『神の聖都』(パソコンゲーム)

【中古】PC-8801SRソフト 神の聖都(まち)

【中古】PC-8801SRソフト 神の聖都(まち)
18,500 円 (税込) 送料込
発売日 - メーカー パンサーソフトウェア 型番 - JAN 4988698010210 備考 メディア:5インチFD×8■商品内容物・ゲームディスク(8枚)・マニュアル・8cmミニアルバムCD 関連商品はこちらから パンサーソフトウェア 
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【発売】:スタジオパンサー
【対応パソコン】:PC-8801、PC-9801、MSX2
【発売日】:1989年7月
【ジャンル】:アドベンチャーゲーム

[game-ue]

■ 概要

スタジオパンサー入魂の“大作アドベンチャー”

『神の聖都(かみのまち)』は、スタジオパンサー(パンサーソフトウェア)が手がけたPC向けアドベンチャーゲームで、1989年にPC-8801版が発売されたタイトルです。ジャンルとしてはコマンド選択式のアドベンチャーを軸にしつつ、体力や所持品管理といったロールプレイング的な要素も取り入れたハイブリッド型の作品で、PC-8801、PC-9801、MSX2といった当時の代表的な日本製パソコンに展開されました。開発にはおよそ3年もの期間が費やされたといわれ、PC-8801版ではフロッピーディスク8枚組というボリューム感からも、当時の同人寄り中小メーカーとしては異例の“意欲作”“問題作”として語られています。

「HYPER VISUAL ADVENTURE」を標榜するコンセプト

パッケージには「HYPER VISUAL ADVENTURE」といったコピーが掲げられており、テキスト主体だった80年代前半のアドベンチャーから一歩進んだ、“ビジュアル重視”の設計が特徴です。ゲーム画面は大きなイベントCGとメッセージウインドウを組み合わせた構成で、場面ごとに細かく用意された一枚絵が、崩壊した都市の退廃感や、得体の知れない異世界“アガルタ”の不気味さをダイレクトに伝えてくれます。単に会話ウインドウを表示するのではなく、画面占有率の高いグラフィックで雰囲気を作り、その手前でプレイヤーがコマンドを選ぶ――そうした当時としてはリッチな表現を目指した作品と言えます。

1990年8月8日・横浜関内で起きた大異変

物語の舞台となるのは、1990年8月8日午後8時という、数字を揃えた印象的な日時です。この瞬間、横浜・関内一帯のごく限られた範囲で“説明不能な大異変”が発生し、建物は崩壊、住人の生死すら不明という惨状に陥ります。軍や政府機関が調査を試みるものの、その区域はまるで世界から切り離されたかのように、常識の通じない“異界”として振る舞い始めます。この封鎖された地域は、のちに人々から「アガルタ」と呼ばれるようになり、やがて公の場で語られることも少なくなり、都市伝説めいた存在へと変わっていきます。 ゲームの序盤では、この一夜で崩壊した都市の出来事が回想や資料、登場人物の証言として断片的に語られ、プレイヤーは“何が起きたのか”を少しずつ想像しながら進めることになります。

主人公ユウキと、行方不明の恋人・由加利

プレイヤーが操るのは、若い男性“ユウキ(勇樹)”。彼はアガルタでの大異変のさなかに消息を絶った恋人・由加利を探し出すため、事件から2年後の世界で、再び封鎖区域へと足を踏み入れようとしています。 ゲーム開始時点で、ユウキと由加利の過去はあまり細かく語られません。プレイヤーは、ユウキの回想や、彼を知る人物との会話、拾い集めた資料から、二人の関係性や心情を読み取っていきます。単純な“恋人救出劇”にとどまらず、なぜユウキだけがあの異変から生還したのか、なぜ由加利だけが連れ去られる形になったのか、といった謎が暗示されており、プレイヤーの興味を引きつけます。 また、アガルタ内部には元軍人や情報機関出身者、カルト宗教の指導者、自称天才医師、商人、傭兵上がりなど、クセの強い面々が集っており、それぞれが独自の思惑で動いています。ユウキは彼らの協力を得たり、対立したりしながら、徐々にアガルタの核心へと迫っていきます。

アドベンチャーとRPGが融合したゲーム進行

ゲームの基本的な操作は、当時のPCアドベンチャーでおなじみだったコマンド選択型です。画面下部に「調べる」「話す」「移動」「アイテム」「ステータス」などのコマンドが並び、選択した行動に応じて画面上部のグラフィックとテキストが切り替わります。 一方で、『神の聖都』は単なるノベル寄りのADVではなく、主人公の体力や状態、所持している武器・薬品などがゲーム進行に強く関わる、RPG寄りの要素も併せ持っています。敵との遭遇時には簡易的な戦闘処理が行われ、弾薬や医療キットの残量管理が重要になったり、特定の仲間キャラクターの能力を活かす場面があったりと、選択肢ひとつで生死が分かれるような緊張感のある展開が続きます。 加えて、アガルタ内部の探索は一筋縄ではいかず、マップ上の移動ルートや行動順を間違えると、重要人物と接触できなかったり、イベントが発生しないまま時間を浪費してしまうこともあります。そのため、純粋な謎解きだけでなく、“どうルートを組むか”“限られたリソースをどこで使うか”といった戦略的な遊び方も求められます。

システム面から見たPC-88/98/MSX2時代の手触り

インターフェイスはマウス前提ではなく、キーボード操作を中心に設計されています。ファンクションキーに主要コマンドが割り当てられており、慣れてくると視線を画面のイベントCGに集中させたまま、片手で操作を進められるような構成です。 PC-8801版では、8枚ものフロッピーディスクに膨大なデータが収められており、シナリオやグラフィックの切り替えに応じて頻繁なディスク交換を求められますが、その手間も含めて“当時の大作ADVを遊んでいる”という実感を与えてくれます。PC-9801版では高解像度化とメディア構成の見直しが行われ、3枚前後のディスクに収められたうえで、一部には音楽CD(もしくはミニアルバム)が同梱されるパッケージも存在しました。MSX2版はハード性能の制約から表現面に多少の違いはあるものの、物語の骨格やゲーム構造はおおむね共通しており、当時の主要3プラットフォームで同じ世界観を共有できるよう工夫されています。

主題歌付きオリジナル・ミニアルバムという贅沢さ

もう一つこの作品を語るうえで外せないのが、ゲームとは別に制作された主題歌とオリジナル・ミニアルバムの存在です。パッケージには8cmサイズの音楽CD(または同等のミニアルバム)が同梱されており、オープニングテーマやイメージソングが収録されています。ゲーム中に流れるFM音源主体のBGMと、CDに収録されたボーカル曲が相互に補完し合うことで、物語世界のスケール感をより強く印象づけています。 当時、コンシューマゲームでも主題歌付きのタイトルは珍しくはありましたが、PC用アドベンチャーでここまで“音楽パッケージ”を前面に押し出した例は多くありません。崩壊した都市の情景を描いた歌詞とメロディは、ゲーム本編を遊んだあとに聴き返すことで、プレイヤーそれぞれの物語体験を思い起こさせる仕掛けとして機能しており、まさにマルチメディア時代の到来を先取りした演出と言えます。

総合的な位置づけ――マニア向け“都市異界”アドベンチャー

総じて『神の聖都』は、当時のPCゲーム市場における“マニアックな大作アドベンチャー”として位置づけられます。派手なアクションシーンや分かりやすい爽快感よりも、閉ざされた都市の異様な空気感、クセ者だらけの登場人物、軍事・宗教・オカルト・都市伝説が入り混じった物語設定など、雰囲気を重視した作りが特徴です。 ディスク枚数の多さからもわかるようにテキスト量は膨大で、すべての会話やイベントを追いかけようとすると相応のプレイ時間が必要になりますが、その分、80年代PCゲーム特有の“濃密な世界観にどっぷり浸かる”タイプの体験が味わえます。発売から長い年月が経った現在でも、古いPCや配信サービスを通じて遊ぶプレイヤーがおり、サウンドトラックやパッケージを含めてコレクションの対象にもなっている、知る人ぞ知る一本です。

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■ ゲームの魅力とは?

崩壊都市と異界が溶け合った“アガルタ”の空気感

『神の聖都』の一番の魅力は、何よりもまず舞台となる“アガルタ”そのものの空気感にあります。現実の横浜・関内という具体的な地名を持ちながら、巨大災厄を境に世界から切り離され、時間や常識がねじ曲がった空間へと変化してしまった区域。その中に足を踏み入れると、プレイヤーはすぐに「ここはもう現実ではない」という感覚を強烈に味わうことになります。街の建物は元の面影を残しつつも崩れ、闇の中に異形の存在や得体のしれない宗教施設が紛れ込み、軍事施設の残骸や謎の実験跡も散在している――そういったイメージが、画面いっぱいに表示されるグラフィックとテキストで重ねられていきます。単純なダンジョンRPGのように“ダンジョンに潜ってモンスターを倒す”という構図ではなく、「もともと普通の街だった場所が、ゆっくりと別の世界に飲み込まれていく」という過程を体験できるのが本作ならではのポイントです。ただ暗いだけのホラーでも、単なるSFでもない、都市伝説とオカルトとミリタリーが混ざり合った独特のテイストが、プレイヤーの想像力を刺激してくれます。

“恋人を探す”という個人的な動機が物語を引っ張る

世界の命運を懸けた大冒険ではなく、「大異変の中で姿を消した恋人を探し出す」という、ひどく個人的な動機から物語が始まる点も、本作の魅力として外せません。主人公ユウキにとってアガルタは“救出すべき誰かが待っている場所”であると同時に、“自分だけが生き残ってしまった理由を確かめる場所”でもあります。プレイヤーは彼の視点で、わずかな手掛かりを頼りに由加利の足跡を追い、当時の状況を知る人物を訪ね歩き、やがて事件の本質に触れていきます。ゲーム進行に伴ってユウキの内面が少しずつ明らかになっていく構成のため、プレイヤー自身もいつの間にか彼の心理に寄り添う形となり、「ここで引き返したら由加利を二度と見つけられないかもしれない」という感覚が自然とプレイ意欲へと変わっていきます。巨大な陰謀や異界の秘密を暴くというスケールの大きい要素と、一人の青年の私的な想いが並行して描かれることで、物語に厚みが生まれているのです。

クセ者ぞろいの仲間たちが生む群像劇の面白さ

元海兵隊員のノートン、元英国情報部員のシェイマス、フランス出身のカルトマスター・フィレン、自称天才医師ハインツ、商人アレック、元エジプト軍外人部隊のミシェル、元サーカス団員ルトガー――こうしたメンバーが一堂に会するゲームはそう多くありません。彼らは単なる“戦闘要員”や“情報提供役”にとどまらず、それぞれがアガルタと何らかの形で関わっており、自分なりの目的や過去を抱いています。会話イベントを丁寧に追っていくと、ユウキの恋人探しとは別のラインで、ノートンが戦場体験と向き合う話や、シェイマスが国家の闇を垣間見るエピソード、フィレンが信仰と狂気のあいだで揺れる姿など、サブストーリー的要素もしっかり描かれていきます。この“群像劇”としての厚みが、プレイを進めるほどに存在感を増していくのが本作の大きな魅力です。誰を信用し、誰と距離を置き、誰に重要な局面を任せるのか――プレイヤーの選択が彼らの運命を左右する場面もあり、それによってプレイヤーごとに印象の異なる物語体験が生まれます。

ADVとRPGのいいところ取りをしたゲーム性

『神の聖都』は“アドベンチャーゲーム”として紹介されますが、実際にプレイしてみると、かなりRPG寄りの手触りも味わえます。テキストを読み進めながら選択肢を選ぶだけでなく、危険地帯での移動ルートの選び方、どの仲間をパーティに加えるか、限られた弾薬や薬品をどこで使うかといった判断が、物語進行と密接に結びついているためです。無闇に戦い続けていると資源が枯渇し、重要な局面で回復手段を失うこともあれば、特定のキャラクターを連れて行かないと突破できないイベントが待っているエリアもあります。逆に、事前に情報収集を徹底しておけば、最小限の消耗で危険地帯を抜けられるルートや、強敵を回避する手段を見つけることも可能です。テキストADVの没入感と、RPG的な戦略性・リソース管理の面白さ、その両方を同時に味わえる点が、本作のゲーム性の核になっています。

画面を支配するビジュアルと、耳に残るサウンド

当時のPCスペックを考えると、本作が目指した“ビジュアル重視”の姿勢はかなり大胆でした。画面の大半を占めるイベントCGは、崩壊したビル群、闇に沈む高架道路、怪しげな教団施設、軍事施設のコンソールルームなど、シーンごとに雰囲気をガラリと変えます。パレット制限の厳しいPC-88世代ながら、陰影の付け方や構図の工夫によって、プレイヤーに“ここは危険だ”“何かが潜んでいそうだ”という感覚を強く伝えてくれます。こうしたグラフィックが単なる背景ではなく、テキストと噛み合うことで初めて完成する演出になっているのがポイントです。また、BGMもFM音源の特性を活かした重厚なサウンドで、アガルタの不穏さや、ふと訪れる静寂、仲間たちとの束の間の安堵といった感情の振れ幅を、音で支えてくれます。さらにパッケージには主題歌を収録したミニアルバムが同梱されており、ゲームの外側からも作品世界を感じられる構成になっているため、プレイ前後に音楽だけを聴いて余韻に浸るという楽しみ方ができるのも魅力です。

“覚悟”を試される骨太なボリューム感

PC-8801版でフロッピー8枚組という構成からもわかるように、本作のボリュームはかなりのものです。シナリオの一本道をただなぞるだけでも相応のプレイ時間が必要ですが、サブイベントや仲間との会話をじっくりと追っていくと、プレイ時間はさらに膨らんでいきます。テンポの良さだけを重視するプレイヤーにはやや重く感じられるかもしれませんが、「一つの世界観にどっぷり浸かりたい」「クリアしたあとに“あの街で何日も彷徨っていた”ような感覚を味わいたい」といったタイプのプレイヤーには、この“重さ”こそがたまらない魅力になります。また、本作は理不尽なゲームオーバーや容赦ない分岐も多いため、こまめなセーブやルート検証が欠かせません。こうしたシビアさも含めて、クリアしたときに得られる達成感は非常に大きく、「やり切った」という手応えをしっかり残してくれる作品です。

80年代PCアドベンチャーの“匂い”を色濃く残す一作

今の視点から見れば、操作性や情報提示の不親切さなど、不便な点はいくつも挙げられますが、それも含めて80年代後期PCアドベンチャーならではの“匂い”を濃厚に味わえるのが『神の聖都』の魅力です。制作者の趣味やこだわりが直接テキストやイベントに染み込んでいるような感覚、完成されたフォーマットに乗らず、試行錯誤の末に生まれた独自システム、そして時代特有の“終末観”が混ざり合い、他に替えのきかない雰囲気を醸し出しています。大手メーカーの洗練されたアドベンチャーとは異なり、荒削りながらも強烈な個性を放つ一本として、今もマニアの間で名前が挙がる理由は、まさにこの“忘れがたいクセの強さ”にあります。

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■ ゲームの攻略など

まず全体構造をつかむことが最大の“攻略”

『神の聖都』は、表面的にはコマンド選択式ADVですが、実際のプレイ感覚はかなり“長距離マラソン”に近いゲームです。闇雲に怪しい場所へ突っ込んでいくと、物資が尽きたり重要イベントを取り逃したりして、後半で行き詰まることも多い作品なので、最初に意識しておきたいのは「全体の流れをつかむ」という視点です。プレイ序盤は、アガルタに到達する前段階として、情報収集パートが比較的長く続きます。ここでは戦闘や探索で無理をする必要はなく、会話コマンドを使い倒して人間関係や事件の背景を理解し、メモを取りながら「誰が何を知っているか」「どの場所が危険そうか」を整理しておくと、実際にアガルタへ踏み込んだ際のルート選択が格段に楽になります。最初の周回では、“完璧に進めようとしない”ことも重要です。一度のプレイで全イベントを見るのは難しい構成なので、「一周目はとにかくクリアを目指す」「二周目以降で取りこぼしたルートを回収する」という心構えで臨んだほうが、精神的にも余裕を持って楽しめます。

会話と調査は徹底的に――“ただ話す”が最大の伏線回収

本作で最も重要なコマンドの一つが「話す」「聞く」に相当する会話系の行動です。見た目には何気ない雑談のようなテキストでも、別の場所でのイベント条件になっていたり、フラグとしてカウントされていたりするため、「同じ人物に何度も話しかける」「場面が変わるごとに再度声をかける」という地道な行動が不可欠です。特に、ノートンやシェイマスのようなタフな経歴を持つ仲間は、最初は口が重かったり本心を隠していたりしますが、特定のイベントを経たあとで改めて話しかけると、まったく違うコメントを返してくることがあります。そうした変化はそのまま、次のエリアへのヒントや、隠された通路、裏ルートの存在に結びついていることが多いのです。また、建物や廃墟の中で「調べる」コマンドを使う際も、1回で終わらせず、視点を変えるイメージで何度か繰り返すのがポイント。最初は何も見つからなくても、別の会話イベントをこなしたあとに再度訪れると、新しい選択肢が現れるケースもあり、“執念深くチェックする”姿勢が攻略を大きく左右します。

パーティ編成と役割分担を意識した立ち回り

アガルタ内部の探索が本格化してくると、仲間キャラクターの中から誰を連れて行くか、パーティ編成を考える場面が増えてきます。それぞれ特徴がはっきりしており、戦闘向きの人物、情報収集に強い人物、怪しい儀式や宗教施設で力を発揮する人物など、得意分野が異なります。例えば、元軍人や傭兵経験を持つキャラクターは、銃器や爆発物を扱うイベントで有利に働きやすく、戦闘の安定感を高めてくれます。一方で、カルトマスターや医師を名乗るキャラクターは、異形の存在や奇病に関わるイベントで重要な役割を担い、普通の選択肢では切り抜けられない局面を突破する鍵になることもあります。攻略の基本としては、「危険度の高いエリアには戦闘向きの仲間を多めに」「儀式や宗教施設が絡むルートでは、精神世界や医療に詳しい仲間を優先」といったように、行き先に合わせたメンバー構成を心がけるとよいでしょう。また、キャラクターによっては相性問題もあり、一緒に連れて行くと会話イベントが追加されたり、逆にギスギスして情報が得づらくなったりすることもあります。攻略本が手元にない場合でも、「この組み合わせだと雰囲気が悪いな」「この二人は妙に気が合っているな」といった空気をテキストから読み取りながら、人間関係のパズルを解くつもりでメンバーを調整していくのが、このゲームならではの楽しみ方です。

物資と体力の管理は“ケチりすぎず、使いすぎず”のバランスを

本作の探索は、体力と物資の管理が非常に重要です。無闇に戦闘を重ねたり、回復アイテムをケチりすぎたりすると、気がついた頃には“ジリ貧”になっていることも珍しくありません。基本的には、先の見えない状況で体力をギリギリまで削るのは禁物で、「ここで倒れたらやり直しが大きくなる」と感じたら、迷わず回復にリソースを割く勇気も必要です。逆に、明らかに強敵が潜んでいそうな場所や、重要イベントが起こりそうなエリアに入る前には、充分な弾薬と回復手段を確保しておくことが鉄則です。また、本作は“戦わずして切り抜ける”ルートが用意されている場面も多いため、武力で押し切ることだけを前提にせず、「回避・交渉・逃走」を含めた選択肢を常に考えることが攻略の近道になります。どうしても勝てない敵に出会ったときは、戦い方そのものを変えるのではなく、「そもそもここで戦う必要があるのか?」と状況を疑ってみると、別ルートやイベントの取り逃しに気づけることも多いはずです。

セーブポイントの使い分けと“戻れるうちに戻る”勇気

『神の聖都』は、親切なオートセーブ機能など存在しない時代のゲームです。プレイヤー側でこまめにセーブスロットを分けておかないと、後戻りの利かない選択をしたあとで詰んでしまうケースも珍しくありません。攻略の基本としておすすめしたいのは、「重要な分岐や新エリアに入る前には、必ず別枠にセーブを残す」ということです。会話の流れやテキストの雰囲気から、「ここは物語が大きく動きそうだ」「取り返しのつかなそうな提案をされている」と感じたら、迷わず新しいセーブデータを作り、そこから先は“試しに選んでみる”気持ちで進めると良いでしょう。失敗したり、仲間が離脱してしまったりしても、前のデータに戻って別の選択肢を試せます。また、長時間プレイしているとプレイヤー自身の判断力も鈍ってくるので、「今日はここまで」と区切りを付ける意味でも、節目ごとにセーブを残しておくのは有効です。理不尽な展開を“やり直し前提のパズル”として受け止めつつ、慎重にセーブを刻んでいけば、本作特有のシビアさも、やがて心地よい緊張感へと変わっていきます。

情報の断片をつなぎ合わせて“自分なりの真相”を組み立てる

本作は、親切に真相を一から十まで説明してくれるタイプの物語ではありません。あちこちに散らばったメモ、登場人物の証言、矛盾だらけの噂話、宗教施設に残された文書、軍事機関の記録など、さまざまな情報がバラバラの形で提示され、それらをプレイヤーが自分の頭で組み立てることで、ようやく一枚の絵が見えてきます。攻略という観点から言えば、「読んだテキストを忘れないようにする」ことが唯一にして最大のコツです。プレイ中に要点をノートに控えておいたり、心に引っかかった台詞だけでもメモしておくと、後半で「この言葉はあの人物も言っていた」「この事件の裏にいたのは、結局あの組織だったのではないか」といった気づきが連鎖的に生まれます。ルートによっては、はっきりと正解が示されないまま終わることもありますが、それも含めて“自分なりの結論を出す”ことが本作の醍醐味です。単にエンディングを見るだけでなく、その過程で自分が辿った選択と、そこで得た情報の断片を見つめ直すことこそ、このゲームに対する最高の“攻略”と言えるかもしれません。

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■ 感想や評判

知る人ぞ知る“ヘビー級アドベンチャー”という位置づけ

『神の聖都』に対するプレイヤーの感想を一言でまとめるなら、「人を選ぶが、刺さる人には強烈に刺さるヘビー級アドベンチャー」といった評価に落ち着きます。発売当時から、大手メーカーの華やかなRPGやアクションの陰に隠れがちな存在であり、決して“万人向けのヒット作”ではありませんでした。しかし、実際に腰を据えて最後まで遊んだプレイヤーの多くは、その濃密な世界観と重厚なテキスト量、クセ者だらけのキャラクター群に強い印象を抱き、「簡単には忘れられない一本」として記憶に刻んでいます。とりわけ、都市が異界へと変わり果てた“アガルタ”の描写や、宗教・軍事・オカルトが混ざり合う独特のセンスは、当時としてもかなり異色で、「この雰囲気がたまらない」「他に似た作品が思い浮かばない」といった声が少なくありません。売上規模こそ限られていたものの、コアなPCゲーマーの間で静かに語り継がれてきたタイトルだと言えるでしょう。

ストーリーへの評価――重く、暗く、だからこそ忘れがたい

物語面に関しては、「明るく軽快な冒険譚とは真逆の方向性だが、そこが良い」という評価が目立ちます。1990年8月8日の大異変をきっかけに、横浜・関内の一角が世界から切り離された異界へと変質し、そこに恋人を奪われた主人公が足を踏み入れる――という導入からして、どこか終末的で、希望よりも不穏さが先立つトーンです。プレイヤーが進める先々で目にするのは、崩壊した街並みや、帰る場所を失った人々、得体の知れない儀式に身を委ねる信者たち、国家レベルの陰謀の影といった、“救いが遠い”光景ばかり。しかし、その暗さのなかに時折差し込まれる、人と人とのささやかな交流や、仲間たちのユーモア、ユウキ自身の迷いと決意が、プレイヤーの心に強く残ります。「遊び終わったあともしばらく、この世界のことを考えてしまった」「ハッピーエンドとは言い難いのに、妙な納得感がある」という感想は、本作のストーリーが持つ重みをよく表しています。物語の解釈もプレイヤーごとに分かれやすく、「アガルタとは何だったのか」「由加利の選択は正しかったのか」といったテーマについて、長く思索を巡らせるファンも少なくありません。

難易度と不親切さに対する賛否両論

一方で、『神の聖都』の評価を語るうえで避けて通れないのが、その“容赦のなさ”に対する賛否です。フラグ管理はかなりシビアで、ちょっとした会話の聞き逃しや、調査の手抜きが、何時間も後のパートで詰みにつながることもあります。さらに、戦闘や物資管理も決して優しくはなく、事前の準備不足や判断ミスがそのままゲームオーバーに直結する場面も多いため、「攻略情報なしでクリアするのはかなり覚悟がいる」「理不尽に感じる展開も少なくない」といった不満の声も上がっています。 ただ、それと同時に、「この厳しさこそが本作の魅力だ」と擁護するプレイヤーも多く、評価が割れているポイントでもあります。たとえば、「安易にご都合主義でキャラクターが助からない」「選択を誤れば、仲間があっさり退場する」といった展開は、ストーリー上の緊張感を高める要素として、肯定的に受け止められることもあります。攻略に試行錯誤が必要なゲームが好きな層にとっては、「一歩間違えば世界も自分も崩壊する」という空気を、ゲームシステムのレベルで体感できる点が高く評価されているのです。

グラフィック・サウンドへの評価――技術以上に“雰囲気”で勝負

技術的なスペックだけを見れば、本作のグラフィックやサウンドは、同時代のトップタイトルと比べて特別に派手というわけではありません。PC-8801やMSX2というハードの制約もあり、色数や解像度に限界があるのは事実です。それでもなお、プレイヤーからは「雰囲気作りがうまい」「画面の構図や色使いで不安感を煽るのが上手い」といった好意的な感想が多く寄せられています。廃墟となったビル群、闇に沈む地下施設、宗教儀式の行われる礼拝堂、異形の存在がうごめく空間など、それぞれのシーンが持つ“匂い”を、一枚絵とテキストの組み合わせで濃く描き出している点が高く評価されているのです。 サウンドに関しても、FM音源によるBGMは決して派手ではないものの、低音の効いた重いフレーズや、不協和音を含んだメロディラインが、アガルタの不穏さをしっかり支えています。加えて、主題歌を収録したミニアルバムが同梱されている点は、当時としても珍しく、「ゲームを離れても、CDを聴くたびにあの世界を思い出す」「歌詞を読みながらプレイすると、物語の印象が変わる」といった感想も見られます。グラフィック・サウンドともに、“スペックを誇る”というより、“限られた枠で最大限に雰囲気を演出する”タイプの作りであり、その方向性が好きなプレイヤーからは高い支持を得ています。

テンポと快適さに対する不満――ディスク時代ならではの悩み

否定的な意見としてよく挙げられるのが、プレイテンポの重さと操作性の古さです。PC-8801版はフロッピー8枚組という大ボリュームゆえに、場面切り替えやロードのたびにディスク交換を求められることが多く、長時間プレイしているとその手間がストレスに感じられることもあります。また、インターフェイスも現代の基準からすると不親切で、マウス操作前提ではなくキーボード中心のため、文字入力やコマンド選択の繰り返しに疲れてしまうプレイヤーも少なくありません。「物語や世界観は素晴らしいが、とにかくテンポが重い」「現代の快適な環境に慣れてしまうと、なかなか腰を据えにくい」という感想は、とくに若い世代のプレイヤーから聞こえてくる声です。 ただし、この点に関しても「不便さも含めて80年代PCゲームの味だ」と楽しむユーザーもいます。ディスク交換の合間に一息入れたり、長いテキストをじっくり読み込んだりする時間そのものを、“当時のゲーム体験”として愛おしむ姿勢も確かに存在します。評価が分かれるポイントではありますが、少なくとも“ライトユーザー向けではない”という点については、多くのプレイヤーが一致した認識を持っていると言えるでしょう。

入手性の低さと、コレクターズアイテムとしての価値

発売から長い年月が経過したこともあり、『神の聖都』は物理的なパッケージを入手しづらいタイトルのひとつになっています。とくにPC-8801版のようなフロッピーディスク構成のパッケージは、ディスク状態の良し悪しがダイレクトにプレイ可否に直結するため、“実際に遊べる完品”を探すのは簡単ではありません。その分、コレクターの間では「箱・説明書・ミニアルバムまで揃っているか」「帯やチラシが残っているか」といった細かな要素が評価の分かれ目になり、状態の良い個体にはプレミア的な価値が付くこともあります。 こうした事情もあって、実機でのプレイ経験がある人は決して多くはありませんが、だからこそ「遊んだことのある人の話が貴重」「当時リアルタイムで触れたプレイヤーの記憶が、今もネット上で参照されている」といった現象が起きています。レトロPCゲームの中でも、メジャータイトルとは一線を画した“知る人ぞ知る大作”として、コレクター・マニア層を中心に根強い人気を保っている作品です。

現代からの再評価――ジャンル横断的な“異色作”として

近年、レトロPCゲームへの関心が高まるにつれ、『神の聖都』も新たな視点から再評価されつつあります。かつては単に「難解で重いアドベンチャー」と見なされていた側面が、今では「アドベンチャーとRPGの境界線を揺るがす試み」「都市伝説・オカルト・軍事サスペンスを一つの器に無理なくまとめた実験的作品」として注目されるようになってきました。また、“恋人を探しに異界へ向かう”という個人的な動機を軸にしながら、国家レベルの陰謀や宗教的テーマも織り込む構成は、後年のさまざまな作品と比較しても独自性が高く、「今遊んでも古びていない」と感じるプレイヤーも多いようです。 もちろん、操作性やテンポの問題など、プレイ環境のハードルは依然として高いままですが、それを乗り越えて遊んだプレイヤーの多くが、「時代の制約の中で、ここまで尖った表現をやろうとしていたのか」と驚嘆し、敬意を表しています。結果として、『神の聖都』は“名作”“傑作”というよりも、“時代を象徴する異色作”“一度は名前を覚えておきたい問題作”といったニュアンスで語られることが多いタイトルになりました。 派手な知名度こそありませんが、深く潜れば潜るほど味が出る――そんな“スルメのようなゲーム”として、今日もレトロPCゲーム愛好家の記憶に強く刻まれ続けているのが、この『神の聖都』なのです。

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■ 良かったところ

世界観への没入感がとにかく濃い

『神の聖都』の長所として真っ先に挙げられるのは、プレイヤーを“アガルタ”という異常空間に引きずり込む没入感の強さです。一般的なRPGやADVでは、「舞台設定」「人物紹介」「目的」といった要素がバラバラに提示されがちですが、本作ではそれらが一体となってじわじわと迫ってきます。冒頭で語られる大異変、徐々に明らかになる関係者たちの証言、封鎖区域に残された痕跡――そうした断片が、テキストとビジュアルの積み重ねによって、気づけば頭の中に“自分だけのアガルタ像”を形作っていくのです。単純な善悪や白黒では割り切れない、湿度の高い世界観が最後まで崩れないため、「ゲームを終了しても、しばらくは頭の中がこの世界から切り替わらない」という感想を抱くプレイヤーも多くいます。プレイ中はもちろん、クリア後もふとした瞬間にシーンや台詞が蘇ってくる――そうした残像の強さこそ、本作の“良かったところ”の大きな柱と言えます。

キャラクター一人ひとりに感じられる“生々しさ”

もう一つの大きな魅力は、登場人物すべてが妙に生々しく、単なる役割記号に収まっていない点です。主人公ユウキはもちろん、元海兵隊員ノートン、元英国情報部員シェイマス、カルトマスターのフィレン、自称天才医師ハインツ、商人アレック、元エジプト軍外人部隊のミシェル、元サーカス団員ルトガーなど、誰もが分かりやすいヒーロー像からわざと外されており、それぞれに“過去の傷”や“他人に見せたくない一面”を抱えています。会話を重ねていくと、ふとした台詞や選択肢の背景から、「この人物はこういう世界を見てきたのだろう」「この言葉の裏には、言えない後悔が潜んでいるのではないか」といった想像が自然と膨らみます。その結果、単に“戦闘力が高いから便利な仲間”という以上の感情移入が生まれ、「このキャラを失いたくないから、この選択は避けよう」といったプレイ方針にもつながっていきます。プレイヤーの選択次第で彼らの運命が大きく変わる場面が多い分、一人ひとりへの思い入れも強くなり、「このキャラと一緒に最後まで行けて良かった」と心から感じられる点が、本作ならではの良さです。

ADVとRPGのバランスが絶妙なゲームデザイン

アドベンチャーとRPGの要素を混ぜ合わせた作品は数多くありますが、『神の聖都』が評価される理由の一つは、その“配合比率”の巧みさにあります。テキスト主体のADVでありながら、体力・装備・メンバー構成といった要素がシナリオと深く結びついているため、「文章を読むだけ」では決して攻略できません。かといって、戦闘やレベル上げが全面に出すぎるわけでもなく、あくまで物語を進めるための緊張感を生む仕掛けとして組み込まれています。このバランスのおかげで、プレイヤーは常に頭と感情の両方を使ってプレイすることになります。先に進みたい一心で無茶をすれば物資が尽きてしまい、慎重になり過ぎれば重要なイベントのタイミングを逃すかもしれない――その綱渡りのような感覚が、長時間のプレイでも緊張感を保ち続けてくれるのです。「文字を読む楽しさ」と「ゲームとしての駆け引き」を同時に味わえる点は、長所として強く挙げられます。

重厚なビジュアルとサウンドが生む“音付き小説”感覚

グラフィックやBGMに関しても、本作は“派手さ”より“雰囲気”を徹底して追求している点が評価されています。画面いっぱいに描かれるイベントCGは、色数こそ限られているものの、構図や陰影の付け方、画面の中の空白の取り方が巧みで、その一枚を眺めているだけで「この場所に何が起きたのか」「ここにいた人たちはどうなったのか」と、自然に想像が膨らみます。テキストはその想像を補うように、必要以上に説明的にならない絶妙な距離感で状況を描き出し、プレイヤー自身のイメージを尊重する書き方になっています。 BGMもまた、派手なメロディで耳を引くというより、淡々とした中に不穏なフレーズを混ぜ込むことで、「この場所は危ない」「この静けさは嵐の前触れかもしれない」といった心象を音で伝えてきます。加えて、パッケージに同梱された主題歌入りミニアルバムは、ゲーム本編と地続きの世界観を音楽だけで再確認できる“手触りのある付加価値”として機能しており、プレイヤーに「一冊の分厚い小説を、音楽付きで読み終えたような満足感」を与えてくれます。

プレイヤーの想像力を信頼した“余白”の多い物語構成

『神の聖都』の物語は、すべてを細かく説明してくれるタイプではありません。むしろ、“説明しないこと”を意識的に選んでいると感じられる場面が多く、プレイヤーの想像力に委ねられた余白が随所にあります。アガルタの正体や大異変の本当の原因、由加利の心情、各組織の思惑など、断片的な情報は豊富に提示されるものの、最後まで一本の線でつなぎきるかどうかはプレイヤー次第です。この設計は、人によっては「分かりにくい」と受け取られる一方で、「自分で考え、結論を出す余地があるのが良い」「プレイ後に考察する楽しみが残されている」と高く評価する声につながっています。 特に、“正解の一つだけが用意されているわけではない”という感覚は、複数のエンディングやルート分岐の有無とは別のレベルで、本作の大きな魅力になっています。同じエンディングに到達したとしても、「なぜこうなったのか」「あそこで別の選択をしていたらどうなっていたのか」といった問いの答えはプレイヤーごとに異なり、それがそのまま“自分だけの『神の聖都』体験”として記憶に残るのです。

やり遂げたときの達成感と“旅を終えた”感覚

難易度や不親切さが語られる作品ではありますが、それでもなお多くのプレイヤーが「クリアしたときの達成感は格別だった」と口をそろえるのは、本作の良さを端的に示しています。ディスク交換の手間、フラグ管理の厳しさ、戦闘や物資管理のシビアさ――そうしたハードルを乗り越えてエンディングに辿り着いた瞬間、単にゲームを一本終えたというより、「一つの危険な旅を生き延びた」という実感が強く残ります。長い時間をかけてアガルタを彷徨い、幾度となく仲間と別れ、選択に迷い、時には後悔しながらも前に進んできたプレイヤーにとって、エンディング画面はそれまでの歩みを凝縮した“旅の終着点”として、忘れがたい景色になります。クリアしてしまうと、「もうこの世界には二度と戻れないのではないか」という寂しさと、「それでもまた最初から訪れてみたい」という矛盾した感情が入り混じる――この独特の後味を味わえることも、『神の聖都』の“良かったところ”として多くのプレイヤーの記憶に刻まれています。

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■ 悪かったところ

フラグ管理がシビアすぎて“詰み”やすい

『神の聖都』で多くのプレイヤーがまず不満を漏らすのが、この作品特有のフラグ管理の厳しさです。ある人物に話しかけるタイミングが少し遅れただけで重要イベントが発生しなかったり、特定の場所を“その時点で一度だけ”調べておかないと後半のルートが開かない、といった仕様が随所に散りばめられています。一見すると自由度が高いように見えるアガルタ探索も、実際には見えない条件によってルートが制限されており、それを知らずに進めてしまうと、「何時間も進行したあとで行き詰まり、過去のセーブからやり直す」という事態になりがちです。しかもゲーム内で明確に“ヒントらしいヒント”が提示されないケースも多く、「なぜ詰んだのかが分からない」「何をやり残したのか見当がつかない」というもどかしさに繋がります。試行錯誤を楽しめるプレイヤーには刺激的な作りですが、気軽に物語を追いたい人にとっては、極めてハードルの高い設計と言わざるを得ません。

理不尽に感じられるゲームオーバーとキャラ離脱

本作には、プレイヤーの選択がそのまま仲間の生死や物語の進行に直結する場面が多く、そこが“シビアで良い”と評価される一方で、「あまりにも唐突すぎる」と批判されることもあります。何気ない選択肢を選んだだけなのに、いきなり致命的な状況に追い込まれたり、事前の前振りも少ないまま仲間が死亡・離脱してしまったりするケースがあり、初見プレイでは“理不尽な罠”として受け止められがちです。たとえば、装備や物資の準備が整っていない状態で深部に踏み込むと、もう後戻りができないまま高難度の戦闘やイベントが連続し、そのまま詰み状態に陥ることもあります。また、「このキャラはここで守るべきだ」というメッセージがテキスト上で明示されないため、プレイヤーが何となく選択した結果として、思い入れのあるキャラを失ってしまうこともあり、そのショックが「感情的なカタルシス」よりも「やり場のないストレス」として残ってしまうことも少なくありません。

テンポの悪さと操作性の古さがプレイを阻む

PC-8801版がフロッピーディスク8枚組という事実からも分かるように、本作はロードやディスク交換の頻度が非常に高い作品です。場面転換のたびに「○番のディスクを入れてください」と求められ、探索をこまめに行うプレイスタイルだと、その繰り返しだけで体力を削られていきます。PC-9801版やMSX2版ではメディア構成が多少改善されているものの、それでも現在の感覚からするとロード時間や切り替えのテンポは重く、長時間のプレイではどうしても“かったるさ”を感じてしまいます。 操作性についても、ファンクションキー主体のコマンド選択や、マウスを前提としないインターフェイスは、当時の標準仕様とはいえ、現代から触れると不親切に映ります。頻繁に同じコマンドを繰り返し入力したり、何度も同じ場所を調べ直したりする必要があるにもかかわらず、ショートカットや履歴呼び出しのような便利機能がほとんど用意されておらず、「ゲームそのものより操作の反復に疲れてしまう」という声も挙がります。物語の密度に対して、操作面の足腰がどうしても追いついていない――これが本作に対してよく言われる欠点の一つです。

情報提示が少なく、理解するには“読み解き力”が必須

『神の聖都』は、物語や世界設定をプレイヤーの想像に委ねる“余白”の多さが魅力である一方で、そのこと自体が大きなマイナス要素にもなっています。アガルタの成立経緯や、各組織が何を目指して動いているのか、由加利がどのような立場に置かれているのか――といった核心部分について、ゲーム内のテキストは断片的なヒントを投げかけるだけで、分かりやすく整理してはくれません。そのため、ストーリーを“読み解く力”や、“自分なりの答えを組み立てる姿勢”を持つプレイヤーには深く刺さりますが、純粋に「わかりやすい物語を楽しみたい」という層にとっては、「結局何がどうなっていたのか、腑に落ちないまま終わった」「説明不足に感じる」といった不満に繋がってしまいます。 特に、終盤の展開は解釈の幅が広く、ルートによっては明確なカタルシスが訪れないため、「長時間付き合ったのに、報われた感じが薄い」と感じる人も少なくありません。多層的な物語を読み解く喜びと、“翻訳してくれないもどかしさ”が紙一重のバランスで共存していることが、本作の最大の魅力であり、同時に最大の欠点にもなっているのです。

戦闘や数値部分は“作業感”を覚える場面も

ADVとしてのテキストやイベントのクオリティに比べると、戦闘や数値管理の部分はやや粗く感じられる場面があります。敵との遭遇時に行われる戦闘処理は簡易的なものが多く、選択肢こそあるものの、基本的には事前の準備と運に左右される要素が大きく、「戦い方の工夫でどうにかする」というより、「回復アイテムや弾薬をどれだけ残しているか」で勝敗が決まりやすい構造です。そのため、シナリオ部分での駆け引きの密度に比べると、純粋な戦闘パートは“作業の繰り返し”と捉えられてしまうこともあります。 また、レベルアップやパラメータ成長といったRPG的な手応えが薄いため、「頑張って敵を倒しても、あまり報われた実感がない」「戦闘に勝っても、物語の進行以外にメリットが見えにくい」といった声も聞かれます。ADVとRPGのハイブリッドを掲げつつも、RPG要素の作り込みが相対的に弱いため、そこを期待してプレイすると肩透かしを覚える、というのが正直なところでしょう。

プレイ環境の制約と入手難易度の高さ

作品そのものの出来とは別に、“悪かったところ”として無視できないのが、プレイ環境の制約とソフトの入手難易度です。対応機種はいずれも80〜90年代のPC(PC-8801、PC-9801、MSX2)であり、現代においてこれらの実機を動く状態で維持しているプレイヤーは決して多くありません。加えて、フロッピーディスクというメディアの劣化問題もあり、「ソフトを入手できたとしても正常に読み込めるとは限らない」というハードルがあります。結果として、興味を持っても実際にプレイできる人がごく限られてしまい、“評価を共有しづらい作品”になっているのは否めません。 また、当時のマニュアルや同梱物も攻略上重要な情報源になっているため、中古で説明書欠品の状態で入手した場合、ゲーム内での情報不足と相まって難易度がさらに跳ね上がることになります。こうした点は“レトロPCゲームあるある”ではあるものの、本作のように情報の断片を拾い集めて進めるタイプのゲームにとっては、特に致命的な欠点として作用してしまいます。

“覚悟のいる一本”ゆえに、人に勧めづらい

最後に、作品そのものというより“プレイヤー側の心理”に関わる悪い点として、「他人に気軽に勧めづらい」という問題があります。物語・世界観・キャラクター・雰囲気といった点に強い魅力がある一方で、前述のようなフラグ管理の厳しさ、不親切なインターフェイス、プレイ時間の長さ、入手性の悪さなど、多数のハードルが存在するため、「面白いけど、人を選ぶ」「好きな人には全力で推したいが、誰にでも薦められる作品ではない」という評価に落ち着きがちです。 これにより、口コミで広がる機会が限られ、名作としての知名度を獲得しにくかったという側面もあります。実際、プレイ経験者の多くが「自分にとっては忘れられない一本だが、万人にはとても勧められない」という、どこか複雑な愛情表現をしており、そのこと自体が『神の聖都』という作品の“扱いづらさ”と“魅力”の両方を象徴していると言えるでしょう。 総じて、本作の悪いところは、「時代の制約」と「作り手の野心」がぶつかり合った結果生まれた“いびつさ”に集約されます。そのいびつさを含めて愛せるかどうかが、このゲームと長く付き合えるかどうかの分水嶺になっているのです。

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■ 好きなキャラクター

主人公・ユウキ――“普通の若者”だからこそ感情移入できる

『神の聖都』で「好きなキャラクターは誰か」と聞かれたとき、真っ先に名前が挙がりやすいのは、やはり主人公のユウキでしょう。彼は特殊部隊出身でもなければ、天才科学者でもありません。大異変のさなかに恋人を失い、その喪失感と罪悪感を抱えながら、二年後に再びアガルタへ向かう“普通の若者”です。だからこそ、プレイヤーは彼の視点にすんなり入り込むことができ、「もし自分ならどうするか」を自然に重ね合わせながら物語を追いかけられます。ユウキの魅力は、派手な名台詞や超人的な活躍にあるというより、迷い、立ち止まり、それでも少しずつ前に進んでいく姿にあると言ってよいでしょう。アガルタの闇を前にして怯えながらも、それでも由加利を追い続けようとする頑固さや、一緒に行動する仲間への気遣い、時に感情を爆発させてしまう未熟さなど、完璧ではない人間らしさが、プレイヤーの心を引きつけます。「立派な英雄」ではなく、「傷だらけのまま歩き続ける青年」として描かれていることが、ユウキを“好きなキャラ”に押し上げている大きな理由でしょう。

由加利――姿が見えないまま、物語を支配するヒロイン

由加利は、ゲーム序盤から中盤にかけて、ほとんど姿を見せないにもかかわらず、プレイヤーの心に強い存在感を残すキャラクターです。大異変の中で失踪し、その後は「アガルタに囚われている」「何かの儀式に関わっているのではないか」といった噂や断片的情報で語られるだけですが、その“見えないヒロイン”であること自体が、物語全体に独特の緊張感を与えています。ユウキの行動原理のほとんどは、「彼女を見つけ出す」という一点に集約されており、プレイヤーもいつの間にか、顔も声もよく知らない彼女の存在を追い求めることになります。由加利がどんな選択をしたのか、本当に救われたいと願っているのか、それとも別の道を望んでいるのか――そうした“分からなさ”は、プレイヤーの中でさまざまなイメージを呼び起こし、結果として「この物語の中心にいるのは、やはり彼女だ」と感じさせます。後半で由加利の真意に触れたとき、プレイヤーが抱く感情は、人によって大きく異なりますが、「最後まで彼女のことを考え続けてしまった」という意味で、“忘れられない好きなキャラクター”として心に残る存在です。

ノートン――頼れる“戦場のプロ”ににじむ優しさ

ノートンは元海兵隊員という経歴からも分かる通り、戦闘面で圧倒的な頼もしさを発揮するキャラクターです。冷静沈着で、状況判断に長け、危険地帯でも怯むことなく先陣を切る――いわば“軍人の鑑”のような人物ですが、彼の魅力はそれだけではありません。プレイを進めていくと、彼の言動の端々に、仲間の命を軽んじない姿勢や、若いユウキを気遣う優しさが垣間見えます。過去の戦場で何を見てきたのか、どのような後悔や罪悪感を抱えているのか、詳細に語られることは多くありませんが、だからこそ、彼の短い台詞の一つひとつに重みが宿ります。「口数は少ないが、必要なときには必ず支えてくれる大人」というポジションは、物語の中で非常に心強く、プレイヤーにとっても精神的な支柱となる存在です。危険な局面でノートンの提言に従うかどうか、あるいは彼の忠告を無視するかどうか――そういった選択が、そのまま彼に対する信頼の表明になるため、プレイヤーの人格までも試されているような感覚を覚える人もいるでしょう。

シェイマス――情報戦のプロが見せる冷徹さと誠実さ

元英国情報部員のシェイマスは、“知脳派”キャラクターとして人気の高い一人です。表情や口調からは一見飄々とした余裕が感じられるものの、実際には常に状況を俯瞰し、誰が何を隠しているのか、どの勢力がどんな思惑で動いているのか、といった情報の流れを冷静に読み解いています。彼の会話には皮肉やブラックユーモアも多く、ユウキやノートンとの掛け合いは、重くなりがちな本作の空気を一瞬だけ和らげてくれる“潤滑油”として機能しています。 しかし、単なる軽口キャラで終わらないのがシェイマスの魅力です。物語が進むにつれて、彼自身もまた国家レベルの暗部に関わってきた人物であり、「真実を知ることが本当に幸せなのか」「情報を握る側は、どこまで責任を負うべきか」といった重いテーマに向き合っていることが示唆されます。プレイヤーが彼の助言をどこまで信じるかによって、展開が微妙に変化する場面もあり、その“信頼と疑念の揺れ”が、シェイマスをより印象深いキャラクターへと押し上げています。

フィレン――信仰と狂気のあいだで揺れるカルトマスター

フランス出身のカルトマスター・フィレンは、好みが分かれつつも「どうしても気になる」「嫌いになり切れない」という意味で人気の高いキャラクターです。宗教的な言辞を用いながら、アガルタの存在を“啓示”として解釈し、そこに自らの役割を見出そうとする姿は、一歩間違えば完全な狂人に見えます。しかし、物語を追ううちに、彼が単に人を騙しているだけの教祖ではなく、誰よりも真剣に“この世界の意味”を求めている人物であることが見えてきます。 フィレンが絡むイベントでは、しばしば論理的説明を超えた“信じるか信じないか”の選択を迫られます。科学や軍事でアガルタを理解しようとする勢力がいる一方で、彼は言葉にならない領域に踏み込もうとし、その姿勢に共鳴するかどうかはプレイヤー次第です。だからこそ、彼を「危険な狂信者」として遠ざけるプレイヤーもいれば、「不気味だが、どこか気持ちが分かる」と複雑な好意を抱くプレイヤーもいます。この“好き嫌いでは割り切れない魅力”こそが、フィレンというキャラクターの真骨頂でしょう。

ハインツ――自称天才医師の、胡散臭さと頼もしさ

ハインツは、自らを“天才医師”と称するドイツ人で、その言動は終始どこか胡散臭く、プレイヤーを不安にさせます。薬品や手術に関する話題になるとテンションが上がりすぎてしまったり、倫理観を疑いたくなるような冗談を飛ばしたりと、「本当に信用して大丈夫なのか?」と首をかしげたくなる要素が満載です。それでも、多くのプレイヤーが彼を“好きなキャラクター”として挙げるのは、その胡散臭さの裏に、確かな技術と、時折見せる人間味を感じ取っているからでしょう。 致命傷に近い状態から仲間を救ってくれたり、未知の病や毒に対して冷静に対処してくれたりする場面では、彼の存在がまさに生命線になります。「いざというとき、頼れるのは結局こういうタイプの人間なのかもしれない」と思わせてくれるバランス感覚が、ハインツの魅力です。軽口と危うさ、そして職人としてのプライドが混ざり合ったキャラクターであり、“嫌いになれない怪人物”として印象に残ります。

アレックとミシェル――裏社会の匂いをまとったコンビ

商人アレックと、元エジプト軍外人部隊のミシェルは、それぞれ単体でも魅力的ですが、二人の掛け合いまで含めて“好きだ”というプレイヤーが多い組み合わせです。アレックは金と情報の匂いに敏感な現実主義者で、危険な状況でもちゃっかり利益を見逃さないタイプ。一方のミシェルは、女言葉で喋りながらも戦闘能力は高く、場の空気を読みつつも、時に鋭いツッコミを入れてくるキャラクターです。この二人が同じ場面に登場すると、空気が一気に“裏社会”寄りの色を帯び、緊迫した状況でもどこか愉快なやり取りが生まれます。 彼らは決して善人とは言い難いものの、アガルタのような無法地帯では、「こういう人間の方が実は生き延びるのに向いているのかもしれない」と感じさせるリアリティがあります。ユウキのような素朴な青年とは対照的ですが、その価値観の違いが会話の妙味となって、プレイヤーを楽しませてくれるのです。

ルトガー――サーカス団員が持つ“身軽さ”と“影”

元サーカス団員のルトガーは、“身体能力タイプ”のキャラクターとして知られています。高所での移動や危険な足場を渡るシーンなど、彼の芸がそのまま実用的なスキルとして活かされる場面が多く、「いてくれて良かった」と実感できるキャラの一人です。明るく軽妙な雰囲気を持ちながらも、サーカス団を離れることになった経緯や、華やかな舞台の裏側で見てきた現実については、あまり多くを語らないため、そこにさりげない“影”が漂っています。そのギャップが、「ただの陽気なムードメーカーではない」と感じさせるポイントであり、好感度を上げている要因でしょう。 ルトガーは、アガルタのような不条理な空間にあっても、身のこなしの軽さと前向きさでその場を切り抜けていくスタイルで、プレイヤーにとっても「このキャラがパーティにいるだけで、少しだけ心が軽くなる」存在です。戦闘でもイベントでも、“ちょっとだけ状況を良くしてくれる人”として、じわじわとお気に入りになっていくタイプと言えるでしょう。

脇役たち――一言二言で印象を残す“モブの強さ”

そして、『神の聖都』を語るうえで忘れてはならないのが、名前もろくに覚えられないような脇役たちの存在です。アガルタの街角で出会う住人、崩壊前の関内を知る元関係者、宗教施設の信者たち、軍や情報機関の職員――彼らはストーリーの中心人物ではありませんが、一言二言の台詞や、短いイベントの中で強烈な印象を残していきます。「あの日、あの場所で何を見たのか」「なぜここまで来てしまったのか」といった断片的なエピソードは、プレイヤーにとって“真相を読み解くヒント”であると同時に、“この世界に確かに暮らしていた人々”の証でもあります。 そうしたモブキャラたちに心を動かされ、「名前も分からないあの人が、妙に記憶に残っている」と感じるプレイヤーも少なくありません。いわば、世界観そのものに血を通わせているのが彼らであり、「好きなキャラクターは?」という問いに対して「誰とは言えないけれど、この世界にいた人たちが好きだ」と答えたくなる――そんな、群像劇的な魅力が本作にはあります。

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●対応パソコンによる違いなど

PC-8801版――“本家”としての存在感と、8枚組ゆえの重さ

『神の聖都』を語るうえで、まず外せないのがPC-8801版です。開発の中心となったプラットフォームであり、作品の“素の姿”が最もよく出ているバージョンと言ってよいでしょう。画面はPC-88らしい解像度と色数の制約の中で構成されており、イベントCGはどこか荒削りでありながら、陰影の付け方や構図の工夫によって、アガルタの不気味さや退廃した都市の空気感が濃厚に表現されています。少しざらついたドットの質感と、どこかくすんだ色合いは、逆に“崩壊した街”というテーマとよく噛み合っており、「これこそが『神の聖都』のイメージだ」と感じるプレイヤーも多いはずです。 一方で、PC-8801版特有の特徴として、フロッピーディスクの枚数の多さがあります。大ボリュームのシナリオとグラフィックを収めるため、ディスクを頻繁に入れ替えながら進めていくプレイ体験は、快適さという意味では明らかにハンデですが、その“重さ”も含めて当時のPC大作ADVらしい手触りを形成しています。ロードのたびに小さく鳴るドライブ音や、ディスク交換を促すメッセージは、今となっては時代を象徴するノイズのようなものですが、それがかえって“長い旅をしている”という実感を強めてくれるのも事実です。 サウンド面でも、PC-88版はFM音源らしい金属的な響きと、乾いたリズムが印象的で、アガルタの不穏さや、地に足のつかない浮遊感を音で支えています。音色は決して豪華ではないのに、低音のフレーズや不協和音をうまく使うことで、じわじわと心を締め付けてくるようなBGMに仕上がっており、“音付き小説”としての本作の方向性を最初に形にしたバージョンと言えるでしょう。操作性に関しては、キーボード主体のコマンド選択が前提で、ファンクションキーやテンキーを使いながら進めていくスタイルです。慣れるまでは少しとっつきづらいものの、手元の操作と画面上のイベントが次第に同期してくると、いかにも“80年代PCアドベンチャーを遊んでいる”という感覚が心地よくなってきます。

PC-9801版――画面の見やすさとプレイ感の“洗練”

PC-9801版は、同じ物語とゲーム構造を持ちながらも、見た目とプレイ感が少し現代寄りに整えられた印象のバージョンです。高解像度のグラフィックモードを活かし、イベントCGの線がよりシャープになり、文字情報も読みやすく整理されています。PC-88版ではやや潰れて見えた細かな背景描写や、キャラクターの表情の違いが、98版ではくっきりと認識できる場面も多く、ストーリーを追ううえでのストレスが軽減されていると感じるプレイヤーも多いでしょう。テキストウインドウの配置やフォントの視認性も改善されていることが多く、長時間のプレイ時に目が疲れにくいことも、このバージョンならではの利点です。 ディスク構成やロード周りも、PC-8801版と比べればある程度整理されていることが多く、ディスク交換の頻度がやや抑えられているため、プレイテンポはわずかに軽快です。とはいえ、現代の基準から見ればやはり“じっくり付き合う作品”であることに変わりはなく、「88版の重さに比べればマシ」といった相対的な評価になりますが、それでも快適さの差は長時間プレイでは確実に効いてきます。 サウンドについても、PC-98環境ならではの音の厚みを感じ取れる場面があり、同じ曲であっても88版と98版では印象が少し変わって聞こえることがあります。特に低音域や残響の表現が異なるため、アガルタの静けさや圧迫感が、ハードごとにわずかなニュアンスの違いを持って伝わってくるのが面白いところです。「どちらが優れているか」というより、「88版は荒々しく、98版はやや整ったサウンド」といった感覚の違いとして楽しめるでしょう。 インターフェイス面でも、PC-98版は画面レイアウトに余裕があるため、コマンドリストやステータス情報を少し整理して表示でき、プレイヤーが状況を把握しやすい作りになっています。PC-88版で感じた“ぎゅうぎゅう詰め”の印象が和らいでいるため、「内容はそのままに、遊びやすさだけ一段階引き上げた版」として、レトロPCに慣れていないプレイヤーに薦めやすいのも特徴です。

MSX2版――制約の中で工夫を凝らした“別アングル”のアガルタ

MSX2版は、同じ『神の聖都』でありながら、ハードウェアの特性上、PC-88/98版とは少し違った味わいを持つ移植です。MSX2らしいパレット構成と描画方法の違いから、イベントCGの色合いやコントラストが変化しており、同じシーンでも「こちらの方がカラフルに見える」「陰影の出し方が違って、少しポップな印象になっている」といった感覚を覚えることがあります。PC-88版のくすんだトーンに慣れた目で見ると、MSX2版のアガルタはどこか“異端の別世界”として映り、それが逆に面白く感じられるプレイヤーもいるでしょう。 テキストまわりについては、画面レイアウトの制約から、文章の改行位置やウインドウサイズが若干調整されている場面も多く、会話のリズムや情報の見え方が微妙に変化しています。その結果として、同じシーンでもPC-88/98版とは違うテンポで読み進めることになり、「MSX2版の方が会話が軽快に感じる」「逆にこちらの方が詰め込み感が強い」といった印象の違いが生まれます。 サウンド面では、MSX2の音源環境に合わせてアレンジが施されており、同じメロディラインであっても音色の選び方や和音の構成が変えられている場合があります。これにより、PC-88版で重苦しく響いていた曲が、MSX2版では少しシャープで鋭い印象になったり、その逆に、冷たく乾いた雰囲気が強調されて聞こえたりすることもあり、「異界の空気感の伝わり方」が変化しているのが興味深いところです。 ゲームシステムやシナリオの骨格は基本的に共通していますが、ハード性能やメモリ制約の関係で、一部の演出や細かな表現が簡略化されている可能性もあり、プレイフィールは若干コンパクトな印象を受けることがあります。とはいえ、アガルタ探索の緊張感や、フラグ管理のシビアさといった本作の根幹部分はしっかり残されており、「MSX2という別の窓から覗いた『神の聖都』」として楽しむことができるバージョンです。

操作感と“遊び心地”の比較――どの版にも一長一短

3機種を横並びにして比較したとき、単純に「どれが一番良い」と言い切るのは難しく、それぞれに長所と短所が存在します。PC-8801版は、本家らしい雰囲気と“当時そのまま”の濃度が魅力であり、多少の不便さも含めて体験したい人向けです。PC-9801版は、グラフィックとテキストの見やすさ、ロード周りのまとまりの良さから、同じ内容を少しでも遊びやすい形で楽しみたい人に向いています。MSX2版は、色合いや音のニュアンスの違い、レイアウト変更による読み心地の差など、移植ならではの微妙な味付けを楽しみたい人に向いた選択肢と言えるでしょう。 操作感についても、PC-88/98はキーボード主体のコマンド操作に適した設計がなされているのに対し、MSX2版は家庭用機寄りの環境で遊ぶことも想定されている分、カーソルキーやジョイスティックで操作するスタイルに馴染みがあるプレイヤーには取り付きやすい側面があります。現代の環境でレトロPCを触る場合、どのハードに慣れているか、どんな入力デバイスを用意できるかによっても、“遊びやすい版”は変わってくるでしょう。

プレイヤーごとの“ベスト版”が分かれる作品

最終的に、『神の聖都』のどの版を“ベスト”と感じるかは、プレイヤーごとの経験や好みに強く左右されます。PC-88全盛期をリアルタイムで知る人にとっては、「あの頃の空気を一番濃く閉じ込めているのはPC-8801版だ」と感じるかもしれませんし、PC-98を通じてビジネス機からゲームの世界に入った人にとっては、「仕事用マシンでこっそりこんなディープなADVを遊んでいた」という思い出込みで、98版に愛着を抱くこともあるでしょう。MSX2をメイン機として使っていたプレイヤーにとっては、「憧れのPCゲームが自分のマシンでも遊べるようになった」という喜びとともに、この移植版を特別な一本として記憶している可能性もあります。 重要なのは、どの版であっても、“アガルタという異界に足を踏み入れ、帰る場所を捜し求める物語”という核心部分は共通しているという点です。グラフィックの線の太さや色合い、音色の違い、操作の感触といったものは、あくまでその世界に到達するための“入口の違い”に過ぎません。それぞれのハードが持つ個性が、『神の聖都』という作品に別々の陰影を与えている――そう考えると、このタイトルを複数機種で遊び比べること自体が、一種の贅沢な楽しみ方だと言えるでしょう。

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●同時期に発売されたゲームなど

★展望台(MURDER ON THE TOP)――展望タワーから連続殺人を阻止せよ

・販売会社:ビクター音楽産業 ・販売された年:1989年 ・販売価格:7,800円前後(PC-8801版・FD) 『展望台』は、超高層ビルの展望台から、外の世界で起こる連続殺人を阻止していく推理アドベンチャーです。プレイヤーは展望台から一歩も外に出られないという、徹底した“密室視点”が特徴で、双眼鏡や監視カメラ、双方向通信など限られた手段を駆使し、ビル周辺で進行する事件の兆候を読み取っていきます。視界に映る人物の動きや、わずかな異変を手がかりに、「次にどこで誰が狙われるのか」を推理し、先回りして警告や通報を行うのがゲームのキモです。 コマンド総当たりで進む一般的なADVとは違い、プレイヤー自身の観察力と想像力が強く問われる構造になっており、事件の順番や対処方法によって展開が変わるため、何度も遊び直す楽しさがあります。『神の聖都』と同じく“都市空間”を舞台にしながら、こちらは「視界の制限」をギミックとして前面に押し出した作品であり、同時期のPCアドベンチャーの中でも、ひときわ実験色の濃いタイトルとして知られています。

★死霊戦線2(War of the Dead Part 2)――終末世界をさまようサバイバルADV

・販売会社:ビクター音楽産業 ・販売された年:1989年 ・販売価格:7,800円(税抜)前後 『死霊戦線2』は、ゾンビや怪物が跋扈する終末世界を舞台にした、アドベンチャー+アクションRPG風の作品です。前作同様、プレイヤーはヒロインのライラとなり、壊滅状態にある都市を巡って生存者を捜索し、“黄泉路”と呼ばれる異界の入口を封印することが目的となります。 画面上ではフィールド探索と会話、アイテムの管理が中心ですが、要所ではリアルタイムアクション風の戦闘も挿入され、ADVでありながら緊張感のあるバトルを楽しめる構成になっています。住人から断片的な情報を集めながら、次に向かうべき場所を推理し、限られた弾薬や体力をやりくりするプレイ感は、ホラーアドベンチャーでありつつ、サバイバルゲーム的な手触りも兼ね備えた独特のもの。『神の聖都』と同様、崩壊した街を舞台に“失われた日常”と対峙する作品であり、終末感の表現という点でよく比較される一本です。

★MSフィールド 機動戦士ガンダム――一年戦争を戦場レベルで追体験

・販売会社:ファミリーソフト ・販売された年:1989年 ・販売価格:6,800円前後(PC-8801版) 『MSフィールド 機動戦士ガンダム』は、人気アニメ『機動戦士ガンダム』の世界をPC-8801上で戦略シミュレーションとして再構成したタイトルです。プレイヤーは地球連邦軍/ジオン公国軍いずれかの指揮官となり、モビルスーツ部隊を運用しながら、さまざまな戦線を戦い抜いていきます。 本作の特徴は、マップ上で部隊を動かすだけでなく、各パイロットや機体の性能差が細かく数値化されている点です。エースパイロットの乗るMSをどう運用するか、補給や整備をどこで挟むかといった判断が、戦局に大きな影響を与えます。当時としては貴重だった“ガンダムのPCゲーム”ということもあり、アニメファンとPCゲーマー双方の注目を集めました。 『神の聖都』とはジャンルも雰囲気も異なりますが、「ストーリー性の強い世界観を、PCでじっくり味わう」という点では共通しており、80年代末期のPCゲーム市場を語るうえで、欠かせない一本と言えるでしょう。

★エメラルドドラゴン――グラフィックと物語性が融合したファンタジーRPG

・販売会社:バショウハウス(開発:グローディア) ・販売された年:1989年 ・販売価格:8,800円(PC-8801版) 『エメラルドドラゴン』は、ドラゴンの青年アトルと人間の少女タムリンの旅を描いたファンタジーRPGで、PC-8801版は1989年に発売されました。アニメ的なキャラクターデザインと、ストーリー性を重視した構成が話題となり、その後X68000や他機種にも移植されていった人気作です。 戦闘は疑似リアルタイムの独特なシステムで、キャラクターをフィールド上で直接動かしながら攻撃・回避を行います。これにより、一般的なコマンドRPGよりも“動かしている感”が強く、アクション性と戦術性が程よくミックスされたプレイ感になっています。 物語面では、ドラゴンと人間という異種族の関係や、仲間たちの背景事情が丁寧に描かれ、プレイヤーがキャラクターに感情移入しやすい作りです。『神の聖都』が“都市伝奇・オカルト寄り”の重い世界観だとすれば、『エメラルドドラゴン』は“王道ファンタジー”の文脈に位置しつつ、PCならではの厚みのある物語とビジュアルで勝負した作品と言えるでしょう。

★デス・ブリンガー――重厚な世界観で展開するダークファンタジーRPG

・販売会社:日本テレネット ・販売された年:1989年 ・販売価格:9,800円前後(PC-88VA版) 『デス・ブリンガー』は、邪神復活の危機に瀕した世界を舞台にした、本格派ダークファンタジーRPGです。プレイヤーは複数の仲間とパーティを組み、広大な世界を探索しながら、伝説の武器を求めて旅を続けます。 本作は、当時としては珍しく、キャラクターの成長や装備の選択にかなり自由度があり、戦闘では敵との相性や地形を考慮した戦術が求められます。また、装備品の耐久力や買取価格に細かなルールが設けられており、“武器も消耗品である”というリアルな感覚がプレイに緊張感を与えます。 グラフィックやBGMもダークファンタジーの雰囲気づくりに大きく寄与しており、陰鬱でありながらどこか荘厳さを感じさせる世界観は、『神の聖都』の持つオカルティックな空気と通じる部分もあります。同じ時期に“重厚なRPGを遊びたい”ユーザーが手に取ったタイトルとして並べて語られることが多い作品です。

★維新の嵐――幕末日本を俯瞰する歴史シミュレーション

・販売会社:光栄(現コーエーテクモゲームス) ・販売された年:1988年 ・販売価格:9,800円(PC-9801版) 『維新の嵐』は、江戸時代末期の日本を舞台にした歴史シミュレーションゲームで、PC-9801向けに発売されました。プレイヤーは坂本龍馬をはじめとする志士たちの一人となり、倒幕運動や外交・内政に関わりながら、新たな日本の形を模索していきます。 当時の光栄作品らしく、膨大な史実データが盛り込まれており、各地の勢力図や人物の能力、政治的な駆け引きが細かくシミュレートされています。単に軍事力で押し切るだけではなく、同盟や調停、情報戦などを駆使して政局を動かす必要があり、プレイヤーは“歴史の裏側”に入り込んだような感覚を味わえます。 『神の聖都』とはジャンルも時代背景も全く異なるものの、「複数の勢力や思惑が入り乱れる世界を、俯瞰しながら読み解いていく」という意味では、同じPCゲームならではの“深読みの楽しさ”を持ったタイトルと言えるでしょう。

★D.C. コネクション――コミカルさとRPG要素が融合したアドベンチャー

・販売会社:リバーヒルソフト ・販売された年:1989年 ・販売価格:9,800円(PC-8801版) 『D.C. コネクション』は、リバーヒルソフトが手がけたアドベンチャーRPGで、ちょっとHなノリと明るい雰囲気のシナリオが特徴です。プレイヤーはお調子者の主人公となり、巨額の賞金を狙って危険な仕事に手を出すことになりますが、その背後には予想外に大きな陰謀が潜んでいます。 マップ移動や戦闘要素を取り入れた“アドベンチャー+RPG”構造で、キャラクター育成と会話イベントの両方を楽しめる作りです。コミカルな会話とシビアな戦闘のギャップが魅力で、「ストーリーは軽いがゲームとしての歯ごたえはある」というバランス感が、多くのPCユーザーに支持されました。 『神の聖都』と比べると、雰囲気はかなりライトですが、“都市を舞台にした群像劇的なADV”という観点から同時期の比較対象として挙げられるタイトルのひとつです。

★デリンジャー――売れない探偵が挑む美少女ミステリー

・販売会社:クレスト(ジャストのブランド) ・販売された年:1989年 ・販売価格:8,800円(PC-8801版) 『デリンジャー』は、売れない探偵がトップモデルのボディーガード兼護衛を依頼され、芸能界の裏側に巻き込まれていく美少女アドベンチャーです。依頼主は人気モデル・中藤美希。彼女を狙う脅迫者の正体を探るうちに、主人公は撮影現場や業界関係者の人間関係に深く踏み込んでいくことになります。 コマンド選択式ADVとして、情報収集と好感度の上げ方が重要で、プレイヤーの行動によってエンディングが複数に分岐するマルチエンディング形式を採用。美少女ゲームでありながら、事件の真相やミステリー部分にも力が入っており、“ゲーム性を犠牲にしない路線”として評価されています。 『神の聖都』ほど重苦しくはないものの、「都市の裏側」「華やかな表舞台と暗部」というテーマを共有しており、同じ年代のアドベンチャーとして並べて語られることが多い作品です。

★デザート――依頼内容は“婚約者と寝てほしい”!? 破天荒な大人向けADV

・販売会社:クィーンソフト ・販売された年:1989年 ・販売価格:6,800円(PC-8801版) 『デザート』は、私立探偵のもとに舞い込んだ“婚約者と関係を持ってほしい”という突飛な依頼から始まる、美少女アドベンチャーです。依頼主は大財閥の御曹司で、主人公はその婚約者である瞳純子の身辺を探るため、会社や喫茶店、ディスコなどさまざまな場所を調査していきます。 表面上はコミカルでエッチなラブコメディのように見えますが、調査を進めるうちに、依頼主の真意や財閥の事情、瞳自身の抱える問題などが少しずつ明らかになり、単なる色物ではないドラマ性も持ち合わせています。コマンド選択式で操作は分かりやすく、美少女ADV入門編としても親しみやすい一本です。 崩壊都市を彷徨う『神の聖都』とは対照的に、“まだ平和な日本の80年代”を舞台とした大人向けADVであり、同時期のPCゲームの幅広さを象徴する存在と言えるでしょう。

★殺人倶楽部(J.B. HAROLD Murder Club)――本格刑事ドラマ型アドベンチャー

・販売会社:リバーヒルソフト ・販売された年:1986年 ・販売価格:7,800円(PC-8801版) 『殺人倶楽部』は、刑事J.B.ハロルドとなって殺人事件の真相を追う、コマンド選択型の本格派推理アドベンチャーです。舞台はアメリカの小都市。プレイヤーは聞き込みや現場検証、資料の確認など、地道な捜査行為を積み重ねていきます。 本作の魅力は、登場人物の多さと、彼らの証言が絡み合うことで生まれる“群像劇”的な構造にあります。誰が嘘をついているのか、誰が何を隠しているのかを見抜くには、多数の会話ログを頭の中で整理し、相矛盾する証言を一つひとつ照らし合わせる必要があります。 『神の聖都』と同様、“プレイヤー自身が情報の海の中から真実を拾い上げる”タイプの作品であり、物語の重厚さやテキスト量の多さといった点で、80年代PCアドベンチャーの代表格として今なお語られるタイトルです。

これら10本はいずれも、『神の聖都』と同じ80年代後半前後にPC-8801/PC-9801などで遊ばれていた代表的な作品群です。崩壊都市のオカルトADVから、歴史SLG、美少女ADV、ハードなRPGまで、当時のPCゲーム市場がいかに多彩だったかが分かるラインナップになっており、『神の聖都』を位置づけるうえでの“周辺地図”としても参考になるはずです。

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