獣コメディの楽しさを一瞬で伝える明快な主題歌

『おらぁグズラだど(第2作)』の音楽を代表するのは、オープニングテーマ「グズラだど」と、エンディングテーマ「ドタバタでともだち」である。どちらも作品が持つ明るさ、騒がしさ、親しみやすさを前面へ押し出したアニメソングであり、巨大怪獣が登場する作品でありながら恐怖や緊張を強調しない本作の方向性を、音楽からすぐ理解できるようになっている。作詞は伊藤アキラ、作曲は岸正之、編曲は山中紀昌が担当。オープニングはさとまさのり、エンディングは橋本潮が歌い、それぞれ異なる方向からグズラの世界を盛り上げている。

オープニングテーマ「グズラだど」――主人公そのものを歌にした一曲

オープニングテーマ「グズラだど」は、主人公グズラの強烈な個性をそのまま楽曲へ変えたようなアニメソングである。曲名からして、グズラ独特の「だど」という語尾を真正面から取り入れており、作品タイトルとキャラクター、主題歌が一体化している。一度曲名を覚えれば、そのままグズラの姿や声まで思い出せるような分かりやすさがある。

歌い出しから感じられるのは、グズラという存在を大げさに恐ろしい怪獣として紹介するのではなく、「こんな愉快な怪獣がいる」という親しみを込めた自己紹介的な雰囲気である。グズラの特徴である怪力、旺盛な食欲、鉄への興味、独特の口調などを連想させながら、番組を初めて見る子どもにも主人公のキャラクターが伝わる構造になっている。

さとまさのりの歌声――怪獣らしい力強さとコミカルさ

「グズラだど」を歌うさとまさのりの歌唱は、単純に明るいだけではなく、怪獣アニメらしい力強さも感じさせる。それでいて曲全体が怖い方向へ傾かず、どこか人懐っこく、子どもが一緒に口ずさめそうな雰囲気を維持しているところが特徴である。

伊藤アキラの作詞――一度聞けば覚えやすい言葉選び

作詞を担当した伊藤アキラは、数多くのテレビ番組やアニメ、CMなどで耳に残る言葉を生み出してきた作詞家であり、「グズラだど」でもその分かりやすさが生かされている。難しい表現を並べるのではなく、主人公の特徴や番組の楽しさを子どもにも理解しやすい言葉へ置き換え、曲を聞くことそのものがグズラの紹介になるように作られている。

岸正之の作曲と山中紀昌の編曲が作る1980年代らしい明るさ

岸正之によるメロディーは、グズラの大きな体を思わせる元気のよさと、ギャグアニメらしい軽さを両立させている。山中紀昌によるアレンジも、1980年代のカラーアニメとして復活したグズラにふさわしい、華やかで親しみやすい音作りとなっている。本編の芝居には旧作の雰囲気を残しつつ、番組の入口には新しい時代の音楽を置くことで、第2作独自の世界が完成している。

エンディングテーマ「ドタバタでともだち」――騒動の最後に残る友情

エンディングテーマ「ドタバタでともだち」は、橋本潮が歌う明るく親しみやすい楽曲である。「グズラだど」が主人公の個性を紹介する曲だとすれば、こちらはグズラと周囲の人々が築いていく関係そのものを表現する曲として捉えられる。

題名に含まれる「ドタバタ」と「ともだち」という二つの言葉は、本作を非常に的確に言い表している。グズラがいるところでは、ほとんど必ず何らかの騒動が起きる。鉄を食べたり、怪力を使いすぎたり、誰かの話を勘違いしたりして、凡太やスズ子、パパたちは毎回振り回される。それでも騒ぎが終われば、グズラはまた彼らのところへ戻ってくる。

つまり「迷惑をかけないから友達」なのではなく、「失敗して大騒ぎになっても、それでも一緒にいられるから友達」という関係が本作の根底にある。「ドタバタでともだち」という題名は、その温かなテーマを短い言葉でまとめたものといえる。

橋本潮の歌声が友情を柔らかく包み込む

エンディングを担当する橋本潮の歌声は、オープニングとは違った柔らかさを作品へ与えている。本編ではグズラが町を走り回り、パパが怒り、凡太たちが慌て、次々とトラブルが起こる。しかし最後に明るい歌声が流れることで、その日の事件が「楽しい思い出」へ変わったように感じられる。

二つの主題歌で描かれる「怪獣」と「友達」という二つの顔

二つの主題歌を並べると、非常に分かりやすい役割分担が見えてくる。「グズラだど」はグズラ本人を前面へ押し出し、巨大で変わった怪獣が登場する楽しさを表現する。それに対して「ドタバタでともだち」は、そんなグズラが人間の子どもたちと築いていく友情へ焦点を移している。オープニングでは「今日もグズラがやって来る」というワクワク感を作り、エンディングでは「いろいろあったけれど、やっぱり仲間」という安心感を残す。

第1作とは異なる新主題歌が1987年版であることを印象付ける

第2作は旧作の音声を活用した特殊なリメイクであるが、主題歌まで1967年当時のものをそのまま使うのではなく、1987年版として新しいオープニングとエンディングが用意された。ここは作品の性格を考えるうえで重要なポイントである。

本編の芝居には旧作の雰囲気を残しつつ、番組の最初と最後には1980年代に制作された新しい音楽を置く。それによって「昔の作品の再放送」ではなく、「旧作を材料として新しく作られたテレビアニメ」であることが明確になる。

劇中BGM――グズラが何かを始めた瞬間から笑いを準備する

本編の音楽では、キャラクターの動きや場面の変化に合わせたBGMも重要な役割を果たす。グズラが鉄を見つけて興味を示す場面、何かを思いつく場面、悪者が企んでいる場面、町中で追いかけっこになる場面など、それぞれに音楽による雰囲気作りが加わることで、ギャグの分かりやすさが増している。

特にグズラが食べられそうな鉄を見つけた場面では、視聴者には次に何が起こるか予想できる。そこへ期待を持たせる音楽が加われば、「またやるぞ」という笑いの準備が完成する。そして実際にグズラが食べ始め、周囲が大混乱になるとテンポも一気に上がる。このようにBGMは、台詞より先に視聴者へ感情の方向を知らせる働きをしている。

挿入歌・キャラクターソングという視点から見る本作

現在のアニメでは、主人公や主要キャラクターごとのキャラクターソング、イメージアルバム、ドラマCDなどを大量に展開することがあるが、『おらぁグズラだど(第2作)』は、そうした音楽メディアミックスを大規模に行うタイプの作品ではない。音楽面ではオープニング「グズラだど」とエンディング「ドタバタでともだち」が作品全体を代表する二本柱として強い印象を残している。

ただし「グズラだど」は、実質的にはグズラ本人を紹介するキャラクターソング的な性格も非常に強い。主人公の名前や個性を前面へ出し、聞く人へ「グズラとはこういう怪獣だ」と伝える役割を持つからである。一方、「ドタバタでともだち」は凡太やスズ子を含む仲間たち全体のイメージソングとして捉えることもできる。

現在聴くと強く感じる1980年代アニメソングの味わい

現在のアニメ主題歌と比較すると、「グズラだど」と「ドタバタでともだち」は、作品専用曲としての性格が非常に強い。曲を単独のヒットソングとして成立させること以上に、番組名、キャラクター、世界観を覚えてもらう役割が明確である。この「アニメを見るための歌」という分かりやすさは、現在聴くとかえって新鮮に感じられる。

まとめ――二曲が作品の二つの魅力を表現する

『おらぁグズラだど(第2作)』の音楽を代表するオープニングテーマ「グズラだど」とエンディングテーマ「ドタバタでともだち」は、それぞれ異なる方向から作品世界を表現している。さとまさのりが歌う「グズラだど」は、巨大で食いしん坊、力持ちでどこか間抜けという主人公グズラの個性を真正面から紹介する曲。一方、橋本潮が歌う「ドタバタでともだち」は、毎回大騒ぎを起こしながらもグズラと凡太、スズ子たちが最後には仲間としてつながっていることを感じさせる。

旧作音声と新しいカラー映像を組み合わせた異色のリメイクに、新しい主題歌を加えることで完成した1987年版。その音楽には、「昔のグズラを保存する」だけではなく、「新しい時代の子どもたちにもグズラと友達になってもらう」という作品の精神が表れているのである。

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■ 魅力・好きなところ

巨大怪獣なのにまったく怖くないグズラの愛嬌

『おらぁグズラだど(第2作)』の最大の魅力は、何といっても主人公グズラそのものにある。怪獣という存在は本来、人間から恐れられる側として描かれることが多い。しかしグズラは、町を壊そうとして現れる悪役でもなければ、人間を支配しようと企む侵略者でもない。ただ腹が減れば鉄を食べ、誰かに頼られれば助けようとし、褒められれば喜び、怒られればしょんぼりする。巨大な体と怪力を持ちながら、内面は非常に素直で子どものような存在である。この「外見は怪獣、中身はお人好し」というギャップが、作品全体の笑いと親しみやすさを生み出している。

グズラは決して賢く立ち回るタイプではない。むしろ本人が善意で動けば動くほど、なぜか状況が悪化することさえある。重い物を運ぼうとして力を入れすぎる、鉄を見つければ周囲の事情を忘れて食べてしまう、人の言葉を素直に信じすぎて利用される。普通なら欠点として描かれそうな要素が、本作ではすべて「グズラらしさ」へ変換されている。

鉄を食べるという単純な設定から毎回違う笑いが生まれる

グズラの大好物が鉄という設定は非常に単純だが、ギャグアニメとしては極めて使い勝手がよい。町の中には自動車、工具、柵、看板、機械など、鉄を含む物がいたるところにある。つまりグズラが外へ出るだけで、いつでも新しい事件を始められるのである。

人間にとっては大切な物でも、グズラにとっては食べ物でしかない。この認識のズレが非常に面白い。誰かが必死に守っている高価な品物を見ても、おいしそうだと感じてしまう。周囲が止める前に口へ入れ、食べ終わった後になって初めて大変なことをしたと気づく。この流れは何度繰り返しても、対象物や状況を変えることで別の笑いとして成立する。

凡太とスズ子との友情が怪獣アニメを優しい物語へ変える

グズラ一人だけが暴れ回る作品であれば、単純なドタバタ怪獣コメディで終わっていたかもしれない。しかし凡太とスズ子という人間の子どもたちがグズラを友達として受け入れることで、物語には温かな感情が加わっている。

大人たちにとってグズラは町に現れた危険な怪獣であっても、凡太とスズ子は外見だけで判断しない。話してみれば優しく、寂しがり屋で、悪気がないことを理解していく。この子どもならではの柔軟な視点が、グズラに居場所を与える。

動物嫌いのパパとグズラが生み出すホームコメディ

ヌケ田家のパパとグズラの関係も、本作の中で特に笑いを生みやすい組み合わせである。そもそも動物が苦手な人物の家へ巨大怪獣が住みつくという状況だけで、すでにコメディとして完成している。パパから見れば、グズラは何をするか分からない巨大な居候であり、鉄製品を食べるうえに家を壊す可能性まである。

グズラが何かを手伝おうとするたびにパパが嫌な予感を抱き、その予感がほぼ的中する。グズラ本人は善意で動いているため、なぜ怒られるのか理解できない。この温度差が面白い。しかし長く一緒に暮らしていくうちに、パパもグズラを完全な厄介者として切り捨てられなくなる。迷惑をかけられて怒っていても、いざ家族が危険になればグズラの力が頼りになる。この微妙な距離感が、家族コメディとして非常に味わい深い。

旧作の声を残したまま新しいカラー映像を作る唯一無二の面白さ

第2作を語るうえで絶対に外せない魅力が、1967年版の音声を生かしながら映像を新しく制作したという特殊なリメイク方法である。通常のリメイク作品なら、絵も声も脚本も新しくなることが多い。しかし本作では、旧作の声優陣による芝居を時間的な骨格として残し、その音に合わせて1980年代のカラー作画を新しく作るという方法が選ばれた。

この方法によって、大平透のグズラ、東美江の凡太、松尾佳子のスズ子、富山敬のパパといった旧作の声が、そのまま新しい画面から聞こえてくる。視聴感覚としては非常に不思議で、1960年代と1980年代が一本のアニメの中で重なっているように感じられる。

音声を変えられない制約を画面上の遊びへ変えた発想

既存音声に合わせて作画するという方式は、制作側にとって大きな制約でもある。台詞の長さや間を自由に変更できず、物語の基本的な流れも既に決まっている。しかし第2作では、その制限を弱点ではなく遊びの余地へ変えている。

台詞そのものを変えられなくても、背景に何を描くか、キャラクターの表情をどう動かすか、一瞬のカットに何を忍ばせるかといった視覚的な部分には工夫を入れられる。そこで1980年代のアニメファンなら反応したくなるようなパロディや、タツノコ作品を連想させるお遊びが加えられ、旧作とは異なる楽しみ方が生まれている。

タツノコらしいギャグセンスと何でもありの世界

タツノコプロのギャグ作品には、キャラクターの大げさな表情、突拍子もない変形、現実ではあり得ないリアクションなど、アニメならではの自由な笑いが多い。『おらぁグズラだど(第2作)』にも、そうしたタツノコ作品らしい遊び心が随所に感じられる。

グズラの体は怪獣であることを理由に何でもありにできる。強烈な衝撃を受けても次の場面では元に戻り、思いきり吹き飛ばされても大きな怪我にはならない。人間のキャラクターも驚けば顔が大きく崩れ、怒れば猛烈な勢いで追いかける。現実性より「絵として面白いか」が優先されている。

一回二本立てだからこその見やすさ

30分枠の中で短い物語を二本楽しめる構成も、本作の大きな魅力である。一つの事件を何週間も引き延ばすのではなく、グズラが新しい場所へ行き、事件を起こし、騒ぎを収めるところまでを短い時間で楽しめる。

前半と後半でまったく違う状況が始まることも多く、一回の放送だけでも変化が大きい。子どもにとっては飽きにくく、途中から見ても話へ入りやすい。また一つの話を見逃しても、次の話に大きく影響することが少ないため、テレビ放送向けの気軽さを備えている。

職業やジャンルを選ばない自由なストーリー

本作ではグズラがさまざまな職業や立場へ飛び込む。プロレス、野球、消防、サーカス、冒険など、普通ならそれぞれ別作品になりそうな題材を一本のシリーズ内で扱える。この柔軟さが、本作を何話見ても単調になりにくい理由の一つである。

どんな世界へ行っても、グズラがそこへ入るだけでギャグになる。プロレスラーになれば強すぎる怪力が問題になり、野球なら普通の選手にはできないプレーをしてしまう。消防士なら頼もしく活躍できそうだが、何か余計なことをして新たな騒ぎを起こす。題材が変わっても「グズラならどうするか」という一本の軸があるため、作品としての統一感も失われない。

悪人を天然ぶりで振り回してしまう面白さ

グズラは一般的なヒーローのように、敵の作戦を見抜いて知恵で勝つキャラクターではない。むしろ相手に簡単に騙されることさえある。それでも最終的に悪人の計画がうまくいかないのは、グズラの行動が予測不能だからである。

悪人が「こうすればグズラを利用できる」と考えても、本人が突然鉄を食べ始めたり、言葉を勘違いしたり、怪力を変な方向へ使ったりする。悪人の綿密な計画が、グズラの天然行動一つで崩壊してしまう。この勝ち方は非常に本作らしく、主人公が賢すぎないことそのものを笑いへ変えている。

大平透の声があるだけでグズラが成立する強烈な存在感

グズラの魅力において、大平透の演技は切り離せない。低く太い声は怪獣らしい重量感を持っているが、そこへ「おらぁ」「だど」といった素朴な話し方が加わることで、怖さよりも愛嬌が生まれる。怒ってもどこかかわいく、困ってもどこか笑える。嬉しいときには子どものように素直に喜ぶ。この声の表現があることで、グズラは単なる巨大な生き物ではなく、はっきりした人格を持つ主人公として感じられる。

家族全員が少しずつグズラを受け入れていく温かさ

最初から全員がグズラを歓迎しているわけではないところも重要である。凡太とスズ子は早い段階から友達として接するが、大人側には当然不安がある。しかし一緒に生活し、何度も騒動を経験するうちに、単なる怪獣ではなく「うちのグズラ」のような存在へ変化していく。

この変化は大げさな感動ドラマとして描かれるより、日常の積み重ねの中から感じ取れる。怒ったり困ったりしながらも、結局また一緒にいる。そこに、本作が単なるドタバタアニメではない温かさがある。

子どもには笑い、大人には制作手法の面白さ

子どもが見る場合には、グズラが鉄を食べる、町を走り回る、パパに怒られるといった単純なギャグだけで十分楽しめる。しかし大人になってから見ると、それとは別の面白さが見えてくる。

旧作音声へ新規作画を合わせた制作手法、1960年代の芝居と1980年代の画面の違い、タツノコプロのほかの作品を意識した画面遊びなど、制作背景を知るほど見るポイントが増えていく。つまり一つの作品の中に、子ども向けギャグアニメとしての楽しさと、アニメ史的な面白さが同居しているのである。

最終回まで見た後に残る日常が続くような安心感

長い放送期間を経て最終回へ到達しても、本作は世界の命運を決める最終決戦を目的として進んできた作品ではない。グズラが何かを食べ、騒ぎを起こし、人助けをし、家族に怒られ、また次の日を迎える。その繰り返しこそがシリーズの本質である。

だからこそ最終回を見終えたときの感覚も、「すべてが終わってしまった」というより、テレビでグズラたちの日常を覗く時間が一区切りしたという印象に近い。放送が終わっても、グズラはどこかでまた鉄を食べ、凡太やスズ子を困らせ、パパに怒られているのではないかと思える。その余韻が日常型コメディらしく心地よい。

まとめ――笑って怒られて、それでも帰る場所がある

『おらぁグズラだど(第2作)』の魅力をまとめると、巨大怪獣という非日常的な存在を、家庭や町の日常へ溶け込ませたところにある。鉄を食べるグズラが町を騒がせるだけなら単純な怪獣ギャグで終わる。しかし凡太、スズ子、パパ、ママたちとの生活が加わることで、作品は「怪獣が家族になるホームコメディ」へ変化している。

そして最も心に残るのは、どれほどグズラが失敗しても、最後には帰る場所があることである。怒られ、追いかけられ、町中を大騒ぎにしても、凡太やスズ子たちとの関係が完全に壊れることはない。明日になればまた一緒に笑い、新しい騒動が始まる。「迷惑だから仲間ではない」のではなく、「迷惑をかけてもなお一緒にいられる仲間」という温かさこそ、『おらぁグズラだど(第2作)』を何度でも見たくなる最大の魅力なのである。

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■ 感想・評判・口コミ

「怪獣なのにかわいい」という第一印象が作品の中心

『おらぁグズラだど(第2作)』を振り返る際、まず評価されやすいのが主人公グズラの親しみやすさである。巨大な体を持ち、鉄まで食べてしまう怪獣でありながら、人間を恐怖へ陥れる悪役ではなく、食いしん坊でお人好し、どこか間の抜けた存在として描かれているため、怪獣ものが苦手な子どもでも比較的気軽に楽しめる作品になっている。

グズラは失敗も多く、周囲へ迷惑をかけることも少なくない。それでも嫌われにくいのは、行動の根底に悪意がほとんどないからである。鉄を食べるのも悪さをしたいからではなく、本人にとっては純粋な食欲の結果。誰かに頼まれれば一生懸命に応えようとし、その努力が逆に大事件へ発展してしまう。そのため視聴者はグズラを責めるというより、「しょうがないな」と笑いながら見守ることになる。

子どもの頃には細かな話よりグズラの姿が記憶に残りやすい

本作は複雑な設定や長期的な伏線を理解しなければ楽しめないタイプではない。グズラが何かを始め、周囲が慌て、最後には大騒ぎになる。その流れが非常に視覚的であるため、幼い視聴者でも内容を直感的に理解しやすい。

子どものころに見た作品については、ストーリーやサブタイトルよりもキャラクターの姿や声、特定の行動だけが強烈に記憶へ残ることがある。『おらぁグズラだど』の場合なら、大きな怪獣が鉄をむしゃむしゃ食べる姿、独特の「だど」という話し方、パパに怒られて逃げる場面などが、そのまま作品の思い出として残りやすい。

大平透の声が忘れられないという魅力

グズラを語るうえで、大平透による声の存在感は非常に大きい。低く太い声は怪獣として十分な重量感を持ちながら、独特の話し方によって怖さを和らげ、親しみやすさへ変えている。特に「おらぁ」「だど」といった言葉遣いは、グズラを象徴する個性になっている。

さらに第2作では、約20年前の旧作音声が新しい映像へ使用されているため、大平透の演技そのものが1960年代と1980年代をつなぐ存在になっている。この制作背景を知ってから見ると、単なる声優演技以上の面白さを感じられる。

富山敬のパパが一番振り回される面白さ

視聴者から見て意外に印象へ残りやすいのが、グズラに毎回振り回されるパパである。動物が苦手なのに巨大怪獣と同居することになり、家の物を壊され、町の騒動にまで巻き込まれる。冷静に考えれば非常に気の毒な立場なのだが、その苦労人ぶりがコメディとして面白い。

グズラが善意で何かをした直後、パパだけが被害の大きさに気づいて怒るという構図も定番の楽しさである。パパは常識的な人物なので、彼の反応があることでグズラの非常識さがより際立つ。

凡太とスズ子が作品へ優しさを加えている

凡太とスズ子については、怪獣であるグズラを最初から外見だけで判断せず、友達として受け入れる姿勢が印象的である。町の大人たちから見れば迷惑な怪獣でも、子どもたちはその純粋な性格を理解する。この構図は非常に分かりやすいが、それだけに作品の温かなテーマが伝わりやすい。

昔の声なのに絵は新しいという不思議さ

第2作を現在振り返ったとき、最も話題にしやすいのが特殊なリメイク方式である。1967年版の音声を生かし、その音へ合わせて1980年代にカラー作画を新規制作するという方法は、普通のリメイクとは大きく異なる。

初めて事情を知った視聴者からすれば、「声も新しく録音していたと思っていた」という驚きが生まれやすい。一方、旧作を知っている人には、昔と同じ芝居がまったく違うカラー映像から聞こえてくること自体が面白い。映像作品として見るだけではなく、制作方法そのものが鑑賞ポイントになる珍しいアニメである。

1980年代らしいカラー作画の明るさ

第2作ではグズラの世界がカラーで描かれることで、キャラクターの表情や背景が旧作とは違った印象を持つようになった。現在のデジタルアニメと比較すれば画面には当然時代を感じるが、その素朴な色彩や線こそが1980年代テレビアニメらしい味になっている。

ギャグ作品では細密な背景以上に、キャラクターのリアクションが一目で分かることが重要である。その点、本作の画面はグズラが喜んでいるのか、慌てているのか、食べ物を狙っているのかが非常に分かりやすい。

タツノコ作品を知る人ほど画面のお遊びを楽しめる

旧作音声を使用しているため、台詞の内容そのものへ1980年代のネタを追加することは難しい。その代わり、作画側で遊びを入れる余地があり、背景や一瞬の場面に別作品を思わせる要素が登場することがある。

こうした部分は、子どもなら気づかなくても本編の邪魔にはならない。一方、タツノコプロ作品や同時代のアニメをよく知る人なら、細部を探す楽しみまで加わる。

一回二本立てのテンポが見やすい

一回の放送の中で複数の短い物語を楽しめる構成も、本作の見やすさにつながっている。グズラが一つの職業や出来事へ関わり、その騒動が短い時間で完結するため、物語が必要以上に重くならない。

一つの話が終われば次はまったく違う状況が始まるので、子どもでも飽きにくい。途中から視聴しても理解しやすく、前回を見逃したからといって困ることも少ない。この気軽さは、テレビ放送を中心に楽しむ作品として大きな長所だった。

何でもありのストーリー展開が楽しい

グズラが家庭で生活するだけでなく、サーカス、プロレス、野球、消防、冒険などさまざまな世界へ飛び込んでいく自由な構成も評価しやすい部分である。ジャンルを一つへ固定せず、「今度はグズラに何をやらせようか」という発想で物語を広げられるため、毎回違った楽しみがある。

主題歌「グズラだど」の覚えやすさ

オープニングテーマ「グズラだど」は、作品名と主人公名を強く印象付けるタイプのアニメソングである。現在の作品のように主題歌単独で一般音楽市場を狙うというより、「グズラの番組が始まることを伝える曲」として非常に分かりやすい。

タイトルにもなっている特徴的な語尾をそのまま活用しているため、曲と主人公を切り離して考えにくい。この番組専用曲らしさは、現在聴くとむしろ懐かしく魅力的に感じられる。

「ドタバタでともだち」が作品の本質を表している

エンディングテーマ「ドタバタでともだち」についても、題名そのものが作品内容を非常によく表している。グズラと人間たちは毎回大騒ぎを起こし、パパに怒られたり町中を走り回ったりする。それでも最後には友達であり、家族に近い関係へ戻っていく。

「何も問題を起こさないから仲が良い」のではなく、「問題だらけでも関係が続いている」というところが本作らしい。エンディングでこの温かな方向へ物語を戻すことで、ドタバタの後味が優しくなる。

現代視点ではテンポや芝居に古さを感じる部分もある

現在の視聴者が初めて見る場合、1960年代に収録された音声を使用していることもあり、台詞の間や芝居のテンポに古さを感じる可能性はある。現在のギャグアニメでは短時間に大量の台詞やネタを詰め込むことも多いため、それと比べるとゆったり感じる場面もある。

しかし、その間こそ昔のテレビアニメの味でもある。グズラが何かを思いつく表情をじっくり見せ、周囲がそれに気づき、事件が始まるという段階を踏むため、幼い視聴者にも何が起きているのか理解しやすい。

旧作を知っているかどうかで評価が変わる作品

1967年版を知る人と、1987年版から初めてグズラを知った人では、本作への感じ方が大きく異なる。旧作ファンにとっては、懐かしい声優陣の芝居を新しい画面で再び楽しめることが最大の魅力になる。一方、新世代の子どもたちには、制作背景を知らなくても普通のカラーギャグアニメとして成立していた。

現在では両方の視点を同時に持てる。作品そのものを楽しみながら、「ここは20年前の音声なのか」「この画面は1980年代に新しく描かれたのか」と制作工程まで意識できる。時間が経ったことで、放送当時よりむしろ興味深く見える部分もある。

完璧ではないキャラクターだからこそ愛着が湧く

本作に登場する人物は、誰も完全ではない。グズラはお人好しだが失敗が多い。凡太たちも子どもらしく騒動へ首を突っ込む。パパは常識人だが怒りっぽくなることもある。それぞれに欠点があり、その欠点同士がぶつかることで笑いが生まれる。

特にグズラは、欠点の多さこそ愛される理由になっている。鉄を食べなければ騒動は減るだろうが、それではグズラらしくない。失敗まで含めて好きになれるキャラクターなのである。

総合的な感想――世代を越えて同じ声のグズラを楽しめる

『おらぁグズラだど(第2作)』を総合的に評価すると、単なる懐かしアニメという言葉だけでは足りない。巨大怪獣を家庭へ住まわせるという分かりやすいギャグ設定、グズラの愛嬌、凡太やスズ子との友情、パパを巻き込むホームコメディといった基本的な面白さに加えて、旧作音声と新規カラー作画を組み合わせた極めて珍しい制作方式がある。

1967年にグズラを見ていた人と、1987年に初めてグズラを知った子どもが、同じ大平透の声を聞いて同じキャラクターへ親しめる。これは普通のリメイクではなかなか実現できないことである。世代が違っても「グズラの声」が変わらないことによって、一つのキャラクターが約20年という時間を直接つないでいる。

現代のアニメとは制作方法もテンポも大きく異なるが、「欠点だらけでも仲間になれる」「大騒ぎしても最後は笑って終われる」という本質的な楽しさは時代を問わない。『おらぁグズラだど(第2作)』は、懐かしさ、アニメ史的な珍しさ、そして単純なキャラクターコメディの面白さを同時に味わえる、タツノコプロならではの個性的なテレビアニメなのである。

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■ 関連商品のまとめ

1960年代から現代まで続くグズラならではの商品世界

『おらぁグズラだど(第2作)』の関連商品を調べる際に最も重要なのは、1987年版だけを切り離して考えないことである。グズラというキャラクターそのものは1967年の第1作から存在しており、第2作も旧作音声を使用して制作された特殊なリメイクである。そのため中古市場では、第1作関連の商品、第2作の主題歌や放送資料、後年のタツノコプロ記念商品、さらに現代になって新規制作されたソフビなどが同じ「おらぁグズラだど」「グズラ」という名称で並ぶ。作品を深く集めたい場合には、それぞれがどの時代の商品なのかを見分けることが第一歩になる。

現在の人気アニメのように、放送と同時にアクリルスタンド、缶バッジ、フィギュア、カード、菓子、ゲームなどが大量展開された作品ではない。しかし長い年月にわたって断続的に商品が作られているため、収集対象の年代は非常に広い。放送当時の商品を探す楽しみと、後年の復刻商品や新作グッズを集める楽しみが同時に存在するところが、グズラ関連商品の大きな特色なのである。

映像関連――旧作か第2作かを確認することが重要

『おらぁグズラだど』を現在もう一度見たい人にとって、最も気になるのが映像関連商品だろう。ただし中古市場で作品名だけを検索した場合、1967年のモノクロ版と1987年のカラー版が混在する可能性があるため注意が必要である。第2作は旧作の音声を使いながら映像を新規制作した作品だけに、音声だけを聞くと旧作と非常によく似ている。パッケージの発売年、カラー表記、収録話数、映像のキャラクターデザインなどを確認してから購入したい。

また古いテレビアニメの映像商品には、一部エピソードだけを収録したVHS、複数作品をまとめた企画ソフト、後年のタツノコ作品集などさまざまな形態が存在する可能性がある。単に「グズラ DVD」と書かれているだけでは、第2作全編を収録した商品とは限らない。中古ショップやオークションでは、ディスク枚数、収録時間、発売元、品番、著作権表記などを確認することが重要である。

1987年版の主題歌は第2作を象徴する音楽コレクション

第2作の商品を明確に集めたい場合、音楽関連は非常に分かりやすい分野である。1987年版のオープニングテーマは、さとまさのりが歌う「グズラだど」。エンディングテーマは橋本潮による「ドタバタでともだち」であり、この二曲は第2作独自の音楽である。

そのため「1987年版のグズラを象徴する物を一つ持ちたい」という場合には、これらの楽曲を収録したCDや音源は非常に魅力的である。後年のタツノコプロ関連音楽集では、第1作の楽曲と第2作の楽曲を同時に楽しめる場合もあり、約20年間でグズラの音楽がどのように変化したかを比較できる。

旧作レコードもグズラの歴史を知る重要な商品

中古レコード市場では、大平透が歌う旧作『おらぁグズラだど』関連のレコードなどを見かけることもある。これは1987年版の主題歌ではないものの、グズラというキャラクターの歴史を収集するうえでは重要である。

第2作そのものが旧作を強く受け継いだ作品だけに、第1作のレコードを関連商品として集める意味は大きい。1960年代の主題歌と1980年代の主題歌を並べることで、一人のキャラクターが異なる時代の子どもたちへどのように紹介されたのかが分かる。レコードジャケットのデザインや印刷方法まで含めれば、昭和アニメ文化の変化を視覚的にも楽しめる。

タツノコプロのベスト盤や大全集から探す方法

グズラだけを単独で集めるのではなく、タツノコプロ作品全体が好きな人に向いているのが、周年記念のベストアルバムや大全集である。『マッハGoGoGo』『ハクション大魔王』『みなしごハッチ』『タイムボカン』シリーズなど、タツノコを代表する作品群と一緒にグズラの楽曲が収録されている商品も存在する。

このタイプの商品は、「グズラのCD」というよりタツノコアニメ史を音楽で振り返る資料に近い。第2作の主題歌だけでなく旧作楽曲も同じシリーズ内で楽しめる場合があり、グズラの歴史を他のタツノコ作品と比較できる点が大きな魅力である。

復刻コミック――アニメ以外のグズラを知る重要資料

書籍関連では、『おらぁグズラだど』の復刻コミックも興味深い商品である。アニメだけではなく漫画版のグズラを楽しむことができ、テレビでグズラしか知らなかった人にとっては、漫画ではどのような表情やギャグが描かれていたのかを比較する楽しみがある。

1987年版そのものを直接コミカライズした商品とは性格が異なっていても、グズラという作品世界の原点やキャラクター造形を知る関連資料として価値が高い。上下巻など複数冊で構成された商品を中古で揃える場合には、帯や付属物を含めた状態も確認したい。

テレビ誌・児童誌・アニメ誌も貴重な紙もの資料

単行本以外にも、放送当時のテレビ雑誌、児童誌、アニメ誌などに掲載されたグズラの記事やイラストは、現在では貴重な紙もの資料になっている。1987年版の放送開始告知、番組紹介、キャラクター解説、放送時間表などが掲載された号は、作品が当時どのように宣伝されていたのかを知るうえで興味深い。

特に第2作は「昔のグズラをカラーで復活させる」という企画そのものが特徴的だったため、当時の記事を探せば旧作との比較や制作方式について触れられている場合も考えられる。現在のデータベースには残りにくい当時の宣伝文句や誌面デザインまで確認できる点が紙資料の魅力である。

ソフビ・フィギュア――グズラは立体商品との相性が抜群

グズラ関連商品の中でも、見た目の楽しさが大きいのがソフビやフィギュアである。丸みのある体、大きな口、怪獣らしいシルエットを持つグズラは、もともと立体物との相性が非常によい。昭和怪獣やタツノコキャラクターを集めるコレクターからも注目されやすい存在である。

さらに作品誕生から長い年月が経った後にも、新しいグズラのソフビやコレクター向け立体物が企画されている。こうした現代商品は1987年版専用グッズというより、グズラという歴代タツノコキャラクター全体を題材にした商品として考えるのが適切だが、カラー版でグズラに親しんだ世代にとっても魅力的なコレクションとなる。

ヴィンテージ玩具は年代・メーカー・復刻品との区別が重要

古いグズラのソフビ、人形、玩具などがオークションへ出品された場合には、いつ作られた物なのかを確認することが重要である。昭和当時のオリジナル商品、後年の復刻版、イベント限定品、近年のデザイナーズソフビなど、外見が似ていても商品としての性質は大きく異なる。

ヴィンテージ品では、本体の日焼けや色移り、塗装剥げ、変形、ベタつきなど経年による劣化が発生することがある。箱付き、袋入り、タグ付きなど当時の包装が残っている場合には価値が大きく変化することもある。単純にきれいかどうかだけではなく、補修や再塗装が行われていないかという点もコレクターには重要になる。

カード・ワッペン・ステッカーなどタツノコ集合商品も狙い目

グズラ単独の大型商品だけではなく、タツノコプロの歴代キャラクターを集めた企画商品にグズラが採用されるケースもある。トレーディングカード、ワッペン、ステッカー、缶バッジなど、比較的小さなグッズはコレクションへ加えやすい分野である。

こうした商品では、『ハクション大魔王』『みなしごハッチ』『タイムボカン』など有名キャラクターと並んでグズラが描かれていることもあり、「タツノコの代表的なクラシックキャラクターの一員」としての立ち位置がよく分かる。

文房具・日用品・お菓子などの当時物は慎重に確認

昭和のテレビアニメでは、ノート、下敷き、鉛筆、シール、弁当箱、食器、駄菓子のおまけなど、さまざまな子ども向け商品が短期間だけ発売されることがあった。しかし『おらぁグズラだど(第2作)』については、現在確認しやすい資料だけから大量の商品ラインナップを断定することは避けたい。

そのためオークションで「当時物 グズラ」と書かれた商品を見つけた場合でも、それだけで1987年版の商品とは決めつけないほうがよい。1967年版時代の品物である可能性もあれば、後年のタツノコ企画商品である場合もある。裏面の著作権表記、メーカー、製造年、パッケージデザインなどを確認することが重要である。

ゲームやボードゲームは存在を推測だけで増やさない

1987年は家庭用ゲーム機の人気が急速に拡大していた時代であるため、「グズラにも専用ゲームがあったのでは」と考えたくなる。しかし、アニメ作品だから必ずゲーム化されたわけではない。『おらぁグズラだど(第2作)』について専用テレビゲームや大型ボードゲームを紹介する場合には、正式なメーカー資料や実際のパッケージなどを確認してから扱うことが重要である。

現在の中古・オークション市場――安価な書籍から高額玩具まで幅が広い

現在の中古市場では、『おらぁグズラだど』関連商品は一つの明確な価格帯に収まっているわけではない。復刻コミックやカード、小型雑貨などは比較的手を出しやすい価格で見つかることがある一方、状態のよい古い玩具、限定ソフビ、希少なレコードなどはコレクター向けの商品になり、価格が大きく上がる場合がある。

特にヴィンテージ品は、作品名そのものの人気だけで値段が決まるわけではない。製造数、保存状態、箱の有無、塗装状態、メーカー、販売年代などによって価値が大きく変わる。またグズラの場合、日本国内のアニメファンだけでなく、昭和ソフビやタツノコ作品全体を収集するコレクターから需要が入る可能性もある。

検索するときは「1987」「カラー版」などを追加する

第2作だけを探したい場合、「おらぁグズラだど」だけでは旧作商品が大量に混ざる可能性がある。そのため「おらぁグズラだど 1987」「おらぁグズラだど カラー版」「グズラだど さとまさのり」「ドタバタでともだち 橋本潮」といった検索語を組み合わせると探しやすい。

反対に、グズラというキャラクター全体を集める場合には、「グズラ ソフビ」「グズラ タツノコ」「おらぁグズラだど レコード」「グズラ 漫画」「グズラ 当時物」などへ検索範囲を広げることで、思わぬ商品を発見できる。

これから集めるなら音楽と書籍から始めやすい

初めてグズラの商品を集める場合、比較的分かりやすい入口は音楽CDや復刻書籍である。音楽なら第1作と第2作の曲を比較でき、グズラというキャラクターが1960年代から1980年代へどう受け継がれたのかを耳で楽しめる。コミックならアニメとは異なるグズラの世界を知ることができる。

そこからさらに深く集めたくなったら、旧レコード、雑誌、放送資料、ソフビへ進んでいくとよい。特にソフビは飾ったときの存在感が大きく、グズラの丸みを帯びた造形を立体で楽しめるため、コレクションの中心になりやすい。

セル画や設定資料など制作関連物にも資料的価値がある

テレビアニメファンにとって、一般販売商品だけがコレクションではない。第2作の場合、新規作画によって制作された作品であるため、正規に市場へ出たセル画、動画、設定資料、台本、番組宣伝素材などがあれば、制作工程を知る重要な資料になる。

特に本作は「旧作音声へ新しい絵を合わせる」という珍しい制作手法を採ったため、作画資料そのものに一般的なリメイク作品とは違った資料的価値がある。音声タイミングに合わせてどのように絵を組み立てたのかを想像できる点でも興味深い。ただし制作資料は複製品や出所不明品も存在し得るため、購入時には来歴や実使用品かどうかを慎重に確認したい。

現在の商品化が示すグズラというキャラクターの寿命の長さ

グズラの商品史で特に興味深いのは、アニメ放送終了から何十年も経過した後にも新しい商品が作られていることである。新作ソフビなどは、単なる中古品の再流通ではなく、現在のメーカーが新たな商品企画としてグズラを選んだものである。

これはグズラが「昔テレビで放送されていた怪獣」だけではなく、タツノコプロを代表するクラシックキャラクターの一つとして現在も価値を持っていることを意味する。1967年にグズラを知った世代、1987年のカラー版で知った世代、そして現在の商品から初めて知る世代まで、一つのキャラクターが長い時間を越えてつながっているのである。

まとめ――第2作だけでなくグズラの長い歴史そのものを集められる

『おらぁグズラだど(第2作)』の関連商品を集める最大の面白さは、1987年から1988年という放送期間だけでは完結しないことである。グズラは1967年に誕生し、約20年後にカラーアニメとして復活し、その後もコミック復刻、タツノコプロの音楽集、記念企画、ソフビなどを通じて繰り返し商品化されてきた。つまり関連商品を集める行為そのものが、グズラというキャラクターの長い歴史を追いかけることにつながっている。

1987年版を中心にするなら、さとまさのりによる「グズラだど」、橋本潮による「ドタバタでともだち」を収録した音楽商品が最も分かりやすい。そこへ1967年版のレコードを加えれば旧作との違いを楽しめ、復刻コミックを加えれば漫画版の世界まで広がる。さらにソフビ、カード、ワッペン、雑誌、放送資料などへ進めば、コレクションは非常に奥深いものになる。

中古市場では、比較的手頃なコミックや小物から、状態や希少性によって高価になるヴィンテージ玩具まで幅が広い。そのため「一番高い物を買う」より、自分がどの時代のグズラを集めたいのかを決めることが重要である。1987年版だけを集めるのか、1967年版も含めるのか、それともタツノコキャラクターとして現在の商品まで集めるのかによって、楽しみ方は大きく変わる。

そして何より面白いのは、現在でもグズラというキャラクターが新しい商品としてよみがえることである。モノクロテレビ時代に誕生し、1980年代には新しいカラー作画で復活し、21世紀になっても立体商品として戻ってくる。大好物の鉄を探していつも騒動を起こしていた怪獣グズラは、商品という形でも時代を越えて生き続けている。その長い歴史を一つずつ手元へ集められることこそ、『おらぁグズラだど』関連商品の最大の魅力なのである。

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