【発売】:日本テレネット
【対応パソコン】:PC-8801、PC-9801、MSX2 など
【発売日】:1988年8月
【ジャンル】:アクションロールプレイングゲーム
■ 概要・詳しい説明
中世イスラム風世界を舞台にした異色のアクションRPG
『XZR 破戒の偶像』は、日本テレネットが1988年に発売したパソコン向けのアクションロールプレイングゲームであり、のちに複数の作品へ発展する「XZR/エグザイル」シリーズの原点となったタイトルである。「XZR」というアルファベットを「エグザイル」と読ませる独特の名称、イスラム圏を思わせる異国的な舞台、暗殺教団に所属する青年を主人公に据えた物語など、当時の国産パソコンゲームとしてはかなり珍しい題材を採用していた。PC-8801、PC-9801、MSX2などへ展開され、各機種の性能や音源に合わせた形で発売されている。発売月については資料によって若干の違いが見られるものの、1988年夏ごろに初代パソコン版が登場した作品として知られている。
本作が発売された1980年代後半は、ロールプレイングゲームとアクションゲームを融合させる試みが盛んになっていた時代である。日本テレネットも『夢幻戦士ヴァリス』などを通して、横スクロールアクションとビジュアル重視の物語演出を組み合わせていた。『XZR 破戒の偶像』にも、人物画、会話画面、音楽、物語上のイベントを重視する同社らしい作風が受け継がれている。
ただし、現代の女子高校生や幻想世界の美少女戦士を中心にした華やかな作品とは異なり、本作では宗教対立、暗殺、腐敗した権力、薬物、政治的陰謀などの重い要素が前面に押し出されている。主人公も明るく正義感にあふれた勇者ではなく、敵を静かに仕留める暗殺者として設定されており、作品全体には退廃的で危険な雰囲気が漂っている。
アサシンの青年サドラーへ与えられた使命
物語の中心となるのは、暗殺教団アサシンに所属する青年サドラーである。彼は剣術や格闘術に優れ、教団の中でも選び抜かれた戦士として扱われている。無口で冷静な性格を持ち、正義を大声で語る英雄ではなく、与えられた任務を確実に遂行する職業的な暗殺者として描かれている。この主人公像は、一般的なファンタジーRPGの勇者とは大きく異なり、本作の硬質な世界観を形作る重要な要素となっている。
サドラーが仕えるのは、山岳要塞アラムートを拠点とする暗殺教団の首領サッバーフである。物語上では、正統派を名乗るセルジュク朝の支配者たちが権力を私物化し、民衆を苦しめているとされている。サッバーフはその体制を打倒するため、カリフの暗殺を計画し、先に四人の精鋭をバグダッド方面へ送り込んだ。しかし、彼らはそれぞれの事情によって消息を絶ってしまう。
そこでサドラーは、行方不明になった四人の仲間を捜し出し、彼らと合流したうえで暗殺計画を完遂するよう命じられる。彼は単身でアラムートを出発し、バグダッドをはじめとする各地を巡ることになる。
導入部分だけを見れば、宗教的対立や政治的陰謀を背景とした重厚な暗殺劇に思える。しかし、旅を始めたサドラーが遭遇する事件は、次第に通常の歴史物語の範囲から外れていく。行方不明の仲間たちは単に敵へ捕らえられているわけではなく、それぞれ別の目的に夢中になったり、奇妙な土地で問題に巻き込まれたりしている。その結果、サドラーは本来の任務とは直接関係の薄い事件まで解決しなければならなくなる。
物語後半では、中世風の舞台設定そのものが大きく揺らぎ始める。近代や現代を思わせる施設、思想、兵器、政治勢力などが登場し、最終的にはサドラーが時代を超えて現代へ移動する展開へ到達する。そこで彼が対決するのは、発売当時のアメリカ大統領やソ連書記長を連想させる二人の人物である。中世の暗殺者が冷戦時代の大国指導者と戦うという結末は、当時のプレイヤーにも極めて強い衝撃を与えた。
このため本作は、厳密な歴史再現を目的としたゲームではなく、アサシン伝説、宗教史、陰謀論、魔術、科学、冷戦構造、終末思想などを大胆に混ぜ合わせた伝奇冒険物語として捉えるのが適している。歴史的な用語や実在人物を思わせる意匠は登場するものの、時代考証よりも驚きと勢いが優先されている。
トップビュー探索と横スクロール戦闘の融合
ゲームは大きく分けて、移動先を決める地図画面、町や施設を歩き回るトップビュー画面、敵と直接戦うサイドビュー画面によって構成されている。地図画面では、物語の進行に応じて町、城、山、砦、牢獄などの目的地を選択する。町や施設へ入ると、上方から見下ろす形式の画面へ切り替わり、住民との会話、情報収集、買い物、治療、イベントの発生などを行う。
洞窟、敵の拠点、危険な施設などへ踏み込むと、横スクロール型のアクション場面へ移行する。プレイヤーはサドラーを直接操作し、敵を倒しながら奥へ進んでいく。サドラーは左右への移動、しゃがみ、ジャンプ、はしごの昇降、剣による攻撃などを行える。操作体系は比較的簡潔であり、複雑なコマンド入力よりも探索と戦闘のテンポを重視した設計となっている。
敵を倒すと経験値が蓄積され、一定量へ達するとサドラーの能力が向上する。通常の剣攻撃だけでなく、物語の途中で魔術師ファキールの助力を受けることにより、複数の魔法を使用できるようになる。魔法は剣先から放たれ、離れた位置にいる敵や接近しにくいボスへ大きな効果を発揮する。
各地域は一つの章に近い構造を持ち、その土地で発生している事件を解決すると次の地域へ進む。広大な世界を自由に旅する形式ではなく、物語に沿って目的地を順番に訪れる一本道型に近い。以前の地域へ戻れなくなる場合もあるため、必要な買い物や情報収集は次の地域へ進む前に済ませておくことが望ましい。
剣と魔法を使うサドラーの戦闘能力
横スクロールの戦闘場面では、サドラーが剣を使って敵へ攻撃する。基本となるのは前方への突きであり、姿勢を低くした攻撃や、ジャンプ中に下方向へ繰り出す攻撃も用意されている。地面を移動する小型の敵にはしゃがみ攻撃、高低差のある場所ではジャンプからの下突きが有効である。
敵には、地上を這うもの、空中を飛ぶもの、飛び道具を撃つもの、突進してくるものなどが存在する。単純に攻撃ボタンを連打するだけでは、敵との接触によって体力を失いやすい。少しずつ画面を進め、一体ずつ敵を引き寄せ、剣の先端が届く距離から攻撃する方法が安全である。
本作では真上への攻撃が難しく、はしごの出口や段差の上へ敵がいると進みにくくなる。敵に頭上を塞がれた状態で無理に登ると、前にも後ろにも動けない状態へ陥ることがある。そのため、はしごや段差へ近づく前に魔法で敵を倒すか、敵が移動するまで待つ必要がある。
魔法は本作の戦闘を大きく左右する。遠距離から攻撃できるため、飛行する敵、狭い場所の敵、接近すると危険なボスなどに対して非常に有効である。魔力を消費するため無制限には使えないが、回復手段を準備しておけば、剣だけで戦うよりも安全に攻略できる。
ボス戦では魔法が特に強力である。剣で接近戦を挑むと反撃を受けやすい一方、相手の進行方向へ魔法を連続して放てば、比較的短時間で倒せる場合が多い。そのため、アクションが苦手なプレイヤーでも、魔法と回復道具を利用すれば最後まで進みやすい。
物語を動かす個性的な仲間たち
サドラーの仲間として、ルーミー、キンディ、ファキールなどが登場する。ルーミーはサッバーフの娘であり、諜報や潜入を得意とする女性アサシンである。若くして複数の言語を操り、行動力にも優れている。無口で感情を表へ出さないサドラーとは対照的であり、彼へ特別な思いを寄せていることも示される。
キンディは教団の戦士を鍛える大柄な人物で、策略よりも怪力を得意とする。豪快な性格を持ち、緊張感の強い物語へ明るさと勢いを加える存在である。ファキールは占星術、医学、錬金術、魔術などに通じた知識人であり、ゲームシステム上ではサドラーへ魔法を授ける重要な役割を担う。
そのほか、科学者スフラワルディ、教団の首領サッバーフ、暗殺対象となるカリフなど、多様な人物が物語へ関わる。カリフは単純な悪人として片づけられる存在ではなく、彼なりの思想や苦悩を持っていることが描かれる。そのため、サドラーへ与えられた暗殺命令が本当に正しいのかという疑問も浮かび上がる。
ただし、仲間たちは通常のRPGにおけるパーティーメンバーのように戦闘へ参加するわけではない。アクション場面で実際に操作するのは基本的にサドラー一人であり、仲間たちは会話やイベントを通して物語へ関与する。仲間の能力や個性が戦闘システムへ十分に反映されていない点は惜しいものの、各地域を巡る目的を生み出す人物として重要な存在である。
能力を一時的に変化させる危険な薬物アイテム
『XZR 破戒の偶像』を語るうえで欠かせないのが、実在する薬物名を持つアイテムが多数登場する点である。使用すると攻撃力、移動能力、体力などへ一時的な変化が起こるが、効果が切れた後には能力低下、体力減少、危険な副作用などが発生する。種類によって作用が異なり、別の薬品を使って悪影響を抑える仕組みも用意されている。
これは現実の薬物使用を肯定する内容ではなく、アサシンと薬物を結び付ける伝承をゲーム上の能力変化へ置き換えたシステムである。しかし、具体的な名称をそのままに近い形で登場させた表現は、発売当時でも強烈な印象を残した。
一方で、この薬物システムは作品の象徴であるものの、攻略上の必要性はそれほど高くない。副作用を考えながら使用するよりも、回復アイテムと強力な魔法を利用した方が安定する場面が多いからである。また、所持品の上限が厳しく、物語の進行に必要な重要品も同じ枠へ入るため、薬物を何種類も持ち歩く余裕が少ない。
その結果、「非常に有名なシステムでありながら、実際の攻略ではあまり使用されない」という独特の位置づけになった。それでも、強い効果と危険な代償を一つの道具へ結び付けた発想は珍しく、本作の危険で退廃的な世界観を象徴している。
歴史劇から冷戦風の政治寓話へ変貌する物語
序盤の『XZR 破戒の偶像』は、セルジュク朝、アサシン、アラムートなどの名称を用い、中世イスラム圏を思わせる暗殺劇として進んでいく。ところが、旅を続けるにつれて時代や地域の整合性は次第に崩れ、近代的な文化、現代科学を思わせる施設、後世に生まれた思想や組織などが現れる。
こうした要素は厳密な歴史考証の観点では不自然である。しかし、次に何が起きるか分からない感覚をプレイヤーへ与え、一般的な歴史物語にはない予測不能な面白さを生み出している。
終盤では物語が20世紀へ接続され、サドラーは天使の啓示を受け、人類を危機へ導く二人の権力者と戦う。敵として登場する書記長と大統領は、発売当時のソビエト連邦とアメリカ合衆国の指導者を強く連想させる。冷戦時代の二大国を世界の支配と争いを象徴する存在として描き、中世の暗殺者へ排除させるという極端な政治風刺が展開される。
この結末は、特定の宗派や王朝を倒せば世界が救われるという単純な構図を覆している。中世の権力者を標的としていたサドラーが、最終的に時代を超えて巨大国家の指導者へ剣を向けることで、支配欲や対立が時代を変えて繰り返されるという主題を示そうとしたとも解釈できる。
ただし、思想的な背景を丁寧に説明するより、衝撃的な出来事を連続させることが優先されている。その結果、重厚な政治劇と荒唐無稽な冒険活劇が同居する、極めて独特な作品となった。
異国的な音楽とビジュアル演出
日本テレネット作品らしく、本作では物語だけでなく、人物の立ち絵、背景、場面転換、音楽などによる演出にも力が注がれている。中世イスラム風の空気を強めるため、オープニングとエンディングには異国的な旋律を意識した楽曲が用意された。
当時のパソコンは、現在のゲーム機のように滑らかなアニメーションを大量に表示できる環境ではなかった。そのため本作では、限られた色数と解像度の中で人物の表情、装飾的な衣装、城塞や宗教建築を思わせる背景などを描き、静止画と文章を組み合わせることでドラマ性を補っている。
戦闘画面は比較的簡素であるものの、会話画面やイベントとの切り替えによって、一つの長編伝奇物語を読み進めているような感覚が生まれている。映像と音楽を重視する日本テレネットの特徴が、異国的な題材と結び付いた作品である。
販売実績以上に内容の強烈さで記憶された作品
『XZR 破戒の偶像』の正確な累計販売本数については、現在確認できる資料だけで明確な数字を示すことが難しい。したがって、大ヒット作品だった、あるいは販売不振だったと具体的な本数を伴って断定することはできない。
しかし、翌年にはパソコン向けの続編が制作され、さらにシリーズを基礎としたPCエンジン版やメガドライブ版などが展開された。少なくとも一作限りで終了する企画ではなく、日本テレネットが継続する価値を認めた題材であったことは読み取れる。
後年に家庭用ゲーム機で発売された『エグザイル』は、初代『破戒の偶像』をそのまま移植したものではない。主に続編を基礎として再構成されており、初代に含まれる暗殺任務や過激な終盤展開の多くは異なる形へ変更されている。そのため、初代パソコン版はシリーズの中でも特に独自色が強い作品である。
ゲームとしては、移動や戦闘の粗さ、魔法と薬物のバランス、時代考証の混乱など、未整理な部分を数多く残している。しかし、暗殺者を主人公とする大胆さ、イスラム風世界への着目、薬物と副作用のシステム、冷戦時代の権力者を思わせる敵、歴史と現代を強引に結ぶ結末など、ほかのゲームでは容易に見られない要素が投入されている。
『XZR 破戒の偶像』は、整然と作り込まれた優等生的な名作というより、日本テレネットが持っていた演出志向、挑戦精神、危うさ、勢いが一つに凝縮された作品である。発売から長い年月が経過した現在も語られる理由は、単純な遊びやすさだけではなく、一度知れば忘れにくい設定と展開を備えていたからにほかならない。
■■■■ ゲームの魅力・攻略・好きなキャラクター
歴史と空想を大胆に混ぜ合わせた予測不能の冒険
『XZR 破戒の偶像』の大きな魅力は、中世イスラム圏を連想させる暗殺者の物語として始まりながら、プレイヤーの予想を次々と裏切る方向へ進んでいく点にある。主人公サドラーへ与えられる当初の使命は、行方不明になった四人の仲間を捜し出し、腐敗した権力者を排除するという比較的理解しやすいものである。
しかし、実際に旅を始めると、宗教対立や王朝間の争いだけでは収まらず、奇妙な集団、時代にそぐわない施設、近代的な思想、科学を思わせる要素などが次々と現れる。歴史的な舞台を丁寧に再現する作品とは方向性が異なり、さまざまな時代や文化を一つの冒険へ押し込んだ伝奇活劇としての勢いが優先されている。
整合性だけを求めれば、疑問を感じる場面は少なくない。しかし、先の読めなさという点では非常に強い。一般的なRPGでは、序盤に提示された魔王や帝国を倒すことが最終目的になりやすいが、本作では物語が進むほど敵の正体や戦う理由が変化していく。
中世の暗殺任務から始まった旅が、最終的には時代を超える規模へ広がっていくため、プレイヤーは「次の地域では何が起きるのか」「この物語はどこへ向かうのか」という興味を持続しやすい。緻密に伏線を回収する物語とは異なり、刺激的な要素を惜しまず投入して最後まで引っ張る、1980年代のパソコンゲームらしい魅力を備えている。
探索と戦闘を切り替えながら進む分かりやすさ
本作は、町や施設を歩き回るトップビューの探索場面と、敵を倒しながら進む横スクロールのアクション場面を切り替える構成を採用している。この二つの形式を明確に分けたことで、物語を進める時間と戦闘へ集中する時間を理解しやすい。
町では住民へ話しかけ、必要な情報を集め、店で道具を購入し、次に向かう場所を突き止める。ダンジョンへ入ると画面が横向きになり、剣と魔法を使った直接戦闘が始まる。
探索場面には、複雑なコマンドを大量に選ばせる仕組みが少なく、基本的には人物との会話を順番に確認すれば物語が進む。文章を読み、誰が何を求めているかを把握し、関係する場所へ向かうことが攻略の中心となる。
アクション場面も、移動、攻撃、ジャンプ、しゃがみ、はしごの昇降、魔法という比較的少ない操作で成立している。アクションRPGでありながら、複雑な装備変更や能力配分を要求しないため、物語を中心に楽しみたいプレイヤーにも入りやすい。
剣技を活用した基本的な戦い方
サイドビューの戦闘では、主人公サドラーが剣を使って敵を攻撃する。通常時の突き、姿勢を低くした攻撃、ジャンプ中に下方向へ繰り出す攻撃などがあり、敵の位置や動きに応じて使い分けることが重要になる。
地上を移動する小型の敵には通常攻撃やしゃがみ攻撃が有効であり、高低差のある場所や敵の頭上へ回り込める場面では、ジャンプからの下突きを狙うと大きな効果を得やすい。
基本的な攻略法は、敵へ不用意に接近しすぎないことである。本作のサドラーは、現代のアクションゲームほど多彩な回避行動を持っていない。敵に囲まれると連続して接触ダメージを受けやすく、狭い場所では立て直しが難しい。画面を少しずつ進め、敵が現れたら一体ずつ引き寄せ、剣の先端が届く距離から攻撃するのが安全である。
地面を這う敵は跳び越えようとすると接触しやすいため、しゃがみ攻撃で処理した方がよい場合がある。空中を移動する敵は、無理に剣で追いかけると位置が崩れやすいので、地形を利用して高度が下がるのを待つか、魔法で倒す方が安定する。
飛び道具を使う敵に対しては、真正面から連続攻撃を仕掛けるより、弾が通過した直後に距離を詰める方法が有効である。
特に注意したいのが、はしごや段差付近である。サドラーは真上へ向けて自由に剣を振れないため、はしごの出口を敵に塞がれると身動きが取りにくくなる。上方に敵がいる状態で無理に登らず、地上から魔法で排除するか、敵が移動するまで待つことが重要である。
攻略を大きく左右する強力な魔法
物語を進めると、サドラーは魔術師ファキールを通して複数の魔法を扱えるようになる。魔法は剣よりも遠くへ攻撃できるため、接近すると危険な敵、高い位置にいる敵、複雑な動きをするボスに対して非常に有効である。
通常のダンジョンでは、すべての敵に魔法を使用する必要はない。剣で安全に倒せる敵は通常攻撃で処理し、飛行する敵、飛び道具を連発する敵、狭い場所で接近しにくい敵などへ魔法を使うのが基本となる。魔力を無駄に消費すると、ボス戦へ到着した時点で攻撃手段が不足するため、道中では残量を意識したい。
一方、ボス戦では魔法を惜しみすぎないことが重要である。本作のボスは、接近戦で正確に攻撃しようとすると反撃を受けやすいが、遠距離から魔法を連続して命中させれば比較的短時間で倒せる場合が多い。特に敵の動きが速い場面では、剣で追いかけるよりも、相手の進行方向へ先に魔法を撃つ方が効果的である。
魔法を活用すると、一部のボス戦は想像以上に容易になる。剣だけで戦おうとすると難しく感じる一方、魔法を含めた総合的な戦闘として理解すれば、極端に高い難易度ではない。
危険な薬物アイテムをどう扱うか
薬物名を持つ能力変化アイテムは、使用すると一時的に攻撃能力や身体能力などを変化させる。しかし、効果が切れた後には能力低下や体力減少などの副作用が発生し、種類や使用方法によってはかえって危険な状態へ陥る。
安全性を重視するなら、これらを積極的に利用する必要はない。回復道具と魔法を中心に進めた方が安定する。所持できるアイテム数に余裕が少なく、物語の進行に必要な道具も同じ枠を使用するため、用途の限られた薬物を大量に持ち歩くことは得策ではない。
それでも、通常の戦い方では苦戦する場所や、短時間でボスを倒したい場面では、一時的な能力強化が役立つことがある。使用する場合は、副作用を抑える道具や回復手段をあらかじめ用意し、効果が切れる前に危険な場所を抜けることが大切である。
複数の薬物を無計画に使用すると、どの効果が残り、どの副作用が発生しているのか判断しにくくなる。初めて使う種類は敵の少ない場所で効果を確かめ、可能であれば使用前にセーブしておくと安全である。
所持品欄を圧迫させない管理方法
本作では持てるアイテム数が限られており、物語の進行に必要な重要品も同じ所持枠へ収められる。そのため後半になるほど自由に使える枠が少なくなり、回復道具、薬物、補助品などを大量に持つことが難しくなる。
最も優先したいのは回復手段である。本作では敵との接触が連続すると短時間で体力を失うことがあり、地形によっては回避しにくい。多少の攻撃力強化よりも、体力を回復できる道具を多めに確保した方が安定する。
次に重要なのが、魔力を補う手段や副作用へ対処する道具である。薬物を使わない方針であれば、副作用対策の道具を減らし、その分を回復品へ回すことができる。
店で買い物をする際は、その地域のダンジョンで何が必要かを考えたい。飛行敵が多い場所なら魔法に関係する道具を優先し、接触ダメージを避けにくい場所なら回復品を増やす。次の地域へ進むと戻れなくなる場合もあるため、重要なイベントを終える前に買い物と情報収集を済ませておきたい。
町での情報収集が攻略の重要部分
アクション場面の技術だけでは、本作を最後まで進めることはできない。町や施設で人々の話を聞き、次に向かう場所や必要な道具を確認することが重要である。行き先が分からなくなった場合は、戦闘能力が不足しているのではなく、会話イベントを見落としている可能性が高い。
新しい町へ着いたら、まず画面内の人物全員へ話しかけることを心掛けたい。同じ人物でも、別の場所で事件を進めた後に話しかけると内容が変化する場合がある。重要人物だけでなく、一般の住民や店の関係者にも話しかけることで、新しい目的地や人物の居場所が判明することがある。
見た目では通路と分かりにくい場所も存在する。壁や建物の端に不自然な空間がある場合は、移動できないと決めつけず、上下左右へ入力して確かめる必要がある。
誰かから人物や道具を捜すよう頼まれた場合は、すぐに遠方へ移動する前に、同じ町の別区画や建物を確認するとよい。必要な人物が意外に近い場所へいることもある。新しい道具を入手した後は、それを必要としていた人物のところへ戻ることでイベントが進む。
長時間の経験値稼ぎへ頼らない進行
本作では敵を倒すことでサドラーが成長するが、一般的なRPGのように同じ場所を何時間も往復してレベルを上げる必要はあまりない。ダンジョン内の敵をある程度倒しながら自然に進めていけば、物語の進行に必要な能力を確保しやすい。
敵をすべて無視して先へ進むと能力不足になる可能性はあるが、画面に現れる敵を一通り倒す程度で十分である。苦戦した場合も、必ずしもレベル不足が原因とは限らない。敵への接近方法、魔法の選択、回復品の残量、地形の利用などを見直す方が効果的なことも多い。
それでも体力や攻撃力が不足していると感じる場合は、比較的安全な場所で敵を倒して能力を少し上げてから再挑戦するとよい。本作は章が進むと以前の地域へ戻れないことがあるため、経験値を稼ぐなら、回復や補給がしやすい段階で行う方が安全である。
ボス戦で覚えておきたい基本的な必勝法
ボス戦では、相手の動きを確認せず最初から接近するのは危険である。戦闘開始後は、まず画面端や比較的安全な位置へ移動し、敵の移動経路と攻撃間隔を観察したい。突進する敵なのか、飛び道具を撃つのか、一定の高さを往復するのかを把握すれば、攻撃できる時間が見えてくる。
剣で戦う場合は、一度に何度も攻撃しようとせず、一撃か二撃を当てたら距離を取る。敵へ接触したまま攻撃を連打すると、こちらの体力も急速に減少する。ジャンプで相手を越えられるボスなら、頭上を通過する際に下突きを当て、反対側へ着地して距離を取る方法も有効である。
魔法を使う場合は、敵が現在いる場所だけでなく、こちらへ向かってくる進路へ撃つと命中しやすい。魔力が十分に残っているなら、温存しすぎる必要はない。ボスを倒せず体力を失えば、それまで節約した魔力も意味を持たないからである。
回復品は体力が完全に危険な状態になる前に使う。安全な距離を確保した直後に回復することが重要である。薬物による強化を利用するなら戦闘開始前に使用し、効果が続いている間に一気に攻撃する。ただし、魔法だけで十分に倒せる相手も多く、無理に利用する必要はない。
寡黙な暗殺者サドラーの独特な魅力
主人公サドラーは、本作で最も印象に残りやすいキャラクターである。陽気な冒険者でも、民衆を救うために立ち上がった王道の勇者でもない。暗殺教団の命令に従い、標的を倒すために各地を巡る冷静な戦士であり、必要以上に感情を表へ出さない。
サドラーの魅力は、命令に従うだけの単純な人物ではない点にもある。物語が進むにつれ、彼は敵とされた人物の思想や、教団の命令の裏側へ触れていく。誰を正義とし、誰を悪とするべきなのかが単純ではない状況でも、自らの剣を止めずに進み続ける。その姿は頼もしくもあり、危うくもある。
戦闘では剣と魔法を扱い、必要に応じて危険な薬物まで利用する。正面から堂々と戦う騎士というより、目的達成のために使える手段を利用する実務的な暗殺者として描かれている。
好きなキャラクターを一人挙げるなら、物語の中心軸であるサドラーが最もふさわしい。作品世界がどれほど混沌としても、彼自身は大きく取り乱さず、黙々と前へ進む。中世風の城塞から近代的な施設、さらには時代を超えた最終決戦まで、どのような場所へ放り込まれても暗殺者として振る舞い続ける姿には独特の格好よさがある。
行動力と感情を持つヒロイン・ルーミー
ルーミーはサッバーフの娘であり、諜報や潜入を担当する女性アサシンとして登場する。サドラーと同じ教団に属しながら、無口で感情を見せない彼とは異なり、行動的で人間らしい反応を見せる。サドラーへ特別な思いを寄せていることもうかがえ、殺伐とした任務の中に柔らかな感情を加える存在である。
彼女は単に守られるだけのヒロインではなく、情報収集や交渉、潜入など、サドラーとは別の形で任務を支える。ゲームの戦闘場面で直接操作できないものの、物語上の存在感は大きい。サドラーが剣によって問題を解決する人物なら、ルーミーは言葉や機転によって道を開く人物といえる。
豪快な力自慢キンディ
キンディは教団の戦士たちを鍛える大柄な人物であり、知略よりも腕力を得意とする。冷静なサドラーとは性格が異なり、その豪快さによって仲間の中でも分かりやすい個性を持っている。物語の緊張感が続く中で、彼の存在は明るさや勢いをもたらす。
ただし、四人の精鋭を捜す物語では、仲間たちが必ずしも予定どおりに任務を遂行しているとは限らない。キンディを含む仲間は、それぞれの事情で本来の目的から外れ、結果としてサドラーが後始末を行うことになる。この展開は、暗殺教団の精鋭という肩書きと実際の行動との落差を生み、物語へ奇妙な面白さを加えている。
魔法と知識でサドラーを支えるファキール
ファキールは、占星術、医学、錬金術、魔術などに通じた学者肌の人物である。腕力を重視するキンディとは対照的であり、知識と不可思議な力によってサドラーを支える。ゲームシステム上では魔法の習得と深く関係しているため、攻略面でも特に重要な仲間である。
本作の世界は、宗教、科学、魔術、薬物が明確に区別されず、互いに混ざり合っている。その混沌とした世界観を人物として象徴しているのがファキールである。サドラーが肉体と剣を担当するなら、ファキールは知識と精神世界を担当する存在といえる。
単純な悪役では終わらない権力者たち
本作では、サドラーが暗殺すべき相手として複数の権力者が登場する。しかし、彼らがすべて分かりやすい悪人として描かれているわけではない。表向きには腐敗した支配者であっても、その人物なりの理念や事情を抱えている場合があり、暗殺教団の主張だけが絶対的な正義ではないことを感じさせる。
サドラーは、ある勢力から見れば英雄でも、別の立場から見れば犯罪者である。敵と会話し、その考え方を知ったうえで戦わなければならない場面は、本作の重い雰囲気を支えている。
終盤に登場する現代の政治指導者を思わせる敵も同様である。表現は非常に直接的で、政治的な風刺というより衝撃を狙った演出に近いが、巨大な権力を持つ人物そのものを最後の敵とする発想は大胆である。
エンディングへ到達するための基本条件
本作をクリアするためには、各地域で発生する事件を順番に解決し、行方不明になった仲間たちと関係するイベントを進める必要がある。自由度の高い複数ルート型ではなく、基本的には決められた順序で物語が進むため、必要な会話と戦闘を終えれば次の地域が開かれる。
重要なのは、町での情報収集を省略しないことである。ボスを倒しただけでは次の目的地が判明しない場合があり、事件解決後に特定の人物へ報告する必要もある。新しい道具を入手したら、それを求めていた人物へ渡し、行方不明者を発見したら依頼者や教団へ戻る。こうした手順を確実に繰り返すことで終盤へ到達できる。
最終段階では、それまでの中世風世界とは大きく異なる場所へ進み、現代政治を連想させる二人の強敵と対決する。両者を倒し、最後のイベントを見届けることがエンディングへ到達する条件となる。
裏技よりも知識と準備が有効
攻略では、特殊な裏技を探すよりも、セーブを細かく行い、魔法と回復道具を準備し、敵の配置を覚える方が有効である。
危険なダンジョンへ入る前、新しい薬物を試す前、ボスへ挑む前には記録を残す。この基本を守るだけで、再挑戦に必要な負担を大きく減らせる。
敵の配置は完全に予測不能ではないため、一度失敗した場所では、次の挑戦時に魔法を準備できる。飛行敵が現れる地点、はしごを塞がれやすい地点、敵が連続して出る狭い通路などを覚えれば、初回より安全に通過できる。
無理にすべての敵を倒す必要もない。体力と魔力が少ないときは、回避できる敵を無視して先へ進む判断も重要である。ただし、経験値が不足しすぎると後半が苦しくなるため、安全に倒せる敵は処理し、危険な敵だけを避けるとよい。
攻略情報を知りすぎずに遊ぶ楽しみ
本作は、物語の意外性そのものが大きな魅力である。そのため、初めて遊ぶ場合は、終盤の展開や最終ボスの正体を詳しく調べずに進めた方が楽しみやすい。何も知らない状態で体験すれば、物語の急激な変化をより強く味わえる。
一方、古いパソコンゲーム特有の分かりにくさがあるため、完全に情報を遮断すると、町の通路やイベントの順番で迷う可能性がある。攻略情報を利用する場合は、最初から結末まで読むのではなく、現在いる地域で必要な行動だけを確認する方法がよい。
また、本作を歴史教材として見るのではなく、1980年代の開発者が中世イスラムやアサシンの伝承をどのように解釈し、ゲームへ取り込んだのかを観察する作品として遊ぶと面白い。時代考証の誤りも含めて、当時のゲーム制作における大胆さや資料環境を感じ取ることができる。
粗削りだからこそ感じられる日本テレネットらしさ
『XZR 破戒の偶像』は、操作性、地形設計、アイテム数、魔法と薬物のバランスなどに粗さを残している。横スクロールアクションとして見ると、敵への攻撃方向が限られ、はしごや段差で動けなくなる場面がある。RPGとして見ると、仲間が戦闘へ参加せず、装備や育成の選択肢も多くない。物語も、歴史的な暗殺劇として始まった後に別作品のような方向へ進んでいく。
しかし、その粗削りさは弱点であると同時に魅力でもある。安全で無難な構成へまとめるのではなく、面白いと考えた題材を次々と入れ、最後まで勢いを止めない。暗殺者、宗教、薬物、魔術、科学、時間移動、世界政治という大量の要素が一つのゲームへ収められている。
完成度だけを比較すれば、後年のアクションRPGの方が遊びやすい。それでも、本作と同じ体験を与えるゲームはほとんど存在しない。一度最後まで遊んだだけでも強烈な印象が残り、誰かへ内容を語りたくなる作品である。
■■■■ 感想・評判・口コミ
一度体験すると忘れにくい異色作
『XZR 破戒の偶像』を遊んだ人の感想で特に目立つのは、細かな操作性やゲームバランス以上に、作品全体から受ける強烈な印象について語る声である。1980年代後半の国産パソコン向けRPGには、剣と魔法を中心とした西洋風ファンタジーや、日本神話、中国史、宇宙などを題材とする作品が数多く存在した。
その中で本作は、中世イスラム風世界、暗殺教団、宗教的対立、薬物による能力変化、現代政治を思わせる終盤などを一つの物語へ盛り込み、ほかの作品とは明確に異なる方向性を示した。
プレイヤーの多くが強く記憶しているのは、サドラーの細かな能力値やダンジョンの構造より、物語が予想外の方向へ進んでいく感覚である。序盤では暗殺者を主人公とする重厚な歴史伝奇のように見えるが、途中から時代や文化の境界が崩れ始め、最後には当初の目的から大きく離れた規模の戦いへ発展する。
そのため、完成度の高い名作として一方向に絶賛されるというより、欠点を含めて語り継がれる怪作、珍作、問題作として扱われることが多い。ゲーム内容を詳しく忘れても、主人公が暗殺者だったこと、薬物名のアイテムが登場したこと、終盤が急激に変化したことは覚えているという人も少なくない。
イスラム風世界を選んだ着眼点への好意
肯定的な感想として挙げられやすいのが、当時としては珍しい舞台を選んだ企画性である。砂漠、城塞都市、暗殺教団、宗教的な権力争いなどを扱った作品は現在でも決して多くない。まして1988年前後の日本のパソコンゲームで、イスラム圏を思わせる文化を物語の中心へ置いたことは大胆な試みだった。
主人公サドラーが一般的な勇者ではなく、暗殺を任務とする青年である点も好意的に受け取られている。正義のために魔王を倒す英雄ではなく、組織の命令に従って標的を追う人物を操作するため、物語には最初から危険で陰のある雰囲気が漂う。
異国情緒を意識した音楽、宗教建築を連想させる背景、独特の衣装をまとった人物たちについても、当時のパソコンゲームとして雰囲気づくりへ努力していたという評価がある。歴史的な正確さには多くの問題があるものの、ありふれた中世ヨーロッパ風世界とは違うゲームを作ろうとした姿勢は伝わりやすい。
日本テレネットらしい映像演出への評価
日本テレネット作品を好む人の間では、ゲームシステムだけでなく、人物画、場面転換、音楽、物語演出をまとめた総合的な雰囲気が評価されやすい。『XZR 破戒の偶像』も同様であり、アクション部分だけを取り出せば粗さがあるものの、会話画面やイベントを含めた一つの物語として見ると魅力が増す。
当時のパソコンは家庭用ゲーム機とは異なる色使いや画面構成を持っていた。人物の顔や衣装を比較的大きく表示し、文章と音楽によって場面の緊張感を作る演出は、パソコンゲームらしい見せ方である。滑らかなアニメーションではなく、静止画を切り替えながら想像力を刺激するため、現在遊ぶと紙芝居的に見える一方で、独特の落ち着きや重さを感じる人もいる。
オープニングから異国的な雰囲気を強調し、暗殺者サドラーの任務を印象づける導入も、物語重視のプレイヤーから支持される部分である。
アクションRPGとして遊びやすいという感想
本作のアクション部分は、非常に高度な操作技術を要求するものではない。左右移動、ジャンプ、しゃがみ、剣による攻撃、魔法など、基本的な操作は分かりやすくまとめられている。敵を倒して経験値を得る成長要素もあり、アクションが苦手なプレイヤーでも、回復アイテムや魔法を準備すれば先へ進みやすい。
長時間の経験値稼ぎを強制されにくいことも、テンポの良さにつながっている。敵をある程度倒しながら普通に進めれば能力が上がり、極端に強い敵へ何度も挑ませる場面は多くない。ボスも魔法を活用すれば突破しやすく、物語を最後まで見届けたい人にとっては適度な難易度である。
一方、アクションゲームへ高い完成度を求める人からは、動きが単調で、攻撃方法が少なく、敵との駆け引きも深くないという指摘がある。剣の間合いを覚えれば似た戦い方を繰り返すことになりやすく、成長によって新しい技が次々と増えるわけでもない。遊びやすさと単調さは表裏一体である。
魔法が強すぎることへの賛否
攻略面で話題になりやすいのが魔法の強さである。遠距離から敵へ攻撃できる魔法は、飛行する敵、接近しにくい相手、動きの速いボスなどに対して非常に有効である。剣で丁寧に戦うより、魔法を連続して命中させた方が安全に勝てる場面も多い。
アクションが得意でない人にとって、この強力な魔法は救済手段として機能する。難しい操作を要求されず、魔力と回復道具を準備すれば物語を進められるため、最後まで遊びやすいという肯定的な感想につながっている。
しかし、剣と魔法を使い分ける戦略性を期待した人からは、魔法が強すぎて戦闘が大味になるという不満も出やすい。特にボス戦では、相手の攻撃方法を細かく見極めるより、魔法を集中して当てた方が簡単に倒せる場合がある。暗殺者が主人公でありながら、剣術や身のこなしより魔法の連射が有効なのは、設定とのずれを感じさせる。
薬物システムへの驚きと実用性への疑問
発売当時から現在まで、本作を紹介する際に最も話題となりやすいのが、薬物名を持つアイテムによる能力変化である。名称の強烈さだけでも印象に残り、実際に使用すると一時的な強化と、その後に発生する副作用が組み合わされている。
この仕組みを本作最大の個性として評価する人は多い。単純な回復薬や能力上昇アイテムではなく、強い効果と危険な代償を持たせた発想は珍しく、暗殺者の危うい世界観とも合っている。どの薬物がどのような作用を持つのか試す行為にも、通常のRPGにはない緊張感がある。
その一方、実際の攻略ではあまり使う必要がないという意見も多い。強化効果が一時的で、副作用への対策が必要となり、所持品の枠まで圧迫するからである。魔法や回復アイテムを使った方が簡単で安全な場面が多く、薬物を利用する戦術が十分に活躍しない。
このため、薬物システムは「非常に有名だが、ゲーム内では有効に機能し切れていない要素」と評されやすい。それでも、作品の名前を知らない人へ説明する際には欠かせない特徴である。
所持品制限に対する不満
ゲームを進めた人から不満が出やすい部分として、所持できるアイテム数の少なさがある。回復用品、能力変化アイテム、副作用を抑える薬品、物語進行用の重要品などが同じ枠へ入るため、後半になるほど自由に使える空きが減っていく。
物語上必要な重要品を簡単に捨てられない場合、それらが所持欄を占有し続ける。薬物システムを試したくても、回復用品を減らしてまで持つ価値があるのかを考えなければならない。結果として、個性的なアイテムを収集して試すより、最低限必要な回復用品だけを持つ方が合理的になる。
限られた所持枠の中で何を選ぶかという管理要素を楽しむ人もいるが、本作の場合は選択の幅を広げるより、独自システムの利用を妨げているという印象が強い。
はしごや段差での操作性に対する厳しい評価
アクション部分で不満を集めやすいのが、上下方向への攻撃が限られていることである。サドラーは剣を前方へ突き出す攻撃が中心で、頭上にいる敵を簡単に倒せない。そのため、はしごの出口や段差の上を敵に塞がれると、前へ進めなくなる場合がある。
敵も上下方向へ自由に攻撃できるわけではないため、双方が動けない状態になることもある。安全な位置へ戻れるならよいが、地形や敵の位置によっては進行が困難となり、記録した場所からやり直さなければならない場合もある。
画面のスクロールや敵の出現位置も、現代のアクションゲームほど親切ではない。先へ進んだ瞬間に敵へ接触したり、攻撃しにくい高さから飛び道具を受けたりする。一度配置を覚えれば対処できるものの、初見では回避しにくい。
町の通路やイベント条件の分かりにくさ
トップビューの探索場面では、戦闘が発生しないため落ち着いて行動できる一方、進める場所が視覚的に分かりにくいという感想がある。一見すると壁にしか見えない場所が通路になっていたり、建物の陰に移動可能な空間が隠れていたりするため、行き先が分からず同じ場所を歩き回ることがある。
会話イベントも、誰に話しかければ次の目的地が判明するのか分かりにくい場合がある。重要人物だけでなく、一般の住民との会話が進行条件になっていることもあり、町にいる全員へ話しかける作業が必要となる。
自力で発見したときの満足感はあるが、同じ場所で長く停滞すると物語のテンポを損ねる。現在遊ぶ場合は、必要な箇所だけ攻略情報を参照する方が快適に進めやすい。
物語の荒唐無稽さを面白がる評価
本作の物語については、評価が大きく二つに分かれる。一方は、時代考証や物語の一貫性を重視し、内容が支離滅裂であると厳しく見る立場である。もう一方は、その常識を超えた展開こそが本作最大の面白さだと考える立場である。
序盤では宗教対立や暗殺計画を扱い、歴史伝奇のような重い雰囲気を作っている。しかし旅を続けると、時代に合わない道具や文化、科学施設、近現代の政治勢力を連想させるものが登場する。中世の社会を再現する物語として見れば、多くの矛盾がある。
ところが、その矛盾が積み重なるにつれ、作品全体に独特の勢いが生まれる。プレイヤーは現実的な説明を期待するのをやめ、次にどのような突飛な事件が起きるのかを楽しむようになる。
終盤の展開は特に有名であり、当時の国際情勢を連想させる指導者たちが敵として登場することに驚いたという感想が語られやすい。歴史的なアサシンの物語と冷戦時代の政治を直接結び付ける発想は乱暴だが、普通の作品にはない強烈な記憶を残す。
歴史考証の甘さを指摘する声
中世イスラム風世界を舞台にしている一方、作中にはその時代に存在しなかったと考えられる道具、服装、施設、思想などが数多く登場する。貨幣の呼び方、医療施設の印、帽子や衣装、薬物の種類、近代的な工業設備など、歴史に詳しい人ほど疑問を感じる箇所が多い。
宗教や民族の描き方についても、現実の文化を正確に理解したうえで表現したというより、当時の日本で流通していた断片的なイメージを組み合わせた印象が強い。現在の基準で見れば、配慮や調査が十分ではないと感じられる部分もある。
ただし、本作は厳密な歴史シミュレーションを目指したものではなく、アサシン伝説を題材とした幻想的な冒険活劇である。歴史の誤りだけを欠点として扱うのではなく、フィクションとして大胆に作り替えた世界と見る意見もある。
仲間が戦闘へ参加しない物足りなさ
ルーミー、キンディ、ファキールなど、サドラーの仲間にはそれぞれ分かりやすい性格や能力が設定されている。しかし、アクション場面で実際に戦うのは基本的にサドラー一人であり、仲間を操作したり、戦闘中に支援を受けたりする場面は限られている。
この点については、魅力的な仲間がそろっているのに、ゲームシステムへ十分に生かされていないという不満がある。怪力のキンディなら障害物を壊す、諜報員のルーミーなら敵を避けて潜入する、魔術師のファキールなら戦闘中に援護するといった違いがあれば、遊び方へ変化を付けられたはずである。
実際には仲間たちは主に物語を進める人物として機能しており、ゲーム上のパーティーという感覚は弱い。操作をサドラー一人へ集中させたことで分かりやすくなった反面、仲間を捜す物語と、仲間を利用できないシステムの間にずれが生まれている。
主人公サドラーへの人気と好感
登場人物の中では、やはり主人公サドラーの人気が高い。暗殺者でありながら端正な容姿を持ち、無口で冷静に任務を遂行する姿は、明るく熱血的な主人公が多かった時代には新鮮だった。
サドラーは善悪を長々と論じる人物ではなく、命令された任務を受け入れ、必要な人物を捜し、敵を倒しながら前へ進む。物語がどれほど奇妙な方向へ進んでも、彼の態度は大きく変わらない。この一貫性が、混沌とした作品世界の中心となっている。
一方で、感情表現が少ないため、人物としての内面が十分に描かれていないと感じる人もいる。彼が教団の命令をどのように考えているのか、暗殺対象へどのような感情を持つのか、ルーミーの思いをどう受け止めているのかは詳しく説明されない。
この空白を無個性と見るか、想像の余地と見るかで評価は変わる。寡黙な主人公を好む人にとっては、必要以上に語らないことがサドラーの格好よさである。
ルーミーやファキールを支持する感想
ルーミーについては、暗殺教団の一員として自ら行動する点が好意的に受け取られている。サドラーを待つだけの人物ではなく、情報収集や潜入に関わり、教団の任務を自分の意思で遂行している。
サドラーへ思いを寄せている様子も描かれるが、恋愛だけを目的とする人物にはなっていない。殺伐とした物語の中で人間的な感情を示し、無口なサドラーとの対比を作る存在として人気がある。
ファキールについては、魔法を与える役割が攻略に直結するため、プレイヤーから頼れる人物として認識されやすい。知識人でありながら神秘的な力も扱い、宗教、科学、魔術が入り混じる本作の世界観を象徴している。
レトロゲーム初心者と経験者で分かれる印象
現在の視点から本作を遊んだ場合、レトロゲームに慣れているかどうかで感想が大きく変わる。古いパソコンゲームを日常的に遊ぶ人であれば、限られた操作、少ない案内、突然の敵配置、狭い所持枠などを時代の特徴として受け入れやすい。
一方、現代のアクションRPGを基準にすると、移動や攻撃の硬さ、イベントの分かりにくさ、セーブや補給の不便さが目立つ。操作説明や目的地表示も簡素であり、何をすればよいか分からないまま歩き回る可能性がある。
初心者が本作を楽しむには、完全な自力攻略へこだわらず、操作方法や詰まりやすい場所だけを確認しながら進める方法が適している。古い作品の不便さを緩和すれば、異色の世界観や物語へ集中しやすくなる。
低評価と高評価が同じ特徴から生まれる作品
『XZR 破戒の偶像』では、長所と短所が明確に分離しているとは限らない。物語の予測不能さは、ある人には刺激的な魅力となり、別の人には筋の通らない欠点となる。薬物システムの大胆さは、ある人には独創性と映り、別の人には話題性だけで実用性の低い仕組みに見える。
アクションの簡潔さも、遊びやすいと感じる人と単調だと感じる人に分かれる。強力な魔法は難易度を下げる親切な手段であると同時に、ボス戦の駆け引きを薄くする原因でもある。歴史考証の甘さも、荒唐無稽な伝奇物として笑える人と、舞台への理解不足だと感じる人で意見が異なる。
同じ特徴が評価と批判の両方を生み出していることが、本作の面白いところである。万人へ無条件に勧められる作品ではないが、特定の要素へ強く引かれる人には、ほかでは得られない体験を与える。
現在における総合的な評判
現在のレトロゲーム愛好家の間では、『XZR 破戒の偶像』は操作性や完成度だけを競う作品ではなく、1980年代パソコンゲームの自由さと危うさを象徴するタイトルとして語られやすい。綿密な考証や調整よりも、珍しい題材、刺激的な設定、意外な物語を優先した姿勢が強く表れているからである。
好意的な感想では、異国的な舞台、暗殺者の主人公、音楽、人物画、テンポのよい進行、衝撃的な終盤などが挙げられる。批判的な感想では、歴史考証の甘さ、薬物システムの実用性不足、所持品制限、上下方向へ攻撃しにくい操作、魔法偏重の戦闘、まとまりに欠ける物語などが指摘される。
総合すると、誰もが認める完成度の高い傑作という評価ではなく、欠点があっても忘れられない個性派作品という位置づけが近い。整ったバランスや丁寧な物語を求める人には向きにくいが、開発者の大胆な発想、時代特有の表現、常識を超えた展開を楽しめる人には非常に興味深い一本となる。
■■■■ 当時の宣伝・現在の中古市場など
パソコンゲーム専門誌が宣伝の中心だった時代
『XZR 破戒の偶像』が発売された1988年当時、パソコンゲームの情報を広く伝える主要な媒体は、ゲーム専門誌、パソコン専門誌、メーカー広告、店頭デモ、販売店のチラシなどであった。現在のように発売前の動画をインターネットで自由に視聴したり、体験版を即座に入手したりできる環境ではなく、購入予定者は雑誌に掲載された画面写真、紹介文、広告のデザインなどから内容を想像していた。
本作はPC-8801、PC-9801、MSX2など複数のパソコン向けに展開されたため、それぞれの機種を扱う雑誌で新作として紹介されることが重要だった。新作予定表、メーカー広告、発売中ソフトの紹介欄などでは、題名、価格、ジャンル、対応機種、画面写真、音源対応などが掲載された。
当時のパソコンゲーム雑誌には、新作情報、発売予定表、メーカー別広告、攻略記事、読者投稿、売上順位などが同じ誌面に並んでいた。『XZR 破戒の偶像』のように題材が珍しい作品は、一般的な剣と魔法のRPGとは異なる雰囲気を、限られた画面写真と文章で示す必要があった。
暗殺者サドラーの姿、異国的な建築物、横スクロール戦闘、人物を大きく表示する会話場面などは、誌面でも作品の特徴を伝えやすい素材だった。雑誌を読んだ利用者は、数枚の画像と説明文からゲームの世界を想像し、購入するかどうかを決めていた。
題名そのものを利用した印象づくり
本作の題名は「XZR」と書いて「エグザイル」と読ませる独特なものである。一般的な英単語のつづりではないため、初見で正しく読むことは難しい。しかし、その分だけ一度読み方を知ると記憶へ残りやすく、雑誌広告や店頭の商品棚で目立つ名称でもあった。
副題の「破戒の偶像」も、明るい冒険や英雄物語を連想させる言葉ではない。「破戒」という宗教的禁忌を思わせる言葉と、「偶像」という信仰や崇拝に関係する言葉を組み合わせることで、危険で重々しい内容を想像させている。
当時の広告では、すべての物語を詳しく説明するより、「暗殺者が主人公」「アクションとRPGの融合」「異国的な世界」といった印象的な要素を短い言葉で示すことが効果的だったと考えられる。物語の過激な終盤まで全面的に明かさず、謎の多い歴史伝奇として興味を引く宣伝方法が適していた。
日本テレネット作品としてのブランド力
日本テレネットは1980年代のパソコンゲーム市場で、物語性、音楽、人物画、ビジュアルデモなどを重視した作品を数多く送り出していた。同社作品を知る利用者にとって、『XZR 破戒の偶像』は、無名メーカーによる完全な新作ではなく、日本テレネットが手掛ける新しいアクションRPGとして受け止められた。
同社作品では、パッケージに描かれたキャラクター、ゲーム開始時のデモ、音楽などが購入動機になりやすかった。本作も、ゲームシステムの細かな数値だけでなく、暗殺者サドラーの人物像と異国的な世界を前面へ出すことで、日本テレネットらしい映像作品的な魅力を示していた。
FM音源やサウンドボードへの対応も、当時の宣伝材料になった。パソコンの音源性能へ関心を持つ利用者にとって、対応する音響環境は購入判断へ影響する情報だった。映像だけでなく音楽にも力を入れた作品であることを示すことで、単純な横スクロールアクションとは異なる価値を伝えようとしていた。
店頭デモとパソコンショップでの実演
1980年代のパソコンゲーム販売では、専門店や家電量販店のパソコン売り場も大きな情報源だった。店頭の実機でゲームのオープニングやデモ画面を流し、来店者へ映像と音楽を見せる方法は、静止画しか掲載できない雑誌広告を補う役割を持っていた。
『XZR 破戒の偶像』は、異国的な音楽、サドラーの人物画、物語の導入など、短時間のデモでも注意を引きやすい要素を備えていた。アクション場面だけでなく、ゲーム開始時の演出を見せることで、日本テレネット作品らしい物語性を伝えられたと考えられる。
実際の販売店では、箱を手に取って裏面の画面写真や説明を読み、対応機種と必要環境を確認して購入する。同じ作品名でもPC-8801用、PC-9801用、MSX2用ではディスク形式や動作環境が異なるため、利用者は自分の所有機種に合った商品を選ばなければならなかった。
家庭用ゲーム機用ソフトとは異なり、パソコンソフトは機種名、メモリ容量、ドライブ形式、音源対応などを確認する必要があったため、販売店員の知識や専門店の案内も重要だった。
パッケージとフロッピーディスクによる販売
発売当時の『XZR 破戒の偶像』は、物理的なパッケージにフロッピーディスクと説明書などを収めた商品として販売された。PC-8801版などでは複数枚のディスクを使用し、必要に応じて入れ替えながら遊ぶ形式だった。
現在ではゲームを購入すればすぐにインストールできることが多いが、当時は店頭や通信販売で箱入りの商品を入手し、ディスクからゲームを起動する必要があった。説明書には操作方法、世界観、登場人物、アイテムなどが記され、ゲームを理解するための重要な資料となっていた。
箱は単なる容器ではなく、ゲームの世界観を伝える広告でもあった。題名、人物画、メーカー名、対応機種、ゲーム画面、物語の説明などが配置され、購入者はパッケージから作品の雰囲気を読み取った。そのため、現在の中古市場でも箱や説明書の有無が価値へ大きく影響する。
販売本数や商業実績は公表資料が少ない
『XZR 破戒の偶像』の正確な累計販売本数については、一般に確認できる公式資料がほとんどない。1980年代の国内パソコンゲームは、家庭用ゲーム機の大規模タイトルほど販売本数が継続的に公表されておらず、機種別の出荷数や実売数も不明な場合が多い。
したがって、本作が何万本売れたのか、同年の市場で何位だったのかを根拠なく断定することはできない。現在の中古市場での希少性から発売当時の売上を逆算することも適切ではない。古いパソコンソフトが少ない理由には、当初の生産数だけでなく、フロッピーディスクの劣化、パソコン本体の処分、箱や説明書の紛失なども関係しているからである。
一方、初代の翌年には続編が発売され、さらに内容を再構成した家庭用ゲーム機版も展開された。シリーズとして継続された事実から見れば、メーカーが一作限りで終わらせる題材ではなく、一定の反響や将来性を認めていたことは推測できる。
発売後の攻略記事と口コミ
発売後は、雑誌の新作紹介だけでなく、攻略情報、読者の感想、パソコン通信、友人同士の会話などによって作品の評判が広がったと考えられる。本作は町での情報収集、見つけにくい通路、アイテムの効果、薬物の副作用など、説明を知っているかどうかで遊びやすさが変わる要素を持っていた。
特に終盤の展開は非常に衝撃的であり、クリアした人から内容を聞いて興味を持った利用者もいたと考えられる。現代のように動画で結末を簡単に確認できる時代ではなかったため、実際に遊んだ人の証言や雑誌記事には大きな価値があった。
一方、物語の核心を聞いてから購入した場合は、意外性を失う可能性もある。本作は戦闘システムだけでなく、物語が常識外の方向へ広がること自体が魅力であるため、口コミは宣伝になると同時に重大な内容を明かす危険も持っていた。
現在の中古市場では出品数が限られる
現在の中古市場における『XZR 破戒の偶像』は、一般的な家庭用ゲームの有名作品のように、常に多数の在庫から状態と価格を比較できる商品ではない。PC-8801、PC-9801、MSX2、X1系など複数の版が存在するため、検索結果は分散しやすく、出品されても対応機種や付属品が異なる。
専門店では商品情報が登録されていても、通信販売分が品切れとなっていることがある。オークションやフリーマーケットでも、数千円から一万円を超える価格帯まで幅が見られるが、出品価格は実際の成約額とは限らない。
中古市場で価格を比較するときは、対応機種、箱の有無、説明書の有無、ディスク枚数、動作確認、保存状態などを細かく確認する必要がある。PC-8801版とMSX2版、PC-9801版などを同一条件の商品として単純に比較することはできない。
オークション価格が大きく変動する理由
オークション市場では、商品の状態と対応機種によって落札価格が大きく変わる。箱と説明書が付いた商品、ディスクのみの商品、動作未確認の商品、希少な機種版などでは、それぞれ評価が異なる。
出品機会が少ない機種版は、動作未確認であっても高い価格が付く場合がある。一方、比較的出品されやすい版でも、箱、説明書、ディスク、印刷物などがすべてそろい、動作確認済みで保存状態がよければ高く評価される可能性がある。
出品数が少ない商品では、同じ状態の品が短期間に何件も取引されるわけではない。欲しい人が同時に複数参加すれば価格が上がり、入札者が少なければ開始価格に近い金額で終了する。そのため、単独の落札額だけで相場を断定するのは難しく、複数の取引例を長期的に見る必要がある。
過去最高価格を断定できない理由
『XZR 破戒の偶像』の過去最高落札価格について、すべての専門店、個人売買、フリーマーケット、オークションを横断した公的な記録は存在しない。古い取引履歴は一定期間を過ぎると検索できなくなる場合があり、海外取引、店頭販売、まとめ売りなども含めれば、最高額を正確に確定することは困難である。
また、単品とシリーズセットを区別する必要がある。初代と続編がまとめて販売された例、PC本体や別作品と一緒に出品された例、広告やチラシまで含む資料セットなどは、単品の価格と単純に比較できない。
未開封品や極端に保存状態のよい完品が出品されれば、通常の中古品を大きく上回る可能性がある。しかし、その一件だけを一般的な相場と考えることもできない。そのため、確認できない最高額を作り出すより、実際の落札例、専門店の買取価格、現在の出品価格を分けて考える方が現実的である。
価格を左右する保存状態と付属品
中古品を購入する際に最も重要なのは、パッケージの美しさだけでなく、ゲームディスクが正常に読み込めるかどうかである。5インチや3.5インチのフロッピーディスクは磁気媒体であり、保管環境、湿気、カビ、磁気、経年劣化などによってデータを読み込めなくなる可能性がある。
「動作未確認」という表記は、必ずしも故障していることを意味しない。対応する古いパソコンやディスクドライブを出品者が所有しておらず、確認できない場合もある。しかし、購入者にとっては正常に起動する保証がないため、実際に遊ぶ目的なら慎重に判断する必要がある。
箱については、日焼け、角のつぶれ、破れ、値札跡、書き込みなどが評価へ影響する。説明書は攻略に必要なだけでなく、当時の物語設定や操作方法を知る資料として価値がある。ディスクラベルの汚れや書き込み、ディスク枚数の不足も確認したい。
コレクション目的なら、動作品であることに加え、箱と説明書、付属印刷物などがそろっている完品が望ましい。実際に遊ぶことだけが目的なら、現物へ高額を支払うより、合法的な復刻版を利用する方が安全である。
復刻配信が中古市場へ与える影響
『XZR 破戒の偶像』は、後年にレトロゲーム配信サービスを通して復刻され、当時のパソコン本体や古いディスクを用意しなくても遊べる環境が整えられた。
復刻版が存在することで、ゲーム内容を体験したい人が必ずしも高価な中古ディスクを購入する必要はなくなった。これは中古品の価値を完全に下げるものではなく、市場を「ゲームを遊びたい人」と「当時の現物を所有したい人」に分ける効果を持つ。
復刻版を選ぶ人は、ディスクの劣化やドライブ故障を心配せずに遊べる。一方、現物を購入する人は、当時の箱、説明書、ディスク、ラベルなどを歴史資料として所有することに価値を感じている。このため、復刻版が存在しても、保存状態のよいパッケージ版には一定の需要が残る。
今後の価格推移を考える際の注意
今後の価格が必ず上昇するとは限らない。レトロパソコンゲーム全体への関心が高まれば需要が増える可能性がある一方、対応機種を所有する人が減れば需要が縮小することも考えられる。
本作はシリーズの初代であり、内容も非常に個性的であるため、資料的な関心を集めやすい。一方、家庭用ゲーム機で広く普及した作品ではなく、遊ぶための環境を整えにくい。そのため、誰もが欲しがる大衆的な高額商品というより、日本テレネットの愛好家、レトロパソコン収集家、PC-8801やMSX2などの利用者が探す専門性の高い商品である。
価格を調べる場合は、「XZR」「エグザイル」「破戒の偶像」という複数の表記で検索し、続編や家庭用ゲーム機版と混同しないことが重要である。家庭用ゲーム機版は初代パソコン版の単純移植ではなく、内容も大きく異なるため、中古価格を比較する対象として分ける必要がある。
宣伝と中古市場から見える独自性
『XZR 破戒の偶像』は、発売当時にはパソコン雑誌、メーカー広告、発売予定表、店頭デモなどを通して紹介され、異国的な舞台とアクションRPGという組み合わせによって注目を集めた。インターネットのない時代には、雑誌の数枚の画面写真と短い説明が作品への入口であり、購入後に初めて知る驚きも多かった。
現在では攻略情報、画像、映像、物語の結末まで簡単に知ることができる一方、当時の物理パッケージは徐々に入手しにくくなっている。中古価格は対応機種、付属品、ディスクの状態、動作確認によって大きく変わり、固定された相場や公式な最高価格は存在しない。
販売本数が公表されていないため、商業的な成功を数字だけで評価することは難しい。それでも、続編、家庭用ゲーム機でのシリーズ展開、復刻配信、現在まで続く中古需要などを見れば、発売後すぐに忘れられた作品ではなかったことが分かる。
現在の『XZR 破戒の偶像』は、単なる古いゲームソフトではない。1980年代の日本の開発会社が、暗殺教団、イスラム風世界、薬物、政治風刺という扱いの難しい題材へ挑んだ記録であり、その大胆な企画を箱、説明書、フロッピーディスクという形で残す歴史資料でもある。
■■■■ 総合的なまとめ
日本テレネットの挑戦精神が凝縮された異色作
『XZR 破戒の偶像』は、1988年前後の日本製パソコンゲームの中でも、題材、物語、ゲームシステムのすべてに強烈な個性を持つアクションRPGである。中世イスラム圏を思わせる世界を舞台に、暗殺教団へ所属する青年サドラーを主人公とし、行方不明になった仲間の捜索と権力者の暗殺を描くという導入は、当時の王道的なファンタジー作品とは明確に異なっていた。
明るい勇者が魔王を倒す物語ではなく、宗教、権力、暗殺、薬物、思想対立といった重い題材を扱い、危険で退廃的な雰囲気を作り出した点が本作最大の特徴である。
もっとも、本作は中世イスラム社会を正確に再現した歴史ゲームではない。実際の時代には存在しない文化、道具、施設、薬物、政治思想などが次々と登場し、物語後半では中世という枠組みそのものが崩れていく。最後には現代へつながる極端な展開を迎え、当時の国際政治を連想させる人物まで敵として現れる。
厳密な歴史考証を求めると多くの疑問が残るが、さまざまな時代や文化を強引に結び付けた伝奇冒険作品として見れば、ほかでは味わえない魅力を備えている。
本作を整然と設計された完成度の高い優等生的作品と呼ぶことは難しい。操作性、地形配置、所持品数、魔法の強さ、薬物システムの実用性、物語の一貫性など、調整不足を感じる部分は少なくない。
しかし、その粗さを含めても、開発者が面白いと考えた要素をためらわず投入した勢いが伝わってくる。現在では企画段階で慎重な検討を求められそうな題材へ正面から踏み込み、一つのゲームとして成立させたこと自体が、1980年代のパソコンゲーム文化を象徴する挑戦だったといえる。
探索と横スクロール戦闘を組み合わせた構造
ゲームシステムは、町や施設を歩くトップビューの探索場面と、敵を倒しながら進む横スクロールのアクション場面を組み合わせた構成である。町では住民から情報を集め、買い物や治療を行い、次の目的地や必要な道具を見つける。ダンジョンではサドラーを直接操作し、剣、ジャンプ、しゃがみ攻撃、魔法などを使って敵と戦う。
この仕組みにより、物語を読み進める時間と、操作へ集中する時間が明確に切り替わる。探索場面は比較的落ち着いて進められ、アクション場面も複雑なコマンドを必要としない。そのため、アクションRPGとしての入り口は分かりやすく、敵をある程度倒しながら進めば自然に能力も向上する。
一方、攻撃方向が限られているため、頭上の敵やはしご付近の敵へ対処しにくい。段差や狭い場所では身動きが取りにくくなることもあり、アクション部分の完成度には粗さが残る。
仲間として登場するルーミー、キンディ、ファキールなどは個性的であるものの、戦闘で直接操作することはできず、基本的にサドラー一人で戦い続ける。このため、物語上は仲間を集める冒険でありながら、ゲーム上は単独行動が中心というずれも生じている。
それでも、町の探索、会話イベント、横スクロール戦闘、ボス戦を短い周期で切り替える構成は、プレイヤーを飽きさせにくい。巨大な世界を自由に歩き回る作品ではなく、地域ごとの事件を順番に解決する章立て型に近いため、目的を見失わなければ比較的滑らかに進められる。
独創的でありながら生かし切れなかった薬物システム
本作を象徴する要素として、実在する薬物名を持つアイテムによる一時的な能力変化が挙げられる。使用すると攻撃能力や身体能力が変化する一方、効果が切れた後には能力低下、体力減少、危険な副作用などが発生する。強い力を得る代わりに代償を支払う仕組みは、暗殺者を主人公にした危険な世界観とよく合っている。
単なる能力上昇薬ではなく、効果と副作用を組み合わせた発想は当時としても非常に珍しい。名称そのものの刺激も強く、作品を知らない人へ説明する際にも最初に話題となりやすい。その意味では、本作の知名度を長く支えてきた重要な仕掛けである。
しかし、攻略上は魔法が強力であり、回復用品を十分に用意すれば多くの敵を突破できる。副作用への対策や所持品枠まで考えると、危険な薬物を積極的に利用する必要性は低い。重要品と消耗品が同じ所持欄を使うため、物語が進むほど空き枠が減り、個性的な薬物を持ち歩く余裕も失われる。
結果として、薬物システムは設定や話題性の面では大きな成功を収めているが、戦術の中心としては十分に生かされていない。効果の使い分け、副作用の管理、組み合わせによる変化などをさらに深く設計していれば、本作独自の戦闘システムとして発展した可能性がある。
物語を支えるサドラーと仲間たち
主人公サドラーは、冷静で寡黙な青年暗殺者として描かれる。正義を熱く語る王道の勇者ではなく、教団から与えられた使命を黙々と遂行する人物である。美形で無口な暗殺者という設定は、異国的な世界観とよく合い、作品の硬質な印象を支えている。
物語がどれほど常識外の方向へ進んでも、サドラーは大きく動揺せず、目の前の敵を倒して進み続ける。中世の城塞、宗教都市、科学施設、現代世界を思わせる場所まで舞台が変化しても、彼の態度は一貫している。混沌とした物語の中で、サドラーの変わらない姿勢が中心軸になっている。
ルーミーは行動力と人間的な感情を持つ女性アサシンであり、サドラーの冷静さとは異なる魅力を備えている。キンディは力自慢の豪快な戦士、ファキールは魔術や医術に詳しい知識人として、それぞれ異なる役割を与えられている。
敵側の人物も、単純な怪物や魔王だけではない。政治的な権力者、宗教的な指導者、現代の国家元首を連想させる人物などが登場し、サドラーの敵が一つの時代や国家へ限定されていないことを示す。物語の整理は十分ではないが、支配と腐敗が時代を超えて繰り返されるという主題を読み取ることもできる。
PC-8801版を中心に形成された初代の個性
『XZR 破戒の偶像』は、PC-8801系をはじめ、PC-9801系、MSX2など複数のパソコンへ展開された。各機種版は基本的な物語とゲーム構造を共有しているが、表示できる色、画面解像度、処理速度、音源、ディスク環境などが異なるため、映像や音楽、操作感には機種ごとの違いが生じている。
PC-8801版は、初代『XZR』を代表する版として扱われることが多く、日本テレネットらしい画面演出とFM音源による音楽を味わえる。色数や動きには時代的な制約があるものの、人物画、背景、タイトル画面、異国的な音楽が組み合わさり、作品の雰囲気を明確に伝えている。
PC-9801版は表示環境の違いにより、文字やグラフィックの見え方が変化する。機種の性能が高いからといって、すべての面で完全な上位版となるわけではなく、色づかいや音源などの違いによって好みが分かれる。
MSX2版は、同じ物語をMSX2の環境で遊べることに価値がある。MSX2はPC-8801やPC-9801とは画面表示、音源、処理能力が異なるため、グラフィックの色合い、画面の切り替え、アクションの感触などにも違いが出る。
複数機種版の完成度を単純な順位で並べるのは難しい。原作に近い雰囲気、音楽、画面の見やすさ、動作の軽さ、所有していた機種への思い入れなど、評価する基準によって最適な版が変わるからである。各版を比較する場合は、性能の優劣だけでなく、1980年代のパソコンごとに異なる表現方法を楽しむ視点が適している。
続編によって整理されたシリーズの方向性
初代の翌年には、続編となる『XZR II』がパソコン向けに登場した。サドラーや仲間たちを引き継ぎながら、新たな物語と冒険を描き、シリーズとしての世界を広げている。初代で示された横スクロール戦闘、トップビュー探索、異国的な舞台、暗殺者の主人公といった基本要素を受け継ぎつつ、ゲームとして再構成された作品である。
初代『破戒の偶像』が、思いついた題材を次々と投入した混沌とした作品であるのに対し、続編はシリーズ作品としての方向性を意識した作りになっている。この続編が制作されたことは、サドラーという主人公や「XZR」という企画に、単発作品を超える可能性が認められていたことを示している。
家庭用ゲーム機版は単純移植ではない
PCエンジンやメガドライブで発売された『エグザイル』は、初代パソコン版『XZR 破戒の偶像』をそのまま移植した作品ではない。主にパソコン版の続編を基礎として家庭用ゲーム機向けに再構成され、物語、場面構成、敵、演出、操作などに大きな違いがある。
そのため、家庭用ゲーム機版を遊んだだけでは、初代『破戒の偶像』に含まれる暗殺任務や衝撃的な終盤をそのまま体験することはできない。サドラーやルーミーなど共通する人物は登場するが、初代と家庭用版は同一内容の別機種移植ではなく、シリーズ内の異なる作品として考える必要がある。
家庭用ゲーム機版では、コントローラーを前提とした操作や映像演出が採用され、パソコン版とは異なる遊びやすさを持つ。一方、内容の再構成によって、初代が持っていた危険な題材や混沌とした物語の一部は薄められている。
完成度という観点では家庭用版の方が操作しやすいと感じる人もいるが、初代パソコン版の最大の価値は、整えられる前の大胆で無秩序な企画をそのまま体験できることにある。遊びやすさだけなら後発作品が有利でも、『XZR 破戒の偶像』でしか見られない設定と展開は初代独自のものである。
欠点を隠さないからこそ残る価値
本作の問題点は明確である。アクションの動きには硬さがあり、上下方向への攻撃が不便で、地形によっては敵に進路を塞がれる。魔法は強力すぎる一方、作品を象徴する薬物システムは攻略上あまり必要とされない。所持品数も少なく、重要品が枠を圧迫するため、多様なアイテムを試す楽しさが弱い。
町では通路やイベント条件が分かりにくく、すべての住民へ何度も話しかけなければ進まない場合がある。物語も、序盤に提示した宗教対立や暗殺計画を丁寧に掘り下げるより、次々と新しい題材を追加することを優先している。
しかし、こうした欠点を修正して整然とまとめれば、本作が現在まで語られるほど強い個性を持てたかは分からない。薬物アイテム、時代錯誤の施設、突然の時間移動、現代政治を思わせる最終決戦など、通常なら削られそうな要素が残っているからこそ、ほかの作品にはない印象を生み出している。
優れたゲームとは、必ずしも欠点のないゲームだけを指すわけではない。『XZR 破戒の偶像』は、操作や調整の完成度では後世の作品に及ばなくても、企画の独自性と記憶へ残る力では非常に強い。何十年も経過した後まで内容が語られること自体が、本作の価値を証明している。
現在遊ぶ場合に意識したい向き合い方
現在初めて遊ぶ場合は、現代のアクションRPGと同じ快適さを期待しない方がよい。目的地表示、詳細な操作説明、自動保存、自由な所持品整理などは整っておらず、古いパソコンゲーム特有の不便さがある。町の構造やイベントの順番で迷った場合は、必要な部分だけ攻略情報を確認すると遊びやすくなる。
アクションでは、敵へ無理に接近せず、魔法と回復アイテムを積極的に利用することが重要である。はしごや段差へ進む前には敵の位置を確認し、頭上を塞がれないようにする。薬物システムは攻略必須ではないため、安全に進めたい場合は無理に使用しなくてもよい。
物語については、史実を学ぶための作品ではなく、歴史や伝承を自由に作り替えた伝奇物として受け止める必要がある。時代考証の誤りを探すだけでも多くの発見があるが、それを含めて開発者の発想と勢いを楽しむ方が、本作の魅力を理解しやすい。
終盤の内容は本作最大の見どころである。まだ詳しく知らない人は重大な展開を調べすぎず、操作や進行上の問題だけを攻略情報で補い、物語の行き先を自分の目で確かめるとよい。
『XZR 破戒の偶像』が現在も語られる理由
『XZR 破戒の偶像』は、万人に勧められる完成度の高い名作というより、長所と欠点が複雑に絡み合った個性派作品である。遊びやすさだけを求めるなら、後年のアクションRPGや家庭用ゲーム機版を選ぶ方が適している。しかし、1980年代のパソコンゲームが持っていた自由な発想、危険な表現、強引な物語、開発者の勢いを体験したい人にとっては、非常に価値の高い一本となる。
イスラム風世界を舞台にしたこと、暗殺者を主人公にしたこと、薬物を能力変化へ利用したこと、現代の政治指導者を連想させる存在を最終的な敵にしたことなど、本作には一つだけでも作品を特徴づけられる要素が多数含まれている。それらを整理しすぎず、一つの冒険へまとめた結果、常識的な評価基準では測りにくい作品が完成した。
ゲームシステムには未完成な部分があり、物語には説明不足や矛盾が多い。それでも、遊び終えた後に強い印象が残り、誰かへ内容を説明したくなる。整った物語を静かに鑑賞する作品ではなく、次に何が飛び出すか分からない危険な箱を開けるような面白さがある。
シリーズの後続作品や家庭用ゲーム機版では、サドラーたちの世界が整理され、より広い利用者へ届く形へ変化した。しかし、最初の『XZR 破戒の偶像』に宿る無秩序な力は、初代パソコン版でなければ味わえない。完成度の違いを超えて、この作品はシリーズの原点であると同時に、日本テレネットというメーカーの大胆さを象徴する存在である。
総合的に見れば、『XZR 破戒の偶像』は、欠点を理解したうえで遊ぶほど面白さが増すレトロゲームである。操作性や歴史考証を厳しく評価すれば高得点を付けにくいが、独創性、話題性、物語の衝撃力、時代資料としての価値を含めれば、簡単に忘れることのできない作品となる。整った名作ではなく、粗削りなまま強い光を放つ怪作であることこそ、本作が現在まで語り継がれている最大の理由なのである。
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