【原作】:石森章太郎
【アニメの放送期間】:1984年4月9日~1984年9月28日
【放送話数】:全23話
【放送局】:フジテレビ系列
【関連会社】:学習研究社、NAS、スタジオぴえろ、スタジオぎゃろっぷ、A.I.C
■ 概要・あらすじ
学習漫画からテレビアニメへ発展した異色のSFギャグ作品
『チックンタックン』は、石森章太郎(後の石ノ森章太郎)が手掛けた漫画作品を原作として制作され、1984年4月9日から同年9月28日までフジテレビ系列で放送されたテレビアニメである。全23話で構成され、1話約30分という当時の標準的なテレビアニメの形式を採りながら、宇宙人、ロボット、不思議な道具、地球征服、子どもたちの日常といった題材を一つにまとめた、にぎやかなSFドタバタコメディとして展開された。アニメーション制作はスタジオぴえろが担当し、石森作品らしい奇抜な発想を生かしつつ、子ども向け番組として分かりやすいキャラクターとテンポの速いギャグを前面へ押し出している。
本作のルーツとなった漫画は、テレビアニメよりかなり早い時期から学習研究社の学年別学習誌で展開されていた。1978年度の「科学」誌などに掲載された『チクタク大冒険』を出発点とし、チックンたちが科学や身近な不思議に関わっていく学習漫画として子どもたちに親しまれた作品である。その後、テレビアニメ化へ向けて作品名にも変化が加えられ、『チクタク大冒険』『チックン大冒険』を経て、最終的にテレビ作品として知られる『チックンタックン』というタイトルに落ち着いた。原作漫画では学習誌らしく知識や科学的なテーマを物語へ取り込む性格が強かったのに対し、アニメ版ではキャラクター同士の掛け合い、騒動、パロディ、追いかけっこといった娯楽性がさらに強調され、テレビ向けのギャグアニメとして再構成されている。
物語の鍵となる「ワルチン大事典」をめぐる追跡劇
物語の発端となるのは、地球から遠く離れた宇宙の「アール星」で起こった大事件である。アール星には、普通の本とは比較にならないほど危険な秘密を秘めた「ワルチン大事典」が保管されていた。この事典に記録されているのは、人々を困らせたり社会を混乱させたりするための、ありとあらゆる悪事の知識である。使い方次第では単なるいたずらの手引きを超えて、大規模な騒動を引き起こすこともできるため、本来なら厳重に管理されなければならない代物だった。
ところが、そのワルチン大事典を悪党のDr.ベルが盗み出してしまう。Dr.ベルは事典に秘められた悪知恵を利用し、自分の野望を実現しようと地球へ向かう。彼を放置すれば、地球で次々に事件が起こることは避けられない。そこでアール星の王子チックン・ダックと、そのお目付け役ともいえるタックン・ハットが、盗まれた事典を取り返すためDr.ベルの後を追うことになる。こうして宇宙規模の追跡劇が地球の日常生活へ飛び込んでくるところから、『チックンタックン』の本格的な物語が始まる。
ただし、本作はいわゆるシリアスな宇宙戦争ものではない。悪の書物をめぐる設定だけを見ると重大事件のように思えるが、実際に繰り広げられるのは、とにかく騒々しく、失敗と勘違いが続出するコミカルな攻防である。Dr.ベル自身も冷酷無比な侵略者というより、妙に人間臭く、計画を立てるたびに大騒動を起こして自分まで巻き込まれてしまうタイプの悪役として描かれる。そのため「地球を守る正義と悪の決戦」という基本構造を持ちながら、視聴感覚としては悪役を含めた登場人物全員が一緒になって騒動を拡大させていくコメディに近い。
南田ミコとの出会いによって始まる地球での生活
地球へやって来たチックンたちは、小学生の少女・南田ミコと出会う。ミコは宇宙から突然現れた奇妙な一行に驚かされながらも、彼らが地球へ来た事情を知り、やがて事件へ深く関わるようになっていく。宇宙人だけで物語を進めるのではなく、地球側の子どもを中心人物として置いたことによって、本作では非日常的なSF世界と、ごく普通の家庭や学校生活が自然に接続されている。
チックンはアール星の王子という立場にありながら、威厳に満ちた英雄として振る舞う人物ではない。好奇心が旺盛で行動が先に出やすく、地球の文化や出来事へ次々に首を突っ込むため、Dr.ベルが何もしなくても周囲が騒がしくなることさえある。そこへ慎重なタックン、パワフルな仲間たち、ミコや友人の少女たちが加わることで、一つの事件が雪だるま式に大きくなっていくのである。
ミコと友人たちは「キュンキュンズ」としてチックンたちを助け、Dr.ベルの企みに立ち向かう。つまり本作では、宇宙人の王子だけが万能のヒーローなのではなく、地球に暮らす普通の子どもたちも事件解決へ参加する。この構図が『チックンタックン』ならではの親しみやすさにつながっている。ミコたちから見れば、学校や家庭のすぐ近くで宇宙規模の事件が起こっているようなものであり、視聴する子どもにとっても「もし自分の町へ宇宙人がやって来たら」という想像を重ねやすい作りになっていた。
悪役まで主役級に目立つドタバタコメディ
『チックンタックン』を特徴づける重要な要素が、Dr.ベルとギジギジを中心とした悪役側の存在感である。通常の勧善懲悪作品では、敵は主人公を苦しめるための障害として配置されることが多い。しかし本作のDr.ベルは、悪事を企てる側でありながら、ギャグを生み出す中心人物でもある。大げさに計画を宣言したり、ワルチン大事典の知恵を利用して奇妙な作戦を実行したりするものの、予想外の事態によって計画が崩れ、最後には本人が散々な目に遭うという展開が多い。
その結果、視聴者はチックンたちがDr.ベルを倒す爽快感だけではなく、「今回はDr.ベルが何を始めるのか」「どんな方法で失敗するのか」という部分も楽しめる。正義側と悪役側が対立しながら、両方とも作品の笑いを支えるという関係である。さらにワルチン大事典そのものにも人格を感じさせる演出が施されており、単なる便利なアイテムではなく、事件を引き起こす登場人物の一員に近い役割を担っている。
この「悪の秘密兵器が毎回新しい騒動を生み出す」という仕掛けは、1話完結型のテレビアニメと非常に相性が良い。学校、家庭、町、流行、遊びなど、その回ごとに異なる題材へワルチン大事典の悪知恵を結び付けることができるため、基本設定を維持しながら毎週違った物語を作り出せるからである。
1980年代の空気を大胆に取り込んだ作風
アニメ版『チックンタックン』には、放送された1984年前後の社会やテレビ文化、流行を連想させる要素が数多く盛り込まれている。SF設定を持つ作品でありながら、作品全体の雰囲気は未来社会を真面目に予測するタイプではなく、「その時代の楽しいものを何でも取り込んでしまおう」という勢いに満ちている。テレビ番組的な演出、アイドル文化を思わせる明るさ、当時らしいファッション感覚、機械やコンピューターへの憧れなどが混ざり合い、1980年代中盤の子ども向け娯楽作品らしいにぎやかな世界を形成している。
とりわけコンピューター的な機能を持つ「ワルチン大事典」という発想は興味深い。現在ならインターネットやAIのような巨大な情報システムを連想させるところだが、1984年当時はパーソナルコンピューターが急速に注目され始めていた時代である。「大量の情報が収められ、それを呼び出すことで現実へ影響を与える本」という存在には、紙の事典と電子情報機器のイメージを重ね合わせた、当時ならではのSF的なおもしろさがある。
放送途中の時間帯変更も含めた1984年のテレビ作品
フジテレビでの放送は、当初第11話まで月曜19時台というゴールデンタイムで行われ、その後は金曜夕方の時間帯へ移動し、1984年9月28日まで全23話が放送された。現在の配信作品のように最初から全話を一気に見る形式とは異なり、毎週決まった時間に子どもたちがテレビの前へ集まることを前提として作られていた時代のアニメであり、こうした放送枠の変化も含めて1980年代テレビアニメ史の一作品として見ることができる。
制作面では、原作を石森章太郎が手掛け、キャラクターデザインを小和田良博、美術監督を小林七郎らが担当。単純な原作漫画の映像化ではなく、学習誌から生まれたキャラクターをテレビアニメという媒体へ合わせて大きく再構築した作品だった。
「学習」「SF」「ギャグ」が一体化した独特の立ち位置
『チックンタックン』のおもしろさを一言で説明するなら、学習漫画を起点としながら、テレビアニメでは思い切って娯楽性を広げた作品という点にある。原作が持っていた科学への好奇心や奇抜な発想を残しつつ、アニメではチックン、タックン、ミコ、Dr.ベル、ギジギジといった個性的な登場人物同士の掛け合いを中心に据え、毎回派手な騒動へ発展させている。
基本となる物語は「盗まれたワルチン大事典を取り戻す」という非常に分かりやすいものだが、作品の魅力は結末だけにあるのではない。Dr.ベルが奇妙な悪事を考え、チックンたちが巻き込まれ、ミコたちも加わり、予想外の方向へ事件が転がっていく過程そのものが最大の見どころである。敵味方を問わず癖の強い人物ばかりが登場し、SF的な道具やメカまで騒動へ参加するため、画面の中では常に何かが起こっている。
また、石森章太郎作品というと変身ヒーローや本格的なSF作品を思い浮かべる人も多いが、『チックンタックン』では作者が持つユーモアや子ども向け漫画の柔軟な発想を味わえる。壮大な宇宙設定を持ちながら、その舞台を子どもの日常生活まで一気に縮めてしまう構成は、本作ならではの魅力といえるだろう。
アール星からやって来た小さな王子と奇妙な仲間たち、地球で暮らす少女たち、そして毎回懲りることなく悪事を企むDr.ベル。そこへ何でもありの「ワルチン大事典」が加わることで、『チックンタックン』は普通の日常が突然SFギャグへ変化する独自の世界を作り上げた。1984年という時代のテレビアニメらしい明るさ、勢い、パロディ精神、メカへの憧れを詰め込みながら、善悪の対決さえ笑いへ変えてしまうところに、この作品の大きな個性がある。
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■ 登場キャラクターについて
チックン・ダック ― 好奇心と行動力で騒動の中心に飛び込むアール星の王子
『チックンタックン』の主人公であるチックン・ダックは、アール星から地球へやって来た王子であり、物語全体を引っ張っていく中心人物である。声を担当したのは菅谷政子。王子という肩書きを持つため、一見すると気品に満ちた正統派の少年ヒーローを想像しやすいが、実際のチックンは非常に活動的で、思いついたことをすぐ行動へ移してしまうタイプである。慎重に計画を立ててから動くというより、目の前で事件が起これば真っ先に飛び込んでいくため、その勢いが問題解決につながることもあれば、逆に騒動をさらに大きくしてしまうこともある。
そもそも地球へ来た最大の目的は、アール星から持ち出された「ワルチン大事典」を取り戻し、Dr.ベルの悪事を阻止することである。しかし本作では、この使命を重苦しいものとして描くのではなく、毎回の事件をコメディとして楽しめるように構成されている。チックン自身も使命感だけで行動する英雄ではなく、地球で出会った南田ミコやその仲間たちと遊んだり、驚いたり、時には意地を張ったりしながら生活する親しみやすい少年として表現されている。アール星という遠い世界から来た存在でありながら、視聴者が距離を感じにくいのは、この子どもらしい感情表現によるところが大きい。菅谷政子の明るく元気な演技もチックンのイメージに合っており、慌ただしい場面では勢いを、仲間との会話では愛嬌を感じさせる。
タックン・ハット ― チックンを支えながら物語をまとめる頼れる相棒
タックン・ハットは、チックンとともに地球へやって来た重要人物で、声を肝付兼太が担当している。自由奔放に動き回るチックンに対して、タックンは状況を整理し、危険を知らせ、時には暴走を止める役割を担う。つまり二人は性格的に対照的であり、その違いが会話のテンポや笑いを生み出している。チックンが何かを思いついて先走れば、タックンが現実的な立場から突っ込みを入れる。逆にタックンが慎重になり過ぎたときには、チックンの勢いが突破口を開くこともある。
肝付兼太の声は、コミカルな人物を演じた際の独特の間や抑揚が強い印象を残し、タックンを単なる説明役に終わらせていない。驚いたときの大げさな反応、チックンへの呆れ、敵の策略に慌てる場面など、それぞれの感情が分かりやすく表現されることで、視聴者にとって親しみやすい存在となっている。主人公を補佐する人物でありながら、自身も騒動へ巻き込まれていくところが本作らしい。
ジタバタメカタン ― 名前通りの騒々しさでメカ要素を盛り上げる存在
ジタバタメカタンは、声を龍田直樹が担当するメカキャラクターである。本作には宇宙、科学、不思議な道具といった要素が数多く登場するが、その中でもジタバタメカタンは、機械でありながら非常に表情豊かで、人間の登場人物とほとんど同じような感覚で物語に加わる。名前からして落ち着きのない印象を与えるが、実際にも騒動へ巻き込まれたり、慌ただしく行動したりする場面が似合うキャラクターであり、チックンやタックンと一緒になることで画面のにぎやかさがさらに増していく。
南田ミコ ― 宇宙人と地球の日常を結び付ける物語のもう一人の中心人物
南田ミコは、地球に暮らす小学生の少女で、声を冨永みーなが担当している。チックンとタックンが地球でDr.ベルを追う物語において、地球側の視点を担う重要人物である。ミコがいることによって、本作の舞台は遠い宇宙だけではなく、学校、家庭、町など視聴者に身近な場所へ広がっていく。普通の生活を送っていた少女が、突然アール星から来た王子や奇妙な悪党たちに関わるようになるという設定は、子どもが非日常の冒険へ参加するという王道の楽しさを持っている。
ミコは単にチックンに守られるだけの人物ではなく、自分の意思で事件へ関わり、友人たちと協力しながらDr.ベルに立ち向かう。時にはチックンの行動に呆れ、時には彼を助け、また別の場面では一緒になって騒動の中心へ飛び込んでいく。この対等な関係性がミコの魅力である。
Dr.ベル ― 悪役でありながら笑いの中心にもなる強烈なキャラクター
Dr.ベルは『チックンタックン』を語るうえで欠かすことのできない悪役であり、声を千葉繁が担当している。アール星から「ワルチン大事典」を持ち出し、それを利用してさまざまな悪事を企てる人物で、チックンたちが地球へ来る原因を作った張本人でもある。本来なら非常に危険な犯罪者であるはずだが、本作では恐怖を与える悪役というより、毎回奇妙な作戦を考えては失敗するコメディリリーフとしての色合いが濃い。
Dr.ベルが企てる悪事は、地球征服のような大それた野望へつながることもあるが、その過程では妙に回りくどい方法を使ったり、ワルチン大事典の知識を過信したり、自分自身が作戦に振り回されたりする。そのため視聴者は彼を「倒されるべき敵」として見るだけでなく、「今度は何をやらかしてくれるのか」と期待しながら楽しむことができる。千葉繁による非常にエネルギッシュな演技は、Dr.ベルという人物をさらに強烈なものにした。叫び、笑い、焦り、怒り、驚きといった感情が一気に押し寄せるような芝居は、ドタバタアニメとの相性が良く、悪役でありながら作品のテンションを引き上げる重要な存在となっている。
ギジギジ ― Dr.ベルの相棒として悪事と失敗を共有するコミカルな悪党
ギジギジはDr.ベルと行動をともにする仲間で、声を緒方賢一が担当している。Dr.ベルが計画を立てる頭脳役なら、ギジギジはその計画を実行へ移す場面で動き回ることが多く、悪役コンビとしてチックンたちと対立する。ただし二人の関係は完全な上下関係として堅苦しく描かれるわけではなく、互いの失敗に振り回されたり、作戦が思い通りに進まなくなって慌てたりするところに面白さがある。緒方賢一の特徴的な声とテンポの良い演技によって、ギジギジにはどこか憎めない雰囲気が生まれている。
ワルチン大事典 ― 物語を毎回動かす「悪知恵の塊」のような存在
ワルチン大事典は本作における最大のキーアイテムであり、声を滝口順平が担当している。単なる本や機械ではなく、声を発し、悪事に関するさまざまな情報をDr.ベルへ与える存在として描かれる。このワルチン大事典があるからこそ、Dr.ベルは毎回違う悪事を考案することができ、その結果として新しい騒動が発生する。つまり物語上では、事件を生み出す装置そのものといってよい。
普通のアニメなら秘密兵器として扱われそうなものを、人格を感じさせるキャラクターとして描いたところに『チックンタックン』らしい発想がある。滝口順平の重厚さとユーモアを併せ持った声も印象的で、危険な知識を持った存在でありながら、どこか笑いを誘う。
南田朗と南田フツ子 ― ミコの日常を支える家族
南田朗はミコの父親で、声を納谷六朗が担当する。南田フツ子はミコの母親で、声を平野文が担当している。宇宙人や悪党が次々と現れる奇抜な物語の中で、南田家は作品に家庭的な雰囲気を与える役割を担っている。南田家の場面には、事件とは直接関係のない家族の会話や驚きも生まれ、それが作品の温かさにつながっている。特に母親のフツ子を演じる平野文は、本作のオープニングテーマ「好きしてチックン!!」も歌っており、声優としてだけでなく音楽面でも作品を象徴する一人となっている。
マキ・ムッコ・メーコ・モコ ― ミコとともに行動するキュンキュンズの仲間たち
ミコの周囲には、マキ、ムッコ、メーコ、モコといった少女たちが登場する。それぞれ坂本千夏、松井菜桜子、松谷祐子、神代智恵が声を担当している。彼女たちはミコとともに「キュンキュンズ」として行動し、チックンたちを助けながらDr.ベルの騒動へ巻き込まれていく。
キュンキュンズの存在によって、物語は主人公とヒロインだけの閉じた関係にならず、子どもたちのグループによるにぎやかな冒険へと広がっている。複数の少女が集まって相談し、行動し、時には騒ぎながら事件へ関わっていく様子には、友達同士で秘密のチームを作るような子どもらしい楽しさがある。
エンドレとレイア姫 ― アール星側の世界を広げる登場人物
エンドレを演じるのは野沢雅子、レイア姫を演じるのは大城松美である。彼らの存在は、チックンが単独で宇宙から現れた不思議な少年ではなく、アール星という社会や人間関係を背景に持っている人物であることを視聴者に意識させる。物語の中心舞台は地球であるものの、アール星側の人物が関わることで作品世界には奥行きが生まれ、チックンの王子としての立場もより具体的に感じられるようになる。
豪華な声優陣が生み出したテンポの良い掛け合い
『チックンタックン』の登場人物を振り返ると、菅谷政子、肝付兼太、冨永みーな、千葉繁、緒方賢一、滝口順平、納谷六朗、平野文、坂本千夏、松井菜桜子、野沢雅子など、非常に個性的な声を持つ出演者が揃っていることが分かる。本作はシリアスなドラマよりも会話の勢いとリアクションを重視するギャグアニメであるため、声優の表現力が作品のおもしろさへ直結しやすい。
特にチックンとタックンの掛け合い、Dr.ベルとギジギジの失敗劇、そこへミコたちが加わった際の大人数での会話は、声そのものがテンポを作っている。敵も味方も「騒動を楽しくする仲間」のように機能していることが、本作のキャラクター構成の大きな魅力である。
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■ 主題歌・挿入歌・キャラソン・イメージソング
オープニングテーマ「好きしてチックン!!」― 明るさと恋愛感覚を前面に押し出した作品の顔
『チックンタックン』のオープニングテーマとして使用されたのが「好きしてチックン!!」である。作詞を森雪之丞、作曲・編曲を馬飼野康二が担当し、歌唱は平野文が務めた。本作の世界観は宇宙人や謎の大事典、悪事を企てるDr.ベルなど、一見するとSF色の強い設定を持っているが、オープニング曲はそうした硬質なSFイメージよりも、もっと明るく、軽快で、当時のアイドルポップスやアニメソングに通じる親しみやすい雰囲気を前面に押し出している。この選択によって、番組開始直後から「深刻な宇宙冒険ものではなく、楽しくにぎやかなコメディ作品である」という方向性が視聴者へ伝わる構成になっていた。
曲名の「好きしてチックン!!」という言葉からも分かるように、楽曲には恋愛感覚や親しみを感じさせるニュアンスが盛り込まれている。主人公チックンを遠い存在の王子として扱うのではなく、かわいらしく、どこか身近な少年として印象付ける効果があり、アニメ本編のコミカルな雰囲気ともよく合っている。タイトルそのものが非常に覚えやすく、音として口にしやすいことも特徴で、子ども向けアニメの主題歌として強いキャッチーさを持っている。
森雪之丞による耳へ入りやすい言葉選びと、馬飼野康二による華やかなメロディーが組み合わさることで、作品タイトルとキャラクターを短時間で印象付ける一曲になっている。
平野文の歌唱が生み出す元気で親しみやすいチックンの世界
「好きしてチックン!!」を歌っている平野文は、本編では南田ミコの母親である南田フツ子の声も担当している。そのため、本作では出演声優が主題歌を歌うという形になっており、作品世界と楽曲の距離が非常に近い。平野文の歌声には、明るさ、軽快さ、少し弾むような可愛らしさがあり、『チックンタックン』のドタバタした世界観との相性が良い。
歌唱そのものは、重厚なドラマ性を前面に押し出すものではなく、テレビの前の子どもたちへ直接語り掛けるような軽さを持っている。これは本作にとって重要な要素である。最初から「楽しい」「かわいい」「騒がしい」という作品の方向性を音楽で示しているため、本編へ非常に自然につながっていく。
映像と合わせて完成するオープニングの楽しさ
1980年代のテレビアニメにおけるオープニング映像は、その作品を初めて見る視聴者にキャラクターや雰囲気を短時間で理解させる重要な役割を持っていた。『チックンタックン』も例外ではなく、「好きしてチックン!!」の明るい楽曲に合わせてチックン、タックン、ミコ、Dr.ベルたちが登場することで、物語の関係性を感覚的に理解できるようになっている。
特に本作のようなギャグアニメでは、主題歌映像のテンポそのものが作品の印象を左右する。キャラクターが次々に登場し、動き回り、敵味方を問わずにぎやかな姿を見せることで、視聴者は本編が始まる前から「今日も何か騒動が起こりそうだ」と期待できる。
エンディングテーマ「Dr.ベルのテーマ」― 悪役を主役にした異色の締めくくり
エンディングテーマとして使用されたのが「Dr.ベルのテーマ」である。作詞は森雪之丞、作曲・編曲は馬飼野康二、そして歌唱をDr.ベル役の千葉繁が担当している。この楽曲は『チックンタックン』の音楽面を語るうえで非常に重要である。なぜなら、主人公ではなく悪役のDr.ベルを前面に押し出した楽曲をエンディングに置くという構成自体が、本作のユーモア精神を象徴しているからである。
普通の子ども向けアニメであれば、エンディングでは主人公たちの友情や冒険後の余韻を描くことが多い。しかし『チックンタックン』では、毎回悪事を企てて失敗するDr.ベルをテーマにした曲で一話を締めくくる。この発想によって、Dr.ベルは単なる敵役を超えて、作品そのものを代表するキャラクターの一人となっている。
千葉繁の歌唱というより「Dr.ベルそのもの」を楽しむ楽曲
「Dr.ベルのテーマ」の最大の特徴は、千葉繁の強烈なキャラクター表現である。千葉繁は声優として、叫び、笑い、怒り、慌て、独り言などを自在に操ることで知られ、Dr.ベルでもその特徴を存分に発揮している。エンディングテーマでも、単に音程に沿って美しく歌うというより、キャラクターになりきった芝居と歌唱を融合させているところが魅力である。
つまりこの曲は、「千葉繁が歌うアニメソング」であると同時に、「Dr.ベル本人が自分のテーマ曲を歌っている」ような感覚で楽しめる。視聴者は曲を聴くだけでDr.ベルの大げさな表情や動作、失敗したときの姿を思い出すことができる。
主人公の歌と悪役の歌を対にしたユニークな構成
『チックンタックン』の主題歌構成で興味深いのは、オープニングがチックンへの親しみや好意を表す「好きしてチックン!!」、エンディングが敵役を前面に出した「Dr.ベルのテーマ」となっている点である。つまり番組の始まりでは主人公側を明るく紹介し、終わりでは悪役側へスポットを当てるという、非常にバランスの取れた構成になっている。
これによって、作品全体が「正義の主人公だけを見るアニメ」ではないことが音楽からも伝わってくる。チックンたちとDr.ベルたちの両方が番組を盛り上げる存在であり、敵味方がそろって一つのコメディ世界を作っているという本作の特徴が、主題歌の選び方にも反映されている。
挿入歌やBGMが支えたドタバタ感とSF感覚
『チックンタックン』はオープニングとエンディングの印象が特に強い作品だが、本編中ではさまざまなBGMが場面に応じて使い分けられている。ギャグ作品では音楽が笑いのタイミングへ大きく影響するため、会話だけでなく効果音やBGMの切り替えが非常に重要になる。
Dr.ベルが新しい作戦を思いついた場面では、何か悪いことが始まりそうな雰囲気を出しながら、完全な恐怖音楽にはしない。逆に作戦が失敗し始めると、慌ただしい曲へ切り替わり、キャラクターたちが走り回る場面をさらに騒々しく見せる。こうした音楽演出によって、視聴者は耳からも状況の変化を感じ取ることができる。
1980年代アニメソングらしい「作品専用曲」の魅力
1980年代のアニメでは、番組タイトルやキャラクター名を直接意識し、その作品のためだけに作られたことが分かる主題歌が数多く存在した。『チックンタックン』の「好きしてチックン!!」や「Dr.ベルのテーマ」は、まさにそうした時代を象徴するタイプの楽曲である。
作品を知っている視聴者にとっては、曲名を聞くだけでチックンやDr.ベルの姿が自然に思い浮かぶ。作品名、登場人物、声優、映像、音楽が一つにつながっているため、アニメを見た記憶そのものを呼び起こす力が強い。
主題歌まで含めて完成する『チックンタックン』の世界観
『チックンタックン』の音楽は、作品本編とは別に存在する飾りではない。オープニングの「好きしてチックン!!」がチックンたちの明るく楽しい世界へ視聴者を招き入れ、エンディングの「Dr.ベルのテーマ」が毎回の騒動を笑いとともに締めくくる。この二曲が番組の入口と出口を担当することで、一話の視聴体験そのものが完成している。
平野文と千葉繁という本編出演者が歌唱を担当していることも、作品との一体感を強めている。1984年当時のアニメソングらしいキャッチーなメロディー、作品名やキャラクターを意識させる分かりやすいテーマ、声優による個性的な歌唱。そして本編のドタバタ感を支えるBGM。これらが組み合わさることで、『チックンタックン』の音楽は単なる背景ではなく、作品の楽しさそのものを構成する重要な要素となっている。
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■ 魅力・好きなところ
何が起こるか分からないドタバタ感こそ最大の魅力
『チックンタックン』の魅力としてまず挙げたいのが、毎回の物語が非常ににぎやかで、次に何が起こるのか予想しにくいことである。基本的にはDr.ベルがワルチン大事典を利用して悪事を企み、チックンたちがそれを阻止するという分かりやすい構造を持っている。しかし実際には計画通りに物事が進むことは少なく、Dr.ベル自身が自分の作戦に巻き込まれたり、チックンが余計なことをして騒ぎを大きくしたり、ミコたちが加わることで状況がさらに複雑になったりする。
そのため視聴者は事件の結末そのものよりも、「今回はどこまで騒ぎが広がるのか」を楽しむことができる。深刻なドラマとして緊張させるのではなく、何度失敗しても次の騒動へ向かっていく登場人物たちの元気さが、この作品の明るい雰囲気を作っている。
チックンとタックンの絶妙なコンビネーション
主人公であるチックンと、その相棒であるタックンの関係も、本作を好きになる大きな理由の一つである。チックンは思いついたらすぐに行動する活発な性格であり、タックンはそんなチックンを止めたり、状況を説明したりする役割を担っている。この二人が一緒にいることで、一つの出来事に対してまったく異なる反応が生まれる。
普段は言い争っていても、Dr.ベルの悪事を止める場面では息を合わせる。そのため二人の関係には長年一緒に行動してきた仲間らしい安心感がある。チックンだけでは無鉄砲さが強くなり過ぎ、タックンだけでは物語が落ち着き過ぎてしまう。この二人が並ぶことで、作品全体にちょうど良いテンポが生まれている。
悪役のDr.ベルが毎回楽しみになる珍しい作品
『チックンタックン』で特に印象に残りやすいキャラクターがDr.ベルである。一般的なヒーロー作品では、悪役は主人公を苦しめる存在であり、視聴者から嫌われることを前提として描かれる場合も多い。しかしDr.ベルは悪事を企てる人物でありながら、むしろ登場するたびに「今回は何をやってくれるのだろう」と期待させる存在になっている。
ワルチン大事典から悪知恵を引き出し、本人は完璧な作戦だと思って実行する。しかし最終的には予想外の失敗が起こり、本人がひどい目に遭う。この繰り返しが一種の様式美になっており、視聴者はDr.ベルが失敗することを知りながら、その過程を楽しめる。千葉繁による勢いのある演技も大きな魅力で、Dr.ベルが画面へ出てくるだけで空気が一気に騒がしくなる。
ミコとキュンキュンズが加える「普通の子ども」の視点
南田ミコとその友人たちの存在も、『チックンタックン』を親しみやすくしている。チックンたちは宇宙から来た存在であり、そのままでは視聴者から遠い世界の人物になってしまう。しかしミコが彼らと関わることで、宇宙人の物語が学校や家庭、町の日常へ入り込んでくる。
さらにミコだけではなくマキ、ムッコ、メーコ、モコたちがキュンキュンズとして行動することで、物語には友達同士で秘密のチームを作るような楽しさも生まれる。特別な訓練を受けた戦士ではない少女たちが、自分たちなりに知恵を出し合って事件へ参加する姿には身近な魅力がある。
1980年代の流行や空気をそのまま閉じ込めたような楽しさ
現在『チックンタックン』を見ると、作品そのものだけでなく、1984年という時代の雰囲気まで楽しめるところも魅力である。キャラクターの服装、セリフの感覚、テレビ的な演出、音楽、メカのデザインなどには、当時の子ども向けアニメ独特の明るさがある。現在の作品では少し古く感じられる表現があったとしても、それこそが時代を記録した作品としての面白さにつながっている。
特に「ワルチン大事典」のように大量の情報を持つ不思議な道具は、当時の子どもにとって未来的な存在として映ったはずである。現代から見ると、インターネット検索や人工知能にも少し通じる発想があり、「悪いことを何でも教えてくれる情報源」という設定には思わぬ先見性も感じられる。
キャラクターの表情と声によって成立するテンポの良い笑い
本作のギャグは、台詞だけでなくキャラクターの表情、動き、声が一体になって成立している。驚いた瞬間に顔が極端に変形したり、怒った人物が大げさに動いたり、追いかけっこが突然始まったりと、アニメーションならではの誇張表現が多い。そこへ菅谷政子、肝付兼太、冨永みーな、千葉繁、緒方賢一、滝口順平ら個性的な声優陣の演技が重なり、画面の勢いがさらに増していく。
ワルチン大事典という万能アイテムが毎回違う物語を生み出す
ワルチン大事典という設定も非常に使い勝手が良く、本作の魅力を支えている。何でも悪事へ利用できる知識が入っているため、毎回まったく違った事件を起こすことができる。町を巻き込む騒動、子どもたちの日常を狙った悪だくみ、奇妙なメカを使った作戦など、アイデア次第でいくらでも話を広げられる。
しかも大事典そのものが声を出すため、ただの道具ではなくDr.ベルたちとの掛け合いへ参加できる。この設定によって、「今週はどんな悪知恵が飛び出すのか」という期待が生まれる。
子ども向けでありながら大人になって見返すと別の楽しさがある
放送当時に子どもとして見た場合、『チックンタックン』の魅力は単純に「面白い」「騒がしい」「キャラクターが楽しい」という部分にあっただろう。しかし大人になってから見直すと、1980年代のテレビ文化を意識した演出、当時の流行を取り込んだギャグ、声優陣の顔ぶれ、学習漫画からアニメへ発展した制作背景など、子どもの頃には気付かなかった要素が見えてくる。
正義と悪を単純に分けながらも悪役を徹底的に憎ませるのではなく、キャラクターとして楽しませる作りは、現在見ると非常におおらかである。嫌なことが起こっても最後には笑いに変えてしまうという基本姿勢は、気軽に見ることのできるアニメとして大きな長所である。
好きな場面を決めるより「作品全体の空気」を楽しみたいアニメ
『チックンタックン』の魅力は、一つの名場面だけで説明するのが難しい。もちろん各話には印象的な騒動やギャグがあるが、本作の場合は特定の劇的場面よりも、登場人物たちが毎週集まって騒いでいる空気そのものが魅力になっている。
チックンの元気さ、タックンの苦労、ミコたちのにぎやかさ、Dr.ベルの懲りない悪だくみ、ギジギジのリアクション、ワルチン大事典の奇妙な存在感。それらが全部そろったときに初めて『チックンタックン』らしい楽しさが生まれる。失敗もトラブルも最後には笑いへ変わる。この安心感こそが、本作を好きになる大きな理由といえる。
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■ 感想・評判・口コミ
「とにかくにぎやかで楽しい」という印象が残りやすい作品
『チックンタックン』を視聴した人の感想としてまず挙げられやすいのが、「とにかく騒がしくて楽しい」「細かいことを考えずに見られる」という印象である。本作は重厚なSFアニメや長大な冒険物語とは異なり、毎回の騒動をテンポ良く楽しませることを重視している。そのため視聴後に残るのは複雑な設定や伏線よりも、チックンたちが走り回る姿、Dr.ベルの失敗、タックンの慌てた反応、ミコたちのにぎやかなやり取りといった、キャラクターの動きや声の記憶である。
Dr.ベルの存在感を高く評価する声が目立ちやすい
登場人物について語られる際、主人公のチックン以上にDr.ベルが印象に残ったという感想が出やすいのも、本作ならではの特徴である。Dr.ベルは悪役でありながら、恐ろしさよりもコミカルさが強く、毎回のように作戦を失敗させながら物語を盛り上げる。
さらに千葉繁の勢いのある演技がDr.ベルの個性を大きく広げており、大声で叫んだり、感情を爆発させたり、失敗して慌てたりする場面そのものが見どころになっている。悪役をここまで愛嬌のある存在に仕上げた点は、『チックンタックン』の評価で語られやすい部分である。
声優陣の豪華さを後から知って驚くという感想
現在になって出演者を確認すると、菅谷政子、肝付兼太、冨永みーな、千葉繁、緒方賢一、滝口順平、平野文、坂本千夏、松井菜桜子、野沢雅子など、個性的な声を持つ声優が数多く出演していたことに気付く。そのため放送当時は名前を意識せず見ていた人でも、後年あらためてキャスト表を見て「これほど豪華な顔ぶれだったのか」と驚く場合がある。
特にギャグアニメでは、台詞の内容以上に声の間やテンションが面白さへ直結する。現在見返すと、若い時代の声優の演技を楽しめる作品としての価値も感じられる。
主題歌が強烈に記憶へ残っているという評価
本編の内容以上に、オープニングテーマ「好きしてチックン!!」やエンディングテーマ「Dr.ベルのテーマ」を覚えているという感想も出やすい。明るいオープニングと、悪役であるDr.ベルを前面に押し出したエンディングの組み合わせはかなり個性的である。
特にエンディングを悪役のテーマ曲にする構成は、本作のギャグ精神を象徴しており、視聴者から見ても忘れにくい。音楽そのものが作品の記憶を保存しているような感覚があり、『チックンタックン』は主題歌込みで懐かしまれるタイプの作品といえる。
「石森章太郎作品としては意外」という感想
石森章太郎といえば、変身ヒーロー、サイボーグ、SF、社会性のある物語などを思い浮かべる人が多い。そのため『チックンタックン』を初めて知った人からは、「こんなに明るいドタバタ作品も手掛けていたのか」と意外に感じられる場合がある。
本作では重いテーマを前面へ出すのではなく、子どもの日常、宇宙人、奇妙な道具、悪役の失敗などを組み合わせた軽快なコメディが中心になっている。しかし、発想の根底には石森作品らしいSF的な想像力が存在している。作者の幅広さを知る作品としても興味深い。
現代から見るとテンポや演出に時代差を感じるという意見
1984年のテレビアニメであるため、作画の密度、テンポ、ギャグの作り方、台詞回しなどには現代作品との違いがある。特にギャグ表現は時代の流行を取り入れている部分も多く、元ネタを知らなければ面白さが伝わりにくい場面もある。
一方で、その古さこそが魅力だと感じる人もいる。手描きアニメらしい線、少し荒っぽい動き、大げさなリアクション、声優の芝居を前面へ出した演出などは、現在ではむしろ新鮮に映ることがある。「古いから見づらい」と感じるか、「古いから面白い」と感じるかによって評価が分かれるタイプの作品である。
一話完結型の気軽さを評価する視聴者
本作は長い物語を追い続けなければ理解できない作品ではなく、一話ごとの事件を楽しみやすい構成になっている。Dr.ベルが悪事を企て、チックンたちがそれに巻き込まれ、最後にはひとまず決着するという基本形があるため、途中の話から見ても内容を把握しやすい。
現代の視聴者にとっても、重い連続ドラマを見る気分ではないときに一話だけ気軽に見るという楽しみ方ができる。伏線を細かく覚える必要がなく、キャラクターの性格さえ分かればすぐに物語へ入れる。その気楽さは、本作の長所である。
「悪役が嫌いになれない」ことを長所と見る感想
Dr.ベルとギジギジは悪役ではあるものの、極端に残酷な行為を繰り返す存在として描かれているわけではない。そのため子ども向け作品として安心して見ることができ、悪役側の場面まで笑いとして受け止められる。
特に毎回ひどい失敗をすることで、Dr.ベル自身が罰を受けるような形になり、視聴者も深刻に憎む必要がない。正義側の勝利を楽しみながら、悪役側にも愛着を持てる構成は、本作の大きな魅力である。
女性キャラクターが元気に動く点を好む声
南田ミコやキュンキュンズの少女たちが、物語を見守るだけではなく積極的に事件へ関わる点も評価しやすい。ミコはチックンの冒険へ巻き込まれるだけの存在ではなく、状況へ反応し、自分なりに行動する。友人たちも加わることで、女の子同士のにぎやかなグループ感が作品へ加えられている。
懐かしさを強く刺激する「記憶の中のアニメ」という評価
『チックンタックン』について語る人の中には、細かなストーリーよりも「昔見ていた」「主題歌だけ覚えている」「Dr.ベルが妙に印象へ残っている」といった断片的な記憶を持つ人も多いと考えられる。これは作品の印象が弱かったという意味ではない。子どもの頃に見たアニメでは、物語の詳細よりも色、音、声、キャラクターの表情といった感覚的な記憶が長く残ることがある。
現在では知る人ぞ知る作品になっていることへの惜しさ
『チックンタックン』は、同じ1984年前後に放送された長寿作品や大ヒットアニメと比べると、現在一般的に名前が挙がる機会は多くない。そのため、作品を知っている人からは「もっと知られてもいい」「声優陣や主題歌も含めて再評価されてほしい」という気持ちが生まれやすい。
石森章太郎原作という背景を持ち、個性的なキャラクター、豪華な声優陣、特徴的な主題歌を備えているため、昔のアニメを掘り起こしているファンにとっては発見したときの喜びが大きい作品でもある。
評価が分かれるポイントは「勢い重視のギャグ」を楽しめるかどうか
本作への評価を大きく左右するのは、作品の根本にあるドタバタギャグを楽しめるかどうかである。ストーリーの緻密さ、シリアスな心理描写、世界観の細かな説明を求める人には、物足りなく感じられる可能性がある。
反対に、理屈よりもキャラクターの勢い、声優の演技、毎回の騒動を楽しみたい人にとっては非常に相性が良い。Dr.ベルが失敗し、チックンが走り回り、タックンが慌て、ミコたちが騒ぐ。この繰り返しそのものを楽しいと思えるかどうかが重要である。
総合的には「1980年代の明るいテレビアニメ」を象徴する一本
『チックンタックン』への感想や評判を総合すると、最も大きな魅力は「見ていて楽しい」という非常に基本的な部分へ集約される。チックンとタックンの掛け合い、ミコやキュンキュンズの元気さ、Dr.ベルとギジギジの失敗劇、ワルチン大事典という奇抜なアイデア、そして印象的な主題歌。どれか一つだけが突出しているのではなく、全部がにぎやかに混ざり合うことで作品独自の雰囲気が作られている。
現在の感覚では古く見える部分もあり、ギャグの速度や表現に好みが分かれることもある。しかし、それを含めて1984年当時のテレビアニメ文化をそのまま味わえることが本作の価値である。毎回何か悪いことが起こるのに、見終わった後には重苦しさが残らない。チックンたちもDr.ベルたちも、次の週にはまた元気に騒いでいる。そうした安心感とおおらかさが、本作を知る人の記憶に温かく残り続ける理由といえるだろう。
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■ 関連商品のまとめ
放送当時は学研らしい書籍・文具・玩具を中心に商品展開
『チックンタックン』は、一般的なテレビアニメとは少し異なる商品展開を持っていた作品である。その理由として大きいのが、原作漫画が学習研究社の「科学と学習」系媒体を起点としていたことである。テレビアニメ化された1984年には、単純に番組を見て終わるのではなく、書籍や文房具、玩具などを通じてキャラクターへ触れられる商品が展開された。現在の大型アニメ作品のように、フィギュア、ゲーム、カード、アパレル、コンビニ商品などが大量に並ぶタイプではなかったものの、当時の子どもの生活に近い場所へ商品が入り込んでいた点が特徴である。
学研関連のテレビ絵本、下敷き、ぬりえなどは現在でも中古市場で見かけることがあり、この種の紙物・文具類は昭和アニメグッズとして独特の価値を持っている。
学研のアニメ絵本は現在ではコレクション性の高い出版物
出版物の中で注目したいのが『チックンタックン』のアニメ絵本である。テレビシリーズのエピソードを題材とし、アニメの場面を静止画と文章へ置き換えることで、幼い子どもでも作品を繰り返し楽しめるようにした商品である。ビデオ録画が現在ほど一般的ではなかった時代には、放送された物語を本として手元へ残せること自体に大きな意味があった。
現在では、こうした児童向け出版物は状態による価値の差が大きい。子どもが実際に読んでいた商品であるため、表紙の折れ、書き込み、名前の記入、ページ外れ、日焼けなどが発生しやすく、良好な状態で残っているものほど見つけにくい。単純な古本というより、「1980年代アニメの紙資料」「学研キャラクター商品」「石森章太郎関連資料」といった複数の収集分野が重なるアイテムとして見ることができる。
主題歌EP「好きしてチックン!!/Dr.ベルのテーマ」は代表的なコレクターズアイテム
音楽関連で最も分かりやすい商品が、「好きしてチックン!!/Dr.ベルのテーマ」を収録した7インチEPである。A面に平野文が歌うオープニングテーマ「好きしてチックン!!」、B面に千葉繁が歌うエンディングテーマ「Dr.ベルのテーマ」を収録し、本作を代表する二曲を一枚で楽しめる商品となっていた。
現在でも中古レコード市場やインターネットオークションで姿を見せることがあり、『チックンタックン』関連商品の中では比較的存在を確認しやすい部類に入る。ただし、価格はジャケット、盤面、歌詞カードなどの保存状態によって変化する。盤だけではなく当時のジャケットまで美しい状態で保存されたものは、コレクション価値が高くなりやすい。
LP形式の音楽商品はEPより一段珍しい存在
主題歌シングルとは別に、『チックンタックン』にはLP形式の音楽商品も存在する。こうしたLPで重要なのは盤だけではない。帯、ジャケット、ライナーノーツ、ぬりえなどの付属物が残っているかどうかで収集価値が大きく変わる。
当時子どもが付属品を実際に使用していれば未使用状態では残らないため、40年以上を経た現在、付属物一式がそろった商品には別種の希少性が生まれている。音楽ファンだけでなく、声優ファン、昭和アニメレコード収集家、石森作品の資料を集める人にとっても興味深い商品である。
DXメンFO・DXナズマー・ジタバタメカタンなど玩具も存在
『チックンタックン』では玩具展開も行われていた。代表的なものとして、チックン側の宇宙船を商品化したメンFO、Dr.ベル側の宇宙船ナズマー、さらにジタバタメカタンなど、劇中に登場するメカを題材とした商品が知られている。
これらは現在の中古市場では、レコードや下敷き以上にコンディション差が大きい商品である。子どもが動かして遊ぶことを前提とした玩具なので、車輪、可動部、シール、細かな付属パーツなどが欠損しやすい。さらに外箱や説明書まで保存されている個体となれば希少性は一段高くなる。放送期間が約半年の作品でありながら、テレビ絵本だけではなく宇宙船やメカを実際に手で遊べる商品まで用意されていた点は、本作の商品展開の面白さである。
小型フィギュア・消しゴム系アイテムも中古市場で発見される
大型のDX玩具だけではなく、小型の人形や消しゴムタイプのキャラクター商品も中古市場で見つかることがある。こうした小型商品は非常に紛失しやすく、数センチ程度の消しゴムや塩ビ人形は、遊んでいるうちに失われたり、作品名が分からないまま処分されたりすることも多い。
そのため中古市場に突然出てきた小物が、実は珍しい当時物だったという場合も考えられる。『チックンタックン』のように現在の知名度が比較的限られる作品では、商品名が正確に付けられず出品される可能性もあり、キャラクターの造形や著作権表記まで確認することが収集の面白さにつながる。
下敷き・ぬりえ・ポスターなど「紙物」の種類も豊富
現在まで残りやすい関連商品として、下敷き、ぬりえ、雑誌付録ポスターといった紙物・文具類もある。紙物は一見すると玩具より地味だが、当時のキャラクターイラストや宣伝デザインをそのまま残している点では非常に貴重である。
特に雑誌付録は雑誌本体から切り離されたり、壁へ貼られて画びょう穴が開いたりするため、未使用に近い状態で残っているものは少なくなりやすい。昭和アニメを収集する人にとっては、こうした商品こそ当時の子ども部屋や文房具売り場の雰囲気を思い出させるアイテムとなる。
映像商品を探す際は同名に近い別作品との混同に注意
映像関連については注意が必要である。「チックンタック」「チックンタックン DVD」などの言葉で探した場合、題名の似た別作品が検索結果へ混ざることがある。そのため、1984年版『チックンタックン』の商品を探す場合は、制作年、石森章太郎、学研、フジテレビなどの情報を併せて確認した方が分かりやすい。
本作は現在の大型人気作品のようにDVDやBlu-rayの商品が常時大量に流通しているタイプではなく、映像を含めた関連商品全体としても「欲しい時に必ず入手できる」とは限らない。その意味で、放送当時の資料や映像商品を見つけた際の価値は大きい。
ゲーム化・ボードゲーム・大量の食玩展開は中心ではなかった
『チックンタックン』はメカが多く登場するため、現在の感覚ならテレビゲーム化やカードゲーム化が行われても不思議ではない。しかし当時の商品展開では、テレビ絵本、文具、ぬりえ、メカ玩具、音楽レコードといった児童向け商品が中心だったと見る方が実態に近い。
ゲーム、ボードゲーム、食玩、お菓子、食品などについては、後世まで代表商品として広く知られる大規模なシリーズは確認しにくい。古い小型フィギュアなどが食玩やおまけとして扱われる場合もあるが、パッケージを失った商品については発売形態を断定せず、慎重に確認する必要がある。
現在の中古市場では「高額作品」というより出会う機会の少なさが特徴
現在の『チックンタックン』関連商品の市場を見ると、すべての商品が極端なプレミア価格になる作品というわけではない。EP盤、書籍、下敷きなどは比較的手の届きやすい価格で見つかる場合もある。一方で、箱付きDX玩具、付属品完備のLP、状態の良いテレビ絵本、珍しい販促品などは市場へ現れるタイミング自体が少ない。
つまり本作で重要なのは「高いか安いか」だけではなく、「欲しい商品そのものに出会えるかどうか」である。大量生産された大ヒット作品とは違い、探している品が何か月も出てこない可能性もある。その意味では、価格の高さ以上に流通量の少なさが収集難度を上げている作品といえる。
付属品と保存状態で価値が大きく変わる昭和コレクション
『チックンタックン』の商品を中古で集める場合、単に商品名だけを見るのではなく状態確認が重要である。レコードなら盤面の傷、ノイズ、ジャケットの日焼け、帯や付属物の有無、玩具なら箱、説明書、シール、細部パーツ、可動状態などを確認したい。絵本であれば書き込みやページ外れ、下敷きやポスターなら折れ、変色、画びょう跡などが評価を左右する。
1984年の商品はすでに長い年月が経過している。そのため完全な新品状態を基準に探すと選択肢が極端に狭くなる。多少の経年劣化を「その商品が実際に子どもたちの手で遊ばれた痕跡」として楽しむ考え方も、昭和玩具収集では一つの魅力である。
関連商品から見えてくる『チックンタックン』という作品のもう一つの姿
『チックンタックン』の関連商品を振り返ると、この作品が単なる半年間のテレビアニメではなく、学習誌、テレビ、音楽、玩具、文具を横断した児童向けキャラクター企画だったことが見えてくる。主題歌EPには平野文と千葉繁の歌声が残り、テレビ絵本にはアニメの場面が紙面として保存され、メンFOやナズマーなどの玩具には劇中メカを実際に手へ取って遊ぶ楽しさが残されている。下敷きやぬりえ、雑誌付録には、当時の子どもたちが日常生活の中で『チックンタックン』へ触れていた痕跡を見ることができる。
現在では大型の新作商品が次々発売される作品ではないからこそ、1984年当時の商品そのものが作品史を伝える資料になっている。新品を店頭で選べた時代とは違い、現在は中古レコード店、古書店、ホビーショップ、フリマ、ネットオークションなどを横断しながら一つずつ探す楽しみがある。
そして何より面白いのは、こうした古い商品を一つ手に取ることで、テレビでチックンやDr.ベルが走り回っていた1984年の空気へ直接触れられることである。数が限られ、状態も一つずつ違い、いつ市場へ現れるか分からない。その一期一会の感覚を含めて楽しめることが、現在『チックンタックン』の商品を集める大きな魅力といえるだろう。
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