【セール】7/2発売 ゲーミングノートパソコン GeForce RTX 5060 AMD Ryzen 7 260 メモリ 32GB SSD 1TB 14型 165Hz Webカメラ 顔認証 Wi..
【発売】:ポニー
【対応パソコン】:MSX、Windows
【発売日】:1986年7月25日
【ジャンル】:シューティングゲーム
■ 概要
●作品の立ち位置(1986年のMSXシューティングとして)
『ザナック』は、コンパイルが手がけた縦スクロール型シューティングで、1986年7月25日にポニー(当時のポニカ系ブランド)からMSX向けに発売されたタイトルだ。 当時のMSX市場では、アクションやアドベンチャーが強い一方で、シューティングは“腕前次第で一気に難しくなる”か、“覚えゲー寄りで固定パターンに寄る”かの両極になりがちだった。そこで本作は「プレイヤーの行動に反応してゲーム側が顔つきを変える」設計を前面に押し出し、単なる高速スクロールや派手な弾幕だけでは終わらない、緊張の波を自分で招き、同時に自分で鎮める――という独特の往復運動を遊びの芯に据えた。
●世界観と目的(“システム”暴走とAFX-6502)
プレイヤーは最新鋭戦闘機「AFX-6502」を操り、有機知性体が生み出した統合制御機構――作中で「システム」と呼ばれる存在――の暴走が引き起こす危機へ踏み込んでいく。 この設定が上手いのは、敵がただの“軍隊”や“侵略者”ではなく、どこか生物的であり、同時に冷徹な機械でもあるような、境界の曖昧さをステージ演出に直結させられる点だ。森林や海岸、荒野、人工基地、宇宙空間、コロニー、さらに“生体内部”を思わせる場所へと、景色の質感が段階的に変調していく構成は、プレイヤーに「外側から中心へ侵入している」感覚をじわじわ積み上げる。速いだけでなく、緩急をつけたスクロールが混ざることで、景色の変化が“観光”ではなく“侵入”として体感されるのもポイントだ。
●本作の心臓部:A.L.C.(自動難易度調整)という発想
『ザナック』が語られるとき、必ず中心に来るのがA.L.C.(Auto Level Control)だ。これはゲーム進行や敵配置が、プレイ内容に応じて揺れ動く仕組みで、上手い下手の単純な補正というより「プレイヤーのクセを読んで敵の出方を変える」方向に寄せた、攻めの自動制御として設計されている。 ここで重要なのは、“優しくしてくれる機能”と決めつけないこと。攻撃を激しくすればするほど、あるいは危険を素早く刈り取れば刈り取るほど、ゲームは「じゃあ、次はこれでどうだ?」と圧を上げてくる。逆に、状況を落ち着かせて無駄撃ちを避けたり、要塞処理を丁寧に進めたりすると、戦場の空気がわずかに緩む瞬間もある。 つまりA.L.C.は“安全装置”ではなく“対話相手”に近い。こちらが強く出れば向こうも強く出るし、こちらが慎重になれば向こうの刃も少し丸くなる。シューティングを「暗記→再現」で終わらせず、「その場の判断→次の局面が変化」に繋げた点で、当時としてはかなり尖った設計思想だった。
●操作と基本ルール(2ボタンに圧縮された戦術)
操作はシンプルで、方向入力で自機を動かし、2つのボタンでメイン/サブの攻撃を使い分ける。単純に聞こえるが、A.L.C.が絡むことで“押しっぱなしが最適解”になりにくいのが本作らしさだ。 メインは扱いやすい主砲として常時の立ち回りを支え、サブは番号ごとに性格が違う兵装として「今の局面をどう変形するか」を担当する。撃つ・避けるだけでなく、敵の密度、弾の質、地上物の位置、要塞の残り時間など、複数の要素が同時に迫る場面ほど「どのサブを持っているか」が、そのまま“戦い方の人格”になる。
●パワーアップが“拾う”だけじゃない(ボックスとチップの駆け引き)
本作の強化要素は、単にアイテムを取って終わりではない。定期的に降ってくるボックスは、撃ち込む回数で中身が明らかになり、最後に破壊して取り出す形になる。ここに「危険の先払い」という駆け引きが生まれる。 さらに、チップ獲得時の短い無敵時間が、攻めの“切り返し”として機能するのも特徴だ。弾を避けるだけでは突破できない密度のとき、無敵をきっかけに強引に位置を入れ替え、敵機を押しのけるように道を開く――この“体当たりの戦術”が成立する設計は、当時の縦シューとしてもかなり攻撃的で、プレイのテンポを一段上げている。
●スクロール停止の要塞戦(時間制の“掃討か、通過か”)
エリア中盤や終盤には、複数のコア(地上砲台)で構成された要塞ポイントが現れ、到達するとスクロールが止まる。ここで求められるのは、単なる撃破力ではなく「限られた時間内に、どの順で、どこを崩すか」という掃討の設計だ。 面白いのは、要塞を完璧に片付けられなくても“先へ進めてしまう”局面があること。ここでプレイヤーは選択を迫られる。安全を取って丁寧に処理し、次の展開を落ち着かせるか。あるいは通過して先へ急ぎ、代わりに次の局面でより厳しい圧を受け入れるか。A.L.C.があるからこそ、この選択が「その場しのぎ」ではなく、次の戦場の空気にまで尾を引く決断になる。
●隠し要素が“ご褒美”以上に戦術へ組み込まれる
特定の地上物を一定回数撃つことで、画面の敵弾や雑魚を一掃する効果を得られる仕掛けが用意されている。単なる救済というより、密度が上がった戦況を“いったん白紙に戻す”ための戦術スイッチとして働く。 また、ワープに繋がる仕掛けや、条件を満たすと現れるキャラクター(マスコット的存在)など、遊び心のある要素も散りばめられているが、これらはスコアや残機だけの話ではなく「局面を短縮する」「危険地帯を飛ばす」「要塞を高速処理する」など、プレイの設計そのものに影響してくる。結果として“知っているほど得”でありながら、“知っていても状況次第で最適解が変わる”という、覚えゲー一辺倒にならないバランスを保っている。
●MSXから広がった展開(家庭用・復刻・再配信)
本作はMSX版を起点に、同年に大幅アレンジ版がファミリーコンピュータ ディスクシステム向けとしても展開され、さらにその流れを受けてMSX2へ“逆輸入”する形で『ザナックEX』が発売されるなど、バージョンごとに特色を分けながらシリーズの輪郭を広げていった。 その後も、配信・復刻の波の中でWindows向けに遊べる形が用意され、時代を跨いで触れられる機会が繋がっている。 こうした展開が示しているのは、単に“昔売れた作品”だからではなく、A.L.C.という中核ギミックが、現代の視点でも語りやすい個性として残り続けたことだろう。シューティングは上達すると作業になりやすいが、『ザナック』は上達した先で「自分が強くなるほど相手も強くなる」という鏡のような構造が顔を出し、遊びが硬直しにくい。だからこそ、触り直すたびに“同じようで違う緊張”が立ち上がり、長く記憶に残る。
■■■■ ゲームの魅力とは?
●「毎回同じにならない」緊張感――A.L.C.が作る“生きている戦場”
『ザナック』の面白さを一言でまとめるなら、「ゲームがこちらの姿勢を見て、表情を変えてくる」ことに尽きる。縦スクロールシューティングは、上達すると“安全な手順”が固まりやすい。ところが本作は、撃ち方・立ち回り・敵処理のテンポが、そのまま次の敵の圧や出現の仕方に跳ね返ってくるため、単なる暗記では押し切れない。プレイヤーは「今の動きが、次の局面をどう変えるか」を無意識に計算しはじめる。攻め過ぎれば戦場が荒れ、慎重に進めれば一息つけるかもしれない――この“自分で難度の波を呼び寄せる感覚”が、ゲームプレイを単調な反復から救い出している。しかも、それが露骨な補正ではなく、じわじわと空気が変わるように感じられるのが巧い。結果として「今日は運が悪かった」で済ませにくく、「自分の手癖が戦場を作った」と思わせる。だからこそ、1回のクリアが“勝ち”ではなく、“対話の決着”に近い読後感を残す。
●速いだけじゃない――緩急のスクロールが“集中力の型”を変える
本作は高速スクロールの印象が強いが、魅力はスピードそのものよりも、スピードが変わることにある。一定速度で延々と流れるタイプの縦シューは、手元の作業が固定化しやすい。しかし『ザナック』は、景色が変わるだけでなく、スクロールの圧が変わる局面を混ぜることで、プレイヤーの集中の置き方を揺さぶってくる。速い場面では反射神経と先読みの短距離走、落ち着く場面では配置を見て“次の安全地帯”を作る中距離走、そして要塞戦では一気に“試験”のような時間制処理へ切り替わる。競技が次々変わる感覚があり、単一の才能だけで勝たせない。ここが、ただ難しいのではなく“飽きずに苦しい”理由になっている。
●武器が「強い/弱い」ではなく「性格」になる――サブウェポンの幅
サブウェポンの存在が、本作の魅力を実戦レベルに引き上げている。数字ごとに役割が分かれ、前方を貫くもの、守りを作るもの、周囲を回るもの、画面状況を一気に変えるものなど、同じ“弾”でも考え方がまるで違う。ここで重要なのは、単に強い武器を握るゲームではない点だ。状況によっては、防御的な武器で弾の密度を“削って呼吸を取り戻す”ほうが強く、別の局面では、瞬間火力で敵の核を抜いて“流れ”を変えたほうが安全になる。武器選択がキャラクター選択に近く、「この装備ならこう戦う」という戦い方の人格が生まれる。だからプレイヤー同士で語るときも、「どの番号が好きか」「どの局面でどれを握るか」という話が自然に盛り上がる。シューティングで“語れる余地”を作る設計が、作品の寿命を伸ばしている。
●アイテム取得がリスクになる――ボックス破壊の駆け引きが熱い
落ちてくるボックスは、単なるパワーアップの配給ではなく、危険な賭けの装置だ。撃ち込んで中身を見てから取り出す、という一手間が「欲しいけど怖い」を生む。焦って突っ込めば敵弾に触れてしまうかもしれないし、手順を踏めば時間を取られて戦況が悪化するかもしれない。しかも、強化のための行動そのものが、A.L.C.の流れと噛み合って難度の波を作る。つまりパワーアップは“ご褒美”ではなく、“戦場を動かすスイッチ”でもある。ここが『ザナック』らしい。強化は正義、という単純な価値観を崩し、強化の仕方がプレイスタイルとして現れる。上達すると「いつ取るか」「どこで取るか」「無敵時間をどう使うか」がプレイヤーの色になる。
●無敵時間が「逃げ」ではなく「攻め」に変わる――体当たりで切り返す快感
アイテム取得後の短い無敵は、いわゆる救済措置に留まらない。弾が濃いとき、ただ避け続けると画面の端へ追い詰められる。しかし無敵があると、“壁を壊す”感覚で強引にラインを変えられる。敵に体当たりして押しのける、弾の間を貫いて位置を入れ替える、ボックスに触れて強化を一気に進める――この攻撃的な切り返しが成立することで、プレイが受け身になりにくい。縦シューは守りに入ると視野が狭くなるが、『ザナック』は「危ないからこそ、攻めの手がある」という形でプレイヤーの気持ちを前に向ける。怖さと快感が同居する瞬間が多いゲームは強い。
●要塞戦が“ただのボス”じゃない――時間制で問われる段取り力
スクロールが止まる要塞ポイントは、一般的なボス戦とは違う魅力を持つ。巨大な相手を撃ち続けるのではなく、複数のコアを“段取りよく片付ける”ことで突破する。つまり狙う順番が戦術になり、位置取りが段取りになる。さらに、時間切れや処理の甘さが次の展開の空気に影響するような感覚があり、「ここを丁寧に片付けると先が楽になる」という長期戦の判断が生まれる。短期の反射神経勝負と、長期の段取り勝負が交互に来るから、プレイの密度が落ちにくい。しかも、要塞は“完璧に倒さなくても進めてしまう”ような場面があるため、プレイヤーが自分の判断で難度の波を選ぶことになる。この選択の重さが、クリアの達成感を濃くする。
●ステージの景色が“ただの背景”で終わらない――侵入していく手触り
森林、海辺、荒野、基地、宇宙、コロニー、そして生体内部を思わせる場所へ――という多彩さは、見た目の変化だけでなく、敵の出方や地上物の配置と結びついて“環境の性格”を作っている。海辺の開けた感じで油断した瞬間に横から差し込まれたり、メカニカルな基地で地上砲台の圧が増したり、宇宙空間で視認性が変わって焦りが増したり、ステージが変わるたびにプレイヤーの注意点も変わる。結果として「景色が変わる=戦い方が変わる」になり、連続プレイでも気持ちが切り替わりやすい。単に長いだけではなく、長い時間を“違う神経”で走らせる作りになっているから、集中が持続する。
●上達の実感が深い――“できること”が増えるタイプの成長曲線
このゲームは、初心者のうちはとにかく苦しい。しかし上達の方向性が「覚えて再現する」だけではない。最初は避けることで精一杯だったのが、次第に「危ない弾をどれで消すか」「地上物の処理順をどうするか」「無敵時間でどこを抜けるか」と、選択肢が増えていく。つまり成長が“行動の幅”として現れる。しかもA.L.C.があるせいで、同じ行動を機械的に繰り返しても勝てるとは限らない。だから上達は、反射神経だけでなく、判断の引き出しが増えた実感として残る。クリアできたときに「運じゃない」「自分が変わった」と感じやすいのが、本作の強い魅力だ。
●語り継がれる理由――“プレイスタイルが作品になる”設計
『ザナック』は、同じタイトルを遊んでいるはずなのに、人によって語るポイントが違うゲームだ。武器の好み、要塞の処理方針、スクロールの速い区間の抜け方、危ないときに攻めるか守るか――そこに個性が出る。プレイが“作品”として立ち上がるタイプのゲームは、時間が経っても話題になりやすい。単に難しいから記憶に残るのではなく、「自分のやり方がある」と言える余地があるから残る。『ザナック』が名作として語られ続けるのは、この余地を、当時の限られた環境で実現してみせたからだと思う。
■■■■ ゲームの攻略など
●まず押さえるべき前提:『ザナック』は“無駄撃ちすると苦しくなる”設計
攻略を考えるうえで最初に頭へ入れておきたいのは、本作が「撃てば撃つほど楽になる」タイプではない点だ。もちろん敵を倒さなければ進めないが、撃ち方が荒いほど戦場が荒れやすい。とくに、敵がいない瞬間に発射し続ける癖、必要以上に連射をかける癖、危険の芽を早く摘みすぎて“ゲーム側の熱”を上げる癖があると、A.L.C.の反応で敵密度や弾の圧が上がりやすくなる。 だから攻略の基礎は「撃つ/撃たない」を二択で割り切るのではなく、「撃つ必要があるときに、必要なだけ撃つ」という制御にある。最初は難しいが、ここができるようになると序盤の安定感が一段変わる。撃ちっぱなしで何とかしているうちは、ずっと“沸騰した鍋”を相手にする羽目になりがちだ。
●立ち回りの基本:画面中央~やや下を“定位置”にする
縦スクロールシューの定石として、画面の下端に張り付くと視野が狭くなる。しかし本作は、横手から回り込む敵が多く、さらに地上物の配置も絡むため、下に寄りすぎると「左右に逃げたいのに逃げ場がない」状況が増える。 おすすめは、基本の定位置を“画面中央より少し下”に置き、危険が来たら下へ落ちて避け、隙ができたら戻る、という呼吸だ。ここで重要なのは、戻ることを怖がらないこと。戻らないと、上から湧く敵の初動を潰せず、結果的に弾の密度が上がる。『ザナック』は「避けるための後退」と同じくらい、「詰まらないための前進」が必要なゲームだ。
●ボックス(パワーチップ)攻略:欲張らず“安全な回収ルート”を作る
降ってくるボックスはパワーアップの核だが、追いかけすぎると事故が起きる。攻略では、次の3点を習慣化すると安定しやすい。 – **ボックスが降りる前提で、中央付近の逃げ道を確保しておく**(降下位置に合わせて慌てて動かない) – **撃ち込み回数を最小限にし、出た瞬間に拾うのではなく“拾える位置まで誘導”する** – **無敵時間を“逃げ”ではなく“回収の保険”として使う** ボックスの中身が危険な場合がある以上、回収は賭けになる。賭けを減らすには、回収を“その場の反射”ではなく“事前の段取り”にすること。ボックスが見えた瞬間に欲望で突っ込むのではなく、「今の密度なら取れる」「今は捨てる」と判断できるようになると、ミスが目に見えて減っていく。
●メイン強化の考え方:火力より“横幅”が価値になる
本作のメインウェポンは、段階が上がるにつれて弾の本数や広がり方が変わり、結果的に“面を押さえる力”が増す。ここで大事なのは、単純な火力の増加というより「弾の通る線が増える=危険の芽を消す速度が上がる」という点だ。 特にA.L.C.が強く出た状態では、敵が数で押してくるため、単発高火力より“横幅で処理する”ほうが詰まりにくい。メインの強化は、ボスを早く倒すためというより、雑魚の圧を“薄める”ためにあると捉えると判断が安定する。
●サブウェポン攻略:番号を“強弱”でなく“役割”で覚える
サブは8種あり、攻略の要は「今の局面に必要な役割は何か」を瞬時に決めることだ。初心者ほど“強そうな武器”を握って安心しがちだが、本作は局面の要求が変わるため、役割思考が強いほど生存率が上がる。 – **前方を抜く役(貫通・直進系)**:縦に並ぶ敵、固い相手、地上物の処理が多い場面 – **守りを作る役(フィールド/回転系)**:弾が濃い、横から差し込まれる、立て直しが必要な場面 – **面を動かす役(画面状況を変える系)**:事故りそうな密度、要塞前の整理、スコアや残機稼ぎを狙う場面 この分類だけでも、拾った番号に対して「今の自分に要るか?」を考えられるようになる。武器の強さは状況依存で、万能武器は存在しない。万能に見える武器も、扱い方を誤ると逆に苦しくなる。
●“難度の波”を読め:A.L.C.と付き合う具体策
A.L.C.の存在は、攻略に二つの方針を与える。 1つ目は、**波を抑える**方針。無駄撃ちを避け、危険を必要以上に煽らず、要塞を丁寧に片付けて落ち着いた展開を維持する。安定クリアを狙うならこちらが王道だ。 2つ目は、**波を利用する**方針。あえて厳しい状況を呼び込み、危険を“稼ぎ”や“上級者の腕試し”に変える。これは安定とは逆だが、慣れてくるとゲームの面白さが最大化される。 初心者は迷わず前者でいい。ただし、前者でも「恐れて守りに寄りすぎる」と、敵が残って詰まり、結果的に事故が増える。波を抑えるとは、何もしないことではなく、**必要な処理を、最小限の暴れ方で終わらせる**ことだ。
●要塞戦の攻略:狙う順番を固定せず“安全地帯”を作る
スクロール停止の要塞は、時間制の“掃討テスト”だ。ここでの考え方はボス戦よりも、地雷処理に近い。 攻略の基本は、**まず自分の逃げ場所を確保し、その上でコアを削る**こと。たとえば、角に追い詰める砲台があるなら最優先で落とし、画面中央で避けられる空間を作ってから残りを処理する。時間が気になると焦って攻めたくなるが、焦りはミスを呼び、ミスは復帰の遅れを呼び、結果的に時間を失う。最短は速攻ではなく、“事故らない段取り”だ。
●ミス後の復帰:最初の3秒は「取り戻す」より「崩さない」
本作はミス後の中断が薄く、その場復帰のテンポが速い。ここでやりがちなのが、「すぐに火力とアイテムを取り戻そうとして突っ込む」こと。復帰直後は状況が読みにくく、さらにアイテム出現に絡む条件もあるため、焦るほど悪循環になりやすい。 復帰のコツは、最初の数秒を**“崩さない時間”**として使うことだ。 – まず安全位置に落ち着く – 目の前の脅威だけを処理する – 余裕ができてから回収と強化に移る 強化は取り返せるが、残機は戻らない。復帰で欲張らないだけで、最終的なクリア率が大きく変わる。
●裏技・小技的な考え方:本作は「知識=安全」になりやすい
『ザナック』には、特定の地上物を撃って発動する強力な効果や、ワープに繋がる仕掛けなど、知っているだけで局面を劇的に楽にできる要素がある。ここでのポイントは、知識を“全部使う”ことではなく、**使うタイミングを選ぶ**ことだ。 – 事故りそうな密度のときに温存していた切り札を切る – 要塞前に整理して、掃討の負担を軽くする – ワープで短縮する代わりに、装備が整っていないなら敢えて踏まない こうした「知っているが、状況で判断する」という運用が、本作の攻略を一段面白くする。知識がルート固定にならず、“判断材料”として働くのが『ザナック』の良さだ。
●クリアを現実にする練習法:1面を“攻略教材”にする
上達の近道は、全体を通して練習するより、まず序盤で“型”を作ること。特にエリア1は教材として優秀で、次の練習テーマを設定しやすい。 – 無駄撃ちを減らす(敵がいない瞬間は撃たない) – ボックス回収を欲張らない(捨てる判断を覚える) – 定位置を崩さない(中央~下で戦う) – 要塞で焦らない(逃げ場所を作ってから削る) この4つだけでも、プレイの“事故率”が下がり、結果としてA.L.C.の波も落ち着きやすくなる。そこから武器の役割理解に進めば、クリアは現実的な目標になる。
■■■■ 感想や評判
●当時の受け止められ方:MSXユーザーに刺さった“手強さと新しさ”
『ザナック』が発売当時に強く印象を残した理由は、単に難しいからではなく、「難しさの形」が珍しかったことにある。縦スクロールシューティングは、パターン化して覚える快感が大きい一方で、慣れてしまうと“作業化”しやすい。ところが本作は、プレイヤーの動きや撃ち方が次の局面へ影響する感覚があるため、プレイごとに同じ手順が通用しにくい。 この性質が、当時のユーザーには「理不尽」ではなく「手応え」として受け止められやすかった。なぜなら、コンピュータゲームが今よりも“攻略して身につける遊び”として評価されやすい時代で、しかもMSXは家庭に置かれる学習機的な側面もあり、ひとつのソフトを長く遊ぶ文化と相性が良かったからだ。つまり本作は、買って終わりではなく、繰り返し挑戦するほど味が濃くなるタイプの作品として、ユーザーの生活に入り込んだ。
●A.L.C.への評価:好き嫌いが割れるのに、語りたくなる
A.L.C.は、評判の中心でもあり、好みが分かれるポイントでもある。 肯定的に語られるときは、「自分の腕に合わせて戦場が変わる」「一度覚えたら終わりにならない」「上達の実感が強い」という方向で語られやすい。プレイヤーが強くなるほどゲームも強く出てくるので、達成感が濃い。 一方で、否定的な感想としては「安定して同じ展開を作りにくい」「気持ちよく撃ち続けると逆に苦しくなる」「攻略を詰める楽しみが薄いと感じる人もいる」といった声が出やすい。 ただ、ここが面白いところで、賛否が割れても“話題が消えにくい”。A.L.C.は単なる難易度調整ではなく、プレイ哲学そのものを問う仕組みだからだ。攻めるか、抑えるか。無駄撃ちは悪か、それとも戦場を熱くする遊びか。こうした議論が自然に生まれるゲームは、当時も今も珍しい。
●「難しいのに、遊び続けた」系の感想が多い理由
本作に触れた人の感想で多いのは、「とにかく手強い」「最初は全然進めない」という入口の話と、「でも気づくと何度も起動している」という継続の話がセットになるパターンだ。 これには理由があって、『ザナック』は“少しずつできることが増える”タイプの成長曲線を持っている。たとえば、最初は弾を避けるだけで精一杯なのに、次は「ボックス回収を落ち着いてやれる」、その次は「要塞で焦らず順番を作れる」、さらに「武器の役割で局面を変えられる」というふうに、上達が細かい階段になっている。 この階段が細かいと、プレイヤーは「今日はここまで行けた」「この場面だけ抜けられた」と小さな成功を積み重ねられる。だから難しくても投げにくい。しかもA.L.C.のせいで、同じ場所でも“毎回同じ緊張”にならず、挑戦が単調になりにくい。結果として、苦しいのに続けてしまう。
●武器談義が盛り上がる:好みが“勝ち筋”に直結するゲーム
評判を語るとき、武器の話が必ず出るのも本作らしさだ。サブウェポンが強烈に個性を持っていて、どれを選ぶかでプレイの人格が変わる。 「守りの武器で安定を取る」「貫通系で前を割ってテンポを取る」「切り札系を温存して事故を減らす」など、武器の使い方がそのまま“この人のザナック”になる。だから感想も「この武器が好き」「この番号は苦手」「この局面でこれが刺さる」と具体的になりやすい。プレイヤー同士の会話が、単なる思い出話ではなく、攻略談義として成立する。これも長く語られる要因だ。
●ディスクシステム版の評価が押し上げた“ザナックの知名度”
MSX版が土台を作りつつ、後に登場した家庭用アレンジ版(ファミリーコンピュータ ディスクシステム)が、別の層へ強く広がったことで、『ザナック』という名前そのものがより広く知られるようになった面がある。ディスクシステム版は、ゲーム誌のレビューで評価が高かったこともあり、“シューティング好きなら一度は通る名前”として浸透していく。 この流れが、MSX版の再評価にも繋がり、「元はMSXの作品だった」「A.L.C.の発想が面白い」といった歴史的な語られ方が増える。シリーズや派生作、移植が出るたびに“原点”として掘り返され、評価が更新されていったタイプのタイトルと言える。
●現代視点の評判:古さより“設計の思想”が残る
今の視点で触れると、グラフィックやサウンドは当然レトロに見える。しかし評判が残る理由は、見た目の派手さではなく、設計思想が今でも通用することだ。 – プレイヤーの行動がゲームの表情を変える – “強化=正義”ではなく、強化の仕方が戦術になる – 安定と攻めの選択が常に付きまとう この3点は、現代のローグライク的なリプレイ性や、難度調整の議論にも通じるところがある。だから、古典として触れても「ただ昔のゲーム」になりにくい。むしろ“今のゲームがやっていることを、当時すでに別の形でやっていた”という驚きが、再評価の熱を生みやすい。
●メディア・コミュニティでの語られ方:腕試しと研究の対象
『ザナック』は、感想が「面白かった」で終わらず、「どうすれば安定する?」「どの武器が強い?」「波を上げる/下げるの判断は?」と、研究の言葉に変わりやすい。A.L.C.の存在が、プレイを“分析対象”に変えるからだ。 そのためコミュニティでも、単なる懐古ではなく、“攻略研究”として語られる傾向が強い。上級者ほど「難度を上げた状態でどこまで行けるか」という遊び方に触れやすく、初心者は「まず波を抑える」方針で安定を目指す。層ごとに語り方が変わるのに、同じゲームの話として噛み合う。この懐の広さが、作品の評価を長く支えている。
■■■■ 良かったところ
●「撃ちたい欲」と「抑える理性」が同居する、独特の中毒性
『ザナック』を褒める声でまず多いのは、シューティングとしての快感と、戦術ゲームのような自制が同時に求められる点だ。普通の縦シューなら、弾をばら撒いて敵をなぎ倒すこと自体が正義になりやすい。ところが本作では、撃ちすぎると戦場が荒れ、抑えすぎると敵が溜まって詰まる。つまり「撃てば勝つ」ではなく、「撃ち方で未来が変わる」。 この構造が、プレイヤーの感情に二重の回路を作る。反射的には撃ちたいのに、頭では抑えたい。撃ちたいから撃つと苦しくなり、苦しいから落ち着くと気持ちが戻る。そして戻った瞬間また撃ちたくなる。良い意味で“自分の欲望と戦う”遊びになっていて、クリアした後も「別のやり方で試したい」「今日は波を抑えてみたい」「逆に上げ切って腕試ししたい」と、プレイ目的が自然に分岐する。これが中毒性として語られる。
●A.L.C.が“理不尽”ではなく“対話”に感じられる瞬間がある
自動難易度調整は、作品によっては「勝たせてくれないから嫌い」と言われがちだ。しかし『ザナック』の場合、上手く噛み合うと「なるほど、今の動きはそう見えたか」とゲーム側の反応が読み物のように感じられる瞬間がある。 たとえば、序盤で無駄撃ちを減らし、危険な場面だけ丁寧に処理していくと、敵の押し込みが少し落ち着く気配が出る。逆に、調子に乗って連射で暴れると、画面が一気に忙しくなる。この変化が“突然の嫌がらせ”ではなく、“こちらの行動に対する返事”として体感できるから、ストレスよりも納得が勝つ。 良かったところとして語られるのは、ここが単なる補正ではなく「遊びのテーマ」になっている点だ。対話が成立するゲームは記憶に残る。
●武器の種類が“戦術の多様性”を本当に生む
サブウェポンが多いゲームは珍しくないが、『ザナック』の良さは「全部が別の遊び方を要求する」レベルで性格が違うことだ。 防御寄りの武器を握ると、弾を消しながら安全圏を作るゲームになる。貫通系を握ると、前を割ってテンポで押すゲームになる。全画面系の武器を握ると、事故を“なかったことにする”切り札管理ゲームになる。さらに、同じ武器でもパワーアップの段階や使い所で働きが変わり、「この武器は弱い」と単純に切り捨てにくい。 プレイヤーの良かった点としては、「自分に合う番号を見つけた時に、別ゲーみたいに進めるようになる」「苦手な局面を武器で“翻訳”できる」という声が出やすい。装備が単なる強化ではなく、“思考の道具”になっているのが評価される。
●ボックス・チップ回収が“攻めの儀式”になっている
アイテム回収が楽しい、という感想も多い。ボックスは降ってきて取るだけではなく、撃ち込んで中身を確かめ、タイミングを見て取り出す。ここに、小さなギャンブルと段取りが混ざる。 上達すると、ボックス回収が単なる強化ではなく、戦場の流れを変える“儀式”になる。無敵時間を活かして強引に回収し、敵の列へ突っ込んで位置を入れ替え、ついでに雑魚を押しのけて呼吸を作る。こういう“攻めの回収”が決まったときの快感は、単に敵を倒した快感とは種類が違う。 「危ないから取らない」ではなく、「危ないけど取って状況をひっくり返す」という逆転の手触りがあるのが良い点として挙げられやすい。
●要塞戦が“試験問題”みたいで燃える
スクロール停止の要塞戦が印象に残った、という声も根強い。巨大ボスを撃ち続けるのではなく、複数のコアを時間内に処理する――この形式が、単純な反射神経勝負ではなく、段取りと判断の勝負になるからだ。 良かった点としては、「焦ると負ける」「落ち着くと勝てる」という構造が分かりやすく、上達の実感が出やすいこと。最初は時間切れになりがちでも、処理順を工夫し、逃げ場所を確保してから攻めるようになると、急に安定する。要塞が“上達の成果発表”になっていて、突破できたときにプレイヤー自身の成長を強く感じられる。
●ステージ演出の振れ幅:景色が変わるたびに気分も変わる
本作は、ステージの雰囲気が多彩で、森林や海辺のような自然系から、基地や宇宙、コロニー、さらには生体内部を思わせる異質な空間まで、テンポよく切り替わっていく。これが良いのは、長いプレイでも気持ちがだれにくいことだ。 「今は視認性がこうだから慎重に」「このステージは地上物が厄介だから装備をこうしたい」と、景色の変化がそのまま戦い方の変化に繋がる。背景がただの装飾ではなく、プレイヤーの注意力の置き方を変える装置になっている点が評価される。
●“クリアできなくても楽しい”と感じさせる細かい達成の刻み方
良い作品ほど、オールクリアだけがゴールにならない。本作もそうで、プレイヤーの体験が「今日はここまで進めた」「この要塞だけ突破できた」「この武器で安定した」という小さな達成の連続でできている。 難しいゲームなのに続けられる、という感想の背景には、この“達成の刻み方”がある。ステージの区切り、要塞の区切り、武器の切り替え、ボックス回収、緊張の波――短い単位で成功/失敗が体感できるから、プレイヤーは投げずに次へ行ける。結果として「苦しいのに面白い」が成立し、長期的な愛着に繋がる。
●レトロゲームとしての美点:遊ぶほど“設計の意図”が見えてくる
現代のゲームは分かりやすさを優先して、システムをプレイヤーへ丁寧に説明することが多い。一方『ザナック』は、プレイの中で「こうするとこうなる」を身体で覚えさせるタイプだ。最初は訳が分からなくても、繰り返すほど“設計の意図”が輪郭を持って見えてくる。 この発見の喜びが、良かった点として語られやすい。昔のゲームにありがちな理不尽さとは違い、手触りの奥にちゃんと理屈がある。だから、時間をかけたぶんだけゲームが自分に語りかけてくる感じがする。これが、名作として残る理由のひとつだと思う。
■■■■ 悪かったところ
●A.L.C.の“読みにくさ”が、理不尽に見える瞬間がある
本作の看板であるA.L.C.は魅力でもあるが、裏返すと「なぜ急に苦しくなったのか」を初心者が理解しづらい弱点にもなる。自分ではいつも通りにプレイしているつもりでも、撃ち方の癖や無駄撃ち、処理の速さなどが積み重なり、あるタイミングで敵の圧が跳ね上がったように感じることがある。 この瞬間、プレイヤーは「運が悪い」「急に嫌がらせされた」と受け止めやすい。A.L.C.は目に見えるゲージで示されるわけではなく、ゲームが“空気”として変化を出す設計なので、仕組みを知らないうちは納得しにくい。結果として、好きな人は深いと感じる一方で、合わない人にはストレスになりやすい。この賛否の割れやすさは、悪かった点として挙げられがちだ。
●“気持ちよく撃ち続ける”遊びと相性が悪いと感じる人もいる
シューティングの快感は、弾をばら撒き、敵をテンポよく刈り取っていく爽快感にある。ところが『ザナック』は、撃ちすぎや連射が状況悪化に繋がりやすい方向を持っているため、「気持ちよく撃つほど苦しくなる」矛盾を感じる人がいる。 もちろん、上達すれば“必要な撃ち方”に収束していくが、そこに到達する前の体験としては、爽快感より緊張感が先に立ってしまう。これは設計上の個性であり、欠点ではないと言い切ることもできるが、好みとして合わない人が出るのは自然だ。シューティングに“爽快さ”を第一に求めるプレイヤーほど、悪かった点として語りやすい。
●序盤のハードルが高く、導線が厳しい
本作は、最初の数ステージから敵の出現が忙しく、しかも地上物と空中物が同時に迫ってくる場面が多い。さらに、ボックス回収の駆け引きや、武器の切り替え、要塞処理など、理解すべき要素が早い段階でまとめて襲ってくる。 そのため、いわゆる“最初は優しく、後で難しく”という導線を期待すると、出鼻をくじかれやすい。難しいゲームが好きな人にはたまらないが、初心者やライト層には入り口が狭い。ここが「名作だけど人を選ぶ」と言われる理由のひとつで、悪かった点としてよく挙がる。
●装備の理解が追いつかないと、理屈より運に見えてしまう
サブウェポンは多彩で、局面ごとの最適解も変わる。しかし、武器の性格を理解する前だと、拾った武器が“当たり外れ”に見えやすい。「この番号は強いから進める」「この番号は弱いから無理」という印象になりがちで、実際には状況と運用次第なのに、運ゲーっぽく感じてしまうことがある。 また、強い武器に見えるものほど扱いに癖があり、誤運用で事故ることもある。そうなると「せっかく良い武器を拾ったのに意味がない」と不満に繋がりやすい。武器の理解が進めば解消される問題ではあるが、入り口では欠点として露出しやすいポイントだ。
●視認と情報量の負荷:弾と地上物が同時に来る忙しさ
縦スクロールでありながら、本作は地上物の処理比重が高い。空中敵・敵弾を見ながら、地上砲台の位置や破壊順も考える必要がある。ここにA.L.C.で敵の密度が上がると、画面が情報で飽和しやすい。 慣れると「忙しいのが楽しい」になるが、慣れないうちは「何を見ればいいのか分からない」「気づいたら地上物に触れてミスした」といった不満に繋がる。プレイヤーの視線誘導が自然に身につくまで、ストレスとして出やすい点は悪かったところとして挙げられる。
●要塞戦の時間制が、焦りを増幅させる
スクロール停止の要塞戦は魅力でもある一方で、時間制のせいで“焦り”が事故を呼びやすい。特に初心者は「時間がなくなる!」という感覚に引っ張られ、危険な位置に突っ込んでしまう。 さらに、要塞処理がうまくいかないと次の展開が苦しくなるように感じられ、失敗が連鎖する印象を受けることがある。ここは「落ち着けば解決する」と分かっていても、焦りを誘発する作りである以上、悪い体験として残る人が出る。
●“短時間で気持ちよく終わる”遊び方がしにくい
本作は、集中してプレイすると疲れるタイプのシューティングだ。緊張の波が強く、判断が多く、攻めと抑えの切り替えが頻繁に求められる。だからこそ面白いのだが、反面「少しだけ遊んで気分転換したい」という用途には向きにくい。 1プレイを軽く流すつもりでも、気づけば真剣になってしまう。あるいは逆に、真剣になれないと苦しくて終わる。この“腰を据えないと味が出ない”性質が、遊ぶ状況によっては欠点になる。
●好き嫌いがハッキリ出る――名作でも万人向けではない
総じて言うと、『ザナック』の悪かった点は、ほとんどが“個性の裏面”だ。 – 変化する展開が好きな人には最高だが、固定パターンの詰めが好きな人には落ち着かない – 緊張のやり取りが好きな人にはたまらないが、爽快感第一の人には窮屈 – 武器と段取りが好きな人には奥深いが、直感で撃ちたい人には難しい こうした性格があるため、「名作だと聞いて買ったけど合わなかった」という体験も起きやすい。作品の価値が下がるわけではないが、合わない人が一定数出るのは避けにくい。ここが“悪かったところ”としてまとめられやすい点だ。
[game-6]
■ 好きなキャラクター
●前提:『ザナック』は“キャラ推し”より「機体・世界観推し」になりやすい
『ザナック』はRPGのように明確な人物キャラクターが前面へ出る作りではなく、基本は自機=プレイヤーの分身として戦場へ投入されるタイプのシューティングだ。だから「この登場人物が好き」という語りより、「この機体が好き」「この世界観が好き」「この演出が好き」という推し方になりやすい。 ただし本作には、ゲーム内で特定条件を満たすと現れる存在や、名称や役割を持った要素がいくつかあり、そこが“キャラクター的”に愛されてきた。ここでは、当時から語られやすい“推しどころ”を、キャラ的視点でまとめる。
●AFX-6502(自機)――無口だけど頼れる“相棒”として愛される存在
好きなキャラクターとして最も挙げられやすいのは、やはり自機そのものだ。AFX-6502は、物語上も「最新鋭」の機体として位置づけられ、プレイヤーの腕前と一体化して記憶に残る。 この機体が“キャラ化”しやすい理由は、単にデザインが格好いいからではない。装備が揃うほど戦い方が変わり、危ない局面を押し返せるようになる過程が、そのまま「相棒が成長した」体験になるからだ。 序盤は貧弱で、弾の密度に押される。しかし中盤以降、メインの横幅が増し、サブの役割が噛み合い、無敵時間で切り返せるようになると、同じ画面でも“勝てる景色”に変わる。この変化を体験した人ほど、「あの機体で戦った」という記憶が強く残り、結果としてAFX-6502が“好きなキャラ”として語られやすい。
●「システム」――敵でありながら、どこか“意思”を感じさせるラスボス的存在
本作の敵は単なる軍勢ではなく、暴走した統合制御のような存在として描かれるため、敵側にも“人格”があるように感じられる。特にA.L.C.があるせいで、ゲーム側がこちらの動きに反応してくる感覚が強く、「システムが学習している」「システムが本気を出してきた」というふうに、敵そのものがキャラクター化しやすい。 この“対話する敵”としての魅力は、普通のシューティングよりも色が濃い。自分が調子に乗ると敵が押し返してくる、慎重に行くと少し間合いが生まれる。ここに、冷たい機械なのに“感情”を感じてしまう瞬間がある。好きというより「忘れられない相手」として、システムを挙げる人は多い。
●リオ(妖精的存在)――“救い”として記憶に残る、反則級の味方
特定条件で現れる「リオ」は、登場の仕方がドラマチックで、強烈に記憶へ刺さるタイプの存在だ。 本作は厳しい局面が多いぶん、プレイヤーが追い詰められているときに“助け”が入ると、感情の振れ幅が大きくなる。リオが現れて敵弾や敵を整理してくれる、あるいは要塞を瞬時に処理してくれるような展開は、体感として“救済”のインパクトが強い。 そのため、好きなキャラクターとしてリオを挙げる人の理由はだいたい似ていて、「絶望してるときに来てくれる」「頼もしすぎる」「出会えたプレイは忘れられない」となる。ゲームの難易度が高いほど、こういう存在は“キャラ”として立ち上がる。
●ランダー(マスコット的存在)――“顔を撃つかどうか”で思い出が分かれる
一定条件で現れる「ランダー」は、コンパイル作品に通じるマスコット的な空気を持ち、硬派になりがちなシューティングの中へ、急に遊び心を注ぎ込む存在として愛されてきた。 このキャラの面白さは、ただ取るだけで終わらず、撃つことで状態が変わる、という“悪戯の余地”がある点にある。 – 撃たずに取って安定を取る人 – あえて撃って強化を狙う人 – そもそも怖くて触れない人 この選択が、プレイヤーの性格を映す。そのため「ランダーが好き」という人の理由は、性能の話だけでなく、「あれを見つけると嬉しい」「あの瞬間に気が抜けるのが良い」「ゲームが急に優しくなる感じが好き」など、感情の話になりやすい。
●イコン(顔っぽい地上物)――“仕掛けの入口”として愛される、無機物キャラ
『ザナック』は地上物に仕掛けが多く、特定回数撃つと強力な効果が出たり、ワープに繋がったりする。なかでも顔のような意匠を持つ地上物(イコン)は、見た目の記号性が強く、プレイヤーの記憶に残りやすい。 「ここを撃てば状況が変わる」「放置すると別の展開になる」という関係が、ただの背景オブジェクトを“キャラ”に押し上げる。怖いけど頼れる、という相反する印象もあって、「あの顔を見ると緊張する」「出ると安心する」といった語られ方をするのが面白い。
●偵察機っぽい存在(サート的な“厄介者”)――好きというより“因縁の相手”
プレイヤーによっては、特定の敵機が「厄介」「逃すと嫌な展開になる」と強く印象に残り、それが“キャラ化”することがある。たとえば、撃ち漏らすと後が大変になるように感じる敵、こちらの隙を突くように出る敵などは、「あいつが来たら流れが変わる」という意味で、好き嫌いとは別の“因縁枠”になる。 この手の存在は、「嫌いだけど覚えてる」「見えた瞬間に身構える」といった語り方になりやすい。『ザナック』が“敵も含めてキャラが立つ”と言われるのは、A.L.C.と出現の揺れが、敵を単なるパターンではなく“事件”として体験させるからだろう。
●結局いちばん語られるのは「自分のプレイそのもの」
面白いのは、『ザナック』の“好きなキャラクター”を語っていても、最後に戻ってくるのが「自分のプレイ体験」になりやすいことだ。 – リオに救われたプレイ – ランダーで一気に形勢が変わったプレイ – システムが本気を出してきたと感じたプレイ – AFX-6502が“相棒”になった瞬間 こうした出来事が、キャラの魅力と同時に“自分史”として残る。だから本作は、キャラが少ないのに、キャラの話ができる。物語ではなく、体験がキャラクターを生む――そこが『ザナック』のユニークさであり、好きなポイントとして語られ続ける理由になっている。
[game-7]
●対応パソコンによる違いなど
●大前提:同じ『ザナック』でも「遊ばされ方」が結構変わる
『ザナック』は“縦スクロールシューティング”という骨格は共通していても、移植・再構成されるたびに手触りが変わりやすいタイプの作品だ。理由は単純で、売りであるA.L.C.(自動難易度調整)や、画面内の敵密度・弾の量・スクロールテンポが、ハード性能と入力環境の影響を強く受けるから。 同じ敵配置に見えても、処理落ちの有無、当たり判定の感じ方、連射のしやすさ、画面の見やすさが違えば「難しい場面の質」そのものが変わる。だからこそ、対応機種の違いは“画質が少し良い”程度では終わらず、「この版はこういう緊張が来る」と語り分けられやすい。
●MSX版:原点らしい“読み合い”が濃い(A.L.C.の存在感が強い)
まずMSX版は、原点としての設計思想が最もそのまま出る。サブウェポンの運用、ボックス回収の駆け引き、要塞戦の段取りといった要素が、「抑える/攻める」の判断に直結しやすい。 特にA.L.C.の気配がプレイ感に溶け込んでいて、同じステージでも“今日は妙に荒れる”“今日は落ち着く”という揺れが体感されやすい。言い換えると、プレイヤーの癖が結果に出やすい。無駄撃ちや雑な連射が、短いスパンで「次の圧」として返ってくるので、上達すると“自分で戦場を整えている”感覚が育つ反面、慣れないうちは「何が起きてるか分からない」になりやすい。 また、MSXという環境はコントローラ事情が家庭ごとに違いやすく、入力機器の差が難度体験に影響しやすい。連射のしやすさが変わるだけで、武器の相性もA.L.C.の波も変わって見えるので、同じMSX版でも「家によって印象が違う」なんてことが起きやすいのも面白いところだ。
●(後年の)Windows版:遊びやすさが上がる一方、“原作のクセ”は薄まることも
Windows向けに遊べる形になると、環境面のストレスが減る。ロードや保存、画面表示、入力設定などが整えやすく、当時の実機に比べれば「まず触ってみる」ハードルが下がるのは大きい。 ただし、ここで印象が変わりやすいのが“入力の感触”だ。たとえば、同じ連射でも、現代のコントローラやキーボードの反応は一定で、プレイヤーが意図せず過剰に撃ってしまうケースもあれば、逆に「細かく抑える」操作がしやすくなるケースもある。結果として、MSX実機のときに感じた“手に馴染むクセ”が薄れ、ゲームの難しさの顔つきが変わることがある。 要するに、Windows版は「遊びやすい入口」になりやすい反面、体験としては“整理されたザナック”になりやすい。尖りが丸くなったと感じる人もいれば、余計な負担が消えて純粋に面白さが見えると言う人もいて、評価が分岐しやすいポイントだ。
●ディスクシステム版(家庭用アレンジ):同じ題材でも“別解”として成立する
家庭用に向けたアレンジ版は、MSXの原作と同じ名前を持ちつつ、遊びのリズムや印象が変わりやすい。理由は、画面の見え方・音の出方・操作系が変わることで、敵の圧の感じ方が変化するからだ。 また家庭用では「繰り返し遊ばれる前提」の設計がより強く出て、ステージ構成や見せ場の作り方が“ゲームとしての演出”寄りになる傾向がある。原作が“読み合いの教材”だとすると、家庭用アレンジは“遊びのショーケース”としての側面が濃くなる、という感覚に近い。 どちらが上、という話ではなく、同じコンセプトを別の環境で成立させるとどう変化するか、という意味で面白い比較対象になりやすい。
●MSX2『ザナックEX』:逆移植の面白さ=“見た目だけでなく手触りが変わる”
MSX2向けの『ザナックEX』は、単なる上位互換になりにくいところが語りどころだ。MSX2になると表現力の余裕が増え、見た目や演出面でリッチになる方向が期待されるが、それ以上に影響が出るのが“テンポと密度”だ。 処理の余裕が増えると、敵や弾がより素直に画面へ出てくる。すると、MSXで体感していた「どこか間がある」「わずかな抜けがある」といった感覚が薄れ、同じ局面でも“圧がストレートに来る”ように感じる場合がある。ここでプレイヤーの評価が分かれやすい。 – 余裕のある描画で見やすくなり、攻略が組み立てやすくなったと感じる人 – 逆に、原作の呼吸が消えて硬くなったと感じる人 この差が生まれるのが、逆移植タイトルの面白さであり、比較する楽しさでもある。
●NES版:海外向けとしての整え方が、“別の緊張”を作る
海外向けに出たNES版は、ローカライズというより“別市場向けの整理”が入ることで、手触りが変わるタイプだ。操作感、見やすさ、演出のテンポが、家庭用機の前提に合わせて調整されやすい。 ここで起きやすいのは、A.L.C.の印象が「読み合い」から「難度のキャラクター」へ寄ること。プレイヤーが“波を操作している”というより、“波の中で耐える”印象が強まることがある。もちろん遊ぶ人の腕前にもよるが、環境が変わるとゲームの哲学が微妙に違って見える、という例として語りやすい。
●携帯機・携帯OS・アプリ系への移植:短時間プレイ向けになるほど“緊張の質”が変わる
Palm OSや携帯アプリ系のように、遊ぶシチュエーションが「机の前」から「手の中」へ移ると、攻略の前提が変わる。 原作の『ザナック』は、集中して波を読み、武器と段取りを組むほど面白い。一方で携帯環境は、細かな入力が難しかったり、短時間で区切って遊ばれたりする。すると“考えて整える”よりも、“瞬間的に状況をひっくり返す”武器や効果の価値が上がりやすい。 つまり、同じタイトルでも、移植先が「腰を据える環境」か「隙間時間の環境」かで、強く感じる魅力が変わる。携帯系は「遊びやすさ」を得る代わりに、原作の“じりじりした対話”が薄まることもあるが、そのぶん“触れる機会”を広げた功績が大きい。
●まとめ:どの版を遊んでも“ザナックらしさ”は残るが、尖る場所が違う
結局のところ、『ザナック』の核は「戦場が固定化しにくい」「武器と段取りが勝ち筋になる」「攻めと抑えの選択が常に迫る」という設計思想にある。 ただし、その思想がどこに強く出るかは版ごとに違う。原点らしい読み合いが濃い版、遊びやすさが増して入口になりやすい版、演出のテンポが変わって別解として成立する版――それぞれに“ザナックの顔”がある。 もし複数の版に触れられるなら、「同じ局面なのに、なぜ緊張の質が違うのか」を比べると、この作品の凄さがより立体的に見えてくるはずだ。
[game-10]●同時期に発売されたゲームなど
■ 1986年前後の「パソコンゲーム熱」を象徴する10本(代表例)
※ここでは『ザナック』と同じく、80年代半ばの国産PCゲームが元気だった時期に発売された“遊び方の違う”作品を、ジャンルがかぶり過ぎないように拾って紹介します。
★ロボレス2001
・販売会社:マイクロネット ・販売された年:1986年 ・販売価格:6,800円 ・具体的なゲーム内容:近未来のロボット同士が“プロレス”で競い合う、格闘アクション寄りの対戦ゲーム。派手な必殺技だけでなく、基本技→得意技→隠し技と、試合運びの中で「見せ場」を作る構造が売り。単なる殴り合いではなく、勝ち筋を作ってから決め技へ持ち込む流れが気持ちよく、当時のアーケードライクな熱量を家庭(PC)へ引っ張ってきたタイプ。
★サマーゲームス
・販売会社:ポニカ ・販売された年:1986年 ・販売価格:6,800円 ・具体的なゲーム内容:夏季スポーツ競技を複数まとめた“競技会オムニバス”。競技ごとに操作のクセが違い、単発で遊んでも、記録更新を狙っても楽しい。対戦・交代プレイの盛り上がりが強く、当時のPCゲームとしては「みんなでワイワイ」方向に振った珍しい一本。式典や演出で“大会っぽさ”を作るのもポイント。
★聖女伝説
・販売会社:コスモスコンピュータ ・販売された年:1986年 ・販売価格:6,800円 ・具体的なゲーム内容:探索とコマンド選択を軸に、目的物を追っていくアドベンチャー系。画面の見せ方や演出に“絵で読ませる”工夫が多く、当時のPCで流行した「文章+グラフィック+軽いアニメ」路線の一角。理詰めの謎解きというより、手がかりを集めて進行感を積み上げるタイプで、雰囲気を楽しみながら進める遊び方が向く。
★1000年王国
・販売会社:LOG ・販売された年:1986年 ・販売価格:6,800円 ・具体的なゲーム内容:世界観と物語のスケールで押すタイプのアドベンチャー。舞台や設定を大きく構え、プレイヤーは“旅”の感触で状況を追っていく。派手なシステムで驚かせるというより、マップ移動や会話、イベントの積み重ねで「自分が物語の中を歩いている」感覚を作る方向性の作品。
★シティファイト
・販売会社:ポニカ ・販売された年:1986年 ・販売価格:6,800円 ・具体的なゲーム内容:市街地戦を題材にしたウォーシミュレーション。小回りの利く部隊運用、遮蔽物や射線の扱い、戦線の維持など、“戦術の手触り”を中心に組み立てられている。シナリオ選択型で繰り返し遊びやすく、マップの読みと部隊の動かし方で結果が変わるため、STGとは別方向の「考えて勝つ気持ちよさ」がある。
★スパイVSスパイ
・販売会社:HOT・B ・販売された年:1986年 ・販売価格:6,800円 ・具体的なゲーム内容:同じステージ内で、敵(相手)と自分が同時進行で動き、探索と妨害を繰り返すアクション/かけ引きゲーム。罠を仕掛けて相手を出し抜く楽しさが核で、先読みと“意地悪の工夫”がそのまま勝率に直結する。二人プレイで真価を発揮するタイプで、パーティーゲーム的な盛り上がりも狙える。
★メイドゥム
・販売会社:NCS ・販売された年:1986年 ・販売価格:6,800円 ・具体的なゲーム内容:RPGの枠組みに“会話の選び方”という駆け引きを入れた意欲作。誰にどう話すかで反応が変わるため、街や拠点が単なる補給所ではなく「情報を引き出す場所」になる。戦闘だけで進めるより、交流・交渉・探索の比重が高く、当時のRPGが多様化していく流れを感じさせる一本。
★グーニーズ
・販売会社:コナミ ・販売された年:1986年 ・販売価格:6,800円 ・具体的なゲーム内容:映画モチーフのアクションで、障害物や敵をかわしつつ、鍵やアイテムを集めて突破していく“面クリア型”の気持ちよさが中心。ルート取りとタイミング勝負がわかりやすく、短時間でも達成感が出る作り。STGのような反射神経だけではなく、覚えて上達する要素も強い。
★大戦略88
・販売会社:システムソフト ・販売された年:1986年 ・販売価格:7,800円 ・具体的なゲーム内容:いわゆる“本格SLG”系の代表格。兵站・地形・索敵・航空支援など、戦場の要素を段階的に噛み合わせ、勝ち筋を自分で設計していく遊び。短期決戦よりも、状況を整えて優位を広げる“読み合いの積み上げ”が面白さの核で、当時のPCならではの硬派さを象徴する存在。
★アルカノイド
・販売会社:ニデコム/タイトー ・販売された年:1986年 ・販売価格:6,800円 ・具体的なゲーム内容:ブロック崩しを現代的に再構築したアーケード由来のアクション。アイテムで球の挙動やショット性能が変わり、単調になりがちな“反射ゲー”を、攻め方の選択とリカバリーで奥深くしている。ルールが即わかる一方で、終盤ほど精密さが要求され、上達の手応えが出やすい。
[game-8]






























