『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』(パソコンゲーム)

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【発売】:PIL
【対応パソコン】:PC-9801、Windows
【発売日】:1995年9月8日
【ジャンル】:シミュレーションゲーム

[game-ue]

■ 概要

作品の基本情報とジャンル的な立ち位置

『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』は、1995年9月8日にPILから発売されたPC向け18禁ゲームで、当初はPC-9800シリーズおよびWindows 3.1対応タイトルとしてリリースされました。ジャンルとしては「リアルタイムシミュレーション」を掲げており、アドベンチャーゲームとシミュレーションの要素を組み合わせた構成が特徴です。シナリオを手がけたのは南泌流夫、原画は成人向け漫画でも知られるすえひろがりで、メーカー側も「SM色の強いレーベルの第2弾」という位置づけで企画・制作を行っています。後年にはWindows 98以降の環境にも対応したリマスター版や、さらに新しいWindows向けのパッケージが登場し、PC-98時代の作品でありながら、長く遊べるように再調整が施されたことも本作の特徴と言えるでしょう。

舞台設定と物語の骨格

物語の舞台となるのは、どこにでもありそうな平和な女子高です。プレイヤーが操作する主人公は、そこで教育実習中の大学生という立場。義理の妹も同じ学校に通っており、彼女の担任クラスで授業を行うところからゲームは始まります。 しかし、テレビニュースで「死刑囚の脱獄」という不穏な情報が流れるその日、主人公の最後の授業の最中に、銃を構えた男が突然教室へ乱入。生徒や教師たちは人質となり、学校全体が重苦しい緊張感に包まれます。この襲撃者こそがニュースで報じられていた凶悪犯であり、長期の拘禁生活を経て、逃亡の果てに「最後の快楽」を追い求めて学園へと流れついた存在として描かれます。 ゲーム全体は、この「女子校占拠事件」を軸に進行し、プレイヤーは教育実習生という立場から、妹や生徒たちをいかにして守るか、あるいは守り切れないのかという極限状況に放り込まれます。暴力と恐怖の中で、犯人たちは人質を盾に警察と攻防を繰り広げ、要求は徐々にエスカレートしていきます。プレイヤーは、その渦中で選択を迫られ続けることになります。

リアルタイムシミュレーションというゲーム性

本作を特徴づけているのが、「リアルタイムシミュレーション」と呼ばれる独特のゲームシステムです。画面に表示される選択肢には時間制限が設けられており、プレイヤーは制限時間内に行動を決断しなければなりません。 「説得する」「様子を見る」「犯人に逆らう」といった行動の選択を、のんびりと考えている余裕はなく、刻一刻と進むタイマーがプレイヤーを急き立てます。時間内に何も選ばずにいると自動的にタイムオーバーとなり、物語はその結果に応じた分岐を辿ります。 面白いのは、タイムオーバーが単なる「失敗」ではなく、あえて何もしないことによって状況が変化したり、新たな展開につながったりする点です。プレイヤーの直感や焦りがそのままゲームの分岐に反映されるため、画面の前のプレイヤー自身が事件の渦中に放り込まれているかのような没入感が生まれます。後年、別作品で用いられることになる「時間制限付き選択肢」の原型とも言えるシステムであり、当時としてはかなり斬新な試みでした。

成人向け表現とテーマ性(性的描写の詳細には踏み込まない範囲で)

『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』は、タイトルからも分かる通り、非常に過激な性描写と暴力表現を前面に押し出した18禁作品です。女子校という日常的な舞台が突如として占拠され、そこで権力や暴力が性的な支配と結びついていく――その構図自体が、本作のショッキングさと刺激を作り上げています。 ただし現在の感覚から見れば、「性暴力を伴う表現」をエンターテインメントとして扱っている点は、人によって強い不快感や拒否感を抱く部分でもあります。作品としては、日常生活が一瞬にして崩壊する恐怖や、人間が極限状態の中でどう行動し、どこまで倫理を保てるのかといったテーマも含んでいますが、その描き方はきわめてハードで、万人向けとは到底言えません。 したがって、本作を語る際には「成人向けの過激な表現を含むゲームである」という前提を明確にし、内容に触れるときも、あまり詳細な描写に踏み込まず、あくまでテーマや構造面を中心に捉えるのが妥当でしょう。ゲームとしては、閉ざされた学園空間での人間ドラマや、立場の弱い人間が暴力で支配される構図の中で、プレイヤーがどのような選択を下すかという心理的な追い詰め方に主眼が置かれています。

PC-9801/Windows版という二つの環境

発売当時、本作はPC-9801シリーズとWindows 3.1という、当時のPCユーザーにとってメインストリームであった二つの環境に対応していました。PC-98版は日本独自規格のPCとして多くのユーザーを抱えており、テキスト主体のADVや18禁ゲームが多数リリースされていたプラットフォームです。その一方でWindows環境向けのバージョンは、マウス操作を前提としたインターフェースや、当時としては扱いやすいウインドウ表示など、ユーザビリティ面での利点がありました。 後年、Windows 98やWindows 2000以降に対応したバージョンが登場したことで、PC-98実機を持たないユーザーでもプレイできる機会が生まれました。これにより、本作は単なる「PC-98時代の一過性の18禁ゲーム」にとどまらず、レトロゲームとして長期的に接点を持ち続けられるタイトルとなったわけです。

ビジュアル・音楽・演出面の特徴

原画を担当したすえひろがりは、成人向け漫画でも活動している作家であり、本作でもその濃厚なキャラクターデザインと独特のデフォルメが画面を彩っています。制服姿の女子生徒、教師、主人公や凶悪犯たちが、どこか現実味を保ちながらも、エロティックな方向へと誇張された線で描かれているのが特徴です。 BGMは、当時のPC-98らしいシンセサウンドやFM音源らしい音作りをベースに、シリアスな場面では不穏なフレーズ、日常パートでは落ち着いた旋律を使い分け、緊張感の起伏を演出しています。また、PILの作品群を扱ったサウンドコレクションCDなどで、本作関連の楽曲がアレンジ収録されるなど、音楽面も一定の評価を受けています。 演出面では、事件の経過や犯人の要求を、ニュース中継風のカットや、学校外に集まった報道陣の描写などを織り交ぜながら見せていくことで、「学校という公共空間」が一気にショーアップされた狂気の舞台へ変わっていく様子を強調しています。こうした「閉ざされた空間」と「外部のまなざし」を対比させる演出は、本作の不穏さを印象づける重要な要素になっています。

倫理的な受け止め方と現在プレイする際の注意点

本作は、発売当時から「過激で鬼畜系の問題作」として知られており、物語の根幹に性暴力があること自体が、大きな賛否の対象となってきました。当時は18禁PCゲーム市場が急速に拡大し、過激さやショック度の高さで注目を集める作品も多かった時代背景がありますが、現代の感覚で見れば「フィクションとはいえ、どこまで描写してよいか」という問いを投げかける作品でもあります。 そのため、現在あらためて触れる場合には、「極めてハードな成人向け作品である」「性暴力や虐待を扱う描写が含まれる」といった内容を事前に理解し、自分がそれを受け止められるかどうかを考えることが重要です。「当時のPC-98文化の一面を知るための資料」として距離を置いて眺めるのか、「あくまでフィクションとして割り切ってプレイするのか」など、向き合い方を自分なりに決めておく必要があります。 同時に、本作のような作品が存在した事実は、90年代の日本PCゲーム文化の一断面でもあります。市場の競争が激化する中で、どのような方向へ過激化していったのか、また現在の規制や倫理観とはどう折り合いがついていったのかを考える上で、歴史的な資料としての意味合いも持っていると言えるでしょう。

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■ ゲームの魅力とは?

緊迫感を生み出すリアルタイム選択システムのスリル

『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』の魅力としてまず挙げられるのは、「選択肢に時間制限がある」というリアルタイムシミュレーション方式がもたらす強烈なスリルです。一般的なアドベンチャーゲームであれば、テキストを読み進めながら、プレイヤーはじっくりと選択肢を吟味し、最善だと思う行動を選ぶことができます。しかし本作では、画面上部やウインドウの隅にセットされたタイマーが容赦なくゼロへと近づいていき、プレイヤーに「早く決断しろ」と迫ってきます。選択肢を前にして迷っていると、秒数はどんどん減り、気づけばほとんど時間が残っていない……という状況が頻繁に発生し、プレイヤーは文字通り「追い詰められる」感覚を味わうことになります。さらに、本作は単純に「時間切れ=バッドエンド」ではなく、何も選ばずにタイムオーバーを迎えることで、かえって新しいイベントが発生したり、思いもよらない展開に分岐したりすることがあります。「積極的に介入するのか、それともあえて何もしないのか」という二択が、常にプレイヤーの頭の片隅に張り付いて離れず、一つひとつの行動に重みを与えています。選んだ結果がどのような影響を与えるのかが分からないまま制限時間が迫っていくため、物語に対する没入感と緊迫感が他作品とは比べものにならないほど高いのが、このシステム最大の魅力です。

「占拠された女子校」という閉鎖空間が生むドラマ性

ゲームの舞台は「ごく普通の女子高」であり、教師と生徒が日常を過ごす場でした。それが凶悪犯によって一夜にして占拠され、校舎全体が人質事件の舞台へと変貌していきます。この「日常が一瞬にして非日常へ転落する」構図こそ、本作が持つドラマ性の核となっています。普段は授業や部活動が行われる教室、整然と机が並んだ職員室、何気なく通り過ぎていた廊下――それらがすべて「危険と隣り合わせの空間」として再定義され、プレイヤーの目には違った意味合いを帯びて映るようになります。しかも、舞台が学校という公共性の高い場所であるため、事件の状況はメディアを通じて外部へも伝わり、報道陣や警察の動きといった要素も絡み合います。ゲーム内のキャラクターたちにとっては逃げ場のない閉鎖空間でありながら、その出来事は社会全体の視線にも晒されている――この「閉鎖」と「公開」が同居した設定が、不安と緊張を一層増幅させています。プレイヤーは、平穏だった学校生活が音を立てて崩れていくなかで、誰を優先し、どこで妥協し、何を守るのかという難しい判断を迫られ続けることになり、その積み重ねが物語への感情移入を深めていきます。

キャラクター描写と人間関係の葛藤

過激な題材の作品でありながら、プレイヤーを引きつけるポイントの一つは「キャラクター同士の人間関係の描き方」です。主人公は教育実習生であり、学生ではないが教師とも微妙に立場が違う「境界線上の存在」です。彼には義理の妹が同じ学校に在籍しているため、単なる「通りすがりの教育実習生」ではなく、事件に対して強い個人的な利害関係を持つ立場でもあります。一方で、生徒たちや教師たちは、普段は教師と生徒、先輩と後輩という関係で棲み分けていたにもかかわらず、人質事件という極限状況に追い込まれることで、本音や本性が露わになっていきます。普段は明るいクラスのムードメーカーだった子が、恐怖の前では何もできなくなったり、逆に目立たなかった人物が思い切った行動に出たりと、危機的状況が各キャラクターの意外な側面を浮かび上がらせます。主人公と義妹の関係も、兄妹としての情と、教育実習生と生徒としての距離感の間で揺れ動き、プレイヤーは「家族として守りたい」という感情と「他の生徒を見捨てていいのか」という葛藤の板挟みになります。このように、単なる記号的なキャラクター配役に留まらず、それぞれの立場と心情を通して事件を描くことで、プレイヤーは「どのキャラクターをどう救うか」という選択に感情を乗せやすくなっており、それが作品の大きな魅力となっています。なお、本作は成人向けで性暴力を扱う描写を含んでいますが、そうしたシーンの詳細な内容ではなく、「危機状況に置かれた人間の心理や関係性」が物語としての見どころであると捉えると、ドラマ部分の評価がしやすいでしょう。

演出・ビジュアルが生むインパクトと世界観

原画を担当したすえひろがりの絵柄は、当時の成人向けPCゲームの中でも強い存在感を放っていました。校内の情景や制服姿のキャラクターたちは、一見するとどこかの少年誌や青年誌に載っていそうなほど整ったスタイルで描かれており、その「一歩間違えば普通の学園ものに見える」ビジュアルが、非日常的な事件の残酷さや異様さを強調する役割を果たしています。画面構成も、ただキャラクターを立ち絵として並べるだけでなく、事件の進行に応じてカメラアングルを変えたり、背景を暗転させたりすることで、登場人物たちの心理状態や、場面の空気感を演出しています。特に印象的なのは、事件がメディアの注目を浴びる段階でのカットイン演出で、報道陣や機動隊の姿、学校の外で騒然とする人々の様子が描かれることで、「学校内の出来事」が社会的事件として膨れ上がっていることを視覚的に示します。BGMも場面ごとにメリハリをつけており、静かで日常的な雰囲気から一転、事件が動き出す瞬間には緊張感のあるフレーズが流れ始めます。音量やテンポの変化がゲーム内の時間経過とリンクすることで、ただテキストを読んでいるだけなのに、ドラマを観ているような感覚に浸れるのも、本作の魅力です。

マルチルート構造がもたらすリプレイ性

リアルタイム選択システムは、一度のプレイで全ルートを網羅することをほぼ不可能にしており、それが結果として「何度も遊び直したくなる」リプレイ性につながっています。タイマーに追い立てられる中で選んだ行動は、プレイヤーによって大きく異なります。「とっさに安全そうな選択肢を選ぶ人」「リスクを承知で犯人に食ってかかる人」「あえて何も選ばない人」など、プレイスタイルによって物語の展開や、救えるキャラクター数、エンディングの内容が変化していきます。一度クリアした後に「もしあのとき別の選択をしていたらどうなっていたのか」「時間切れを選んでいたら別の展開があったのではないか」と気になり、再プレイを決意するプレイヤーは少なくありません。しかも、分岐のタイミングが一か所に集中しているのではなく、事件の序盤・中盤・終盤と複数に散りばめられているため、プレイヤーは周回を重ねながら少しずつ新しいシーンを発見していくことになります。「あのキャラクターを今度こそ助けたい」「別視点のイベントを回収したい」という動機が自然と生まれ、単にCGコンプリートやエンディングコンプを目指すだけでなく、事件全体の構造を解き明かしていくパズル的な楽しさも味わえます。

刺激だけでなく「90年代PCゲーム史の一コマ」としての価値

本作は、極めて過激な題材を扱った18禁ゲームであり、その刺激の強さがしばしば注目されます。しかし、別の角度から見れば「90年代半ばのPC-98/Windows向け成人ゲームがどのような方向に進化していたか」を示す象徴的なタイトルの一つでもあります。テキスト主体のノベル型ADVから、インタラクティブ性を高めたシミュレーション要素付きのゲームへ移行する過程で、「時間制限付き選択肢」という仕組みを導入し、プレイヤーの心理状態をゲーム性の一部として組み込んだ点は、その後の作品にも影響を与えた要素と言えるでしょう。また、閉鎖空間サスペンスや人質事件ものといったジャンルとの掛け合わせにより、単なる恋愛ゲームとも、純粋なホラーゲームとも違う独特のポジションを確立しています。現在の視点から振り返ると、作品に含まれる表現については倫理的な再検討が必要である一方で、ゲームシステムや演出面での挑戦的な試みが「過渡期ならではの実験作」として評価される部分もあります。そうした意味で、『学園ソドム』は単なるショッキングな成人向けゲームではなく、「あの時代にPCゲームがどのような方向性を模索していたか」を知るための一資料としても価値を持っていると言えるでしょう。

プレイヤーに残る「圧」の強さ

最後に、本作の魅力を一言で表すなら、「プレイ後に残る圧の強さ」です。物語の内容や表現のハードさゆえに、軽い気持ちで薦められる作品ではありませんが、一度プレイした人の記憶には、間違いなく強烈な印象を刻み込みます。時間制限付きの選択肢に追い立てられ、閉鎖された学園で繰り広げられる人間ドラマを目の当たりにすると、エンディングを迎えた後も、ふとした瞬間に「あの時の選択は正しかったのか」「別の道はあり得たのか」と振り返ってしまうことがあります。この「忘れ難さ」は、作品にとって大きな武器です。倫理的な議論の余地を含みつつも、「フィクションとして極限状況を追体験させる」という意味では、強い個性と存在感を持つタイトルであり、そこにこそ『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』という作品ならではの魅力があると言えるでしょう。

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■ ゲームの攻略など

まず押さえておきたい基本的な進行の考え方

『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』を攻略するうえで最初に意識したいのは、「物語の目的」と「プレイヤーの目的」が必ずしも一致しない、という点です。物語世界における主人公は、教育実習生として生徒たちを守り、事件の収束を目指して行動しますが、プレイヤー側は「どのエンディングを見るか」「どのルートをたどるか」「どのイベントを回収するか」といったゲーム的な目標を同時に抱えることになります。この二つを頭の中で整理しないままプレイすると、感情的に正しい選択と、フラグ管理上有利な選択のズレに戸惑ってしまいがちです。そこで攻略の第一歩として、「初回プレイでは感情優先で進めて全体の流れを把握する」「二周目以降でフラグ管理を意識してエンディングやイベントの回収率を上げていく」という段階的な方針を取るのがおすすめです。特に本作はリアルタイム選択システムによって、初回から細かい条件を意識しようとすると、制限時間との戦いで疲れ切ってしまうことがあります。まずは大まかな事件の流れを体感し、「どの場面でどんな選択肢が出るのか」「その結果どういう方向に物語が進むのか」をざっくり把握し、そのうえで二周目以降に細かい攻略を詰めていくと、ストレスが少なく遊べます。

時間制限付き選択肢への向き合い方とコツ

本作の肝であるリアルタイム選択は、慣れないうちはとにかく焦りを生みます。タイマーに追い立てられることで、冷静な判断がしにくくなり、「自分が本当に選びたかったもの」と違う選択肢を押してしまうことも。攻略の観点から言えば、ここで重要なのは「タイマーが動き始める前に、最低限の情報を頭に入れておく」ことです。具体的には、テキストの表示速度を自分に合った速度に調整し、重要そうなシーンではこまめにセーブを挟みましょう。テキストを読み終えて状況を理解してから選択肢が表示される場合と、テキストを読みながらタイマーが進む場合とがあるため、どのタイミングで焦らされるのかを体で覚えてしまうのが有効です。また、「直感で選ぶルート」と「安全策に徹するルート」を意識的に使い分けることもポイントです。たとえば、一周目はあまり深く考えず、自分の感情や倫理観に従って選択を行い、二周目では「なるべくリスクを避けて被害を少なくする」という方針で選ぶ、といった具合にスタイルを変えると、同じ場面でも別の視点から楽しめます。どうしても時間が足りないと感じるシーンでは、一度タイムオーバーになってしまい、その結果がどう分岐するのかを確認したうえで改めて挑戦する、という割り切り方も有効です。「時間切れ」を一度イベントとして受け入れ、その先を見てから巻き戻すことで、次回は落ち着いて選択できるようになります。

分岐ルートとエンディング回収の進め方

本作には複数のエンディングが用意されており、誰を守れたか、事件をどのように収束させたかによって結末が変化します。攻略の観点では、「どのキャラクターにどれだけ肩入れするか」が分岐の大きな軸です。義妹の安全を最優先に行動すれば、彼女に関わるイベントが多く開く一方で、他の生徒や教師を救うチャンスを逃すこともありますし、逆にクラス全体を守るために奔走すれば、特定キャラのイベントが薄くなる代わりに、学校全体の被害を抑える方向のルートへ進む可能性が高くなります。これらを一周で完璧にこなそうとするのは難しいため、「この周回は義妹中心」「次の周回は別の生徒に注目」といった形で、周回ごとにメインターゲットを決めてしまうのが効率的です。また、ルート分岐は終盤だけでなく、中盤の判断が後々の展開に大きく響くことも多いため、「事件の初動」での選択肢には特に注意を払いましょう。犯人と直接対峙する場面でどう振る舞うか、警察との連携をどう考えるか、といったポイントが、後半の展開やエンディング分岐条件に深く関わることがあります。フラグ管理の細かい条件まですべて覚える必要はありませんが、「この場面は重要そうだからセーブを分けておく」といった勘所をつかんでおくだけでも、エンディング回収の効率は大きく上がります。

セーブデータの活用と「安全地帯」の作り方

リアルタイム選択式のゲームでは、セーブデータの扱い方が攻略の快適さを左右します。本作でも、セーブポイントをうまく設定しておくことで、同じテキストを何度も読み直す手間を減らし、分岐の検証をスムーズに行うことができます。おすすめは、「章が切り替わった直後」「事件の局面が大きく変わる直前」「明らかに重要そうな選択肢の前」の三種類のタイミングで、セーブスロットを分けて確保する方法です。たとえば、「序盤共通部」「中盤分岐前」「終盤直前」というように、ざっくりと三段階に分けておくと、特定のエンディングを狙いたいときにも、その段階まで一気に戻ってやり直せます。また、リアルタイムで焦っている最中にセーブしようとすると、誤って上書きしてしまう危険もあるため、「複数のスロットをローテーションしながら使う」ことも大事です。攻略に慣れてきたら、「このデータは義妹重視ルート用」「このデータは他の生徒救出用」といったふうに役割を決めておくと、どのセーブから再開すべきか迷いにくくなります。いわば、自分だけの「安全地帯」をいくつか用意しておき、そこから枝分かれするルートを試していくイメージで進めると、本作特有の分岐構造に振り回されずに楽しめるでしょう。

難易度の体感と、初心者向けのプレイスタイル

難易度については、プレイヤーの反応が分かれやすい作品です。選択肢そのものはそこまで複雑ではないものの、タイムリミットによるプレッシャーや、性的・暴力的な内容を含むシビアな展開が続くため、精神的な負荷を高く感じる人も少なくありません。ゲームとしての難しさだけを切り取れば、「何度かやり直しながら全ルートを見ることは十分可能」というレベルですが、内容の重さが加わることで、連続プレイがしんどくなってくる場面も出てきます。そこで、初心者におすすめしたいのは「一気に最後までクリアしようとしない」ことです。事件の展開が大きく動いたところで一旦セーブし、気持ちを切り替えるために別のゲームを挟んだり、しばらく時間を置いてから続きに戻ったりする、という遊び方を意識すると、心身ともにバランスを保ちやすくなります。また、初回は「完璧な結末」を目指さず、自分の感覚に素直に選びながら進め、たとえ後味の悪いエンディングにたどり着いたとしても、それを「この作品が提示した一つの結末」として受け止めてしまうのも一つの手です。そのうえで、二周目以降に攻略サイトやレビューを参考にしながら取りこぼしたルートを回収していけば、「遊びやすさ」と「達成感」を両立させやすくなります。

イベント回収と周回プレイの楽しみ方

本作には、多数のイベントシーンが存在し、その多くは特定の条件を満たした場合にのみ発生します。事件発生前の何気ないやりとりや、教室の空気感を描写したシーンもあれば、事件中にキャラクターの心情が揺れ動く重要なシーンもあり、これらをどれだけ回収できるかが、プレイ体験の厚みを左右します。周回プレイを前提とした攻略では、まず「自分が特に気になるキャラクター」を一人か二人選び、その人物に関わるイベントを優先的に追いかけると良いでしょう。特定の選択肢を重ねることで、彼女たちの過去や家族関係、主人公への感情が断片的に明かされるような場面もあり、それらをひとつひとつ拾っていくことで、単にショッキングな事件を追体験するだけのゲームではなく、「極限状況に置かれた人間同士のドラマ」をより深く味わえるようになります。すべてのイベントを一周で見ようとすると、どうしてもフラグが食い合ってしまう場面が出てくるため、「この周回はAルート重視、次はBルート重視」と割り切って進めることが大切です。また、イベント回収を進めるにつれて、「このキャラを救うには別のキャラのイベントを犠牲にしなければならない」といった構図が見えてくることもあり、そのジレンマ自体も本作の醍醐味の一つと言えるでしょう。

裏技的な楽しみ方と、自分なりの遊び方の工夫

いわゆる「隠しコマンド」的なものだけが裏技ではなく、本作のシステムを逆手に取った自分なりの遊び方も、広い意味での裏技的プレイと言えます。たとえば、「あえて選択肢を選ばず、ほぼすべての場面でタイムオーバーを狙ってみる」という縛り方をすると、通常プレイでは見落としていた展開が見えてきたり、「何もしないこと」がいかに事態を悪化させるかを別の角度から理解できたりします。逆に、「絶対にタイムオーバーにはならない」「必ず最初に目に入った選択肢を選ぶ」といった、自分に課したルールでプレイすると、予期せぬ結末にたどり着いてしまうこともあり、その理不尽さを含めて楽しめるはずです。また、セーブデータを使って「事件の分岐直前に戻り、あらゆる選択肢を試してみる」という実験的な遊び方もおすすめです。フローチャートを紙やメモソフトに書き出しながら、「この選択がここにつながる」「この時点でこうしていれば別の未来があった」などと整理していくと、本作のシナリオ構造がパズルのように見えてきます。刺激的な題材の作品ではありますが、ゲームシステムの面から眺めれば、「リアルタイム分岐型ADVをどう遊びこなすか」という意味で、多くの工夫の余地があるタイトルでもあるのです。

攻略を通して見えてくる作品全体の印象

何度か周回し、さまざまな分岐やエンディングを見ていくと、『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』という作品の印象は、単なるショッキングな問題作から、良くも悪くも「極端な状況に人間を放り込んだサスペンスドラマ」へと変わっていきます。攻略の途中でプレイヤーは何度も、「あのとき別の行動をとっていれば」「この選択は本当に正しかったのか」と自問自答させられることになり、その問いはゲームクリア後もどこか心の片隅に残り続けます。攻略の難しさやシビアな内容に疲れたら、無理に全ルートを一気に埋めようとせず、自分が納得できるラインを見つけて区切りをつけることも大切です。そのうえで、「あの事件を別の角度から見てみたい」と思えたときに再びディスク(あるいはインストールデータ)を引っ張り出し、違う選択肢に手を伸ばしてみる――そうした距離感で付き合えるなら、本作は長い時間をかけて少しずつ味わうに値する一本になるでしょう。

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■ 感想や評判

発売当時のプレイヤーが受けた「とにかくヤバいゲーム」という印象

『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』の評判を語るとき、まず最初に出てくるのは「内容があまりにも過激でショッキングだった」という記憶です。PC-98全盛期の18禁ゲームに触れていたユーザーの間でも、本作はその中でも一段階ギアが違う、と受け取られることが多く、当時のプレイヤーの回想には「ゲームとしては人気があったが、物語の内容があまりに非道で、胃が痛くなるレベルだった」といったニュアンスの声が見られます。 いわゆる「鬼畜系」「陵辱系」という言葉がそのまま当てはまるタイトルであり、パッケージや雑誌広告からもその方向性は匂わされていましたが、実際にプレイしてみると、テキストとビジュアルの両面から押し寄せる圧力が想像以上だった、という評価が少なくありません。 その一方で、「あの頃、寮の先輩から借りてこっそり遊んだ」「DOS環境を整えてまで動かしてみた」と、懐かしむ声も多く、強烈な内容ゆえに賛否を超えて記憶に残り続けている作品だということも伝わってきます。

倫理的な嫌悪感と好奇心が同居する「問題作」としての評価

本作のストーリーは、女子校占拠事件という極端な状況を土台としており、性暴力を含む重いテーマが連続して描かれます。そのため、プレイヤーの感想には、内容そのものに対する強い拒否感や、登場人物が置かれる状況に対する怒り・嫌悪がしばしば表明されています。「ゲームとして話題性はあるが、人に気軽に勧められる代物ではない」「途中でつらくなってプレイをやめてしまった」といった感情の吐露も見受けられ、純粋な娯楽として楽しむにはハードルが高い作品であることは間違いありません。 しかし同時に、「どこまで表現していいのか」「フィクションの中で暴力をどう扱うか」という問題を、嫌でも考えさせられる作品でもあります。現在から振り返ると、そこまで過激な題材を商業ゲームとして打ち出していたこと自体が、90年代半ばという時代の空気を象徴していると見る向きもあり、良くも悪くも「議論の対象になり続ける作品」であることが、本作の特異な評価につながっています。

ゲーム性・システム面は意外と高く評価されがち

物語の内容ばかりが注目されがちな『学園ソドム』ですが、プレイヤーの感想を拾っていくと、リアルタイム選択式のシステムや、分岐の構成そのものには好意的な評価も多く見られます。 タイムリミット付きの選択肢は、プレイヤーに常に緊張を強いる仕組みであり、「のんびり選べない」「ミスをしてしまう」というストレスと同時に、「その焦り自体が事件の緊迫感を再現している」という評価も受けています。制限時間に追われながら直感的に選択を迫られることで、プレイヤー自身が物語の登場人物と同じように追い詰められていく感覚が生まれ、その没入感を評価する声も少なくありません。 また、「時間切れ」という一見ネガティブな結果を、あえて物語の分岐要素として活用している点もユニークで、「何もしなかったら何が起こるか」を検証するプレイスタイル自体を楽しんだユーザーもいます。そうした意味で、本作は「題材は極端だが、ADVの進行システムとしては興味深い試みが多い作品」として、ゲームデザイン面を評価する意見も存在します。

書籍やメディアで語られる際の扱われ方

後年になると、エロゲーの歴史や周辺文化を振り返る書籍・ムックの中で、『学園ソドム』はたびたび名前が挙がるようになります。18禁PCゲームの歴史を俯瞰する系統の本では、「過激路線の象徴的な一本」「鬼畜系のインパクトを世に知らしめたタイトルの一つ」といった文脈で紹介されることが多く、作品単体の評価だけでなく、「ジャンル全体の流れを語るうえで外せない存在」として位置づけられていることが分かります。 また、クソゲー寄りの文脈で語られることもあり、「ゲームとしての出来・売れ行き・人気」と「題材のあまりの極端さ」や「今では到底通用しない倫理観」とのギャップが、半ばネタとして取り上げられることも少なくありません。ここでもやはり、単なる「忘れられたマイナー作」ではなく、「名前を出すだけで空気が一段ギスッとする」ようなインパクトの強さこそが、本作の知名度を支えているといえます。

プレイヤー個人の思い出としての『学園ソドム』

個人ブログやSNS、創作サイトなどを覗いてみると、「大学時代や学生のころにPC-98で遊んだタイトルの一つ」として、『同級生』や『下級生』『偽典女神転生』といった名作と並べて挙げる人もいます。 そこで語られているのは、必ずしも作品内容そのものへの賛美ではなく、「当時のPC環境を整えて遊んだこと自体の思い出」であったり、「寮や部室でこそこそ盛り上がった青春の一コマ」であったりします。DOSやWindows 3.1の設定に悩みつつ、先輩からゲームディスクを借りてきてインストールし、FM音源やMIDI音源を鳴らしながら夜更かしした――そうした体験の一部として、『学園ソドム』の名前が出てくるわけです。 このように、「作品の内容そのものを純粋に褒める」というより、「あの時代の空気とセットで記憶している」というニュアンスが強いのが、本作に対するプレイヤーの生の声の特徴でもあります。

現代の視点から見た再評価と距離の取り方

現在の倫理観やコンプライアンスの感覚から見ると、『学園ソドム』のようなタイトルは、間違いなく「扱いが難しい作品」の範疇に入ります。性暴力を含む表現や、弱い立場にある人物への苛烈な扱いがフィクションとして描かれている以上、「娯楽として楽しめない」「不快感が先立つ」という受け止め方も当然のものです。 一方で、90年代のPCゲーム文化や、当時の成年向けコンテンツのあり方を歴史的に振り返る際には、「こうした作品が実際に出ていた」「これが話題を呼び、物議も醸した」という事実を無視することはできません。その意味で、本作は「今そのままの形で推奨することは難しいが、あの時代の一断面を理解するための資料として登場してくるタイトル」という、複雑なポジションに置かれています。 現代のプレイヤーが本作に触れるとしたら、「強烈な内容であることを十分理解したうえで、ゲーム史の一ページとして冷静な距離を保ちつつ眺める」というスタンスが現実的でしょう。内容に不快感を覚えるようであれば無理にプレイを続ける必要はなく、むしろ「こうした表現が商業作品として成立していた時代があった」という事実を知るだけでも、十分な意味を持つと言えます。

総評としての「忘れたくても忘れられない一本」

総じて『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』は、「好きか嫌いか」で言えばはっきり好みが分かれるどころか、多くの人にとっては「内容的に受け入れがたい」側に振り切れている作品です。それでもなお、人々の記憶に長く残り、書籍やネット記事で何度も名前が挙がるのは、作品が持つインパクトの強さゆえでしょう。 ゲームシステムや演出、キャラクターの描写には、当時としては意欲的な試みも多く、純粋なゲームデザインの観点から見ても検討に値する部分があります。しかしそれ以上に、題材の重さと過激さが、プレイヤーや批評家に「これは何だったのか」「なぜこんなものが生まれたのか」と問いかけ続けている――その問いそのものが、本作にまつわる感想・評判の核となっているように思われます。 「二度とやりたくないけれど、存在を忘れることもできない」。そんな矛盾した印象を抱かせるところにこそ、この作品ならではの評価と感想が集約されているといえるでしょう。

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■ 良かったところ

物語とゲームシステムが噛み合った緊張感の演出

本作の良かった点としてまず挙げられるのは、「女子校占拠事件」というシナリオと、リアルタイムで選択を迫られるゲームシステムがうまくかみ合っているところです。人質事件のような危機的状況を題材にする以上、登場人物たちがじっくり会議を開いているようでは雰囲気が出ません。現場では一瞬の判断ミスが命取りになり得る、という緊張感を、プレイヤー自身にも体感させるための仕掛けとして時間制限付きの選択肢が機能しており、そこは多くのプレイヤーが「よくできている」と感じる部分でしょう。時間切れが即ゲームオーバーではなく、あえて何も選ばないことで別の展開に分岐する場合もあるため、「焦らされるストレス」と「選択肢の幅広さ」のバランスが独特です。選択肢を選ぶだけのADVに比べて、画面の前の自分の緊張や迷いがそのまま物語に反映されていく感覚があり、「事件の中に放り込まれている」という没入感が高い点は、本作ならではの強みと言えます。

閉鎖空間サスペンスとしての完成度

学校という閉ざされた空間に凶悪犯が侵入し、外では警察や報道陣が騒然としている――この構図自体が持つサスペンスとしての強さも、良かった点のひとつです。生徒たちや教師が逃げ場を失い、普段は日常の象徴である教室や廊下が、一瞬にして恐怖の舞台へと変貌していく。その過程を、テキストとビジュアルを通してじわじわ見せていく演出は非常に印象的です。平和だった学園生活がどのように壊れていくのか、外部の対応は間に合うのか、主人公はどこまで状況をコントロールできるのかといったポイントが、シーンごとに丁寧に描かれており、事件の全体像を「一本のドラマ」として捉えられる構成になっています。極端に過激な題材でありながら、閉鎖空間サスペンスとしての基本的な起承転結がしっかりしていることが、「怖いテーマだけれど先が気になってしまう」という感想につながっています。

キャラクターの立場と心情の描写

もう一つの良い点は、キャラクターたちの立場や心情がきちんと描かれていることです。主人公は教育実習生という「教師と生徒の中間」の立場にあり、義妹を通じてこの学校と強い縁を持っています。そのため、事件に巻き込まれたときの葛藤には、単なる義務感以上のものが生まれます。一方、生徒たちや教師は、普段の学校生活では見えてこなかった一面を次々と露呈します。明るく振る舞っていた生徒が恐怖で思考停止したり、普段はおとなしい人物が身を挺して周囲を守ろうとしたりと、危機的状況だからこそ出てくる行動が描かれ、プレイヤーは単なる「被害者の群れ」としてではなく、一人ひとりの人間として彼女たちを意識することになります。キャラクター同士の関係性が随所で掘り下げられているため、それぞれの運命が分岐する場面では自然と感情が揺さぶられ、「誰かを優先する選択」が辛く感じられるほどです。この「どのキャラクターも簡単には切り捨てられない」と感じさせる描写は、極端なテーマを扱う作品の中では大きな長所と言えるでしょう。

原画・ビジュアルが作り出す独特の雰囲気

原画を担当したすえひろがりの絵柄も、多くのプレイヤーにとって印象深いポイントです。制服や校舎の描写には、当時の学園作品らしい親しみやすさと、成人向け作品ならではの誇張表現が同居しており、日常と非日常の境目が曖昧になっていく雰囲気をうまく支えています。キャラクターたちは単に記号的な美少女ではなく、若干荒々しさを残した線や表情の描き方によって、「生身の人間らしさ」を感じさせるデザインになっており、その分、事件の衝撃が重く響きます。また、背景やカットインの入り方など画面構成も工夫されており、教室の静けさ、廊下に漂う緊張感、外で待機する警察や報道陣のざわめきといった空気感を、1枚絵の印象で伝える力を持っています。後年の作品と比べれば解像度や色数こそ限られていますが、その制約の中で印象的なシーンを作り出している点は、当時のPCゲームならではの「想像力を刺激するビジュアル」として評価できる部分です。

分岐構造とエンディングのバリエーション

良かったところとして語られることの多い要素に、「分岐やエンディングのバリエーション」があります。誰を守り、誰を救えなかったか、どのタイミングでどの行動を選んだかといった要素によって、物語の結末は大きく変化します。悲劇的な結末もあれば、被害を最小限に抑えた形で終わる展開もあり、その過程で見られるイベントやキャラクターの反応も変わっていきます。プレイヤーは、一周クリアして終わりではなく、「別の選択をしたらどうなっていたのか」を確かめるために、何度も周回を重ねることになります。タイムリミット付きの選択肢によって、一回のプレイ中にすべての分岐を検証するのは難しいため、「今度はあの場面で別の手を試してみよう」と自然にリプレイ意欲が湧いてくる設計です。事件全体のフローチャートを自分なりに整理していくと、「この選択があのキャラクターの生死に関わっていたのか」といった発見もあり、シナリオ構造を読み解いていく楽しさがあります。この「遊び込めば遊び込むほど見える景色が増えていく」構造は、当時のADVとしてはかなり野心的で、その意欲は素直に評価できます。

システム面・UI面の遊びやすさ(当時の基準で見て)

PC-9801/初期Windows時代のゲームとして見れば、本作の操作系やUIは比較的遊びやすく整理されています。マウスを中心にしたインターフェースで、テキスト送りや選択肢の決定など基本操作が直感的に行えるようになっており、余計なコマンド入力や複雑なメニュー操作に煩わされることはあまりありません。テキストの表示も読みやすさを意識したレイアウトになっており、事件の緊迫した流れを途切れさせないように画面遷移もテンポ良く進みます。現代の視点から見れば当然と思える部分かもしれませんが、キーボード主体のADVが多かった時代に「タイムリミット付きの選択肢+マウス操作」を組み合わせてスムーズに遊べるようにしていた点は、ユーザビリティへの配慮として評価できるところです。当時のマシンパワーを前提にしながらも、ロード時間や画面切り替えのストレスが比較的少なく、物語の流れに没頭できるよう整えられていた点は、プレイヤーにとっての「良さ」として挙げられます。

90年代PCゲーム史の中での存在感

作品そのものの内容とは別に、「90年代のPCゲーム史を振り返ったときに、はっきりと名前が挙がる存在である」という点も、多くのレトロPCファンにとっては良かったところとして感じられている部分です。恋愛寄りの18禁ゲームが主流となっていく流れの中で、本作のように極端にダークで過激な作品が存在していた事実は、当時の市場が持っていた多様性や混沌さを象徴しています。ジャンルやテーマの選択にタブーが少なかったからこそ、こうしたタイトルも商業作品として成立しており、そのこと自体が後世から見れば貴重な「時代の痕跡」となっています。好き嫌いは別として、「こういう作品もあったからこそ、現在の表現規制や倫理意識の議論が進んだ」という見方もでき、歴史的な観点で見ると、一つのマイルストーンのような役割を果たしているのです。「あの時代を語るうえで外せない一本」として覚えられていること自体が、本作にとってのポジティブな評価の一面と言えるでしょう。

強烈さゆえに記憶に残るインパクト

最後に挙げておきたいのは、「忘れたくても忘れられない」という意味でのインパクトの強さです。単に面白いゲームは時間が経つと記憶がぼやけてしまうことも多いのですが、本作は良くも悪くもあまりに刺激が強く、プレイした人の心に強烈な痕跡を残します。プレイヤーの感想としても、「もう二度とやりたくないけれど、あのタイトルだけははっきり覚えている」といったニュアンスのものが目立ち、いかに作品が強い印象を与えたかがうかがえます。これは、ゲームとしての快適さや物語の整合性とは別の次元で、「体験としての重さ」を提供できているという意味でもあります。もちろん、その重さをどう受け止めるかはプレイヤーそれぞれですが、「一度触れると、その存在を忘れさせないだけの力がある」という点は、数多の作品が埋もれていく中で生き残っている本作の大きな特徴であり、ある種の「良かったところ」と言ってよいでしょう。

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■ 悪かったところ

題材のあまりの過激さによる強い拒否感

本作に対する不満点として真っ先に挙がるのは、やはり題材そのものの過激さです。女子校占拠事件を舞台に、性暴力や虐待を含む描写が物語の中心に据えられているため、人によっては序盤から強い拒否感を覚えてしまい、最後までプレイする前に離脱してしまうことも少なくありません。極限状況を描くサスペンスとしての面白さや、閉鎖空間のドラマ性といった魅力があるのは確かですが、それらを支える土台があまりにもハードな内容であるため、「ゲームとしての出来」を冷静に評価できる段階に至る前に心が折れてしまうプレイヤーも多いでしょう。フィクションであっても性暴力を軽々しく消費したくないという感覚があるなら、本作はどうしても相性が悪くなりますし、「物語を楽しみたいが内容がきつすぎる」というジレンマを抱えたままプレイを続けることになる点は大きなマイナス要素です。

残酷描写の連続による精神的な疲労感

物語の性質上、プレイを重ねるほど辛い場面に何度も遭遇することになり、精神的な疲労感が非常に大きくなります。事件の発端から終幕まで、プレイヤーはほとんど途切れることなく緊張状態にさらされ続け、救いのあるシーンや安心して見ていられる日常パートはごくわずかです。感情移入しやすいプレイヤーほど、キャラクターたちが追い詰められ、痛めつけられていく描写を目にするたびにダメージを受け、ゲームであることを理解していても「ここまで見続ける必要があるのか」と自問してしまいます。結果として、一度のプレイ時間は自然と短くなり、こまめに休憩を挟まないと続けられないタイトルになってしまっている点は、「手軽に遊べるゲーム」という意味では明らかにマイナスです。作品が意図的にプレイヤーを追い詰めているという見方もできますが、「疲れる前にやめてしまったので、面白さを感じる余裕がなかった」という感想につながりやすいのも事実です。

リアルタイム選択が「理不尽さ」に感じられる場面

リアルタイムで選択肢を選ばせるシステムは、本作の大きな売りである一方で、ストレス要因にもなっています。制限時間内に決断を迫られること自体は演出として理解できるものの、テキスト量が多い場面や、状況把握に時間がかかる場面でも容赦なくタイマーが進むため、「しっかり読んでいたら時間切れになってしまった」という体験を繰り返すことになります。しかも、時間切れが時に重大な分岐やキャラクターの生死に関わってくるため、プレイヤーの中には「自分の判断ではなく、タイマーに振り回された結果で物語が決まってしまった」と感じる人もいるでしょう。慣れてくるとセーブ&ロードを駆使してある程度対処できるものの、初見プレイでは理不尽さが先に立ってしまう場面も多く、ゲームデザインとして「もう少し猶予が欲しかった」と思わせるところがあります。緊張感を演出するために導入された仕組みが、そのまま難易度や理不尽さとして重くのしかかってしまっている点は、惜しいところと言えます。

分岐条件の分かりにくさと作業感のある周回プレイ

マルチエンディング作品である以上、ある程度の試行錯誤や周回プレイは当然ですが、本作の場合「どの選択がどのフラグにつながっているのか」が把握しづらく、攻略情報なしで全ルートを埋めようとするとかなりの根気が必要になります。特定のキャラクターを救いたい、あるイベントを見たいと思っていても、その条件が「序盤の何気ないやり取り」や「時間切れをあえて選ぶ選択」に隠れていて、プレイヤー自身の感覚だけではなかなか到達できないケースもあります。その結果、同じ箇所を何度もプレイし直したり、テキストをスキップして分岐検証をくり返したりと、「物語を味わう」というよりは「フラグの穴を潰していく作業」になってしまいがちです。ストーリーが重く、精神的に負担の大きい作品であるがゆえに、この作業感はなおさら堪えます。「周回前提の作りであるなら、もう少し分岐の見通しが良い設計でもよかったのではないか」と感じるプレイヤーも多いでしょう。

キャラクターの魅力が暴力的展開に埋もれてしまう

前章で挙げたように、キャラクターの立場や心情が丁寧に描かれていること自体は長所ですが、その良さが十分に活きる前に、過激な展開の奔流に飲み込まれてしまうという側面もあります。せっかく興味深い背景や性格を持った生徒や教師が登場しても、その多くが「事件の被害者」としての役割に収束してしまい、「もっと平穏な状況で彼女たちを見たかった」というもどかしさを抱くことになります。いわゆる「キャラゲー」としてキャラクターとの交流や成長を楽しみたいプレイヤーにとっては、彼女たちがひたすら苦境に追い詰められていく様子を見ることが中心になってしまうため、愛着を育てるよりも先に「つらい」という感情が積み重なってしまいます。キャラの魅力があるからこそ、その魅力を引き出せる舞台設定や、日常的なイベントももう少し欲しかった、という意味での物足りなさが「悪かったところ」として意識されやすいポイントです。

テーマの重さに対して救いが少ない構成

極限状況を描く作品だからこそ、どこかにカタルシスや救いが用意されているかどうかは、プレイ後の印象を大きく左右します。本作にも比較的マシな結末や、被害が抑えられたエンディングが存在するものの、全体としては「後味の重い結末」が多くを占めており、プレイヤーの努力が報われたと素直に感じられるルートは限られています。悲劇的な結末が悪いというわけではありませんが、ここまでハードな内容をプレイヤーに体験させたうえで、最後に残るのが虚しさや徒労感ばかりだと、「ここまで頑張ってプレイする必要があったのか」という疑問も生まれてきます。あえて救いを少なくすることで作品全体を「問題作」として印象付けたとも取れますが、プレイヤーの感情面から見ると、もう少し光が差し込むようなエンディングが多くてもよかったのではないか、という物足りなさは否めません。

万人に薦めにくい作品性ゆえの「語りづらさ」

ゲームとして特徴的なシステムや、サスペンスとしての緊張感など、評価すべき点がある一方で、「あまりにも内容が過激なため、人に薦めにくい」「語る場や相手を選ぶ」というやりにくさも、本作の欠点と言えます。レトロPCゲームが好きな友人に作品を紹介しようとしても、内容を説明する段階で躊躇せざるを得ず、「システムは面白いんだけど……」と前置きをした上で、慎重に言葉を選ぶ必要が出てきます。結果として、作品としての良し悪しを冷静に共有する機会が少なくなり、真面目な評価よりも「名前だけが独り歩きする」状態になりやすいのです。これは開発側が意図したかどうかは別として、プレイヤー同士のコミュニケーションという観点ではマイナスに働いており、「ゲームとして良かった部分も確かにあるのに、それをオープンに語りづらい」というジレンマが残ります。

現在の価値観とのギャップの大きさ

リリース当時と比べると、現在は暴力表現や性描写に対する社会的な感覚が大きく変化しています。その中で本作を改めて眺めると、「この題材をほぼそのままエンターテインメントとして出していた」という事実自体にショックを受ける人もいるでしょう。フィクションであることを踏まえても、「こうした表現をどう扱うべきか」という議論が避けられない作品であり、そこにしっかり向き合おうとすると、ただの娯楽ゲームとして割り切るのは難しくなります。歴史的な資料として価値を認める立場であっても、現在の感覚から見ると「これはさすがにやり過ぎだった」と感じる部分が多く、素直に「名作」と呼びづらいのも正直なところです。この「時代とのギャップの大きさ」こそが、本作を現代において遊ぶ際の最大のハードルであり、悪かった点として挙げざるを得ないところでしょう。

総合的に見た弱点と、向き合い方の難しさ

総合すると、『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』の悪かったところは、「題材と表現の極端さ」がもたらす諸々の問題に集約されます。ゲームシステムや演出、キャラクター描写などに光る部分があるにもかかわらず、それらがすべて「過激な内容の器」として扱われている印象が強く、作品全体のバランスとしては決して褒められたものではありません。プレイヤーにかかる精神的負荷も大きく、分岐条件の分かりにくさやリアルタイム選択のストレスが積み重なることで、「面白さ」と「しんどさ」の比率が、人によって大きく変動するタイトルでもあります。だからこそ、本作と向き合う際には、自分の中でどこまで受け止められるのか、どのようなスタンスでプレイするのかをあらかじめ決めておく必要があり、気軽に「おすすめ」と言える作品ではありません。こうした「向き合い方の難しさ」自体が、本作の抱える弱点であり、悪かったところとして認識されていると言えるでしょう。

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■ 好きなキャラクター

教育実習生としての主人公 ― 境界に立たされた視点キャラ

本作で多くのプレイヤーがまず印象に残すのは、やはり主人公である教育実習生です。見た目も性格も、いわゆる「突出したヒーロー」ではなく、どこにでもいそうな大学生として描かれているため、プレイヤーは彼を通して物語世界に入り込むことになります。教師でも生徒でもない「教育実習生」という立場は非常に絶妙で、責任を負うべき大人側に近いポジションでありながら、経験も権限も足りていない存在でもあります。 彼は義妹が通う学校で実習を行っているため、「職務上の義務」と「家族を守りたいという個人的感情」が常に衝突します。事件が発生したとき、プレイヤーは「実習生として冷静に立ち回るべきか」「兄として妹を最優先に守るべきか」という二重のプレッシャーを背負わされ、主人公の視点が単なる物語の案内役ではなく、感情移入の軸として強く機能します。この「未熟な大人」が理想と現実の狭間でもがく姿に共感し、好きなキャラクターとして挙げるプレイヤーは少なくありません。完璧超人ではなく、何度も迷い、失敗し、後悔しながらも、それでも状況を変えようと足掻く姿が、人間味のある主人公像として印象に残るのです。

義妹キャラクター ― 日常の象徴から「守るべき存在」へ

主人公の義妹もまた、多くのプレイヤーの心に残るキャラクターです。物語冒頭、彼女はいつものように兄を起こし、軽口をたたきながら登校する――そんな、ごく普通の日常風景の中にいます。この何気ない朝の描写があるからこそ、学校が占拠される事件との落差が非常に大きく感じられ、プレイヤーに強い衝撃を与えます。 義妹は、主人公にとって単なる生徒の一人ではありません。家族としての絆があり、一緒に生活する中で積み重ねてきた時間があります。そのため、彼女が危険な状況に晒されるたびに、プレイヤーは画面の向こうの出来事を「ゲームの中の事件」としてではなく、「守らなければならない大切な人の危機」として受け止めやすくなります。性格づけとしては、年相応の明るさや不安定さ、兄への甘えや反発などがバランスよく描かれており、「ただ可愛いだけの妹キャラ」ではなく、事件の中で揺れ動く一人の少女として見えてくる点が魅力です。 シナリオ分岐によって、彼女の運命は大きく変化します。その結果はプレイヤーの選択に強く依存するため、「このキャラクターを守るために周回する」という動機すら生まれます。日常の象徴であり、同時にプレイヤーの行動指針となる存在――その二面性こそが、義妹を「好きなキャラクター」として挙げる理由でしょう。

女性教師・担任たち ― 大人でありながら追い詰められる姿

本作には複数の教師が登場し、その中でも担任教師や若い女性教師は印象に残りやすいキャラクターです。彼女たちは立場上「生徒を守る責任」を負っていますが、事件が発生すると、教師である前に一人の人間として恐怖と向き合わざるを得なくなります。「強くあらねばならない大人」と「不安と恐怖に揺れる個人」の間で揺れ動く姿が描かれることで、プレイヤーは彼女たちにも自然と感情移入していきます。 ある教師は、生徒の前では毅然とした態度を崩さず、犯人との交渉役を買って出ることで、生徒たちを精神的に支えようとします。しかし、主人公との会話では弱気な本音をこぼしたり、自らの判断が正しいのかどうか迷ったりする場面もあり、そのギャップに人間味を感じるプレイヤーも多いでしょう。また、別の教師は普段は厳格で近寄りがたい雰囲気を漂わせているものの、事件の中で責任感と恐怖心がせめぎ合い、自分なりの答えを模索する姿が印象的に描かれます。 こうした「大人のキャラクター」が単なる背景ではなく、事件の行方に深く関わる登場人物として存在しているため、「頼りがいがあって好き」「弱さを見せながらも踏ん張っている姿に惹かれる」といった形で、好きなキャラクターに挙げるプレイヤーも少なくありません。

クラスメイトたち ― モブに留まらない「群像」の一員

クラスメイトとして登場する女子生徒たちは、一見するとよくある学園ものに出てくる「クラスの顔ぶれ」のように見えます。明るく元気なムードメーカー、控えめで物静かな子、主人公や義妹と特に仲の良い友人など、それぞれに分かりやすい性格づけがなされています。しかし事件が始まると、その「分かりやすさ」が一気に崩れ去り、各キャラクターが予想外の行動や反応を見せるようになります。 普段は積極的なタイプの生徒が恐怖で行動できなくなったり、逆に目立たない生徒が冷静に状況を分析し始めたり、友情関係が試される場面も多く、プレイヤーは「誰がどんな一面を持っていたのか」を少しずつ理解していきます。シナリオ分岐によっては、特定の生徒と接する機会が増え、その子の過去や家庭環境、主人公に対する感情などが断片的に明かされるケースもあり、単なる「その他大勢」ではなく、一人ひとりがドラマを背負った存在として浮かび上がってきます。 こうした群像的な描き方があるため、「この生徒の健気さが忘れられない」「事件前の何気ない会話シーンが、後から思い出すと胸に刺さる」といった形で、プレイヤーごとにお気に入りのクラスメイトが出てきます。誰が「正ヒロイン」という構造ではなく、プレイヤーの視点や選択次第で「好きなキャラクター」が変わっていくのも、本作の特徴です。

犯人たち ― 好き嫌いを超えて「忘れがたい悪役」として

本作の中で「好きなキャラクター」として犯人たちの名前を挙げるのは、表現として慎重さが必要です。彼らは物語の中で明確な加害者であり、決して肯定されるべき存在ではありません。しかし、フィクションにおける「悪役」として見たとき、プレイヤーの記憶に強く焼き付くキャラクターであることも事実です。 脱獄した死刑囚たちは、過去に重大な犯罪を重ねた人物として登場し、その動機も「最後の享楽」を求めての暴走という、非常に救いのないものです。彼らの言動は終始身勝手で暴力的ですが、その一方で、長い拘禁生活や死刑囚としての境遇が、ねじれた形で表面化しているような描写もあり、「人間がここまで歪む背景には何があったのか」と想像してしまうプレイヤーもいるでしょう。 もちろん、彼らの行為が許されるわけではなく、むしろ強い嫌悪感の対象であることに変わりはありません。それでも、「物語上の悪役として極端に描かれているからこそ、強烈に印象に残る」「存在が作品全体の空気を決定づけている」という意味で、“キャラクターとして忘れがたい”と感じる人は少なくありません。好意というより、「強烈な悪役として記憶に残っている」という特殊な意味で、「好きなキャラクター」として名前が挙がることのある存在と言えるでしょう。

サブキャラクターたちがもたらす「現実感」と厚み

警察関係者や報道陣、学校外の人物など、メインではないサブキャラクターたちも、本作の世界観に厚みを与えています。彼らは基本的にシナリオを支える脇役ですが、事件の扱われ方や社会の反応を示す役割を担っており、彼らの存在によって「教室の中だけの出来事」ではなく、「社会全体を揺るがす事件」であることが強調されます。 たとえば、交渉役の警察官は、犯人の要求と人質の安全の間で揺れ動き、慎重な対応を続けようとします。その姿勢に苛立ちを覚えるプレイヤーもいるかもしれませんが、「現実の事件だったらこうなるかもしれない」というリアリティも感じさせます。また、報道陣の描写は、視聴率や話題性を優先するメディアの在り方を暗に示しており、作品全体に「社会批評」のようなニュアンスをにじませています。 こうしたサブキャラクターたちは、個々の出番は決して長くないにもかかわらず、作品の印象に深く関わってきます。「この警察官の不器用な正義感が好きだ」「あのアナウンサーの冷静な語り口が妙に記憶に残っている」といった具合に、プレイヤーの心に小さな爪痕を残していくのです。

プレイヤーごとに異なる「好きなキャラクター」の構図

『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』は、決まった一人のヒロインを前面に押し出すタイプの作品ではないため、誰を「一番好き」と感じるかはプレイヤーによって大きく違います。義妹を最優先で守ろうとするプレイスタイルを取った人は、当然ながら彼女に対する思い入れが強くなりますし、教師や特定の生徒とのやり取りに強く心を動かされた人は、そのキャラクターを主役級の存在として記憶に刻むことになるでしょう。 また、「事件に直接関わるキャラクター」だけでなく、序盤の日常パートで印象的だった脇役や、短い出番ながら心に残るセリフを放った人物などが、個人的な“お気に入り”として挙げられることもあります。これは、本作が事件の前後を含めて「学園という一つの社会」を描いているからこそ生まれる現象であり、プレイヤーがどこに共感し、どこに感情を寄せるかによって、「好きなキャラクター」の形が変わっていくのです。

「好き」という感情の複雑さと、本作ならではの距離感

この作品における「好きなキャラクター」という概念は、明るく楽しい学園ものとはまったく異なる複雑さを帯びています。キャラクターに好感を持つほど、その人物が危険に晒されたときのショックは大きくなり、必ずしもハッピーな体験にはなりません。それでもなお、「このキャラクターがいたから最後までプレイできた」「彼女の存在がなければ途中で投げ出していたかもしれない」といった形で、特定の人物を挙げるプレイヤーが多くいます。 つまり、本作でキャラクターを「好きになる」ということは、そのキャラクターを通じて作品の重さと向き合う覚悟を持つことに近い行為と言えるのかもしれません。純粋な愛らしさや憧れだけではなく、「つらさ」「やるせなさ」「守りきれなかった悔しさ」といった感情までひっくるめて、そのキャラクターを忘れられなくなる――その意味で、『学園ソドム』における「好きなキャラクター」は、非常に苦く、重い響きを持っています。 それでも、プレイヤー一人ひとりの心の中には、必ず何人かの「忘れ難い人間」が残るはずです。その存在こそが、この作品ならではのキャラクター性の強さを示していると言えるでしょう。

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●対応パソコンによる違いなど

PC-9801版 ― 「元祖」としての位置づけと雰囲気

『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』に最初に触れたプレイヤーの多くは、やはりPC-9801版から入っています。当時の18禁ゲーム市場の中心がPC-98だったこともあり、本作も「PC-98らしいADV」のスタイルを色濃く受け継いだ作りです。画面構成は、上部にイベントCGや立ち絵が表示され、下部にテキストウインドウと選択肢が配置されるオーソドックスなレイアウト。解像度・色数はPC-98の制約に従ったものですが、その制約の中でコントラストの強い配色や陰影を工夫することで、学園占拠事件という重い題材に合った、ややくすんだ独特の雰囲気が生まれています。 サウンド面では、PC-98らしいFM音源の硬質なサウンドが耳に残ります。BGMの多くはシンセベースの不穏なフレーズや、緊張をあおるリズムで構成されており、FM音源特有の「カチッ」とした鳴り方が、事件の冷たさや機械的な暴力性を強調しています。環境によってはサウンドボードや外部MIDI音源を繋いで豪華な音にすることもでき、当時のユーザーは自分のPC環境に合わせてサウンドの鳴り方を楽しんでいました。 操作系は、キーボード中心でもプレイ可能ですが、マウス操作にも対応しており、クリックでテキスト送り・選択肢の決定が行えるため、ADVとしてはかなり快適な部類です。ただし、PC-98実機の性能に合わせて作られているため、現代的な意味での「ウィンドウモード」や「解像度の拡大縮小」といった機能は当然なく、あくまでフルスクリーンでじっくり腰を据えて遊ぶスタイルのゲームと言えるでしょう。「レトロPCで遊んでいる」という手触りを含めて味わいたい人には、このPC-9801版こそが一番しっくりくるはずです。

Windows 3.1版 ― マウス前提のインターフェースと環境依存の違い

同じく初期リリース時から用意されていたWindows 3.1版は、OSそのものの性質もあって「よりマウス主体の操作」へと振った作りになっています。PC-98版でもマウスでプレイできますが、Windows版ではウインドウシステムに乗った形で動作するため、メニューやダイアログの出し方、テキストの表示の仕方などが、当時のWindowsソフトらしい雰囲気になっています。 画面構成そのものはPC-98版と大きく変わりませんが、フォントのにじみ方や色の発色が微妙に違い、「同じCGのはずなのに印象が変わる」と感じるプレイヤーもいました。Windows環境のディスプレイドライバや解像度設定によっては、PC-98実機に比べて少しシャープに見えたり、逆ににじんで見えたりと、環境依存の差が出やすかったのも特徴です。 インストール面では、当時のWindows用ゲームらしくハードディスクへのフルインストールを前提としており、一度インストールしてしまえば起動は比較的スムーズ。マウスでアイコンをダブルクリックすればゲームが立ち上がるという「手軽さ」は、DOS起動やメモリ管理の手間が必要だったPC-98純正環境に比べて、ライトユーザーにも親しみやすいものでした。その一方で、Windows 3.1時代特有の「環境によって動作が不安定になる」問題もあり、グラフィックドライバやサウンドドライバとの相性でトラブルに悩まされるユーザーも少なくなかったようです。 総じて、Windows 3.1版は「きっちり環境が整えば便利で快適」だが、「セットアップに癖があった」という印象のバージョンであり、当時からPCに慣れたユーザーほど積極的に選んだ版と言えるかもしれません。

後年のRemasters版・SM3800シリーズ版 ― 最新OSへの対応と調整

PC-98本体が市場から姿を消していく中で、本作は後年、Windows 98対応のRemasters版や、Windows 2000以降でも動作するように調整されたパッケージ(SM3800シリーズ版など)として再登場しました。これらの版は、基本的なシナリオやイベント内容はオリジナルから大きく変わらないものの、現行OSでそのまま動作するようにインストーラや実行ファイルが作り直されているのがポイントです。 グラフィック面では、元のCGデータを生かしつつ、表示ドライバ側の違いに合わせて調整されていることが多く、高解像度のディスプレイ上でも比較的安定して表示されるよう工夫されています。解像度自体が現代ゲームのようにHD化されたわけではありませんが、ドットのにじみを抑えるスケーリングや、色味の補正によって、PC-98時代よりも鮮明に見えるケースもあります。 サウンドについても、FM音源を前提としたBGMをPCM音源で再生する形に変換したり、MIDI音源を直接使わずにWAVデータ化したりといった調整が行われていることが多く、「当時の雰囲気をできるだけ壊さずに、現行マシンで鳴らせるようにする」というコンセプトが感じられます。そのため、細部のニュアンスは変わっているものの、「FM音源時代の空気感」をある程度そのまま味わうことができるのが、これらのWindows対応版の利点です。 操作面では、マウス操作を前提としたUIがさらに洗練され、メニュー周りやセーブ・ロード画面が現代的なWindowsアプリケーションに近い感覚で扱えるようになっています。キーコンフィグやフルスクリーン/ウィンドウモード切り替えなど、細かな快適機能が追加されている版もあり、「内容はレトロだが、遊びやすさは格段に向上している」という印象を受けるプレイヤーも多いでしょう。

表現内容は原則共通 ― バージョン選択で変わるのは「遊び心地」

「対応パソコンによる違い」と聞くと、シナリオやイベントの追加・削除をイメージするかもしれませんが、『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』に関しては、プラットフォーム間で物語そのものが大きく改変されているわけではありません。基本的にはどの版でも、同じストーリーライン・同じキャラクター・同じ事件の流れが描かれており、「どのPCで動かすか」によって変わるのは、主に動作の安定性や表示の雰囲気、操作感といった「遊び心地」の部分です。 もちろん、リマスター版以降ではOSやレーティングに合わせて細かな修正が行われている可能性はありますが、作品の根幹である「女子校占拠事件を扱う極めて過激な18禁ゲーム」という性格は変わりません。そのため、どの版を選ぶにせよ、内容の性質を理解しておく必要がある点は共通です。 逆に言えば、「どのPC版で遊んでも、基本的には同じ『学園ソドム』を体験している」とも言えます。PC-98版であれ、Windows 3.1版であれ、後年のWindows対応版であれ、作品の荒々しさや重さは共通であり、それぞれの版の違いは「どの時代のハードウェアと一緒にこの作品を体験したか」という、思い出の違いとして語られることが多いでしょう。

PC-9801版とWindows版の細かな違いの例

プレイヤーの回想や環境の違いから語られる「細かな差異」としては、たとえば以下のようなものが挙げられます。 ・テキストフォントの印象 PC-98版では、いかにも「PC-98らしいドットフォント」が使われており、どこか事務的で硬い印象の文字表示になっています。一方、Windows版ではシステムフォントやTrueTypeフォントを利用するため、なめらかで読みやすい反面、レトロ感はやや薄れます。 ・画面の色味・明るさ 同じCGでも、PC-98の16色表現とWindows側のパレットや表示方式の違いにより、肌の色や陰影の付き方が微妙に変わります。「PC-98版はややくすんで見えるが、それが逆に作品のダークさに合っている」「Windows版は発色が良くて見栄えがする」といった好みの分かれる違いが生まれます。 ・ロード/セーブのレスポンス PC-98版はフロッピーディスク運用の場合、場面切り替えやセーブで多少待たされることがありますが、その「一呼吸」の時間がプレイヤーに心の準備をさせてくれるという側面もあります。ハードディスクインストールやWindows版では、より高速にロードが完了し、テンポよく進行する代わりに、その「間」が薄れ、怒涛の展開が畳みかけてくる印象もあります。 こうした差はゲーム内容の本質を変えるものではありませんが、「どの版で体験したか」で作品の印象が微妙に変わる理由になっています。

現在プレイするならどの版か ― 現実的な選択と注意点

2020年代以降の環境で『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』に触れようとする場合、現実的なのはやはりWindows対応版です。PC-9801実機を所有しているか、エミュレータ環境を整えられるユーザーであればPC-98版に挑戦する選択肢もありますが、いずれにせよ、古い作品であり、現在は入手方法や動作環境の問題など、越えなければならないハードルが多いタイトルです。 どの版を選ぶにしても、「成人向けの非常に過激な作品である」という性質は変わらないため、遊ぶ際は年齢制限や利用規約、法令などに十分配慮し、正規の手段・正規の媒体で触れることが前提になります。また、現代の価値観から見ても重いテーマを含む作品であることを改めて理解し、自分が受け止められるかどうかを考えたうえで向き合うことが必要です。 そうした前提をクリアしたうえで、あとは「どの環境で遊ぶか」「PC-98時代の空気感を重視するか」「現行Windows上での快適さを優先するか」といった好みの問題になります。レトロPC文化そのものに興味があるならPC-9801版、ゲーム内容を知りたいだけならWindows対応版――といった具合に、自分の目的に応じてバージョンを選ぶのが良いでしょう。

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●同時期に発売されたゲームなど

『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』が登場した1995年前後は、PC-9801を中心にアダルトADVやシミュレーションが一気に熟成期を迎えた時代でした。ここでは、同じ年にPC-98を賑わせていた代表的なタイトルを10本取り上げ、「どんな会社が、いくらくらいで、どんな内容のゲームを出していたのか」を当時の空気感とともにまとめていきます。価格帯やジャンル、表現の方向性を眺めていくと、『学園ソドム』がどんな“戦場”の中で発売されたのかも自然と見えてくるはずです。

★遺作

:・販売会社:エルフ ・販売された年:1995年(PC-9801版:1995年8月25日発売) ・販売価格:8,800円(PC-98版定価) ・具体的なゲーム内容: エルフの『遺作』は、のちの美少女ゲーム史でも必ず名前が挙がるサスペンス寄りアダルトADVです。山奥の学園を舞台に、かつてこの学校で教師を務めていた主人公・皆川遺作が、過去の恨みを晴らすために女生徒たちへ復讐を仕掛けていく、非常に陰惨なテーマを扱った作品で、当時としてもかなり刺激の強い内容でした。

システムとしては、画面上の場所をクリックして移動したり調べたりしながら、イベントフラグを立てて物語を進めていくオーソドックスなコマンド選択式アドベンチャーです。ただし、時間経過やルート分岐の概念が強く組み込まれており、プレイのたびに異なるシーンに遭遇する構造のため、すべてのイベントを回収するには何度も周回する必要がありました。

また『遺作』は、単にショッキングな展開を連ねるだけでなく、登場人物の心理的な追い詰められ方や、閉鎖空間における権力関係の変化などをじっくり描いているのも特徴です。プレイヤーは主人公の立場に立ちながらも、同時に傍観者として「どこまでエスカレートさせるか」を選ばされるため、娯楽でありながら後味の重い、印象深い体験になりました。

『学園ソドム』と同様、学校という日常的な空間を舞台にしたアダルト作品であり、シナリオのハードさで大きな話題になったタイトルとして、同時期を語る上で欠かせない一本です。

★同級生2

:・販売会社:エルフ ・販売された年:1995年(PC-9801版:1995年1月31日発売) ・販売価格:9,800円(PC-98版定価) ・具体的なゲーム内容: 『同級生2』は、恋愛シミュレーション型アダルトゲームというジャンルを一般層にまで浸透させた記念碑的作品です。プレイヤーは冬休み明けから卒業までの限られた期間を過ごしながら、町の中を自由に移動し、さまざまなヒロインと出会い、行動パターンを読み、イベントを積み重ねて恋愛関係を築いていきます。時間と場所の管理が肝心で、誰に会いに行くか、どのイベントを優先するかといった計画性が遊びの中心に据えられていました。

前作『同級生』で確立された自由行動型のシステムをベースに、ヒロインごとのストーリーの厚みやビジュアル面を大幅強化したのが本作の特徴です。個性の異なるヒロインが多数登場し、それぞれの家庭環境や悩み、過去の出来事などが丁寧に描かれているため、単なるイベント回収ゲームではなく、“一人ひとりの人生を覗き込む”ような感覚でプレイすることができました。

アダルトシーン自体はあるものの、ゲーム全体としては青春ドラマ色が強く、「恋愛ADV=キャラクターとじっくり向き合うゲーム」というイメージを決定づけた作品とも言えます。『学園ソドム』のようなハードな陵辱路線とは真逆の方向で、同じ時代のPCゲーム市場を盛り上げた代表格です。

★エスカレーション’95 ~お姉さまって呼んでいいですか?~

:・販売会社:フェアリーダスト ・販売された年:1995年(PC-9801版) ・販売価格:9,800円(PC-98版定価) ・具体的なゲーム内容: 『エスカレーション’95 ~お姉さまって呼んでいいですか?~』は、少女たちの学園生活とアダルトな関係性を描いた、ややフェティッシュ色の強いADVです。タイトルどおり、“お姉さま”と慕われる存在と後輩たちの関係を軸に、学園内での交流や秘密の関係が展開していきます。価格帯は当時のPC-98用アダルトゲームとして標準的な9,800円クラスで、フロッピーディスク複数枚組またはCD-ROM版での提供が一般的でした。

システムは分岐型のテキストADVで、メッセージを読み進めながら選択肢でルートを分けていく形式です。学園内のさまざまな場所でイベントが発生し、それぞれのヒロインとの好感度や選択肢の積み重ねによって、結末や見られるシーンが変化する構造になっていました。

本作は、派手なサスペンスやバイオレンスよりも、キャラクター同士の密やかな関係性を描くことに重きが置かれています。年上のヒロインと年下の少女、先輩と後輩といった立場の違いがもたらす“距離感”を、ビジュアルと会話でじっくり楽しむタイプのゲームで、可愛いキャラクターと甘めの雰囲気を好むユーザーに支持されました。

『学園ソドム』と同じく学園を舞台としながらも、こちらは暴力性よりもロマンティックなムードを前面に出したタイトルで、同じ時代に存在したさまざまな「学園アダルトゲーム」の幅広さを象徴する一本と言えるでしょう。

★EVE burst error(イヴ・バーストエラー)

:・販売会社:シーズウェア(PC-98版) ・販売された年:1995年(PC-9801版:1995年11月22日発売) ・販売価格:PC-98初回版はおおよそ1万円前後(後年のWindows版DVD-ROMは定価9,680円) ・具体的なゲーム内容: 『EVE burst error』は、のちにコンシューマ機への移植やリメイクも多数行われた、大作サスペンスADVです。PC-98版は1995年11月22日に発売され、政府機関の女性エージェントと、私立探偵の男性という二人の主人公の視点が交互に切り替わる“マルチサイトシステム”が大きな特徴でした。プレイヤーは二人の物語を行き来しながら、誘拐事件や連続殺人、国家レベルの陰謀に巻き込まれていくことになります。

アドベンチャーパートはコマンド選択式をベースにしつつも、二人の主人公の行動タイミングや選択肢の組み合わせによってシナリオが大きく分岐する作りで、プレイヤーの“操作順”そのものがゲーム性になっていました。また、キャラクターデザインやイベントCGのクオリティが高く、サスペンスドラマとしての骨太なシナリオ構成もあいまって、単なるアダルトゲームを超えたストーリーテリングが評価されています。

アダルト要素はPC-98版ではしっかり含まれているものの、その後の移植版では一般向けに再構成され、サターン版などは18歳以上推奨ソフトとして大ヒットを記録しました。『学園ソドム』と同時代に、シリアスなサスペンス路線を極めた作品として、PC-98のアドベンチャージャンルを語る上で外せない存在です。

★黒の断章 THE LITERARY FRAGMENT

:・販売会社:アボガドパワーズ ・販売された年:1995年(PC-98版:1995年7月14日発売) ・販売価格:7,800円(PC-98版定価) ・具体的なゲーム内容: 『黒の断章 THE LITERARY FRAGMENT』は、クトゥルフ神話の影響を色濃く受けたホラーサスペンスADVで、「涼崎探偵事務所ファイル」シリーズの第一作にあたります。PC-98版は1995年7月14日に発売され、価格も7,800円と、当時としてはやや抑えめながら本格ミステリー+オカルトホラーを楽しめる作品として人気を集めました。

物語は、探偵・涼崎聡が連続猟奇殺人事件の真相を追ううちに、禁断の書物「ナコト写本」や、“黒の断章”と呼ばれる邪悪な秘儀に関わる超常的な存在へと迫っていく、というものです。プレイヤーはポイント&クリック式のインターフェースで現場を調べたり、関係者から話を聞いたりしながら、徐々に謎を解き明かしていきます。

本作が評価されたポイントは、アダルトゲームでありながら、クトゥルフ神話を題材にした本格的なホラーサスペンスとして完成度が高かったことです。陰鬱な雰囲気のビジュアルと、徐々に現実が侵食されていくようなストーリー展開は、同時期の学園陵辱ものとはまた違った“恐怖”を描いていました。『学園ソドム』のように暴力性を前面に出すのではなく、不気味さと心理的な恐怖で魅せる作品として、1995年のPC-98市場に強い印象を残しています。

★Only You ~世紀末のジュリエットたち~

:・販売会社:アリスソフト ・販売された年:1995年(PC-9801版:1995年末ごろ発売/会員向け通販) ・販売価格:8,500円(PC-98版CD-ROM、会員向け価格) ・具体的なゲーム内容: 『Only You ~世紀末のジュリエットたち~』は、アリスソフトの会員向け専売ソフトとしてPC-98で発売されたアドベンチャー+RPG作品です。一般流通ではなく、ユーザー会員への通信販売のみという特殊な流通形態ながら、1995年の時点でPC-98用AVGとしてリリースされ、価格は8,500円とやや高めの設定でした。のちにWindows版やリメイク版『Only you -リ・クルス-』として一般販売も行われ、知名度の高いタイトルとなっています。

物語は、格闘部に所属する熱血主人公が、世界規模の陰謀に巻き込まれていくという、アクション漫画的なスケール感を持ったストーリーです。学園生活パートでは仲間たちとの会話やイベントを消化し、戦闘パートではRPG風のバトルが展開されるなど、当時のアダルトゲームとしてはかなり“遊ばせる要素”が多い構成でした。

アリスソフトらしいコミカルさと熱血ノリが同居した雰囲気は、同時期のシリアスな陵辱系タイトルや純愛路線の恋愛ADVとは一線を画しています。『学園ソドム』と同じ時代、同じPC-98市場の中でも、「遊べるゲーム性」と「熱量の高いドラマ」で勝負していたタイトルとして対比すると、そのバリエーションの豊かさがよくわかります。

★ダークセラフィム

:・販売会社:呉ソフトウェア工房 ・販売された年:1995年(PC-9801版:1995年7月15日) ・販売価格:9,800円(PC-98版定価) ・具体的なゲーム内容: 『ダークセラフィム』は、ファンタジー世界を舞台にしたアドベンチャー/RPG色の強いアダルトゲームで、PC-98用として1995年7月15日に発売されました。価格は9,800円といわゆる“標準的なフルプライス”で、ダークな世界観と重厚なストーリーラインが特徴です。

プレイヤーは、天界と魔界の狭間で揺れる存在や、堕天使的なモチーフをめぐる陰謀に巻き込まれていくキャラクターを操作し、世界を巡る冒険に出ます。物語進行はアドベンチャー形式で、各地を移動しながら情報を集め、選択肢によって展開が変化する構造です。一部シーンでは戦闘やステータスの育成要素も盛り込まれており、単なる読み物ではなく“ゲームとしての手触り”も重視されています。

ビジュアル面では、退廃的な雰囲気のキャラクターデザインや、魔的シンボルの多用など、タイトルどおり“暗黒の天使”をイメージさせる演出が印象的でした。『学園ソドム』が現代日本の学園を舞台にしていたのに対し、こちらはファンタジー世界で大人向けのダークドラマを展開しており、同じアダルト市場でも世界観の方向性が大きく異なる好例と言えます。

★ファーランドストーリー 神々の遺産

:・販売会社:TGL(テイジイエル) ・販売された年:1995年(PC-9801版:1995年7月21日) ・販売価格:9,800円(PC-98版定価) ・具体的なゲーム内容: 『ファーランドストーリー 神々の遺産』は、TGLによる人気シミュレーションRPGシリーズの一作で、PC-98用として1995年7月21日に発売されました。価格は9,800円で、一般向けファンタジーSRPGとして、当時のPCユーザーから広く支持されています。

ゲームシステムは、いわゆるタクティカルシミュレーション形式で、マス目状のマップ上でユニットを動かし、敵軍との戦闘を繰り広げます。剣士や魔法使い、僧侶などの職業ごとに役割があり、地形効果や行動順を考えながら戦略的に進軍するのが楽しみどころです。戦闘の合間にはストーリーパートが挟まれ、神々の遺産をめぐる壮大な物語が展開されていきます。

グラフィックはPC-98の解像度を活かした美麗ドット絵で、キャラクターの立ち絵や戦闘アニメーションも当時としては高水準でした。ややシビアな難易度設定も相まって、“本格派のシミュレーションRPGをPCで遊びたい”層には非常に刺さる作りになっており、アダルト要素のない一般向けPCゲームとして『学園ソドム』と同じ市場に並んでいたタイトルの代表例です。

★ローマは一日にしてならず

:・販売会社:アートディンク ・販売された年:1995年(PC-9801版:1995年7月21日) ・販売価格:11,800円(PC-98版定価) ・具体的なゲーム内容: アートディンクの『ローマは一日にしてならず』は、歴史を題材にした都市運営シミュレーションゲームです。PC-98版は1995年7月21日に発売され、価格は11,800円とやや高価だったものの、都市開発をじっくり楽しめる“腰を据えて遊ぶタイプ”のゲームとして知られています。

プレイヤーは古代ローマの指導者となり、インフラ整備や住宅建設、軍事力の強化、財政運営など、都市のあらゆる要素を管理します。人口の増減や市民の不満、周辺勢力との関係など、多数のパラメータが相互に絡み合うため、短時間で結果が出るゲームではなく、じわじわと都市が発展していく過程を楽しむ設計です。

アートディンクらしい硬派な設計思想が貫かれており、派手なイベントよりも、地道な施策の積み重ねが重要です。そのため、アダルトゲームやキャラクター性重視のADVが注目を集めていた同時期においても、まったく異なる層のPCユーザーを惹きつけていました。『学園ソドム』と並べてみると、同じPC-98の棚に並びながら、ここまでターゲットも遊び心地も違うゲームが共存していたことがよくわかります。

★DOOM II(PC-9821版)

:・販売会社:イマジニア(日本語版) ・販売された年:1995年(PC-9821版:1995年9月29日) ・販売価格:9,800円(PC-98版定価) ・具体的なゲーム内容: 『DOOM II』のPC-9821版は、海外PCゲームの金字塔とも言えるFPSを日本のPC-98ユーザー向けにローカライズした作品です。日本語版は1995年9月29日にイマジニアから発売され、価格は9,800円。FDやCD-ROMメディアで提供され、ハイスペックなPC-9821を活かした3Dグラフィックとスピーディなアクションが話題となりました。

プレイヤーは一人称視点で迷路のようなステージを進み、ショットガンやロケットランチャーなどの武器を駆使して、襲いかかる多数のモンスターを撃ち倒していきます。敵の配置やアイテムの場所が絶妙に調整されており、反射神経だけでなく“マップ構造を覚える力”も問われるゲームデザインでした。

『学園ソドム』をはじめとする日本製アドベンチャーやシミュレーションとはまったく方向性が異なり、「3Dアクションの最先端を家庭で楽しめる」という意味でPC-98ユーザーに衝撃を与えたタイトルです。同じ1995年のPCゲーム棚には、学園陵辱ADVとハイテンションFPSが肩を並べていたわけで、当時のPC市場がいかに多様だったかを象徴する一本と言えるでしょう。

★まとめ:1995年前後のPC-98市場における『学園ソドム』の位置づけ

ここまで見てきたように、1995年前後のPC-98市場には、 ・学園陵辱系のハードなADV(『学園ソドム』『遺作』など) ・青春恋愛寄りの恋愛SLG/ADV(『同級生2』など) ・本格サスペンスADV(『EVE burst error』『黒の断章』など) ・ゲーム性重視のRPG/SRPG(『Only You』『ファーランドストーリー 神々の遺産』など) ・硬派な歴史/都市シミュレーション(『ローマは一日にしてならず』) ・海外発の3DアクションFPS(『DOOM II』PC-9821版)

といった具合に、実に幅広いジャンルの作品が同じ土俵にひしめき合っていました。

その中で『学園ソドム ~教室の牝奴隷達~』は、「リアルタイム選択式システム」と「極めてハードな学園籠城シチュエーション」という二つの要素で差別化を図ったタイトルだと言えます。同時期の人気作と比べると、恋愛ドラマとしての甘さや、一本道の物語としての安定感よりも、“極限状況の中での選択”というスリルや緊迫感に重きを置いていた点が特徴的です。

こうした同時期作品との比較を踏まえてプレイしてみると、単体で見るよりも『学園ソドム』の狙いどころや個性がよりはっきりと浮かび上がってくるはずです。

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