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評価 5【発売】:PSK
【対応パソコン】:PC-8801、PC-9801、X68000、Windows
【発売日】:1987年12月
【ジャンル】:アドベンチャーゲーム
■ 概要
●作品の立ち位置と“PSKらしさ”
『ザ・病院』は、80年代の国産PCゲームが一気に多様化していった時期に登場した、“病院”という生々しい舞台設定を前面に押し出したテキストADVだ。発売元のPSKは、いわゆる大手メーカーの量産体制というより、地域ショップや同人文化の空気を引きずった独特の制作集団として語られることが多い。しかも関係者に医療従事者が含まれていた、という背景が作品のトーンに強く影響している。つまり本作が目指すのは、ただの怪談やサスペンスではなく、「病院という組織」「医療の現場」「人の弱り目につけ込む構造」を、笑えない冗談(ブラックユーモア)として噴き出させることだ。結果としてプレイヤーが触れるのは、病院内の不穏な気配だけでなく、当時の空気感そのもの――“それっぽい噂話が、なぜか妙に具体的で、しかも笑いに変換されている”という居心地の悪さである。
●舞台設定:猛狂病院に漂う違和感
物語の中心となるのは「猛狂病院」という、名称からして不穏さを隠さない巨大な病院だ。主人公は新聞記者の山崎勝義。恋人であり看護師として勤務する松田郁子の身辺で起きた出来事をきっかけに、院内で連続する不可解な死や失踪の匂いを嗅ぎ取り、病院へ足を踏み入れていく。ここで重要なのは、“病院に潜入する”という構図が、ただの探偵劇ではなく、組織の内部に入り込んだ途端に常識が通用しなくなる感覚――権力関係、隠語、責任の所在の曖昧さ、手続きの壁――をプレイ体験に変換している点だ。院内の人物たちは善意だけで動かず、敵意だけでも動かない。むしろ「仕事だから」「決まりだから」「上が言うから」という、現実にありそうな論理で主人公を押し流す。その流れに抗うほど、プレイヤーは“何を証拠として掴むべきか”を自分で整理しなければならなくなる。
●ゲームの骨格:コマンド選択式テキストADV
システムは、場面に応じてコマンドを選んで進めるタイプのテキストアドベンチャー。現在の視点で言えばオーソドックスだが、本作は“情報量の多さ”と“寄り道の濃さ”が特徴として語られがちだ。進行に直結しない会話や描写が平然と混ざり、しかもそれが雰囲気づくりに効いている一方で、プレイヤーは「どこからが重要で、どこからが煙幕なのか」を切り分ける必要がある。さらに院内という迷路的構造を扱うため、マッピング(自分で地図を作る/構造を把握する)という古典的な攻略行為が、そのまま作品体験になっている。ここが面白さの核であり、同時に人を選ぶポイントでもある。
●“白黒CG”と文章の温度差が生む怖さ
演出面では、基本は漢字かな混じりのテキスト表示で進行し、要所で白黒のCGが差し込まれる構成が知られている。色数や解像度の制約がある時代の白黒表現は、いま見るとむしろ情報が削がれていて、想像の余白が大きい。その余白が「患者の気配」「夜間の廊下」「閉ざされた部屋」といった題材と噛み合い、安っぽいホラーよりも現実味のある不安を作りやすい。しかも本作の文章は、緊迫感だけで突っ走らず、場面によっては妙に乾いた口調や、笑いに寄せたニュアンスが混ざる。そこで生まれるのが、怖さと可笑しさが同居する独特の読後感だ。プレイヤーは安心した瞬間に足元をすくわれるし、逆に不気味な場面で肩透かしのような冗談に遭遇して、笑っていいのか分からなくなる。そうした揺さぶりが、病院という“緊張と日常が同居する場所”の空気と重なる。
●難易度設計:気づきにくい罠と“取り返しのつかなさ”
本作が語られるとき、しばしば触れられるのが難易度の高さだ。単に敵が強い、反射神経が要る、という話ではない。情報の拾い方がズレると、後になって「実はもう詰んでいる」状態に入っていたり、重要フラグを取り逃がしても当面は普通に進めてしまったりする――つまり失敗が即座に“失敗として表示されない”タイプの難しさである。院内を彷徨い、会話を積み上げ、手がかりを自分で整理するゲームだからこそ、判断ミスが“静かに蓄積”していく。ここは当時のADVらしい尖りで、ハマる人には「自分が取材している感覚」を与えるが、合わない人には理不尽に映る。
●隠し要素:制作の気配が覗く仕掛け
当時のPCゲームには、制作側の遊び心として“裏コマンド”や“隠し閲覧”が紛れ込むことがあるが、『ザ・病院』にも起動時操作などで、制作に関する情報へ触れられる仕掛けが存在するとされる。こうした要素は、世界観を壊すおまけになり得る一方で、本作の場合はむしろ「これは作り手が現場を知っている(あるいは知っている体で語っている)作品なのだ」という感触を補強する。フィクションの病院に入り込みながら、ふと作り手の目線が見える瞬間がある――それが“内部告発めいたブラックジョーク”という語られ方と相性がいい。
●対応機種と再登場:当時版→配信→PRO-68K
オリジナルはPC-8801系およびPC-9801向けとして知られ、時期としては1987年末に位置づけられている。テキスト主体のADVでありながら、媒体構成が複数枚になる版があることも、情報量の多さを連想させるポイントだ。近年では、レトロPC作品の復刻配信として、プロジェクトEGGにてPC-8801版がWindows向けに提供され、当時触れられなかった層が現代環境で追体験できる導線が整った。そしてさらに“PRO-68K”としてX68000/X68000 Z向けの展開が生まれ、入力デバイス対応や音源周り、利便性(例:自動マッピング的な補助)など、現代の遊び方に寄せた追加要素が語られている。つまり『ザ・病院』は単なる一発ネタの珍作ではなく、「尖った設計のADVが、時代を跨いで別の形で読まれ直している」タイプの作品だと言える。
■■■■ ゲームの魅力とは?
●舞台が“病院”であること自体が最大の武器
『ザ・病院』の面白さは、まず題材の選び方が直球で強い。病院は誰にとっても縁があり得る場所で、安心と恐怖が同居している。治してもらう場所である一方、命の限界や人間の弱さを突きつけられる場所でもある。本作はその二面性を、派手な怪物や超常現象ではなく、廊下の静けさ、職員の目配せ、面会のルール、書類の多さ、呼び出しの放送、夜勤の空気といった“生活のディテール”に落とし込むことで成立させている。つまり怖さや不穏さを、脅かしの演出で作るのではなく、現実にある仕組みの隙間から滲ませる。だからプレイヤーは、読み進めるほどに「これは作り話だ」と割り切りにくくなる。病院という装置の説得力が、テキストADVの想像力を増幅し、文字だけで空気が変わる体験を生む。
●テキスト量の“濃さ”が、取材している感覚に直結する
テキストアドベンチャーは、文章が薄いと単なる手順ゲームになるが、本作はむしろ逆で、文章量そのものが遊びの密度を支える。会話の中には本筋から外れた雑談や、遠回しな愚痴、妙に個人的なニュアンス、言葉の端々に滲む人間関係が混ざっていて、それが病院の“現場っぽさ”を作る。重要な情報だけを順番に渡してくれる親切設計ではないので、プレイヤーは「どの言葉が手がかりで、どれが煙幕か」を自分で嗅ぎ分ける必要がある。この不親切さは人を選ぶが、ハマると強烈で、新聞記者として情報を拾い、矛盾を見つけ、誰が何を隠しているのかを推理する、という行為がそのままゲームの醍醐味になる。読み飛ばせば損をする、しかし全部読むと世界が立ち上がる。この“読ませる圧”が魅力として働くタイプの作品だ。
●ブラックユーモアの入れ方が、怖さを逆に強める
本作のトーンは、常に陰惨一色ではない。むしろ、笑いに寄せた言い回しや、皮肉の効いた状況、妙に乾いたノリが顔を出す。普通なら緊張を和らげる役割になりそうだが、ここが上手くて、笑える瞬間があるほど次の不穏が鋭く刺さる。病院の中で軽口が叩かれるのは現実でもあり得るし、そこで笑ってしまった自分に気づいた瞬間、急に背筋が冷える。しかもブラックユーモアは単なる悪趣味ではなく、「組織が人を飲み込むときの冷たさ」「手続きが命より重くなる瞬間」「責任が分散して誰も悪くない顔をする」みたいな、現実の嫌な側面を突き出す。プレイヤーは笑いながら、笑っていいのか分からなくなる。この揺らぎが、ホラーでもミステリーでもない独特の魅力になっている。
●病院内の“迷路性”が、探索の快感と緊張を同時に生む
病院という空間は、構造自体がゲーム向きだ。病棟、診察室、待合、ナースステーション、倉庫、職員用の通路、立ち入り制限の区域など、移動の理由がいくらでも作れる。本作はその迷路性を活かし、探索と情報収集を絡める。行ける場所が増えるほど、見える情報も増えるが、同時に疑わしい点も増える。単なる扉開けの繰り返しではなく、「ここに来るべき理由」を文章で積み上げていく感覚があるため、地図を把握した瞬間に達成感が出る一方、把握できたはずの場所で新しい違和感が生まれ、緊張が途切れない。迷路を解く快感と、迷路に閉じ込められる恐怖が表裏一体になっていて、これが病院の舞台性と強く結びつく。
●白黒CGと文章の組み合わせが、想像の“怖い部分”だけを引き出す
演出面の魅力は、情報を出し過ぎないことにある。白黒CGは、細部まで見せるカラー絵と違い、輪郭や陰影のニュアンスで印象を決める。文章で状況を読ませ、要所で白黒の絵を差し込むと、プレイヤーの脳内で勝手に補完が起きる。補完は人によって最悪の方向へ膨らむから、結果的に“自分の怖いイメージ”が完成してしまう。テキストADVの強みは想像力の利用だが、本作は病院という具体的なモチーフを使うことで、想像の解像度を上げ、怖さの手触りを濃くする。さらに、文章の口調がシーンごとに微妙に温度を変えるので、落ち着いた記述の直後に、急に現実味のある一文が刺さることがある。その刺さり方が、派手な演出よりも記憶に残る。
●恋人を救う動機と、記者としての執念が“前に進ませる”
テキストADVは、目的が曖昧だと探索が作業になるが、本作は動機が強い。恋人が巻き込まれた事件を追う、という私的な感情と、記者として真相を暴く、という社会的な姿勢が二重に働く。私情だけなら突っ走りがちで、使命だけなら冷たくなりがちだが、本作はその間で主人公が揺れるように作られている。だからプレイヤーは「次はどこを調べるべきか」を、単なる攻略ではなく感情でも判断することになる。恋人の痕跡に近づくほど焦りが増し、病院の闇に近づくほど危険が増す。前に進むほど面倒が増えるのに、進みたくなる。ここがストーリー推進力として強い。
●意地悪さが“体験”に変わるタイプの古典的快感
本作の魅力を語るうえで避けられないのが、プレイヤーに優しくない設計だ。進行に必要な情報が分散していて、取り逃がしのリスクがあり、詰み状態に気づきにくい。現代のゲームなら救済やリトライの導線が用意されがちだが、本作はそれをあまり期待させない。けれど、その意地悪さは単なる嫌がらせとして終わらず、病院の不条理さと噛み合うことで意味を持つ。つまり、プレイヤーが困るほど、主人公も困っている感覚が強まる。理不尽なルール、説明不足、手続きの壁、責任の所在の曖昧さ。そうした現場感が、ゲームの不親切さと重なることで“体験としてのリアル”になってしまう。だからこそ、突破できたときの達成感が大きい。分かった瞬間に世界が繋がる快感があり、その快感があるからこそ、古典ADV好きの記憶に残る。
●後年の移植・強化版が示す“語り継がれる魅力”
レトロPC作品は、時代の壁で埋もれがちだが、『ザ・病院』は後年に別プラットフォームで触れられる形が用意され、さらにX68000向けに調整・追加された版が語られるなど、作品の寿命が伸びている。これは単に懐古の対象になったというより、テキストと空気で勝負する設計が、いま遊んでも独自性を失いにくいからだ。病院という舞台は普遍的で、組織の冷たさや人間の弱さも普遍的。だから時代が変わっても、読ませる力と嫌なリアルさが残る。便利機能が足されても核が揺らがないのは、元の設計思想が強い証拠で、その“芯の強さ”こそが本作の魅力のまとめになる。
■■■■ ゲームの攻略など
●このゲームの「攻略」とは何か:反射神経ではなく情報戦
『ザ・病院』の攻略は、敵を倒して数値を伸ばすタイプではなく、院内で起きていることを“文章と行動履歴”から組み立てる情報戦だ。進行の鍵は「どこへ行けるか」ではなく「今の自分は何を知っていて、誰に何を聞ける状態か」にある。だから最初に意識したいのは、探索の目的を都度言語化すること。たとえば「郁子の痕跡を追う」「不審な死亡の共通点を探す」「特定の人物の嘘を確かめる」など、いま自分が追うテーマを一行でメモしておく。これをしないと、会話量の多さに流されて“読んだ気になる”状態になりやすい。逆にテーマが定まっていれば、寄り道の会話や雑談も「雰囲気づくり」「人物像の補強」「誤誘導」など意味を持ち、取捨選択ができるようになる。
●基本の準備:マッピングとメモは“システムの一部”
本作は病院という迷路的構造が肝で、マッピングは単なる攻略補助ではなく、作品を成立させる手触りそのものだ。手描きでもいいので、部屋・通路・階層の関係を自分の言葉で固定化する。ポイントは「部屋名」だけでなく「その場所で起きたイベント」「出会った人物」「入れなかった扉」「後で必要になりそうな制限」を同じ地図に紐づけること。たとえば“職員に止められた”“鍵が要る”“夜間だと反応が変わる気がする”といった感触も書き込む。こうしておくと、ストーリーが進んで条件が変わったとき、再訪すべき場所が自然に浮かぶ。 同時に会話メモも重要だ。人物ごとにページを分けて、肩書・口癖・言っていた主張・矛盾点・関連する場所を箇条書きにしていく。病院内の人間関係は、イベントのフラグにも、読み物としての面白さにも直結するため、人物メモを作るだけで攻略効率が一段上がる。
●コマンド選択のコツ:総当たりではなく“仮説→検証”
コマンド式ADVでやりがちな失敗は、選べるコマンドを片っ端から押すことだ。もちろん初見では必要だが、本作はテキスト量が多いぶん、総当たりは疲労が蓄積し、重要な一文を見落としやすくなる。おすすめは「仮説→検証」の型で動くこと。 1) いま疑っていることを一つ決める(例:ある人物が情報を隠している) 2) その仮説を確かめる行動を選ぶ(例:別の人物に同じ件を聞く、現場を見に行く) 3) 結果をメモして仮説を更新する(例:矛盾が増えたので、別ルートを優先する) この手順で進めると、同じ会話でも“材料”として読めるようになり、無関係に見える雑談が急に意味を持つことがある。攻略を進めるほど、「会話を読む」から「会話を利用する」へ感覚が変わってくるはずだ。
●進行管理:章の切れ目ごとに“やることリスト”を更新
病院内をうろつくADVは、行ける場所が増えるほど迷いやすい。そこで有効なのが“やることリスト”の運用だ。大きな展開が起きるたびに、次のような項目を更新する。 ・未確認の場所(入れなかった部屋、止められた扉) ・未回収の情報(聞き直すべき人物、確認したい噂) ・未処理の条件(時間帯や状態で変わりそうな反応) ・未解決の矛盾(誰の発言がどこで食い違ったか) この4つを短く書くだけで、次に何をすべきかが見える。特に本作は“寄り道ができてしまう”ぶん、リストがないと前進しているのか停滞しているのか分かりにくい。リストを更新して、潰せた項目は線を引いて消す。これだけで探索がぐっと締まる。
●セーブ運用:分岐よりも“静かな詰み”に備える
本作の怖いところは、派手なゲームオーバーではなく、詰みが静かに進行する可能性がある点だ。だからセーブは「分岐の前」だけでなく、「重要そうな情報を得た後」「行動の節目」「長い探索を終えた直後」にも残すのが安定する。おすすめの型は三層。 ・常用セーブ:最新の状態を上書きしていく枠 ・節目セーブ:章・日・大きなイベントごとに残す枠 ・保険セーブ:怪しい行動の前に残す枠 これで“戻りたい距離”を自分で選べるようになる。もし戻っても状況が改善しない場合は、メモを見直して「どこで認識がズレたか」を探す。テキストADVは“理解のズレ”が敗因になることが多いので、セーブとメモをセットで使うのが強い。
●探索の優先順位:まずは院内の骨格を掴む
序盤のおすすめは、事件そのものの核心に突っ込む前に、病院という空間の骨格を把握することだ。どの階に何があり、職員が多いのはどこで、一般人が入りやすいのはどこか。こうした“空間の常識”を掴むと、後で不自然な状況に気づきやすくなる。例えば「本来人が多いはずの場所が妙に静か」「立ち入りが緩いはずの場所で過剰に止められる」といった違和感は、空間理解があって初めて引っかかる。そしてその違和感が、次の手がかりへの導線になることがある。 また、人物の配置も優先して把握したい。誰がどこに常駐し、時間帯で動くのか。会話が変わる可能性があるなら、その条件をメモする。病院内の“日常のパターン”を掴むことが、非日常を炙り出す近道になる。
●会話攻略:同じ質問を別の人物にぶつける
本作では、一人の証言だけで結論を出すのは危険だ。病院という組織は立場で見える景色が違い、同じ事象でも語り方が変わる。そこで有効なのが「同じ話題を複数の人物に当てて差分を見る」方法。 ・看護師は現場の気配を語りやすいが、上層の事情はぼかす ・医師は権威の言葉を使うが、責任を曖昧にすることがある ・事務方は手続きに強いが、感情の話を避けがち ・入院患者は断片的でも生々しい証言を持つことがある こうした立場の違いを前提に、同じテーマを投げると矛盾が浮き出る。矛盾が出たら“どちらが正しいか”より“なぜ食い違うか”を考える。食い違いの理由が、事件の構造や隠し事の形を示すことがある。
●詰まりやすいポイントへの対処:戻る場所を間違えない
詰まったときにやりがちなのが、手当たり次第に移動することだ。しかし本作の場合、詰まりの原因は大きく3つに分類できる。 1) 見落とし:すでに訪れた場所に追加の反応が出ている 2) 聞き漏れ:ある人物に特定話題を“もう一度”投げる必要がある 3) 条件不足:鍵・時間帯・状態などが足りず進まない このどれかを切り分けるために、メモの“未確認の場所”“未処理の条件”を見直す。入れなかった扉や止められた場所があるなら、まずそこを再訪する価値が高い。次に、矛盾点の当事者に再度会話をぶつける。条件不足が疑わしいなら、節目セーブから戻って行動順を変える。 大事なのは「戻るなら、理由を決めて戻る」こと。理由がない移動は情報を増やさないので、疲れだけが増える。
●裏技・隠し要素の扱い:攻略の補助として使うか、演出として味わうか
本作には起動時操作などに関わる隠し要素があるとされ、制作の気配に触れられるタイプの仕掛けが語られることがある。こうした要素は、純粋に物語へ没入したい場合は後回しでもいいし、逆に“作り手が何を見せたかったか”を知りたい場合は、早めに触れて世界観の裏側を味わうのもありだ。攻略観点では、隠し要素が直接クリアを保証するとは限らないため、万能な救済として期待し過ぎない方がいい。むしろ「作品の作法を掴む」ための補助輪として受け取るのが扱いやすい。 そして強化版・移植版では、遊びやすさに繋がる補助機能が用意されている場合がある。そうした機能は、詰みやすい設計を現代的に緩和する方向で効くことが多いので、初見のストレスを減らしたいなら積極的に使い、当時の歯ごたえを味わいたいなら縛って遊ぶ、といった選び方もできる。
●このゲームならではの“上達”:地図と人物相関が繋がった瞬間が勝ち
最終的に、本作の攻略が上手くいく瞬間は派手な戦闘勝利ではなく、「地図上の一点」と「人物の発言」と「事件の流れ」が一本の線で繋がる瞬間に訪れる。あの部屋に行けなかった理由、あの人物が言葉を濁した理由、あの噂がやたら具体的だった理由。こうした点が線になると、次の行動は自然に決まる。だからこそ、プレイ中に自分へ課すべきルールは単純で、“気になったことはメモに残し、残ったメモは必ず回収しに行く”。この反復が、最短ルートよりも確実なクリアへ繋がる。『ザ・病院』は、迷いながら理解に近づく過程自体が面白さになっている作品なので、焦って一本道にしようとせず、情報の網を丁寧に張っていくのが一番の攻略法になる。
■■■■ 感想や評判
●発売当時の受け止められ方:尖りすぎて“刺さる人だけ刺さる”タイプ
『ザ・病院』は、病院を舞台にした医療サスペンス寄りのテキストADVという時点で、当時としてもかなり異色だ。しかもPSKといえば、美少女系・アダルト寄りのイメージで語られがちだった流れがあり、その看板を期待した層からすると「思っていたのと違う」になりやすい。実際、後年の紹介記事でも“当時は強引にアダルト作品っぽく扱われた経緯がある”と触れられており、作品の素顔が正確に届きにくかった空気がうかがえる。 さらに、テキスト主体で硬派に寄った作り、そして罠の多いゲーム性が合わさることで、万人向けのヒット作というより「面白いと思う人が少数でも強烈に推す」方向へ寄ったと言える。ある回顧系の長文記事では、そもそも専門誌での扱いが多くなかったことや、ユーザー評価が割れたという見立ても示されていて、当時は“語られにくいまま終わった”側面もあったようだ。
●現代の反応:2022年配信で「知る人ぞ知る」を掘り起こした
一方で、近年はレトロPC作品の復刻・配信が一般化したことで、『ザ・病院』も再発見の機会が増えた。プロジェクトEGGでPC-8801版が配信開始された2022年前後には、ニュース媒体がストーリー概要やゲーム性を改めて紹介し、「当時そんなものがあったのか」と驚く層と、「名前だけ知っていたけど触れられなかった」層が一気に合流しやすくなった。 現代のプレイヤー目線だと、病院という舞台の普遍性が強い。学園や異世界よりも生々しく、しかも“組織の空気”が想像しやすい。文章中心のADVでありながら、読むほどに現場の匂いが立つタイプなので、刺さる人には「今こそ遊ぶ価値がある」と映る。復刻時の紹介でも、コマンド選択式で進めるADVであること、場面によってCGが挿入されること、そして難易度が高めでマッピングが必要になり得ることが繰り返し語られている。つまり現代に再登場しても“クセの強さ”込みで魅力として扱われているわけだ。
●「難しい」「意地悪い」が評判の中心になりやすい理由
本作の感想で最も出やすいのは、やはり難易度に関する話だろう。しかも“難しい”の中身が、単純な謎解きの難しさではなく、病院内の移動を自力で整理する必要性や、行動の選び方ひとつで後から詰みに近い状況へ入ってしまうような、静かな罠の多さにある。復刻時のニュースでもマッピングの必要性に触れられているし、回顧系の長文記事では、プレイヤーの常識的な行動選択を逆手に取るようなトラップの多さが強調されている。 この“意地悪さ”は、現代基準だと理不尽に感じる人もいる。オートセーブや救済ヒントが当たり前の時代に、地図を描いて、会話を拾って、矛盾を潰し、試行錯誤で突破する設計は、プレイ体力が要るからだ。逆に、古典ADVの作法が好きな人ほど評価が上がりやすい。失敗して覚え、次の周回で最適化する――その繰り返しが“取材している感覚”に繋がり、「面倒だけど面白い」へ転じる。
●シナリオ面の賛否:リアル寄りの題材×ブラックさで評価が割れる
物語に関しては、病院内部の暗部を追うサスペンスとして惹き込まれる人がいる一方、読後感の重さや、ブラックユーモアの混ぜ方の好みで賛否が割れやすい。PSKに医療関係者が参加していたという語られ方もあり、そこに“内部の視点っぽさ”を感じて面白がる声が出る。復刻を扱った記事でも、医療サスペンスとしての珍しさや、ブラックジョーク風の仕上がりに触れている。 一方で回顧系記事では、登場人物描写が薄くて感情移入しにくい、硬い題材とおちゃらけた要素の同居が噛み合わない、といった批判的な見立ても示されている。 ここがまさに“刺さる人だけ刺さる”理由で、病院という題材そのものが重いぶん、演出の温度差を「味」と感じるか「散漫」と感じるかで印象が割れる。個人的には、この手の賛否が残る作品は、逆に時間が経ってから再評価されやすい。綺麗にまとまった優等生より、癖と傷がある方が語り継がれるからだ。
●テキストADVとしての評価:想像の余白を楽しめるかが分水嶺
『ザ・病院』は、背景やキャラが常時表示されるタイプの“絵で魅せるADV”とは違い、基本は文字で進む。あるレビュー記事でも、院内を移動しコマンドで情報やアイテムを集める形式で、基本はテキスト中心だと説明されている。 この形式は、想像で補完するのが得意な人ほど楽しめる。廊下の匂い、夜の静けさ、看護師の足音、妙に丁寧すぎる説明、逆に雑な扱い――そうした“空気”を自分の頭で組み立てるのが快感になる。逆に、映像情報が少ないと集中が続かない人には、テンポが悪く感じやすい。だから評判としても「読むのが好きなら強い」「読む体力がないときつい」という二極化が起こりやすい。
●復刻・関連展開が生んだ新しい評価軸
さらに近年は、PC-8801版の配信だけでなく、X68000向けの展開(PRO-68K)など、別形態での露出が増えたことで、評価の軸が“当時の一作”から“レトロ作品としてどう楽しむか”へ移っている。配信のニュースでは、難易度高め・マッピング必要・一部CGありといった特徴が整理され、初見でも心構えを作りやすくなった。 つまり今の評判は、単に「面白い/つまらない」だけでなく、 ・当時の古典ADVとして歯ごたえを味わう ・病院サスペンスの珍しさを楽しむ ・PSKの作風の幅を知る資料として触れる といった複数の読み方に分散している。だからこそ、いまの『ザ・病院』は“万人受けしないけど、薦め方次第で刺さる相手が見つかる”タイプのタイトルとして、以前よりずっと健全に語られるようになった――そんな印象が残る。
■■■■ 良かったところ
●「病院の空気」をテキストだけで立ち上げる筆致
良かった点としてまず挙がりやすいのは、文字情報中心でも“場所の匂い”を想像させる力だ。病院は、学校や城のようなフィクション定番の舞台と違って、日常の延長線にある現実的な空間であるぶん、描写が薄いと一気に嘘っぽくなる。その難しい題材を、本作は会話の端々、職員の振る舞い、通路の扱い、立ち入りの線引きといった細部で補い、プレイヤーの脳内に「それっぽい院内」を作らせる。絵で見せるのではなく、文章のトーンと情報の出し方で空気を変えるのが上手いので、読み進めるほど病院が“ゲームの舞台”ではなく“自分が歩いている場所”に近づいていく。テキストADVの強みを正面から活かしているところが評価点になる。
●ブラックユーモアが“怖さ”を増幅する構造
本作のブラックな笑いは、単なる悪趣味のアクセントではなく、恐怖や不快感を強めるための仕掛けとして機能している。深刻な状況なのに妙に事務的、笑えそうな言い回しなのに笑えない、軽口の裏に冷たい仕組みが透ける――この温度差が、むしろ現実味を帯びる。実際の現場でも、重い状況ほど冗談が出ることがあるし、冗談が出るからこそ“本当にヤバいのかもしれない”と感じることもある。本作はその感覚をゲーム内の文章に落とし込み、プレイヤーの感情を安定させない。怖いのに笑いが混ざり、笑ったあとに自分の笑いが怖くなる。この落差が印象に残る、という意見は「良かったところ」として挙げやすい。
●情報量が多いからこそ“取材している手触り”が出る
会話や文章が多い作品は、冗長だと言われることもあるが、『ザ・病院』の場合は逆に“余計なもの”があることで、取材感が生まれる。新聞記者が病院に潜り込み、話を聞き、噂を拾い、矛盾を探る。そのとき、相手が常に核心だけ話してくれるわけがない。雑談や愚痴、関係ない自慢、責任逃れ、話題逸らしが混ざるのが自然だ。本作はその雑味を残したままプレイヤーに渡すので、プレイヤーは「選別する側」に立たされる。つまり“読む”だけでなく“編集する”感覚が必要になり、そのプロセス自体が楽しい。ここを面倒ではなく快感として受け取れた人ほど、本作を高く評価する。
●迷路的な院内探索が、メモと地図を“遊び”に変える
病院という構造は、探索ゲームとして相性が良い。複数の階、病棟と外来、職員エリアと一般エリア、時間帯で変わる空気。こうした要素があるだけで、移動そのものがドラマを持つ。本作はそこでプレイヤーにマッピングを要求しがちだが、これが“古典ADVらしい楽しさ”として評価される部分でもある。地図を描くことで自分の理解が進み、理解が進むことで違和感に気づき、違和感が次の手がかりになる。地図と物語が繋がる瞬間があり、そこに達成感がある。現代の親切設計に慣れた人には苦行でも、手作業の達成感が好きな人にとっては「ちゃんと遊んだ感」が残る。
●“組織の怖さ”を描くことで、単なる怪談から一段上へ行っている
ホラーやサスペンスは、幽霊や犯人の存在に寄りかかると単純化しやすい。しかし『ザ・病院』が印象的なのは、怖さの中心が“個人の悪意”だけではなく、“組織の構造”にも置かれている点だ。責任が分散し、情報が縦割りになり、手続きが優先され、現場の声が届かない。そうした仕組みが、誰か一人の悪人がいなくても事態を悪化させる。このタイプの怖さは、現実のニュースや社会経験とも繋がりやすく、プレイヤーに「これは他人事ではない」という感覚を残す。結果として、プレイ後の余韻が強くなる。単に“怖かった”では終わらず、“嫌なリアルさが残った”という意味で評価されることが多い。
●キャラクターの“生々しさ”:好感よりも存在感が残る
キャラクターについても、「好きになれるか」と「覚えてしまうか」は別だ。本作の人物たちは、理想的に整理された性格ではなく、立場や事情で言うことが変わったり、善意と保身が混ざったりする。そこが不快に感じることもあるが、同時に“生々しい”とも言える。特に病院という場では、人は優しくもなれるし、冷たくもなれる。忙しさや上下関係で態度が変わることもある。本作の登場人物は、そうした現場のねじれを背負って動くので、プレイヤーの記憶に残りやすい。英雄的ではないが、確かにそこにいる――その存在感が「良かった」と言われる部分になる。
●白黒CGの使いどころが効いている
派手なグラフィックがないからこそ、要所のCGが効く。白黒の絵は情報が少ないぶん、印象が強くなる。文章で想像させ、絵で輪郭を与え、再び文章で補完させる。この往復が、プレイヤーの想像の最悪な部分を引き出してくる。現代のフルカラー表現は分かりやすい一方、怖さを固定しやすいが、白黒は怖さが“個人の脳内”で増殖しやすい。本作はその特性をうまく使っていて、「はっきり見えないからこそ怖い」という古典的快感を残す。ここはレトロADV好きが高く評価しやすいポイントだ。
●復刻・派生展開によって“遊ぶ導線が残った”こと自体が長所
良かったところとして、作品が現代に触れられる形で残っている、という点を挙げる人もいる。レトロPCゲームは、実機環境や入手性の壁で体験が途切れがちだが、本作は復刻配信や関連展開によって、当時の空気を追体験しやすくなった。これは作品の価値を評価し直す土台になる。しかも本作は、時代が変わっても通用する“題材の普遍性”があるため、復刻が単なる懐古で終わらず、「今遊んでも変な味がする」という意味での強さを示している。古いのに古びない部分がある――それが“良かったところ”の総仕上げになる。
■■■■ 悪かったところ
●詰みが“静かに進む”設計で、失敗に気づきにくい
本作で不満として挙がりやすいのは、ゲームオーバーや行き止まりが分かりやすく提示されないまま、実質的にクリア不可能な状態へ入り得る点だ。テキストADVの古典的な厳しさとして、フラグの取り逃がしや行動順のミスが後々響くのはよくあるが、『ザ・病院』の場合は“気づきにくさ”が強い。プレイヤーは普通に探索を続けられてしまうので、時間を使って進めた後になって「実はもう詰んでいた」ということが起きる。現代のプレイヤーから見ると、これは理不尽に近い体験になりやすい。もちろん当時の作法としては“慎重にメモを取り、複数セーブで備える”が前提だったとしても、初見でその前提を知らない人にとってはストレスが強い部分になる。
●マッピング必須の負担が重く、集中力が切れやすい
病院という迷路的構造を扱う以上、地図作りが面白さにもなるのだが、逆にそれが負担として出ることもある。特に、プレイ時間が長くなるほど“地図を描く行為”が作業化しやすく、探索が進むほど疲れが溜まる。さらに、地図が不完全だと迷いが増え、迷いが増えると会話の見落としが増え、見落としが増えると詰みのリスクが上がる――という悪循環が起こる。ハマる人には快感でも、ハマらない人には「ゲームよりノートを作っている気分」になりやすく、これが悪かった点として語られやすい。
●テキスト量が多いがゆえに、取捨選択が苦しい
情報量が魅力である一方、量が多すぎて疲れる、という声も出やすい。寄り道会話や本筋と無関係な描写が混ざる構造は、世界の厚みを出す反面、テンポを犠牲にする。とくに「次に何をすべきか分からない」状態で長文を読むと、プレイヤーは“重要な一文を探す作業”になり、読書的快感が削がれてしまう。さらに、病院という舞台は雰囲気が重いので、軽めの雑談が入ると緩急としては機能するが、人によっては散漫に感じる。つまり、文章の濃さが長所である一方で、プレイ体験の負担にもなってしまう二面性がある。
●コマンド選択の当たり判定が分かりにくく、総当たりになりがち
コマンド式ADVでありがちな欠点として、何をすれば進むのかが曖昧で、結果的にコマンドを片っ端から試す“総当たり”になりやすい点がある。本作も例外ではなく、会話や調査が大量にあるぶん、どれが必須でどれが任意かの見分けが難しい。プレイヤーが仮説を立てて動ければ楽しいが、仮説が立たないうちは「とにかく全部押す」になり、疲れが増す。さらに総当たりをしていると、さっき読んだ文章と似た文章が続いて集中が切れ、重要な変化点を見落とす危険も上がる。こうした“プレイヤーの作法依存”が強いところは、悪かった点として挙げられやすい。
●重い題材に対して、ノリの揺れが合わない人もいる
ブラックユーモアが魅力として働く一方で、病院や医療事故、治験といった題材に対して“軽口”が入ることに抵抗を感じる人もいる。怖さと可笑しさを同居させる演出は、刺さる人には強烈だが、刺さらない人には「真剣に怖がれない」「不謹慎に見える」「感情が置いていかれる」といった違和感になる。特に、病院という舞台はプレイヤーの個人的体験(入院経験、家族の病気など)と結びつきやすいので、作品のノリが合うかどうかは人によって振れ幅が大きい。ここは作品の個性でありながら、悪かったところとして挙げられやすいポイントだ。
●登場人物が“好感”より“生々しさ”寄りで、疲れることがある
人物が生々しいのは長所でもあるが、同時にプレイヤーを消耗させる場合がある。愛着を持てるキャラクターが少ない、話が通じない相手が多い、責任逃れのような言動が続く、といった印象を受けると、物語の推進力よりストレスが勝つことがある。病院という組織の嫌なリアルさを描くために、あえてそうしている可能性はあるが、ゲームとしての快適さは下がる。プレイヤーが「この人たちとずっと関わりたくない」と感じてしまうと、探索へのモチベーションも落ちやすい。
●ヒントや救済が薄く、初心者に不親切
現代の感覚では、詰まったときにヒントが出る、ログを見返せる、重要ワードが強調される、といった救済があることが多い。しかし本作はそうした“親切設計”を期待しにくい。結果として、テキストADVに慣れていない人ほど苦戦し、「何が悪かったのか分からないまま終わる」リスクがある。古典ADVの儀式として楽しめる人もいるが、入口の敷居が高いのは否めない。復刻で触れた人が最初につまずくのも、ここになりがちだ。
●雰囲気は強いが、テンポの良さは求めにくい
探索・会話・移動・メモというループが中心なので、テンポ良く次々に展開するタイプのゲームではない。特に、病院内を行ったり来たりする場面が続くと、雰囲気の維持より“作業感”が前に出てしまうことがある。雰囲気を味わうゲームとして割り切れば良いのだが、ストーリーを早く追いたい人にはもどかしい。読む体力、整理する体力、戻る体力が求められ、体調や気分によっては楽しさより疲れが勝つこともある。ここは作品の性格上避けにくい欠点で、悪かったところとしては非常に現実的な指摘になる。
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■ 好きなキャラクター
●“好き”の基準が揺れる作品だからこそ:共感よりも「引っかかり」で選ばれる
『ザ・病院』は、王道のヒーローや万人受けする癒し役が前面に立つタイプではない。むしろ、病院という組織の圧や、現場の冷たさ・保身・人間臭さが濃く描かれるぶん、「このキャラが大好き!」というより「嫌いになれない」「目が離せない」「やたら覚えている」という形で“好き”が生まれやすい。 そのため、ここで挙げる“好きなキャラクター”も、単純な好感度ではなく、物語を動かす力、発言の重み、嫌なリアルさ、あるいは救いの気配――そうした要素を軸に選ばれがちになる。以下は、プレイした人が語りやすい代表格を中心に、「好きと言われる理由」を“この作品ならではの観点”で肉付けしたものだ。
●山崎勝義:正義感というより「引き返せない頑固さ」が魅力になる主人公
主人公の山崎勝義は、典型的な勇者ではなく、職業が新聞記者であることも含めて、好奇心と使命感、そして私情が絡み合った人物として動く。好きだと言われるときのポイントは、格好よさより“しつこさ”にある。危険な匂いがしても引かない、相手がはぐらかしても諦めない、面倒な手続きや嫌味にも踏み込む。 この粘着質な前進は、現代の物語だと「もっと賢く立ち回れ」と言われがちだが、本作ではむしろ病院の圧力に対する唯一の抵抗として機能する。組織は、個人の正義を折るのが得意だ。だからこそ折れない主人公が立つと、物語が成立する。山崎の魅力は、優秀さより“引き返せない性格”がドラマを生む点にある。プレイヤーが迷いながらも探索を続けられるのは、この頑固さが背中を押すからだ、という意味で「好き」と言われやすい。
●松田郁子:不在が濃い、そして“痕跡”が物語を動かす存在
郁子は、単にヒロインというより「事件の中心にいる人」であり、しかも早い段階で状況が変わってしまうため、直接の会話より“残されたもの”で存在感を発揮するタイプだ。好きと言われる理由は、出番の多さではなく、彼女の残した行動や痕跡が、主人公の進路を決める点にある。 プレイヤーは病院を歩きながら、彼女が何を知り、何を見て、何を恐れたのかを後追いする。つまり彼女は、画面に出ていなくても物語の中心に居続ける。テキストADVで“姿の見えない人物を追う”構造は、想像の余白が強く働くため、郁子の存在はプレイヤーの脳内でむしろ大きくなる。そういう意味で「出てこないのに忘れられないキャラ」として好まれやすい。
●病院職員たち:嫌な奴なのに“現場の説得力”で好きになってしまう
本作で語られる“好きなキャラ”は、職員側に寄ることが多い。なぜなら彼らは、いわゆる善人・悪人の二択ではなく、「自分の仕事を回す」「身を守る」「上に逆らえない」「患者に優しくしたいが疲れている」など、矛盾した感情を抱えて動くからだ。 プレイヤーからすれば腹が立つ言動もあるが、同時に「こういう人、現実にいる」と感じてしまう。その現実味が、嫌悪と興味を同時に生む。好きと言われるときは、“好感”ではなく“納得感”が理由になりやすい。 特に、情報を小出しにする職員、言葉を濁す医師、手続きで壁になる事務方、現場の息苦しさを漏らす看護師など、立場が違うほど反応が違い、その差分が面白い。誰か一人が突出して人気というより、「この病院の人間模様が好き」と言われるタイプの作品だ。
●“一瞬だけ印象を奪う人物”が多い:短い会話で刺してくる
本作はテキスト量が多いぶん、メイン級だけでなく脇の人物にも刺さる台詞が混ざりやすい。患者側の断片的な証言、噂好きの人物の口の軽さ、妙に具体的な愚痴、あるいは明らかに隠している沈黙。そうした一瞬のやり取りが、後で意味を持つこともあるし、意味がなくても空気を決定づけることがある。 このタイプのキャラは、一般的な“好きなキャラランキング”には出にくいが、プレイ体験の記憶には残りやすい。「あの人、嫌なこと言ってたけど妙に現実っぽかった」「あの患者の一言がずっと引っかかる」など、“引っかかりが好き”という評価が生まれる。テキストADVならではの人気の出方だ。
●好きな理由の典型:①頑固さ ②痕跡 ③現場臭 ④言葉の刺さり
『ザ・病院』で“好きなキャラ”を語るとき、結局は次の4つに収束しやすい。 1) 山崎のような、引かない頑固さ(物語を前に動かす力) 2) 郁子のような、不在でも残る痕跡(追う対象としての強さ) 3) 職員たちのような、嫌なリアルさ(現場臭=説得力) 4) 脇役のような、短い言葉の刺さり(記憶に残る瞬間) この作品は、キャラを“愛でる”より“観察する”側に寄っている。だから好きも「かわいい」「かっこいい」ではなく、「この人間模様が面白い」「この嫌さが忘れられない」といった形になる。そこが独特で、だからこそ刺さった人は、何年経ってもキャラクターの名前や発言の感触を覚えている――そんなタイプの“好き”が成立する作品だ。
●(遊び方の提案)キャラの好みを自分で作る:相関メモを取ると面白さが増える
もし“好きなキャラ”をよりはっきり感じたいなら、攻略メモを「人物相関」に寄せて取るのがおすすめだ。誰が誰に強く出るか、誰が誰を避けるか、同じ話題に対して誰の反応が変わるか。これを線で結ぶと、単なる嫌な職員が、組織の中でどう振る舞うしかないかが見えてくる。そうすると、好感度とは別の意味で「このキャラ、面白い」「嫌いになれない」という感情が立ち上がる。『ザ・病院』のキャラクターの楽しみ方は、そこにこそある。
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●対応パソコンによる違いなど
●まず前提:同名でも“同一体験”とは限らない
『ザ・病院』は、レトロPC期の作品らしく、同じタイトルでも機種・移植形態によって“遊び心地”が変わりやすい。とくに本作はテキストADVで、派手なアクションや3D描画が主役ではないぶん、「見やすさ」「入力の快適さ」「音の鳴り方」「セーブや補助機能」など、周辺要素の差が体験の差として出やすい。 また、近年の復刻配信や、X68000向けの強化版的展開(PRO-68K)によって、「当時のままの不便さを味わう体験」と「現代的に遊びやすく整えた体験」が並立する形になっている。ここでは、あなたが挙げた対応機種(PC-8801、PC-9801、X68000、Windows)に分けて、どこが変わり得るのかを“プレイ感”中心に整理する。
●PC-8801版:作品の核が最も濃く出る“原点”
PC-8801版は、『ザ・病院』の中心となるバージョンとして語られやすい。特徴は、文章主体のADVとしての“硬派さ”がダイレクトに出ることだ。グラフィックや演出が豪華ではないからこそ、テキストの圧と空気で勝負する色が強い。 この版で印象的なのは、読ませる力と、探索の不親切さが表裏一体になっている点。マッピングや複数セーブが事実上の必須作法になり、当時のプレイヤーは「攻略ノート込みで遊ぶ」こと自体をゲームとして受け入れていた。だからPC-8801版は、作品の“歯ごたえ”を最も象徴する版になりやすい。 一方で、環境面の制約(表示、入力、ロード等)は、現代感覚だと負担になりやすい。原体験としては強いが、初見の人がいきなり触ると厳しさが前に出る可能性もある。
●PC-9801版:同系統でも“体感の滑らかさ”に差が出やすい
PC-9801は当時のビジネス機としても普及が大きく、テキスト主体のADVとの相性が良い土台がある。『ザ・病院』の9801版は、基本の遊び方は大きく変わらないとしても、表示や文字の読みやすさ、動作のテンポなどで印象が変わることがある。 とくに本作は文章を大量に読むので、「読みやすい=疲れにくい」がそのまま評価に繋がる。8801版で“味”だった読みづらさが、9801だと緩和されると、プレイヤーは探索と推理に集中できるようになる。逆に言えば、読みやすくなるほど“当時の苦味”が薄くなり、尖りが丸く感じられる人もいる。 同じ迷路を歩いていても、表示のストレスが減るだけで印象はかなり変わる。9801版は「作品を理解しやすい入口」になりやすい立ち位置だ。
●Windows版(復刻配信系):遊ぶ導線は強いが“当時の作法”は残る
Windowsで遊べる形として代表的なのは、レトロPC作品の復刻配信(例:プロジェクトEGG系)だ。これは基本的に“当時版を現代環境で動かす”方向の提供なので、ゲームの核となる設計思想――コマンド選択、情報の多さ、マッピングの必要性、静かな罠――はそのまま残る。 ただし最大の違いは、環境の整えやすさにある。スクリーンショットでメモを残す、別ウィンドウで地図を描く、セーブデータの管理をしやすくするなど、現代的な周辺ツールが使える。結果として、当時は“作法を知っている人だけが遊び切れる”尖りが、現代だと“工夫すれば誰でも到達できる”に近づく。 それでもゲーム自体の設計は甘くないので、Windows版は「アクセスの良さ」と「中身の厳しさ」が同居する。入口は広いが、入ったら古典ADVのルールで戦わされる――そういう版だ。
●X68000版/PRO-68K:操作性と演出面の“現代寄り強化”が価値になる
X68000系の展開、とくに“PRO-68K”として語られるバージョンは、単なる移植ではなく、遊びやすさ・機能追加・演出強化がセットになっている点が大きい。 入力デバイス(マウス・ジョイスティック)への対応、音源周り(MIDI機器への対応)、そして探索負担を減らす補助(例:オートマッピング的な機能)など、“当時の面白さ”を残しつつも、詰まりやすさを緩和する方向に寄せられている。 これによって、PC-8801版の尖りが「面白いけどしんどい」だった人でも、「面白さだけ残して遊べる」体験になりやすい。一方で、補助機能は“苦味込みの味”を薄める面もあるため、古典ADVの歯ごたえを重視する人は、あえて機能を使わず遊ぶ、という選び方が合う。 また、X68000という機種自体が持つ“音と表示の気持ちよさ”が、テキスト中心のADVにも効く。場面の空気が音で補強されるだけで、病院の不穏さや緊張感が一段増す。PRO-68Kは、その“体験の質”を上げる方向のバージョンだと言える。
●同名タイトルの“違い”を楽しむコツ:比較ポイントは4つ
機種差を楽しむなら、比較は次の4点に絞ると分かりやすい。 1) **文字の見やすさ**:読む疲労が減ると、推理の精度が上がる 2) **入力の快適さ**:移動・選択が快適だと、探索の作業感が減る 3) **音の存在感**:音が増えるほど、空気の“嫌さ”が濃くなる 4) **補助機能の有無**:地図補助などがあると、難所の性格が変わる 同じシナリオでも、この4つの差で「怖さ」「だるさ」「没入」が別物になる。『ザ・病院』は、機種差が“絵の豪華さ”ではなく“体験の手触り”として出やすい作品なので、比較するほど味が分かるタイプだ。
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●同時期に発売されたゲームなど
★ソーサリアン(日本ファルコム)
/販売会社:日本ファルコム/販売された年:1987年/販売価格:9,800円/具体的なゲーム内容: アクションRPGの枠に収まりきらない“シナリオ制RPG”として、当時のPCユーザーの遊び方そのものを変えた一本。プレイヤーは固定の主人公ではなく、職業や能力の違う冒険者たちを育てながら、複数のエピソード(シナリオ)を好きな順に攻略していく。ここが重要で、最初から世界の全貌が語られるのではなく、「小さな事件を一つずつ解決していくうちに、世界の輪郭が立ち上がってくる」という構造になっている。戦闘は瞬発力だけで押せず、装備やアイテム運用、経験値の配分、仲間の育成方針が噛み合って初めて“楽になる”。逆に言えば、育成と攻略が噛み合った瞬間に、同じダンジョンが別物のように短く感じられる。シナリオごとに色合いも違い、軽妙な冒険譚から不穏な事件まで振れ幅が大きいので、連作短編を読む感覚で延々と遊べる“底なし感”がある。
★イース(日本ファルコム)
/販売会社:日本ファルコム/販売された年:1987年/販売価格:7,800円/具体的なゲーム内容: “物語を追うためにレベルを上げる”という、のちの国産アクションRPGの王道を決定づけたタイプ。舞台は神話や古代文明の匂いが漂う島。主人公は行方不明の人物を追ううちに、島そのものに隠された歴史と呪いへ踏み込んでいく。操作は直感的だが、敵配置や地形がいやらしく、無策で突っ込むとあっさり押し返される。だからこそ、武具の更新・経験値稼ぎ・行動範囲の拡大が“冒険の実感”として分かりやすい。テキストの情報量も多く、住人の一言が次の目的地を指すだけでなく、世界観の手触りを補強する。『ザ・病院』が“病院の空気”で読ませる作品なら、『イース』は“旅の熱”で引っ張る作品で、同じ時代のPCゲームでもベクトルが正反対なのが面白い。
★ハイドライド3 -THE SPACE MEMORIES-(T&E SOFT)/販売会社:T&E SOFT/販売された年:1987年/販売価格:8,580円
/具体的なゲーム内容: 前作までの延長ではなく、“戦い方そのもの”を更新してきた意欲作。見下ろし視点で広いフィールドを探索し、剣や魔法で敵を倒しながら成長していくが、ここでの肝は「当てる・避ける・間合いを測る」というアクションの密度が上がっている点。単純に体当たりで処理できる場面が減り、武器の届く距離や敵の動きに合わせて位置取りを変える必要が出る。結果として、RPGの育成とアクションの操作が“別々の遊び”ではなく、地続きの一体感になる。探索も一本道ではなく、行けそうで行けない場所が点在し、アイテムや情報を揃えるほど地図が開いていく。『ザ・病院』がマッピング必須の“頭の汗”なら、こちらは地形と敵の圧で“指の汗”をかくタイプの難しさだ。
★ラプラスの魔(ハミングバードソフト)
/販売会社:ハミングバードソフト/販売された年:1987年/販売価格:7,800円/具体的なゲーム内容: オカルトと探索を軸に、RPGの形を借りつつ“事件を掘る”感覚を前面に出した作品。プレイヤーは仲間を集め、町で情報を拾い、不可解な現象の起点を探っていく。戦闘があるからといって、敵を倒すこと自体が目的になりにくい。むしろ、町の会話、噂、怪しい場所の手掛かりがパズルのピースのように積み上がり、ある地点で急に筋が通る。この“腑に落ちる瞬間”が快感になっている。雰囲気も独特で、ファンタジーの明るさより、湿った空気と背後の気配を重視する。『ザ・病院』と同じく、閉じた空間の不穏さが武器になるので、並べて語られやすい系統と言える。
★ディーヴァ【STORY1 ヴリトラの炎】(T&E系統作品)
/販売会社:当時展開元(作品データ上はSTORY単位で流通)/販売された年:1987年/販売価格:7,800円/具体的なゲーム内容: “宇宙規模の戦記もの”を、複数の機種・複数の主人公で編むという、当時としては野心的な発想が核。STORY1はシリーズの入口として、世界観の提示と戦いの導線づくりに力が入る。プレイヤーは広い宙域を相手にする立場となり、戦闘・移動・状況判断を繰り返しながら目的達成を目指す。ここでの面白さは、単に強い敵を倒すよりも「どの順で勢力を切り崩すか」「資源や戦力をどこに振るか」という戦略の手触りが強い点にある。テキスト主体のADVとは違い、盤面を読む力が問われるが、ストーリーが“作戦の意味”を与えてくれるので、作業になりにくい。『ザ・病院』が院内の会話で真相へ迫るなら、『ディーヴァ』は状況の連鎖で真相へ近づくタイプだ。
★ライレーン(BPS)
/販売会社:BPS/販売された年:1987年/販売価格:7,800円/具体的なゲーム内容: 当時のPCゲームらしい“世界の手触り重視”を感じさせる作品群の一つとして語られやすいタイトル。情報量は多いが、全部を親切に説明しない。だからプレイヤーは、フィールドの違和感、敵の配置、町の会話の温度差から、次の目的を自分で組み立てていく必要がある。こうした設計は、一本道の快適さよりも「迷いながら理解する」快感を狙っている。プレイ中は、最初は意味不明だった固有名詞が、後半になるほど急に繋がり、世界の“裏側の理屈”が見えてくる。その瞬間に、序盤の寄り道が全部“伏線だった”ように感じられるのが気持ちいい。『ザ・病院』と同じく、読解と推測で前へ進む比率が高いので、脳の同じ部分が熱くなる。
★エルスリード(日本コンピュータシステム)
/販売会社:日本コンピュータシステム/販売された年:1987年/販売価格:7,200円/具体的なゲーム内容: “見た目の派手さ”よりも、“シーンの積み重ね”で引っ張るタイプのドラマ寄り作品。ゲームは、イベントの密度と、進行管理の細かさが特徴になりやすく、うっかり見逃した会話や小イベントが後で効いてくることがある。だからこそプレイヤーは、一度通った場所でも状況が変わっていないかを確認する癖がつき、ゲームが“生活圏を見回る習慣”として身体に馴染む。こういう設計は、総当たりの作業と紙一重だが、空気づくりが上手いと「確認作業」ではなく「警戒」に変わる。『ザ・病院』のように、場所そのものが不気味さを帯びて見えてくるタイプが好きな人には刺さりやすい。
★ガンダーラ(エニックス)
/販売会社:エニックス/販売された年:1987年/販売価格:7,800円/具体的なゲーム内容: 仏教・神話的モチーフを下敷きにした世界観で、当時のRPGの中でも独自色が強い一本。善悪二元論だけでは整理できない“業”や“因果”の匂いが漂い、旅の目的も単純な魔王退治ではなく、世界の歪みそのものに触れていく感覚がある。ゲームの進行は、町で情報を拾い、危険地帯へ踏み込み、装備と経験値で壁を越える王道だが、語り口が異国情緒に振れているぶん、同じ行為でも新鮮に感じられる。派手な演出より、文章と設定で想像を膨らませるタイプなので、長く遊ぶほど“頭の中の景色”が育つ。『ザ・病院』とはジャンルが違うが、「文字で世界を成立させる」点は近い。
★RUIN(ウィンキーソフト)
/販売会社:ウィンキーソフト/販売された年:1987年/販売価格:7,800円/具体的なゲーム内容: 舞台設定のクセの強さと、地上探索と地下迷宮で顔が変わる構造が印象的。地上は生活の匂いがあるのに、地下へ入った瞬間にゲームの顔が“試練”に寄る。その落差が、物語上の不穏さにも繋がっている。さらに、村人が時間や曜日で出現したりしなかったりする要素があり、単純なフラグ回収ではなく、「会えるはずの人に会えない」「情報が欠ける」というストレスが冒険の緊張になる。ダンジョン側は立体構造を読み解く比重が増し、道順の理解が生存率に直結する。こういう“手間がそのまま没入”になる設計は、80年代PCゲームの醍醐味で、『ザ・病院』のマッピング感覚とも相性が良い。
★デジタル・デビル物語 女神転生(日本テレネット)
/販売会社:日本テレネット/販売された年:1987年/販売価格:7,800円/具体的なゲーム内容: 後年の有名シリーズとは別物として見ても、“都市伝説×悪魔×コンピュータ”の混成が当時らしい熱量を持つ作品。ゲームはRPGのコマンド戦闘で進むというより、見下ろし視点でステージを踏破していくアクション色が強く、敵の群れを捌きながらフロアを抜け、必要な情報やアイテムを集める流れになる。自由に行き来できる構造があるため、一本道の安心感より「戻ってでも準備を整える」戦略が前に出る。題材が題材だけに、文章や敵デザインが不気味寄りで、軽い気持ちで触ると空気が重い。『ザ・病院』のブラックさが好きなら、こちらの“禍々しさ”にも似た方向の魅力を感じやすい。
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